機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバは、砂漠の上を進んでいた。
進路は、岩場の奥に隠された地下施設へ向けられている。
だが、その道は容易ではなかった。
鉛黒のミュルミドンたちが、砂の上を滑るように追ってくる。背部の翅状ユニットが赤く噴き、砂煙が低く伸びた。
地中へ潜った機体は反応を消し、空中に残した観測端末だけが、小さな光として戦場に残っている。
空と地中。
その両方から、敵はミネルバを追い立てていた。
「敵MS、なお追撃中!」
ブリッジでメイリンが叫ぶ。
「前方岩場まで、あと少しです!」
「速度を落とさないで。MS隊は敵を引きつけつつ、艦の進路を開けなさい」
タリアは正面モニターを見据えた。
敵を相手にし続けても終わらない。
ならば、出撃元を叩く。
その判断は間違っていないはずだった。
だが、ミュルミドンの群れは想定以上にしつこい。
個々の性能では、インパルスやセイバーに劣るはずなのに、部隊として動くとまるで別物になる。
砂漠そのものが、敵の巣になっていた。
*****
「また来た!」
シンはインパルスを低空で捻った。
地中から飛び出したミュルミドンのヒートクローが、機体の足元を掠める。
すぐに正面から別の機体がビームスピアを構えて突っ込んできた。
突撃。
回避。
側面からもう1機。
シンは舌打ちしながらビームサーベルを振るう。
スピアを弾き、相手の腕部を斬り落とす。
だが、撃破する前に別のミュルミドンが割り込んできた。
「くそっ、切りがない!」
通信に、セラの声が入った。
『シン』
「何だよ!」
レギナントはミネルバ上空を低く飛んでいる。
8基のドラグーンは白い機体の周囲に散り、狙撃位置を探るように動いていた。
『地上で逃げてください』
「逃げろって!?」
『違います。誘導です』
セラの声は短い。
戦闘中のそれだった。
『敵をミネルバから離し、背部をこちらへ向けてください。背部ユニットを破壊します』
「背中を撃つってことか!」
『はい。正面装甲より有効です』
シンは一瞬だけ戦況を見た。
ミュルミドンの正面装甲は硬い。
ビームライフルを当てても、焼けた頭部外殻を剥がして突っ込んでくる。
だが、背中のユニットは別だ。
そこには加速用の機能があり、地中潜行時には観測端末を切り離して、敵機の位置を送り続けていた。
あれを潰せば、突撃力も奇襲能力も落ちる。
「分かった。引きつければいいんだな!」
『距離を取りすぎないでください。直線ではなく、右へ流す。背部をミネルバ側へ向けさせます』
「注文が多い!」
『必要条件です』
「分かってる!」
インパルスが砂地へ降りた。
シンはあえて高度を落とし、ミュルミドンたちの前へ出る。
鉛黒の機体群が反応した。
地上目標を包囲する動き。
低空ホバーで砂煙を巻き上げ、隊列を組んで追ってくる。
シンは逃げた。
ただし、逃げきらない。
追いつけそうで追いつけない距離を保ち、右へ流れる。
ミュルミドンたちがそれに食いつく。
背部ユニットが、ミネルバ側へ向いた。
『射線、確保』
セラの声が落ちる。
レギナントのドラグーンが動いた。
光の檻を作るのではなく、ただ一点を撃ち抜くための配置だった。
シャトル状のドラグーンが砂煙の隙間へ滑り込み、中心部の発射基を向ける。
細いビームが走った。
先頭のミュルミドンの背部ユニットが爆ぜる。
推進光が消え、機体の速度が急激に下がった。
「今だ!」
シンは反転した。
インパルスのビームサーベルが、速度を失ったミュルミドンを斬り裂く。
2機目。
3機目。
レギナントのドラグーンが次々と背部ユニットを撃ち抜き、シンがその隙を突いて仕留めていく。
「いける!」
『小判ちゃん3号、遅延増大』
セラが呟く。
メイリンの声が重なった。
