機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
レギナントの動きに、少しずつ乱れが混じり始めていた。
ミネルバから送られるデュートリオンビームによって、生体電池の残量そのものは何度も回復している。
だが、そのたびに限界まで負荷を受けたセラの身体が元へ戻るわけではない。
呼吸は浅く、操縦桿を握る指にも痺れが残り、機体を急旋回させるたびに視界の端が暗くなった。
それでもレギナントはストライクフリーダムへ食らいついていた。
フリーダムが上方へ逃れれば、それより先へドラグーンの射線を置く。
横へ抜けようとすれば白い巨体を回り込ませ、ヒートクローの間合いへ追い込んでいく。
少し離れた場所では、損傷したブラストインパルスが残った砲を使い、セラの動きを支えていた。
キラは2機の攻撃を捌きながら、その変化を見ていた。
セラの狙いそのものは先ほどより正確になっており、感情のままに攻撃を押し込んでいた時とは違っている。
こちらの進路を読みながら次の位置へ機体を置こうとする一方で、姿勢を変えてから次の加速へ移るまでの時間は少しずつ長くなっていた。
フリーダムの右側からヒートクローが迫り、キラは翼を畳むように機体を傾けてその脇を滑り抜ける。
レギナントもすぐに追おうとしたが、推進器が光ってから機体が動くまでに、ほんの一瞬だけ遅れが生じていた。
キラはその隙に距離を広げ、腰部のクスィフィアスを展開した。
セラも砲口の動きを捉え、両腕と大型のスカート装甲を射線へ重ねるようにレギナントを構えさせる。
レール砲から放たれた弾丸が、正面から白い巨体を叩いた。
「っ……!」
白鏡層が直撃を受け止めても、衝撃までは消えなかった。
レギナントは大きく押し戻され、コクピットの中でセラの身体がシートへ叩きつけられる。
頭部の傷から流れていた血が頬まで伝い、揺れた視界の中でフリーダムの姿が一度ぼやけた。
「セラ!」
ルナマリアはブラストインパルスの砲口をフリーダムへ向け、それを見たキラもすぐに狙いを切り替えた。
先ほどまでレギナントとインパルスは互いの隙を補い、セラが前へ出ればルナマリアが射線を作っていた。
逆にルナマリアへ近づこうとすればレギナントがそれを許さず、その関係の中心には常にセラがいる。
フリーダムはレギナントから距離を取ると、そのままブラストインパルスへビームライフルを向けた。
「ッ……ルナ……」
セラの声と同時にビームが走り、ルナマリアは残った推進器を吹かしてブラストインパルスを横へ滑らせる。
光は左腕を直撃することなく装甲を削って抜け、その直後に肩口で小さな爆発が起こった。
ルナマリアは機体を捻る。
「このっ!」
ビームが右脚の外側を掠め、弾けた装甲の奥から姿勢制御用の噴射口が火花を散らした。
攻撃はまだ続いていた。3射目のビームが左脚へ伸び、装甲を焼きながら抜けていく。
コクピットの表示には新たな警告が重なった。
セラの視線がインパルスへ向いた瞬間、キラはフリーダムを加速させる。
レギナントが振り向くより早く白い機体が懐へ入り、ビームライフルの銃口を向けてきた。
セラはヒートクローを振り上げながら機体を捻ったが、身体の反応が一拍遅れる。
強く操縦桿を押し込んでその遅れを補おうとした瞬間、身体の奥に鋭い痛みが走った。
「……っ!」
フリーダムが射撃位置へ入る中、セラはインパルスの位置を確認すると、残っていたドラグーンを一斉に展開した。
レギナント自身も推進器を吹かし、フリーダムの正面へ向けて加速する。
キラもその動きに合わせ、自機のドラグーンを放った。
双方のドラグーンが広がり、宇宙空間にいくつもの射線が生まれていく。
レギナントの進行方向へビームが走り、セラは機体を横へ振った。
そこへ別方向から射撃が重なり、さらに外側へ進路を押し出される。
上へ逃れようとしても、その先には別のドラグーンから光が伸びてきた。
キラはレギナントそのものを撃ち抜くのではなく、セラが前へ出ようとする方向へ射線を重ね、移動できる範囲を少しずつ狭めていた。
「進路……再計算」
レギナントのドラグーンも応射するが、フリーダムは翼を広げてその間を抜け、さらに別の位置へドラグーンを回していく。
セラは表示を追いながら進路を探したものの、選んだ先へ次々と射線を置かれたことでレギナントの速度が落ちた。
その正面へ、フリーダムのビーム砲が向けられる。
「セラ、避けて!」
ルナマリアの声を受け、セラが操縦桿を引く。
それを追うように、クスィフィアスの砲口が彼女を追い詰めていった。
