機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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16.ミネルバの危機(前編)

深夜。

 

乗員たちが眠りについた頃、警報が艦内に鳴り響いた。

 

所属不明機(ボギー)を6つ確認、高速接近中!』

 

メイリンの声が、ブリッジから艦内放送へ流れる。

 

シンはベッドから身を起こし、顔をしかめた。

 

またか。

 

そう思ったのは、おそらく自分だけではない。

 

ここ数日、同じことが繰り返されていた。

敵影接近。

スクランブル。

そして、空振り。

 

だが、だからといって無視するわけにはいかない。

 

警報は警報だ。

敵がいるかもしれない。

その可能性がある限り、飛ばないという選択肢はなかった。

 

数分後。

 

インパルス。

ブレイズザクファントム。

ザクウォーリア。

そして、セイバー。

 

ミネルバ隊は、宇宙へ展開していた。

 

だが、漆黒の空間は何も返さない。

センサーには熱源なし。

視界にも敵影なし。

ただ、デブリ帯の縁に散らばる小さな反射だけが、淡く瞬いている。

 

『……反応消失』

『周辺空域に敵影を確認できません』

 

メイリンの報告が通信へ流れた。

 

シンは舌打ちする。

 

「またかよ……」

 

結局、その夜も何も起きなかった。

 

*****

 

翌朝。

 

衝撃が、ミネルバの艦体を揺らした。

 

――ドォンッ!

 

警報。

振動。

そして、短い悲鳴。

 

食堂のトレーが宙へ跳ね、カップの中身が床へ散る。

通路では、眠気の残る乗員たちが壁に手を突き、顔を上げた。

 

『左舷外部装甲損傷!』

『小規模爆発発生!』

『被害軽微!』

 

ブリッジが騒然となる。

 

タリアは即座に状況を確認した。

 

「被害区画は」

「左舷外部装甲。隔壁に異常なし」

「推進系は」

「正常です」

 

アーサーが報告を読み上げる間にも、モニターには衝突直前の映像が表示されていく。

 

映っていたのは、デブリだった。

 

大型ではない。

軌道も単純。

通常なら、艦の自動回避か迎撃で処理できる程度のものだ。

 

だが、警戒と疲労が重なった朝の一瞬。

ミネルバはそれを拾いきれなかった。

 

被害は大きくない。

 

それでも、タリアの表情は険しいままだった。

 

偶然。

そう片づけるには、あまりにも嫌な並びだった。

 

*****

 

艦長室。

 

タリアは、記録を見つめていた。

 

昨夜。

昨々夜。

そして今朝。

 

すべての警報履歴。

接近反応。

消失地点。

デブリとの衝突時刻。

 

点で見れば、どれも決定打にはならない。

だが、線で繋げれば、偶然とは思えなかった。

 

一連の接近事案。

繰り返されるスクランブル。

睡眠を削られるパイロットたち。

そして、警戒の隙を突くような小規模損傷。

 

これは、敵の攻撃の前兆と見て間違いない。

 

だが、既にこちらの位置を捕捉しているのなら、本来は一気に押し寄せてくるはずだった。

それをしない理由。

 

できないのか。

あるいは、別の狙いがあるのか。

 

「消耗戦術……」

 

静かな声だった。

 

アーサーが顔を上げる。

 

「消耗戦術、ですか?」

「敵を少しずつ疲弊させ、戦力を削る戦術よ」

 

タリアはモニターから視線を離さずに続ける。

 

「警報を繰り返させ、スクランブルを強要する」

「休息を奪い、判断力を鈍らせる」

「つまり、こちらの集中力を削るための消耗戦よ」

 

アーサーは息を呑んだ。

 

タリアは窓の外へ目を向ける。

視線の先には、損傷して捲れ上がった左舷の装甲板があった。

 

「そして、消耗したところを叩く」

「しかし、なぜそんな回りくどい真似を……」

 

アーサーの問いに、タリアはすぐには答えなかった。

 

少しだけ間を置き、口を開く。

 

「おそらく、敵はそこまでの戦力を保持していない」

「少なくとも、ミネルバへ正面から挑み、確実に勝てるだけの戦力はないのでしょう」

 

