機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
レギナントがミネルバへ帰投した瞬間、格納庫は歓声に包まれた。
それは、普段の帰還時とは比べものにならないほど大きなものだった。整備員たちが手を振り、補給班のクルーたちが拍手を送る。中には口笛を吹いている者までいた。
「おおっ!」
「帰ってきたぞ!」
「助かった!」
「よくやった!」
純白のレギナントが格納庫へ降り立つ。
損傷した左側スカート装甲は、そのままだった。応急処置の痕も、露出したフレームも残っている。だが今は、それすら戦場から帰ってきた証のように見えた。
戦闘を知らない者はいない。
包囲されたミネルバ。
その窮地を救ったのがレギナントだったことを。
そして、そのレギナントに乗っていたのがセラだったことを。
コクピットハッチが開く。
セラが姿を現した瞬間、歓声はさらに大きくなった。
だが、その歓声を浴びている本人だけが無表情だった。照れる様子もない。喜ぶ様子もない。ただ、周囲を見回している。その様子は、何かを探しているようにも見えた。
「すごいな……まるで英雄扱いだ」
少し離れた場所で、シンが呟く。
「実際そうだろう」
隣のアスランが答えた。
「レギナントが来なければ、戦況はもっと危なかった」
「それはそうなんだけどさ」
シンは苦笑しながら、セラへ視線を向ける。
「あいつ、全然分かってなさそうだぞ」
その言葉に、アスランも同じ方向を見る。
確かに、その通りだった。
歓声の中心にいるはずの少女の表情は、まるで上の空だった。
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格納庫を出て艦橋へ向かう途中も、状況は変わらなかった。
通路ですれ違うクルーたちが、次々に声を掛けてくる。
「助かったよ」
「ありがとう」
「お疲れ様」
「今夜は食堂が騒がしくなりそうだな」
誰もが笑顔だった。
ミネルバは助かった。
それが、すべてだった。
だが、それらにセラはほとんど反応していない。
正確には、返事を返す余裕がないように見えた。歩く速度が少しだけ速い。視線も定まっていない。何かを考え込んでいるようだった。
「おい」
シンが横から声を掛ける。
セラが振り向いた。
「大丈夫か?」
「問題ありません」
即答だった。
だがシンは、首を傾げる。
いつもと変わらない無表情。
いつもと変わらない返答。
それでも、何かが違う。
問題がない人間は、こんな顔をしない。
そう思ったが、それ以上は何も言わなかった。
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艦橋では、タリアが3人を迎えた。
報告は簡潔だった。
敵機、全機撃墜。
戦果、シンが12機、アスランが12機、そしてセラが6機。
ミネルバの損害は軽微。
ルナマリアとレイも、無事に回収済み。
それを聞いたタリアは、小さく頷いた。
「ご苦労だった」
まず、シンとアスランへ。
そして最後に、セラの方へ身体を向ける。
数秒の沈黙。
それから、タリアは敬礼した。
「よくやった」
ただ一言だった。
艦長としての言葉だった。
けれど、その声はいつもより少しだけ柔らかかった。
その瞬間、セラの肩がわずかに揺れる。
本当にわずかに。
だが、メイリンは見逃さなかった。
何かがおかしい。
戦闘中よりも。
神経接続の時よりも。
今の方が、ずっとおかしい。
「以上です」
セラは一礼する。
それから、どこか覚束ない足取りで艦橋を後にした。まるで、慣れない重力下を歩いているようだった。
扉が閉まる。
しばらく、誰も何も言わなかった。
「……」
「……」
やがてメイリンが口を開く。
「何か変じゃありませんでした?」
「変だったな」
シンが即答した。
アスランも頷いている。
その時だった。
艦橋の扉が勢いよく開く。
「艦長!」
飛び込んできたのは、警備兵だった。
「どうした」
「あの子、営倉に戻ってます!」
一瞬、艦橋全体が静まり返った。
そして。
「あ」
タリアが固まる。
アーサーも固まる。
数秒後、アーサーがゆっくり顔を上げた。
「艦長」
「……何だ」
「個室」
「……」
「まだ割り当ててませんよね?」
タリアは、無言で額を押さえた。
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数日後。
メイリンは、セラの個室の前に立っていた。
ノックする。
返事はない。
もう一度。
やはり返事はない。
扉を開く。
誰もいなかった。
「また?」
最近、ずっとそうだった。
部屋にいない。
食堂にもいない。
談話室にもいない。
訓練室にもいない。
艦内を探し回り、最後に辿り着いたのは格納庫だった。
「ああ」
整備員が、工具を片手に言う。
「L-31ならあそこだ」
指差す先には、純白のレギナントがある。
メイリンは嫌な予感を覚えた。
「まさか」
「コクピットだよ」
メイリンは、呆れながらタラップを上った。
開いたハッチから中を覗き込む。
そこには、セラがいた。
シートに身を預けている。
眠っているわけでもない。
ただ、静かに座っていた。
「セラ」
呼び掛ける。
セラが顔を上げた。
「メイリン」
「なんでこんなところにいるの?」
「待機中です」
「待機?」
「出撃命令を待っています」
あまりにも当然のように言うので、メイリンは頭を抱えたくなった。
「部屋で休めばいいじゃない」
「その必要性を感じません」
「なんで?」
セラは、少し考えてから答えた。
「先の戦闘以降、過剰かつ不明確な評価を受けています」
「周囲の評価基準が理解できません」
また、その言葉だった。
「戦果はシンおよびアスランの方が高かったにもかかわらずです」
「よって、評価対象となった行動が特定できません」
真面目な顔だった。
本気で悩んでいるらしい。
メイリンは、そこでようやく理解する。
この子は、本当に分かっていないのだ。
誰も戦果を比べていない。
誰も撃墜数だけを数えていない。
みんなが言いたかったのは、別のことだった。
「セラ」
「はい」
「みんなはね……」
メイリンは少し考える。
うまい説明は思いつかなかった。
だから、一番簡単な言葉を選んだ。
「ありがとうって言いたかっただけだよ」
セラは、数秒考え込んだ。
それから、格納庫を見下ろす。
忙しそうに行き交う整備員たち。
工具を抱えたまま談笑するクルーたち。
あの日、自分へ向けられていた歓声。
それらを1つずつ整理するように、セラの視線が動く。
そして最後に、メイリンの目を見た。
「なるほど」
メイリンの表情が、少しだけ明るくなる。
「理解度は2割程度です」
「2割……? 少なくない!?」
「それは評価基準ではありません」
至極真面目な返答だった。
メイリンは、思わず笑ってしまう。
「そうだね」
確かに、その通りだった。
だが、だからこそ。
この子はまだ、何も分かっていないのだろう。
純白のレギナントのコクピット。
そこに座る少女は、戦場を覆した英雄。
けれど、艦内中から向けられる感謝の意味だけは、まだ理解できていない。