機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
メサイアのパイロット控室には、今や様々な立場の人間が集まっていた。
ミネルバのパイロットたち。エターナルからラクスの護衛として来たドム・トルーパー隊。メサイアの防衛に就いていたジュール隊。そして、ネメアから送り込まれたLシリーズの少女たち。
最初こそ互いに距離を取っていたが、時間が経つにつれてその境界も曖昧になりつつある。積極的に話す者がいるわけではなくとも、少なくとも誰かが立ち上がるたびに警戒するような空気はもうなかった。
そんな中、シンは椅子へ深く腰を下ろし、ぼんやりと天井を見ていた。
先ほどまで続いていたルナマリアとメイリンの会話にも、ほとんど反応していない。
「シン」
返事がない。
「シンってば」
「……聞いてるよ」
「絶対聞いてなかったでしょ」
ルナマリアが呆れたように言う。
「さっきから何なのよ。その顔」
「別に」
「別にって顔じゃないじゃない」
シンは面倒そうに身体を起こした。
「何でもないって」
「じゃあ私に説明して」
「何でだよ」
「何でもないって納得できる説明ができたら、もう聞かないから」
「それ、最初から聞く気しかないだろ」
ルナマリアは否定しなかった。
少し離れた席にいたレイも会話を聞いている。逃げ場がないと悟ったシンは、しばらく黙ったあと、大きく息を吐いた。
「……なんか、変な感じがするんだよ」
ルナマリアは今度は急かさなかった。
「俺たち、ずっと戦ってきただろ」
開戦から今日まで、休めた時間の方が少なかった気さえする。
戦闘が終われば次の命令が来た。次の場所へ移動すれば、そこにも敵がいた。戦争がいつ終わるのかなんて、いつからか考えなくなっていた。
今日を生き残る。
ミネルバを守る。
次の敵を倒す。
そうやって進んでいれば、また次の日が来た。
「でも、もう終わるんだろ。多分」
シンの声には、期待していたはずの言葉に似合わない重さがあった。
「ずっと終わってほしいと思ってた。なのに、本当に終わりそうになったら……俺たちと関係ないところで、急に全部終わるみたいでさ」
ルナマリアは黙って聞いていた。
「俺たちがあんなに必死になって戦わなくても、結局こうなったんじゃないかって思ったら……何だったんだろうなって」
口にしてから、自分でも馬鹿なことを言っている気がした。
戦争が終わるなら、それでいい。
終わってほしかったのは自分も同じだ。
それなのに、これまで失ったものや、命を懸けて戦った時間まで急に遠くなったような感覚が消えなかった。
ルナマリアはすぐには答えなかった。
その気持ちが全く分からないわけではない。
自分たちがいなくても、もっと早く誰かが話し合っていれば。
そもそも戦争など始めなければ。
そんな考えなら、何度も浮かんだことがある。
だからこそ、少し間を置いてから笑った。
「何だよ」
シンがむっとする。
「いや、シンがそんなこと考えてるんだなって」
「悪いかよ」
「悪いなんて言ってないでしょ」
「じゃあ笑うなよ」
「だって、すごい深刻な顔してるんだもん」
「ルナ!」
抗議するシンの横から、レイが口を開いた。
「実感がないだけだ」
シンがそちらを見る。
「何が」
「戦争が終わることにだ」
レイの声はいつも通り落ち着いていた。
「昨日まで敵だった者と今日から撃ち合う必要がないと言われても、すぐに受け入れられるものではない。俺たちは長く戦いすぎた」
シンは何も言わない。
「だが、だからといって俺たちが戦ってきたことまで無意味になるわけではない」
「……でもさ」
「戦わなければ、ここまで生き残れなかった。誰も守れなかった。俺たちが守ってきた人間も、今ここにはいない」
レイは淡々と続けた。
「最後に戦争を止める決定をするのは、議長かもしれない。評議会かもしれない。だが、そこまでの道を作ったのは彼らだけじゃない」
シンの目がレイへ向く。
「俺たちだ」
短い言葉だった。
「戦場にいた兵たちが戦い、守り、生き残ったから、今の状況がある。少なくとも俺は、そう考えている」
シンはしばらく黙っていた。
自分たちだけで戦争を終わらせたわけではない。
そんなことは分かっている。
それでも、今日まで歩いてきた道の先に今があるのだと考えれば、胸の中にあった空虚さが少しだけ形を変えた。
「そういうこと!」
突然、ルナマリアの腕が伸びてきた。
「うわっ!」
