機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ダイダロス基地の周辺では、いまだ激しい戦闘が続いていた。
エターナルを守るジュール隊は数で勝るザフト部隊を相手に踏みとどまっていたが、戦線は少しずつ押し込まれている。
1機を退けても、その後ろから次が来る。味方機の残弾も減り、損傷して後退する機体も増えていた。
「右から3機!」
「分かっている!」
イザークはデュエルを旋回させ、正面から迫ったザクの射撃をかわした。
撃ち返したビームが相手のライフルを破壊し、怯んだところを僚機が押し戻す。
撃墜はしない。
できる限り武器か脚を狙い、戦闘を続けられなくして退かせる。
だが、それにも限界があった。
「で、どうする?」
通信からディアッカの声が入った。
「何がだ!」
「分かってるだろ。このままじゃ先にこっちがもたない」
イザークは答えず、目の前の敵へ向き直った。
レクイエムを止めなければならない。
その判断自体に迷いはなかった。あれを放置していいはずがなく、本国にも同じ考えを持つ者はいる。
ならば、自分たちがここにいる理由はある。
それでも、今撃ち合っている相手もザフト兵だった。
部下も向こうで武器を構えている兵士も、こんなことで命を懸ける必要などない。
命令されたから戦っている者もいるだろう。その相手を、大義はこちらにあるのだからと撃ち落とす気にはなれなかった。
「ったく……面倒なことになったな」
「黙れディアッカ!」
怒鳴り返しながらも、イザーク自身が一番分かっていた。
退けばエターナルを見捨てることになる。
それだけはできない。
かといって、このまま味方同士で削り合い続けるのも違う。
何でもいい。
この戦闘を終わらせるきっかけさえあれば――。
その時、レーダーに高速で近づく反応が出た。
「上だ!」
イザークが顔を上げる。
直上から、1機のMSが落ちてくるように接近していた。
片腕を失い、脚部も大きく損傷している。自力でまともに飛べる状態ではない。
その背後で、ファトゥムの推進器が激しく光っていた。
「……アスランか!」
機体がどれほど壊れていても、それを見間違えることはなかった。
ジャスティスはファトゥムに押されるように戦場を抜け、エターナルの近くまでたどり着いた。
速度を落とした機体が大きく流れ、辛うじて姿勢を安定させる。
「イザーク!?」
通信に入ったアスランの声には、明らかな驚きがあった。
「どうしてお前がここに――」
「説明している暇があるか!」
イザークは正面から迫るザクへビームを撃ち、その武器を弾き飛ばした。
「動けるんだろう! だったら手を貸せ!」
「……ああ!」
理由を聞くのをやめ、アスランも残った機能を確認する。
まともな格闘戦などできる状態ではない。それでも機体は動き、残された武装もまだ使える。
「ディアッカ! そっちを押し返せ!」
「はいはい。やっと少しは楽になりそうだな」
ジャスティスがジュール隊の横へ並ぶ。
それだけで戦況が変わるわけではない。
それでもイザークには、止まりかけていたものが少しだけ動き始めたように思えた。
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フリーダムの横を、ヒートクローが掠めていく。
キラは機体を捻って避け、そのまま上へ抜けようとした。
しかしレギナントもすぐに機首を上げ、逃がさないように追ってくる。
そこへ通信が入った。
「キラ君、聞こえる?」
マリューの声だった。
「……はい!」
「こちらはエターナルへ向けて移動中よ。キラ君もそこを離脱して、ダイダロスへ向かって」
「了解」
短く答え、キラは正面へ視線を戻した。
問題は、離脱できるかだった。
フリーダムが距離を取ろうとすれば、レギナントが追ってくる。
強引に振り切ろうとして加速すれば、その先へ射撃が飛び、進路を変えたところへ白い巨体が回り込んだ。
先ほどまでとは少し違う。
荒々しく前へ出るだけだった動きが、少しずつ元に戻り始めている。
無理に攻撃を押し込まず、キラが進もうとする方向を先に塞ぎ、こちらが動いた後にヒートクローを伸ばしてくる。
それでも、いつものセラとは違った。
攻撃を受けるたびに引くこともなく、フリーダムが離れようとすれば、すぐに距離を詰めてくる。
冷静さは戻り始めているのに、そこから感じる圧だけは弱くなっていなかった。
