機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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22.女王の呪い1

L1宙域補給コロニー。

 

正式名称で呼ぶ者は少ない。

ザフトの艦乗りたちは、そこを単に「中継港」と呼ぶことが多かった。

 

プラント本国へ向かう航路上に存在する補給拠点の1つ。巨大な円筒型ドックには複数の補給艦が接続され、外壁には推進剤タンクや貨物コンテナが規則正しく並んでいる。

 

軍港というより、宇宙空間に浮かぶ巨大な倉庫に近かった。

 

ミネルバはそこへ接舷し、西ルートへ入る前の最後の補給を受けていた。格納庫では物資搬入用のコンテナが次々と運び込まれ、整備員たちの声と作業機械の駆動音が絶え間なく響いている。

 

弾薬。

推進剤。

予備部品。

医療物資。

食料。

 

積めるものは、すべて積む。

それが今回の補給方針だった。

 

西ルートを選ぶということは、しばらく補給を期待できないということでもある。だからこそ、艦内の空気はどこか慌ただしかった。

 

その中で、純白のレギナントだけは静かに立っていた。

 

左側スカート装甲を失った姿のまま、整備架台に固定されている。周囲には整備員が集まり、外部装甲の損傷確認や推進ユニットの調整を行っていたが、機体そのものにはどこか触れにくい空気があった。

 

艦を救った女王。

だが、その代償を、まだ誰も正しく知らない。

 

そのコクピットからセラを引きずり出したのは、メイリンとルナマリアだった。

 

「はい、今日はもう待機終わり」

「現在、出撃命令は発令されていません」

「だから終わりなの!」

 

ルナマリアがそう言って、セラの腕を引く。メイリンも反対側から軽く背中を押した。

 

「補給中なんだから、ちゃんと休まないと。あと、衛生区画も使って」

「衛生管理は規定通り実施しています」

「じゃあ今日も実施しましょう」

「了解しました」

 

返答だけは素直だった。

だがその足取りは、まるで任務へ向かう者のそれだった。

 

メイリンとルナマリアは顔を見合わせ、同時に小さくため息をついた。

 

---

 

ミネルバの衛生区画は、居住ブロックの奥にある。

 

軍艦である以上、広い浴場などあるはずもない。並んでいるのは個別のシャワーブースと、簡易的な脱衣スペース、備え付けの洗面台。それだけだ。

 

それでも、長時間の勤務や戦闘明けには十分ありがたい場所だった。

 

ルナマリアは先にシャワーを終え、タオルで髪を拭きながら壁際に寄りかかっていた。

 

「まったく、なんで毎回あのコクピットに戻るのかしらね」

「落ち着くんじゃない?」

 

メイリンが答える。

 

「落ち着くって、あんな狭い場所で?」

「セラにとっては、そうなのかも」

「……それが問題なんじゃないの?」

 

ルナマリアの言葉に、メイリンはすぐには返せなかった。

 

その時だった。

 

隣のブースから、小さな物音がした。

何かが壁に触れたような音。

 

続いて、シャワーの水音が乱れる。

 

「セラ?」

 

メイリンが声を掛ける。

 

返事はない。

 

ルナマリアが眉をひそめ、すぐにブースの方へ向かった。

 

「セラ、開けるわよ」

 

扉を少し開けた瞬間、ルナマリアの表情が変わった。

 

セラは壁に片手をつき、身体を支えていた。濡れた髪が頬に張りつき、顔が上気している。呼吸も浅い。

 

「ちょっと、大丈夫!?」

 

「問題ありません」

 

いつもの返答。

だがその声には、ほんのわずかに間があった。

 

ルナマリアが慌てて身体を支える。

 

その時、濡れた背中が見えた。

 

言葉が止まる。

 

肩甲骨の周辺から背筋に沿って、いくつもの赤い痕が残っていた。針の跡を中心に、皮膚が熱を持ったように腫れている。細い線ではない。点でもない。接続箇所を中心に、炎症が広がっていた。

 

メイリンもそれを見て、息を呑んだ。

 

「……なに、これ」

 

「神経接続後の通常反応です」

 

セラは淡々と答えた。

 

「通常って……!」

 

ルナマリアの声が強くなる。

だがセラは、表情をほとんど変えない。

 

「起動手順に含まれる反応です。運用上、問題ありません」

「問題あるでしょ!」

 

ルナマリアが叫ぶ。

 

メイリンはすぐに通信端末を取った。

 

「医療班、衛生区画までお願いします。急いでください」

 

診断は長くかからなかった。

 

神経接続による接続痕の炎症。

急性の発熱反応と皮膚損傷。

安静と冷却、通常の消炎処置が必要。

 

ただし、問題はそこではなかった。

 

「これ、毎回なの?」

 

メイリンが尋ねる。

 

