機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
メサイアは、もう目前まで迫っていた。
巨大な要塞の輪郭が視界いっぱいに広がり、その周囲では損傷したMSが帰投を急ぎ、別の機体が迎撃位置へ向かっている。
ストライクフリーダムとインフィニットジャスティスは、その間を抜けるようにメサイアへ進んでいた。
「キラ、前だ!」
「ああ」
アスランの声に、正面を見る。
メサイアとの間に複数の機影が浮かび、その中央には何度も戦ってきた白い大型MSがいた。
レギナントの周囲には8基のドラグーンが展開し、さらに少し離れた位置を4機の青い小型MSが固めている。
「セラ……」
先ほどまでの戦いで、レギナントも傷を負っていた。
肩や大型スカート装甲には焼け跡が残り、一部は欠損したままだった。
それでも白い機体はメサイアを背にして、2機の進路を正面から塞いでいる。
「セラ! そこを退いてくれ! 俺たちは議長と話をしに来た!」
ジャスティスが少し前へ出る。
すぐには返事がなく、レギナントはジャスティスではなくフリーダムへ正面を向けたまま動かない。
4機の小型MSも一定の距離を保ち、攻撃を始める様子はなかった。
「キラ・ヤマトへ要請します」
「セラ?」
「ラクス・クラインを、ここへ呼んでください」
「ラクスを?」
「はい」
「どうして?」
「もうすぐ、プラントから戦闘中止の命令書を持った評議会の代表が来ます。議長は、その席にラクス・クラインにもついてほしいと言っています」
アスランの表情が変わった。
先ほどイザークから聞いた話とつながる。
最高評議会がレクイエムの使用を承認しておらず、オーブやスカンジナビアとの停戦へ向けて動いているという話だった。
「キラ」
「ああ」
評議会から正式な命令が来るのなら、まだ戦闘を終わらせる道は残っている。
ミネルバにいた頃から、セラとは何度も話してきた。
必要な言葉が足りずに誤解を招くことはあっても、相手を欺くために嘘をつくような少女ではない。
同じように考えたのか、フリーダムが僅かに前へ出る。
その動きを見たあと、セラが続けた。
「ただし、条件があります」
「……条件?」
「ここを通るのなら、私を撃墜してからです」
キラの手が止まった。
「……セラ?」
アスランの声が低くなる。
「私は、ここを守る最後の防衛線です。現在敵であるキラ・ヤマトを、そのまま通すことはできません」
「待て! 話ができるなら戦う必要は――」
言い終える前に、4機のバンパイアが動いた。
左右へ2機ずつ大きく散開し、フリーダムとジャスティスを囲む位置へ入っていく。
同時にレギナントの8基のドラグーンも上下へ広がり、2機の周囲から空いている方向を消し始めた。
「アスラン!」
「ああ!」
フリーダムとジャスティスが互いの死角を補う位置へ寄る。
バンパイアの肩部砲が光り、尾部から伸びた有線ドラグーンも攻撃位置へ入った。
四方から放たれたビームが、2機を包むように交差する。
フリーダムを上へ逃がすが、その進路にはレギナントのドラグーンが待っていた。
横へ切り返すとバンパイアの火線が重なり、機体を沈めれば有線ドラグーンが背後から追ってくる。
盾を斜めに使って1射を流し、その反動で空いた場所へ滑り込んでも、次の射線がすでに伸びていた。
「くっ……!」
1発ごとの攻撃は避けられる。
しかし、回避するたびに次に選べる方向が減っていく。
包囲の形を把握しようとしている間にも、4機のバンパイアと8基のドラグーンは絶えず位置を変えていた。
「キラ!」
ジャスティスが寄ろうとすると、すぐに2機のバンパイアが間へ入って進路を狭める。
右へ回れば有線ドラグーンが追い、左へ抜けようとすれば別の1機が高度を合わせて射線を向けた。
「セラ、やめろ! もう戦う理由はない!」
「今の私には、これしかありません」
「何っ!?」
「これだけが、私の有用性です」
「何を言ってるんだ。お前はもう――」
「使えない部品は、
「そんなことない! セラ!」
キラの声が重なる。
返事はなく、代わりに8基のドラグーンが一斉に位置を変えた。
フリーダムへ射線の大半が集まり、その隙にバンパイア2機がジャスティスとの距離を詰める。
「アスラン!」
「こっちはいい! 前を見ろ!」
