機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
第三陣。
その言葉は誰も口にしなかった。
だが、ブリッジの誰もが理解していた。
前方低軌道側から接近する熱源反応。
数は、第二陣よりも多い。
距離はまだある。
だが、進路が重なっていた。
まるでミネルバが次に進むべき場所を、先回りして塞ぐように。
「敵新手、なお接近中。数、24……いえ後続反応あり。正確な数、まだ出ません」
メイリンの声が硬くなる。
「まだ来るのか……!?」
アーサーが顔を青ざめさせた。
タリアは正面モニターから目を離さない。
第一陣を抜けた。
第二陣も抜けた。
しかし、抜けた先には第三陣がいた。
敵の機体1つ1つが特別に強いわけではない。
突出したエースがいるわけでもない。
だが、終わらない。
倒しても次が来る。
突破しても、その先にまた壁ができる。
タリアはそこでようやく、相手の本質を見た。
これは追撃ではない。
迎撃でもない。
網だ。
巨大な組織が持つ、数と通信網と補給線で作られた、広すぎる網。
ミネルバはその端に触れただけだった。
「MS隊、全機まだ帰投できません!」
メイリンが報告する。
「第三陣の進路、ミネルバの航路と交差します。このままでは再度包囲されます!」
タリアは短く頷いた。
「MS隊に迎撃継続を指示。ミネルバは進路を維持。敵陣を抜けます」
「了解!」
*****
『第三陣接近。全機、迎撃継続。ミネルバは進路維持』
ブリッジからの指示が通信に乗る。
シンは息を吐く暇もなく、インパルスを反転させた。
「三回目かよ!」
前方に光点が広がっている。
最初は星のように見えた。
だが違う。
敵機の推進光。
ミサイルの発射炎。
それらが重なり、宇宙の暗闇に人工の星座を作っていた。
アスランの声が割り込む。
『散開しろ。敵は弾幕で艦を止める気だ』
「分かってますよ!」
シンは叫び、インパルスを加速させた。
その直後、敵陣の前面から無数の光が放たれる。
ミサイル。
1発や2発ではない。
視界の端から端まで、白い航跡が伸びてくる。
まるで宇宙そのものに網を張るように。
「多すぎるんだよ!」
シンはビームライフルを連射する。
一発目。
二発目。
三発目。
爆発が連鎖し、ミサイルの群れに穴が開く。
だが、その向こうからまた次が来る。
『全部落とすな。艦に向かうものを優先しろ』
「簡単に言うな!」
『簡単ではない。だから言っている』
レイの声は冷静だった。
ブレイズザクファントムの肩部からミサイルが放たれる。
弾頭が敵ミサイル群へ突っ込み、複数の爆発を生んだ。
爆光が連なり、宇宙空間に一瞬だけ壁ができる。
その壁の向こう側から、ウィンダム隊が姿を現した。
ミサイルで視界を塞ぎ、その裏からMSが進路を詰める。
第一陣、第二陣よりも明確だった。
敵はミネルバを止める気だ。
艦を撃沈できなくてもいい。
足を止めれば、さらに次が来る。
ルナマリアのガナーザクウォーリアが、ミネルバの左舷前方でビームライフルを構えた。
「こっち来るなっての!」
ビームが走る。1機が回避する。
しかし別の1機が艦へ向かう。
ルナマリアは舌打ちし、機体を滑り込ませた。
敵のビームがザクのシールドを叩く。
「くっ!」
コクピットが揺れる。
警報が鳴る。
それでもルナマリアは引かなかった。
「ミネルバには、近付けさせない!」
反撃の一射が、敵機の胴を撃ち抜いた。
*****
ミネルバの前方宙域は、弾幕に埋め尽くされていた。
ビームの光条。
ミサイルの航跡。
爆発の閃光。
赤い警告表示が、ブリッジのモニターを次々と染めていく。
「迎撃、間に合いません!」
「右舷、弾幕薄い!」
「CIWS、稼働率限界! 砲身が焼き付きます!」
艦体の表面から無数の曳光弾が伸び、迫るミサイルを撃ち落としていく。
爆発、爆発、また爆発。
火花の雲が艦の前面に広がる。
だが、すべては落とせない。
撃ち漏らしたミサイルが艦首を掠めた。
衝撃。
ブリッジが大きく揺れる。
アーサーが手すりに掴まりながら叫んだ。
「被弾!艦首装甲、軽微損傷!」
