機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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洋上の夜間襲撃

インド洋南西部。

夜の海は黒かった。

月は雲に隠れ、水平線の位置すら曖昧になっている。

ミネルバは低く唸りながら、アフリカ南端へ向けて航行していた。

艦体に当たる風は湿り、海面から吹き上がる水気が装甲を薄く濡らしている。

 

大気圏へ降りてから数日。

損傷箇所の応急処置は進んでいた。

弾薬も最低限の再配置を終え、MS隊も再出撃可能な状態に戻りつつある。

だが完全ではない。

 

宇宙で受けた傷は、まだ艦のどこかに残っていた。

それでも、追撃の気配は来ていない。

 

スエズを避け、アフリカ南端を大きく迂回する航路。

敵拠点の密度は低く、待ち伏せされる可能性は低いはずだった。

 

そのはずだった。

 

「熱源反応、上空より接近!」

 

ブリッジにメイリンの声が響いた。

タリアは即座に顔を上げる。

 

「数は」

「航空戦力、24……いえ、後続反応あり。

 海面付近にも艦艇反応。挟撃です!」

 

アーサーが息を呑んだ。

 

「こんな海域で……!?」

 

タリアは正面モニターを見据えた。

 

海図上に赤い光点が広がっていく。

上空から接近する航空機。

海面すれすれを進む艦艇。

そして、それらに随伴するMS反応。

 

スエズではない。

紅海でもない。

あえて危険地帯を避けたはずの航路だった。

 

「第一戦闘配備。MS隊、発進準備」

「了解!」

 

警報が鳴る。

夜のミネルバが、再び戦闘の艦へ変わっていった。

 

*****

 

格納庫では、赤い警告灯が回っていた。

インパルス、ガナーザクウォーリア、ブレイズザクファントム、セイバー。

4機が発進スタンバイへ入る。

 

その奥で、レギナントは片膝を曲げて佇んでいた。

白い大型MS。

地球の重力下でなお、主命を待つ騎士のように静止している。

 

まだ正式な実戦復帰は認められていない。

神経接続補助ユニット3号は、

通常機動と短時間の高機動制御までは成功している。

だが、ドラグーン制御はシミュレーター上の基礎試験に留まっていた。

 

ヨウランとヴィーノは、その足元で端末を抱えていた。

 

「来やがった……!」

「このタイミングでかよ!」

 

ヴィーノが歯を食いしばる。

セラはレギナントのコクピットへ続く昇降リフトの前に立っていた。

顔色は変わらない。

ただ、視線は白い機体から離れていなかった。

 

「レギナントの出撃を申請」

「待て」

 

ヴィーノが即座に言った。

 

「ドラグーンはまだ実機じゃ試してない」

「現在の敵戦力に対し、ミネルバ隊4機のみでの防衛は困難。

 敵の物量攻撃は、現戦力では許容範囲外。

 少しでも戦力は必要です」

「それは……」

 

ヴィーノは言葉に詰まる。

ヨウランが端末を握り締めた。

 

「ブリッジに行く。今のデータを見せる」

「おい、無茶言うなよ」

「無茶でも何でも、ここで出せなきゃ意味がねぇだろ!」

 

ヨウランは走り出した。

ヴィーノも舌打ちして後を追う。

セラは一度だけレギナントを見上げた。

白い騎士は、まだ動かない。

 

*****

 

「シン・アスカ、インパルス、行きます!」

 

インパルスが夜の海へ飛び出した。

空気が重い。

宇宙のようには加速しない。

スラスターを吹かしても、機体全体が見えない何かに引かれているようだった。

旋回や上昇すれば速度が落ち。

下げればすぐに海面が迫る。

 

「くそっ、重い!」

 

シンは機体を持ち上げながら叫んだ。

続いてガナーザクウォーリアが発進する。

ルナマリアはオルトロスを構えようとして、すぐに機体の姿勢が流れるのを感じた。

 

「ちょっと、空中で構えるの面倒くさ……!」

『高度を維持しろ、ルナマリア。海面に近づきすぎるな』

 