タリアの口元に、薄い笑みが浮かぶ。

それは余裕ではなく、相手の狙いを読み始めた者の冷たさだった。

 

「もし十分な戦力があるなら、こんな手間はかけない」

「最初から一気に畳みかけてくるわ」

 

そこまで言うと、タリアは即座に命じた。

 

「スクランブル要員を限定します」

「待機班と休養班を分離。出撃は最小限に」

「交代で確実に休ませなさい」

「了解しました」

 

疲労を分散し、判断力を守る。

艦長として、正しい判断だった。

 

そして敵は、おそらくそれを待っていた。

 

*****

 

その日の夕刻。

 

ミネルバはデブリ帯へ進入した。

 

視界は悪い。

センサー感度も落ちる。

小さな破片が無数に散らばり、熱源も反射波も不安定に揺れる。

 

奇襲には、うってつけの場所だった。

 

当然、艦内の警戒態勢も厳しくなる。

 

ブリッジには、張り詰めた空気が満ちていた。

誰も声を荒げない。

だが、どの席の乗員も、モニターから目を離さない。

 

その静寂を破ったのは、メイリンだった。

 

所属不明機(ボギー)多数! 高速接近!』

 

ブリッジの空気が、一気に硬くなる。

 

だが、タリアは冷静だった。

 

「数は」

「初期反応、6」

「進路は」

「本艦前方。デブリ帯の影から接近しています」

 

また6機。

 

ここ数日と同じ数。

 

タリアは短く判断した。

 

「第1待機班、出撃」

『了解』

 

発進したのは2機。

 

ブレイズザクファントム。

ザクウォーリア。

 

レイとルナマリアだった。

 

2機はカタパルトから射出され、デブリの影へ向かう。

ミネルバとの距離が開く。

その瞬間、メイリンの顔色が変わった。

 

「新たな熱源!」

 

誰もが振り向く。

 

所属不明機(ボギー)、後方から接近!」

「数は」

「14!」

 

ブリッジが凍り付いた。

 

6機ではなかった。

 

最初の反応は囮。

レイとルナマリアをミネルバから引き離すための餌。

 

敵は、こちらが出撃を最小限にすることまで読んでいた。

 

「くっ……!」

 

タリアの声が低くなる。

 

「スクランブル追加2機!」

「はい! インパルス、セイバー、緊急出撃(スクランブル)準備!」

 

メイリンが即座に指示を飛ばす。

 

警報が再び艦内へ走る。

 

*****

 

宇宙空間。

 

ミネルバからの通信を受けた瞬間、レイは罠を悟った。

 

「罠か……!」

 

後方から接近する14機。

そして、前方で姿を見せた6機。

 

合わせて20機。

 

敵は最初から、2機を孤立させるつもりだった。

 

「7時方向!」

 

ルナマリアの警告と同時に、ザクウォーリアが機体を傾ける。

直後、ビームが肩口を掠め、装甲表面を焼いた。

 

ルナマリアは反射的に撃ち返す。

赤い閃光がデブリを砕き、その破片が視界を散らす。

 

だが、敵は引かない。

 

1機を狙えば、別方向から撃たれる。

そちらへ機体を向ければ、狙った相手はすでに距離を取っている。

逃げようとすれば、進路上へ別の機体が滑り込む。

 

20機のウィンダムは、個々に突出しない。

派手な突撃もしない。

ただ、じわじわと距離を詰め、2機の動ける範囲を狭めていく。

 

モニターの端を埋める赤い光点。

警告音が、短く何度も鳴る。

 

「しつこい……!」

 

ルナマリアが舌打ちする。

 

『落ち着け』

 

通信越しにレイの声が届いた。

 

『包囲を見ろ。撃墜を急ぐな』

「分かってるわよ!」

 

言い返しながら、ルナマリアは再び機体を翻す。

 

個々の性能も、練度も、こちらが上。

1対1なら負ける相手ではない。

 

だが、これは1対1ではない。

 

数で視界を奪われる。

数で進路を塞がれる。

数で、判断の余地を削られる。

 

時間が経つほど、集中力が削られていく。

 

「……嫌な予感しかしないわね」

『同感だ』

 

戦闘開始から、わずか3分足らず。

 