殺気としか思えないほど強い圧だった。
「……どうして、そこまで」
キラが呟いた直後、横から砲撃が飛んできた。
フリーダムは翼を閉じるように機体を傾け、ビームをかわす。
視線を向けると、離れた場所にブラストインパルスがいた。
右手と主推進器を失い、機動力は大きく落ちている。
それでもルナマリアは残った武装を使い、レギナントの動きを支えていた。
レギナントへ斬り込もうとすれば、インパルスから射撃が入る。
逆にインパルスへ機体を向けると、今度はレギナントの動きが変わった。
キラは試すようにライフルをインパルスへ向ける。
その瞬間、レギナントが一気に加速した。
「っ!」
ヒートクローが振り抜かれ、キラはライフルを引きながら後ろへ逃げる。
先ほどまでより踏み込みが深く、迷いもなかった。
フリーダムがインパルスから離れると、レギナントの追撃もわずかに緩む。
キラはそこで気づいた。
自分がインパルスへ意識を向けるたびに、セラの攻撃が激しくなっている。
インパルスを、仲間を狙わせたくない。
その感情がそのまま動きに出ているようだった。
キラはインパルスへの攻撃をやめ、再びレギナントへ向き直った。
2機を相手にしていても、まだ対応はできる。
インパルスとの間には技量の差があり、損傷したあの機体の射撃も見てから避けられる。
セラも本来の動きを取り戻しつつあるとはいえ、まだところどころに乱れが残っていた。
手加減しているわけではない。
それでも、殺さずに止めるという条件の中で戦う余裕はまだ残っている。
キラはレギナントの攻撃をかわし、空いた場所へライフルを撃った。
ビームがスカート装甲を掠め、白い破片が飛ぶ。
レギナントはそのまま前へ来る。
ヒートクローが伸びる前にキラは横へ抜け、振り返ってもう一射した。
セラは今度は機体を捻り、ビームを避ける。
その動きを見て、キラの目が細くなった。
やはり戻ってきている。
先ほどまでは受けても前へ出ていた。
今は避けられる攻撃は避け、そこから次の位置へ動こうとしている。
その方が本来のセラに近い。
だが、レギナントが急に揺れた。
キラは動きを止めず、距離を取る。
レギナントの反応が遅れている。
右へ姿勢を直そうとしたまま、機体がその場で止まりかけた。
「……?」
その隙は明らかだった。
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セラの呼吸が止まった。
胸の奥から何かを一気に引き抜かれたような感覚が走り、視界の端が暗くなる。
操縦桿を握る指に力が入らない。
「っ……は……」
コクピットの表示が赤く染まっていた。
生体電池の残量が底を突いている。
これまで機体側で受けていた負荷が、一瞬で自分の身体へ返ってきた。
頭の奥が強く締め付けられ、手足の感覚まで遠くなる。
動かなければならない。
フリーダムを行かせてはいけない。
そう思っても、身体がついてこない。
呼吸をしようとして、ようやく短く空気を吸う。
その間にも正面のフリーダムが動いた。
狙われているのは左手。
分かっているのに、反応できない。
次の瞬間、レギナントの表示が一斉に変わった。
擦り切れた生体電池の数値が急速に戻り始める。
機体側へ力が戻るのと同時に、セラは大きく息を吸った。
「はっ……!」
身体の重さは消えない。
息もすでに上がっている。
それでも、レギナントは動く。
セラは操縦桿を押し込んだ。
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キラはレギナントが止まった一瞬を逃さなかった。
ビームでは白鏡層に威力を削られる。
ビームサーベルで深く斬れば、またコクピットまで届く危険がある。
ならば、動きを止める場所だけを壊せばいい。
腰部のクスィフィアスを開く。
狙うのは胴体ではない。
レギナントの左腕だった。
ヒートクローを一つ使えなくすれば、その分だけ距離を作れる。
そこで戦闘を切り上げ、ダイダロスへ向かう。
照準が左腕へ重なる。
「これなら……!」
引き金へ指をかけた瞬間だった。
右肩に衝撃が走った。
「っ!?」
爆発がコクピットを揺らし、照準が大きく外れる。
発射されたレール砲の弾丸はレギナントの左腕を外れ、その横を通り過ぎていった。
フリーダムの右肩装甲が弾け、すでに傷ついていた部分が大きく崩れる。
何が起きたのか分からなかった。