アスランの声が通信に入る。

セイバーは変形し、夜空へ上がっていた。

だがその動きも、宇宙ほど自由ではない。

大気が機体を叩き、旋回のたびに速度を奪っていく。

 

レイのブレイズザクファントムはミネルバ上空で火力支援位置についた。

 

『敵は上と海面の両方から来る。艦から離れすぎるな』

 

「分かってるって!」

 

シンは正面へ出る。

上空から敵MSが降ってきた。

夜の雲を割り、複数のウィンダムがビームライフルを構える。

その下、海面近くでは小型艦艇がミサイルを撃ち上げていた。

 

黒い海の上に、白い航跡が伸びる。

 

「ミサイル来るぞ!」

 

シンがライフルを撃つ。

1発、2発、3発。

爆発が夜空に花を咲かせる。

だが、弾幕は途切れなかった。

 

宇宙で見た光景とは違う。

ミサイルの煙が大気中に残り、

海面に爆風が叩きつけられ、水柱が立つ。

視界が白く濁り、その中から次の敵影が現れる。

 

『全部落とすな。艦へ向かうものだけを狙え』

 

レイの声は冷静だった。

 

「簡単に言うなよ!」

『簡単ではない。だから言っている』

 

ブレイズザクファントムのミサイルが放たれる。

敵弾と味方弾が夜空で交差し、爆発の連鎖がミネルバの進路を照らした。

 

*****

 

艦橋は揺れていた。

 

「迎撃、間に合いません!」

「至近弾、きます!」

 

衝撃。

ブリッジの床が震える。

 

「艦尾装甲損傷! 軽微です!」

「進路は」

「維持できます!」

「なら速度を落とさないで」

 

タリアは戦況図から目を離さない。

敵は強すぎるわけではない。

だが多い。

そして、地球の重力がミネルバ隊の動きを鈍らせている。

宇宙ならば取れた回避角が取れない。

上昇にも下降にも制限があり、

ミネルバ自身も海面上という狭い戦場に縛られていた。

 

逃げ道が少ない。

敵はそこを突いていた。

 

「艦長!」

 

ブリッジの扉が開き、ヨウランとヴィーノが駆け込んできた。

アーサーが振り返る。

 

「君達、ここは――」

「神経接続補助ユニット3号、ドラグーン制御の目途が立ちました!」

 

ヨウランが端末を掲げる。

 

「レギナントを出してください!」

 

タリアの目が細くなった。

 

「実機でのドラグーン制御は確認したの?」

 

ヨウランが言葉を詰まらせる。

ヴィーノが一歩前へ出た。

 

「実機ではまだです。でもシミュレーター上では、基礎制御に成功しています」

「なら許可できません」

 

即答だった。

 

「未確認の装備を戦場で使わせるわけにはいかないわ」

「でも、このままだと――!」

「分かっています」

 

タリアの声は低く、鋭かった。

 

「だからこそ、確実でないものを切り札として扱うわけにはいかない」

 

ヨウランは唇を噛む。

その時、通信が入った。

 

『ブリッジ』

 

メイリンが振り返った。

 

「セラ?」

『小判ちゃん3号によるシミュレーター試験は良好。

 通常機動、高機動制御、ドラグーン基礎制御は許容範囲内と判断』

 

タリアは目を伏せない。

 

「実機確認は済んでいません」

『はい』

「それでも出ると言うの?」

『現在の戦況ではそれが最適。

 ミネルバ隊のみでの突破成功率は低下。

 でもレギナントで敵包囲形成を阻害可能』

 

淡々とした声だった。

そこに焦りはない。

だが、次の言葉に、メイリンの表情が変わった。

 

『もし小判ちゃん3号での制御が不十分な場合、

 直接神経接続へ切り替え可能。

 炎症反応は既に沈静化』

「セラ、それは駄目!」

 

メイリンの声が震えた。

 

「必要にしないために作ってるんでしょう!」

『必要であれば実施します』

「そういうことじゃない!」

『それが本来のプロセス』

 

