機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
メサイアの議長室に、来客を告げる音が響いた。
デュランダルは手元の端末から視線を上げ、表示された名前を確認しても表情を変えることなく面会を許可した。
「入ってくれ」
扉が開き、セラが室内へ入ってくる。
ノーマルスーツから着替える時間まではなかったらしく、戦闘服姿のままだった。
額には医務室で貼られた小さな絆創膏があり、その下から乾いた血の跡がわずかに覗いている。
「失礼します」
セラはいつもの調子で一礼した。
「突然だったね」
「はい。面会が可能と聞いたため来ました」
「もちろん構わないよ。こちらへ」
デュランダルは穏やかに答え、セラへ椅子を勧めた。
セラが腰を下ろし、向かい合ったところで短い沈黙が落ちる。
デュランダルは普段と変わらないように見えた。
声にも表情にも大きな乱れはないが、目元には疲労が残り、机の上には開いたままの資料や端末がいくつも並んでいる。
他人の感情を読むことが得意ではないセラにも、それくらいの違いは分かった。
しかし、それを指摘することなく、ここへ来た経緯を淡々と話し始めた。
「ミネルバは現在、戦闘による損傷で格納庫の使用が困難になっています」
「報告は受けている」
「そのため、レギナントを含む4機はメサイアに収容されました。レギナントは複数箇所に損傷がありますが、整備後の再出撃は可能と考えます」
報告を続けるセラを見ながら、デュランダルの視線がふと止まった。
「セラ」
「はい」
「その額はどうしたんだい?」
セラは一瞬だけ首を傾げ、それから絆創膏へ手を伸ばした。
「戦闘中に負傷しました」
「それは見れば分かるよ」
デュランダルは苦笑する。
「大丈夫なのか、と聞いているんだ」
「治療は完了しています。出血も止まっています」
「そうか」
セラは手を下ろし、デュランダルもそれ以上は怪我について問い詰めなかった。
そこで会話が途切れ、再び室内に沈黙が戻ってくる。
デュランダルは、そこで困ったことに気づいた。
話すべきことなら、戦況、プラントの動き、議会、ミネルバ、レクイエムといくらでもある。
しかし、それでは議長と兵士の会話にしかならない。
今目の前にいる少女は、それだけの相手ではない。
養子にすると告げた以上、自分はこの少女にとって養父という立場にある。
それなのに、何を話せばいいのか分からなかった。
セラのことを知ったのは、まだ1ヵ月ほど前に過ぎない。
何が好きで、何を嫌い、普段は戦闘以外の時間をどう過ごしているのか。
考えてみれば、何ひとつ知らなかった。
これまでデュランダルは、多くの人間と会ってきた。
議員、軍人、国家元首、企業家。
相手が何を望み、何を恐れ、何を求めているかを考えることには慣れているのに、目の前の少女へ好きなものを尋ねることすら妙に難しい。
政治の中で生きすぎたのかもしれない。
「……セラ」
「はい」
結局、デュランダルが選んだのは、自分にとって話しやすい話題だった。
「少し、今後のことを話しておこうと思う」
「今後、ですか」
「ああ」
デュランダルは背もたれへ身体を預けた。
「まだ決まったわけではないが、私はそう遠くないうちに議長の座を退くことになるかもしれない」
「辞任するのですか」
「自分から、という形になるかどうかは分からない」
声は穏やかだった。
「今回の一連の軍事行動について、議会から責任を問われる可能性が高い。軍を政治的な目的のために私的に利用したと判断されれば、私がこの地位に留まることは難しいだろう」
セラは黙って聞いている。
「君を養子にすると言ったことについても、話しておかなければならない」
「あの話を取り消すつもりはないよ」
「はい」
「ただ、当初考えていた形にはならないだろう」
そこまで口にして、デュランダルはわずかに言葉を選んだ。
セラを自分の養女とする。
ラクス・クラインと同じ顔を持つ少女が、自分の娘として表舞台に立てば、それが政治の場でどれほど大きな意味を持つかは理解していた。
最初にその利用価値を考えなかったと言えば嘘になる。
だが、自分が議長でなくなれば、その構想を実行する機会は失われる。
それをどこまで話すべきか迷い、デュランダルは簡潔にまとめた。
「私の立場が変われば、君の環境も多少変わる可能性がある。それだけは先に伝えておきたかった」
「了解しました」
セラは少し考えたあと、それだけを返した。
相変わらず考えは読めない。
不安なのか、困っているのか、それとも本当に何とも思っていないのか。
デュランダルが次の言葉を探していると、今度はセラの方から口を開いた。
「今後は、どのようなサポートが必要ですか」
「……サポート?」
