機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ダイダロス基地の発射口では、暗闇の中を幾筋もの光が走っていた。
ドムトルーパー隊とムラサメ隊が閉じ込められてから、すでに十数分が経過している。
戦闘を続けられるムラサメは半数ほどまで減り、損傷した機体を捨てて脱出したパイロットもいた。
ヒルダたちは柱や壁を遮蔽物に使い、防衛隊と自動機銃から伸びる射線を避けながら応戦していた。
発射口内部には巨大な支柱や設備が並び、その隙間を利用すれば身を隠す場所には困らない。
それでも同じ場所に留まり続ければ、自動機銃が射角を変えながら少しずつこちらの位置を捉えてくる。
「右上、自動砲台!」
ムラサメの1機が声を上げ、機体を柱の陰へ滑り込ませる。
直前までいた空間を連続した火線が貫き、その一部が右脚を掠めた。
「くそっ、脚部損傷! 姿勢制御が――」
機体が大きく流れ、隣の支柱へ肩からぶつかった。
さらに別方向から射撃が重なり、ムラサメは残った推進器を吹かして辛うじて柱の裏へ逃げ込む。
「動けるのか!」
「推進系が駄目だ! これ以上は無理だ!」
ヒルダは敵の位置を確認すると、すぐに機体を前へ出した。
「機体は捨てな! こっちで援護する!」
「了解!」
ドムトルーパーが柱の間からビームを放ち、自動機銃の1基を撃ち抜く。
続けてマーズとヘルベルトも別方向へ火線を広げ、防衛隊が前へ出ようとしていた通路を押さえた。
その間にムラサメのコクピットが開き、ノーマルスーツ姿のパイロットが機体から離れて壁際へ移動する。
「くそっ、またやられた……」
マーズの声には苛立ちが混じっていた。
「考えるな。まだ生きてるだけマシだろ」
「分かってるよ!」
返事をしながら、マーズは柱の向こうへ数射を放つ。
防衛隊のMSが一度だけ姿を見せたものの、攻撃を受ける前にすぐ奥へ退いていった。
狭い基地内部では迂闊に前へ出ることもできず、敵も柱の向こうから無理に距離を詰めようとはしない。
基地側からすれば、自動機銃に撃たせながら包囲を続けているだけで、閉じ込められた敵の数は少しずつ減っていく。
ヒルダたちが前へ出ようとした時だけ射線を集中させれば、それで十分だった。
後方では機体から降りたパイロットたちが、脱出路となるハッチを開こうと作業を続けていた。
制御系を調べ、開閉機構へ手を入れているものの、巨大なハッチが動く気配はない。
「こっちはどうだ!」
ヘルベルトの問いに、ハッチのそばにいたパイロットが首を振る。
「駄目だ! 制御が完全に死んでる!」
「手動開放は!」
「こいつを人力でどうしろってんだ!」
叫び返した直後、その頭上をビームが抜けて壁へぶつかった。
パイロットが身を伏せ、ヒルダはすぐに射撃方向へ応射する。
「作業する奴はもっと下がってろ! 頭を出すんじゃないよ!」
「了解!」
その声と同時に、別のムラサメから警告が飛ぶ。
「左から来るぞ!」
敵MSが支柱を回り込もうとし、ムラサメ隊が一斉に砲口を向けた。
先頭の敵機は集中した射撃を受けて後退し、残る機体もその場で足を止める。
追撃へ出れば自動機銃の射線へ入るため、ムラサメ側もそれ以上前へ出ることはできなかった。
再び両者の間に距離が開く。
マーズは柱の陰へ機体を戻すと、弾薬表示を見て舌打ちした。
「このままじゃ、本当にジリ貧だぞ」
「分かってる」
ヒルダは短く返し、敵の位置を確認する。
何度目か分からないやり取りだった。
別方向を警戒していたヘルベルトも、機体を壁へ寄せながら通信へ入った。
「後ろも開かねえ。前もこの有様だ。どうするよ、ヒルダ」
「だから分かってるって言ってるだろ」
「何か案くらいねえのかよ」
「あったらとっくにやってる!」
ヒルダの声が強くなり、通信が一瞬だけ静かになった。
「……だよな」
「悪い。言ってみただけだ」
2人も、ここから抜ける方法が見つかったから聞いたわけではない。
どうにもならない状況が続き、何か言わなければ気持ちを保てなかっただけなのだろう。
ヒルダにも、その気持ちは分かっていた。
残弾は減っている。
だが動ける機体も減っていく。
このまま時間だけが過ぎれば、いずれどこかから崩れる。