ブリッジに、海上戦闘の警報が重なる。

タリアは数秒だけ沈黙した。

戦況図の赤い光点は増えている。

ミネルバ隊は押し返している。だが、押し切れていない。

敵は上空から、海面から、何度も進路を塞ぎに来る。

このままでは、艦が削られる。

 

「セラ」

『はい』

「レギナントの出撃を許可します。

 ただし、神経接続補助ユニット3号での運用に限定。

 直接神経接続への切り替えは、私の命令があるまで認めません」

『了解』

「目的は敵の殲滅ではありません。

 ミネルバの退路確保です。

 短時間で包囲を崩し、ただちに帰投しなさい」

『了解。レギナント、出撃準備』

 

*****

 

格納庫の奥で、白い騎士が動き出した。

片膝を曲げて佇んでいたレギナントが、ゆっくりと上体を起こす。

固定アームが外れ、整備足場が退避する。

地球の重力がその巨体を押さえつけているはずなのに、純白の機体は静かに立ち上がっていった。

セラはコクピットに収まる。

神経接続補助ユニット3号が信号を拾い、複数の入力を分散してレギナントへ流していく。

通常制御、安定。

 

高機動制御、短時間許容。

ドラグーン基礎制御、未確定。

表示は冷たい。

だが、機体は応答している。

 

「レギナント、出撃します」

 

白い大型MSがミネルバから夜の海へ出た。

その瞬間、敵部隊の通信がざわめいた。

 

『白い大型MS、確認!』

『例の機体か!?』

『構わん、数で押し込め! 包囲を完成させろ!』

 

敵MSが散開する。

上空からのミサイル。

海面からの対空火器。

複数方向のビーム。

そのすべてが、レギナントとミネルバを同時に狙った。

 

 

『ドラグーン、展開』

 

まず、レギナント、そしてミネルバを中心に、6基のドラグーンが散開した。

広い戦場の戦場の上下、左右、前後。

まるで見えない箱の面を押さえるように、空間の中心線へ配置されていく。

次の瞬間、羽先から何本もの赤い光線が夜空を走る。

 

空間支配(クリーンズ・ウェブ)、展開』

 

数えきれない無数の光線が檻を形成する。

その周りを残る2基がゆっくりと回っていた。

まるで、黒い海の上に蜘蛛の巣が張られていくようだった。

 

敵のミサイルが光線に触れた瞬間に爆ぜる。

接近したウィンダムの進路が、赤い糸に阻まれる。

ビームがレギナントを狙う。

だが、レギナントは、その先を読んでいるかのように敵の機動を切った。

 

シンはインパルスのコクピットで息を呑む。

 

「すげぇ……」

 

ルナマリアもオルトロスを構えたまま、夜空の光を見上げていた。

 

「これが、地球の上でも……」

 

アスランはすぐに通信を開く。

 

『全機、レギナントに合わせろ。包囲が乱れたところを抜く』

『了解』

 

レイのブレイズザクファントムが支援射撃を重ねる。

ルナマリアのオルトロスが敵の進路を薙ぐ。

シンのインパルスが、光の網で動きを止めた敵へ突っ込む。

 

「今なら行ける!」

 

インパルスのビームサーベルが夜を裂いた。

 

 

敵指揮艇の中で、指揮官はモニターを睨んでいた。

 

「この数で押しても、近づけないのか……!」

 

指揮官の声が低く漏れた。

ミネルバへ向かうはずだった部隊が進めない。

数は圧倒的に勝っている。

上空と海面から挟んでいる。

火力も十分すぎるほど足りている。

なのに、近づけない。

白い機体が形成した赤い領域(フィールド)が射線を潰し、

ミサイル、そしてMSの通り道を塞いでいる。

 

 

だが、その網は永遠ではない。

 

「接続負荷、上昇!」

 

メイリンの声がブリッジに響いた。

 

『ドラグーンの同期率低下中。 

 でもまだ空間支配(クイーンズ・ウェブ)は継続可能』

 

