機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
私は失敗作です
私には、この艦を防衛する義務は存在しません
では、誰が決めたのですか
退屈だったら、僕でよければ、話し相手くらいにはなれます
ありがとうって言いたかっただけだよ
ただ、覚えておけ。あいつらが怒る時は、貴様を責めたいだけではない。失いたくないから怒ることもある
友達が、死ぬかもしれないことを、知らなくていいわけないでしょ
私だって、セラとは戦いたくないよ。セラが傷ついたら悲しいし、いなくなったら嫌だもの
それって、心配してるって言うんだよ
ごめんなさい
メイリンは、私の友達
だったら名前を付けてもいいでしょ!
多分、メイリンなら私にこうしたと思います
でも、私は艦に守られていました
うん。だから、守ってるし、守られてる
今日から、セラ
私は、シンの妹ではありません。セラです
おかえり、セラ
*****
「
震えを含んだ叫びにレギナントが呼応するように、スカートの下に隠れた推進器が一斉に噴いた。
右肩から腰まで深い傷を負っているとは思えない加速で、巨体がストライクフリーダムへ迫る。
キラはビームサーベルを構え直し、正面から振り下ろされたヒートクローを横へ流しながらレギナントの側面へ抜けた。
そこは本来なら反撃できる位置だった。
振り切った右腕はすぐには戻せず、機体もまだ前へ流れている。キラは背後へ回り込みながらサーベルを返そうとしたが、その視界へ左のヒートクローが飛び込んできた。
レギナントは姿勢を直すこともなく身体を捻り、崩れた体勢のまま追撃してくる。
「っ……!」
サーベルで受け止めた直後、今度は巨体そのものが迫ってくる。
キラは衝突を避けて後方へ機体を滑らせると、左手のビームライフルを向けた。
目の前で撃てば、普通なら避けるか防御する。その動きを見てから次を選ぶつもりだった。
しかし撃ってもレギナントは避けない。撃ったビームはそのまま左肩を掠めた。
白鏡層が光を散らし、表面の装甲が焼けて白い破片が飛ぶ。それでも機体は進路を変えず、閃光の中から右のヒートクローが振り下ろされてきた。
キラは機体を沈めて避け、そのまま懐へ潜ったが、すぐに反対側から左腕が迫る。
一撃をかわせば、もう次が来くる。
後ろへ跳ねながらサーベルで受け流すと、さらに右のヒートクローが追ってくる。先端がフリーダムの左前腕を掠め、装甲に浅くない傷を残した。
キラは距離を広げながら、目の前のレギナントを見た。
速くなったわけではない。攻撃そのものが鋭くなったわけでもなく、むしろこれまでのセラと比べれば動きには粗さがある。
暴風のような荒々しさに、次の動きが読めなかった。
これまでのセラの戦い方は、常に防御と攻撃が明確につながっていた。
撃てば回避し、斬れば受け流し、そこから最も効率のいい位置へ移って反撃してくる。その一連の動きを読めば、キラもさらにその先の手を打つ事も出来た。
今は、その前提になる動きそのものが読めなくなっている。
キラは再び距離を詰め、レギナントの右腕へサーベルを走らせた。
白鏡層が強く輝き、ビームの熱を散らしながら装甲表面が焼けていく。
そのまま振り抜けば腕部を破壊することもできるはずだが、レギナントは右腕を引かなかった。
斬られている腕が、そのままこちらへ伸びてくる。
「なっ……!」
キラは反射的にサーベルを引いて後退した。
一瞬遅れてヒートクローが胸部の前を通過し、右肩の装甲を引っかけて白い破片を散らす。
さらに左腕まで続けて振るわれ、機体を捻ってかわしたものの、ヒートクローの先端が背部ウイングの端を削った。
確実に損傷が増えている。
どれも戦闘能力を奪うほどではないが、少しずつ装甲を削られている。
キラには、その理由が分かり始めていた。
セラの動きを読めないのではない。読むために使っていた前提が、今のセラには存在しないのだ。
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レギナントのコクピットには、ダメージ
右肩部装甲損失、胸部外装損傷、腰部ユニット異常。そこへ左肩と右腕の損傷まで加わり、機体の各所が赤く染まっている。
いつものセラなら、それらは一つずつ確認し、処理していたはずだった。
残された武装、損傷による機動力の低下、敵機との距離、その先の退路まで計算し、最も損失の少ない方法を選ぶ。
だが今はそれらを目にしても、別の光景が脳裏に浮かんでくる。
