機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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160.最後の砦

私は失敗作です

 

私には、この艦を防衛する義務は存在しません

 

では、誰が決めたのですか

 

退屈だったら、僕でよければ、話し相手くらいにはなれます

 

ありがとうって言いたかっただけだよ

 

ただ、覚えておけ。あいつらが怒る時は、貴様を責めたいだけではない。失いたくないから怒ることもある

 

友達が、死ぬかもしれないことを、知らなくていいわけないでしょ

 

私だって、セラとは戦いたくないよ。セラが傷ついたら悲しいし、いなくなったら嫌だもの

 

それって、心配してるって言うんだよ

 

ごめんなさい

 

メイリンは、私の友達

 

だったら名前を付けてもいいでしょ!

 

多分、メイリンなら私にこうしたと思います

 

でも、私は艦に守られていました

 

うん。だから、守ってるし、守られてる

 

今日から、セラ

 

私は、シンの妹ではありません。セラです

 

おかえり、セラ

 

*****

 

「捕食牙爪(クイーンズ・バイト)!」

 

震えを含んだ叫びにレギナントが呼応するように、スカートの下に隠れた推進器が一斉に噴いた。

右肩から腰まで深い傷を負っているとは思えない加速で、巨体がストライクフリーダムへ迫る。

キラはビームサーベルを構え直し、正面から振り下ろされたヒートクローを横へ流しながらレギナントの側面へ抜けた。

 

そこは本来なら反撃できる位置だった。

振り切った右腕はすぐには戻せず、機体もまだ前へ流れている。キラは背後へ回り込みながらサーベルを返そうとしたが、その視界へ左のヒートクローが飛び込んできた。

レギナントは姿勢を直すこともなく身体を捻り、崩れた体勢のまま追撃してくる。

 

「っ……!」

 

サーベルで受け止めた直後、今度は巨体そのものが迫ってくる。

キラは衝突を避けて後方へ機体を滑らせると、左手のビームライフルを向けた。

目の前で撃てば、普通なら避けるか防御する。その動きを見てから次を選ぶつもりだった。

 

しかし撃ってもレギナントは避けない。撃ったビームはそのまま左肩を掠めた。

白鏡層が光を散らし、表面の装甲が焼けて白い破片が飛ぶ。それでも機体は進路を変えず、閃光の中から右のヒートクローが振り下ろされてきた。

キラは機体を沈めて避け、そのまま懐へ潜ったが、すぐに反対側から左腕が迫る。

 

一撃をかわせば、もう次が来くる。

後ろへ跳ねながらサーベルで受け流すと、さらに右のヒートクローが追ってくる。先端がフリーダムの左前腕を掠め、装甲に浅くない傷を残した。

 

キラは距離を広げながら、目の前のレギナントを見た。

速くなったわけではない。攻撃そのものが鋭くなったわけでもなく、むしろこれまでのセラと比べれば動きには粗さがある。

暴風のような荒々しさに、次の動きが読めなかった。

 

これまでのセラの戦い方は、常に防御と攻撃が明確につながっていた。

撃てば回避し、斬れば受け流し、そこから最も効率のいい位置へ移って反撃してくる。その一連の動きを読めば、キラもさらにその先の手を打つ事も出来た。

今は、その前提になる動きそのものが読めなくなっている。

 

キラは再び距離を詰め、レギナントの右腕へサーベルを走らせた。

白鏡層が強く輝き、ビームの熱を散らしながら装甲表面が焼けていく。

そのまま振り抜けば腕部を破壊することもできるはずだが、レギナントは右腕を引かなかった。

 

斬られている腕が、そのままこちらへ伸びてくる。

 

「なっ……!」

 

キラは反射的にサーベルを引いて後退した。

一瞬遅れてヒートクローが胸部の前を通過し、右肩の装甲を引っかけて白い破片を散らす。

さらに左腕まで続けて振るわれ、機体を捻ってかわしたものの、ヒートクローの先端が背部ウイングの端を削った。

 

確実に損傷が増えている。

どれも戦闘能力を奪うほどではないが、少しずつ装甲を削られている。

 

キラには、その理由が分かり始めていた。

セラの動きを読めないのではない。読むために使っていた前提が、今のセラには存在しないのだ。

 

---

 

レギナントのコクピットには、ダメージ警告(アラート)の表示が絶えず記されていた。

右肩部装甲損失、胸部外装損傷、腰部ユニット異常。そこへ左肩と右腕の損傷まで加わり、機体の各所が赤く染まっている。

 

いつものセラなら、それらは一つずつ確認し、処理していたはずだった。

残された武装、損傷による機動力の低下、敵機との距離、その先の退路まで計算し、最も損失の少ない方法を選ぶ。

だが今はそれらを目にしても、別の光景が脳裏に浮かんでくる。

 

