機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
カノ中継補給基地は、砂に囲まれた基地だった。
ギニア湾から内陸へ伸びる補給線の途中に置かれたその基地は、
前線基地というよりも物資の集積所に近い。
弾薬、推進剤、交換部品、食料、水、医療品。
各方面へ送られる物資が一度ここへ集められ、必要に応じて振り分けられている。
そのため、基地の規模は小さくなかった。
滑走路と格納庫。
補給倉庫、
整備区画、
兵員宿舎、
さらに基地内には、駐留兵向けの購買区画まである。
ミネルバは、そこに数日間滞在することになった。
艦体の応急修理、弾薬と推進剤の補給、MS各機の整備、
そしてジブラルタルへ向かう内陸ルートの情報整理。
やるべきことは多い。
だが、艦内の空気には、久しぶりに少しだけ余裕が戻っていた。
*****
「買い物?」
セラは、メイリンの言葉をそのまま繰り返した。
「そう。基地の中にPXがあるんだって。補給基地だから品揃えもそこそこいいみたい」
「PX」
「購買所。ここで駐留してる兵士達のためお店、って思えばいいかな」
メイリンが説明する。
セラは数秒考えた。
「現行装備に過不足はありません」
「いや、そういう話じゃないのよ」
隣にいたルナマリアが腕を組む。
「セラの部屋って、何もなさすぎるの。
タオルとか、ブラシとか、着替えとか、
普通に必要なものを買うの」
「支給品で代替可能」
「その支給品だけで生きようとするのをやめなさい」
ルナマリアの言葉に、メイリンがうんうんと頷く。
セラは納得していない顔だった。
もっとも、表情はほとんど変わっていない。
「外部移動許可は」
「基地の外は駄目。でも、基地内の購買区画だけなら条件付きで許可が出たよ」
「条件」
「顔を隠すこと。余計なことを言わないこと。私達から離れないこと」
メイリンはそう言って、防塵用のフード付き外套を差し出した。
薄い砂色の布だ。
砂漠地帯の基地では珍しくもない装備で、顔の輪郭を自然に隠せる。
セラはそれを見た。
「変装ですか」
「防塵対策」
ルナマリアが即答した。
「それと情報秘匿措置。合理的でしょ?」
セラは数秒沈黙した。
「合理性あり」
「よし、勝った」
ルナマリアが小さく拳を握る。
******
PXは、思ったよりも賑わっていた。
補給基地らしく、棚には軍用の備品から簡易食料、衣類、雑貨まで並んでいる。
整備兵らしき者達が工具の替えを選び、若い兵士達が携行食や嗜好品を抱えている。
乾いた空気の中に、機械油と紙箱と粉っぽい砂の匂いが混じっていた。
セラはフードを深く被り、メイリンとルナマリアの間を歩いている。
その姿は、少し不自然だった。
だが、ここは砂漠の基地だ。
頭から布を被った兵士や作業員も珍しくない。
「まずタオル」
ルナマリアが棚から数枚を取る。
「必要数は1枚で十分」
「十分じゃない。洗い替えが必要」
「乾燥環境下では乾燥速度が速い」
「そういう問題じゃない」
メイリンは苦笑しながら、柔らかそうなタオルを追加で籠に入れた。
「次、ヘアブラシ」
「手で整えられます」
「駄目」
「なぜ」
「髪が絡まるから」
「戦闘に支障なし」
「日常に支障があるの!」
ルナマリアが半ば強引にブラシを入れる。
セラは抵抗しなかった。
ただ、籠の中身をじっと見ている。
タオル。
ブラシ。
替えのインナー。
小さな収納箱。
基地の兵士達にとっては何でもない日用品だった。
だが、セラにとっては違う。
それらは支給品ではない。
命令で割り当てられた装備でもない。
自分のために選ばれているものだった。
「セラも、何か選んでいいんだよ」
メイリンが言う。
「選定基準は」
「好きかどうか」
セラは止まった。
「好き、の判定基準が不明」
その言葉に、メイリンは少しだけ困った顔をした。
ルナマリアも、からかうような言葉を飲み込む。
