機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

16 / 112
16.ミネルバの危機(前編)

深夜。

 

乗員たちが眠りについた頃、警報が艦内に鳴り響いた。

 

所属不明機(ボギー)を6つ確認、高速接近中!』

 

メイリンの声が、ブリッジから艦内放送へ流れる。

 

シンはベッドから身を起こし、顔をしかめた。

 

またか。

 

そう思ったのは、おそらく自分だけではない。

 

ここ数日、同じことが繰り返されていた。

敵影接近。

スクランブル。

そして、空振り。

 

だが、だからといって無視するわけにはいかない。

 

警報は警報だ。

敵がいるかもしれない。

その可能性がある限り、飛ばないという選択肢はなかった。

 

数分後。

 

インパルス。

ブレイズザクファントム。

ザクウォーリア。

そして、セイバー。

 

ミネルバ隊は、宇宙へ展開していた。

 

だが、漆黒の空間は何も返さない。

センサーには熱源なし。

視界にも敵影なし。

ただ、デブリ帯の縁に散らばる小さな反射だけが、淡く瞬いている。

 

『……反応消失』

『周辺空域に敵影を確認できません』

 

メイリンの報告が通信へ流れた。

 

シンは舌打ちする。

 

「またかよ……」

 

結局、その夜も何も起きなかった。

 

*****

 

翌朝。

 

衝撃が、ミネルバの艦体を揺らした。

 

――ドォンッ!

 

警報。

振動。

そして、短い悲鳴。

 

食堂のトレーが宙へ跳ね、カップの中身が床へ散る。

通路では、眠気の残る乗員たちが壁に手を突き、顔を上げた。

 

『左舷外部装甲損傷!』

『小規模爆発発生!』

『被害軽微!』

 

ブリッジが騒然となる。

 

タリアは即座に状況を確認した。

 

「被害区画は」

「左舷外部装甲。隔壁に異常なし」

「推進系は」

「正常です」

 

アーサーが報告を読み上げる間にも、モニターには衝突直前の映像が表示されていく。

 

映っていたのは、デブリだった。

 

大型ではない。

軌道も単純。

通常なら、艦の自動回避か迎撃で処理できる程度のものだ。

 

だが、警戒と疲労が重なった朝の一瞬。

ミネルバはそれを拾いきれなかった。

 

被害は大きくない。

 

それでも、タリアの表情は険しいままだった。

 

偶然。

そう片づけるには、あまりにも嫌な並びだった。

 

*****

 

艦長室。

 

タリアは、記録を見つめていた。

 

昨夜。

昨々夜。

そして今朝。

 

すべての警報履歴。

接近反応。

消失地点。

デブリとの衝突時刻。

 

点で見れば、どれも決定打にはならない。

だが、線で繋げれば、偶然とは思えなかった。

 

一連の接近事案。

繰り返されるスクランブル。

睡眠を削られるパイロットたち。

そして、警戒の隙を突くような小規模損傷。

 

これは、敵の攻撃の前兆と見て間違いない。

 

だが、既にこちらの位置を捕捉しているのなら、本来は一気に押し寄せてくるはずだった。

それをしない理由。

 

できないのか。

あるいは、別の狙いがあるのか。

 

「消耗戦術……」

 

静かな声だった。

 

アーサーが顔を上げる。

 

「消耗戦術、ですか?」

「敵を少しずつ疲弊させ、戦力を削る戦術よ」

 

タリアはモニターから視線を離さずに続ける。

 

「警報を繰り返させ、スクランブルを強要する」

「休息を奪い、判断力を鈍らせる」

「つまり、こちらの集中力を削るための消耗戦よ」

 

アーサーは息を呑んだ。

 

タリアは窓の外へ目を向ける。

視線の先には、損傷して捲れ上がった左舷の装甲板があった。

 

「そして、消耗したところを叩く」

「しかし、なぜそんな回りくどい真似を……」

 

アーサーの問いに、タリアはすぐには答えなかった。

 

少しだけ間を置き、口を開く。

 

「おそらく、敵はそこまでの戦力を保持していない」

「少なくとも、ミネルバへ正面から挑み、確実に勝てるだけの戦力はないのでしょう」

 

