機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバのカタパルトが開く。
赤い警告灯が回り、格納庫の空気が一気に戦闘のものへ変わった。整備員たちの動きは早い。固定具が外され、ケーブルが巻き取られ、発進誘導灯が滑走路のように点灯していく。
その中で、レギナントだけは動かなかった。純白の大型MSは、格納庫の奥で片膝を曲げ、主命を待つ騎士のように佇んでいる。だが今は、まだ立てない。試作型接続補助ユニットでは高機動戦闘に耐えられない。直接神経接続も、炎症が残っている以上、許可できない。
セラはその足元に立ち、出撃準備を進める4機を見ていた。インパルス、ガナーザクウォーリア、ブレイズザクファントム、セイバー。4つの機体が、順にカタパルトへ運ばれていく。
「シン・アスカ、インパルス、行きます!」
インパルスが射出された。白と青の機体が宇宙へ飛び出し、スラスター光を引いて前方へ展開する。
「ルナマリア・ホーク、ガナーザクウォーリア、出るわよ!」
続いてルナマリア機が飛ぶ。
「レイ・ザ・バレル、ブレイズザクファントム、出る」
レイ機が火力支援位置へ向かう。
「アスラン・ザラ、セイバー、発進する」
最後にセイバーがカタパルトを離れ、赤い機体が変形しながら前方へ加速した。
4つの推進光が、ミネルバの前に広がる。その先に、赤い光点が並んでいた。
*****
「敵機12。機種照合、ウィンダム系と思われます」
メイリンの報告が艦橋に響く。タリアは艦長席で正面モニターを見据えていた。
敵は一直線には来ない。左右へ広がりながら、ミネルバの進路を塞ぐように展開している。
アーサーが顔を強張らせた。
「包囲、ですか?」
「まだ完成していないわ」
タリアは即座に答えた。
「だから完成させない。MS隊には敵正面を突破させます。ミネルバは速度を落とさない」
「了解!」
ブリッジに緊張が走る。
敵は決して無謀に突っ込んでくるわけではなかった。前方で牽制し、左右から射線を重ね、ミネルバの針路を狭める。撃破よりも、足を止めるための動き。
それは、前に研究所と思われる敵が仕掛けてきた疲弊戦術とは違う。もっと単純で、もっと軍隊らしい。物量で押し、進路を塞ぎ、足を止め、後続につなぐ。
タリアは小さく息を吐いた。
「厄介ね」
*****
敵の先頭機が、ビームライフルを構えた。放たれた光が、インパルスの横を掠める。
「当たるかよ!」
シンは機体を横へ滑らせ、即座に撃ち返した。ビームライフルの光が敵機の肩を掠める。ウィンダムは大きく逃げたのではない。機体を後方へ流し、インパルスの追撃方向へ別の2機が銃口を重ねるための後退だった。
「誘ってんのか!」
シンが踏み込んだ瞬間、左右からビームが交差した。インパルスが肩を沈める。1条は頭上を抜け、もう1条は脚部装甲を掠めた。警告音が鳴り、モニターの端に黄色い表示が走る。
『シン、深追いするな。目的は撃墜じゃない。突破口だ』
アスランの声が飛ぶ。
「分かってますよ、そんなこと!」
言いながらも、シンは敵機へ斬りかかる。ビームサーベルが走り、ウィンダムの腕を飛ばした。だが敵は止まらない。腕を失った機体が後退するより先に、その背後から別の機体が滑り込んでくる。
穴が開いたはずの場所が、すぐに埋まる。
「またかよ!」
そこへ赤い影が落ちた。セイバーだった。
アスランは変形を解きながら、敵2機の射線の間へ割り込み、ビーム砲を連射した。1発目が敵のライフルを吹き飛ばし、2発目が肩部を撃ち抜く。姿勢を崩したウィンダムが横へ流れ、その隊列に一瞬の隙が生まれた。
『今だ。押し込むぞ』
「了解!」
インパルスが再加速する。
だが敵も退かない。後方の機体がミサイルをばら撒き、シンとアスランの進路に爆発の壁を作る。その爆煙を裂くように、レイのミサイルが飛び込んだ。
ブレイズザクファントムの肩部から放たれた弾頭が敵ミサイル群へ重なり、連鎖爆発を起こす。宇宙空間に火球が並び、その向こう側で敵2機が慌てて散開した。
『突破するなら、無駄な追撃をするな』
「いちいち冷静だな、お前!」
シンが叫ぶ。
『冷静でなければ、今頃包囲されている』
その間にルナマリアは、ミネルバ寄りの位置で敵の横撃を抑えていた。敵はミネルバを直接狙おうとしている。だからこそ、彼女は前に出すぎない。