その瞬間、フリーダムの右側面へ複数のビームが飛び込んだ。
キラは咄嗟に機体を旋回させ、翼の近くを抜ける光の束から逃れる。
そのうち1射が損傷していた右肩の装甲を掠め、回避によって流れたフリーダムの正面を赤い機影が一気に塞いだ。
「なっ……!?」
キラがその姿を認識した時には、赤い機体はすでに間合いへ踏み込み、残された腕に握ったフラッシュエッジから光刃を伸ばしていた。
「うおおおおっ!」
振り抜かれたビームサーベルがフリーダムへ迫り、キラも機体を捻りながら自らのビームサーベルを抜く。
2つの刃が交わる寸前、フリーダムはわずかに軌道を外し、斬撃を肩口から逃がした。
それでも完全には避け切れず、ビームサーベルの刃が翼へ触れ、白いウイングの先端を削り取った。
「くそっ!」
その隙に赤い機体は姿勢を立て直し、レギナントとブラストインパルスを庇うようにフリーダムとの間へ入った。
「シン……!」
ルナマリアの声を聞きながら、シンは正面のフリーダムを見据えたままビームサーベルを構え直す。
その横へさらに1機が入り、レジェンドの周囲へ散っていたドラグーンが射線を作りながら戻ってきた。
「2人とも、大丈夫か」
「まだやれるわ」
「はい……戦闘継続、可能です」
ルナマリアとセラの返答を聞き、シンは正面へ視線を戻した。
「だったら行くぞ」
デスティニーが中央へ出て、その右側へレジェンドが入る。
左後方にはブラストインパルスが残った火器を向け、レギナントも姿勢を戻しながらドラグーンをフリーダムの周囲へ展開していった。
一方、キラは4機の位置と状態を確認する。
レギナントとインパルスは大きく損傷し、デスティニーも片腕を失って万全にはほど遠い。
それでも、レジェンドまで加わった4機を同時に相手にしながら、この場へ留まり続ける時間はなかった。
アークエンジェルへ戻るためには、4機の足並みを一度だけ崩せばいい。
フリーダムのドラグーンが機体周囲へ戻り、背部のビーム砲、腰部のレール砲、両手のビームライフルが4機へ向けられる。
その変化を捉えたレイが、すぐに声を上げた。
「全機、散開しろ!」
フリーダムの翼が大きく開き、全身の砲口と周囲のドラグーンから一斉に光が放たれた。
シンはデスティニーを上方へ跳ねさせ、レジェンドは右へ旋回しながらドラグーンを広げる。
それぞれの回避する位置を避けるように、4機の間をビームとレール砲が走り抜けていった。
キラの狙いは撃墜ではなく、4機の連携を切ることだった。
回避運動によって包囲の一角が開くと、フリーダムはそこへ機首を向ける。
「行かせるか!」
シンはすぐにデスティニーを加速させたが、その進路へドラグーンの射撃が走る。
ビームサーベルを振りながら機体を横へ逃がしたわずかな時間で、フリーダムは大きく距離を広げていた。
フリーダムはアークエンジェルのいる方向へ機首を向け、全速力で加速する。
「待て!」
シンの声が響く中、セラもレギナントを追わせようと操縦桿を押し込んだ。
しかし、その瞬間に視界が大きく揺れ、身体から力が抜けるのと同時にレギナントの機首がわずかに下がった。
「ッ……はぁっ……はぁっ!」
「セラ!?」
ルナマリアの声を聞きながら、セラは何度か瞬きをして正面を見る。
フリーダムの光はすでに急速に遠ざかっていた。
「追撃を……、継続します」
「セラ、もういいよ!」
「でも――」
「これ以上やったら、身体がもたないでしょ!」
セラが返答を止めると、少し遅れてシンの声も入る。
「ルナの言う通りだ。俺たちも一度戻ろう」
「……フリーダムは」
「今は行かせるしかない。次に会った時は、俺が止める」
セラは遠ざかる白い機体を見つめ、やがて操縦桿に込めていた力を緩めた。
「……了解しました」
4機の前方で、フリーダムはそのままアークエンジェルへ向かって加速していった。
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フリーダムの反応が戦域から離れていくのを確認し、ミネルバの艦橋では張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
主機関を失った艦内では、現在も各所で復旧作業が続いている。
戦闘そのものは落ち着きつつあったが、ミネルバがすぐに動ける状態へ戻ったわけではない。
メイリンはMS隊の反応を1機ずつ確認した。
「フリーダム、戦域を離脱。アークエンジェルが向かった方面を追っています」
タリアは正面モニターを見た。
「MS隊へ追撃中止を通達。全機、帰投させて」
「はい」