『セラ、信号が詰まり始めてる! 長く続けたら――』
「把握しています。短時間で終わらせます」
セラは目を細めた。
負荷は下がらない。
クイーンズ・ウェブを使わずとも、レギナントを動かし続ける限り、神経信号は滞積していく。
3号ユニットは安全な接続を実現した。
だが、万能ではない。
それでも、今は撃つしかなかった。
*****
ミネルバは岩場へ迫っていた。
セイバーが先行し、地下施設の外部構造をマーキングする。
古い採掘施設に偽装された地表区画。その下に隠された搬入口が見える。
そして、熱源。
電力線。
換気口。
すべてが、敵の施設がそこにあることを示していた。
『こちらアスラン。目標座標を送信。地表搬入口に2箇所。地下構造物は岩盤内部に広がっています』
「了解」
タリアは座標を確認する。
「主砲トリスタン、目標は岩場外縁の搬入口。施設中枢ではなく、出撃口と電力系を狙います」
「了解!」
アーサーが砲撃管制へ指示を飛ばす。
ミネルバの砲門が動いた。
狙いは、施設そのものの完全破壊ではない。
地下に何がいるか分からない。
Lシリーズの個体が収容されている可能性もある。
だが、出撃口と外部設備を潰せば、敵の行動は鈍る。
「撃て!」
主砲が火を噴いた。
岩場の一角が爆発する。
砂と岩片が吹き上がり、偽装されていた扉がひしゃげた。
続けてガナーザクウォーリアのオルトロスが、露出した発電設備を撃ち抜く。
ルナマリアの声が通信に入る。
『目標、破壊! 次は!?』
「右側の換気塔。内部熱源と連動しています」
レイが即座に補足した。
『ルナマリア、撃てるか』
『やれる!』
オルトロスが再び唸る。
換気塔が吹き飛び、地下施設の一部から黒煙が噴き上がった。
ネメア・インダストリアル、タマンラセット支部。
その外殻が、削られていく。
*****
地下司令室は揺れていた。
「第3搬入口、破損!」
「外部電力線、2系統遮断!」
「第2格納庫、隔壁閉鎖不能!」
報告が飛び交う。
研究所長兼司令官は、歯をむき出しにしてモニターを睨んでいた。
「何をしている! ミュルミドンはまだいるだろう!」
「前線部隊、損耗拡大。背部ユニットを狙われています!」
「なら正面から潰せ!」
「正面戦列、インパルスに分断されています!」
司令官は机を叩いた。
「No.3はどうした!」
「ストラテゴス、起動済み。ただし現状は統制支援に――」
「出せ」
オペレーターが振り向いた。
「ストラテゴスを前面に?」
「そうだ。ミネルバを止めろ。レギナントも回収対象だ。ここで逃がすな」
「しかし、No.3の最大統制は――」
「出せと言っている!」
怒号が司令室に響いた。
数秒後、地下格納庫の奥で赤黒い巨体が動き出す。
*****
砂漠が割れた。
ミネルバの前方、半壊した岩場の奥。
崩れた搬入口のさらに下から、巨大な機体がゆっくりと姿を現した。
レギナントより大きい。
約28m級の大型機。
巨大な頭部装甲。
張り出した肩部装甲。
重い脚部装甲。
それらを細い骨格が支えているような、異様なシルエット。
赤光りする黒い装甲は、照明と砂漠の光を受けて、ぬらりと赤褐色に反射していた。
その手には、巨体にも見劣りしない長大な大型ビームライフルが握られている。
ストラテゴスが、砂の中から立ち上がった。
「……!」
セラが息を呑んだ。
ほんの一瞬。
だが、メイリンはその変化を聞き逃さなかった。
『セラ?』
「総員警戒。ストラテゴス確認」
その声は、いつもより短かった。
余白がなかった。
『ストラテゴス?』
シンが問い返す。
「No.3専用機。Lシリーズ統制源機体。脅威度、大」
『こいつらのボスか!?』
「最大32機のLシリーズ搭乗機を統制可能」
『つまり?』
ルナマリアの声が割り込む。
「汎用型MS8中隊。換算で96機に匹敵します」
通信が静まる。
セラは続けた。