ファトゥムが一気に加速する。
正面にいた1機を押し退け、そのまま包囲の外へ抜けようとした瞬間、側面からビームが走った。
咄嗟に機体を傾けたものの、射撃はファトゥムの翼端を掠め、白い破片とともに姿勢を崩していく。
「くっ!」
すぐに出力を上げるが、立て直そうとした方向へ有線ドラグーンが回り込み、ファトゥムの推進部へ細いビームを叩き込んだ。
片側の噴射が途切れ、ジャスティスがさらに流れる。
ビームライフルを向けると別方向から射撃が入り、銃身を弾かれたライフルが手を離れた。
「このっ!」
ビームサーベルへ持ち替え、最も近いバンパイアへ距離を詰めようとする。
相手は接近戦を受けず、火線を残したまま後退した。
追えば左右から別の2機が射撃を重ね、止まれば有線ドラグーンが回り込み、さらに側面から走った光が脚部推進器を焼く。
警告が重なり、加速が目に見えて鈍った。
サーベルは残っているが、近づくための推進器を次々と狙われている。
バンパイアの射撃は胸部を避け、武装と推進系を中心にジャスティスの動きを削っていった。
「くそっ……!」
残った推進力で正面へ戻ろうとしても、バンパイアは距離を保ち、動き出すたびに進路へ射線を置く。
フリーダムとの距離だけが少しずつ開いていった。
「アスラン!」
包囲を破ろうと加速する。
レギナントのドラグーンが一斉に追従し、バンパイアのうち2機も射線を重ねた。
正面から来た光を盾で流し、上方からの射撃をサーベルで弾いて抜けようとしたところへ、レギナント本体が割り込んでくる。
白い腕が伸びる。
サーベルで払いながら横へ滑り、そのまま脇を抜けようとするが、先には別のドラグーンが回り込んで再び進路を塞いだ。
1基をかわしても、その先を2基目が塞ぐ。
下へ逃げれば本体が追い、横へ振ればバンパイアの射線が横切った。
アスランとの距離はそれほど離れていないのに、その間に何重もの火線が作られている。
視界の端でジャスティスがまた姿勢を崩した。
推進器の噴射が不安定になり、囲んでいる4機との差がさらに開く。
操縦桿を握り直し、もう一度包囲へ機体を押し込んだ。
次の射線を見てから避けていては遅い。
レギナントが動いてから進路を変えても、その時には別のドラグーンが待っている。
もっと早く見て動かなければ、アスランのところまで届かない。
その瞬間、キラの胸の奥で何かが弾けた。
戦場を満たしていた音が遠ざかる。
無数に交差していた光が一本ずつ明確になり、ドラグーンの位置、バンパイアの射角、レギナントが次に入り込もうとする空間まで同時に視界へ入った。
意識が、目の前の攻撃よりさらに先へ向く。
フリーダムの動きが変わった。
ドラグーンが射撃位置へ入るより早くその間を抜け、バンパイアのビームが交差する寸前に高度を変える。
次の射線へ追い込まれる前に反転した時、セラが予測していた位置から機体が消えた。
向かうのはジャスティスの方ではない。それを狙うレギナントだ。
修正に入るわずかな遅れを使い、一気に距離を詰める。
2本のビームサーベルが、左右から続けて白い大型機へ走った。
白い破片が散り、衝撃で機体が流れたところへさらに踏み込む。
次の斬撃までかわしきれず、大型スカート装甲の端にも赤い傷が走った。
「セラ!」
距離を取ろうとしても、フリーダムは離れずサーベルの間合いへ入り続ける。
8基のドラグーンを動かしても射線を作る前に位置を変えられ、先ほどまで成立していた包囲が次々と崩されていった。
右から迫った刃を腕で受けようとするが間に合わず、装甲が焼ける。
横へ逃がした時にはすでに回り込まれ、続く一撃が大型スカートを掠めた。
衝撃で身体をシートへ押しつけられ、強制的に息が吐き出される。
警告の増えたモニターの端に、一瞬だけ自分の登録名が映った。
セラ・フェイド。
まだL-31としか呼ばれていなかった頃、メイリンから「セラ」という名前を与えられた。
呼ばれれば振り向き、それが自分を指す言葉なのだと覚えた頃の記憶と、後に艦内の書類へ「フェイド」という姓が加わった時のことが、途切れた映像のように浮かぶ。
正面ではフリーダムがサーベルを振りかぶっていた。
咄嗟に機体を沈めると、続く刃が肩を掠め、白い装甲に新しい傷を刻む。
