機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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31.救援要請

ミネルバは、アフリカ大陸の西岸を北上していた。

 

夜間襲撃を退けてから、しばらく大きな追撃はない。艦体の損傷は応急処置で塞がれ、機関も安定している。

だが、完全に安全とは誰も思っていなかった。

 

海は広い。敵の拠点密度は低い。

それでも、一度見つかれば、ロゴスはどこからでも牙を伸ばしてくる。

だからこそ、艦内では警戒態勢が続いていた。

 

その一方で、訓練室には別の熱があった。

 

「くそっ、またかよ!」

 

シミュレーターの中で、シンのインパルスが撃墜判定を受けた。

警告音が鳴り、画面が暗転する。隣のシートではルナマリアが大きく息を吐いた。

 

「1対4でこれって、ちょっと反則じゃない?」

『反則ではありません。設定条件内』

 

セラの声が、通信越しに返ってくる。

彼女はレギナントのシミュレーターモデルを操作していた。実機ではない。神経接続補助ユニット経由で取得した信号をもとに、模擬空間上でクイーンズ・ウェブの再現精度を確認している。

 

勝利条件は撃墜ではなかった。

 

8分45秒。

 

現在のレギナントが、神経接続補助ユニット3号で安定運用できる限界時間。

その間に、セラへ有効打を入れる。あるいは、支配領域を突破し、レギナントへ追いつく。

 

条件だけ聞けば単純だった。

だが実際は違う。

 

進路を切られる。誘導される。逃げ道があるように見えて、その先に次の射線が置かれている。

シンもルナマリアも、何度もそこへ引っかかった。

 

レイは記録を確認しながら、淡々と言った。

 

「突入角が単調だ。読まれている」

「分かってる!」

「分かっている動きではない」

「いちいち言わなくても!」

 

シンが言い返す。

アスランは腕を組み、モニターに表示された軌跡を見ていた。

 

「シン、正面から抜くことにこだわりすぎだ。レギナントは、正面を空けているように見せて誘導している」

「じゃあ、どうしろって言うんですか」

「入る場所を変えるんじゃない。入るタイミングをずらせ」

 

シンは悔しそうに舌打ちした。

それでも、シートから降りようとはしなかった。

 

「もう1回だ」

「また?」

「今度は抜く」

「試験継続」

 

ルナマリアが呆れ、セラは短く返した。

 

その時だった。

 

艦内に、短い警報音が鳴った。

 

*****

 

ブリッジでは、メイリンが通信に耳を澄ませていた。

雑音混じりの救難信号が、何度も繰り返されている。

 

『こちらラ……ゴス駐在部隊。現在、大西洋連邦系のMS部隊と交戦中。4機中1機大破。残存3機、劣勢。救援を請う……』

 

メイリンの表情が強張る。

 

「艦長、味方の救難信号です。発信源はギニア湾沿岸、ラゴス市近郊」

 

タリアは即座に海図を確認した。

ラゴス。ザフトに比較的友好的な沿岸都市。ギニア湾から内陸へ伸びる補給線の要所であり、カノ中継基地へ向かう物資の一部もこの周辺を通る。

そのため、小規模ながらザフトの駐在部隊が置かれていた。

 

「敵数は」

「正確には不明。ただ、複数のMS反応あり。市街地外縁で交戦中です」

 

アーサーが息を呑む。

 

「市街地で、ですか」

 

タリアの判断は早かった。

 

「進路変更。ラゴスへ向かいます」

「ミネルバはまだ応急修理中ですが……」

「味方の救難信号を無視はできません」

 

タリアは通信を開いた。

 

「MS隊へ。セイバー、インパルス、先行して救援に向かいなさい。市街地被害を最小限に抑えること。ルナマリア、レイはミネルバ周辺警戒」

『了解』

 

アスランの声が返る。

続いてシンが叫んだ。

 

『シン・アスカ、インパルス、出ます!』

 

*****

 

ラゴス市の上空には、黒い煙が上がっていた。

港湾区画から内陸へ伸びる道路の一部が破壊され、民間車両が放置されている。

市街地の外縁では、ザフトのザク3機が防衛線を張っていた。

 