「針路は」
「維持できます!」
「なら速度を落とさないで」
タリアの声だけが、揺れる艦橋の中で鋭く通った。
「速度を落とせば包囲されるわ」
アーサーは言葉を呑んだ。
それは正しかった。
今、ミネルバに許されている選択肢は少ない。
撃ち合いに付き合えば、敵は増える。
止まれば包囲される。
後退すれば、第二陣の残存機に追いつかれる。
ならば、進むしかない。
たとえその先に、さらに敵がいても。
*****
セイバーが変形し、敵ミサイルの列を斜めに切り裂くように飛び込んだ。
アスランは機体を高速で滑らせながら、ビーム砲を連続発射する。
ミサイルが次々と爆ぜる。
だが爆発の光が晴れる前に、敵MSがその隙間から現れた。
『シン、左前方の3機を抑えろ。
レイは艦首前方のミサイル群。
ルナマリアは艦の左舷を維持』
「了解!」
シンはインパルスを前へ出す。
敵3機が散開した。
包囲ではない。
足止め。
彼らは徹底していた。
撃墜されても、時間を奪えばいい。
その動きに、シンは苛立ちを覚える。
「邪魔なんだよ!」
インパルスが1機へ突っ込む。
敵は後退する。
別の2機が射線を重ねる。
シンはビームをかわし、サーベルを抜いた。
近い。
今なら斬れる。
そう思った瞬間、アスランの声が飛んだ。
『深追いするな!』
「っ!」
シンは寸前で進路を変えた。
直後、先ほどまで自分がいた空間を、別方向からのビームが貫く。
「くそっ、誘いか!」
『そうだ。敵はお前を止めたいだけだ』
「分かってる!」
言い返しながら、シンは敵の誘導には乗らなかった。
腹立たしい。
だが、ここで敵1機を落としても意味がない。
ミネルバが抜けなければ負けだ。
シンは歯を食いしばり、敵の正面ではなく進路を遮る位置へビームを撃ち込んだ。
敵3機が散る。
その隙間を、ミネルバの艦首が進む。
*****
格納庫。
警報がまだ鳴り響いている。
レギナントは半跪姿勢のまま固定されている。
セラはその足元で、モニター越し外の戦闘を見てる。
ビームの光。
ミサイルの爆発。
ミネルバの艦体を掠める閃光。
そのすべてを、セラは黙って見ていた。
メイリンはブリッジにいる。
ヨウランとヴィーノは端末に残った小判ちゃん2号のデータを確認しながらも、
何度も戦闘モニターへ視線を向けていた。
「くそ……」
ヨウランが小さく吐き捨てる。
「動けば、出せたのか」
「出せたらな」
ヴィーノも苦い顔をする。
「でも、あの反応じゃ戦闘は無理だ。出したところで、狙い撃ちされる」
ヨウランは黙る。
その事実が分かっているから、何も言えない。
セラが静かに口を開いた。
「小判ちゃん二号での出撃は、成功率が低いと判断します」
「……分かってるよ」
ヨウランの声には、いつもの軽さがなかった。
セラは少しだけ首を傾げる。
「改良の余地はあります」
「え?」
ヨウランが顔を上げる。
「信号取得方式に問題があります。原因特定後、再試験は可能です」
ヴィーノが一瞬だけ固まった。
ヨウランも同じだった。
セラの言葉は、励ましではない。
慰めでもない。
ただの技術的判断。
それでも。
「……そうかよ」
ヨウランは少しだけ笑った。
「じゃあ、次は失敗しないようにしないとな」
「失敗確率の低減は必要です」
「そこは普通に頑張るって言わせてくれよ」
ヴィーノが小さく息を吐く。
「お前ら、ほんと噛み合わないな」
だがその声には、少しだけ力が戻っていた。
*****
第三陣の包囲線は、完全には閉じていなかった。
だが、閉じるのは時間の問題だった。
敵の狙いは分かっている。
ミネルバの針路を狭める。
低軌道側へ押し込む。
逃げ道を減らす。
そして次を待つ。
最後に後続と連携して
タリアは戦況図を見つめていた。
第一陣と第二陣、そして第三陣目。
その配置が、まるで段階的にミネルバを追い込む線のように見える。
「艦長、進路前方に敵ミサイル群!」
「迎撃!」
「CIWS、弾薬消費率上昇! 間もなく弾薬欠乏!」
「MS隊、まだ戻せません!」
報告が重なる。
タリアは黙っていた。
このまま戦い続ければどうなるか。