そのまま頭を抱え込まれ、シンの顔がルナマリアの胸元へ押しつけられる。
「ちょ、ルナ、苦しい!」
「しっかりしなさいよ、エース」
「誰がエースだよ!」
「アンタでしょ。今までミネルバ守ってきたの、誰だと思ってるのよ」
「分かったから離せって!」
ルナマリアは笑ったまま離さない。
「聞こえない」
「絶対聞こえてるだろ! レイも見てないで助けろ!」
「問題はない」
「あるよ!」
レイは助ける気がなかった。
シンはしばらく抵抗していたが、やがて諦めた。
言い方は気に入らない。
扱いも気に入らない。
それでも、2人が何を言いたいのかは分かった。
「……ありがとな」
小さく呟く。
「何か言った?」
「何も言ってない! いいから離せ!」
ルナマリアの笑い声が控室に響いた。
*****
少し離れたところで、メイリンは3人の様子を眺めていた。
あれだけ言い合っていても、結局はいつもの3人だった。
その空気を少し羨ましく思いながら見ていると、隣にいたセラが立ち上がった。
控室の入口が開いている。
戻ってきたのはラクスとキラ、そしてアスランだった。
先ほど出ていった時とは空気が違う。
会談そのものは終わったはずなのに、3人とも表情が重い。特にキラは何かを考え込んだまま、周囲へ目を向ける余裕もないようだった。
そこへ、L-272たちが立ち上がる。
先ほど約束した残りの質問を続けるつもりなのだろう。
だが、4人が歩き出すより先にセラが言った。
「待ってください」
L-272が足を止める。
「基本的に、外部の人間との接触は許可されていないはずです」
「先ほどは実施しました」
「1度目は見逃しました」
「あなたはどうなのですか」
問い返されても、セラは答えなかった。
「2度目は看過しません」
L-272たちはしばらくセラを見ていた。
やがて先頭のL-272が小さく頷く。
「了解しました」
残る3人もそれに続き、何事もなかったように元の席へ戻っていった。
「……セラ」
メイリンが声を掛けたが、セラはもう別の方を見ていた。
シンたちも戻ってきた3人に気づき、近づいてくる。
「アスランさん、どうなったんですか」
シンが最初に声を掛けた。
アスランは集まった顔を順に見た。
「……オーブとザフトの戦闘は即時中止されることになった」
一瞬、誰も反応できなかった。
「最高評議会からザフト全軍へ命令が出る。オーブ側も戦闘を停止する。地球連合にも停戦案を提示して、正式な協議に入ることになった」
「じゃあ……戦争が、終わるの?」
ルナマリアの声が弾む。
「まだ決まったわけじゃない。正式な停戦はこれからだ」
それでも十分だった。
「やったじゃん!」
ルナマリアが声を上げ、メイリンも顔を明るくする。
「本当に……もう出撃しなくていいんですか?」
「少なくとも、こちらから戦闘を再開することはないだろう」
アスランの答えを聞いて、シンも思わず笑った。
つい先ほどまで、自分は戦争が終わることに変な虚しさを感じていた。
それでも、終わるかもしれないと改めて言葉にされれば嬉しかった。
「そっか……そっか……!」
今度はその言葉が、少しだけ現実味を持って聞こえた。
だが、喜んでいるのはミネルバ側だけである。
ラクスも、アスランも、キラも、控室へ戻ってきた時から表情が変わっていない。
ルナマリアが不思議そうに尋ねる。
「でも、どうしたんですか? 停戦の話が進んだのに」
答えたのはキラだった。
「僕たちは……ずっと、戦争を終わらせるために戦ってきた」
先ほどまでの明るい空気が静まる。
「僕も、自分にできることをしてきたつもりだった。戦いを止めるためにフリーダムに乗って、止めなきゃいけないと思った相手と戦った」
シンは何も言わずに聞いている。
「戦場では、話し合う前に人が死んでいく。ミサイルが撃たれて、MSが戦って、誰かが止めなければそのまま被害が広がっていく。だから僕は、そこへ割って入るためには力が必要だと思った」
キラは言葉を続けた。
「それに、議長がデスティニープランを進めようとしているのを見て、このままでは誰かが人の生き方まで決めてしまうと思った。レクイエムまであって、もしそれを力で押し通そうとするなら、止めなきゃいけないって」
ラクスも静かに聞いていた。
「僕たちは、それが正しいと思ってた。誰かが武器で未来を決めようとするなら、言葉だけでは止められない。だから、その力を止められるだけの力が必要だって」
それがフリーダムだった。
