機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
L1宙域補給コロニー。
正式名称よりも、ザフトの艦乗り達はそこを単に「中継港」と呼ぶことが多かった。
プラント本国へ向かう航路上に存在する補給拠点の一つ。
巨大な円筒型のドックには複数の補給艦が接続され、
外壁には推進剤タンクや貨物コンテナが規則正しく並んでいる。
軍港というよりも、宇宙空間に浮かぶ巨大な倉庫のようだった。
ミネルバはそこへ接舷し、西ルートへ入る前の最後の補給を受けていた。
格納庫では物資搬入用のコンテナが次々と運び込まれ、
整備員達の声と作業機械の駆動音が絶え間なく響いている。
弾薬、推進剤、予備部品、医療物資、食料。積めるものは全て積む。
それが今回の補給方針だった。
西ルートを選ぶということは、しばらく補給を期待できないということでもある。
だからこそ、艦内の空気はどこか慌ただしかった。
その中で、純白のレギナントだけは静かに半跪していた。
左部スカート装甲を失った姿のまま、整備架台に固定されている。
周囲には整備員が集まり、外部装甲の損傷確認や推進ユニットの調整を行っていたが、
機体そのものにはどこか触れにくい空気があった。
そのコクピットから、セラを引きづり出したのはメイリンとルナマリアだった。
「はい、今日はもう待機終わり」
「現在、出撃命令は発令されていません」
「だから終わりなの!」
ルナマリアがそう言って、セラの腕を引く。
メイリンも反対側から軽く背中を押した。
「補給中なんだから、ちゃんと休まないと。あと、衛生区画も使って」
「衛生管理は規定通り実施しています」
「じゃあ今日も実施しましょう」
「了解しました」
返答だけは素直だった。
だがその足取りは、まるで任務に向かう者のそれだった。
メイリンとルナマリアは顔を見合わせ、同時に小さくため息をついた。
*****
ミネルバの衛生区画は、居住ブロックの奥にある。
軍艦である以上、広い浴場などあるはずもない。
並んでいるのは個別のシャワーブースと、簡易的な脱衣スペース、備え付けの洗面台。
それだけだ。
それでも、長時間の勤務や戦闘明けには十分ありがたい場所だった。
ルナマリアは先にシャワーを終え、タオルで髪を拭きながら壁際に寄りかかっていた。
「まったく、何で毎回あのコクピットに戻るのかしらね」
「落ち着くんじゃない?」
メイリンが答える。
「落ち着くって、あんな狭い場所で?」
「セラにとってはそうなのかも」
「……それが問題なんじゃないの?」
ルナマリアの言葉に、メイリンはすぐには返せなかった。
その時だった。
隣のブースから小さな物音がした。
何かが壁に触れたような音。
続いて、シャワーの水音が乱れる。
「セラ?」
メイリンが声を掛ける。
返事はない。
ルナマリアが眉をひそめ、すぐにブースの方へ向かった。
「セラ、開けるわよ」
扉を少し開けた瞬間、ルナマリアの表情が変わった。
セラは壁に片手をつき、身体を支えていた。
顔が上気している。呼吸も少し浅い。
「ちょっと、大丈夫!?」
「問題ありません」
いつもの返答。
だがその声には、ほんの僅かに間があった。
ルナマリアが慌てて身体を支える。
その時、濡れた背中が見えた。
言葉が止まる。
肩甲骨の周辺から背筋に沿って、いくつもの赤い痕が残っていた。
針の跡を中心に、皮膚が熱を持ったように腫れている。
細い線ではない。
点でもない。接続箇所を中心に、炎症が広がっていた。
メイリンもそれを見て、息を呑んだ。
「……なに、これ」
「神経接続後の通常反応です」
セラは淡々と答えた。
「通常って……!」
ルナマリアの声が強くなる。
だがセラは表情を変えない。
「起動手順に含まれる反応です。運用上、問題ありません」
「問題あるでしょ!」
ルナマリアが叫ぶ。
メイリンはすぐに通信端末を取った。
「医療班、衛生区画までお願いします。急いでください」
診断は長くかからなかった。
医療班の判断は、神経接続による接続痕の炎症。
急性の発熱反応と皮膚損傷。安静と冷却、通常の消炎処置が必要。
ただし、問題はそこではなかった。
「これ、毎回なの?」
メイリンが尋ねる。
セラはベッドの端に座ったまま、静かに頷いた。
「神経接続後には発生します」
