機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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黒鉛の脅威

レギナントが帰投した直後、戦場の均衡は崩れかけていた。

ミネルバは岩場の上空で姿勢を保ち、半壊した地表施設へ砲撃を続けている。

だが、周囲にはまだ鉛黒のミュルミドン達が残っていた。

すでに12機を撃破、または行動不能にしている。

にもかかわらず、敵の圧は消えない。

 

砂の下から現れる。

横合いから突っ込んでくる。

 

背部に装着した加速ブースター兼ドラグーンを失った機体でさえ、

脚部ホバーを駆使しビームスピアを構え、進路を塞ごうとする。

それは、死を恐れない蟻たちの軍団だった。

 

「敵、後方より新たな熱源!」

 

メイリンの声がブリッジに響く。

 

「数は!」

 

「12……いえ、3小隊分です! 地下搬入口から出てきます!」

 

アーサーが目を見開いた。

 

「まだ出すんですか!?」

 

タリアは唇を引き結んだ。

敵はすでに大きく損耗している。

にもかかわらず、さらに予備戦力を投入してきた。

防衛ではない。足止めでもない。

こちらを押し潰すつもりだ。

 

「MS隊、敵増援に注意。 ミネルバは施設攻撃を継続します」

『了解!』

 

シンの声が返った。

インパルスは砂煙の中を滑るように進み、ミュルミドンの群れを引きつけている。

先ほどセラに教えられた通り、敵に背部を晒させ、レイの射線へ導く。

ブレイズザクファントムが撃つ。

ミュルミドンの背部ユニットが爆ぜる。

加速を失った機体へ、シンが反転して斬り込む。

 

「よし、次!」

『シン、右へ流せ。新手が来る』

「分かってる!」

 

レイの指示は短い。

セラから送られてきた座標データを使い、レイは背部ユニットだけを正確に狙っていた。

レギナントほど細かくはない。だが一撃の威力は重い。

命中すればミュルミドンの機動力は確実に落ちる。

それでも、数が多すぎた。

 

*****

 

地下司令室では警告表示が赤く染まっていた。

 

「前線損耗率、許容値を超過!」

「第2、第5小隊、再編不能!」

「追加3小隊、出撃完了。稼働可能戦力、8小隊規模へ再編されます」

「なら十分だ。No.3、最大統制運用へ移行しろ」

 

研究所長兼司令官は、焦りを怒声で押し潰した。

オペレーターが振り返る。

 

「最大統制は非推奨です。継戦可能時間は5分未満です。

 現在の神経負荷を考慮すれば、さらに短くなる可能性があります」

「構わん」

「すでに損耗率も許容値を超過しています。このままでは、部隊の再建が――」

「ミネルバを落とせばよい」

 

司令官は吐き捨てるように言った。

 

「レギナントは戻った、今が好機だ。

 ストラテゴスを前へ出せ。全小隊を使い潰してでも、あの艦を止めろ」

 

沈黙。

次に通信へ入ったのは、No.3の声だった。

 

『最大統制運用、非推奨。神経負荷上限まで284秒』

「命令だ」

『了解。最大統制運用へ移行』

 

No.3の声は変わらない。

ただ、司令室のモニターに映る数値だけが跳ね上がった。

鉛黒の兵達が、一斉に動きを変える。

散っていた小隊が整列し、崩れていた包囲網が再構築されていく。

砂地に潜っていた機体が浮上し、空中のドラグーンが位置を変えた。

32機ではない。

1つの群れが、再び形を取り戻していた。

 

*****

 

ミネルバ格納庫では、レギナントが半跪姿勢のまま固定されていた。

白い巨体のコクピットハッチが開く。

セラはすぐに降りた。

エレベーターを待たず軽く飛び降りる。

着地の衝撃を受けても表情はほとんど変わらない。

 

「3号ユニット、交換します」

「分かってる!準備できてる!」

 

ヨウランが叫ぶ。

ヴィーノも隣で、交換用の神経接続補助ユニット3号を広げていた。

湿布型パッドと導電ゲル層は、すでに新しいものへ交換済みだ。

あとはセラに貼り直し、信号を再較正するだけ。

 

セラはすぐにノーマルスーツのロックへ手をかけた。

 

「待て待て待て!」

「ここ格納庫! せめて更衣カーテン!」

 

ヨウランとヴィーノが同時に慌てる。

セラは首を傾げた。

 

「時間短縮が必要です」

「必要でも段取りってもんがある!」

「メイリンに怒られるの俺達なんだよ!」

 

2人が本気で止めに入った、その時だった。

セラはノーマルスーツの上半身を素早く開いた。

その下には、以前カノ基地で購入したインナーが着込まれていた。

 

