機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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19.ミネルバの危機(後編2)

宇宙空間。

 

インパルスのビームライフルが火を吹いた。

閃光が、ウィンダムの真横を掠めていく。

 

「チッ!」

 

シンの表情は晴れない。

 

次の瞬間には、別方向からビームが飛来していた。機体を捻って回避する。さらに別方向から射線が伸びる。避ける。追い払うように撃つ。だが、狙いを定める暇もなく、また別の敵が視界の端へ滑り込む。

 

「まだいるのかよ!」

 

レーダーには無数の敵影。

20機。

 

ただ数が多いだけではない。

相手も理解しているのだ。自分たちに勝つ必要はない。足を止めさせればいい。時間を稼げばいい。

 

だから執拗だった。

 

包囲。

牽制。

離脱。

そして再包囲。

 

撃ち落とされることを恐れていないわけではない。むしろ、落とされる機体を織り込んででも、こちらの時間を奪い続ける動きだった。

 

シンが1機を撃ち抜く。

爆発の光が広がった瞬間、別の2機が死角へ回り込んでいた。

 

「くそっ!」

 

ビームサーベルを抜く。

接近してきた1機を両断する。

 

だが、次が来る。

 

終わらない。

終わりが見えてこない。

 

---

 

セイバーもまた、敵陣の中にいた。

 

アスランは冷静だった。

だが、余裕はない。

 

状況は把握している。

敵の目的は撃破ではない。

拘束だ。

 

そして、それは成功している。

 

「嫌な手だな……」

 

呟きながら、アスランはセイバーを変形させ、迫る射線の間を抜ける。背後へ回り込んだ1機を振り払うように撃ち落とすが、戦況は変わらない。常に一定数の敵が周囲にいる。

 

まるで沼だった。

もがけばもがくほど、足を取られ続ける。

 

しかも、ミネルバとの距離は少しずつ開いている。

 

嫌な予感が消えない。

タリアなら何とかしているはずだ。そう信じたい。

 

だが、信じるしかない状況そのものが危険だった。

 

---

 

その頃、敵の拘束隊長は満足していた。

 

想定以上に上手くいっている。

 

インパルスとセイバー。

どちらも強い。まともに相手をすれば勝ち目は薄い。

 

だが、そんなことは関係ない。

勝つ必要がないのだから。

 

時間を稼げばいい。

それだけで任務は成立する。

 

その時だった。

 

『こちら包囲隊!』

 

通信が飛び込んでくる。

 

『L-31が反乱! レギナント健在! そちらと合流する!』

 

拘束隊長の表情が固まった。

 

「何だと」

 

返答を待つ前に、通信は途切れていた。

 

一瞬、理解が追いつかない。

だが次の瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

L-31が反乱。

レギナント健在。

 

その意味するところは1つだった。

 

「全機、対レギナント戦闘へ移行!」

 

隊長は叫んだ。

 

「密集するな! ドラグーン展開を許すな!」

「赤い照射線を見た機体は即時離脱!」

「射線を重ねるな、味方の退路を塞ぐな!」

 

命令は速かった。

 

彼らはレギナントを知らないわけではない。

L-31を知らないわけでもない。

 

あの機体が何をするか。

あの少女が接続された時、どれほど戦場が変わるか。

彼らは少なくとも、資料としては知っていた。

 

だからこそ、隊形が変わる。

 

拘束のための包囲ではない。

時間稼ぎのための牽制でもない。

 

対レギナント戦闘。

 

敵機群が一斉に距離を取り、互いの射線を外し、ドラグーンの展開範囲を避けるように散り始めた。

 

訓練通りの動きだった。

知識の上では、正しい。

 

だが、遅い。

 

遠方に、純白の機影が見えた。

 

「……あれはセラ?」

 

シンが呟く。

 

レギナント。

間違いなかった。

 

次の瞬間、背部ユニットが開き、ドラグーンが射出される。

 

赤い光が1本、2本、3本――いや、違う。

 

ドラグーンから伸びる赤い光が、デブリの影を縫うように広がっていく。

敵の進路へ。

射線の隙間へ。

逃げ道になるはずだった空間へ。

 

それは攻撃ではなかった。

まだ誰も撃ち抜いていない。

 

だが、敵の反応は明らかに変わった。

 

『離れろ!』

『距離を取れ!』

『散開、散開!』

『網を作らせるな!』

 

ウィンダム隊が慌て始める。

 

シンは、その理由が分からない。

アスランもすぐには理解できなかった。

 

だが、敵は知っていた。

 

これはレギナントの空間支配(クイーンズ・ウェブ)

一度、展開を許せば終わる。

 

だから逃げようとする。

だが、もう遅い。

 

ドラグーンは、すでに配置を終えていた。

 

敵隊長は歯を食いしばる。

 

「各機散開! 散開しろ!」

 

通信機に向かって怒鳴る。

 

しかし、何かがおかしい。

隊形が組めない。

味方同士が邪魔をする。

死角が増える。

射線が重なる。

 

