機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
エターナルの艦橋では、正面モニターにキラの姿が映っていた。
戦闘停止からまだそれほど時間は経っておらず、艦内には警戒態勢の緊張が残っている。メサイア周辺の状況を示す戦術表示も消されてはいなかった。
「議長は、ラクスにも話し合いの席についてほしいと言ってる」
キラから伝えられた言葉に、バルトフェルドは眉を寄せた。
「ずいぶん急な話だな」
ラクスは黙ってモニターを見ている。
デュランダルは過去にラクスの命を狙い、その存在そのものを排除しようとしたことがある。そんな相手から突然、話し合いたいと言われたからといって、簡単に信用できるはずもなかった。
「それで、キラ。君はどう思っている」
「僕にも分からない。でも、プラント評議会から戦闘停止の命令が来るっていう話は、イザークから聞いたこととも合ってる」
「罠ではない、と?」
「そこまでは言えないよ」
キラも断言しなかった。
バルトフェルドは腕を組み、もう一度ラクスを見る。
「俺としては、素直に送り出したくはないね。あの男が何を考えているか、まだ分からん」
艦橋にいた者たちも同じ気持ちらしく、ラクスへ視線が集まった。
少しの沈黙のあと、彼女は静かに口を開く。
「参りますわ」
「ラクス?」
バルトフェルドだけではなかった。
周囲でも小さなどよめきが起こる。
「話し合う機会があるのでしたら、それを避けるべきではありません」
「だがな」
「わたくしたちは、戦うためにここへ来たのではありません。理不尽な暴力を止めるために来たのです。戦わずにそれを止められる道があるのなら、まずはそれを歩むべきです」
声は穏やかだったが、迷いはなかった。
バルトフェルドはすぐには返さなかった。
言っていることは分かる。むしろ、それを拒む方がラクスらしくないことも分かっている。
それでも、相手はデュランダルだった。
「君は時々、怖いことをさらっと言うな」
「そうでしょうか」
「褒めてはいないぞ」
ラクスが僅かに微笑んだところで、通信席から声が上がった。
「アークエンジェルより通信です」
「つないでくれ」
画面の一部が切り替わり、マリューの姿が映る。
「話は聞いたわ。ラクス、私たちも同行します」
「マリューさん」
キラが先に反応した。
マリューは真剣な表情のまま続ける。
「何が起きるか分からない以上、あなたたちだけを行かせるわけにはいかないわ。こちらからも人を出します」
「いいえ」
ラクスは静かに首を振った。
「アークエンジェルには、ここに残っていただきたいのです」
「でも」
「もし、わたくしに何かあった時には、その時こそ皆さんに動いていただかなければなりません」
マリューが言葉を止める。
ラクスはモニターの向こうのキラを見た。
「それに、メサイアではキラが守ってくれます」
「ラクス」
「アスランも一緒です。ですから、大丈夫ですわ」
その言葉を聞いても、マリューの表情は晴れなかった。
何か言い返そうとして、最後には小さく息を吐く。
「……分かりました。ただし、少しでもおかしいと思ったらすぐに戻って」
「ありがとうございます、マリューさん」
通信が切れると、バルトフェルドが肩をすくめた。
「決まり、だな」
「はい」
「なら準備させよう。俺が何を言っても、もう行くんだろう?」
「はい」
今度は迷う間さえなかった。
バルトフェルドは苦笑しながら艦内通信へ手を伸ばした。
エターナルは、ゆっくりとメサイアへ近づいていった。
---
機動要塞メサイアの格納庫には、戦闘の痕がそのまま残っていた。
戻ってきた機体の周囲では整備員たちが慌ただしく動き、焼けた装甲の臭いと冷却剤の白い蒸気が広い空間に漂っている。
格納庫に隣接した控室には、すでにタリアとエザリアが到着していた。
ミネルバから飛んできた小型艇にはメイリンも同乗しており、部屋へ入った途端、彼女の目が1人の少女を捉える。
「セラ!」
声に振り向いたセラの額には、包帯が巻かれていた。
それを見た瞬間、メイリンの表情が変わる。
「何、その頭!」
「処置済みです。問題ありません」
「問題あるよ!」
返事を最後まで聞く前に駆け寄り、セラの腕を取った。
「医務室! すぐ行くよ!」
「医務室には行きました」
「じゃあもう一回!」
「再受診の必要はありません」
「ある!」
そのまま連れていこうとするメイリンの肩を、ルナマリアが慌てて掴んだ。
「ちょっとメイリン、落ち着いて!」
「お姉ちゃん、離して!」
「もう治療は受けてるって言ってるでしょ!」
「でも頭だよ!?」
「分かってるから!」
反対側ではシンがセラの腕を掴んでいるメイリンを止めていた。
「お前が引っ張ったら別のところ怪我するだろ!」
「だって!」