以前なら登録に必要だから名前がある、それだけで済んでいたはずなのに、今はモニターに表示された文字を見ても、ただの識別情報には思えなかった。
ドラグーンが追う。
キラは射線が閉じる直前を抜け、そのまま2本の刃を振るってきた。
右腕で1本を受け止めても、もう1本が脇腹へ入り、腰部装甲が裂けてコクピットまで大きな衝撃が伝わる。
反転して距離を作ろうとしても、フリーダムは離れずについてくる。
さっきまでならドラグーンを1基置けば止められた進路も、2基の射線を重ねれば変えさせられた方向も、今のキラは僅かな隙間をすり抜けてきた。
肩を掠めたビームの衝撃に耐えながらドラグーンを向ける。
放った2射はいずれも白い翼を捉えず、逆に踏み込んできたサーベルとレギナントの腕が激しくぶつかった。
その光の向こうに、怪我をしても問題ないと答えるたび、まだ動けることとは別の話だと怒っていたシンの姿が浮かぶ。
最初は、どうしてそこまで気にするのか分からなかった。
戦えるなら戦い、動けなくなれば代わりが使われる。それで成立するはずだった。
けれどシンは、何度説明してもセラ自身が傷つくことに怒っていた。
押し戻されたレギナントが横へ逃れ、追撃を止めようとドラグーンを散らす。
キラは速度を落とさず、射線の外側から距離を詰めてきた。
新たな斬撃をかわしたところで、今度はルナの強い声が蘇る。
壊れるまで残って時間を稼げばいいと口にした時、ルナはそれを許さなかった。
役目を果たせるかどうかではなく、壊れるまで残ろうとすること自体を怒っていた。
そして少し前にも、同じような顔で「ちゃんと戻ってきなさいよ」と言われている。
その時は「帰投します」と答えた。
いつもの報告と同じ言葉だったが、ルナが求めていたものが単なる帰投完了の報告ではないことくらいは、もう分かっていた。
フリーダムのサーベルが正面から迫り、両腕で受け止める。
2機の間で光が弾け、押し切られて機体を逃がそうとしたところへ、角度を変えた次の斬撃が入った。
左肩の装甲が削られ、白い破片が視界を横切る。
「どうして君は自分を大切にしない!」
通信に強い声が入った。
機体を後退させながら正面を見る。
追ってくる刃は激しいが、狙われているのはレギナントの腕や肩だった。
「みんなが、君を心配してるじゃないか!」
心配という言葉に、今度はメイリンの声が重なる。
無理をしたら報告するよう念を押したあと、最後に「それと、帰ってきて」と付け加えた時の声だった。
あの時も迷わず「帰投します」と返し、それで十分な返答になっていると思っていた。
斬撃を避け、次の刃へ腕を上げる。
その僅かな間に、レイから言われた言葉まで浮かんだ。
ここにLシリーズという計画はなく、ここでは自分でいればいいと言われても、その時はすべてを理解できなかった。
それでも、言葉は残っている。
名前も、心配されたことも、戻ってくるよう言われたことも、戦闘には必要のないものだったはずなのに、今まで消えずに残っていた。
フリーダムが再び懐へ入り、腕でサーベルを受ける。
もう一方の刃をかわしきれず、肩装甲が大きく削られた。
白い破片が視界を流れていく。
シンがいる。
ルナがいる。
レイがいる。
メイリンがいる。
艦長も、副長も、ヨウランも、ヴィーノもいる。
出撃する時に見た格納庫も、帰投した時に開くハッチも、その向こうから自分の名前を呼ぶ声も思い出せた。
レギナントを動かすための場所だったはずのミネルバには、いつの間にか戻れば会える人たちが増えている。
「セラ!」
キラの声で意識が戦場へ戻る。
また踏み込んでくるフリーダムを見ながら、自分の中に残っていたものをそのまま言葉にした。
「皆が、私を大切にしてくれました。だから、それに答えるだけです」
2本のサーベルが左右から迫る。
それを見つめながら、「帰投」という言葉にもう一度メイリンの声が重なった。
任務を終えて艦へ戻るという意味は変わらない。それでも今は、その先に自分を待っている人がいることを知っている。
――それと、帰ってきて
記憶の中の声が蘇る。
操縦桿を握り直した、その時だった。
自分の中で何かが弾けた。
右から振られたサーベルに対し、レギナントは大きく距離を取らず、僅かに機体を沈めた。
刃が頭上を抜けると、続けて左から来る攻撃へ白い手が伸び、フリーダムが腕を振り切る前に手首を外側へ弾いた。
