機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバの艦橋では、戦闘が終わった後も慌ただしさが続いていた。
警戒態勢は解除されず、各区画からは損傷報告と復旧状況が途切れることなく上がってくる。
「第2補助機関、出力安定しました。姿勢制御も最低限は確保できます」
「主機関は?」
「駄目です。機関室からも、艦内設備だけでの復旧は不可能との報告です」
アーサーの問いに、機関担当が首を横に振る。
タリアはその報告を聞きながら、艦長席から正面の表示へ目を向けた。
「補助機関だけなら、どこまで動ける?」
「低速航行なら可能です。メサイアかダイダロスまでなら、自力でも何とか」
「曳航を頼める艦があれば、その方が安全ね」
「はい。ただ……」
言葉が途切れるまでもなく、その理由は戦術表示に出ていた。
メサイア周辺にもダイダロス基地周辺にも、まだ複数の戦闘反応が残っている。
どちらも行ける距離にはある。
だが、今すぐ向かえる場所ではなかった。
「シンたちは?」
「4機ともメサイアへの到着を確認しています。現在は補給と修理を受けているものと思われます」
メイリンの返答を聞き、タリアは小さく息を吐いた。
ミネルバには、もう動かせるMSが残っていない。
艦そのものも戦闘を継続できる状態ではなく、ここから援護を送ることも、シンたちを呼び戻すこともできなかった。
「となると……どちらかの戦闘が終わるまで、このままですか」
アーサーが正面モニターを見る。
「そうなるわね」
「メサイアもダイダロスも、両方落ちるなんてことは……」
そこまで言って、アーサーは口を閉じた。
隣から向けられた視線に気づいたのだろう。
タリアがゆっくりと横を見る。
「いや、その、万が一の可能性を考えただけで」
「アーサー」
「はい」
「副長がそんな不安そうな顔をしていたら、周りまで不安になるわ」
「……すみません」
姿勢を正したアーサーの横で、何人かのクルーが視線を逸らす。
それまで張り詰めていたブリッジの空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
タリアはそれ以上何も言わず、正面へ視線を戻した。
どちらの戦闘がどう転ぶにせよ、今の自分たちにできることは、艦を少しでも動ける状態へ戻すことだけだ。
そんな中、メイリンが手元の表示に顔を寄せた。
「……艦長、待ってください」
「何?」
「味方識別。小型艦が1隻、こちらへ近づいています」
戦術表示の端に、新しい反応が浮かぶ。
戦場を迂回するような進路を取りながら、まっすぐミネルバへ向かっていた。
「こちらを目指しているの?」
「そのようです。距離、縮小中……あ」
そこで通信着信を知らせる表示が点灯する。
「その艦から通信です」
「つないで」
「はい」
メイリンが回線を開く。
正面モニターが切り替わり、通信相手の姿が映し出された。
それを見たタリアの目が、僅かに見開かれた。
---
メサイアの格納庫では、フリーダム接近の警報が鳴り続けていた。
出撃可能な守備隊機には整備員が群がり、推進剤と弾薬が次々に運び込まれている。
その一方で、損傷したまま動かせないMSも多く、格納庫のあちこちから怒鳴り声が飛び交っていた。
「こっちはまだか!」
その喧騒の中、デスティニーの足元でシンが整備員を捕まえる。
「まだも何もあるか! この状態で出せるわけないだろ!」
「動くならいい! 片腕でも――」
「歩かせるだけならな! 戦闘させたら途中で止まるぞ!」
言い捨てた整備員は、そのまま別の機体へ走っていった。
取り残されたシンは、悔しそうにデスティニーを見上げる。
無理を言っている自覚はあった。
それでも、じっとしている気にはなれない。
「シン」
そこへ後ろからルナマリアの声がした。
振り向くと、彼女も不満そうな顔で戻ってくる。
「インパルスも駄目。脚の修理が全然間に合ってないって」
「レジェンドも同じだ」
続いてレイがやってくる。
「応急処置では戦闘に耐えられない。今出しても足手まといになる」
「分かってるけど……」
シンは格納庫の出口へ目を向けた。
フリーダムは、こちらへ向かっている。
つい先ほどまで自分たち4機で囲み、それでも逃がした相手だった。
