機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
実験母艦オルフェウス。
その艦橋に、鋭い電子音が響いた。
通信士の手が止まる。
数秒後、正面モニターの片隅に小さな光点が表示された。
「座標信号を確認」
その一言に、艦橋内の空気が変わる。
艦長席に座る男が、ゆっくりと顔を上げた。
「発信元は」
「レギナントです。暗号パターン、一致。信号は短時間ですが、座標は確定しています」
「場所は」
「L1宙域、中継港コロニー。ザフト勢力圏内です」
副長が表情を曇らせる。
ザフト勢力圏。
それはつまり、この艦で踏み込むには危険な場所ということだった。
しかも、状況は悪い。
先の戦闘で、搭載していたMS部隊は壊滅に近い損害を受けている。
増援として呼び寄せた輸送艦群も既に撤収済み。
残っている戦力でミネルバへ接触するのは、自殺行為に等しかった。
「No.2を出しますか」
副長の言葉に、艦橋奥に控えていた研究主任が即座に口を挟んだ。
「それには反対です」
艦長の視線が研究主任へ向く。
「理由は」
「No.2とネメシスは消耗品ではありません。L-31回収用の切り札です。
ザフト勢力圏内で投入し、万一にも撃破または鹵獲されればあまりにも損失が大きすぎる」
「ならば、このまま見逃せと?」
「現有戦力による直接回収は推奨しませんな」
研究主任の声は冷静だった。
冷静であるがゆえに、艦長の表情はさらに険しくなる。
艦橋の空調音だけが耳についた。
やがて艦長は、薄く笑った。
「ならば、こちらで戦う必要はない」
副長が顔を上げる。
「艦長?」
「情報を流せ。座標、識別信号、レギナントの稼働状況。ロゴス本体経由で、動ける企業戦力に渡す」
「よろしいのですか。L-31の情報は――」
「こちらで回収できぬ以上、失うよりはましだ」
艦長はモニターに映る小さな光点を見つめる。
そこにいるのは、かつてオルフェウスに属していた個体。
そして今は、ミネルバに奪われた機体。
「餌はある。あとは、食いつく者に任せればいい」
暗号化されたデータが、艦外通信へと流れていった。
*****
その頃、ミネルバの格納庫は騒がしかった。
補給港に接舷しているため、艦内には物資搬入用のコンテナが次々と運び込まれている。
フォークリフトが壁際の通路を走り、整備員達が声を張り上げ、機械の駆動音が絶え間なく響く。
格納庫奥。
純白のレギナントは、片膝を曲げて佇む騎士のような姿勢で固定されていた。
全高二十六メートルを超える大型機である。直立させれば、ミネルバの格納庫でも余裕がない。
だが、その半跪姿勢は単なる収納姿勢には見えなかった。
まるで主命を待つ白い騎士。
あるいは、玉座の前で静かに控える女王の護衛。
その足元に、妙に人数が集まっていた。
シン、ルナマリア、レイ、アスラン。
そしてメイリン。
さらに整備班からヴィーノとヨウラン。
最後に、セラ。
ヨウランは胸を張り、両手で小さな機材を掲げていた。
「これが試作型神経接続負荷軽減補助ユニット1号――通称、小判ちゃん1号だ!」
沈黙。
ヴィーノが顔をしかめる。
「正式名称みたいに言うな。あと、その通称はお前しか呼んでない」
「分かりやすいだろ」
「どこがだ」
メイリンは苦笑しながら、ヨウランの手元を覗き込んだ。
小さくて薄い箱型のユニット。そこから複数の細い端子が伸びている。
見た目だけなら整備用の中継装置に近い。
「これで、本当に負担が減るの?」
「理屈の上ではな」
ヴィーノが工具を片手に説明する。
「セラに聞いたが、レギナントの基幹接続には12本必要らしい。
だったら、その12本を先にこいつへ入れて、出力を一本にまとめる。
パイロット側への刺入数は減る」
「つまり、12本刺す代わりに一本で済むってこと?」
「そゆこと」
メイリンが少し表情を明るくする。
ルナマリアも同じだった。
それなら、少なくとも針が刺さる回数は減る。
そう思えた。
セラだけは無表情のまま、ユニットを見ている。
「試験を実施します」
「え?」
メイリンが聞き返すより早く、セラはノーマルスーツの背面ロックに手をかけた。
あまりにも自然な動作だった。
まるで手袋を外すように。
まるで装備点検を始めるように。
一瞬、全員の目に彼女の上半身が映る。
その場の全員が一拍遅れて反応した。
「ちょ、ちょっと待った!」
メイリンが慌てて駆け寄る。
ルナマリアの反応はさらに早かった。まず、何故かシンの後頭部を叩いた。
「痛った!? 俺まだ何もしてないだろ!」
「反射よ!」
「理不尽すぎる!」
レイは何も言わず顔を背けていた。
アスランも即座に視線を外し、手でシンの肩を押さえている。
