機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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26.包囲網2

第3陣。

 

その言葉は、誰も口にしなかった。だが、ブリッジの誰もが理解していた。

前方低軌道側から接近する熱源反応。数は、第2陣よりも多い。距離はまだある。だが、進路が重なっていた。

まるでミネルバが次に進むべき場所を、先回りして塞ぐように。

 

「敵新手、なお接近中。数、24……いえ、後続反応あり。正確な数、まだ出ません」

 

メイリンの声が硬くなる。

 

「まだ来るのか……!?」

 

アーサーが顔を青ざめさせた。

タリアは正面モニターから目を離さない。第1陣を抜けた。第2陣も抜けた。しかし、抜けた先には第3陣がいた。

敵の機体1つ1つが特別に強いわけではない。突出したエースがいるわけでもない。だが、終わらない。

倒しても次が来る。突破しても、その先にまた壁ができる。

タリアはそこでようやく、相手の本質を見た。

これは追撃ではない。迎撃でもない。

網だ。

巨大な組織が持つ、数と通信網と補給線で作られた、広すぎる網。

ミネルバは、その端に触れただけだった。

 

「MS隊、全機まだ帰投できません!」

 

メイリンが報告する。

 

「第3陣の進路、ミネルバの航路と交差します。このままでは再度包囲されます!」

 

タリアは短く頷いた。

 

「MS隊に迎撃継続を指示。ミネルバは進路を維持。敵陣を抜けます」

「了解!」

 

*****

 

『第3陣接近。全機、迎撃継続。ミネルバは進路維持』

 

ブリッジからの指示が通信に乗る。シンは息を吐く暇もなく、インパルスを反転させた。

「3回目かよ!」

 

前方に光点が広がっている。最初は星のように見えた。だが違う。敵機の推進光。ミサイルの発射炎。それらが重なり、宇宙の暗闇に人工の星座を作っていた。

アスランの声が割り込む。

『散開しろ。敵は弾幕で艦を止める気だ』

「分かってますよ!」

 

シンは叫び、インパルスを加速させた。

その直後、敵陣の前面から無数の光が放たれる。ミサイル。1発や2発ではない。視界の端から端まで、白い航跡が伸びてくる。まるで宇宙そのものに網を張るように。

「多すぎるんだよ!」

 

シンはビームライフルを連射する。一発目。二発目。三発目。爆発が連鎖し、ミサイルの群れに穴が開く。

だが、その向こうからまた次が来る。撃ち落とした爆発の裏から、さらに白い航跡が伸びてくる。1列目を落としても、2列目が来る。2列目を爆ぜさせても、その爆煙の隙間をウィンダムが抜けてくる。

迎撃したはずの空間が、次の瞬間にはまた敵の進路になっていた。

『全部落とすな。艦に向かうものを優先しろ』

「簡単に言うな!」

『簡単ではない。だから言っている』

 

レイの声は冷静だった。

ブレイズザクファントムの肩部からミサイルが放たれる。弾頭が敵ミサイル群へ突っ込み、複数の爆発を生んだ。

爆光が連なり、宇宙空間に一瞬だけ壁ができる。

その壁の向こう側から、ウィンダム隊が姿を現した。ミサイルで視界を塞ぎ、その裏からMSが進路を詰める。

第1陣、第2陣よりも明確だった。

敵はミネルバを止める気だ。艦を撃沈できなくてもいい。足を止めれば、さらに次が来る。

 

ルナマリアのガナーザクウォーリアが、ミネルバの左舷前方でビームライフルを構えた。

「こっち来るなっての!」

 

ビームが走る。1機が回避する。しかし別の1機が、艦へ向かう。

ルナマリアは舌打ちし、機体を滑り込ませた。敵のビームがザクのシールドを叩く。

「くっ!」

 

コクピットが揺れる。警報が鳴る。それでも、ルナマリアは引かなかった。

「ミネルバには、近づけさせない!」

 

反撃の一射が、敵機の胴を撃ち抜いた。

 

*****

 

ミネルバの前方宙域は、弾幕に埋め尽くされていた。

ビームの光条。ミサイルの航跡。爆発の閃光。赤い警告表示が、ブリッジのモニターを次々と染めていく。

 

「迎撃、間に合いません!」

「右舷、弾幕薄い!」

「CIWS、稼働率限界! 砲身が焼き付きます!」

 

艦体の表面から無数の曳光弾が伸び、迫るミサイルを撃ち落としていく。

爆発、爆発、また爆発。

火花の雲が艦の前面に広がる。だが、すべては落とせない。

撃ち漏らしたミサイルが艦首を掠めた。

衝撃。

ブリッジが大きく揺れる。アーサーが手すりに掴まりながら叫んだ。

 

