機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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24.女王の呪い3

L1宙域中継港コロニーを離れたミネルバは、西ルートへ向けて航路を取り始めていた。

 

外部モニターの中で、補給コロニーの灯が少しずつ遠ざかっていく。

 

巨大なドック。

推進剤タンク。

規則正しく並んだコンテナ群。

 

つい先ほどまでミネルバの船体に接続されていた補給アームも、今ではただの小さな光の線にしか見えない。

 

これが、当面最後の補給になる。

 

その事実は、艦内全体に共有されていた。

 

格納庫には、まだ補給作業の余韻が残っている。固定を終えたコンテナが壁際に並び、整備班が予備部品の確認を続けていた。

 

機材の駆動音。

金属を叩く音。

誰かの怒鳴り声。

 

戦闘中ではないにもかかわらず、そこはいつも以上に慌ただしかった。

 

その格納庫の奥。

 

純白のレギナントは、片膝を曲げて佇む騎士のような姿勢で固定されていた。

 

全高約26メートルの大型機である。直立させれば、ミネルバの格納庫でも余裕はない。だが半跪の姿勢を取るその姿は、単なる格納状態には見えなかった。

 

主命を待つ白い騎士。

あるいは、玉座の前で静かに控える女王の影。

 

「これが、小判ちゃん2号だ」

 

沈黙。

 

ヴィーノが露骨に顔をしかめる。

 

「……だから、その名前を正式名称みたいに言うなって」

「定着してきただろ?」

「お前の中だけな」

 

作業台の上には、薄い楕円形のパッドが何枚も並んでいる。表面には小さな端子があり、裏面には導電ゲルが薄く塗布されていた。

 

見た目だけなら、医療用の湿布か電極パッドに近い。

 

そこへシンたちがやってくる。

 

「……湿布か?」

 

シンが最初に言った。

 

ヨウランは待ってましたと言わんばかりに顔を上げる。

 

「違う。小判ちゃん2号だ」

 

ルナマリアが作業台を覗き込む。

 

「これ、前のと違うの?」

「全然違う」

 

ヴィーノは端末を操作しながら説明した。

 

「1号は12本分の接続を1本にまとめた。結果、負荷が1点に集中して失敗した。だから今回は逆だ」

「逆?」

「刺さない。拾う」

 

ヨウランがパッドを1枚摘まみ上げた。

 

「神経が多く集まる部分に貼り付けて、そこから電気信号を拾う。針を直接突っ込むよりはずっと負担が少ない……はずだ」

「また“はず”なのね」

「試作品だからな」

 

ルナマリアが半眼になる。

 

メイリンは、ケースの中のパッドを見つめたまま小さく息を吐いた。

 

「これなら、痛くないの?」

「直接刺すよりはな」

 

その答えに、メイリンの表情が少しだけ明るくなる。ルナマリアも腕を組んだまま、どこか安心したようにレギナントを見上げた。

 

セラだけは、変わらない。

 

小判ちゃん2号をじっと見ている。

喜ぶでもなく、期待するでもなく、ただ試験対象を観察するような目だった。

 

「試験を開始しますか」

「うん。タリア艦長からも許可は出てるよ。ただし、異常が出たらすぐ中止」

「了解しました」

 

セラは頷き、いつものようにノーマルスーツの背面ロックへ手を伸ばした。

 

その瞬間だった。

 

メイリンとルナマリアが、左右から同時にその腕を掴んだ。

 

「今日は先に処置衣!」

「前回学習したからね!」

 

セラは2人に腕を掴まれたまま、数秒沈黙した。

 

「作業効率が低下します」

「低下していいの!」

 

ルナマリアが即答する。

メイリンも真剣な顔で頷いた。

 

「セラ、こういう時は先に言って。あと、男の子がいる時は脱がない」

「接続部位の確認には露出が必要です」

「必要でも順番があるの」

「順番」

「そう、順番」

 