「え……?」
キラの目が見開かれる。
すぐに機体を引いて距離を作り、上昇から急反転へ移る。
レギナントも角度を変え、今度はその後を追うのではなく、次に進もうとする場所へ滑り込んできた。
フリーダムがもう一度進路を折る。
レギナントもついてくる。
急加速して上下を入れ替えても、先ほどまで簡単に作れていた距離が開かない。
「うっ……!?」
ドラグーンを動かし、レギナントの進路へ射線を作る。
セラは撃たれてから避けるのではなく、火線が閉じる前に機体を外へ滑らせ、距離を保ったまま追ってきた。
別のドラグーンが進路を塞ごうとしても、その位置へ向かわず、空いた方向へ先に機体を振る。
サーベルを横へ払う。
レギナントは上体を沈めて刃の下を抜け、すれ違いざまに1基のドラグーンをフリーダムの背後へ回した。
警告に反応して機体を振ると、細いビームが背部を掠め、傷ついていた翼の付け根から火花が散る。
片側の推進が乱れた瞬間、レギナントが背後へ入り込んだ。
両手の指先が赤く熱を帯び、白い腕がフリーダムの背部へ伸びる。
「くっ……!」
推力を上げ、拘束されたまま機体を捻る。
サーベルを後方へ振り抜くと、刃がレギナントの指先を掠めて火花が散った。
拘束が緩んだ隙に前へ飛び出し、ようやく2機の間に距離が開く。
警告表示がいくつも残っていた。
翼の根元には新しい損傷が加わり、片側の推進も安定しない。
それでも機体を立て直し、残ったドラグーンを一斉に展開した。
「これなら!」
複数方向へ散ったドラグーンがレギナントを囲み、異なる角度からビームを放つ。
最初の射線から横へ滑り、続く攻撃が重なる直前に急停止して進路を変える。
さらに上下から火線が閉じても、大型スカートを開いて斜め下へ抜け、次の照準が合う前には別の位置へ移っていた。
本体を動かしながら照準を追わせる。
1基を移動させれば、その射線が完成する前に外れる。
2基で退路を狭めても、その間へ飛び込まず、空いた外側を回って再び近づいてくる。
「速い!?」
機体そのものが急に速くなったわけではない。
フリーダムが次に選ぼうとする場所へ、レギナントが以前より早く入り始めている。
ドラグーンと本体で挟むように加速し、接近してきた白い大型機へ正面からサーベルを振り下ろした。
レギナントの腕が刃を弾く。
反動を利用して反対側から斬り返すが、機体を沈めて掻い潜り、そのまま懐へ入ってきた。
赤い爪が伸び、身を捻って掴まれるのを避けたものの、指先が右肩を掠めて装甲をめくり上げる。
フリーダムが距離を取る。
レギナントも離れない。
サーベルを振れば剣筋から外れ、ドラグーンを動かせば射線が閉じる前に位置を変え、進路を切り返しても白い大型機が追いついてくる。
何度もセラとは戦ってきた。
それでも、今のレギナントは先ほどまでとは明らかに違う。
背中に冷たい感覚が走り、それが恐怖に近いものだと気づくまでに一拍かかった。
「セラ……!」
呼びかけても返事はない。
怒鳴ることも、勝ち誇ることもなく、ただフリーダムを追い続けている。
その冷たさをそのままに、距離を詰められるたび、動ける空間が少しずつ狭くなっていった。
残る推進力で大きく距離を取り、もう一度サーベルを構える。
レギナントも正面へ向き直り、周囲では8基のドラグーンが次の攻撃位置へ移り始めた。
さらに外側では、4機のバンパイアが動きを封じたジャスティスを囲んだまま待機している。
2機が再び踏み込もうとした、その時だった。
「止まりなさい! セラ!!」
開かれた回線へタリアの声が入る。
レギナントがフリーダムの目前で動きを止め、ほぼ同時に4機のバンパイアも攻撃態勢を解いた。
ジャスティスを囲んでいた火線が消え、有線ドラグーンも各機の側へ戻っていく。
猛攻から解放されたキラも、サーベルを構えたまま踏み込まずに距離を取った。
セラが頭上へ視線を向けると、その先には1機の小型機が接近していた。
「こちらはミネルバ艦長、タリア・グラディス。現在、本戦闘の中止に向けてプラント議会の代表を連れている。直ちに戦闘を中止せよ!」
アスランも傷ついたジャスティスの姿勢を保ち、突然静かになった空域で通信へ耳を向ける。
「繰り返します。全機、ただちに戦闘を停止しなさい」
タリアの声が、メサイア周辺の戦場へ響いていた。