機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
砂漠は静かだった。
ミネルバは速度を落とし、タマンラセット方面の岩場へ接近している。
艦は第二戦闘配備を維持したまま、各部の索敵装置を広域へ向けていた。
熱源反応はある。
だが、敵影は見えない。
砂に削られた岩場。風に流れる砂塵。
乾いた大地。そこに、MSの姿はなかった。
「熱源反応、増加」
メイリンの声がブリッジに響いた。
「位置は?」
「前方、左右に散っています。いえ……下です。地表近くから上昇反応!」
タリアの目が細くなる。
次の瞬間、砂の下から何かが跳ね上がった。
黒い影。
それも、1機ではない。
砂を割って、鉛黒のMSが次々と姿を現した。
低い姿勢で地表へ滑り出し、背部の翅状ユニットを震わせながらホバーで隊列を組んでいく。
その中に、錆赤の機体が混じっていた。
「敵MS、32機!」
アーサーが息を呑む。
「32機!?」
「第一戦闘配備!MS隊、発進!」
タリアの声が飛ぶ。
「正体不明機です。既存の連合MSと照合不能!」
メイリンが続けた。
その報告に重なるように、格納庫から通信が入る。
『艦長』
セラの声だった。
『あれはLシリーズの搭乗機、ミュルミドンの地球仕様』
ブリッジの空気が一段冷えた。
「Lシリーズ……」
タリアは短く息を吐いた。
「セラ、詳細は」
『Lシリーズは私の同系列個体。作戦行動中につき自我抑制状態と推定。
敵機は群体戦闘用で連携に特化した機体』
「了解。レギナントは待機。まずはMS隊で迎撃します」
『了解』
*****
「シン・アスカ、インパルス、行きます!」
インパルスがミネルバから飛び出した。
続いてガナーザクウォーリア、ブレイズザクファントム、セイバーが発進する。砂漠の上空へ出た瞬間、熱と乾いた空気が機体を包み込んだ。
シンは正面の敵群を見た。
「何だ、あいつら……!」
鉛黒のMS達は、普通のMSのようには立っていなかった。
人型に近い形態を取りながら、地上では脚を大きく使わず、ホバーで低く滑ってくる。
背部の翅状ユニットの下から推進光が噴き、砂煙をまき上げた。
先頭の1機がビームスピアを構える。
根元から先端まで細長く伸びるビーム刃。
それが槍というより、巨大な針のように前へ向けられた。
「来るぞ!」
突進する敵機に向かって、シンがビームライフルを撃つ。
頭部に直撃した。
だが、止まらない。
焼けた頭部前面装甲が弾け、外殻が剥がれ落ちる。
その奥で、赤い単眼がまだ光っていた。
「当たっただろ!?」
『正面装甲だ。側面に回れ、シン』
アスランの声が飛ぶ。
「分かってますよ!」
インパルスが上昇し、横へ回ろうとする。
だが、その進路を別のミュルミドンが塞いだ。
1機が正面、左右に2機。
さらに後方には錆赤の小隊長機が、まるで合図を出すように機体を傾ける。
鉛黒の3機がインパルスに向かって一斉に飛び掛かった。
「速い!」
地面を滑るような突撃。
歩行でも飛行でもない、砂地を利用した高速移動。
ビームスピアを揃えた姿は、槍を構えた兵士達が隊列のまま突っ込んでくるようだった。
左右には回避できない。後方も追いつかれる。
咄嗟にシンは上へ逃げた。
フォースシルエットの推力で高度を取った途端、ミュルミドン達の動きが鈍った。
空では追ってこられない。
「上なら――!」
そう思った瞬間、足元の砂が爆ぜた。
地中から別の機体が飛び出し、ヒートクローを開く。
「下から!?」
インパルスが身を捻る。
熱を帯びた爪が脚部装甲を掠め、警告音が鳴った。
シンは歯を食いしばる。
「こいつら、地面の中まで使うのかよ!」
*****
ルナマリアはガナーザクウォーリアで後方支援に回っていた。
オルトロスを構える。
だが撃てない。
敵は地表を低く滑り、砂煙を巻き上げ、味方との距離を詰めている。
撃てば当たる。
だが、タイミングを誤ればシンや味方機を巻き込む。
「もう、ちょこまかと……!」
『ルナ、焦るな。正面の錆赤を狙え』
レイの声が通信に入る。
「小隊長機?」
『おそらく指揮点だ』
ブレイズザクファントムがミサイルを放つ。
砂煙の中で爆発が広がった。
しかし、鉛黒のミュルミドン達は散開していた。
爆発を避けるというより、最初からその位置を空けていたような動きだった。
「読まれてる……?」
ルナマリアが息を呑む。
レイもモニターを見つめる。
『個別判断ではない。部隊単位で動いている』
「つまり、どこかで誰かが操ってるってこと?」
『可能性は高い』
*****
地下格納庫の奥。
ストラテゴスのコクピットで、No.3は目を開いたまま戦況を処理していた。
8小隊、32機。
鉛黒の量産機と錆赤の小隊長機。
それらの位置、速度、損傷、敵機の反応は、神経統制系を通じて流れ込んでくる。
「
No.3の声に感情はなかった。
ミュルミドンの背部に搭載された、加速ブースターを兼ねたドラグーン。
それを切り離し、地表近くへ潜る。
それは空中に残り、観測機として機能する。
地中の本体へ、敵機の位置情報を送り続けていた。