「被弾! 艦首装甲、軽微損傷!」

「針路は」

「維持できます!」

「なら速度を落とさないで」

 

タリアの声だけが、揺れる艦橋の中で鋭く通った。

 

「速度を落とせば包囲されるわ」

 

アーサーは言葉を呑んだ。

それは正しかった。今、ミネルバに許されている選択肢は少ない。

撃ち合いに付き合えば、敵は増える。止まれば包囲される。後退すれば、第2陣の残存機に追いつかれる。

ならば、進むしかない。

たとえその先に、さらに敵がいても。

 

*****

 

セイバーが変形し、敵ミサイルの列を斜めに切り裂くように飛び込んだ。

アスランは機体を高速で滑らせながら、ビーム砲を連続発射する。ミサイルが次々と爆ぜる。

だが爆発の光が晴れる前に、敵MSがその隙間から現れた。

『シン、左前方の3機を抑えろ。レイは艦首前方のミサイル群。ルナマリアは艦の左舷を維持』

「了解!」

 

シンはインパルスを前へ出す。

敵3機が散開した。包囲ではない。足止め。彼らは徹底していた。撃墜されても、時間を奪えばいい。

その動きに、シンは苛立ちを覚える。

「邪魔なんだよ!」

 

インパルスが1機へ突っ込む。敵は後退する。別の2機が射線を重ねる。

シンはビームをかわし、サーベルを抜いた。近い。今なら斬れる。

そう思った瞬間、アスランの声が飛んだ。

『深追いするな!』

「っ!」

 

シンは寸前で進路を変えた。直後、先ほどまで自分がいた空間を、別方向からのビームが貫く。

「くそっ、誘いか!」

『そうだ。敵はお前を止めたいだけだ』

「分かってる!」

 

言い返しながら、シンは敵の誘導には乗らなかった。

腹立たしい。だが、ここで敵1機を落としても意味がない。ミネルバが抜けなければ負けだ。

シンは歯を食いしばり、敵の正面ではなく、進路を遮る位置へビームを撃ち込んだ。

敵3機が散る。

その隙間を、ミネルバの艦首が進む。

 

*****

 

格納庫。

警報がまだ鳴り響いている。

レギナントは半跪姿勢のまま固定されている。セラはその足元で、モニター越しに外の戦闘を見ていた。

ビームの光。ミサイルの爆発。ミネルバの艦体を掠める閃光。

そのすべてを、セラは黙って見ていた。

メイリンはブリッジにいる。ヨウランとヴィーノは端末に残った試作型接続補助ユニットのデータを確認しながらも、何度も戦闘モニターへ視線を向けていた。

 

「くそ……」

 

ヨウランが小さく吐き捨てる。

 

「動けば、出せたのか」

「出せたらな」

 

ヴィーノも苦い顔をする。

 

「でも、あの反応じゃ戦闘は無理だ。出したところで、狙い撃ちされる」

 

ヨウランは黙る。その事実が分かっているから、何も言えない。

セラが静かに口を開いた。

 

「試作型接続補助ユニットでの出撃は、成功率が低いと判断します」

「……分かってるよ」

 

ヨウランの声には、いつもの軽さがなかった。

セラは少しだけ首を傾げる。

 

「改良の余地はあります」

「え?」

 

ヨウランが顔を上げる。

 

「信号取得方式に問題があります。原因特定後、再試験は可能です」

 

ヴィーノが一瞬だけ固まった。ヨウランも同じだった。

セラの言葉は、励ましではない。慰めでもない。ただの技術的判断。

それでも。

 

「……そうかよ」

 

ヨウランは少しだけ笑った。

 

「じゃあ、次は失敗しないようにしないとな」

「失敗確率の低減は必要です」

「そこは普通に頑張るって言わせてくれよ」

 

ヴィーノが小さく息を吐く。

 

「お前ら、ほんと噛み合わないな」

 

だがその声には、少しだけ力が戻っていた。

 

*****

 

第3陣の包囲線は、完全には閉じていなかった。

だが、閉じるのは時間の問題だった。

敵の狙いは分かっている。ミネルバの針路を狭める。低軌道側へ押し込む。逃げ道を減らす。最後に後続と連携して、逃げ道を完全に塞ぐ。

タリアは戦況図を見つめていた。

第1陣と第2陣。そして第3陣。その配置が、まるで段階的にミネルバを追い込む線のように見える。

 

「艦長、進路前方に敵ミサイル群!」

「迎撃!」

「CIWS、弾薬消費率上昇! 間もなく弾薬欠乏!」

「MS隊、まだ戻せません!」

 