「艦に近づけさせないっての!」
ガナーザクウォーリアがミネルバ左舷前方へ機体を滑り込ませる。
オルトロスが火を噴いた。太いビームが敵の進路を薙ぎ、ミネルバへ斜めに差し込もうとしていた1機を強引に押し戻す。直撃はしない。だが敵は避けざるを得ない。その回避の先へ、ルナマリアは次弾を置いた。
ビームがウィンダムの脚部を撃ち抜く。推進光が乱れ、機体が回転しながら後方へ流れていった。
「よし、1機!」
『数える必要はない』
「言わせなさいよ!」
敵機は倒せる。倒せない相手ではない。だが、倒すには時間がかかる。そして今、最も失ってはいけないものは時間だった。
『敵の左翼が薄い』
アスランの声が入る。
『レイ、左翼側の射線を抑えろ。ルナマリアはミネルバ側の防衛を維持。シン、俺に続け』
「了解!」
セイバーが前へ出る。赤い機体が高速で敵左翼へ切り込み、ビーム砲を連続で撃ち込んだ。敵は散る。散った先で、レイのミサイルが進路を塞ぐ。
ウィンダム隊の動きがわずかに乱れた。そこへインパルスがねじ込む。
「そこをどけぇっ!」
シンの一撃が、敵機の胴体を裂く。爆発。光が散る。その穴へ、ミネルバの艦首が向けられた。
*****
一方、敵部隊の後方。
小型指揮艇のモニターには、ミネルバと4機のMSが映っていた。
「ミネルバより発進したMSは4機。大型機の姿はありません」
オペレーターの報告に、指揮官は眉をひそめる。
「報告では、白い大型MSが搭載されているはずだったな」
「オルフェウスから渡された座標情報は確かです。該当機はミネルバ内部に存在するものと思われます」
「では、なぜ出てこない」
返答はなかった。
モニター上では、インパルスとセイバーが前面を切り崩し、ザク2機がミネルバの側面を守っている。4機だけだ。白い大型MSはどこにもいない。
指揮官は数秒沈黙し、やがて低く言った。
「情報の真偽は保留。だが、現状確認できる戦力は4機のみだ」
「攻勢を強めますか」
「いや、無理に詰めるな。こちらの役割は足止めだ。包囲が完成しなくとも、ミネルバの針路を曲げさせればよい」
指揮官は次の通信回線を開いた。
「第1陣は包囲維持。後続部隊へ座標送信を継続せよ」
*****
敵の動きが変わった。
無理に撃墜を狙わない。破壊よりも進路妨害。正面へ壁を作り、左右からミネルバの動きを縛る。被弾した機体は下がり、後続がその穴を埋める。1機が射撃し、2機目が逃げ道を狭め、3機目がミネルバの針路へ身体を滑り込ませる。
「こいつら、倒す気があるのかないのか……!」
シンが苛立つ。
『あるさ。ただし今ではない』
アスランが返す。
『こちらの足を止め、次につなぐ気だ』
「次って何だよ!」
『後続がいる可能性が高い』
その言葉に、シンは一瞬黙った。
直後、敵の射撃がインパルスに集中する。インパルスが急制動し、ビームの束をかわす。回避した先へ、別のビームが置かれていた。シンは機体を捻り、シールドで受け流す。
衝撃がコクピットを揺らした。
「くそっ!」
その背後から、レイのミサイルが飛ぶ。敵の隊列が割れた。
『突破するなら今だ』
レイが言う。
アスランが即座に続けた。
『ミネルバ、進路前方に穴を作る。最大戦速で抜けろ』
『了解しました。艦長、進路前方の敵陣に隙ができます』
メイリンの声。
タリアは即断した。
「機関最大。ミサイルを斉射しつつ、敵陣を抜けます。MS隊を信じなさい」
「はい!」
ミネルバの推進器が唸る。艦体が加速する。敵の包囲が閉じる前に、艦首がその隙間へ滑り込んだ。
ルナマリアが艦の左側を守り、レイが右側の敵を射線で抑える。シンとアスランが正面の敵を押し退ける。
ビームが飛び、ミサイルが散り、爆発光がミネルバの装甲を照らした。
第1陣の包囲は、完成しなかった。ミネルバはその隙間を抜けた。
「よし!」
シンが叫ぶ。
だが、アスランは喜ばなかった。
『油断するな』
その声が終わるより早く、メイリンの声がブリッジから届いた。
『前方右舷、新たな熱源反応! 数、16!』
「第2陣か!」
シンが歯を食いしばる。ルナマリアも息を呑んだ。
「冗談でしょ……もう来たの!?」
『第1陣は足止め役だ。次が本命かもしれない』
『いや、本命と決めつけるな。これもまだ一部かもしれない』
レイが静かに言う。
その言葉に、通信が一瞬静まった。
