機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバは、アフリカ大陸の西岸を北上していた。
夜間襲撃を退けてから、しばらく大きな追撃はない。
艦体の損傷は応急処置で塞がれ、機関も安定している。
だが、完全に安全とは誰も思っていなかった。
海は広い。
敵の拠点密度は低い。
それでも、一度見つかれば、ロゴスはどこからでも牙を伸ばしてくる。
だからこそ、艦内では警戒態勢が続いていた。
その一方で、訓練室には別の熱があった。
「くそっ、またかよ!」
シミュレーターの中で、シンのインパルスが撃墜判定を受けた。
警告音が鳴り、画面が暗転する。
隣のシートではルナマリアが大きく息を吐いた。
「1対4でこれって、ちょっと反則じゃない?」
『反則ではありません。設定条件内』
セラの声が、通信越しに返ってくる。
彼女はレギナントのシミュレーターモデルを操作していた。
実機ではない。
神経接続補助ユニット経由で取得した信号をもとに、模擬空間上でクイーンズ・ウェブの再現精度を確認している。
勝利条件は撃墜ではなかった。
8分45秒。
現在のレギナントが神経接続補助ユニット3号で安定運用できる限界時間。
その間に、セラへ有効打を入れる。
あるいは、支配領域を突破し、レギナントへ追いつく。
条件だけ聞けば単純だった。
だが実際は違う。
進路を切られる。
誘導される。
逃げ道があるように見えて、その先に次の射線が置かれている。
シンもルナマリアも、何度もそこへ引っかかった。
レイは記録を確認しながら、淡々と言った。
「突入角が単調だ。読まれている」
「分かってる!」
「分かっている動きではない」
「いちいち言わなくても!」
シンが言い返す。
アスランは腕を組み、モニターに表示された軌跡を見ていた。
「シン、正面から抜くことにこだわりすぎだ。レギナントは、
正面を空けているように見せて誘導している」
「じゃあ、どうしろって言うんですか」
「入る場所を変えるんじゃない。入るタイミングをずらせ」
シンは悔しそうに舌打ちした。
それでも、シートから降りようとはしなかった。
「もう1回だ」
「また?」
「今度は抜く」
「試験継続」
ルナマリアが呆れ、セラは短く返した。
その時だった。
艦内に、短い警報音が鳴った。
******
ブリッジでは、メイリンが通信に耳を澄ませていた。
雑音混じりの救難信号が、何度も繰り返されている。
『こちらラ…ゴス駐在部…隊。 現…在、大…西洋…連邦系MS部隊と…交戦…中。
4機中…1…機大破。 残存3…機、劣勢。 救援を…請う……』
メイリンの表情が強張る。
「艦長、味方の救援要請です。場所はギニア湾沿岸、ラゴス市近郊」
タリアは即座に海図を確認した。
ラゴス。
ザフトに比較的友好的な沿岸都市。
ギニア湾から内陸へ伸びる補給線の要所であり、
カノ中継基地へ向かう物資の一部もこの周辺を通る。
そのため、小規模ながらザフトの駐在部隊が置かれていた。
「敵数は」
「正確には不明。ただ、複数のMS反応あり。
市街地外縁で交戦中です」
アーサーが息を呑む。
「市街地で、ですか」
タリアの判断は早かった。
「進路変更。ラゴスへ向かいます」
「ミネルバはまだ応急修理中ですが……」
「味方の救難信号を無視はできません」
タリアは通信を開いた。
「MS隊へ。セイバー、インパルス、先行して救援に向かいなさい。
市街地被害を最小限に抑えること。
ルナマリア、レイはミネルバ周辺警戒」
『了解』
アスランの声が返る。
続いてシンが叫んだ。
『シン・アスカ、インパルス、出ます!』
*****
ラゴス市の上空には、黒い煙が上がっていた。