「処置済みです」
「セラはちょっと黙ってて!」
即座に返され、セラは口を閉じた。
その様子を見ていたレイが僅かに視線を逸らす。
「少なくとも、会話に異常はなさそうだ」
「レイまで!」
久しぶりに聞く騒がしさに、タリアの口元がほんの少しだけ緩んだ。
だが、格納庫へ視線を戻すと、その表情はすぐに消える。
並んでいる4機は、どれもひどい状態だった。
装甲を失い、焼け跡を残し、応急修理だけで再出撃した痕まで残っている。これほど損傷した自艦のMSをまとめて見ることは、これまでほとんどなかった。
それでも、4機とも戻ってきた。
「みんな」
タリアの声に、シンたちが振り向いた。
メイリンもようやくセラの腕を離す。
「よく戻ってきたわね」
シンが僅かに姿勢を正した。
ルナマリアも、レイも何も言わずに艦長を見る。
「ミネルバの方は、どうなんですか」
シンの問いに、タリアは少し間を置いた。
「機関部の損傷が大きいわ。補助機関は生きているけれど、戦闘を続けられる状態ではない。ドックへ向かうにしても、今のままでは曳航を考えた方がいいでしょうね」
「そんな……」
ルナマリアの顔が曇る。
視線が床へ落ちた。
「艦長。すみません」
「何が」
「私……フリーダムに気づけなくて。ミネルバがあんなになるまで……」
最後の方は声が小さくなった。
タリアはしばらくルナマリアを見てから、静かに首を振る。
「謝る必要はないわ」
「でも」
「あなたたちは、あの状況でやるべきことをやった。機体をここまで持たせて、生きて戻ってきた。それで十分よ」
ルナマリアはまだ顔を上げない。
「それに、ミネルバは沈んでいないわ」
「艦長……」
「戦えなくなっただけ。直せるものは直せばいいのよ」
短い言葉だった。
それでも、ルナマリアの肩から僅かに力が抜けた。
タリアはシン、レイ、そしてセラにも順に目を向ける。
「今は休みなさい。戦闘は停止しているけれど、何が決まったわけでもないわ」
「了解しました」
レイが答え、シンも続いて頷く。
セラも短く返した。
「了解しました」
タリアはそれを確認すると、控室の出口へ向かった。
傍らにいたエザリアも立ち上がる。
「私は議長に会ってくるわ」
シンが顔を上げた。
「議長に?」
「ええ。ここから先は、私たちだけで決められる話ではないから」
エザリアと視線を交わし、そのまま扉へ向かう。
出る直前、タリアは一度だけ足を止めた。
「メイリン」
「はい」
「セラを医務室へ無理やり引きずっていかないこと」
「……はい」
「必要なら歩かせなさい」
「艦長!」
扉が閉じる直前、タリアが僅かに笑ったように見えた。
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要塞内に、接近する艦艇を知らせる放送が流れた。
エターナルとアークエンジェル。
先ほどまで敵味方に分かれて戦っていた艦が、今はどちらもメサイアへ近づいている。
控室の窓から外を見ると、巨大な要塞の外壁へ桃色の艦がゆっくりと寄っていくところだった。
誘導灯に沿って接続位置へ向かい、やがてその動きが止まる。
「エターナル……」
ルナマリアが呟く。
その艦から、さらに1隻の小型艇が離れていくのが見えた。
「こっちに来るみたいだな」
「ああ」
シンの言葉にレイが応じる。
戦闘が終わったという実感は、まだ誰にもなかった。先ほどまで撃ち合っていた相手が同じ要塞へ集まってくる状況の方が、むしろ現実味が薄い。
ほどなくして、格納庫側が慌ただしくなる。
最初に入ってきたのはジュール隊だった。その後ろには、シンたちの見慣れない紫色のMSが3機続き、さらに白いフリーダムが着艦する。
どの機体も傷だらけだった。
装甲には無数の焼け跡があり、欠けた部分も少なくない。先ほどまで自分たちが乗っていたデスティニーたちと同じように、長い戦闘を潜り抜けてきたことだけは一目で分かった。
最後に、エターナルから離れた小型艇が格納庫へ入ってくる。
しばらくして控室の扉が開き、イザークとディアッカが姿を見せた。
反射的にシン、ルナマリア、レイが姿勢を正す。
「ジュール隊長!」
3人が敬礼すると、イザークも隊長らしく答礼する。
戦闘中に何があったのかを知らないシンたちにとって、同じザフトの部隊を迎えていることに特別な違和感はない。
少し離れた後方では、セラがその様子を見ていた。
メイリンも隣に残り、その場を離れないまま軽く敬礼する。
イザークの視線が3人から外れ、やがてセラへ向いた。
額の包帯を見たところで一度止まり、そのまま小柄な身体へ視線を下ろす。
やがて、イザークがこちらへ歩いてきた。
その動きに気づいた瞬間、メイリンが半歩前へ出る。
完全にセラの前を塞ぐほどではなかったが、それまで並んでいた2人の位置が僅かに変わった。
