機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
インパルスとザクファントムは、所属不明艦へ向けてゆっくりと接近していた。
周囲に戦闘の気配はない。
熱源も最低限。
見た目だけなら、ただの旧式輸送艦だった。
「……やっぱ普通の輸送船じゃないのか?」
シンが、軽く機体を傾けながら呟く。
『どうだろうな。だが、こういう連中は珍しくない』
「違法輸送とか、密航屋とか?」
『その辺りだろう』
レイの声は、いつも通り落ち着いていた。
シンも小さく肩をすくめる。
実際、こういう任務は初めてではない。
所属不明艦。
非合法の輸送船。
航路申請をごまかして逃げようとする艦。
どれも、珍しい話ではなかった。
大抵は、停船と武装解除を要求すれば終わる。
抵抗されても、小火器か、せいぜい旧式の護衛機が出てくる程度だ。
だからこの時点で、シンたちの警戒は最低限だった。
『所属不明艦へ再通達』
ミネルバから、タリアの声が入る。
『武装解除および停船を要求する。応じない場合、強制臨検へ移行する』
だが、返答はなかった。
大型艦は進路を変えず、そのまま航行を続けている。
「感じ悪ぃな……」
シンがぼやいた、その時だった。
輸送艦の側面装甲が、ゆっくりと開いていく。
『……MSハッチ開放確認』
レイが即座に反応した。
次の瞬間。
白い機体が、静かに宇宙へ滑り出した。
「白い……MS?」
シンは思わず目を細める。
現れた機体は、異様だった。
細く、どこか女性的なシルエット。
腰部から広がる純白の大型スカート装甲が、暗い宇宙の中で妙にはっきりと浮かび上がっている。
ただの護衛機には見えなかった。
戦場に出てきたというより、最初からそこに立つことを許されていたような姿だった。
白い女王。
その言葉が、シンの頭をよぎった。
『新型機……?』
珍しく、レイの声にもわずかな警戒が混じる。
シンも自然と機体の姿勢を整えた。
だが、まだ敵だと決まったわけではない。
所属不明艦が護衛MSを出してきた。
この段階では、それだけだった。
「ミネルバ、
『こちらでも確認している』
タリアの声が返る。
『両機は警戒を維持。先制攻撃は禁止』
「了解」
白い機体は動かない。
ただ、所属不明艦の前に浮かんでいる。
それだけなのに、妙な圧があった。
その背後で、大型スカート装甲がわずかに開く。
次の瞬間。
八つの白い光が、宇宙へ解き放たれた。
「ドラグーン!?」
シンが目を見開く。
小型端末は一気に散開し、インパルスとザクファントムを囲むように位置を取った。
『オールレンジ兵器か……!』
レイが距離を取る。
だが、ドラグーンは撃ってこなかった。
代わりに、細い赤い光が宇宙空間へ走る。
1本。
2本。
3本。
まるで、何もない空間に線を引いていくように。
「なんだ、これ……?」
シンが眉を寄せる。
インパルスがわずかに進路を変えた。
その先にあった赤い線に、機体の肩が触れかける。
瞬間、ドラグーンが閃いた。
「っ!?」
高出力ビームが、インパルスの脇を掠める。
シンは反射的に機体を捻った。
だが、避けた先にも赤い線がある。
さらに別方向からビーム。
「うおっ!?」
爆光が視界を埋めた。
インパルスは、半ば押し出されるように進路を変えさせられる。
『シン!』
レイが援護射撃を放つ。
だが、白い機体そのものは動かない。
動いているのはドラグーンだけ。
増えていくのは、赤い線だけだった。
「こいつ……!」
撃たれている。
なのに、狙われている場所が微妙に違う。
落としに来ているのではない。
進ませないために、撃っている。
その時、オープン回線が開いた。
『警告します』
少女の声だった。
シンの動きが、一瞬だけ鈍る。
幼い声だった。
あまりにも、幼い。
『本艦への接近、および追跡行為を停止してください』
『継続する場合、阻止行動へ移行します』
『繰り返します。本艦への接近、および追跡行為を――』
「……は?」
シンの眉が歪む。
反射的にスロットルを緩めた。
子供の声。
だが、その口調には震えも迷いもない。
まるで機械が、決められた文章を読み上げているようだった。
「なんだよ……その喋り方」
『シン、刺激するな』
レイの声に、シンは舌打ちを飲み込んだ。
まだ撃ち合いは本格化していない。
相手も、警告と言っている。
なら、こちらから無理に火をつける必要はなかった。
シンはインパルスの推力を落とし、輸送艦の正面から外れる。
側面へ回り込むように、機体を動かした。
「レイ、俺が横から見る」
『無茶はするな』
「分かってるよ」
その瞬間、赤い線が動いた。
インパルスの進行方向へ、先回りするように滑り込む。
「……!」
シンが機体を止める。
赤い線も止まった。
もう一度、横へ動く。
また線が動く。
進路だけを、塞いでくる。
『接近継続を確認』
『クイーンズ・ウェブ、維持します』
少女の声が、淡々と告げた。
「クイーンズ……なんだって?」
直後、複数のドラグーンが位置を変えた。
赤い線が、一気に増える。
前方。
右。
上。
そして下。
動ける場所が、急に狭くなった。
「っ!」
シンは機体をひねり、わずかな隙間を抜けようとする。
だが、そこへ新しい線が走る。
触れる。
ビームが来る。
避ける。
また線がある。
「くそっ!」
インパルスが急制動をかける。
警告音が鳴った。
『シン、進路を固定されるな!』
レイが叫ぶ。
ザクファントムの射撃が、ドラグーンのひとつを追う。
だが、端末はするりと逃げた。
代わりに別の端末が、シンの行く先へ線を引く。
白いMSは、まだほとんど動いていない。
それなのに、インパルスは近づけない。
シンは奥歯を噛んだ。
ようやく分かってきた。
この機体は、艦を守っている。
こちらを倒すためではなく、近づけさせないために。
「艦を守ってるのか……!」
インパルスが、わずかに前へ出る。
赤線接触。
即座にビーム。
「ぐっ!」
シンは機体を捻った。
だが、避けた先にも次の線がある。
火線。
赤い線。
また火線。
回避するたびに、次の逃げ場が消えていく。
その瞬間、インパルスの左肩をビームが掠めた。
警告音。
火花。
小さな衝撃。
シンの表情が変わる。
今ので分かった。
これは、ただの護衛機ではない。
違法輸送船の用心棒でも、
白い機体は、静かにそこにいる。
動かず、騒がず、ただ進路だけを奪ってくる。
「……じゃあなんなんだよ、こいつは」