アスランが軽く咳払いをした。

 

「医療区画から背面開放式の処置衣を借りてくる。装着はメイリンとルナマリア、それに医療班の立ち会いで行う。ヨウランとヴィーノは外部端末だけを見る」

「妥当だな」

 

レイが短く言った。

 

ヨウランは口を開きかけたが、ルナマリアの視線を受けてすぐ閉じた。

 

ヴィーノは、すでに背を向けていた。

 

「今回は最初から見てないぞ」

「偉いじゃない」

 

ルナマリアが言う。

 

ヨウランは胸を張った。

 

「音声情報だけで状況を想像しているだけさ」

「お前、最低だな」

 

ヴィーノが即座に切り捨てた。

 

---

 

試験は改めて行われた。

 

処置衣に着替えたセラの腰部に、小判ちゃん2号が貼られた。

 

メイリンはその作業を手伝いながら、どうしても視線がそこへ向きそうになるのを堪えていた。

 

セラの背中に、薄い炎症痕が残っている。

 

完全には消えていない。

 

赤みは引いている。腫れも前よりは落ち着いている。それでも、そこには確かに痕が残っていた。

 

研究所にあったという専用薬剤なら消せたもの。

ミネルバには、消せないもの。

 

「痛くない?」

 

メイリンが尋ねる。

 

「痛覚反応はありません」

「そっか」

 

メイリンは頷いた。

 

でも、聞きたかったのはそういう意味ではなかった。

 

セラはその違いに気付いていない。

 

ただ静かに、装着作業が終わるのを待っていた。

 

---

 

レギナントのコクピットハッチが閉じる。

 

半跪姿勢のまま固定された純白の大型機に、起動信号が流れ込んだ。

 

格納庫のモニターに数値が並ぶ。

 

接続状態。

神経同期。

機体基幹制御。

 

ヨウランとヴィーノは端末へ張り付き、メイリンは少し離れた場所で息を詰めていた。

 

「小判ちゃん2号、接続開始」

「……もういい。突っ込まねぇ」

 

ヴィーノの指がスイッチを押す。

 

パッドが信号を拾う。

レギナント側のシステムが応答する。

 

一瞬の沈黙。

 

そして、モニターに緑の表示が点灯した。

 

「起動確認!」

 

ヨウランが叫ぶ。

 

ヴィーノも思わず拳を握った。

 

「いけた……!」

 

メイリンの顔が明るくなる。

 

「セラ!」

 

『レギナント、起動確認。基幹制御に異常なし』

 

通信越しの声は、いつも通り平坦だった。

 

それでも、その場にいた者たちの間には確かに安堵が広がった。

 

針を刺さずに起動できた。

 

それだけで、前進したように思えた。

 

ルナマリアが胸を撫で下ろす。

 

「よかった……」

 

だが、アスランだけはモニターから目を離さなかった。

 

「まだだ。動かして確認するまでは分からない」

 

その言葉通り、試験は次の段階へ移った。

 

---

 

ミネルバの外へ出たレギナントは、白い装甲に宇宙光を受けながら、ゆっくりと姿勢を変えた。

 

格納庫の中では片膝を折っていた白い騎士が、宇宙空間で静かに立ち上がる。

 

艦外機動試験。

 

戦闘機動ではない。

低速旋回。

姿勢制御。

短距離加速。

推進系の反応確認。

 

あくまで、小判ちゃん2号装着時の基礎データ取得が目的だった。

 

『第1段階、開始します』

 

セラの声が通信に乗る。

 

レギナントがゆっくりと動き出した。

 

白いスカート装甲が宇宙の闇を裂くように揺れ、背部スラスターが淡く光る。

 

最初は順調に見えた。

 

だが、すぐに違和感が出た。

 

「……遅くないか?」

 

シンがモニターを覗き込む。

 

ヴィーノの指が端末上を走る。

 

「推進系は正常だ。出力も出てる」

「でも、機体がついてきてない」

 

