機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

33 / 98
33.黒鉛の栖

カノ中継補給基地での補給は、予定より早く進んでいた。

 

ミネルバの艦体に残っていた損傷は、完全ではないにせよ応急処置を終えている。弾薬と推進剤も補充され、MS各機の整備もひと通り済んでいた。

ジブラルタルへ向かう準備は、整いつつある。

 

だが、艦長室の空気は軽くなかった。

 

タリアは机上の端末に表示された地図を見つめていた。アーサーもその隣で、カノ基地から提供された情報を確認している。

地図に示されているのは、カノから北へ伸びる内陸ルート。その先、サハラの奥にあるタマンラセット方面だった。

 

「輸送部隊の失踪が3件。不審な熱源反応が5件。所属不明機の目撃証言が複数」

 

アーサーが読み上げる。

 

「どれも確証には足りませんが……重なりすぎていますね」

「ええ」

 

タリアは静かに頷いた。

 

情報は断片的だった。

補給物資を運んでいた部隊が、砂漠の途中で消息を絶った。夜間にだけ動く熱源がある。現地の遊牧民や偵察班が、見慣れないMSらしき影を見た。

だが、そのどれもが決定的な証拠ではない。

 

それでも、すべてが同じ方角を指している。

 

「ジブラルタルへ向かうには、この地域の近くを通ることになります。迂回しますか」

「迂回すれば、時間も燃料も余計に消耗します。それに敵拠点が本当にあるなら、背後を取られる危険も残るわ」

 

タリアは地図上の一点を指した。

 

タマンラセット北西、起伏の激しい岩場地帯。

現地の目撃情報と熱源反応を重ねた結果、そこに何かがある可能性が高かった。

 

「完全制圧は目的ではありません。こちらから一撃を加え、敵の目と補給線を乱す。その隙に通過します」

「急襲、ということですか」

「ええ。相手が待ち構える前に、こちらから動きます」

 

アーサーは少しだけ躊躇した。

 

「ですが、見慣れないMSというのが気になります。地球連合の新型でしょうか」

「可能性はあります。ただ報告にある機影は、ダガー系にもウィンダム系にも似ていない。MA系の発展型とも違う」

 

タリアは目を細めた。

 

「MSは運用思想が形に出ます。既存機の改良なら、どこかに系譜が残るものです。それが見えないなら……別機関、別組織の機体と見るべきでしょうね」

「ロゴス、ですか」

「断定はできません」

 

タリアは端末を閉じた。

 

「けれど、無視もできないわ」

 

*****

 

同じ頃、ミネルバの格納庫では、出撃準備が進められていた。

 

インパルスを始めとする各機は固定アームに支えられ、整備兵たちが最終確認を行っている。

レギナントは格納庫の奥で、片膝を曲げた姿勢のまま沈黙していた。

 

左側スカート装甲の損傷は、今ではスリットの入ったスカートのようにも見える。

戦闘で受けた傷であるはずなのに、その欠けた輪郭は、白い女王めいた印象を奇妙に損なっていなかった。

 

セラはその足元に立ち、端末を見ていた。

メイリンが隣から覗き込む。

 

「3号ユニットの数値、どう」

「通常制御、問題なし。高機動制御、短時間運用に限定。ドラグーン制御、負荷増大傾向あり」

 

そこで、セラは少しだけ間を置いた。

 

「長時間戦闘には不向きです」

「うん。そこはちゃんと分かってる」

 

メイリンは安心したように頷く。

 

以前なら、セラは必要とあれば無理を通そうとした。今でもその傾向は消えていない。

けれど、少なくとも彼女は自分の状態を報告するようになっている。

それだけでも、メイリンには大きな変化に見えた。

 

そこへシンが歩いてくる。

 

「セラ、今回も出るのか」

「艦長命令によります」

「そうじゃなくて、お前はどうなんだよ」

 

セラはシンを見た。

数秒、考える。

 

「必要なら出ます」

「またそれかよ」

 

シンは少し不満そうに言ったが、怒ってはいなかった。

メイリンが苦笑する。

 

「シンも出撃準備でしょ」

「ああ。変なMSがいるかもしれないって話だしな」

 

シンはインパルスを見上げた。

 

「向こうが何だろうと、先に叩けるならその方がいい」

 

その言葉に、セラは小さく首を傾げた。

 

