機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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03.白い守護者

所属不明艦は、静かに進路を変え続けていた。

 

この宙域から離脱するように。

デブリ帯の濃い場所へ、船体を滑り込ませるように。

 

その退路の前には、赤い網が張り巡らされていた。

 

「くそっ!」

 

インパルスが急加速する。

同時に、ドラグーンの赤い線が動いた。

 

シンは咄嗟に機体を捻る。

その先へビームが走った。

 

「っ!」

 

避けた方向に、また赤い線。

さらに逆側から別の射線。

 

逃げ道が、少しずつ削られていく。

 

『シン! 無理に前へ出るな!』

 

レイの声が飛ぶ。

 

だが、シンは止まらなかった。

 

「このまま逃がしてたまるかよ!」

 

目前で、所属不明艦は少しずつ距離を広げている。

見えている。

追える距離にいる。

 

なのに、届かない。

 

白いMSはほとんど動いていなかった。

動いているのは、周囲に散ったドラグーンだけだ。

 

赤い線が滑る。

それだけで、インパルスの進路が潰される。

 

避ける。

誘導される。

止められる。

 

その繰り返しだった。

 

「だったら!」

 

シンは機体を一度引き、反動をつけるように横へ振った。

正面突破ではない。

斜め上方から回り込み、白いMSではなく輸送艦の側面を狙う。

 

一瞬、赤い線の密度が薄く見えた。

 

いける。

 

そう思った瞬間、インパルスの前方に新しい線が走った。

 

「読んでんじゃねえ!」

 

ビームが走る。

シンは機体を沈め、下へ抜ける。

 

だが、そこにも線があった。

 

「ちっ!」

 

インパルスが急制動をかける。

その機体のすぐ脇を、ビームが掠めていった。

 

『シン、下がれ。こちらで端末を狙う』

 

レイのザクファントムが、白いドラグーンの一つへ照準を合わせる。

短い射撃。

 

ドラグーンは、まるで弾道を見ていたかのように身を翻した。

 

外れた。

 

だが、レイは続けて撃つ。

逃げる端末を追い、さらに別のドラグーンへ射線を移す。

 

その間にも、別の端末が赤い線を引いた。

シンの前へ。

レイの横へ。

そして、二機の間を割るように。

 

『……分断してくるか』

 

レイの声が低くなる。

 

「レイ!」

『構うな。進路を固定されるな』

 

インパルスが再び前へ出ようとする。

しかし、そのたびに赤い線が動く。

 

線は壁ではない。

触れたら終わり、というものでもない。

 

それでも、そこへ踏み込めばビームが来る。

回避すれば、次の線が待っている。

 

見えているのに、進めない。

 

『艦長、このままでは対象艦をロストします!』

 

メイリンの声が、ブリッジに響いた。

 

タリアはモニターを睨みつける。

そこには、戦場全域へ広がる異様な光景が映っていた。

 

白いMS。

赤い線。

そして、その中で足止めされているインパルスとザクファントム。

 

「……信じられないわね」

 

タリアが小さく呟く。

 

アーサーが息を呑んだ。

 

「たった1機で、シンたちを……?」

 

タリアは迷わなかった。

 

「追加を出します。ルナマリア、アスランを出撃」

 

すぐに通信がつながる。

 

『対象は所属不明機(ボギー)――いえ、敵機(バンディット)と断定します』

『敵機はドラグーンによる広域制圧を行っています。無理に突撃せず、包囲と撃退を優先しなさい』

『了解!』

『了解した』

 

ルナマリアのガナーザクウォーリアと、アスランのセイバーがカタパルトから飛び出した。

 

---

 

増援が到着したことで、戦場の形が変わった。

 

正面にシン。

後方支援にレイ。

左翼からルナマリア。

そして右翼上方から、アスランのセイバーが回り込む。

 

4機で囲めば、突破口は作れる。

少なくとも、ドラグーンの注意を散らすことはできるはずだった。

 

「シン、無茶しないでよ!」

「分かってる!」

『ルナマリア、射線を広く取れ。端末をまとめて動かす』

「やってみる!」

 

ガナーザクが砲身を構えた。

大型ビーム砲の照準が、ドラグーンの群れをなぞる。

 

ルナマリアは白いMS本体を狙わなかった。

まずは網を崩す。

そう判断しての射撃だった。

 

砲撃が走る。

 

ドラグーンが散った。

赤い線が一瞬、乱れる。

 

「今!」

 

シンが飛び込む。

 