イザークの足が止まる。
「……何だ」
「いえ……」
答えながらも、メイリンは元の位置へ戻らなかった。
その後ろでは、セラだけが普段と変わらない顔でイザークを見上げている。
数秒の沈黙のあと、ディアッカが2人を見比べた。
「まだ警戒されてるんじゃないか?」
「何の話だ!」
「ほら、前にいきなりこの子を押さえつけただろ」
「あれは所属不明の人間がドックを歩いていたからだ!」
イザークの声が一段大きくなる。
メイリンの表情には、納得していないことがはっきり出ていた。
「実際、セラを取り押さえたじゃないですか」
「だから、それには理由があったと言っている!」
「当時の対応は妥当です」
間に入ったのは、当のセラだった。
「所属を確認できない人員が軍事施設内を移動していたため、拘束する判断に問題はありません」
「セラは今それ言わなくていいの!」
メイリンに即座に止められ、セラは再び口を閉じる。
ディアッカが堪えきれずに小さく笑い、イザークは額を押さえた。
「……お前は相変わらずなのか」
「質問の意味が不明です」
「もういい!」
怒鳴ってから、イザークは改めてセラを見る。
以前は、身体を押さえれば抵抗することさえできなかった少女だった。
その同じ少女が、つい先ほどまでレギナントを操り、ジュール隊の前から進路を奪い続けていた。
「お前が、あれに乗っていたんだな」
「はい。レギナントに搭乗していました」
短い返答に、イザークは眉を寄せたまま黙り込んだ。
ディアッカが横から口を挟む。
「いやあ、大したもんだったな」
「貴様は何を褒めている!」
間髪を入れず怒声が飛んだ。
「だって事実だろ? 前はお前がこの子を押さえ込んでたのに、今回は俺たちが押さえ込まれてたわけだ」
「余計なことを言うな!」
ディアッカは肩をすくめたが、言葉そのものは否定しなかった。
「こっちは相当振り回されたぜ。あの白いのに」
「レギナントですか」
「そう、それ。撃とうとすれば射線から外れるし、抜けようとすれば先に道を塞がれてる。ようやく抜けたと思ったら、今度は別の部隊が待ってるしな」
イザークも不機嫌そうな顔のまま、否定はしない。
「単独で突っ込んでくるだけの機体なら、まだやりようはあった。だが、あれは周囲まで使ってこちらを動かしてくる」
「それ、かなり褒めてないか?」
「戦闘評価をしているだけだ!」
怒鳴り返したあと、イザークの視線がもう一度セラへ向く。
「……厄介だった。それだけだ」
「ありがとうございます」
「礼を言うな!」
また声が響き、今度はルナマリアまで僅かに口元を緩めた。
だが、シンたちはまだ話についていけていなかった。
最初に疑問を口にしたのもルナマリアだった。
「……何の話ですか?」
ディアッカが一瞬だけ黙る。
イザークも視線を逸らした。
その横で、メイリンがシンたちへ顔を寄せる。
「ジュール隊、さっきの戦闘でエターナル側にいたみたい」
「……え?」
シンが聞き返した。
数秒遅れて意味を理解し、声が跳ね上がる。
「はぁ!? エターナル側!?」
「声が大きい!」
イザークの怒声が即座に返ってきた。
「だって、それじゃ俺たちと――」
「言い訳をするつもりはない!」
シンの言葉を遮り、イザークが言い切る。
先ほどまで僅かに緩んでいた空気が、一瞬で静まった。
「俺たちは俺たちの判断で動いた。それだけだ」
「ジュール隊長……」
「詳しい話は後だ。今ここで騒いでも何も変わらん」
シンはまだ納得していない顔だったが、レイが横から僅かに腕を出した。
それを見て、どうにか口を閉じる。
ディアッカは小さく息を吐いた。
「まあ、そういうわけだ。こっちもいろいろあったんだよ」
「貴様は余計なことを言うな」
「はいはい」
その時、再び控室の扉が開いた。
入ってきた2人を見て、今度はシンの表情が固まる。
キラとアスランだった。
先ほどまでレギナントと戦っていたキラ。
そしてミネルバを離れ、今はラクスたちと行動しているアスラン。
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
キラも部屋にいるシンたちを見て足を止め、アスランはイザークとディアッカの姿に僅かに眉を動かす。
だが、何かを言うより先に、廊下の向こうから複数の足音が近づいてきた。
ヒルダを先頭に、数人が控室へ入ってくる。
その中央を歩いていた女性を見た瞬間、メイリンの目が大きく開いた。
淡い桃色の髪。
穏やかな表情と、静かな足取り。
隣に立つセラとよく似た面影を持ちながら、受ける印象はまるで違う。
「ラクス様……」
思わず、声が漏れた。
名前も姿も、知らないはずがなかった。
かつてプラントの危機を救い、多くの人々がその歌と声を知っている人物。
ラクス・クラインが、メサイアへやって来た。