機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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20.崩れ行く評価

レギナントがミネルバへ帰投した瞬間、格納庫は歓声に包まれた。

 

それは、普段の帰還時とは比べものにならないほど大きなものだった。整備員たちが手を振り、補給班のクルーたちが拍手を送る。中には口笛を吹いている者までいた。

 

「おおっ!」

「帰ってきたぞ!」

「助かった!」

「よくやった!」

 

純白のレギナントが格納庫へ降り立つ。

 

損傷した左側スカート装甲は、そのままだった。応急処置の痕も、露出したフレームも残っている。だが今は、それすら戦場から帰ってきた証のように見えた。

 

戦闘を知らない者はいない。

 

包囲されたミネルバ。

その窮地を救ったのがレギナントだったことを。

そして、そのレギナントに乗っていたのがセラだったことを。

 

コクピットハッチが開く。

 

セラが姿を現した瞬間、歓声はさらに大きくなった。

 

だが、その歓声を浴びている本人だけが無表情だった。照れる様子もない。喜ぶ様子もない。ただ、周囲を見回している。その様子は、何かを探しているようにも見えた。

 

「すごいな……まるで英雄扱いだ」

 

少し離れた場所で、シンが呟く。

 

「実際そうだろう」

 

隣のアスランが答えた。

 

「レギナントが来なければ、戦況はもっと危なかった」

「それはそうなんだけどさ」

 

シンは苦笑しながら、セラへ視線を向ける。

 

「あいつ、全然分かってなさそうだぞ」

 

その言葉に、アスランも同じ方向を見る。

 

確かに、その通りだった。

歓声の中心にいるはずの少女の表情は、まるで上の空だった。

 

---

 

格納庫を出て艦橋へ向かう途中も、状況は変わらなかった。

 

通路ですれ違うクルーたちが、次々に声を掛けてくる。

 

「助かったよ」

「ありがとう」

「お疲れ様」

「今夜は食堂が騒がしくなりそうだな」

 

誰もが笑顔だった。

 

ミネルバは助かった。

それが、すべてだった。

 

だが、それらにセラはほとんど反応していない。

 

正確には、返事を返す余裕がないように見えた。歩く速度が少しだけ速い。視線も定まっていない。何かを考え込んでいるようだった。

 

「おい」

 

シンが横から声を掛ける。

 

セラが振り向いた。

 

「大丈夫か?」

「問題ありません」

 

即答だった。

 

だがシンは、首を傾げる。

 

いつもと変わらない無表情。

いつもと変わらない返答。

 

それでも、何かが違う。

 

問題がない人間は、こんな顔をしない。

 

そう思ったが、それ以上は何も言わなかった。

 

---

 

艦橋では、タリアが3人を迎えた。

 

報告は簡潔だった。

 

敵機、全機撃墜。

戦果、シンが12機、アスランが12機、そしてセラが6機。

ミネルバの損害は軽微。

ルナマリアとレイも、無事に回収済み。

 

それを聞いたタリアは、小さく頷いた。

 

「ご苦労だった」

 

まず、シンとアスランへ。

 

そして最後に、セラの方へ身体を向ける。

 

数秒の沈黙。

 

それから、タリアは敬礼した。

 

「よくやった」

 

ただ一言だった。

 

艦長としての言葉だった。

けれど、その声はいつもより少しだけ柔らかかった。

 

その瞬間、セラの肩がわずかに揺れる。

 

本当にわずかに。

だが、メイリンは見逃さなかった。

 

何かがおかしい。

 

戦闘中よりも。

神経接続の時よりも。

 

今の方が、ずっとおかしい。

 

「以上です」

 

セラは一礼する。

 

それから、どこか覚束ない足取りで艦橋を後にした。まるで、慣れない重力下を歩いているようだった。

 

扉が閉まる。

 

しばらく、誰も何も言わなかった。

 

「……」

「……」

 

やがてメイリンが口を開く。

 

「何か変じゃありませんでした?」

「変だったな」

 

シンが即答した。

 

アスランも頷いている。

 

その時だった。

艦橋の扉が勢いよく開く。

 

「艦長!」

 

飛び込んできたのは、警備兵だった。

 

「どうした」

「あの子、営倉に戻ってます!」

 

一瞬、艦橋全体が静まり返った。

 

そして。

 

「あ」

 

タリアが固まる。

アーサーも固まる。

 

数秒後、アーサーがゆっくり顔を上げた。

 

「艦長」

「……何だ」

「個室」

「……」

「まだ割り当ててませんよね?」

 

タリアは、無言で額を押さえた。

 

---

 

数日後。

 

メイリンは、セラの個室の前に立っていた。

 

ノックする。

返事はない。

 

もう一度。

やはり返事はない。

 

扉を開く。

 

誰もいなかった。

 

「また?」

 

最近、ずっとそうだった。

 

部屋にいない。

食堂にもいない。

談話室にもいない。

訓練室にもいない。

 

艦内を探し回り、最後に辿り着いたのは格納庫だった。

 

「ああ」

 

整備員が、工具を片手に言う。

 

「L-31ならあそこだ」

 

指差す先には、純白のレギナントがある。

 

メイリンは嫌な予感を覚えた。

 

「まさか」

「コクピットだよ」

 

メイリンは、呆れながらタラップを上った。

 

開いたハッチから中を覗き込む。

そこには、セラがいた。

 

シートに身を預けている。

眠っているわけでもない。

ただ、静かに座っていた。

 

「セラ」

 

呼び掛ける。

 

セラが顔を上げた。

 

「メイリン」

「なんでこんなところにいるの?」

「待機中です」

「待機?」

「出撃命令を待っています」

 

あまりにも当然のように言うので、メイリンは頭を抱えたくなった。

 

「部屋で休めばいいじゃない」

「その必要性を感じません」

「なんで?」

 

セラは、少し考えてから答えた。

 

「先の戦闘以降、過剰かつ不明確な評価を受けています」

「周囲の評価基準が理解できません」

 

また、その言葉だった。

 

「戦果はシンおよびアスランの方が高かったにもかかわらずです」

「よって、評価対象となった行動が特定できません」

 

真面目な顔だった。

本気で悩んでいるらしい。

 

メイリンは、そこでようやく理解する。

 

この子は、本当に分かっていないのだ。

 

誰も戦果を比べていない。

誰も撃墜数だけを数えていない。

 

みんなが言いたかったのは、別のことだった。

 

「セラ」

「はい」

「みんなはね……」

 

メイリンは少し考える。

 

うまい説明は思いつかなかった。

だから、一番簡単な言葉を選んだ。

 

「ありがとうって言いたかっただけだよ」

 

セラは、数秒考え込んだ。

 

それから、格納庫を見下ろす。

 

忙しそうに行き交う整備員たち。

工具を抱えたまま談笑するクルーたち。

あの日、自分へ向けられていた歓声。

 

それらを1つずつ整理するように、セラの視線が動く。

 

そして最後に、メイリンの目を見た。

 

「なるほど」

 

メイリンの表情が、少しだけ明るくなる。

 

「理解度は2割程度です」

「2割……? 少なくない!?」

「それは評価基準ではありません」

 

至極真面目な返答だった。

 

メイリンは、思わず笑ってしまう。

 

「そうだね」

 

確かに、その通りだった。

 

だが、だからこそ。

この子はまだ、何も分かっていないのだろう。

 

純白のレギナントのコクピット。

そこに座る少女は、戦場を覆した英雄。

 

けれど、艦内中から向けられる感謝の意味だけは、まだ理解できていない。

 

 

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