機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
L1宙域補給コロニー。
正式名称で呼ぶ者は少ない。
ザフトの艦乗りたちは、そこを単に「中継港」と呼ぶことが多かった。
プラント本国へ向かう航路上に存在する補給拠点の1つ。巨大な円筒型ドックには複数の補給艦が接続され、外壁には推進剤タンクや貨物コンテナが規則正しく並んでいる。
軍港というより、宇宙空間に浮かぶ巨大な倉庫に近かった。
ミネルバはそこへ接舷し、西ルートへ入る前の最後の補給を受けていた。格納庫では物資搬入用のコンテナが次々と運び込まれ、整備員たちの声と作業機械の駆動音が絶え間なく響いている。
弾薬。
推進剤。
予備部品。
医療物資。
食料。
積めるものは、すべて積む。
それが今回の補給方針だった。
西ルートを選ぶということは、しばらく補給を期待できないということでもある。だからこそ、艦内の空気はどこか慌ただしかった。
その中で、純白のレギナントだけは静かに立っていた。
左側スカート装甲を失った姿のまま、整備架台に固定されている。周囲には整備員が集まり、外部装甲の損傷確認や推進ユニットの調整を行っていたが、機体そのものにはどこか触れにくい空気があった。
艦を救った女王。
だが、その代償を、まだ誰も正しく知らない。
そのコクピットからセラを引きずり出したのは、メイリンとルナマリアだった。
「はい、今日はもう待機終わり」
「現在、出撃命令は発令されていません」
「だから終わりなの!」
ルナマリアがそう言って、セラの腕を引く。メイリンも反対側から軽く背中を押した。
「補給中なんだから、ちゃんと休まないと。あと、衛生区画も使って」
「衛生管理は規定通り実施しています」
「じゃあ今日も実施しましょう」
「了解しました」
返答だけは素直だった。
だがその足取りは、まるで任務へ向かう者のそれだった。
メイリンとルナマリアは顔を見合わせ、同時に小さくため息をついた。
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ミネルバの衛生区画は、居住ブロックの奥にある。
軍艦である以上、広い浴場などあるはずもない。並んでいるのは個別のシャワーブースと、簡易的な脱衣スペース、備え付けの洗面台。それだけだ。
それでも、長時間の勤務や戦闘明けには十分ありがたい場所だった。
ルナマリアは先にシャワーを終え、タオルで髪を拭きながら壁際に寄りかかっていた。
「まったく、なんで毎回あのコクピットに戻るのかしらね」
「落ち着くんじゃない?」
メイリンが答える。
「落ち着くって、あんな狭い場所で?」
「セラにとっては、そうなのかも」
「……それが問題なんじゃないの?」
ルナマリアの言葉に、メイリンはすぐには返せなかった。
その時だった。
隣のブースから、小さな物音がした。
何かが壁に触れたような音。
続いて、シャワーの水音が乱れる。
「セラ?」
メイリンが声を掛ける。
返事はない。
ルナマリアが眉をひそめ、すぐにブースの方へ向かった。
「セラ、開けるわよ」
扉を少し開けた瞬間、ルナマリアの表情が変わった。
セラは壁に片手をつき、身体を支えていた。濡れた髪が頬に張りつき、顔が上気している。呼吸も浅い。
「ちょっと、大丈夫!?」
「問題ありません」
いつもの返答。
だがその声には、ほんのわずかに間があった。
ルナマリアが慌てて身体を支える。
その時、濡れた背中が見えた。
言葉が止まる。
肩甲骨の周辺から背筋に沿って、いくつもの赤い痕が残っていた。針の跡を中心に、皮膚が熱を持ったように腫れている。細い線ではない。点でもない。接続箇所を中心に、炎症が広がっていた。
メイリンもそれを見て、息を呑んだ。
「……なに、これ」
「神経接続後の通常反応です」
セラは淡々と答えた。
「通常って……!」
ルナマリアの声が強くなる。
だがセラは、表情をほとんど変えない。
「起動手順に含まれる反応です。運用上、問題ありません」
「問題あるでしょ!」
ルナマリアが叫ぶ。
メイリンはすぐに通信端末を取った。
「医療班、衛生区画までお願いします。急いでください」
診断は長くかからなかった。
神経接続による接続痕の炎症。
急性の発熱反応と皮膚損傷。
安静と冷却、通常の消炎処置が必要。
ただし、問題はそこではなかった。
「これ、毎回なの?」
メイリンが尋ねる。
セラはベッドの端に座ったまま、静かに頷いた。
「神経接続後には発生します」