ミネルバの艦首から噴き出した炎。

動けなくなったルナへ、フリーダムのビームサーベルが振り下ろされる瞬間。

 

胸の奥がざわつく。

同じものをもう一度見ることだけは、受け入れられない。

 

正面でフリーダムが距離を取る。

離れるなら追う。手が届くなら攻撃する。

それ以外のことを考えるより早く、セラは操縦桿を押し込んだ。

 

ビームが飛んでくる。

 

1発が胸部へ当たり、白鏡層が閃光を散らした。続く1発は腰部を掠め、すでに傷ついていた装甲がさらに剥がれていく。

回避するという考えが浮かばなかったわけではない。

それよりも、避ければミネルバやインパルスが傷つくような予感がした。

 

だから、そのまま進み、受け止めた。

 

閃光の向こうに白い機体が見える。

セラは右腕を伸ばし、フリーダムがライフルを引いたところへヒートクローを振るった。

銃身には届かなかったが、その先端が表面を掠めて火花を散らす。

 

手が届いた、その事実だけが、次の行動を決めていく。

 

さらに踏み込む。

左からサーベルが来たため、レギナントの脇腹へ青白い刃が食い込んだ。

白鏡層が激しく明滅し、装甲が焼けて内部から火花が噴き出しても、セラは後ろへ下がらなかった。

 

今退けば、フリーダムはまたルナへ行くかもしれない。

その先にはミネルバがある。

 

「……行かせない」

 

その声は自分に向けたものだった。

 

サーベルが脇腹へ残っているうちにさらに前へ出る。

腕が伸び切れば、その分だけフリーダムは次の動きへ移りにくくなる。

セラは理由があってそうしたのではない。ただ、もっと近づかなければ届かないと思った。

 

右のヒートクローを振り抜く。

フリーダムが機体を捻ったため胸部は外れたが、左腰部へ先端が食い込み、白い装甲を削った。

 

まだ足りない。

 

左腕も続けて伸ばす。

ライフルの銃口がこちらを向く前にヒートクローで外側へ払い、そのまま肩から巨体をぶつけた。

鈍い衝撃がレギナント全体を揺らし、フリーダムが大きく押し出される。

 

セラのモニターにも新しい警告が増えた。

それでも、正面からフリーダムが消えていないことだけを確認すると、再び推進器へ出力を送る。

 

自分が傷つくことより、ミネルバがなくなる方が嫌だった。

ルナがいなくなる方が、もっと嫌だった。

 

それだけは、もう分かっていた。

 

---

 

キラは姿勢を立て直し、いったんレギナントから距離を取る。

右肩、左腕、左腰部、背部ウイング。モニターの端には、それまでなかった損傷が警告として並んでいた。

 

対するレギナントの方がはるかにひどい。

肩から腰まで走った最初の斬撃に加え、胸部や両腕、脇腹まで焼け、装甲の一部はすでに失われていた。

それでも、白い巨体はまたこちらに向かってくる。

 

「くっ! どうして……!」

 

キラは息を整えながらビームライフルを構えた。

ビーム数発程度では止まらない。ビームサーベルも全身の白鏡層が威力を削り、浅い損傷ではそのまま攻撃へ使われる。

止めるためには、もっと強い一撃が必要だった。

 

不意に、腰部のクスィフィアスへ意識が向いた。

 

実体弾を高速で撃ち出すレール砲なら、白鏡層の影響を受けないだろう。

この距離から胴体へ直撃させれば、少なくとも今の突進を止めることはできる。

 

照準を合わせること自体は難しくない。

今のレギナントは避けようとしていない。むしろ自分から正面へ入ってくる。

 

だからこそ、撃てなかった。

 

キラの視線が、肩から腰へ走る大きな傷へ向く。

さっきのビームサーベルを振り下ろした時でさえ、コクピットまで届いたのではないかと思った。

そこへレール砲をまともに撃ち込めば、今度は本当に戻れなくなるかもしれない。

 

一瞬だけ、照準がレギナントの胴体へ重なった。

 

指が動かない。

 

そのわずかな時間に、レギナントが再び加速した。

キラは照準を外して機体を横へ逃がす。直後、先ほどまでフリーダムがいた場所をヒートクローが通り過ぎた。

 

反撃するなら、今しかない。

それでもレール砲を使うことはできず、キラは再びビームサーベルを構えた。

 

レギナントが追ってくる。

キラはその右腕を狙って斬り込んだが、セラはまた腕を引かなかった。

白鏡層が激しく発光し、表面の装甲が焼ける間にもヒートクローが迫ってくるため、キラは斬撃を途中で切り上げて後方へ逃れた。

 