すでに1機は倒れていた。

大破したザクが、ビルの影に横たわっている。コクピット周辺は辛うじて形を残しているが、戦闘復帰は不可能だった。

 

残る3機も無傷ではない。

敵のダガーL部隊は、市街地側へ押し込むように動いていた。

 

「市街地に入らせるな!」

 

ラゴス駐在部隊の隊長機が、シールドを構えながら叫ぶ。

だが、反撃は限定されていた。

 

この街は、ザフトに補給を提供している友好都市だ。

火力の高い兵器を使えば、市街地に被害が出る。そうなれば、これまで協力関係を築いてきた市民にも影響が出てしまう。

それを敵は理解していた。

 

ダガーLは建物の影を使いながら接近してくる。ザク側が撃てない角度へ回り込み、じわじわと包囲を狭めていた。

 

「くそっ……!」

 

隊長機が後退する。

 

その時、空が赤く裂けた。

 

セイバーが急降下してくる。

MA形態から変形した赤い機体が、市街地外縁にいたダガーLへ精密射撃を叩き込んだ。爆発は道路上で収まり、建物への直撃は避けられている。

 

「ザフトの増援!?」

 

敵機が散る。

その隙に、インパルスが低空から突入した。

 

「街に入ってくるんじゃねぇ!」

 

シンはビームライフルを構える。

だが、撃たない。敵の背後には建物があった。

 

インパルスは一気に距離を詰め、ビームサーベルを抜いた。

ダガーLが振り返るより早く、腕部を斬り落とす。続けて膝を蹴り砕き、機体を道路へ叩きつけた。

 

「次!」

『シン、突出するな。市街地側へ追い込みすぎるな』

「分かってますよ、そんなこと!」

 

セイバーが上空から敵の退路を切る。インパルスが市街地に入りかけた機体を押し戻す。

ザク3機も態勢を立て直した。

 

数分後、ダガーL部隊は撤退を始めた。

アスランは追撃しない。目的は殲滅ではなく、市街地を守り、ラゴス駐在部隊を救うことだった。

 

*****

 

ラゴス駐在部隊の隊長は、後にミネルバへ乗艦した。

損傷したパイロットの治療と機体回収を終えた後、彼はタリアの前で深く頭を下げた。

 

「救援、感謝します。ミネルバが来なければ、防衛線は崩れていました!」

「状況を聞かせてください」

 

タリアは小さく頷き、報告を促した。

 

「我々はラゴス駐在部隊です。ラゴス市はザフトとの関係が比較的良好で、ギニア湾から内陸へ向かう補給路の要所になっています。特にカノ中継基地へ向かう物資の一部は、この港を経由しています」

「それで、大西洋連邦が襲撃を?」

「はい。連中にとってラゴスはザフト協力都市です。直接占領するには政治的にも面倒ですが、補給線を乱すための襲撃は何度も受けています」

 

アーサーが眉を寄せる。

 

「それで市街地で交戦を?」

「こちらから市街地へ引き込んだわけではありません。敵が利用したのです。我々が大火力を使えないことを」

 

隊長の声が苦くなる。

 

「その隙を突かれ、1機を失いました」

 

会議室に重い沈黙が落ちる。

タリアはしばらく考えた後、静かに口を開いた。

 

「カノ中継基地では、補給を受けられますか」

「可能です。大規模修理は無理ですが、弾薬、推進剤、陸路情報なら提供できます」

 

タリアは頷いた。

ジブラルタルを目指すには、まだ距離がある。沿岸をこのまま進めば、また同じような襲撃に遭う可能性もあった。

内陸補給線を使うなら、カノは無視できない。

 

「ミネルバはカノへ向かいます」

 

アーサーが確認する。

 

「内陸ルートへ入る、ということですか」

「ええ。補給と情報整理を優先します」

 

タリアはモニターに表示された海図を見た。

ラゴス。カノ。その先に広がる、広大なアフリカ大陸。

 

海上から砂漠へ。

 

ミネルバの進路は、また変わろうとしていた。

 

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