「インパルス、上昇傾向。地上拘束、継続」
No.3は、ただ戦場を動かしている。
軍隊を動かす将のように。
*****
「何なんだよ、こいつら!」
シンは叫んだ。
インパルスは一度空へ上がれば主導権を取れる。
だが、ミネルバを守るには地上の敵を放置できない。
ミュルミドン達はそれを理解しているかのように、
ミネルバへじわじわと迫っていた。
1機を斬る。
別の1機が砂の下へ沈む。
背部ユニットだけが空中に残り、赤い光を点滅させる。
次の瞬間、インパルスの背後で砂が破裂した。
「またか!」
シンはビームサーベルでヒートクローを弾く。
だが、正面から別のミュルミドンがビームスピアで突っ込んでくる。
空へ逃げればミネルバが狙われる。
地上に残れば囲まれる。
シンの額に汗が浮いた。
『単機の性能はレギナントより劣ります。』
通信にセラの声が入った。
「全然、弱くないじゃないかよ!」
『ただし、群体統制と地形適性により、脅威度は上昇』
「そういうことを言ってるんじゃない!」
すでにレギナントは出撃準備に入っていた。
*****
レギナントが出た。
白い大型MSが砂漠の上空に浮かぶ。
重力圏での飛行は、宇宙のような自由なものではない。
スカート装甲内部の推進光が巨体を押し上げ、重く空中に留めている。
セラは神経接続補助ユニット3号の数値を確認した。
通常制御、安定。
高機動制御、短時間許容。
ドラグーン制御、負荷上昇。
「
8基のドラグーンが展開する。
砂漠の昼。
夜ではない。
赤い可視レーザーは空に線を描くが、夜の海ほどの圧はない。
それでも、空間支配は機能する。
地上を走る何体ものミュルミドンの進路が切られ、突撃隊列が乱れた。
だが、止まらない。
1機が光線に触れた直後、ドラグーンの主ビームがその機体を撃ち抜き撃破する。
それでも、残りの機体は後退しなかった。
撃破された仲間を踏み越え、すぐに別の機体が同じ進路へ入る。
セラの目がわずかに細くなった。
「視覚的抑止、効果低下」
メイリンの声がブリッジから入る。
『セラ、どういうこと?』
「恐怖反応なし。自らの損耗回避より命令達成を優先」
「つまり、特攻!?」
セラはドラグーンを再配置する。
だが、問題は別にあった。
地中に潜った敵には、クイーンズ・ウェブが届かない。
空間を支配しても、敵は地面の下から出てくる。
光の面を張っても、その下を通られる。
ドラグーンが狙うには、地表へ出た一瞬を捉えるしかない。
「地中目標、捕捉困難、3号ユニット負荷、上昇」
セラの声が低くなった。
*****
ブリッジでは、戦況図が複雑に乱れていた。
敵の数は減っている。
だが減っている実感がない。
倒しても別の機体が出てくる。
地表の反応が消えたと思えば、地中へ潜っている。
空中に飛び上がった小型機の反応を追えば、それは敵機の観測器だった。
どれが本体でどれが観測器なのか、判断が遅れる。
「このままでは消耗するだけね」
タリアが呟く。
アーサーが振り返った。
「艦長」
「敵部隊を叩いても、出撃元が残っている限り終わりません」
タリアは戦況図の一点を見た。
敵機が何度も戻ろうとする方角。
熱源反応が重なっている岩場地帯。
「アスラン、聞こえてる?」
『聞こえています』
「報告地点方面へ偵察。敵の出撃元を確認できますか」
『可能です。ただし、前線の支援が薄くなります』
「短時間で構いません。こちらはレギナントと残存MS隊で持たせます」
『了解』
セイバーが戦場を離脱した。
敵の一部が追おうとする。
だが、レギナントのドラグーンが進路を切った。
シンもインパルスを割り込ませる。
「行かせるかよ!」
セイバーは砂煙を抜け、岩場の奥へ飛んだ。
*****
アスランは高度を取りすぎないよう注意しながら、岩場の影をなぞるように進んでいた。
センサーには熱源がある。
しかし地表には、古い採掘施設の跡しか見えない。
壊れた倉庫。
錆びた搬入口。
砂に埋もれた構造物。
だが、アスランは違和感を覚えた。
「……ここだけ砂の流れが違う」
セイバーのセンサーが、岩盤の下に大きな空洞を捉えた。
熱源。
電力反応。
地下搬入口。
そして、MS格納庫と思われる内部空間。
『ミネルバ、こちらセイバー。
施設を確認。 岩場地下に大型構造物。
MS格納庫らしき反応あり』
ブリッジに緊張が走る。
タリアは即座に判断した。
「敵本拠地と判断します」
アーサーが声を上げる。
「直接向かうのですか!?」
「敵部隊を相手にし続ければ、こちらが削られるだけです。出撃元を叩きます」
タリアは正面を見た。
「ミネルバ、進路変更。セイバーの示した座標へ向かいます」
「了解!」
ミネルバが進路を変える。
砂漠の上空で、艦体がゆっくりと向きを変えた。
鉛黒の兵達がそれを追おうとする。
その動きに、セラが反応した。
「敵統制、乱れなし。追撃継続」
シンはインパルスの中で笑う。
苦い笑いだった。
「だったら、まとめて本拠地まで連れてってやるよ!」
ミネルバは、敵の群れを引き連れるように岩場へ向かった。
その先にあるものが、単なる敵の拠点ではないことを、誰もがもう理解していた。