メイリンが回線を切り替えようとしたところで、アーサーが端末を確認しながら顔を曇らせた。
「艦長、格納庫の件ですが……」
タリアが振り返る。
「まだ駄目なの?」
「はい。収容用の固定設備と誘導系統の損傷が大きすぎました。庫内はすでに安全にMSを収容できる状態ではないそうです」
タリアは戦術表示へ視線を戻した。
デスティニーは片腕を失っている。
ブラストインパルスは右手と主推進器を失ったうえ、先ほどの攻撃で四肢にも損傷が増えていた。
レギナントも全身に傷を負い、何よりセラ自身の状態が悪い。
このまま艦外に待機させておく方が危険だった。
「メサイアへ向かわせます」
アーサーが顔を上げる。
「メサイアに?」
「ええ。あそこなら収容設備も整備能力も残っているでしょう。レジェンドを先導につけて、4機とも直接向かわせて」
「了解しました」
メイリンがMS隊へ通信を開く。
「シン、レイ、ルナお姉ちゃん、セラ。ミネルバから指示です。格納庫が使えないため、全機メサイアへ向かってください」
「メサイア?」
「うん。こっちでは収容も応急修理もできないの。レイは他の3機を見ながら先導をお願い」
「了解した」
メイリンはレギナントの状態表示へ目を移した。
「セラ、聞こえる?」
「はい」
「メサイアに着いたら、機体より先に医務室へ行って」
「戦闘継続には――」
「戦闘は終わったよ」
セラの返答が途切れる。
メイリンは少しだけ声を落とした。
嘘を言っているのは分かってる。
アークエンジェルもフリーダムもまだ健在で、ダイダロス基地も戦闘中だ。
しかし、メイリンにとってはそれよりもセラの方が深刻だった。
このままでは、セラは壊れるまで戦ってしまう。
「だから今は、セラの身体を診てもらって。お願い」
「……了解しました」
通信を聞いていたタリアは、メサイアへの回線を開くよう指示した。
「議長へ繋いで。こちらからMS隊の受け入れを要請します」
「はい」
通信士が回線を切り替え、数秒後にメサイアとの通信が繋がった。
「こちらメサイア」
聞こえてきた声に、タリアはわずかに眉を動かした。
応答したのはデュランダル本人だった。
「こちらミネルバ。デュランダル議長、本艦は深刻な損傷を負い、戦闘継続は不可能な状態です。所属MS4機も損傷していますが、本艦の格納庫では収容できません。メサイアでの受け入れをお願いします」
少し間を置いて、返答が返ってくる。
「……分かった。受け入れの準備をさせよう、グラディス艦長」
「ありがとうございます」
必要な話はそれだけで、普段ならタリアもそこで通信を終えていた。
だが、デュランダルの声が耳に残った。
言葉そのものはいつも通りで、こちらの要請にも迷わず了承している。
それでも声には力がなく、タリアは数秒考えたあと通信士へ視線を向けた。
「秘匿回線に切り替えて」
「はい」
表示が切り替わり、周囲へ聞こえない回線になったことを確認してから、タリアは再び口を開いた。
「議長、何かあったのですか」
返答までに、先ほどより長い間があった。
「……どうしてそう思うのかな」
「声を聞けば分かります。いつものあなたではありません」
通信の向こうから、小さく息を吐く音が聞こえた。
タリアは少し迷ったあと、呼び方を変える。
「ギルバート」
わずかな沈黙のあと、タリアは静かに問いかけた。
「私には話せないこと?」
「……タリア」
返ってきたのは、公の場で人を動かす議長の声ではなかった。
疲れ切った1人の男の声だった。
「私は、もう議長ではなくなるだろう」
予想もしなかった言葉に、タリアの表情が強張る。
「……どういう意味なの、ギルバート」
「今は、それ以上のことは言えない」
「言えないって、あなた――」
「すまない、タリア」
デュランダルがこうして言葉を濁すこと自体は珍しくない。
だが、いつもの彼なら、その沈黙にも相手を納得させるための理由があり、次に何を言うべきかを考えていることが分かる。
今の声には、それがなかった。
「MS隊はこちらで預かる。君はミネルバの復旧を優先してくれ」
「待って。議長ではなくなるというのは、あなた自身が辞めるということ? それとも――」
返答まで少し間が空いた。
「いずれ分かる」
「ギルバート……」
タリアがもう一度名前を呼んだ時には、通信終了を示す表示が点灯していた。
しばらくの間、彼女は暗くなった画面を見つめる。
その向こうでは、デスティニー、レジェンド、ブラストインパルス、レギナントの4機がメサイアへ向かって移動を始めていた。
戦闘はひとまず終わったが、タリアの胸に残った不安は、先ほどまでの砲火よりも重かった。