セラから平坦な声が聞こえてくる。

タリアは即座に判断した。

 

「セラは、シン達の退路を確保しつつ、あなたも帰投準備しなさい。

 ミネルバはこのまま突破します」

『退路確保、了解』

 

夜空に張られた光の網が少しずつほどけていく。

その間にミネルバは敵の包囲線を抜けた。

シン達も後退に入る。

敵は追おうとした。

しかし、レギナントが放つ数本の赤い線が進路を切り、追撃の足を鈍らせる。

ミネルバは速度を落とさない。

夜の海を割るように進んでいった。

 

******

 

格納庫に戻ったレギナントは再び片膝を曲げた。

白い騎士が、主命を終えて膝を折る。

コクピットハッチが開き、セラが降りてくる。

足取りは安定している。

だが、いつもよりわずかに遅い。

メイリンが駆け寄った。

 

「セラ!」

「小判ちゃん3号による出撃は成功。

 ドラグーン制御は短時間に限り有効」

「そうじゃなくて、身体は?」

 

セラはメイリンの顔を見ながら、考えるように数秒沈黙した。

 

「直接神経接続は実施していません」

「……本当に?」

 

その答えに、メイリンはようやく息を吐いた。

ヨウランとヴィーノも二人を見ながら同時に肩の力を抜く。

 

「やったな」

「まだだ」

 

ヴィーノが端末に目を向ける。

 

「短時間で信号に遅延が出てきてる。

 これは改良しないと長時間運用は無理だ。」

「分かってる」

 

ヨウランはレギナントを見上げた。

 

「でも、出撃できた」

 

二人が振り返ると、セラが白い機体を見上げていた。

 

「小判ちゃん3号は有効」

 

ヴィーノが疲れた顔で笑った。

 

「……だから、その名前で定着させるなって」

 

格納庫の空気が少しだけ緩む。

だが、ブリッジの空気は違っていた。

 

 

タリアは戦況記録を見つめている。

敵は、アフリカ南端迂回ルート上で正確にミネルバを捕捉した。

偶然とは考えにくい。

スエズを避けた。

敵拠点密度の低い海域を選んだ。

それでも、敵は来た。

 

タリアは小さく呟く。

 

「この航路で見つかるのは、おかしいわ……」

 

その言葉に、メイリンの手が止まった。

ミネルバは夜の海を進み続けている。

だが、追撃を振り切ったはずの艦内に、別の不穏さが静かに沈み始めていた。

 




レギナントのドラグーン設定

兵装名  レギナント専用ドラグーン
搭載機  レギナント
搭載数  8基
基本形状 バドミントンのシャトルに近い形状
     コルク部に当たる基部と、外側へ広がる羽状のレーザー照射部を持つ
小型無線兵装
推進部  シャトルのコルク部分に相当する基部側に推進・姿勢制御機構を搭載
可視レーザー照射部
     羽状パーツの先端各部から複数の可視レーザーを照射
     1ユニット1本ではなく、
     1基のドラグーンから複数本の可視レーザーを展開可能
     羽状パーツの角度に沿い、中心軸からわずかに外側へ広がる形で照射される
主ビーム発射基
     ユニット中心部に主ビーム発射基を搭載
主な役割 敵機の進路制限、心理的圧迫、空間支配、死角からの攻撃
単発火力 支援兵器としての運用を想定し、通常のドラグーン兵装より単発威力は控えめ
     MS相手でも撃破には複数発の命中が必要
ドラグーンの配置位置
    立方体をイメージして配置される。
     ただし角ではなく上面、下面、左面、右面、前面、後面を担当する6基が
     面の中心を押さえることで、
     必要ユニット数を抑えつつ支配領域を形成する。
     残り2基は、撃墜時の予備、および突破・接触した敵への攻撃担当
     ※面を担当するドラグーンも攻撃を行う。
弱点   役割上、可視レーザーの視認性が著しい環境、即ち大気圏内の昼間では
     敵機の進路制限効果が下がる
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