ミネルバの艦首から噴き出した炎。
動けなくなったルナへ、フリーダムのビームサーベルが振り下ろされる瞬間。
胸の奥がざわつく。
同じものをもう一度見ることだけは、受け入れられない。
正面でフリーダムが距離を取る。
離れるなら追う。手が届くなら攻撃する。
それ以外のことを考えるより早く、セラは操縦桿を押し込んだ。
ビームが飛んでくる。
1発が胸部へ当たり、白鏡層が閃光を散らした。続く1発は腰部を掠め、すでに傷ついていた装甲がさらに剥がれていく。
回避するという考えが浮かばなかったわけではない。
それよりも、避ければミネルバやインパルスが傷つくような予感がした。
だから、そのまま進み、受け止めた。
閃光の向こうに白い機体が見える。
セラは右腕を伸ばし、フリーダムがライフルを引いたところへヒートクローを振るった。
銃身には届かなかったが、その先端が表面を掠めて火花を散らす。
手が届いた、その事実だけが、次の行動を決めていく。
さらに踏み込む。
左からサーベルが来たため、レギナントの脇腹へ青白い刃が食い込んだ。
白鏡層が激しく明滅し、装甲が焼けて内部から火花が噴き出しても、セラは後ろへ下がらなかった。
今退けば、フリーダムはまたルナへ行くかもしれない。
その先にはミネルバがある。
「……行かせない」
その声は自分に向けたものだった。
サーベルが脇腹へ残っているうちにさらに前へ出る。
腕が伸び切れば、その分だけフリーダムは次の動きへ移りにくくなる。
セラは理由があってそうしたのではない。ただ、もっと近づかなければ届かないと思った。
右のヒートクローを振り抜く。
フリーダムが機体を捻ったため胸部は外れたが、左腰部へ先端が食い込み、白い装甲を削った。
まだ足りない。
左腕も続けて伸ばす。
ライフルの銃口がこちらを向く前にヒートクローで外側へ払い、そのまま肩から巨体をぶつけた。
鈍い衝撃がレギナント全体を揺らし、フリーダムが大きく押し出される。
セラのモニターにも新しい警告が増えた。
それでも、正面からフリーダムが消えていないことだけを確認すると、再び推進器へ出力を送る。
自分が傷つくことより、ミネルバがなくなる方が嫌だった。
ルナがいなくなる方が、もっと嫌だった。
それだけは、もう分かっていた。
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キラは姿勢を立て直し、いったんレギナントから距離を取る。
右肩、左腕、左腰部、背部ウイング。モニターの端には、それまでなかった損傷が警告として並んでいた。
対するレギナントの方がはるかにひどい。
肩から腰まで走った最初の斬撃に加え、胸部や両腕、脇腹まで焼け、装甲の一部はすでに失われていた。
それでも、白い巨体はまたこちらに向かってくる。
「くっ! どうして……!」
キラは息を整えながらビームライフルを構えた。
ビーム数発程度では止まらない。ビームサーベルも全身の白鏡層が威力を削り、浅い損傷ではそのまま攻撃へ使われる。
止めるためには、もっと強い一撃が必要だった。
不意に、腰部のクスィフィアスへ意識が向いた。
実体弾を高速で撃ち出すレール砲なら、白鏡層の影響を受けないだろう。
この距離から胴体へ直撃させれば、少なくとも今の突進を止めることはできる。
照準を合わせること自体は難しくない。
今のレギナントは避けようとしていない。むしろ自分から正面へ入ってくる。
だからこそ、撃てなかった。
キラの視線が、肩から腰へ走る大きな傷へ向く。
さっきのビームサーベルを振り下ろした時でさえ、コクピットまで届いたのではないかと思った。
そこへレール砲をまともに撃ち込めば、今度は本当に戻れなくなるかもしれない。
一瞬だけ、照準がレギナントの胴体へ重なった。
指が動かない。
そのわずかな時間に、レギナントが再び加速した。
キラは照準を外して機体を横へ逃がす。直後、先ほどまでフリーダムがいた場所をヒートクローが通り過ぎた。
反撃するなら、今しかない。
それでもレール砲を使うことはできず、キラは再びビームサーベルを構えた。
レギナントが追ってくる。
キラはその右腕を狙って斬り込んだが、セラはまた腕を引かなかった。
白鏡層が激しく発光し、表面の装甲が焼ける間にもヒートクローが迫ってくるため、キラは斬撃を途中で切り上げて後方へ逃れた。
今度は避けきれず、ヒートクローの先端がフリーダムの右肩へ食い込む。
装甲が弾け、機体が横へ流された。
「くっ……!」
