機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
宇宙空間。
インパルスのビームライフルが火を吹いた。
閃光が、ウィンダムの真横を掠めていく。
「チッ!」
シンの表情は晴れない。
次の瞬間には、別方向からビームが飛来していた。機体を捻って回避する。さらに別方向から射線が伸びる。避ける。追い払うように撃つ。だが、狙いを定める暇もなく、また別の敵が視界の端へ滑り込む。
「まだいるのかよ!」
レーダーには無数の敵影。
20機。
ただ数が多いだけではない。
相手も理解しているのだ。自分たちに勝つ必要はない。足を止めさせればいい。時間を稼げばいい。
だから執拗だった。
包囲。
牽制。
離脱。
そして再包囲。
撃ち落とされることを恐れていないわけではない。むしろ、落とされる機体を織り込んででも、こちらの時間を奪い続ける動きだった。
シンが1機を撃ち抜く。
爆発の光が広がった瞬間、別の2機が死角へ回り込んでいた。
「くそっ!」
ビームサーベルを抜く。
接近してきた1機を両断する。
だが、次が来る。
終わらない。
終わりが見えてこない。
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セイバーもまた、敵陣の中にいた。
アスランは冷静だった。
だが、余裕はない。
状況は把握している。
敵の目的は撃破ではない。
拘束だ。
そして、それは成功している。
「嫌な手だな……」
呟きながら、アスランはセイバーを変形させ、迫る射線の間を抜ける。背後へ回り込んだ1機を振り払うように撃ち落とすが、戦況は変わらない。常に一定数の敵が周囲にいる。
まるで沼だった。
もがけばもがくほど、足を取られ続ける。
しかも、ミネルバとの距離は少しずつ開いている。
嫌な予感が消えない。
タリアなら何とかしているはずだ。そう信じたい。
だが、信じるしかない状況そのものが危険だった。
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その頃、敵の拘束隊長は満足していた。
想定以上に上手くいっている。
インパルスとセイバー。
どちらも強い。まともに相手をすれば勝ち目は薄い。
だが、そんなことは関係ない。
勝つ必要がないのだから。
時間を稼げばいい。
それだけで任務は成立する。
その時だった。
『こちら包囲隊!』
通信が飛び込んでくる。
『L-31が反乱! レギナント健在! そちらと合流する!』
拘束隊長の表情が固まった。
「何だと」
返答を待つ前に、通信は途切れていた。
一瞬、理解が追いつかない。
だが次の瞬間、背筋に冷たいものが走った。
L-31が反乱。
レギナント健在。
その意味するところは1つだった。
「全機、対レギナント戦闘へ移行!」
隊長は叫んだ。
「密集するな! ドラグーン展開を許すな!」
「赤い照射線を見た機体は即時離脱!」
「射線を重ねるな、味方の退路を塞ぐな!」
命令は速かった。
彼らはレギナントを知らないわけではない。
L-31を知らないわけでもない。
あの機体が何をするか。
あの少女が接続された時、どれほど戦場が変わるか。
彼らは少なくとも、資料としては知っていた。
だからこそ、隊形が変わる。
拘束のための包囲ではない。
時間稼ぎのための牽制でもない。
対レギナント戦闘。
敵機群が一斉に距離を取り、互いの射線を外し、ドラグーンの展開範囲を避けるように散り始めた。
訓練通りの動きだった。
知識の上では、正しい。
だが、遅い。
遠方に、純白の機影が見えた。
「……あれはセラ?」
シンが呟く。
レギナント。
間違いなかった。
次の瞬間、背部ユニットが開き、ドラグーンが射出される。
赤い光が1本、2本、3本――いや、違う。
ドラグーンから伸びる赤い光が、デブリの影を縫うように広がっていく。
敵の進路へ。
射線の隙間へ。
逃げ道になるはずだった空間へ。
それは攻撃ではなかった。
まだ誰も撃ち抜いていない。
だが、敵の反応は明らかに変わった。
『離れろ!』
『距離を取れ!』
『散開、散開!』
『網を作らせるな!』
ウィンダム隊が慌て始める。
シンは、その理由が分からない。
アスランもすぐには理解できなかった。
だが、敵は知っていた。
これはレギナントの
一度、展開を許せば終わる。
だから逃げようとする。
だが、もう遅い。
ドラグーンは、すでに配置を終えていた。
敵隊長は歯を食いしばる。