セラはベッドの端に座ったまま、静かに頷いた。

 

「神経接続後には発生します」

「どうして言わなかったのよ」

 

ルナマリアが問い詰める。

 

「報告対象ではありません」

「報告対象じゃないって……!」

「起動手順に含まれるため、異常として処理していません」

 

その場にいた全員が黙った。

 

セラだけが、何も変わらない。

そのことが、余計に重かった。

 

メイリンは少し迷ってから、さらに尋ねた。

 

「研究所にいた時も、こうだったの?」

 

セラの視線が、わずかに動く。

 

「関連情報は機密事項に該当します」

「セラ」

「回答権限が確認できません」

 

そこで会話は止まった。

 

---

 

報告を受けたタリアが来たのは、それから間もなくのことだった。

 

医療区画に入ってきた彼女は、診断結果を確認し、セラの背中の炎症痕を見た。

 

表情は大きく変わらない。

 

だが、空気は変わった。

 

「セラ」

「はい」

「艦長権限で質問します。研究所では、この炎症に対してどのような処置を行っていたの?」

 

セラは数秒沈黙した。

そして答えた。

 

「研究所では、専用薬剤による処置が行われていました」

「専用薬剤?」

「炎症の抑制ではなく、接続痕の消失を目的としたものです。処置後、一定時間内に炎症反応は消失していました」

 

メイリンが息を止める。

ルナマリアも言葉を失った。

 

医療班の1人が、小さく首を振る。

 

ミネルバには、そんな薬剤はない。

そんな設備もない。

 

できるのは冷却と消炎剤、そして経過観察だけだった。

 

タリアは、しばらく黙っていた。

 

そして、静かに告げる。

 

「炎症が引くまで、レギナントの起動を禁じます」

 

セラの顔が上がる。

 

「レギナントの起動を?」

「そうよ」

「現行状態でも起動は可能です」

「接続不良による事故を避けるための命令です」

 

タリアの声は冷静だった。

 

「炎症が残った状態で神経接続を繰り返せば、接続精度に影響が出る可能性がある。あなた自身が問題ないと言っても、艦長として許可できません」

 

セラは返答しなかった。

 

いつものように、すぐ「了解しました」とは言わない。

 

ほんの数秒。

それだけの沈黙。

 

やがて、肩がわずかに下がった。

 

「……了解しました」

 

小さな声だった。

 

それ以上、何も言わなかった。

 

---

 

その後、セラはまたレギナントのコクピットに戻った。

 

出撃禁止を命じられているにもかかわらず、である。

 

ただ、起動はしない。

狭いコクピットの中で、シートに身を預けているだけだった。

 

メイリンは、格納庫の床からそれを見上げていた。

 

「何か、できないかな」

 

隣でルナマリアが腕を組む。

 

「医療班でも無理なんでしょ?」

「うん。でも、このまま毎回あんなことになるのは……」

 

そこで声がした。

 

「何の話だ?」

 

振り向くと、ヨウランとヴィーノが立っていた。

 

作業着姿の2人は、ちょうどレギナントの整備区画へ向かう途中だったらしい。ヴィーノは警戒するように眉をひそめたが、ヨウランの方は明らかに興味を示していた。

 

メイリンは少し迷う。

 

だが、2人はレギナントの整備に関わっている。

接続針の存在も知っている。

 

すべてを話す必要はない。

けれど、必要なことだけなら話せる。

 

「神経接続の時の身体への負担を、少しでも減らせないかなって」

「身体への負担?」

「接続針の位置とか角度とか、毎回少しでもズレたら炎症が悪化するかもしれないって。だから、固定する補助具みたいなものが作れないかと思って」

 

ヴィーノが少し考え込む。

 

「完全に別の操縦系を作るのは無理だぞ」

「そこまでは考えてない。神経接続そのものは残す。でも、刺さる位置や深度を安定させるだけでも違うかもしれない」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

ヨウランの顔が変わった。

我が意を得たり、という表情だった。

 

「なるほどな」

 

ヴィーノが、嫌な予感を覚えた顔をする。

 

「おい」

 

「無用な接触は禁止、だったよな」

「おい」

「だったら用件があればいい」

「お前、それを今ここで言うな」

 

ヨウランはレギナントを見上げる。

 

その視線の先には、開いたままのコクピットがあった。

 

「接続補助具の試作。立派な整備業務だ」

「動機が不純すぎる」

「結果が良ければ問題ない」

「問題しかないだろ……」

 

ヴィーノは頭を抱えた。

 

メイリンは、そんな2人を見て少しだけ困ったように笑う。

ルナマリアは呆れたように肩をすくめた。

 

レギナントのコクピットの中で、セラは何も言わない。

 

ただ、格納庫の喧騒だけがいつも通りに響いていた。

 

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