しばらくして、メイリンは棚の小物を指した。
「じゃあ、見ていて気になるもの。手に取ってもいいと思ったもの」
セラは棚を見た。
筆記具。
小型のライト。
布製のポーチ。
簡易食料。
色のついた髪留め。
どれも、任務には直接必要ない。
セラの視線が、ひとつの小さな白いポーチで止まった。
手に取る。
何の変哲もない布製の小物入れだった。
「これ?」
メイリンが尋ねる。
「レギナントの装甲色に近い」
ルナマリアが額に手を当てた。
「結局そこ基準なのね」
メイリンは笑った。
「でも、セラが選んだなら、それでいいよ」
セラは白いポーチを見つめた。
「これを取得します」
「買います、でいいの」
「買います」
その言い直しは、ほんの少しだけぎこちなかった。
*****
会計へ向かう途中だった。
通路の向こうから来た若い兵士が、ふとセラの方を見た。
風が通り、フードの端がわずかに揺れる。
その下から、淡い髪色と横顔がのぞいた。
兵士の足が止まる。
「……あれ?」
メイリンの背筋が固まった。
ルナマリアが一歩前に出る。
「どうかした?」
「いや、その子……どこかで見たような」
兵士が首を傾げる。
セラがそちらを向こうとした瞬間、メイリンがさりげなく肩を押さえた。
ルナマリアは笑ってみせる。
「あー、よく言われるのよ。この子、顔立ちがちょっと似てるから」
「似てるって、まさか……」
「でも、こんなところでラクス・クラインが軍用タオル選んでるわけないでしょ?」
兵士は言葉に詰まった。
確かに、それはそうだった。
メイリンがすかさず続ける。
「ミネルバ所属の技術協力員です。任務上、詳細は言えません」
セラが口を開いた。
「私は――」
「はい、会計行こうね!」
メイリンが即座に遮る。
ルナマリアもセラの背中を押した。
「そうそう、技術協力員は忙しいの。じゃあね」
3人は足早にその場を離れた。
少し離れたところで、ルナマリアが小声で言う。
「セラ、今、何を言おうとしたの」
「私はミネルバ所属の技術協力員ではありません、と訂正を」
「訂正しなくていい!」
メイリンが悲鳴に近い声を上げる。
「でも事実と異なります」
「今はいいの!」
セラは首を傾げた。
「虚偽申告は問題では」
「問題だけど、もっと大きな問題を防ぐための小さい問題!」
「分類が曖昧です」
「あとで説明するから!」
ルナマリアは疲れたように息を吐いた。
「もう、ほんとに目が離せないんだから」
セラは籠の中の白いポーチを見た。
そして、短く答えた。
「了解」
*****
同じ頃、基地司令部では、タリアがカノ基地司令と向かい合っていた。
補給予定、整備区画の割り当て、ジブラルタル方面への連絡。その確認はすでに終わっている。
だが、司令の表情は晴れなかった。
「気になる情報があります」
彼はそう切り出した。
「確証はありません。偵察報告も断片的です。
ただ、ここ最近、内陸方面で大西洋連邦の正規部隊とは異なる動きが確認されています」
「ロゴス系ですか」
「可能性はあります」
司令は地図を表示した。
カノからさらに北。
サハラの内陸へ続く、長い陸路。
「タマンラセット方面です。
所属不明の輸送隊、見慣れないMSらしき機影、夜間の熱源反応。
いずれも単独では判断材料になりませんが、重なると無視できない」
タリアは地図を見つめた。
ジブラルタルへ向かう内陸ルート。
その先に、不確かな影がある。
「ミネルバが進む予定圏内ですね」
「はい。こちらから調査部隊を出す余裕はありません。
ですが、もし貴艦が北上するなら、警戒を強めるべきです」
タリアは無言で頷いた。
補給のために立ち寄った基地で、また新しい影を掴む。
それが偶然なのか、あるいはミネルバが進む先に、初めから待っていたものなのか。
まだ分からない。
だが、ひとつだけ確かだった。
ミネルバの地上航路は、また静かに危険な方向へ曲がり始めていた。