「はい。議長を辞したあと、私が何を行えば適切なのか分かりません」
デュランダルは、しばらくセラの顔を見ていた。
「私を支えるために、という意味かな」
「はい」
「現在はミネルバ所属として戦闘任務に参加しています。しかし今後も同じ状態が継続するかは分かりません。戦闘が終了した場合、レギナントのパイロットが必要とされるかも不明です」
セラはそこで一度言葉を止めた。
「その場合、私は何をするべきなのでしょうか」
デュランダルの表情から、わずかに笑みが消えた。
セラは命令を求めている。
戦えと言われれば戦い、ミネルバにいろと言われればそこにいる。
自分を支えろと言われれば、その方法を探す。
だが、誰からも命じられなくなった時、自分が何をすればいいのか分からない。
「セラは、何かしたいことはないのかい?」
「したいこと、ですか」
「ああ。任務ではなく、君自身がだ」
セラは黙り、しばらく考えていた。
しかし答えは出なかった。
「分かりません。私は戦闘以外に、何ができるのか分かりません」
デュランダルは何も言わず、その言葉を受け止めた。
セラにとって、それは悲観でも自嘲でもなく、自分自身をそう評価した結果なのだろう。
戦うことを求められなくなった時、自分に何が残るのか分からない。
その言葉を聞きながら、デュランダルの脳裏に自身がこれまで考え、進めてきたものが浮かんだ。
人が自分自身を知ること。
持っているものを知り、その先にある道を知ること。
思考がそこへ向かいかけたところで、目の前のセラを見ているうちに小さく笑いが漏れた。
「何かおかしいでしょうか」
「いや。すまない」
不思議そうにこちらを見るセラに、デュランダルは口元へ手を当てた。
「君を見ていると、時々驚かされるんだ」
やはり、
姿だけではなく、自分の予想しなかったところで人の考えを止める。
もっとも、本人にその自覚はまるでないようだった。
「セラ」
「はい」
「今すぐ決めなくてもいいんじゃないかな」
「決めなくても?」
「ああ。君にはまだ時間がある。戦うこと以外に何ができるか分からないのなら、これから知ればいい」
セラは黙ってデュランダルを見る。
「食べたことのないものを食べてもいい。行ったことのない場所へ行ってもいい。何かを学んでもいいし、何もしない日があってもいい。その中で、自分にできることや、やってみたいことを1つずつ考えていけばいいんじゃないかな」
「分かりました」
普段と変わらない返事だった。
それでもデュランダルには、先ほどの「了解しました」とは少しだけ違って聞こえた。
その時、けたたましい警報音が議長室に響いた。
セラが即座に立ち上がり、先ほどまでの穏やかな空気が一瞬で消える。
室内端末に緊急表示が現れ、デュランダルが通信を開いた。
「何事だ」
「議長! 高速で接近するMSを確認!」
「所属は」
「フリーダムです! フリーダムがメサイアへ向かってきます!」
セラが扉へ視線を向ける。
「レギナントへ戻ります」
「待ちなさい」
デュランダルの声にセラの足が止まる。
直後、要塞内へ新たな警報が重なり、フリーダム接近の報告がメサイア全域を駆け巡っていった。
*****
ダイダロス基地周辺では、戦闘がまだ続いていた。
破壊された発射口から損傷したムラサメが次々と外へ出て、その後方から3機のドムトルーパーも続く。
閉じ込められていた部隊の全容が、ようやく見え始めていた。
エターナルの艦橋で、バルトフェルドは戦術表示を見つめる。
「ヒルダ、聞こえるか」
「聞こえてるよ」
「そっちはどうなってる」
「ドムは3機とも無事だ。ムラサメは見ての通りさ」
外へ出てきたムラサメの数は、基地へ突入した時より明らかに少なかった。
半数近くが姿を消しているのを見て、バルトフェルドの表情がわずかに曇る。
「パイロットは」
「全員いるよ。動けなくなった機体は捨てた。負傷者はいるが、死んだ奴はいない」
「そうか」
艦橋のあちこちから、小さな安堵の息が漏れた。
バルトフェルドも一度だけ目を閉じる。
「よくやった」
「褒めるのは帰ってからにしな」
ヒルダの声と同時に、戦術表示へ新たな光点が増えた。
基地側のMS部隊が発射口周辺へ展開し、離脱しようとするムラサメ隊へ砲口を向けている。
「敵機、接近!」
「防衛隊、発射口周辺へ展開!」
「こちらの離脱路を塞ぐつもりです!」
開かれた発射口の周囲から火線が伸び、外へ出たばかりのムラサメ隊へ集中する。
「散れ!」
ヒルダの声で損傷したムラサメが左右へ分かれ、その間にドムトルーパーが割り込んだ。
ビームを撃ち返しながら後退するものの、損傷の大きい機体では簡単に距離を取れない。
「右から来るぞ!」
「脚をやられてる奴を先に下げろ!」