「搭乗者はNo.3。私の上位個体」
「上位って……」
シンの声が低くなる。
「お前より上ってことかよ」
セラは否定しなかった。
その事実が、かえって重かった。
*****
オープン回線が開いた。
通信ノイズの向こうから、少女の声が届く。
セラと同じ質感を持つ声。
けれど、もっと冷たい。
『L-31。直ちに帰投せよ』
ストラテゴスの単眼が、赤く光った。
『再調整ののち、任務に復帰せよ』
メイリンが息を呑む。
シンも、ルナマリアも、言葉を失った。
敵はセラを敵として呼んでいない。
帰るべき個体として呼んでいる。
不具合を起こした部品を修理せよと言っている。
「命令権限、確認不能」
セラは答えた。
「現任務を継続します」
『判断基準の変質を確認。外部環境によるノイズ混入と推定』
「否定します」
『L-31。現在の接続方式は不完全。直接神経接続へ移行せよ。レギナントは本来の性能を発揮していない』
メイリンの手が震えた。
「違う……」
声にならない声が漏れる。
その直後だった。
複数の通信が、わずかにずれて開いた。
『L-31、帰投を推奨』
『再調整を受けよ』
『任務復帰せよ』
『帰投せよ』
『L-31、帰投せよ』
すべてあの歌姫と同じ声。
同じような抑揚。
だが、それぞれ別の機体から発せられている。
鉛黒のミュルミドンたち。
その中にいるLシリーズ個体たちが、No.3の命令をなぞるようにセラを呼び続けていた。
シンが歯を食いしばる。
「何なんだよ、こいつら……!」
セラは沈黙していた。
目の前の声は、かつての自分に近い。
命令を疑わず、帰投先を疑わず、再調整を当然の処理として受け入れる個体たち。
そして、その上にいるNo.3。
自分より上位の戦闘統制個体。
「小判ちゃん3号、遅延限界に接近」
セラは報告した。
声はまた、硬くなっている。
「ドラグーン制御、継続困難」
*****
レイはその通信を聞いていた。
ブレイズザクファントムのコクピットで、彼は目を細める。
セラは危険な存在だ。
それは今も変わらない。
だが、彼女はミネルバのために戦っている。
自分を使い潰すことを当然としながら、それでも周囲の言葉を聞こうとしている。
そして今、敵は彼女を連れ戻そうとしていた。
レイは通信を開く。
『セラ』
「レイ」
『座標データをこちらへ回せ。背部ユニットの狙撃は俺が引き継ぐ』
「小判ちゃん3号はまだ通常機動可能」
『通常機動では足りない。お前が残れば敵に捕獲される可能性もある』
セラは黙る。
レイは続けた。
『ここは俺が引き受ける。帰投しろ』
「レイ。戦況上、レギナントの支援は有効です」
『お前の役割は終わっていない。だから今、戻れ』
その言葉に、セラの反応がわずかに遅れた。
命令ではない。
感情的な制止でもない。
役割を残すための判断。
セラは数秒後、短く答えた。
「了解。座標データを転送します」
レギナントのドラグーンが後退を始める。
同時に、ブレイズザクファントムが射撃位置へ入った。
レイは送られてきたデータを照合し、ミュルミドンの背部ユニットへ照準を合わせる。
『シン、同じ誘導を続けろ』
「レイが撃つのか!」
『そうだ』
「外すなよ!」
『お前こそ、誘導を乱すな』
レイのビームライフルが火を噴く。
ミュルミドンの背部ユニットが吹き飛んだ。
セラの狙撃よりも、威力は重い。
動きを失った敵機へ、シンが反転して斬り込んだ。
「よし!」
レギナントはミネルバへ戻っていく。
その白い巨体を、ストラテゴスの赤い単眼が追った。
『L-31。帰投行動を確認』
No.3の声が響く。
『再捕捉を継続する』
セラは振り返らなかった。
「帰投先は、ミネルバです」
短い言葉だけを残し、白い女王は格納庫へ向かった。
砂漠ではなお、鉛黒の兵たちが動いている。
そしてその奥で、赤黒い甲殻の巨人がビーム砲をゆっくりと構えた。