警告表示が右後方を示す。
キラが振り向く。
そこに1基だけ、ドラグーンがいた。
「いつの間に……!」
セラがいつ展開したのか、まったく気づかなかった。
そのドラグーンは2射目を撃たず、位置を変えていく。
同時に正面のレギナントが再び加速した。
生体電池が戻っても、セラ自身の疲労まで消えたわけではなかった。
呼吸は荒く、身体には先ほどの負荷が残っている。
それでもルナを守るために前へ出る。
キラは傷ついた右肩を庇いながら機体を引いた。
レギナントのヒートクローが、その直前までフリーダムのいた場所を通り抜ける。
戦いはまだ終わらなかった。
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ミネルバのブリッジでは、メイリンがレギナントの状態を追い続けていた。
主機関をはじめ、艦の多くの機能はすでに停止している。
それでもデュートリオンビーム発信機だけは生きていた。
「生体電池、また下がってる……」
モニターの数値が急速に減っていく。
メイリンはレギナントの位置を確認し、照射系統を操作した。
ミネルバから細い光が伸び、戦場にいるレギナントを捉える。
「充電開始。お願い……戻って」
減り切っていた数値が上がり始める。
これでレギナントは再び動ける。
クイーンズ・バイトを使えば、本来なら短時間で生体電池を使い切り、セラ自身へ大きな負荷がかかる。
今はそのたびに、メイリンがデュートリオンビームで充電していた。
ただし、戻るのは生体電池だけ。
モニターに出ているセラの身体状態は、少しずつ悪くなっている。
呼吸数は増え、脈拍も高いまま下がらない。
「セラ……もう身体が……」
それでもレギナントは戦い続けていた。
タリアも正面モニターでその様子を確認した後、アーサーへ顔を向ける。
「退艦状況は?」
アーサーはすぐには答えなかった。
「アーサー?」
「……艦長、その……」
言いにくそうに視線を逸らす。
タリアは眉を寄せた。
「何?」
「退艦が、進んでません」
「進んでいない?」
アーサーが観念したように報告を続ける。
「というより……退艦命令に従っている乗員がいません」
「……は?」
タリアは思わず聞き返した。
「機関班は補助系統の復旧を継続。整備班も格納庫と発進設備の復旧作業を続けています。医療班も負傷者を安全区画へ移したあと、そのまま艦内に残っています」
「退艦命令は伝わっているのよね?」
「全区画に通達済みです」
タリアはしばらく何も言えなかった。
「艦内回線を開いて」
「はい」
通信がつながる。
「こちら艦長。先ほど退艦を命じたはずです。本艦は戦闘可能な状態ではありません。残る必要はありません。直ちに――」
言い終える前に、複数の返答が飛んできた。
「機関区です。まだ補助系統を戻せます!」
「第二整備班、作業継続します。MS隊が戻ってくる場所までなくすわけにはいきません!」
「こっちはまだ動けます!」
「外じゃMS隊が戦ってるんですよ!」
「セラだってまだ戦ってるのに、俺たちだけ逃げられません!」
次々に入る声に、タリアは黙った。
どれもが命令を拒否する声であふれている。
艦長としてなら、もう一度強く命じるべきなのだろう。
この艦を失う判断はすでにしている。乗員の命を優先するなら、残らせる理由はない。
それでも、誰も持ち場を離れようとしなかった。
タリアは小さく息を吐き、額に手を当てた。
まったく、この艦の連中は。
呆れているのに、怒る気にはなれなかった。
彼らがなぜ残っているのか、自分にも分かってしまったからだ。
やがてタリアは苦笑し、艦内通信へ向き直る。
「……分かりました。退艦命令を撤回します」
ブリッジでアーサーが振り向いた。
「艦長?」
「ただし、残るからには勝手なことは許しません。全員、ダメージコントロールに集中。復旧が困難な危険区画には絶対に入らないこと。復旧できるところから確実に戻しなさい」
「了解!」
艦内のあちこちから返事が重なった。
タリアはその声を聞きながら、正面モニターへ視線を戻す。
そこでは傷ついたレギナントが、まだフリーダムを追っていた。
「メイリン。セラの状態を切らさないで」
「はい!」
メイリンは再びモニターへ向き直り、生体電池の残量を追う。
ミネルバの中では、止まったはずの機器を動かそうとする作業が再び続いていた。
都合により、明日の投稿は出来そうにないので、お休みします。