メイリンが呟いた。

 

レギナントが旋回に入る。

 

だが、その動きはいつものそれではなかった。

 

白妙の女王が舞うような鋭さがない。機体は確かに曲がっている。しかし鈍い。わずかに遅れている。

 

セラの操作に、レギナントが追いついていない。

 

『旋回反応、低下』

 

セラの声。

 

『姿勢制御に遅延。高機動戦闘には不適です』

「待て、なんでだ」

 

ヨウランが端末を叩く。

 

「信号は拾えてる。起動もしてる。ならなんで反応が遅れる?」

「分からん」

 

ヴィーノの声にも余裕がなかった。

 

「出力側の制限じゃない。多分接続側だ。でも、どこで詰まってるのか……」

 

アスランが通信に割り込む。

 

「セラ、試験を中止しろ。レギナントを戻せ」

『了解しました』

 

レギナントは、ゆっくりとミネルバへ戻ってくる。

 

その動きは安定していた。

だが、戦える動きではなかった。

 

少なくとも、皆が知るレギナントではない。

 

格納庫に収容され、再び半跪姿勢で固定されたレギナントを見上げながら、ヨウランは端末を握りしめた。

 

「起動はしたんだ……」

「でも、戦えない」

 

ヴィーノが苦々しく言った。

 

メイリンは何も言えなかった。

 

成功したと思った。

これでセラの負担を減らせると思った。

 

けれど現実は、そこまで優しくなかった。

 

セラはコクピットから降りると、静かに報告した。

 

「小判ちゃん2号装着時、レギナントの通常起動は可能です。ただし、高機動戦闘、及び空間支配の実施は困難と判断します」

 

ヨウランの肩が落ちる。

 

「原因、すぐには分からねぇな」

 

ヴィーノも頷いた。

 

「データ取って解析するしかない」

 

メイリンが尋ねる。

 

「次、どうするの?」

 

誰も、すぐには答えられなかった。

 

その時だった。

 

格納庫内に警報が鳴り響いた。

赤い警告灯が回転する。

 

『第1戦闘配備。所属不明機(ボギー)接近。各員、配置につけ』

 

空気が変わる。

 

シンが顔を上げた。

 

「敵かよ!」

 

ルナマリアが舌打ちする。

 

「こんな時に……!」

 

レイはすでに動いていた。

アスランもすぐにヘルメットを手に取る。

 

「シン、ルナマリア、レイ、出るぞ。セラは――」

 

言葉が止まった。

 

全員の視線が、レギナントへ向く。

 

白い大型機は、片膝を折ったまま格納庫の奥に佇んでいる。

 

動かない。

動けない。

 

今の状態では戦えない。

 

かといって、炎症が完全に引いていない今、直接神経接続を許可することもできない。

 

セラは一度だけレギナントを見上げた。

 

そして、メイリンの方へ向き直る。

 

「レギナントは出撃不能と判断します」

 

いつも通りの声だった。

 

だが、メイリンにはなぜか、その一言が重く聞こえた。

 

「……うん」

 

シンが拳を握る。

 

「なら俺たちでやる」

 

ルナマリアも頷いた。

 

「セラはそこで待ってなさい」

 

レイは短く言う。

 

「好きにさせておけ」

 

シンが思わず振り返る。

 

「いや、今回は好きにさせちゃ駄目だろ!」

 

レイだけは無表情だったが、言い直す気はないらしい。

 

アスランがヘルメットを被る。

 

「行くぞ。ミネルバを守る」

 

4人がそれぞれの機体へ向かって走り出す。

 

格納庫に発進準備の声が飛び交った。

 

セラは動かなかった。

 

ただ、半跪のレギナントの足元に立ち、出撃していく仲間たちの背中を見ていた。

 

白い騎士は、まだ動かない。

 

その静けさだけが、警報の鳴る格納庫の中で、ひどく異質に見えた。

 

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