機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
深夜。
乗員たちが眠りについた頃、警報が艦内に鳴り響いた。
『
メイリンの声が、ブリッジから艦内放送へ流れる。
シンはベッドから身を起こし、顔をしかめた。
またか。
そう思ったのは、おそらく自分だけではない。
ここ数日、同じことが繰り返されていた。
敵影接近。
スクランブル。
そして、空振り。
だが、だからといって無視するわけにはいかない。
警報は警報だ。
敵がいるかもしれない。
その可能性がある限り、飛ばないという選択肢はなかった。
数分後。
インパルス。
ブレイズザクファントム。
ザクウォーリア。
そして、セイバー。
ミネルバ隊は、宇宙へ展開していた。
だが、漆黒の空間は何も返さない。
センサーには熱源なし。
視界にも敵影なし。
ただ、デブリ帯の縁に散らばる小さな反射だけが、淡く瞬いている。
『……反応消失』
『周辺空域に敵影を確認できません』
メイリンの報告が通信へ流れた。
シンは舌打ちする。
「またかよ……」
結局、その夜も何も起きなかった。
*****
翌朝。
衝撃が、ミネルバの艦体を揺らした。
――ドォンッ!
警報。
振動。
そして、短い悲鳴。
食堂のトレーが宙へ跳ね、カップの中身が床へ散る。
通路では、眠気の残る乗員たちが壁に手を突き、顔を上げた。
『左舷外部装甲損傷!』
『小規模爆発発生!』
『被害軽微!』
ブリッジが騒然となる。
タリアは即座に状況を確認した。
「被害区画は」
「左舷外部装甲。隔壁に異常なし」
「推進系は」
「正常です」
アーサーが報告を読み上げる間にも、モニターには衝突直前の映像が表示されていく。
映っていたのは、デブリだった。
大型ではない。
軌道も単純。
通常なら、艦の自動回避か迎撃で処理できる程度のものだ。
だが、警戒と疲労が重なった朝の一瞬。
ミネルバはそれを拾いきれなかった。
被害は大きくない。
それでも、タリアの表情は険しいままだった。
偶然。
そう片づけるには、あまりにも嫌な並びだった。
*****
艦長室。
タリアは、記録を見つめていた。
昨夜。
昨々夜。
そして今朝。
すべての警報履歴。
接近反応。
消失地点。
デブリとの衝突時刻。
点で見れば、どれも決定打にはならない。
だが、線で繋げれば、偶然とは思えなかった。
一連の接近事案。
繰り返されるスクランブル。
睡眠を削られるパイロットたち。
そして、警戒の隙を突くような小規模損傷。
これは、敵の攻撃の前兆と見て間違いない。
だが、既にこちらの位置を捕捉しているのなら、本来は一気に押し寄せてくるはずだった。
それをしない理由。
できないのか。
あるいは、別の狙いがあるのか。
「消耗戦術……」
静かな声だった。
アーサーが顔を上げる。
「消耗戦術、ですか?」
「敵を少しずつ疲弊させ、戦力を削る戦術よ」
タリアはモニターから視線を離さずに続ける。
「警報を繰り返させ、スクランブルを強要する」
「休息を奪い、判断力を鈍らせる」
「つまり、こちらの集中力を削るための消耗戦よ」
アーサーは息を呑んだ。
タリアは窓の外へ目を向ける。
視線の先には、損傷して捲れ上がった左舷の装甲板があった。
「そして、消耗したところを叩く」
「しかし、なぜそんな回りくどい真似を……」
アーサーの問いに、タリアはすぐには答えなかった。
少しだけ間を置き、口を開く。
「おそらく、敵はそこまでの戦力を保持していない」
「少なくとも、ミネルバへ正面から挑み、確実に勝てるだけの戦力はないのでしょう」
タリアの口元に、薄い笑みが浮かぶ。
それは余裕ではなく、相手の狙いを読み始めた者の冷たさだった。
「もし十分な戦力があるなら、こんな手間はかけない」
「最初から一気に畳みかけてくるわ」
そこまで言うと、タリアは即座に命じた。
「スクランブル要員を限定します」
「待機班と休養班を分離。出撃は最小限に」
「交代で確実に休ませなさい」
「了解しました」
疲労を分散し、判断力を守る。
艦長として、正しい判断だった。
そして敵は、おそらくそれを待っていた。
*****
その日の夕刻。
ミネルバはデブリ帯へ進入した。
視界は悪い。
センサー感度も落ちる。
小さな破片が無数に散らばり、熱源も反射波も不安定に揺れる。
奇襲には、うってつけの場所だった。
当然、艦内の警戒態勢も厳しくなる。
ブリッジには、張り詰めた空気が満ちていた。
誰も声を荒げない。
だが、どの席の乗員も、モニターから目を離さない。
その静寂を破ったのは、メイリンだった。
『
ブリッジの空気が、一気に硬くなる。
だが、タリアは冷静だった。
「数は」
「初期反応、6」
「進路は」
「本艦前方。デブリ帯の影から接近しています」
また6機。
ここ数日と同じ数。
タリアは短く判断した。
「第1待機班、出撃」
『了解』
発進したのは2機。
ブレイズザクファントム。
ザクウォーリア。
レイとルナマリアだった。
2機はカタパルトから射出され、デブリの影へ向かう。
ミネルバとの距離が開く。
その瞬間、メイリンの顔色が変わった。
「新たな熱源!」
誰もが振り向く。
「
「数は」
「14!」
ブリッジが凍り付いた。
6機ではなかった。
最初の反応は囮。