2機の動きは、目に見えて鈍り始めていた。

 

それを待っていたように、20機が一斉に攻撃態勢へ入る。

 

レイは即座に気づいた。

 

『散開しろ!』

「っ!」

 

しかし、遅い。

 

包囲の輪が一気に収縮した。

全方位から銃口が向けられる。

逃げ場を塞ぐように、照準線が重なっていく。

 

*****

 

緊急発進したインパルスとセイバーが、交戦エリアへ急いでいた。

 

「ルナ! レイ!」

 

シンの声が、コクピットに響く。

 

モニターには、包囲される2機の光点。

その周囲を取り巻く20の敵影。

距離は縮まっている。

だが、まだ遠い。

 

間に合わない。

 

「くそっ、もっと速く!」

 

インパルスが加速する。

セイバーも横を抜けるように機首を下げた。

 

『焦るな、シン!』

「でも!」

 

その瞬間、交戦エリアが白く染まった。

 

20機のウィンダムが、一斉に撃った。

 

ビームライフルの斉射が、戦艦砲の集中砲火めいて宇宙を裂く。

光が束になり、デブリを焼き、空間を埋める。

回避コースなど、最初から残されていない。

 

レイとルナマリアは、それでも直撃だけは避けた。

 

ブレイズザクファントムが機体を捻り、ザクウォーリアが足元のデブリを蹴るように軌道を変える。

だが、避けきれなかった光が装甲を削り、関節を焼き、推進器を叩いた。

 

『くっ……!』

 

ブレイズザクファントム、被弾。

左腕損失。

推進器損傷。

姿勢制御低下。

 

『っ……!』

 

ザクウォーリア、被弾。

右脚損傷。

武装損失。

戦闘継続困難。

 

それでも2人は、落ちなかった。

 

「くっそぉ!」

 

シンが叫ぶ。

 

『2人とも下がれ!』

 

アスランの声が通信を叩いた。

 

『ですが!』

『命令だ!』

 

有無を言わせない声だった。

 

ルナマリアは悔しそうに歯を食いしばる。

レイも、一瞬だけ沈黙した。

 

だが、2機はミネルバへ後退する。

 

敵は深追いしてこなかった。

 

目的は達した。

厄介なミネルバ隊4機のうち、2機を戦闘不能へ追い込んだ。

それだけで十分だと言わんばかりに、ウィンダム隊は包囲を保ったまま距離を取る。

 

「艦長!」

 

メイリンの声が、悲鳴のようにブリッジへ響いた。

 

『本艦6時方向から敵機(バンディット)! 10機です!』

 

タリアの顔色が変わる。

 

「まだいたの……!」

 

ブリッジのメインモニターが切り替わる。

 

ミネルバ後方。

デブリ帯の影から、新たな10機のウィンダムが姿を現していた。

 

速い。

迷いがない。

明らかに、こちらの死角を突いている。

 

瞬く間に、10機がミネルバ周辺へ展開する。

艦を囲むように散開し、その銃口が一斉に艦橋と機関部へ向けられた。

 

ブリッジが沈黙する。

 

迎撃はできる。

だが、距離が近すぎる。

1機でも撃ち漏らせば、艦橋か機関部を撃ち抜かれる。

 

そして、インパルスとセイバーはまだ前方。

レイとルナマリアは損傷。

ミネルバの守りは、最も薄くなった瞬間を突かれていた。

 

オープン回線が開く。

 

艦橋のメインモニターに、男の顔が映った。

 

『こちらは、貴艦との交渉を要求する』

 

タリアは無言で睨み返した。

 

男は、淡々と続ける。

 

『我々の要求は1つだ』

 

ブリッジが静まり返る。

 

『L-31をレギナントへ搭乗させた後、解放せよ』

 

誰も言葉を発しなかった。

 

男は続ける。

 

『制限時間は15分』

『要求に応じない場合、艦橋および機関部に対して集中攻撃を行う』

 

通信は、一方的に切れた。

 

重い沈黙だけが、ブリッジに残る。

 

タリアは、ようやく理解した。

 

敵の狙いは、ミネルバを沈めることではない。

 

L-31。

いや、セラ。

 

あの少女を、レギナントごと奪い返すことだった。

 

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