それでも自分まで焦れば、ここまで持ちこたえた意味がなくなる。
「まだ撃てる奴は撃ち急ぐなよ。敵が出てきた時だけ狙え」
「了解」
「ムラサメ隊も無理に前へ出るんじゃない。機体を残すことを考えな」
返事がいくつか重なる。
声に疲労は滲んでいたが、まだ誰も諦めてはいなかった。
その時、激しいノイズに埋もれていた通信機から、途切れ途切れの声が聞こえた。
「――こち……エタ――ル……」
ヒルダがすぐに通信へ意識を向ける。
「聞こえるか! こっちは発射口内部だ!」
返事は雑音に消えた。
マーズも通信出力を上げるが、まともな回線は繋がらない。
「くそっ、何言ってるか分からねえ!」
再び雑音が走り、その中から今度は短い言葉だけがはっきりと届いた。
「――今す……ハッチ……――離れ――」
ヒルダが振り返る。
「全機、ハッチから離れろ! 急げ!」
「何だって?」
「いいから動け!」
マーズとヘルベルトが即座に機体を動かし、ムラサメ隊も後退を始める。
ハッチの前で作業していたパイロットたちも工具を放り出し、壁際へ走った。
「まだ向こうに2人いる!」
「連れてこい!」
「こっちだ、急げ!」
動けるパイロットが仲間の腕を掴み、その場から離れる。
全員が距離を取った直後、ハッチの向こうから強烈な閃光が走った。
厚い装甲が大きく歪み、続けて中央部が吹き飛ぶ。
破片が発射口の内側へ流れ込み、その向こうに宇宙の光が広がった。
一瞬だけ、誰も動かなかった。
「……開いた」
誰かが呟く。
ヒルダはすぐに我に返り、開いた場所へドムトルーパーを寄せた。
外にはエターナルとジュール隊が展開しており、そのそばにはアークエンジェルの艦影もある。
「助けが来たか!」
マーズの声に、ヒルダはすぐ機体を反転させた。
「喜ぶのは出てからだ! 全機、ここから離脱するよ!」
「了解!」
「機体を降りてる奴も全員拾え! 1人も置いてくんじゃないよ!」
動けるムラサメが損傷機のパイロットを回収し、別の機体が自力で動けない仲間へ肩を貸す。
ドムトルーパー隊は最後まで基地内部へ武器を向け、撤退するムラサメ隊の後方を守った。
「ヒルダ、右から来る!」
「抑える!」
柱の向こうから現れた敵機へヒルダが射撃を浴びせ、マーズとヘルベルトも続けて火線を重ねる。
防衛隊は再び遮蔽物の奥へ押し戻され、その間に最後のムラサメが開かれた発射口へ向かった。
「最後尾、抜けた!」
「よし、あたしたちも行くよ!」
3機のドムトルーパーが同時に後退する。
残された自動機銃から光が伸びたが、機体を左右へ散らして射線をかわし、そのまま開かれた発射口を抜けていく。
暗い基地内部から宇宙空間へ飛び出した瞬間、周囲の景色が一気に開けた。
エターナルとジュール隊、その先にあるアークエンジェルを見ながら、ヒルダはようやく小さく息を吐いた。
閉じ込められていた全機が、ダイダロス基地から離脱していった。
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メサイアの大型格納庫へ、損傷した4機が次々と収容されていった。
片腕を失ったデスティニーを先頭に、レジェンド、ブラストインパルス、そして全身に戦闘の痕を残したレギナントが、それぞれ指定された位置へ入っていく。
整備員たちがすぐに各機へ取りつき、損傷箇所の確認を始める。
デスティニーでは失われた腕の接続部を調べ、ブラストインパルスの周囲には機体を見るなり複数の整備員が集まっていった。
「右脚部損傷、左脚も装甲焼損! 主推進器は完全に死んでるぞ!」
「こっちは左腕! 固定してから動かせ!」
聞こえてくる声を背に、シンはデスティニーのコクピットから降りた。
ヘルメットを外した途端、戦闘中には感じなかった汗が一気に頬を伝っていく。
床へ降りると、今度は自分の足が妙に重かった。
戦っている間は気にならなかった身体の疲労が、機体を降りたことでまとめて戻ってきたようだった。
少し離れたところでは、レイもレジェンドから降りてくる。
表情は普段と変わらなかったが、ヘルメットを外したあとに一度だけ深く息を吐いていた。
ルナマリアもブラストインパルスから降りると、ヘルメットをベンチへ放るように置いた。
髪は汗で額に張りつき、足場を降りる動きにも普段の軽さがない。