今度は避けきれず、ヒートクローの先端がフリーダムの右肩へ食い込む。

装甲が弾け、機体が横へ流された。

 

「くっ……!」

 

さらに追ってくるレギナントへビームライフルを向ける。

撃てばまた当たる。しかし、当てても止まらない。

レール砲なら止められる。それでも、それを撃てば目の前の少女まで失わせるかもしれない。

 

その迷いが消えないまま、距離だけがまた縮まっていく。

 

---

 

セラには、キラが何を迷っているのか分からなかった。

だが、目の前のフリーダムがまだ動いている以上、止めなければならないという考えしか残っていない。

 

レギナントの動きは確実に鈍っていた。

右腕の反応には遅れが出始め、腰部の損傷で姿勢制御にもずれが生じている。それでもセラは残っている推力を前進へ回した。

 

フリーダムの右肩にも傷がある。

腰部も削れている。背部ウイングにも、自分がつけた傷が見えた。

 

なら、まだ届く。

 

その考えだけで十分だった。

 

「……止める」

 

セラは操縦桿を握り込み、再びフリーダムへ向かって加速した。

正面ではキラがビームサーベルを構えていたが、その腰のレール砲がこちらを向くことはなかった。

 

---

 

アークエンジェルの反応が戦術表示から遠ざかっていく。

 

「アークエンジェル回頭、離脱していきます。こちらに照準をつけてません」

 

報告を聞いたタリアは小さく息を吐いた。

ひとつの脅威が戦域から離れたことで、ようやく艦内へ意識を向ける余裕が生まれる。

しかし、表示されているミネルバの状態は芳しいものではなかった。

 

「主機関は」

「復旧の見込み、ありません。機関室からも再始動不能です!」

「タンホイザー周辺区画の火災は?」

「延焼が続いています。電力系統も広範囲で影響が出てます」

「まだ補助推進器は生きていますが、航行に必要な推力は出せません」

 

アーサーの報告を聞きながら、タリアは損傷状況を艦内図にリンクし、目を走らせた。

主機関は止まり、主砲も失っている。残っている火器だけで戦闘を続けたところで、この状態では次の被弾に耐えられる保証もない。

すでにミネルバは、戦う艦として限界を迎えていた。

 

それでも正面モニターでは、レギナントとフリーダムの戦闘が続いている。

傷を負ったレギナントが何度もフリーダムへ飛び込み、そのたびに白い装甲から火花を散らしていた。

そして、今までほとんど傷を許さなかったフリーダム側にも少しずつ損傷が増えている。

 

「フリーダム、右肩と左腰部に損傷。背部にも被弾痕を確認」

「セラ……」

 

メイリンが小さく呟く。

勝っているようには見えず、セラはフリーダムを傷つけるたびに、それ以上の損傷をレギナントへ受けていた。

さらにレギナントの生体電池消耗率も下がらず、クイーンズ・バイトを宣言して以降、負荷は上がり続けている。

 

「生体電池消耗率、まだ上昇しています。機体損傷も拡大……これ以上続けたら……」

 

メイリンの声が途中で止まった。

タリアはレギナントの表示を見たあと、艦内の損傷状況へ視線を戻す。

このまま全員を艦内へ残しておく理由はなく、戦闘を続けられない以上、艦長として次に守るべきものは艦そのものではなく、ここに乗っている人間だった。

 

「アーサー」

「はい」

 

呼ばれたアーサーが振り向くと、タリアは一度、艦橋を見渡した。

アーサー、メイリンを始めとするブリッジ員が、それぞれの席からこちらを見ている。

 

「ごめんなさいね。あなたたちには、もう少し付き合ってもらいます」

 

アーサーが目を見開いた。

 

「艦長……」

「艦橋要員は残留。その他の乗員には退艦させます」

 

一瞬、誰も声を出さなかったが、タリアはその沈黙の中で艦内通信を開くよう指示した。

 

「総員に通達。艦橋勤務者を除く全乗員は、直ちに退艦準備。負傷者を最優先し、使用可能な脱出艇と救命艇へ移乗してください」

 

メイリンが振り返る。

 

「艦長、セラは……」

 

タリアは正面モニターへ視線を戻した。

 

「まだ外で戦っています」

 

その言葉だけで、メイリンは続けられなくなった。

 

「この艦を捨てる判断はしました。でも、あの子を置いて先に逃げるつもりはないわ」

 

タリアは艦長席へ深く座り直し、戦術表示へ目を向ける。

 

「退艦作業を開始。負傷者を急がせて」

「……はい!」

 

メイリンが通信回線を切り替えると、やがてミネルバの艦内へ退艦を告げる放送が流れ始めた。

戦う力を失った艦の中では、人々が生き残るために動き始める。

そのすぐ外で、セラはなおフリーダムの前に立ち続けていた。

 

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