なぜだ。

なぜ、そうなる。

 

頭では理解しているはずだった。

レギナントの網に入るな。

赤い光の内側で動くな。

ドラグーンの誘導線を踏むな。

 

だが、感覚がついてこない。

 

この空間そのものが敵だということに。

 

シンはまだ、完全には気づいていなかった。

それでも、確かに感じていた。

 

動きやすい。

敵が見える。

狙える。

そして、撃てる。

 

「もらった!」

 

インパルスのビームライフルが1機を貫く。

爆発の向こうから別の敵が逃げるように飛び出してくる。だが、その進路は最初から開けていたわけではない。赤い光に追われ、デブリを避け、味方機を避けた結果、そこへ押し出されただけだった。

 

シンは迷わず撃つ。

 

2機目。

 

次の敵は上へ逃げる。

逃げた先にはセイバーの射線があった。

 

「アスラン!」

『見えている!』

 

セイバーが加速し、変形しながらすれ違いざまに撃つ。

3機目が爆ぜる。

 

さらに別のウィンダムが、網の外へ出ようと急旋回する。だが、その進路をドラグーンの赤い光が塞いだ。敵は機体を戻すしかない。戻った先に、インパルスがいる。

 

「何だよこれ!」

 

シンは思わず笑った。

 

さっきまでの苦戦が嘘のようだった。

敵が弱くなったわけではない。こちらが急に強くなったわけでもない。

 

戦場の形が変わったのだ。

 

敵の逃げ道が潰される。

敵の射線が塞がれる。

敵の次の動きが、こちらの撃ちやすい場所へ流れ込んでくる。

 

アスランも、それを理解し始めていた。

 

読めるのではない。

追い込まれている。

 

敵は自分で逃げているつもりで、レギナントが作った道を走らされている。

 

「レギナント……いや、セラか」

 

小さく呟き、アスランはセイバーをさらに加速させる。

 

閃光。

爆発。

また1機。

 

シンが正面を崩す。

アスランが側面を断つ。

逃げた敵を赤い光が押し戻し、戻った敵を2機が撃ち抜く。

 

ウィンダム隊は、包囲しようとしていた。

だが今は違う。

 

包囲していたはずの側が、分断されている。

追い込んでいたはずの側が、追い立てられている。

 

戦況は逆転していた。

完全に。

 

先ほどまで20機以上いたウィンダム隊が、次々と撃墜されていく。逃げることもできない。包囲もできない。もはや戦闘ではない。

 

狩りだった。

 

敵隊長は悟った。

 

負けたのだと。

 

撤退も難しい。

生還も難しい。

このままでは、1機ずつ削られて終わる。

 

ならば。

 

せめて。

 

「刺し違えてでも、L-31を落とす!」

 

推進器全開。

 

隊長機が、レギナントへ向けて一直線に突撃する。

 

その動きを最初に見つけたのはシンだった。

 

「待て!」

 

一瞬、反応が遅れた。

撃ったビームが、敵機の装甲を掠めていく。

 

アスランも気づくが、距離が遠い。

 

隊長機は止まらない。

推進剤を焼き尽くすように加速し、レギナントへ一直線に突っ込んでいく。

 

間に合わない。

 

セラは、静かに敵機を見ていた。

 

接近速度。

軌道。

距離。

射線。

残骸の位置。

 

「敵機、射程内(よそくどおり)

 

小さく呟く。

 

レギナントの腕が、わずかに持ち上がった。

 

放たれたのは、たった1発だった。

狙ったのはコクピットではない。

突進してくるウィンダムの、推進ユニット。

 

光が走り、隊長機の背部が弾けた。

 

機体は姿勢を崩す。

推進光が乱れ、横滑りする。

 

それで終わるはずだった。

 

『敵機全滅を確認――あ』

 

セラの声が、そこで小さく止まった。

 

制御を失ったウィンダムが、漂っていた味方機の残骸に接触する。

次の瞬間、残っていた推進剤に火が入り、機体が遅れて爆ぜた。

 

通信に、短い沈黙が落ちる。

 

「終わった……のか?」

 

シンが呟く。

 

『らしいな』

 

アスランが答える。

その視線の先で、純白のレギナントが静かに浮かんでいた。

 

まるで最初から何事もなかったかのように。

 

けれど、通信の向こうのセラだけが、ほんの少しだけ言葉を遅らせた。

 

『……戦闘終了と判断します』

 

シンは、最後に爆ぜたウィンダムの残骸を見て顔をしかめる。

 

「最後のあれ、俺が落とそうと思ってたのに……」

『奇遇だな。俺もだ』

 

アスランも、珍しく同意した。

 

数秒の沈黙。

 

戦果――

 

インパルス、シン。ウィンダム12機。

セイバー、アスラン。ウィンダム12機。

レギナント、L-31――セラ。ウィンダム6機。

 

数だけを見れば、セラは2人の半分だった。

 

だが、シンもアスランも正しく理解している。

 

この戦場を終わらせた最大の功労者は、間違いなく彼女だった。

 

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