タリアの口元に、薄い笑みが浮かぶ。

それは余裕ではなく、相手の狙いを読み始めた者の冷たさだった。

 

「もし十分な戦力があるなら、こんな手間はかけない」

「最初から一気に畳みかけてくるわ」

 

そこまで言うと、タリアは即座に命じた。

 

「スクランブル要員を限定します」

「待機班と休養班を分離。出撃は最小限に」

「交代で確実に休ませなさい」

「了解しました」

 

疲労を分散し、判断力を守る。

艦長として、正しい判断だった。

 

そして敵は、おそらくそれを待っていた。

 

*****

 

その日の夕刻。

 

ミネルバはデブリ帯へ進入した。

 

視界は悪い。

センサー感度も落ちる。

小さな破片が無数に散らばり、熱源も反射波も不安定に揺れる。

 

奇襲には、うってつけの場所だった。

 

当然、艦内の警戒態勢も厳しくなる。

 

ブリッジには、張り詰めた空気が満ちていた。

誰も声を荒げない。

だが、どの席の乗員も、モニターから目を離さない。

 

その静寂を破ったのは、メイリンだった。

 

所属不明機(ボギー)多数! 高速接近!』

 

ブリッジの空気が、一気に硬くなる。

 

だが、タリアは冷静だった。

 

「数は」

「初期反応、6」

「進路は」

「本艦前方。デブリ帯の影から接近しています」

 

また6機。

 

ここ数日と同じ数。

 

タリアは短く判断した。

 

「第1待機班、出撃」

『了解』

 

発進したのは2機。

 

ブレイズザクファントム。

ザクウォーリア。

 

レイとルナマリアだった。

 

2機はカタパルトから射出され、デブリの影へ向かう。

ミネルバとの距離が開く。

その瞬間、メイリンの顔色が変わった。

 

「新たな熱源!」

 

誰もが振り向く。

 

所属不明機(ボギー)、後方から接近!」

「数は」

「14!」

 

ブリッジが凍り付いた。

 

6機ではなかった。

 

最初の反応は囮。

レイとルナマリアをミネルバから引き離すための餌。

 

敵は、こちらが出撃を最小限にすることまで読んでいた。

 

「くっ……!」

 

タリアの声が低くなる。

 

「スクランブル追加2機!」

「はい! インパルス、セイバー、緊急出撃(スクランブル)準備!」

 

メイリンが即座に指示を飛ばす。

 

警報が再び艦内へ走る。

 

*****

 

宇宙空間。

 

ミネルバからの通信を受けた瞬間、レイは罠を悟った。

 

「罠か……!」

 

後方から接近する14機。

そして、前方で姿を見せた6機。

 

合わせて20機。

 

敵は最初から、2機を孤立させるつもりだった。

 

「7時方向!」

 

ルナマリアの警告と同時に、ザクウォーリアが機体を傾ける。

直後、ビームが肩口を掠め、装甲表面を焼いた。

 

ルナマリアは反射的に撃ち返す。

赤い閃光がデブリを砕き、その破片が視界を散らす。

 

だが、敵は引かない。

 

1機を狙えば、別方向から撃たれる。

そちらへ機体を向ければ、狙った相手はすでに距離を取っている。

逃げようとすれば、進路上へ別の機体が滑り込む。

 

20機のウィンダムは、個々に突出しない。

派手な突撃もしない。

ただ、じわじわと距離を詰め、2機の動ける範囲を狭めていく。

 

モニターの端を埋める赤い光点。

警告音が、短く何度も鳴る。

 

「しつこい……!」

 

ルナマリアが舌打ちする。

 

『落ち着け』

 

通信越しにレイの声が届いた。

 

『包囲を見ろ。撃墜を急ぐな』

「分かってるわよ!」

 

言い返しながら、ルナマリアは再び機体を翻す。

 

個々の性能も、練度も、こちらが上。

1対1なら負ける相手ではない。

 

だが、これは1対1ではない。

 

数で視界を奪われる。

数で進路を塞がれる。

数で、判断の余地を削られる。

 

時間が経つほど、集中力が削られていく。

 

「……嫌な予感しかしないわね」

『同感だ』

 

戦闘開始から、わずか3分足らず。

 