だが、その乱れたはずの空間に、別の端末が滑り込んだ。

赤い線が、インパルスの鼻先を横切る。

 

「またかよ!」

 

シンは機体を横へ倒す。

そこへ、上方からアスランのセイバーが入った。

 

「シン、退け!」

 

セイバーが変形し、高速で抜ける。

ドラグーンの包囲を外から切り崩すように、アスランは細かく進路を変えた。

 

だが、白いMSは動かない。

 

代わりに、赤い線だけが動く。

 

アスランの前に一本。

斜め下に二本。

さらに、セイバーが次に曲がるであろう先へ、もう一本。

 

「進路を……選ばされている」

 

アスランの声が低くなる。

 

セイバーは速い。

機動で押し切れる場面はいくらでもある。

 

だが、この赤い線の中では、その速さが逆に縛られていた。

曲がれば線がある。

抜ければ射線が来る。

止まれば、包囲が狭まる。

 

『クイーンズ・ウェブ、展開継続』

 

少女の声が、通信に混じった。

 

感情はない。

勝ち誇る響きもない。

 

ただ、状態を報告しているだけだった。

 

「クイーンズ・ウェブ……!」

 

シンが歯を食いしばる。

意味は分からない。

だが、その名前だけは耳に残った。

 

ルナマリアが再び砲撃を放つ。

レイが別方向から端末を追う。

アスランが高速で回り込む。

シンが空いた隙間へ突っ込む。

 

一瞬だけ、4機の動きが重なった。

 

白いMSの前へ、道が開いたように見えた。

 

「抜ける!」

 

シンが叫ぶ。

 

インパルスが加速する。

白いMSまで、あとわずか。

その向こうには、デブリ帯へ逃げ込もうとする所属不明艦がある。

 

だが次の瞬間、白いMSの大型スカート装甲がわずかに開いた。

 

ドラグーンが、さらに位置を変える。

 

赤い線が、4機の間を縫うように走った。

 

シンとアスランの間。

ルナマリアの射線上。

レイの退避方向。

 

包囲しようとしたはずの4機が、逆に分断される。

 

「っ、射線が取れない!」

 

ルナマリアが叫ぶ。

 

『シン、前に出すぎるな!』

 

レイの警告と同時に、ビームが走った。

インパルスの左肩を掠め、装甲表面に火花が散る。

 

「ぐっ!」

 

警告音が鳴る。

シンは反射で機体を下げた。

 

下がらされた。

 

それが分かった瞬間、腹の奥が熱くなる。

 

「ふざけんな……!」

 

シンはもう一度、機体を前へ出そうとした。

 

だが、アスランの声が割り込む。

 

『シン、追うな! 艦を見失う!』

「だから追うんだろ!」

『違う。今は位置情報を残す方が先だ!』

 

その言葉とほぼ同時に、ミネルバから通信が入った。

 

『全機、深追いは禁止。対象艦の位置情報を優先』

 

タリアの声だった。

 

シンは一瞬、反論しかけた。

だが、モニターの端で対象艦の熱源が急速に薄れていく。

 

デブリ帯に紛れる。

 

白いMSは、そこへの道を守りきっていた。

 

「対象艦、熱源減衰。このままではロストします!」

 

メイリンの声が響く。

 

タリアは短く息を吐いた。

 

「追跡データを保存。周辺宙域に監視ビーコンを散布」

『はい!』

 

それが限界だった。

 

無理に突っ込ませれば、こちらが崩れる。

白いMSは、それを待っているようにすら見えた。

 

やがて、所属不明艦の熱源がデブリ帯へ溶けるように消えていく。

 

目標ロスト。

 

その表示が、モニターに浮かんだ。

 

同時に、赤い線が一本ずつ消えていく。

 

前方の線。

右の線。

上方の線。

シンたちの間を裂いていた線。

 

ドラグーンが白いMSのもとへ戻っていく。

 

白い機体は、最後までほとんど動かなかった。

ただ静かに、そこにいた。

 

役目は終わった。

 

そう告げるように、白いMSが後退を始める。

 

「待てよ……!」

 

シンが機体を前へ出そうとする。

 

だが、タリアの声が再び入った。

 

『全機、追撃禁止。帰投しなさい』

 

シンは歯を食いしばった。

 

白いMSは、もう撃ってこない。

赤い線もない。

 

それでも、誰も前へ出なかった。

出られなかった。

 

デブリ帯の影へ、白い機体が小さくなっていく。

 

インパルスのコクピットで、シンはただ、その姿を睨みつけていた。

 

「……なんなんだよ、あいつ」

 

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