報告が重なる。

タリアは黙っていた。

このまま戦い続ければどうなるか。答えは明白だった。

いずれ第4陣、第5陣も来る。

ロゴス本体にとって、ミネルバを止めるための部隊は1つではない。失われたなら次を送ればいい。疲弊したなら別の部隊が穴を埋めればいい。

これは巨大な組織の戦い方だ。

タリアはゆっくりと息を吐いた。

 

「この宙域に留まれば、終わりがないわ」

 

アーサーが顔を上げる。

 

「艦長……?」

「ミネルバはこの戦場を放棄する」

「放棄って、どちらへ……」

 

タリアは正面モニターを見た。その先には青い惑星があった。

地球。低軌道の下に広がる、大気の海。

 

「降下角を取ります」

 

ブリッジが一瞬静まり返った。アーサーの声が裏返る。

 

「大気圏へ、ですか!?」

「このまま宇宙で戦えば、敵の数に飲まれるわ。なら敵の網から外れる」

「しかし、このタイミングでの降下は危険です!」

「ここに残る方が危険よ」

 

タリアの声は揺れなかった。

 

「ミネルバ、降下準備。MS隊に帰投命令。全機、直ちに収容します」

「了解!」

 

メイリンの声が通信に乗る。

 

『MS隊、全機帰投してください。ミネルバは大気圏降下に入ります』

 

通信の向こうで、シンが叫んだ。

『大気圏って、今からかよ!?』

『命令だ。戻るぞ』

 

アスランの声が即座に続く。

『敵を振り切る。全機、ミネルバへ』

『了解』

 

レイが短く答える。

『ちょっと、まだ敵が――!』

『だから戻るんだ。ここで戦い続けるな』

 

ルナマリアの声に、アスランが重ねた。

 

*****

 

ミネルバは艦体を傾けた。

その巨体が、低軌道の下へ向かって角度を取る。艦首の先に、青い光が広がる。

地球の大気。そこへ突入するための降下角。

敵もそれに気付いた。第3陣の動きが変わる。

追撃のミサイル群が再び放たれる。白い航跡がミネルバの背後へ伸びた。

 

「来るぞ!」

 

シンが叫ぶ。

インパルスが反転し、迫るミサイル群へライフルを撃ち込む。アスランのセイバーが高速で横切り、複数の弾頭をまとめて撃ち落とす。

レイのミサイルが迎撃に重なり、ルナマリアの射撃が撃ち漏らしを叩く。

爆発の花が、ミネルバの背後に咲いた。

それでも敵は止まらない。ミサイル、ビーム、MS。すべてが、ミネルバの降下を阻止しようと迫る。

だが、ミネルバは止まらなかった。

 

「全機、帰投急げ!」

 

アスランが叫ぶ。

シンは最後の1機を牽制してから、機体を翻した。

「くそっ、追ってくるなよ!」

 

インパルスがミネルバへ向かう。ルナマリア機も続く。

レイ機が最後尾で敵の射線を抑え、セイバーがその上を覆う。

ミネルバのカタパルトハッチが開いた。

1機ずつ、帰投していく。

その間にも、艦体は降下角を維持していた。待てない。戻らなければ置いていかれる。戻っても、次は大気圏突入。

休む暇などない。

 

*****

 

格納庫に各機が収容される。

整備員たちが駆け寄る。だが、整備などしている時間はない。

 

『大気圏突入準備。全区画、耐衝撃姿勢』

 

艦内放送が鳴る。

格納庫の固定アームが各機を押さえ、緊急固定具が降りる。レギナントも、半跪姿勢のまま強固に固定されていた。

セラはその足元から動かない。

 

メイリンの声が艦内通信に乗る。

 

『大気圏突入まで、カウント開始』

 

シンがコクピットの中で歯を食いしばる。

ルナマリアは荒い息を整えながら、モニター越しに格納庫の白い大型機を見た。

レイは無言で固定確認を終える。

アスランはヘルメット越しに、艦の揺れを感じていた。

 

ブリッジでは、タリアが正面を見据えている。

青い光が近づく。大気の層が、ミネルバの前に広がっている。

 

「突入角、維持」

「耐熱フィールド、展開準備」

「艦首温度、上昇予測範囲内」

 

報告が重なる。

タリアは頷いた。

 

「このまま降ります」

 

ミネルバの艦首が、青い惑星へ向いた。

宇宙の闇から、大気の海へ。

逃げ込むのではない。戦場を変えるために。

ミネルバは、地球へ降下を開始した。

 

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