「先に叩く」

「そうだよ。やられる前にやる」

「理解しました」

 

セラは端末に視線を戻す。

 

「今回の作戦目的と一致します」

「……そういう返しになるのか」

 

シンは妙な顔をした。

 

*****

 

タマンラセット方面。

 

岩場の奥に、その施設は隠されていた。

 

地表から見えるのは、古い採掘施設の跡と、半ば砂に埋もれた倉庫群だけだった。

だが、岩盤の下には地下格納庫があり、訓練区画があり、神経接続試験室がある。

 

ネメア・インダストリアル――タマンラセット支部。

 

研究所であり、訓練所であり、地球仕様ミュルミドンの実地試験場でもある施設だった。

 

その司令室に、警報が入る。

 

「ミネルバ接近。カノ方面より北上中」

 

報告を受けた研究所長兼司令官は、端末を見もせずに笑った。

 

「来たか」

 

白衣の上に軍用ジャケットを羽織った男だった。

研究者というより、前線指揮官に近い。いや、指揮官というより、戦力を並べてぶつけることを好む男だった。

 

「推定進路は」

「タマンラセット西側。現在、こちらの施設位置までは特定されていないと思われます」

「なら、好都合だ」

 

司令官は立ち上がる。

 

「迎撃部隊を出せ。ミュルミドン全小隊、起動準備!」

 

オペレーターが一瞬だけ動きを止めた。

 

「全小隊、ですか」

「そうだ」

「通常運用では4小隊を前線、残り4小隊は後詰めです。No.3の統制負荷が――」

「ミネルバにはレギナントがいる」

 

司令官の声が硬くなる。

 

「出し惜しみなどするな。ここで叩き潰す」

 

別の端末に、鉛黒の機体群が表示される。

ミュルミドン。

その中に、錆赤の小隊長機が混じっている。

 

地球仕様の翅蟻たちが、地下格納庫の中で目を覚まそうとしていた。

 

「No.3は」

「ストラテゴス、起動準備中。神経統制系、接続待機」

「起こせ」

 

司令官は短く命じた。

 

「8小隊すべてを使う。実戦データを取るには、これ以上ない相手だ」

 

*****

 

暗い格納庫の奥で、赤黒い巨体が沈黙していた。

 

ストラテゴス。

 

レギナントを上回る28m級の大型機。

巨大な頭部装甲、張り出した肩部装甲、重い脚部装甲。それらを細い骨格が支えているような、異様なシルエットを持つ。

 

装甲は黒い。

だが、完全な黒ではなかった。

照明を受けるたび、赤褐色にぬらりと光る。まるで巨大な甲虫の外殻だった。

縁取りには、燻んだ金属色が走っている。

 

そのコクピットで、No.3は目を開けた。

 

「起動確認。戦術統制系、接続待機」

 

少女の声は平坦だった。

感情はない。

ただ、命令を処理するための声だった。

 

『No.3。8小隊の統制を命じる』

「推奨運用を超過。最大統制時、継戦時間は5分以内と推定」

『構わん』

「了解」

 

No.3はそれ以上、何も言わなかった。

ストラテゴスの周囲で、システムが起動していく。

 

鉛黒の兵たち。

錆赤の小隊長機。

 

8小隊、32機。

それらが、将の命令を待っていた。

 

*****

 

ミネルバは砂漠上空を進んでいた。

 

速度は落としている。高度も低い。

熱源反応を追いながら、岩場地帯へ慎重に接近している。

ブリッジには緊張が満ちていた。

 

「熱源反応、複数。移動しています」

 

メイリンの声が響く。

 

「施設本体は」

「確認できません。ですが地表の反応と地下熱源が重なっています。自然熱源とは考えにくいです」

 

タリアは正面モニターを見つめた。

 

砂漠は静かだった。

風が砂を押し流し、岩場の影をゆっくりと変えていく。

見える範囲に敵影はない。砲火もない。

だがその静けさが安全を意味しないことを、誰もが知っていた。

 

「第2戦闘配備を維持。MS隊は即応待機。索敵範囲を広げて」

「了解」

 

アーサーが艦内へ指示を飛ばす。

ミネルバはゆっくりと進んでいく。

 

その先に何が待っているのかは、まだ見えない。

 

だが砂の下ではすでに、鉛黒の兵たちが動き始めていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。