相手を殺すためではなく、戦闘を止めるために使う。
できるだけ撃墜せず、武装や行動能力を奪う。
そうすれば、これ以上誰かが死ぬのを防げると考えていた。
「だから僕は、自分たちが戦場へ入ることも、フリーダムの力を使うことも必要なんだと思ってた」
そこで言葉が止まる。
「でも今日、議長と話して……僕たちが思っていたより、ずっと現実を見ている人だった」
アスランも否定しなかった。
「少なくとも、全部を力だけで決めようとはしなかった。僕たちが敵だと思っていたことの中にも、僕たちが知らなかったことがあった」
ラクス暗殺についてもそうだった。
自分たちは当然のようにデュランダルの命令だと思っていた。
だが、本人はそれを知らないと言った。
その言葉をすべて信じるかどうかとは別に、自分たちが知らないまま判断していたことがある。その事実だけは否定できなかった。
「それなのに、僕は自分が止めなきゃいけないと思って、自分の判断で力を使ってきた」
戦場へ割り込み、戦いを止めようとしてきた。
どれだけ撃墜を避けても、巨大な力を自分の判断で振るっていたことに変わりはない。
「僕は……力の使い方を間違えていたのかな」
誰もすぐには答えなかった。
ルナマリアも、レイも同じだった。
自分たちも、いつだって正しい答えを知って戦っていたわけではない。命令を疑ったこともある。何のために戦っているのか分からなくなったこともある。
シンはキラを見た。
「俺、前に似たようなことやったことありますよ」
キラが顔を上げる。
「地球にいた時、連合の基地で現地の人たちが無理やり働かされてるのを見て、頭に来て。勝手に基地に突っ込んで、ぶっ壊したんです」
シンはキラの言葉を聞きながら、ずっと前のことを思い出していた。
地球連合の基地で、現地の人々が強制的に働かされているのを見た時だ。
腹が立った。
あんなものは間違っていると思った。
だから、止めようとした。
命令を待たず、1人で基地へ突っ込み、目についた軍事施設を壊して回った。
自分では人を助けているつもりだった。
だが、そのすぐ近くには武器を持たない人たちがいた。
攻撃を一つ間違えれば、自分が助けようとした人間を巻き込んでいたかもしれない。その後、基地を壊されたことで彼らがどうなるのかまで、あの時の自分は考えていなかった。
そして戻った後、アスランに殴られた。
腹が立った。
助けたのに、何故殴られなければならないのかと思った。
それでも、あの時に言われた言葉だけは今も覚えている。
「力を持つ者なら、その力を自覚しろ!」
今になって考えれば、あれは単に命令違反を叱られただけではなかったのだと思う。
「その時、アスランさんに殴られました」
「そこまで言わなくていいだろ」
「いや、重要なところなんで」
シンは少し意地の悪い笑い方をした。
「『力を持つ者なら、その力を自覚しろ』って。正直、あの時はめちゃくちゃ頭に来ましたけど」
アスランが気まずそうに黙る。
「でも、今なら少しは分かります。助けたかったのは本当だけど、それで何やってもいいってことじゃなかった。俺が一発外してたら、助けようとしてた人を撃ってたかもしれないし」
キラは黙って聞いていた。
「だからって、今の俺が完璧にできてるわけじゃないですけどね」
シンはそこでアスランを見る。
「そんなに簡単に出来ませんよ、アスランさん」
アスランはしばらく返さなかった。
やがて、小さく苦笑する。
「だったら、今後も考え続けろ」
「え?」
「自分の力をどう使うのか。何のために使うのか。考えるのをやめるな」
アスランはキラにも聞こえるように続けた。
「間違えて、また悲しみを生まないために」
シンは少しだけ笑った。
「相変わらず難しいこと言いますね」
「簡単だとは言ってない」
「それ、昔言ってほしかったですよ」
「言っても聞かなかっただろ」
「……まあ、それは」
ルナマリアが吹き出した。
張りつめていた空気が少しだけ緩む。
その中で、キラだけはしばらく何も言わなかった。
正しかったのか。
間違っていたのか。
今日ここで答えが出ることではないのかもしれない。
これまで戦ったことも、そこで守れたものも、傷つけたものも消えない。
ならば、自分にできることは一つしかなかった。
「……考え続けるしかないのかな」
アスランがキラを見る。
キラはもう一度、今度は自分に言い聞かせるように続けた。
「これからも」
その答えが正しいのかは、まだ誰にも分からなかった。