機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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17.ミネルバの危機(中編)

10機のウィンダムに包囲されたミネルバ。

 

艦橋の大型モニターには、艦の周囲へ展開する敵機の映像が映し出されていた。どの機体も距離を詰めすぎない。だが、引く気配もない。銃口は艦橋と機関部へ向けられたまま、照準だけが淡く揺れている。

 

タリアは、その光景を睨んでいた。

 

「艦長……」

 

アーサーが、やや青ざめた顔で彼女を見る。

 

ここから離れた宙域では、20機がシンたちを抑えている。その間に、別働隊10機がミネルバを直接包囲する。見事だと言わざるを得なかった。

 

狙われていることには気づいていた。

敵が正面から挑めるほどの戦力を持っていないことも、ある程度は見えていた。

 

合計30機。

ミネルバ隊4機と艦の火力をすべて使えたなら、しのぎ切れない数ではない。

 

敵が真正面から向かってきた場合、ミネルバ側にも損害は出る。だが、敵も無傷では済まない。だからこそ敵は消耗を避け、劣勢を補うための戦い方を選んだ。警報を繰り返し、疲労を蓄積させ、出撃戦力を分断し、最も守りが薄くなった瞬間を突く。

 

そこまでは読めていた。

 

だが、結果として完全に掌の上で転がされた。

 

ブリッジの空気は重い。

管制席の乗員が、乾いた唇を噛む。別の席では、手元の入力が止まりかけ、隣の者が小声で促した。

 

時間は、刻々と削られていく。

 

その時、艦橋の扉が開いた。

 

武装警備兵に連れられ、セラが入ってくる。

 

彼女はまず、周囲を静かに見渡した。

いつもの営倉とはまったく異なる空間。壁面を埋め尽くす計器類。赤く瞬く警告表示。低く鳴り続ける警報音。そして、緊迫した空気。

 

最後に、艦橋正面の大型スクリーンへ視線を向ける。

 

映し出されているのは艦外映像だった。

その中に、いくつもの機影が浮かんでいる。

 

数秒間、セラの視線が止まった。

 

そして、目を細めて口を開く。

 

「前方に4機確認。死角を考慮した場合、後方にも同数以上が存在すると推測します」

「え?」

 

アーサーが思わず振り返る。

 

「包囲陣形です。総数は8機から10機程度」

 

誰も、彼女に状況分析を求めてはいなかった。

だがセラは、ただ観測結果を報告しただけだった。

 

タリアは、その姿を見つめる。

 

この子は、本当に変わらない。

目に映るものを分析し、情報として整理する。まるで呼吸でもするように。

 

そして、その能力は今の状況を正確に言い当てていた。

 

「その通りよ」

 

タリアは静かに言った。

 

「現在、ミネルバは敵部隊によって包囲されている」

 

セラが視線を向ける。

 

「敵は、君の引き渡しを要求している」

 

艦橋の空気が、さらに重くなった。

誰も口を挟まない。

 

「このままでは艦が危険よ」

タリアは言葉を選びながら続けた。

「現在、君を解放するかどうかを検討している」

 

その言葉を聞いても、セラの表情は変わらなかった。

 

驚きもない。

怒りもない。

喜びもない。

 

ただ、情報を受領しただけの顔だった。

 

しばらく沈黙が続く。

 

セラは再びスクリーンへ目を向けた。

 

ウィンダム。

ミネルバ。

味方戦力。

敵の配置。

射線。

退路。

 

そして。

 

「確認します。包囲している機体の中に、黒いMSは確認されていますか」

 

静かな声だった。

 

「いや、確認していない」

 

タリアはすぐに答える。

 

「そうですか」

 

セラは短く呟いた。

 

その一言だけで、彼女の中の計算が一段進んだように見えた。

 

「私が解放された場合、部隊は撤退する可能性があります」

「ですが、私が解放された後、部隊から攻撃を受ける可能性も十分にあります」

「そうでしょうね」

 

タリアは頷く。

 

艦橋の空気が止まった。

乗員の何人かが、視線を落とす。

 

要求を呑んでも安全とは限らない。

拒否すれば撃たれる。

交渉の形を取ってはいるが、敵は最初から選択肢を奪いに来ていた。

 

まさに、絶体絶命だった。

 

しかし、セラは言葉を続けた。

 

「現在の配置であれば、レギナントによる状況打開も可能です」

 

アーサーが目を見開いた。

何人かの乗員も顔を上げる。

 

タリアだけが、無言のまま続きを待った。

 

「レギナントの能力を使用した場合、敵部隊の包囲維持は困難になります」

「勝算は?」

「およそ93%。十分にあります」

 

即答だった。

 

迷いはない。

感情論でもない。

希望的観測でもない。

 

ただ、計算結果を述べているだけ。

 

だからこそ、その言葉は重かった。

 

タリアはセラを見つめる。

 

本当に帰りたいのなら。

本当に研究所へ戻りたいのなら。

 

こんなことは言わない。

 

解放してください。

 

それだけで済む話だ。

 

だが、この子は違った。

解放という選択肢を提示されたにもかかわらず、自ら別の解決策を提示した。

 

本人は、おそらく気づいていない。

ただ状況を分析し、この艦で取り得る策を示しただけ。

 

しかしその行為自体が、すでに答えになっていた。

 

タリアは問いかける。

 

「やってくれるのか」

「いいえ、それはできません」

 

セラは即座に答えた。

 

「私には、この艦を防衛する義務は存在しません」

 

その言葉に、アーサーが顔をしかめる。

艦橋の乗員たちにも、わずかな動揺が走った。

 

だが、タリアは思わず小さく笑った。

 

あきれたのではない。

ようやく、この子の言葉の形が分かった気がした。

 

「そういうことか」

 

誰に向けた言葉でもなかった。

 

呟くようにそう言うと、タリアは背筋を伸ばした。

そして艦橋全体へ聞こえる声で告げる。

 

「現時点をもって、貴君の身分を再定義する」

 

アーサーが、嫌な予感を覚えたように顔を上げる。

 

「か、艦長?」

 

タリアは聞かなかった。

 

「L-31」

 

セラが視線を向ける。

 

「貴君を、ミネルバ所属パイロットとして臨時徴用する」

 

艦橋が騒然となった。

 

「ちょっ――」

「艦長」

「そんな権限が――」

 

アーサーの悲鳴にも似た声が飛ぶ。

他の乗員たちも、互いに顔を見合わせる。

 

だがタリアは意に介さない。

 

強引でも何でもいい。

今この場において必要なのは、議論ではない。

決断だった。

 

「異論は後で聞きます」

 

短く言い切った。

 

そして、真っ直ぐセラを見る。

 

「レギナント、L-31……セラ」

 

その名前を呼ぶ。

 

初めて。

艦長として。

正式に。

 

緊急発進せよ(スクランブル)!」

 

セラは一度だけ瞬きをした。

 

「了解」

 

それだけ告げ、静かに艦橋を後にした。

 

感情は見えない。

決意表明もない。

ただ命令を受領しただけ。

 

それでも、その背中を見送りながら、タリアだけは確信していた。

 

この子はまだ気づいていない。

自分がどちらを向いているのか。

 

それでも今、確かに一歩だけ前へ進んだのだと。

 

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