「どうして言わなかったのよ」
ルナマリアが問い詰める。
「報告対象ではありません」
「報告対象じゃないって……!」
「起動手順に含まれるため、異常として処理していません」
その場にいた全員が黙った。
セラだけが何も変わらない。
そのことが、余計に重かった。
メイリンは少し迷ってから、さらに尋ねた。
「研究所にいた時も、こうだったの?」
セラの視線がわずかに動く。
「関連情報は機密事項に該当します」
「セラ」
「回答権限が確認できません」
そこで会話は止まった。
*****
報告を受けたタリアが来たのは、それから間もなくのことだった。
医療区画に入ってきた彼女は、診断結果を確認し、セラの背中の炎症痕を見た。
表情は大きく変わらない。
だが空気は変わった。
「セラ」
「はい」
「艦長権限で質問します。
研究所では、この炎症に対してどのような処置を行っていたの?」
セラは数秒沈黙した。
そして答えた。
「研究所では、専用薬剤による処置が行われていました」
「専用薬剤?」
「炎症の抑制ではなく、接続痕の消失を目的としたものです。
処置後、一定時間内に炎症反応は消失していました」
メイリンが息を止める。
ルナマリアも言葉を失った。
医療班の一人が小さく首を振る。
ミネルバにはそんな薬剤はない。
そんな設備もない。
できるのは冷却と消炎剤、経過観察だけだった。
タリアはしばらく黙っていた。
そして、静かに告げる。
「セラ、炎症が引くまでレギナントの起動を禁じます」
セラの顔が上がる。
「レギナントの起動を?」
「そうよ」
「現行状態でも起動は可能です」
「接続不良による事故を避けるための命令です」
タリアの声は冷静だった。
「炎症が残った状態で神経接続を繰り返せば、接続精度に影響が出る可能性がある。
あなた自身が問題ないと言っても、艦長として許可できません」
セラは返答しなかった。
いつものようにすぐ「了解しました」とは言わない。
ほんの数秒。
それだけの沈黙。
やがて、肩がわずかに下がった。
「……了解しました」
小さな声だった。
それ以上、何も言わなかった。
*****
その後も、セラはまたレギナントのコクピットに戻った。
出撃禁止を命じられているにも関わらずである。
ただ、起動はしない。
狭いコクピットの中で、シートに身を預けているだけだった。
メイリンは格納庫の床からそれを見上げていた。
「何か、できないかな」
隣でルナマリアが腕を組む。
「医療班でも無理なんでしょ?」
「うん。でも、このまま毎回あんなことになるのは……」
そこで声がした。
「何の話だ?」
振り向くと、ヨウランとヴィーノが立っていた。
作業着姿の二人は、ちょうどレギナントの整備区画へ向かう途中だったらしい。
ヴィーノは警戒するように眉をひそめたが、ヨウランの方は明らかに興味を示していた。
メイリンは少し迷う。
だが、二人はレギナントの整備に関わっている。
接続針の存在も知っている。
全てを話す必要はない。
けれど、必要なことだけなら話せる。
「神経接続の時の身体への負担を、少しでも減らせないかなって」
「身体への負担?」
「接続針の位置とか角度とか、毎回少しでもズレたら炎症が悪化するかもしれないって。
だから、固定する補助具みたいなものが作れないかと思って」
ヴィーノが少し考え込む。
「完全に別の操縦系を作るのは無理だぞ」
「そこまでは考えてない。神経接続そのものは残す。
でも、刺さる位置や深度を安定させるだけでも違うかもしれない」
その言葉を聞いた瞬間。
「なるほどな」
ヨウランの顔が変わった。
我が意を得たり、という表情だ。
ヴィーノが嫌な予感を覚えた顔をする。
「おい?」
「無用な接触は禁止、だったよな」
「おい!?」
「だったら用件があればいい」
「お前、それを今ここで言うな!」
ヨウランはレギナントを見上げる。
その視線の先には、開いたままのコクピットがあった。
「接続補助具の試作。立派な整備業務だ」
「動機が不純すぎる…」
「結果が良ければ問題ない」
「問題しかないだろ……」
ヴィーノは頭を抱えた。
メイリンはそんな二人を見て、少しだけ困ったように笑う。
ルナマリアは呆れたように肩をすくめた。
レギナントのコクピットの中で、セラは何も言わない。
ただ、格納庫の喧騒だけがいつも通りに響いていた。