答えは明白だった。
いずれ第四陣、第五陣も来る。
ロゴス本体にとって、ミネルバを止めるための部隊は1つではない。
失われたなら次を送ればいい。
疲弊したなら別の部隊が穴を埋めればいい。
ダーダネルスでの戦闘が脳裏をよぎる。
あの時も、ミネルバは戦場に残り続け、甚大な損傷を負った。
マルマラ海の港へ退いて修理と補給を受けられたからこそ、
艦は持ち直した。
だが、今は違う。
ここは宇宙だ。
近くに港はない。
補給もない。
敵は終わらない。
同じ判断はできない。
「この宙域に留まれば、終わりがないわ」
アーサーが顔を上げる。
「艦長……?」
「ミネルバはこの戦場を放棄する」
「放棄って、どちらへ……」
タリアは正面モニターを見た。
その先には青い惑星があった。
地球、低軌道の下に広がる、大気の海。
「降下角を取ります」
ブリッジが一瞬静まり返った。
アーサーの声が裏返る。
「大気圏へ、ですか!?」
「このまま宇宙で戦えば、敵の数に飲まれるわ。なら敵の網から外れる」
「しかし、このタイミングでの降下は危険です!」
「ここに残る方が危険よ」
タリアの声は揺れなかった。
「ミネルバ、降下準備。MS隊に帰投命令。全機、直ちに収容します」
「了解!」
メイリンの声が通信に乗る。
『MS隊、全機帰投してください。ミネルバは大気圏降下に入ります』
通信の向こうで、シンが叫んだ。
『大気圏って、今からかよ!?』
『命令だ。戻るぞ』
アスランの声が即座に続く。
『敵を振り切る。全機、ミネルバへ』
『了解』
レイが短く答える。
『ちょっと、まだ敵が――!』
『だから戻るんだ。ここで戦い続けるな』
ルナマリアの声に、アスランが重ねた。
*****
ミネルバは艦体を傾けた。
その巨体が、低軌道の下へ向かって角度を取る。
艦首の先に、青い光が広がる。
地球の大気。
そこへ突入するための降下角。
敵もそれに気付いた。
第三陣の動きが変わる。
追撃のミサイル群が再び放たれる。
白い航跡がミネルバの背後へ伸びた。
「来るぞ!」
シンが叫ぶ。
インパルスが反転し、迫るミサイル群へライフルを撃ち込む。
アスランのセイバーが高速で横切り、複数の弾頭をまとめて撃ち落とす。
レイのミサイルが迎撃に重なり、ルナマリアの射撃が撃ち漏らしを叩く。
爆発の花が、ミネルバの背後に咲いた。
それでも敵は止まらない。
ミサイル、ビーム。MS。
すべてがミネルバの降下を阻止しようと迫る。
だが、ミネルバは止まらなかった。
「全機、帰投急げ!」
アスランが叫ぶ。
シンは最後の1機を牽制してから、機体を翻した。
「くそっ、追ってくるなよ!」
インパルスがミネルバへ向かう。
ルナマリア機も続く。
レイ機が最後尾で敵の射線を抑え、セイバーがその上を覆う。
ミネルバのカタパルトハッチが開いた。
1機ずつ、帰投していく。
その間にも、艦体は降下角を維持していた。
待てない。
戻らなければ置いていかれる。
戻っても、次は大気圏突入。
休む暇などない。
*****
格納庫に各機が収容される。
整備員達が駆け寄る。
だが、整備などしている時間はない。
『大気圏突入準備。全区画、耐衝撃姿勢』
艦内放送が鳴る。
格納庫の固定アームが各機を押さえ、緊急固定具が降りる。
レギナントも、半跪姿勢のまま強固に固定されていた。
セラはその足元から動かない。
メイリンの声が艦内通信に乗る。
『大気圏突入まで、カウント開始』
シンがコクピットの中で歯を食いしばる。
ルナマリアは荒い息を整えながら、モニター越しに格納庫の白い大型機を見た。
レイは無言で固定確認を終える。
アスランはヘルメット越しに、艦の揺れを感じていた。
ブリッジでは、タリアが正面を見据えている。
青い光が近付く。
大気の層が、ミネルバの前に広がっている。
「突入角、維持」
「耐熱フィールド、展開準備」
「艦首温度、上昇予測範囲内」
報告が重なる。
タリアは頷いた。
「このまま降ります」
ミネルバの艦首が、青い惑星へ向いた。
宇宙の闇から、大気の海へ。
逃げ込むのではない。
戦場を変えるために。
ミネルバは、地球へ降下を開始した。