さらに追ってくるレギナントへビームライフルを向ける。
撃てばまた当たる。しかし、当てても止まらない。
レール砲なら止められる。それでも、それを撃てば目の前の少女まで失わせるかもしれない。
その迷いが消えないまま、距離だけがまた縮まっていく。
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セラには、キラが何を迷っているのか分からなかった。
だが、目の前のフリーダムがまだ動いている以上、止めなければならないという考えしか残っていない。
レギナントの動きは確実に鈍っていた。
右腕の反応には遅れが出始め、腰部の損傷で姿勢制御にもずれが生じている。それでもセラは残っている推力を前進へ回した。
フリーダムの右肩にも傷がある。
腰部も削れている。背部ウイングにも、自分がつけた傷が見えた。
なら、まだ届く。
その考えだけで十分だった。
「……止める」
セラは操縦桿を握り込み、再びフリーダムへ向かって加速した。
正面ではキラがビームサーベルを構えていたが、その腰のレール砲がこちらを向くことはなかった。
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アークエンジェルの反応が戦術表示から遠ざかっていく。
「アークエンジェル回頭、離脱していきます。こちらに照準をつけてません」
報告を聞いたタリアは小さく息を吐いた。
ひとつの脅威が戦域から離れたことで、ようやく艦内へ意識を向ける余裕が生まれる。
しかし、表示されているミネルバの状態は芳しいものではなかった。
「主機関は」
「復旧の見込み、ありません。機関室からも再始動不能です!」
「タンホイザー周辺区画の火災は?」
「延焼が続いています。電力系統も広範囲で影響が出てます」
「まだ補助推進器は生きていますが、航行に必要な推力は出せません」
アーサーの報告を聞きながら、タリアは損傷状況を艦内図にリンクし、目を走らせた。
主機関は止まり、主砲も失っている。残っている火器だけで戦闘を続けたところで、この状態では次の被弾に耐えられる保証もない。
すでにミネルバは、戦う艦として限界を迎えていた。
それでも正面モニターでは、レギナントとフリーダムの戦闘が続いている。
傷を負ったレギナントが何度もフリーダムへ飛び込み、そのたびに白い装甲から火花を散らしていた。
そして、今までほとんど傷を許さなかったフリーダム側にも少しずつ損傷が増えている。
「フリーダム、右肩と左腰部に損傷。背部にも被弾痕を確認」
「セラ……」
メイリンが小さく呟く。
勝っているようには見えず、セラはフリーダムを傷つけるたびに、それ以上の損傷をレギナントへ受けていた。
さらにレギナントの生体電池消耗率も下がらず、クイーンズ・バイトを宣言して以降、負荷は上がり続けている。
「生体電池消耗率、まだ上昇しています。機体損傷も拡大……これ以上続けたら……」
メイリンの声が途中で止まった。
タリアはレギナントの表示を見たあと、艦内の損傷状況へ視線を戻す。
このまま全員を艦内へ残しておく理由はなく、戦闘を続けられない以上、艦長として次に守るべきものは艦そのものではなく、ここに乗っている人間だった。
「アーサー」
「はい」
呼ばれたアーサーが振り向くと、タリアは一度、艦橋を見渡した。
アーサー、メイリンを始めとするブリッジ員が、それぞれの席からこちらを見ている。
「ごめんなさいね。あなたたちには、もう少し付き合ってもらいます」
アーサーが目を見開いた。
「艦長……」
「艦橋要員は残留。その他の乗員には退艦させます」
一瞬、誰も声を出さなかったが、タリアはその沈黙の中で艦内通信を開くよう指示した。
「総員に通達。艦橋勤務者を除く全乗員は、直ちに退艦準備。負傷者を最優先し、使用可能な脱出艇と救命艇へ移乗してください」
メイリンが振り返る。
「艦長、セラは……」
タリアは正面モニターへ視線を戻した。
「まだ外で戦っています」
その言葉だけで、メイリンは続けられなくなった。
「この艦を捨てる判断はしました。でも、あの子を置いて先に逃げるつもりはないわ」
タリアは艦長席へ深く座り直し、戦術表示へ目を向ける。
「退艦作業を開始。負傷者を急がせて」
「……はい!」
メイリンが通信回線を切り替えると、やがてミネルバの艦内へ退艦を告げる放送が流れ始めた。
戦う力を失った艦の中では、人々が生き残るために動き始める。
そのすぐ外で、セラはなおフリーダムの前に立ち続けていた。