第2陣は、第1陣よりも速かった。数も多い。ただし、突出したエース機がいるわけではない。統制された動きで、ミネルバの前方へ圧力をかけてくる。
ロゴス本体の怖さは、個々の強さではない。その数と補充の速さ。そして、迷いなく次を投入できること。
第1陣を突破した直後のミネルバ隊に、休む時間は与えられなかった。
「くそっ、息つく暇もねぇ!」
シンが叫びながら敵へ突っ込む。インパルスのサーベルが1機を斬り払い、続く敵機へライフルを撃つ。だが、敵は散って距離を取る。倒されることを前提にしているかのように、すぐ後ろの機体がその穴を埋めた。
「またかよ!」
『焦るな、シン』
アスランの声が飛ぶ。
『敵の目的は進路封鎖だ。撃墜にこだわるな!』
「分かってる!」
『分かっている動きではない!』
「だから分かってるって!」
シンは叫ぶが、それでも突撃の角度を修正した。真正面ではなく、敵の隊列の端を削るように斬り込む。
アスランがその反対側から圧力をかけた。セイバーのビーム砲が敵の進路を遮り、変形した機体が高速で射線を切り替える。そこへ、レイのミサイルが重なる。
敵の動きが鈍る。
ルナマリアはミネルバの至近を守りながら、迫る1機へライフルを撃った。
「艦に近づくな!」
敵機が回避する。しかし、ルナマリアはすぐに次弾を撃つ。敵機の脚部が吹き飛び、推進光が乱れる。
「1機!」
『数える必要はない』
「言わせなさいよ!」
レイの声に、ルナマリアも声を荒げる。
そのやり取りの間にも、ミネルバは前進を続けていた。艦砲が火を噴き、CIWSが近づくミサイルを撃ち落とす。装甲の近くで爆発が起き、艦体がわずかに揺れた。
ブリッジでは、アーサーが手すりに掴まる。
「艦長、このままでは針路が!」
「分かっています」
タリアはモニターを見た。
第1陣。第2陣。敵の練度はそこまで突出していない。だが、配置が早い。情報が早い。そして、次が来る。この戦場に留まれば留まるほど、ミネルバは数で押し潰される。
「アスラン、敵第2陣の左翼を崩して」
『可能です。ただし、時間はかけられません』
「3分でいいわ。その間にミネルバを抜けさせます」
『了解』
セイバーが加速する。
シンもその動きに合わせた。
「俺も行く!」
『勝手に前へ出るな。合わせろ』
「分かってるって!」
2機が並ぶ。赤い機体と、白い機体。敵左翼へ斜めに突き刺さるように突撃する。
敵は迎撃する。ビームが交差し、宇宙空間に光の線が走った。
シンはその線を潜り、アスランは上方から角度を変えて射撃する。敵の陣形が崩れる。そこへレイが火力を集中し、ルナマリアがミネルバ側へ流れ込もうとする敵を撃ち返した。
穴が開いた。ほんの数十秒だけの隙間。だが、タリアは逃さない。
「ミネルバ、進路修正。敵左翼の崩れた箇所を抜けます」
「了解!」
ミネルバが艦体を傾ける。巨大な艦が、爆発光とビームの雨の中を突き進んだ。
敵が追おうとする。だが、シンがその前に立ちはだかった。
「行かせるかよ!」
インパルスのビームライフルが敵の胴を撃ち抜く。別方向から迫る機体は、アスランが叩き落とした。レイとルナマリアも後退しながら射撃を続ける。
第2陣の包囲も、完成しなかった。
ミネルバは、また抜けた。
*****
戦闘空域を離れたわけではない。ただ、第2陣の包囲線を突破しただけ。
それでも、ブリッジには一瞬だけ空気が戻った。
アーサーが息を吐く。
「抜けました……!」
メイリンも端末を確認しながら頷く。
「MS隊、全機健在。損傷は軽微です」
タリアは頷いた。
「帰投指示を。補給はできません。再出撃に備えさせて」
「はい」
その時、メイリンの手が止まる。
画面に新たな光点が現れる。1つではない。複数。しかも先ほどより遠いが、明確にこちらへ向かっている。
「……艦長」
メイリンの声が硬くなる。
「前方低軌道側より、新たな熱源反応。数……増えています」
アーサーの顔から血の気が引いた。
「またですか!?」
タリアはモニターを見つめた。
第1陣。第2陣。そして、第3陣。敵は尽きていない。むしろ、ここからが本番だと告げるように、新たな光点が宇宙の暗闇に並んでいる。
タリアは静かに目を細めた。艦橋に沈黙が落ちる。
その頃、格納庫では。
片膝を折ったレギナントが、まだ動かずにいた。セラはその足元で、警報音を聞いていた。
白い騎士は、まだ戦場に出られない。
そして敵は、増えていく。