機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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18.ミネルバの危機(後編1)

ミネルバ格納庫。

 

警報が鳴り響く中、整備員たちは慌ただしく走り回っていた。普段なら整備音だけが響く空間も、今は赤い警告灯と怒号に塗り潰されている。

 

艦は敵部隊に包囲されている。

艦橋と機関部を狙われ、制限時間は刻々と削られている。

 

その格納庫の中央に、純白の機体が固定されていた。

 

レギナント。

 

損傷した左側のスカート装甲は、応急処置のまま残されている。白い装甲の一部は剥がれ、露出したフレームの奥で、推進ユニットの光がまだ弱く脈打っていた。

 

美しい機体だった。

だが同時に、見る者に息苦しさを覚えさせる機体でもあった。

 

そのコクピットに、セラは乗っていた。

 

閉じられた薄暗い空間。

セラは背中を預け、メインパネルを見つめている。表情はいつもと変わらない。恐怖も緊張も見えない。

 

「接続、開始します」

 

静かな声だった。

 

それは出撃前の報告というより、定められた工程を読み上げる声に近かった。

 

メイリンは、格納庫の管制席で思わず唇を噛む。

 

あの日の言葉を思い出す。

 

1本でも悲鳴を上げてもおかしくない。

失神しても不思議ではない。

 

整備主任が、そう言っていた。

 

その神経接続を、セラは今から当然のように受け入れようとしている。

 

カシャ、と硬い音がした。

 

セラの背後で、接続ユニットが開く。

薄暗いコクピットの奥から、細い接続針が姿を現した。束になったそれは、機械の部品というより、獲物を逃がさないために並んだ牙に見えた。

 

格納庫の整備員たちの手が止まる。

誰かが工具を落としかけ、慌てて握り直した。

 

「接続針、展開……」

 

若い整備員の声が、かすれていた。

 

メイリンは、画面から目を逸らせなかった。

 

セラ本人は逃げられない。

なら、自分だけが目を逸らしていいはずがない。

 

1本目が入った。

 

肉を裂くような、湿った硬い音が通信越しに拾われる。

 

セラの肩が跳ねた。

 

声は出ない。

だが、喉の奥で息が詰まる音だけが、かすかに漏れた。

 

格納庫の空気が凍る。

 

メイリンの隣で、整備員の1人が口元を押さえた。別の整備員は顔を真っ青にして、コンソールに手を突いている。医療班の女性兵が一歩踏み出しかけ、しかし止まった。止められないことを、彼女も知っていた。

 

「接続……正常」

 

セラは告げた。

 

平然としているように聞こえた。

けれど声の端が、ほんのわずかに震えていた。

 

2本目が入る。

 

今度は指先が強張った。コンソールを掴む手に力が入り、白い指がさらに白くなる。

 

3本目。

4本目。

5本目。

 

秒単位で、接続針が次々と刺さっていく。

 

そのたびに、セラの身体は小さく震えた。痛みが存在している証拠だった。慣れているわけではない。平気なわけでもない。ただ、その痛みを止めるという選択肢が、彼女の中に存在しないだけだった。

 

メイリンは一度だけ目を逸らした。

 

胃の奥が冷たくなる。

膝から力が抜けそうになる。

 

けれど、すぐに視線を戻した。

 

セラは、逃げないのではない。

逃げるという選択肢を持っていない。

 

なら、せめて見届ける。

 

最後の接続針が入った。

 

セラの身体が、今までで一番大きく跳ねる。

喉が開きかけた。

悲鳴になるはずの息が、しかし声になる前に押し殺される。

 

メイリンの胸が痛んだ。

 

聞きたいわけではない。

そんな声を、聞きたいわけがない。

 

それでも、我慢しなくていいのに、と思った。

痛いなら痛いと言っていいのに、と。

 

「神経接続率97%」

「同調率、通常値を下回っています」

「全システム正常。問題なし(オールグリーン)

 

モニターが次々と起動していく。

 

戦況予測。

敵配置。

軌道計算。

レギナントの周囲に、無数の情報が流れ始めた。

 

セラの声からは、もう震えが消えていた。

 

「作戦目標。ミネルバ周辺を包囲するウィンダム型MS10機」

 

一拍置く。

 

整備員たちが顔を見合わせた。

今の痛みも、周囲の動揺も、彼女の中ではすでに工程の後ろへ押し流されている。

 

出撃ハッチが開く。

 

眩い光が差し込み、宇宙空間が広がった。

 

「セラ」

 

呼び止める声に、セラがモニターへ目を向ける。

 