ヴィーノは顔を真っ赤にして固まり、半歩下がったところで工具箱に足を引っ掛け、
危うく倒れかけた。
そしてヨウランは、両手で目を覆っていた。
ただし、指の隙間は明らかに開いていた。
「見えてる! アンタ見てるでしょ!」
ルナマリアの蹴りが、ヨウランの脛に入る。
「痛っ!? 見てない! 視界に情報が入ってきただけだ!」
「同じよ!」
ヴィーノが顔を背けたまま、深くため息を吐いた。
「お前、それは無理があるぞ……」
「弁明の余地はある!」
「ねぇよ。お前、最低だな」
メイリンはその間にセラの背面ロックを戻し、正面から両肩を掴んだ。
「セラ、いきなり脱がない!」
「接続部位の確認には露出が必要です」
「必要でも順番があるの!」
「順番」
「そう、順番!」
セラは数秒考える。
「作業効率が低下します」
「低下していいの!」
格納庫の一角だけが、妙な熱気に包まれていた。
アスランが軽く咳払いをする。
「医療区画から背面開放式の処置衣を借りてこい。作業はそれからだ」
その一言で、ようやく場が落ち着いた。
試験は、医療班立ち会いのもとで行われることになった。
タリアからも、条件付きで許可が出ている。
炎症が再発する兆候があれば即中止。
接続値に異常が出ても即中止。
レギナントの起動は最小限。
戦闘機動は禁止。
そうした条件のもと、セラは処置衣を着用し、レギナントのコクピットへ収まった。
半跪姿勢のレギナントの胸部ハッチが閉じる。
格納庫のモニターに接続状態が表示される。
ヨウランとヴィーノは端末の前に張り付き、メイリンは少し離れた場所で祈るように手を握っていた。
「小判ちゃん1号、起動」
「その名前やめろって」
ヴィーノが言いながらもスイッチを入れる。
ユニット側へ12本の接続針が順に刺さる。
信号が集約される。
そして、セラ側へ1本の主接続端子が展開した。
誰も喋らなかった。
接続した……その瞬間。
セラの身体が大きく跳ねた。
これまでとは違う反応だった。
肩が強張り、指がシートの縁を掴む。
呼吸が一瞬だけ止まる。
モニター上の接続負荷表示が赤く跳ね上がった。
「セラ!」
メイリンの声が格納庫に響く。
セラは答えない。
いつものように「問題ありません」と言わない。
数秒、ただ数秒。
それでも、見ている側には長すぎた。
「中止!」
アスランの声とほぼ同時に、ヴィーノが接続を遮断する。
ユニットが停止し、警告灯が消えた。
コクピットハッチが開く。
セラはシートに身を預けたまま、わずかに呼吸を整えていた。
表情は大きく崩れていない。
だが、眉間には確かに力が入っていた。
ヨウランが呆然と端末を見つめる。
「……駄目か」
ヴィーノも苦い顔で頷いた。
「12本分を1本にまとめたんだ。刺さる数は減っても、
負荷が一点に集中してる。これじゃ逆に危険だ」
「理屈じゃ上手くいくと思ったんだけどな……」
ヨウランの肩が落ちる。
いつもの軽さが少しだけ消えていた。
メイリンも何も言えなかった。
ルナマリアは腕を組み、悔しそうに唇を噛む。
シンも、レイも、アスランも黙っていた。
その沈黙の中で、セラがゆっくりと顔を上げる。
「接続負荷の集中を確認しました」
いつもの声。
ただし、少しだけ間がある。
「小判ちゃん1号は、現行状態では運用不適格と判断します」
「だよな……悪かったよ……」
ヨウランが小さく息を吐く。
ヴィーノも肩を落とした。
「本当に悪かった。余計に痛かっただろ」
セラはヨウランを見る。
「次回試験にも協力します」
その場の空気が、わずかに変わった。
メイリンが顔を上げる。
ヨウランもヴィーノも、一瞬だけ言葉を失った。
「……いいのか?」
「はい」
セラは頷く。
「神経接続時の負荷軽減はレギナントの継続運用に有効です。
出撃不能リスクの低減が期待できます」
沈黙。シンが小さく口を開けた。
ルナマリアが額を押さえる。
メイリンは少しだけ笑いそうになって、けれど笑えなかった。
ヨウランが力なく呟く。
「そっちかよ……」
ヴィーノが肩をすくめる。
「でもまあ、次も来てくれるらしいぞ」
「来てくれるって言い方すんな」
セラは首を傾げた。
「試験参加は必要事項です」
ヨウランは一瞬だけ天井を仰いだ。
「……よし。小判ちゃん2号、作るぞ!」
「だから名前を変えろ」
ヴィーノのツッコミに、格納庫の空気が少しだけ緩む。
レギナントは片膝を折ったまま、静かに格納庫の奥に佇んでいた。
主命を待つ白い騎士のように。
そしてその足元で、ミネルバの整備員達は、まだ諦めていなかった。
Q:小判ちゃん1号はどれくらい痛かったですか?
A:フェイススケールで表すと通常接続時の12倍でした。