「各機散開! 散開しろ!」
通信機に向かって怒鳴る。
しかし、何かがおかしい。
隊形が組めない。
味方同士が邪魔をする。
死角が増える。
射線が重なる。
なぜだ。
なぜ、そうなる。
頭では理解しているはずだった。
レギナントの網に入るな。
赤い光の内側で動くな。
ドラグーンの誘導線を踏むな。
だが、感覚がついてこない。
この空間そのものが敵だということに。
シンはまだ、完全には気づいていなかった。
それでも、確かに感じていた。
動きやすい。
敵が見える。
狙える。
そして、撃てる。
「もらった!」
インパルスのビームライフルが1機を貫く。
爆発の向こうから別の敵が逃げるように飛び出してくる。だが、その進路は最初から開けていたわけではない。赤い光に追われ、デブリを避け、味方機を避けた結果、そこへ押し出されただけだった。
シンは迷わず撃つ。
2機目。
次の敵は上へ逃げる。
逃げた先にはセイバーの射線があった。
「アスラン!」
『見えている!』
セイバーが加速し、変形しながらすれ違いざまに撃つ。
3機目が爆ぜる。
さらに別のウィンダムが、網の外へ出ようと急旋回する。だが、その進路をドラグーンの赤い光が塞いだ。敵は機体を戻すしかない。戻った先に、インパルスがいる。
「何だよこれ!」
シンは思わず笑った。
さっきまでの苦戦が嘘のようだった。
敵が弱くなったわけではない。こちらが急に強くなったわけでもない。
戦場の形が変わったのだ。
敵の逃げ道が潰される。
敵の射線が塞がれる。
敵の次の動きが、こちらの撃ちやすい場所へ流れ込んでくる。
アスランも、それを理解し始めていた。
読めるのではない。
追い込まれている。
敵は自分で逃げているつもりで、レギナントが作った道を走らされている。
「レギナント……いや、セラか」
小さく呟き、アスランはセイバーをさらに加速させる。
閃光。
爆発。
また1機。
シンが正面を崩す。
アスランが側面を断つ。
逃げた敵を赤い光が押し戻し、戻った敵を2機が撃ち抜く。
ウィンダム隊は、包囲しようとしていた。
だが今は違う。
包囲していたはずの側が、分断されている。
追い込んでいたはずの側が、追い立てられている。
戦況は逆転していた。
完全に。
先ほどまで20機以上いたウィンダム隊が、次々と撃墜されていく。逃げることもできない。包囲もできない。もはや戦闘ではない。
狩りだった。
敵隊長は悟った。
負けたのだと。
撤退も難しい。
生還も難しい。
このままでは、1機ずつ削られて終わる。
ならば。
せめて。
「刺し違えてでも、L-31を落とす!」
推進器全開。
隊長機が、レギナントへ向けて一直線に突撃する。
その動きを最初に見つけたのはシンだった。
「待て!」
一瞬、反応が遅れた。
撃ったビームが、敵機の装甲を掠めていく。
アスランも気づくが、距離が遠い。
隊長機は止まらない。
推進剤を焼き尽くすように加速し、レギナントへ一直線に突っ込んでいく。
間に合わない。
セラは、静かに敵機を見ていた。
接近速度。
軌道。
距離。
射線。
残骸の位置。
「敵機、
小さく呟く。
レギナントの腕が、わずかに持ち上がった。
放たれたのは、たった1発だった。
狙ったのはコクピットではない。
突進してくるウィンダムの、推進ユニット。
光が走り、隊長機の背部が弾けた。
機体は姿勢を崩す。
推進光が乱れ、横滑りする。
それで終わるはずだった。
『敵機全滅を確認――あ』
セラの声が、そこで小さく止まった。
制御を失ったウィンダムが、漂っていた味方機の残骸に接触する。
次の瞬間、残っていた推進剤に火が入り、機体が遅れて爆ぜた。
通信に、短い沈黙が落ちる。
「終わった……のか?」
シンが呟く。
『らしいな』
アスランが答える。
その視線の先で、純白のレギナントが静かに浮かんでいた。
まるで最初から何事もなかったかのように。
けれど、通信の向こうのセラだけが、ほんの少しだけ言葉を遅らせた。
『……戦闘終了と判断します』
シンは、最後に爆ぜたウィンダムの残骸を見て顔をしかめる。
「最後のあれ、俺が落とそうと思ってたのに……」
『奇遇だな。俺もだ』
アスランも、珍しく同意した。
数秒の沈黙。
戦果――
インパルス、シン。ウィンダム12機。
セイバー、アスラン。ウィンダム12機。
レギナント、L-31――セラ。ウィンダム6機。
数だけを見れば、セラは2人の半分だった。
だが、シンもアスランも正しく理解している。
この戦場を終わらせた最大の功労者は、間違いなく彼女だった。