レイとルナマリアをミネルバから引き離すための餌。
敵は、こちらが出撃を最小限にすることまで読んでいた。
「くっ……!」
タリアの声が低くなる。
「スクランブル追加2機!」
「はい! インパルス、セイバー、
メイリンが即座に指示を飛ばす。
警報が再び艦内へ走る。
*****
宇宙空間。
ミネルバからの通信を受けた瞬間、レイは罠を悟った。
「罠か……!」
後方から接近する14機。
そして、前方で姿を見せた6機。
合わせて20機。
敵は最初から、2機を孤立させるつもりだった。
「7時方向!」
ルナマリアの警告と同時に、ザクウォーリアが機体を傾ける。
直後、ビームが肩口を掠め、装甲表面を焼いた。
ルナマリアは反射的に撃ち返す。
赤い閃光がデブリを砕き、その破片が視界を散らす。
だが、敵は引かない。
1機を狙えば、別方向から撃たれる。
そちらへ機体を向ければ、狙った相手はすでに距離を取っている。
逃げようとすれば、進路上へ別の機体が滑り込む。
20機のウィンダムは、個々に突出しない。
派手な突撃もしない。
ただ、じわじわと距離を詰め、2機の動ける範囲を狭めていく。
モニターの端を埋める赤い光点。
警告音が、短く何度も鳴る。
「しつこい……!」
ルナマリアが舌打ちする。
『落ち着け』
通信越しにレイの声が届いた。
『包囲を見ろ。撃墜を急ぐな』
「分かってるわよ!」
言い返しながら、ルナマリアは再び機体を翻す。
個々の性能も、練度も、こちらが上。
1対1なら負ける相手ではない。
だが、これは1対1ではない。
数で視界を奪われる。
数で進路を塞がれる。
数で、判断の余地を削られる。
時間が経つほど、集中力が削られていく。
「……嫌な予感しかしないわね」
『同感だ』
戦闘開始から、わずか3分足らず。
2機の動きは、目に見えて鈍り始めていた。
それを待っていたように、20機が一斉に攻撃態勢へ入る。
レイは即座に気づいた。
『散開しろ!』
「っ!」
しかし、遅い。
包囲の輪が一気に収縮した。
全方位から銃口が向けられる。
逃げ場を塞ぐように、照準線が重なっていく。
*****
緊急発進したインパルスとセイバーが、交戦エリアへ急いでいた。
「ルナ! レイ!」
シンの声が、コクピットに響く。
モニターには、包囲される2機の光点。
その周囲を取り巻く20の敵影。
距離は縮まっている。
だが、まだ遠い。
間に合わない。
「くそっ、もっと速く!」
インパルスが加速する。
セイバーも横を抜けるように機首を下げた。
『焦るな、シン!』
「でも!」
その瞬間、交戦エリアが白く染まった。
20機のウィンダムが、一斉に撃った。
ビームライフルの斉射が、戦艦砲の集中砲火めいて宇宙を裂く。
光が束になり、デブリを焼き、空間を埋める。
回避コースなど、最初から残されていない。
レイとルナマリアは、それでも直撃だけは避けた。
ブレイズザクファントムが機体を捻り、ザクウォーリアが足元のデブリを蹴るように軌道を変える。
だが、避けきれなかった光が装甲を削り、関節を焼き、推進器を叩いた。
『くっ……!』
ブレイズザクファントム、被弾。
左腕損失。
推進器損傷。
姿勢制御低下。
『っ……!』
ザクウォーリア、被弾。
右脚損傷。
武装損失。
戦闘継続困難。
それでも2人は、落ちなかった。
「くっそぉ!」
シンが叫ぶ。
『2人とも下がれ!』
アスランの声が通信を叩いた。
『ですが!』
『命令だ!』
有無を言わせない声だった。
ルナマリアは悔しそうに歯を食いしばる。
レイも、一瞬だけ沈黙した。
だが、2機はミネルバへ後退する。
敵は深追いしてこなかった。
目的は達した。
厄介なミネルバ隊4機のうち、2機を戦闘不能へ追い込んだ。
それだけで十分だと言わんばかりに、ウィンダム隊は包囲を保ったまま距離を取る。
「艦長!」
メイリンの声が、悲鳴のようにブリッジへ響いた。
『本艦6時方向から
タリアの顔色が変わる。
「まだいたの……!」
ブリッジのメインモニターが切り替わる。
ミネルバ後方。
デブリ帯の影から、新たな10機のウィンダムが姿を現していた。
速い。
迷いがない。
明らかに、こちらの死角を突いている。
瞬く間に、10機がミネルバ周辺へ展開する。
艦を囲むように散開し、その銃口が一斉に艦橋と機関部へ向けられた。
ブリッジが沈黙する。
迎撃はできる。
だが、距離が近すぎる。
1機でも撃ち漏らせば、艦橋か機関部を撃ち抜かれる。
そして、インパルスとセイバーはまだ前方。
レイとルナマリアは損傷。
ミネルバの守りは、最も薄くなった瞬間を突かれていた。
オープン回線が開く。
艦橋のメインモニターに、男の顔が映った。
『こちらは、貴艦との交渉を要求する』
タリアは無言で睨み返した。
男は、淡々と続ける。
『我々の要求は1つだ』
ブリッジが静まり返る。
『L-31をレギナントへ搭乗させた後、解放せよ』
誰も言葉を発しなかった。
男は続ける。
『制限時間は15分』
『要求に応じない場合、艦橋および機関部に対して集中攻撃を行う』
通信は、一方的に切れた。
重い沈黙だけが、ブリッジに残る。
タリアは、ようやく理解した。
敵の狙いは、ミネルバを沈めることではない。
L-31。
いや、セラ。
あの少女を、レギナントごと奪い返すことだった。