メイリンだった。

 

何を言えばいいのか分からない。

大丈夫、とは言えない。

頑張って、とも言えない。

その言葉が、今のセラに届くのかも分からない。

 

だから。

 

「その……気を付けて」

 

結局、それしか言えなかった。

 

数秒の沈黙。

 

セラは、小さく頷いた。

 

「了解しました」

 

それだけだった。

 

しかし、その返答に、メイリンは少しだけ息を吐けた。

 

次の瞬間、レギナントが発進した。

 

---

 

ミネルバ艦橋。

 

正面モニターには、艦を包囲するウィンダム隊が映し出されている。その中央へ、純白の機体がゆっくりと姿を現した。

 

レギナント。

 

敵部隊の隊長は、モニター越しにその機体を見て、わずかに息を吐いた。

 

「要求を呑んだか」

 

予想より早い決断だった。

悪くない。

 

L-31を回収できれば、任務の大半は達成される。後は艦橋か主機関に一撃を加え、ミネルバの追撃能力を奪えばいい。

 

約束を守る必要などない。

相手はすでに詰んでいる。

 

隊長は通信回線を開いた。

 

「各機、艦橋および主機関への攻撃準備――」

 

そこまでだった。

 

レギナントの背部ユニットが開く。

 

白い装甲の影から、5つの光点が弾けた。

 

「何……?」

 

隊長の顔から笑みが消える。

 

3条の光線が、艦橋前面をなぞった。

 

直後、そこを固めていた3機のウィンダムが、ほぼ同時に光に呑まれる。反応する暇もない。機体の輪郭が崩れ、装甲が裂け、火球となって宇宙に散った。

 

「なっ……!?」

 

理解が追いつかない。

 

レギナントを敵に奪われたのか。

L-31を乗せたまま、こちらに向かっているのではなかったのか。

 

想定外。

その言葉だけが、隊長の頭をよぎった。

 

「全機、レギナントを攻撃しろ!」

 

命令が飛ぶ。

 

即座に、残存機が一斉にビームを放った。

艦橋へ向いていた銃口が、慌てて白い機体へ切り替わる。

 

だが、当たらない。

 

レギナントは正面から逃げたのではない。射線が重なる前に、もうそこにいなかった。白い装甲がひるがえり、青白い推進光が尾を引く。ビームの雨は、その残像だけを撃ち抜いていく。

 

あの機動。

あの反応速度。

 

見間違えるはずがない。

 

「神経接続されている……!?」

 

隊長が呻いた。

 

認めたくなかった。

認めてはならなかった。

 

しかし、目の前の現実は違う。

 

「L-31が反乱した! 何としても撃ち落とせ!」

 

最高機密の塊が、機体ごと敵の側で動いている。

それがどれほど致命的か、考えるまでもなかった。

 

ビームとミサイルが雨のように飛ぶ。

 

その隙間を、レギナントは舞った。

 

右へ、左へ。

上へ、下へ。

 

機体は傷ついている。

失われた左側スカート装甲の奥には脚部フレームが覗き、応急処置の痕も残っている。

 

それでも、レギナントは美しかった。

 

純白の装甲が宇宙の光を反射する。

青白い推進光が、欠けたスカートの影から流れる。

傷ついた白妙の女王が、戦場で舞っているかのようだった。

 

光線が走る。

 

また1機。

 

ドラグーンが軌道を変え、次の敵の退路を塞ぐ。

 

さらに1機。

 

5機目のウィンダムが爆散した瞬間、包囲陣形は完全に崩壊した。

 

その瞬間、タリアの声が艦橋へ響く。

 

「CIWS全門開放! 近接目標を排除しなさい!」

 

ミネルバ各所の機関砲が、出番を待っていたかのように一斉に火を吹いた。

 

無数の曳光弾が宇宙空間へ広がる。

巨大な獣が身体を震わせ、まとわりつく羽虫を追い払うかのように。

 

残存するウィンダムたちは、慌てて散開した。

 

「隊形維持不能!」

「包囲崩壊!」

 

報告が飛び交う。

 

隊長は歯噛みした。

このままでは各個撃破される。

 

「こちら包囲隊!」

 

通信回線を開く。

 

「L-31が反乱! レギナント健在! そちらと合流する!」

『なんだと! 間違いな――』

 

悠長に通信などしている暇はなかった。

 

隊長機が反転する。

生き残った機体も、次々と後退を開始した。

 

そして、レギナントもまた。

 

何も言わず、何の感情も見せず。

ただ当然のように、その後を追って加速を開始した。

 

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