「こっちはまだ動ける! 構うな!」
1機のムラサメへ敵MSが迫り、ビームライフルを構える。
その射線へ青白い光が走り、ライフルが銃身ごと弾け飛んだ。
続けて別の光が脚部を撃ち抜き、敵機がその場で姿勢を崩す。
「何だ!?」
ムラサメのパイロットが上を見る。
アークエンジェルの後方から、戦闘の痕を残した白い機体が高速で戦場へ入ってきていた。
ストライクフリーダム。
「キラ君!」
アークエンジェルのブリッジで、マリューがその姿を確認する。
ストライクフリーダムから複数のドラグーンが離れ、ヒルダたちの進路を塞ぐ防衛隊へ次々と射線を伸ばした。
ライフルを撃ち抜かれ、シールドを持つ腕を失い、前へ出ようとした機体は脚部や推進器を潰されて姿勢を崩す。
防衛隊の隊列が乱れたところへストライクフリーダム本体も入り、さらに数射を加えて離脱路を広げていく。
「白い奴だ! 気をつけろ!」
「武装をやられた!」
「前に出るな!」
戦線に開いた隙を見て、ヒルダがすぐに声を飛ばした。
「今だ! アークエンジェルへ合流するよ!」
「了解!」
「遅れるな!」
ムラサメ隊が一斉に加速し、ドムトルーパー隊も後方を守りながら続く。
防衛隊が追撃へ出ようとするたびにドラグーンの火線が進路を塞ぎ、その間に最後尾のドムトルーパーも距離を取った。
「ムラサメ隊、合流を確認!」
「ドムトルーパー3機もこちらへ向かっています!」
アークエンジェルの艦橋に報告が飛ぶ。
「収容できる機体は順次収容。損傷の大きい機体を優先して」
「了解!」
マリューは小さく息を吐いた。
ヒルダたちの救出には成功したが、ダイダロス基地の周囲にはまだ防衛部隊が残っている。
発射口も破壊されたとはいえ、その奥にはレクイエムそのものが存在していた。
デュエルのコクピットから戦場を見渡していたイザークが、苛立ちを滲ませながら通信を開く。
「これ以上ここで撃ち合う必要があるのか?」
「何だよ、急に」
「議会はレクイエムの使用を認めていない」
ディアッカへ返したあと、イザークはそのまま続けた。
「それだけじゃない。オーブとスカンジナビアに対しても、停戦に向けて動く用意があると聞いている」
「本当か?」
バルトフェルドの声が回線へ入る。
「ああ。少なくとも、このまま戦争を続けることを望んでいるわけじゃない」
「その話が本当なら、ありがたいんだがな。その割には、今も随分歓迎されてるようだ」
基地側から再びビームが飛び、ジュール隊の1機がシールドで受けながら後方へ下がる。
イザークは舌打ちした。
「現場まで命令が届いていないだけかもしれん!」
「そうかもしれない」
マリューも通信へ加わった。
「でも、レクイエムがまだ使用可能な状態なら、ここを離れる判断はできません」
「議会が使わせないと言っている!」
「その保証が、今ここにはないの。もし何かが起きてからでは遅いわ。少なくとも、もう撃てない状態だと確認するまでは」
イザークは言い返さなかった。
自分もレクイエムを信用しているわけではなく、その破壊力を知っているからこそ、議会が使用を認めないという情報を重く見ている。
だが、その意思がここまで届いていない以上、目の前ではまだ銃口を向けられている。
「くそっ……!」
苛立ちをぶつけるように吐き捨てる。
少し離れた空域では、ストライクフリーダムがドラグーンを戻していた。
キラはそのやり取りを黙って聞きながら、遥か先の宇宙空間に浮かぶ巨大な要塞へ目を向ける。
議会は戦闘を止めようとしている。
しかし現場では止まらず、こちらもレクイエムが残っている以上、簡単に引くことはできない。
「……だったら」
近くへ寄ったジャスティスから、アスランの声が入る。
「キラ?」
「この戦いを止められる人に、会いに行く」
「止められる人?」
イザークが聞き返す。
キラはメサイアを見たまま答えた。
「デュランダル議長だよ」
一瞬、回線が静かになった。
「お前、何を言って――」
イザークが言い終えるより早く、ストライクフリーダムが向きを変えた。
「ここをお願いします!」
「待て、キラ!」
「おい! 勝手に行くな!」
「相変わらずだな、あいつ……」
アスランやイザーク、ディアッカの声を残し、ストライクフリーダムは戦場を離れていく。
その進路の先にはメサイアがある。
アスランは数秒だけその背中を見つめたあと、ジャスティスを動かした。
「……キラ!」
「アスラン、お前まで何をしている!」
「俺も行く!」
「待てと言っているだろうが!」
イザークの怒声が通信に響く。
アスランはそれに答えず、ジャスティスを加速させた。
赤い機体が白い翼を追い、2機はダイダロス基地を離れていく。
目指す先は同じだった。
メサイア。
そこにいる、ギルバート・デュランダルのもとへ。