2機の動きは、目に見えて鈍り始めていた。

 

それを待っていたように、20機が一斉に攻撃態勢へ入る。

 

レイは即座に気づいた。

 

『散開しろ!』

「っ!」

 

しかし、遅い。

 

包囲の輪が一気に収縮した。

全方位から銃口が向けられる。

逃げ場を塞ぐように、照準線が重なっていく。

 

*****

 

緊急発進したインパルスとセイバーが、交戦エリアへ急いでいた。

 

「ルナ! レイ!」

 

シンの声が、コクピットに響く。

 

モニターには、包囲される2機の光点。

その周囲を取り巻く20の敵影。

距離は縮まっている。

だが、まだ遠い。

 

間に合わない。

 

「くそっ、もっと速く!」

 

インパルスが加速する。

セイバーも横を抜けるように機首を下げた。

 

『焦るな、シン!』

「でも!」

 

その瞬間、交戦エリアが白く染まった。

 

20機のウィンダムが、一斉に撃った。

 

ビームライフルの斉射が、戦艦砲の集中砲火めいて宇宙を裂く。

光が束になり、デブリを焼き、空間を埋める。

回避コースなど、最初から残されていない。

 

レイとルナマリアは、それでも直撃だけは避けた。

 

ブレイズザクファントムが機体を捻り、ザクウォーリアが足元のデブリを蹴るように軌道を変える。

だが、避けきれなかった光が装甲を削り、関節を焼き、推進器を叩いた。

 

『くっ……!』

 

ブレイズザクファントム、被弾。

左腕損失。

推進器損傷。

姿勢制御低下。

 

『っ……!』

 

ザクウォーリア、被弾。

右脚損傷。

武装損失。

戦闘継続困難。

 

それでも2人は、落ちなかった。

 

「くっそぉ!」

 

シンが叫ぶ。

 

『2人とも下がれ!』

 

アスランの声が通信を叩いた。

 

『ですが!』

『命令だ!』

 

有無を言わせない声だった。

 

ルナマリアは悔しそうに歯を食いしばる。

レイも、一瞬だけ沈黙した。

 

だが、2機はミネルバへ後退する。

 

敵は深追いしてこなかった。

 

目的は達した。

厄介なミネルバ隊4機のうち、2機を戦闘不能へ追い込んだ。

それだけで十分だと言わんばかりに、ウィンダム隊は包囲を保ったまま距離を取る。

 

「艦長!」

 

メイリンの声が、悲鳴のようにブリッジへ響いた。

 

『本艦6時方向から敵機(バンディット)! 10機です!』

 

タリアの顔色が変わる。

 

「まだいたの……!」

 

ブリッジのメインモニターが切り替わる。

 

ミネルバ後方。

デブリ帯の影から、新たな10機のウィンダムが姿を現していた。

 

速い。

迷いがない。

明らかに、こちらの死角を突いている。

 

瞬く間に、10機がミネルバ周辺へ展開する。

艦を囲むように散開し、その銃口が一斉に艦橋と機関部へ向けられた。

 

ブリッジが沈黙する。

 

迎撃はできる。

だが、距離が近すぎる。

1機でも撃ち漏らせば、艦橋か機関部を撃ち抜かれる。

 

そして、インパルスとセイバーはまだ前方。

レイとルナマリアは損傷。

ミネルバの守りは、最も薄くなった瞬間を突かれていた。

 

オープン回線が開く。

 

艦橋のメインモニターに、男の顔が映った。

 

『こちらは、貴艦との交渉を要求する』

 

タリアは無言で睨み返した。

 

男は、淡々と続ける。

 

『我々の要求は1つだ』

 

ブリッジが静まり返る。

 

『L-31をレギナントへ搭乗させた後、解放せよ』

 

誰も言葉を発しなかった。

 

男は続ける。

 

『制限時間は15分』

『要求に応じない場合、艦橋および機関部に対して集中攻撃を行う』

 

通信は、一方的に切れた。

 

重い沈黙だけが、ブリッジに残る。

 

タリアは、ようやく理解した。

 

敵の狙いは、ミネルバを沈めることではない。

 

L-31。

いや、セラ。

 

あの少女を、レギナントごと奪い返すことだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。