ブラストインパルスを見上げたシンが、思わず口を開く。
「……すごいな。よくここまで壊したな」
「は?」
ルナマリアがゆっくり振り返る。
「いや、その……よく戻ってきたなって意味で」
「最初からそう言いなさいよ」
「でも右手もないし、脚も両方やられてるし、スラスターまで――」
「誰のためにこんなになったと思ってるのよ!」
シンが口を閉じた。
「私はあんたたちがいない間、ミネルバを守ってたの! アスランさんが来て、アークエンジェルが来て、それからフリーダムまで相手にしてたのよ!」
「俺だって戻ってすぐフリーダムと戦っただろ」
「だから何よ!」
「いや、だから俺も大変だったって――」
「張り合ってどうするのよ!」
ルナマリアの声が格納庫へ響き、近くにいた整備員が一瞬だけこちらを見た。
シンもさすがに周囲の視線に気づき、肩をすくめる。
「……悪かった。今のは俺が悪い」
「分かればいいのよ」
言い切ったルナマリアは近くの壁へ背中を預け、大きく息を吐いた。
そこでようやく力が抜けたのか、ずるずると身体が少し沈み、慌てて壁へ手をつく。
シンがその様子を見る。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ」
返事は早かったものの、ルナマリアはしばらく壁から離れなかった。
自分でも気づいていなかったのか、ヘルメットを持っていた指がわずかに震えている。
シンは何か言いかけて、そのまま口を閉じた。
先ほどまでフリーダムを追っていた自分と違い、ルナマリアはもっと長い時間戦い続けていた。
レイが2人のそばを通りながら、シンへ視線を向ける。
「シン」
「何だよ」
「今は黙っていた方がいい」
「……分かってるよ」
ルナマリアが横から睨んだため、シンはそれ以上言わなかった。
その時、レギナントのコクピットハッチが開いた。
セラが足場へ姿を見せ、手すりを掴みながらゆっくりと降りてくる。
途中で一度だけ足を止めた。
レイがすぐに気づく。
「セラ?」
「問題ありません」
短く答えると、セラは再び足を動かした。
床まで降りたところでヘルメットを外し、肩で何度か大きく息をする。
戦闘中に流れた血が額から髪の一部に乾いて残っていた。
ルナマリアもそれに気づき、壁から身体を起こした。
「ちょっと、セラ。その頭どうしたの」
「頭……?」
言われてから、セラは自分の額へ手を当てた。
指先に新しい血はついていない。
「出血は止まっています」
「そういう問題じゃないでしょ」
レイもセラの前へ立ち、顔色を確認する。
「眩暈はない? 吐き気とか意識が朦朧とするとか」
「問題ありません」
淡々と答えるセラに、ルナマリアが眉を寄せる。
「そういえば、メイリンにも着いたら医務室へ行くようにって言われてたでしょ」
「はい。ただ、現在確認できる異常は疲労のみです。休息を取れば行動に支障はありません」
「その頭で言っても説得力ないわよ」
セラはもう一度、自分の頭へ触れた。
「出血は止まっています」
「だから血が止まってればいいって話じゃなくて……」
ルナマリアが言葉を切り、額を押さえた。
自分も疲れているところに、セラのいつもの受け答えまで重なり、余計に頭が痛くなってきたようだった。
シンが横からセラを見る。
「それにお前、最後の方ほとんど限界だっただろ」
「機体の稼働は維持できていました。メイリンがデュートリオンビームを送り続けてくれたためです」
「機体じゃなくて、セラ自身の話をしてるのよ」
ルナマリアに言われ、セラは少しだけ考える。
「身体的な疲労は残っています。それ以外に行動を妨げる症状はありません」
「休息も大事だが、セラは栄養補給も必要だろう」
「そうじゃなくて……ああ、もう!」
セラはルナマリアとレイを交互に見た。
2人とも自分のために考えて言っている事は分かる。
しかし、まだ戦闘態勢は解除されていない。機体は損傷していても出撃する可能性は十分にある。
それを押し通すほどの怪我は負っていなかった。
そんな考えを許さないとばかりに、ルナマリアはセラの目を睨んでいた。
「……了解しました。医務室で確認を受けます」
「分かればいいのよ。 セラもあんな怪物みたいな敵に十分戦ったんだから!」