「どうして言わなかったのよ」
ルナマリアが問い詰める。
「報告対象ではありません」
「報告対象じゃないって……!」
「起動手順に含まれるため、異常として処理していません」
その場にいた全員が黙った。
セラだけが、何も変わらない。
そのことが、余計に重かった。
メイリンは少し迷ってから、さらに尋ねた。
「研究所にいた時も、こうだったの?」
セラの視線が、わずかに動く。
「関連情報は機密事項に該当します」
「セラ」
「回答権限が確認できません」
そこで会話は止まった。
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報告を受けたタリアが来たのは、それから間もなくのことだった。
医療区画に入ってきた彼女は、診断結果を確認し、セラの背中の炎症痕を見た。
表情は大きく変わらない。
だが、空気は変わった。
「セラ」
「はい」
「艦長権限で質問します。研究所では、この炎症に対してどのような処置を行っていたの?」
セラは数秒沈黙した。
そして答えた。
「研究所では、専用薬剤による処置が行われていました」
「専用薬剤?」
「炎症の抑制ではなく、接続痕の消失を目的としたものです。処置後、一定時間内に炎症反応は消失していました」
メイリンが息を止める。
ルナマリアも言葉を失った。
医療班の1人が、小さく首を振る。
ミネルバには、そんな薬剤はない。
そんな設備もない。
できるのは冷却と消炎剤、そして経過観察だけだった。
タリアは、しばらく黙っていた。
そして、静かに告げる。
「炎症が引くまで、レギナントの起動を禁じます」
セラの顔が上がる。
「レギナントの起動を?」
「そうよ」
「現行状態でも起動は可能です」
「接続不良による事故を避けるための命令です」
タリアの声は冷静だった。
「炎症が残った状態で神経接続を繰り返せば、接続精度に影響が出る可能性がある。あなた自身が問題ないと言っても、艦長として許可できません」
セラは返答しなかった。
いつものように、すぐ「了解しました」とは言わない。
ほんの数秒。
それだけの沈黙。
やがて、肩がわずかに下がった。
「……了解しました」
小さな声だった。
それ以上、何も言わなかった。
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その後、セラはまたレギナントのコクピットに戻った。
出撃禁止を命じられているにもかかわらず、である。
ただ、起動はしない。
狭いコクピットの中で、シートに身を預けているだけだった。
メイリンは、格納庫の床からそれを見上げていた。
「何か、できないかな」
隣でルナマリアが腕を組む。
「医療班でも無理なんでしょ?」
「うん。でも、このまま毎回あんなことになるのは……」
そこで声がした。
「何の話だ?」
振り向くと、ヨウランとヴィーノが立っていた。
作業着姿の2人は、ちょうどレギナントの整備区画へ向かう途中だったらしい。ヴィーノは警戒するように眉をひそめたが、ヨウランの方は明らかに興味を示していた。
メイリンは少し迷う。
だが、2人はレギナントの整備に関わっている。
接続針の存在も知っている。
すべてを話す必要はない。
けれど、必要なことだけなら話せる。
「神経接続の時の身体への負担を、少しでも減らせないかなって」
「身体への負担?」
「接続針の位置とか角度とか、毎回少しでもズレたら炎症が悪化するかもしれないって。だから、固定する補助具みたいなものが作れないかと思って」
ヴィーノが少し考え込む。
「完全に別の操縦系を作るのは無理だぞ」
「そこまでは考えてない。神経接続そのものは残す。でも、刺さる位置や深度を安定させるだけでも違うかもしれない」
その言葉を聞いた瞬間。
ヨウランの顔が変わった。
我が意を得たり、という表情だった。
「なるほどな」
ヴィーノが、嫌な予感を覚えた顔をする。
「おい」
「無用な接触は禁止、だったよな」
「おい」
「だったら用件があればいい」
「お前、それを今ここで言うな」
ヨウランはレギナントを見上げる。
その視線の先には、開いたままのコクピットがあった。
「接続補助具の試作。立派な整備業務だ」
「動機が不純すぎる」
「結果が良ければ問題ない」
「問題しかないだろ……」
ヴィーノは頭を抱えた。
メイリンは、そんな2人を見て少しだけ困ったように笑う。
ルナマリアは呆れたように肩をすくめた。
レギナントのコクピットの中で、セラは何も言わない。
ただ、格納庫の喧騒だけがいつも通りに響いていた。