その機体が今度はメサイアへ単独で近づいている。
「守備隊に任せるしかない」
「それで止まる相手じゃないだろ」
レイは否定しなかった。
しばらく重い沈黙が続く。
ルナマリアが何か言おうとして、ふと格納庫の奥へ目を止めた。
小型のMSが4機並んでいる。
その足元では、整備員から説明を受けている小さな人影が4つあった。
「……レイ」
ルナマリアの声が変わる。
シンもその視線を追い、少女たちの姿に気づいた。
顔立ちも体格も、それぞれ少しずつ違う。
それでも、一目見ただけで誰かを思い出すには十分だった。
「セラ……?」
シンが思わず呟く。
その声が聞こえたのか、4人のうち1人がこちらを向いた。
セラによく似た顔だったが、その表情には明らかな反応があった。
突然見られたことへの僅かな警戒と、何を見られているのか分からない戸惑いが浮かんでいる。
ルナマリアはしばらく4人を見比べたあと、ようやく口を開いた。
「この子たち……バンパイア隊よね」
先頭にいた少女が頷く。
「肯定します。バンパイア隊所属、L-272です」
残る3人もこちらへ顔を向けた。
セラと同じLシリーズなのだろう。
だが、こうして並べて見ると印象は思っていた以上に違った。
「何ていうか……」
ルナマリアが言葉を探す。
「セラより、顔に出るのね」
L-272が僅かに首を傾けた。
「表情のことですか」
「そう。セラって、何考えてるのか全然分からない時あるから」
すると、横からシンが口を挟んだ。
「全然ってほどじゃないだろ」
「じゃあシンは全部分かるの?」
「そういう意味じゃなくて……」
2人のやり取りを見ながら、L-272が口を開いた。
「個体差があります」
「個体差?」
ルナマリアが聞き返す。
「Lシリーズの性質は全て同一ではありません。L-31のように、人間性が薄いという評価を受けた個体は少数です」
その言葉に、シンの眉が寄った。
「人間性が薄いって……随分な言い方だな」
「研究時の評価です」
L-272には、言葉を選んでいる様子がなかった。
良いとも悪いとも思わず、記録されていた事実を答えただけなのだろう。
その答えを聞いたルナマリアは何か言いかけ、ふと別のことを思い出した。
「そうだ。あなたたちなら知ってる?」
「何をですか」
「No.2のことよ」
4人の少女のうち、2人が僅かに視線を動かした。
「ミネルバを助けてくれたの。戦闘のあと運ばれていったでしょ。あの子、どうなったの?」
ルナマリアにつられるように、シンも口を閉じてL-272を見る。
「搬送時、生体反応は確認されています」
「じゃあ、生きてるのね」
その返答に、ルナマリアの表情が一瞬だけ明るくなる。
「はい。ただ、損傷が大きいため、恐らく廃棄されます」
しかし、続けられた言葉に空気が止まった。
「……廃棄?」
シンが低い声で聞き返す。
「継続運用が困難と判断された個体は、そのように処理されます」
「個体って……」
シンが一歩前へ出る。
「生きてるんだろ?」
「はい」
「だったら廃棄なんて言うなよ。人間だろ」
L-272はシンを見上げた。
そこには反発も怒りもない。
ただ、何故それを問題にしているのかを考えているように見えた。
「研究所では、そのように分類されます」
その答えに、シンの口元が歪む。
隣ではルナマリアが俯き、足元へ視線を落としていた。
ミネルバが危機に陥った時、No.2は自分から戦場へ戻ってきた。
セラに何かを残そうとするように戦い、最後まで機体を動かしていた。
だからこそ、生きていたと聞いた瞬間は素直に安心した。
その直後に廃棄という言葉が返ってくるとは思わなかった。
その時、格納庫の警報音が変わった。
「フリーダム、要塞外縁へ接近! 迎撃部隊、発進準備!」
その声を合図に、周囲の空気が一気に動く。
4人の少女も同時に振り向いた。
先ほどまで僅かに見えていた表情が消え、L-272がバンパイアへ向かって歩き始める。
その背中へ、ルナマリアが声をかけた。
「ちょっと待って」
L-272が足を止める。
「あなたたちも出るの?」
「はい。迎撃命令を受領しています」
「フリーダムを?」
ルナマリアの問いに、L-272は僅かにも迷わなかった。
「撃破は困難です」