ようやく話がまとまり、ルナマリアは再び壁へ背中を預けた。
少し離れたところで、レギナントを見ていた整備員が声を上げる。
「この機体のパイロットは?」
「はい」
セラが振り返る。
「機体ログを確認したい。あとで整備班へ――」
「今は医務室が先だ」
レイが途中で言葉を挟む。
整備員はセラの額に残る血を見て、すぐに頷いた。
「……分かった。ログはこちらで吸い上げておく」
4機の周囲では、すでに整備作業が始まっている。
ミネルバへ戻れば見慣れた整備班が動いているはずだったが、ここにいるのはメサイアの兵士たちだった。
それでも損傷した機体を前にすれば、やることは変わらない。
シンは改めて格納庫の中を見回した。
「そういえば、ここメサイアなんだよな」
「今さら何を言ってるのよ」
「いや、ずっと戦ってたから実感なくてさ」
ルナマリアも周囲へ目を向ける。
ミネルバの格納庫より遥かに広く、奥には他のMSも並んでいる。
自分たちがここへ収容された理由を思い出し、表情を少し曇らせた。
「ミネルバ、大丈夫かな」
「艦長たちがいる」
レイが答える。
「今の俺たちが戻っても、ミネルバの格納庫は使えないんだろ?」
「分かってるけど……」
ルナマリアはそこで言葉を止める。
視線の先には、セラが静かに宇宙を見上げていた。
ルナマリアにはその表情が寂し気に見えた。
長く戻る場所だった艦が近くにいながら、そこへ帰れない。
そう聞こえてくるような表情だった。
「それよりセラは医務室! 別命あるまでそこで待機!」
「はい」
励ますようにわざと空元気でセラに声を掛ける。
そこでシンは、ようやく別のことに気づいた。
「そうだ。医務室に行ったあと、議長に会ってきたらどうだ?」
「議長に、ですか」
「せっかくメサイアまで来たんだし。養父なんだろ?」
セラはシンを見たあと、少しだけ視線を落とした。
これまでなら任務中に私的な理由で会いに行くことなど考えなかった。
今もミネルバは損傷し、戦況が完全に終わったわけでもない。
それでも、メサイアにはデュランダルがいる。
「面会しても問題ないでしょうか」
「議長だって、セラがここに来たことくらい知ってるだろ」
シンの言葉に、レイも小さく頷いた。
「医務室での診察が終わったあとなら構わないだろう」
「分かりました。医務室で処置を受けたあと、面会が可能か確認します」
「その方がいいって」
セラは3人へ軽く頭を下げると、格納庫の出口へ向かった。
何歩か進んでから、ルナマリアがゆっくり顔を上げる。
「……ちょっと待って」
「何だよ」
シンが振り向く。
ルナマリアはセラの背中とシンを交互に見た。
「今、養父って言った?」
「ああ」
「誰が?」
「セラが」
「誰の?」
「議長の」
数秒、ルナマリアの動きが止まった。
「議長って……」
「デュランダル議長だよ。他に誰がいるんだよ」
ルナマリアの目が大きく見開かれた。
「セラのお父さんって、デュランダル議長なの!?」
「養父だって言ってるだろ」
「知らないわよ! 何であんたは知ってるの!」
「俺に怒るなよ!」
シンが思わず後ろへ下がる。
「いつ聞いたのよ!」
「前に知ったんだよ!」
「だったら教えなさいよ!」
「そんな話する機会なんかなかっただろ!」
「あるでしょ! いくらでもあったでしょ!」
先ほどまで疲れ切って壁にもたれていたとは思えない勢いで、ルナマリアがシンへ詰め寄っていく。
「だいたい、あんたそういうところあるのよ!」
「何だよ、そういうところって!」
「自分が知ってることは他の人も知ってると思ってるところ!」
「思ってないよ!」
レイは2人のやり取りを横で見ていたが、口を挟むつもりはないらしい。
わずかに視線だけを逸らし、そのままレジェンドの整備状況へ目を向けた。
「レイも知ってたの?」
「知っている」
「何でレイまで!」
今度はルナマリアの矛先がレイへ向く。
「俺に聞かれても困る」
「もう!」
格納庫の出口へ向かっていたセラにも、背後の声は聞こえていた。
振り返れば話が長くなると判断したのか、そのまま足を止めることなく通路へ出ていく。
まずは医務室へ向かう。
その後に会いに行く相手も決まっていた。
メサイアのどこかにいる、デュランダルのもとへ。