港湾区画から内陸へ伸びる道路の一部が破壊され、
民間車両が放置されている。
市街地の外縁では、ザフトのザク3機が防衛線を張っていた。
すでに1機は倒れていた。
大破したザクが、ビルの影に横たわっている。
コクピット周辺は辛うじて形を残しているが、戦闘復帰は不可能だった。
残る3機も無傷ではない。
敵のダガーL部隊は、市街地側へ押し込むように動いていた。
「市街地に入らせるな!」
ラゴス駐在部隊の隊長機が、シールドを構えながら叫ぶ。
だが、反撃は限定されていた。
この街は、ザフトに補給を提供している友好都市だ。
火力の高い兵器を使えば、市街地に被害が出る。
そうなればこれまで良くしてきた市民にも影響が出てしまう。
それを敵は理解していた。
ダガーLは建物の影を使いながら接近してくる。
ザク側が撃てない角度へ回り込み、じわじわと包囲を狭めていた。
「くそっ……!」
隊長機が後退する。
その時、空が赤く裂けた。
セイバーが急降下してくる。
MA形態から変形した赤い機体が、市街地外縁にいたダガーLへ精密射撃を叩き込んだ。
爆発は道路上で収まり、建物への直撃は避けられている。
「ザフトの増援!?」
敵機が散る。
その隙に、インパルスが低空から突入した。
「街に入ってくるんじゃねぇ!」
シンはビームライフルを構える。
だが、撃たない。
敵の背後には建物があった。
インパルスは一気に距離を詰め、ビームサーベルを抜いた。
ダガーLが振り返るより早く、腕部を斬り落とす。続けて膝を蹴り砕き、機体を道路へ叩きつけた。
「次!」
『シン、突出するな。市街地側へ追い込みすぎるな』
「分かってますよ、そんなこと!」
セイバーが上空から敵の退路を切る。
インパルスが市街地に入りかけた機体を押し戻す。
ザク3機も態勢を立て直した。
数分後、ダガーL部隊は撤退を始めた。
アスランは追撃しない。
目的は殲滅ではなく市街地を守り、ラゴス駐在部隊を救うことだった。
*****
ラゴス駐在部隊の隊長は、後にミネルバへ乗艦した。
損傷したパイロットの治療と機体回収を終えた後、彼はタリアの前で深く頭を下げた。
「救援、感謝します。ミネルバが来なければ、防衛線は崩れていました!」
「状況を聞かせてください」
タリアは隊長に笑顔で応え促した。
「我々はラゴス駐在部隊です。
ラゴス市はザフトとの関係が比較的良好で、ギニア湾から内陸へ向かう補給路の要所になっています。
特にカノ中継基地へ向かう物資の一部は、この港を経由しています」
「それで、大西洋連邦が襲撃を?」
「はい。 連中にとってラゴスはザフト協力都市です。
直接占領するには政治的にも面倒ですが、補給線を乱すための襲撃は何度も受けています」
アーサーが眉を寄せる。
「それで市街地で交戦を?」
「こちらから市街地へ引き込んだわけではありません。
敵が利用したのです。我々が大火力が使えないことを」
隊長の声が苦くなる。
「その隙を突かれ、1機を失いました」
会議室に重い沈黙が落ちる。
タリアはしばらく考えた後、静かに口を開いた。
「カノ中継基地では、補給を受けられますか」
「可能です。大規模修理は無理ですが、弾薬、推進剤、陸路情報なら提供できます」
タリアは頷いた。
ジブラルタルを目指すには、まだ距離がある。
沿岸をこのまま進めば、また同じような襲撃に遭う可能性もあった。
内陸補給線を使うなら、カノは無視できない。
「ミネルバはカノへ向かいます」
アーサーが確認する。
「内陸ルートへ入る、ということですか」
「ええ。補給と情報整理を優先します」
タリアはモニターに表示された海図を見た。
ラゴス。
カノ。
その先に広がる、広大なアフリカ大陸。
海上から砂漠へ。
ミネルバの進路は、また変わろうとしていた。