あまりにあっさりと返ってきた言葉に、ルナマリアが黙る。
「ですが、メサイアへの到達を遅らせることは可能です」
「時間を稼ぐってことか」
シンが尋ねる。
「はい」
「それで、お前たちが帰ってこられなくなったら?」
そこで初めて、L-272は少しだけ考えた。
「命令遂行を優先します」
その答えを聞いた途端、シンの表情が険しくなる。
「それじゃ結局、死ぬまで戦うってことじゃないか!」
「必要であれば」
「駄目よっ!」
今度はルナマリアが即座に言った。
「そんなの駄目! 時間を稼げばいいって、壊れるまで残ればいいって意味じゃないでしょ!」
「命令は絶対です」
「だから、その命令がおかしいって言ってるの!」
それでも、L-272は答えなかった。
だが、その沈黙の意味をシンとルナマリアは知っていた。
これまでに見てきたLシリーズも同じだった。
自分が壊れることは、命令を止める理由にならない。
「ルナマリア」
重くなった空気の中で、レイが静かに呼ぶ。
「分かってるわよ。今、戦力が足りないことくらい」
「なら――」
「でも納得できるわけないでしょ」
レイは何も返さなかった。
そのやり取りへ、背後から別の声が割り込む。
「出撃命令は変更されています」
全員が振り向く。
格納庫の入口にセラが立っていた。
額にはまだ処置の跡が残っている。
「セラ!」
ルナマリアがすぐに駆け寄る。
「どこ行ってたのよ」
「議長と会ってました」
「それは分かってるけど、今この子たちが――」
途中まで言って、ルナマリアもセラの視線が自分の横を通り過ぎたことに気づいた。
L-272たち4人が、こちらを見ている。
「L-31」
「はい」
研究所での識別番号で呼ばれても、セラは特に反応を示さなかった。
「議長より指示を受けました」
その言葉を聞き、シンは嫌な予感を覚える。
「何の指示だよ」
「私がバンパイア隊を率いて出撃します」
「は?」
シンとルナマリアの声が重なった。
「待てよ。お前も出るのか?」
「はい」
「はい、じゃないでしょ!」
ルナマリアがセラの額を指す。
「さっき怪我の処置をしたばかりでしょ。それにレギナントだって、フリーダムとあれだけ戦ったあとじゃない!」
「修理状況は確認しました。完全ではありませんが出撃可能です」
「だから、出撃できるかどうかの話じゃないの!」
セラは少しだけ首を傾けた。
埒が明かないと思ったのか、今度はシンがレイを見る。
「お前も止めろよ!」
「止めてどうする」
レイの答えは静かだった。
シンが睨む。
「デスティニーは出せない。インパルスもレジェンドも同じだ。守備隊は先の戦闘で損耗している」
「だからって」
「今、十全ではなくても戦えるのはレギナントだけだ」
そう言って、レイは少し離れた場所にある白い機体を見る。
その装甲には戦闘の痕が残っている。
応急修理のために開かれた箇所もあり、整備員たちは今も作業を続けていた。
「バンパイア隊だけを出すより、セラが一緒に出た方が生き残る可能性も上がる」
「……」
「それに、セラならフリーダムを止められるかもしれない」
シンは言い返せなかった。
先ほどの戦闘を、自分自身が見ている。
何度追いつかれても食らいつき、最後までフリーダムの動きを封じようとしていたレギナントを。
だからこそ、行かせたくなかった。
「……絶対、無茶するなよ」
迷った末に出た言葉は、それだった。
セラはシンを見る。
「必要な戦闘を行います」
「それが無茶するって言ってるんだよ」
シンが顔をしかめる。
その横で、ルナマリアも大きく息を吐いた。
止められないことは、もう分かっていた。
やがてバンパイアの周囲で整備員たちが退避を始める。
4機の発進準備が整い、少し遅れてレギナントの固定具も外されていった。
その様子を見ながら、ルナマリアは4人の少女とセラを順番に見る。
「……5人とも」
L-272たちが振り向く。
「ちゃんと戻ってきなさいよ」
セラは迷わず頷いた。
「帰投します」
一方、L-272はすぐには答えなかった。
一瞬だけセラを見る。
それから、先ほどより少し遅れて頷いた。
「了解しました」
ほどなく発進警告灯が点灯した。
4機のバンパイアが順に動き出し、その後ろへ傷の残るレギナントが続く。
シンたちは、5機が発進位置へ向かうのを見送っていた。