ヨウランとヴィーノが、同時に止まる。

 

「……着てる」

「着てるな」

 

「以前、メイリンとルナに指示されました。

 人前でノーマルスーツを脱ぐ場合、下に衣類を着用すること」

 

セラは平然と言った。

 

「条件を満たしています」

 

ヨウランは深く息を吐いた。

ヴィーノも肩を落とす。

 

「いや、うん。えらい。えらいけどさ」

「俺達、慌て損じゃん……」

「損失はありません」

「そういう意味じゃねぇよ」

 

それでも、2人の手は止まらなかった。

古いパッドを剥がす。

皮膚の発赤を確認する。

新しい導電ゲル層を貼る。

神経信号の位置を合わせ、ユニットを固定する。

セラは黙ってそれを受けていた。

 

「痛むか?」

 

ヨウランが尋ねる。

 

「許容範囲内です」

「許容じゃなくて、痛いかどうか」

 

セラは少し考えた。

 

「少し痛い」

「よし、それでいい」

 

ヴィーノが端末を叩く。

 

「信号、入った。遅延は?」

「初期値に近い。再較正を続けます」

 

セラの目が端末へ向く。

 

「再出撃可能時間は」

「急ぐな。30秒待て」

「戦況は」

「だから急ぐなって!」

 

ヨウランはそう言いながらも、手を速めた。

格納庫の外では、まだ戦闘音が響いていた。

 

*****

 

ストラテゴスが前に出た。

赤光りする黒い装甲が、砂煙の中でぬらりと光る。

巨大な頭部装甲、張り出した肩部、重い脚部。

ビームを無効化する特殊装甲は、ミネルバ隊の攻撃を受けても揺らがない。

その手に握られた大型ビームライフルが、ゆっくりと持ち上がった。

大砲の様な砲身。

その先端が、ミネルバを捉える。

 

「大型ビーム反応!」

 

メイリンが叫ぶ。

 

「回避運動!」

 

タリアの指示と同時に、ストラテゴスのランチャーが発射された。

光が走る。

戦艦主砲に匹敵する一撃が、砂漠の乾いた空気を裂き、ミネルバの右舷装甲を貫いた。

艦体が大きく揺れる。

警報が鳴り響いた。

 

「右舷第4区画、大破!」

「隔壁閉鎖! 消火班急げ!」

「姿勢制御、乱れています!」

 

アーサーが椅子にしがみつきながら叫ぶ。

 

「何て威力だ……!」

 

ストラテゴスは動かない。

砲身から白煙が上がる。

No.3の声が、オープン回線に乗った。

 

『命中。メガバスターランチャー、再充電開始』

 

地下施設の半壊した外部電源区画から、太いケーブルが伸びた。

ストラテゴスの大型ランチャーへ接続される。

砲身の内部に再び光が満ちていく。

 

タリアは歯を食いしばった。

 

「主砲、ストラテゴスへ。撃て!」

 

ミネルバの砲が火を噴く。

直撃。

だが、ストラテゴスは倒れなかった。

ビームが装甲表面で拡散し、赤黒い外殻を舐めるように流れる。

燻んだ金の縁取りが一瞬だけ光り、熱だけが砂の中へ逃げていった。

有効打にならない。

 

ルナマリアの声が震える。

 

「弾かれた……?」

『ビーム、効いていません。装甲表面で拡散されている

 

レイが低く言った。

 

「そんなの、あり!?」

 

ルナマリアはオルトロスを構えストラテゴスに放つ。

大出力ビームがストラテゴスの肩部へ命中した。

だが、結果は同じだった。

装甲は赤黒く光るだけで、貫通しない。

 

『射撃が効かないなら、接近する!』

 

セイバーがビームサーベルを抜き、ストラテゴス目掛けて突進する。

狙いは関節部。

巨大な装甲の隙間。

そこならばビーム無効装甲の厚みも薄いはず。

しかし、ストラテゴスはランチャーを横へ払った。

砲身の先端に、巨大なビームサーベルが形成されている。

 

「くっ!」

 

アスランは咄嗟に避ける。

ビームサーベルがセイバーの目前を掠め、砂漠に長い溝を刻んだ。

大型ビーム砲であり、大剣でもある。

その一振りだけで、接近戦の間合いが潰される。

 

『接近も容易ではないか……!』

 

レイがミサイルを放つ。

ビームが効かないなら実弾を使う。

ミサイルがストラテゴスの脚部へ集中した。

爆発が重なり赤黒い装甲に黒い傷が走る。

わずかに外殻が欠けた。

 

『実弾は通る。だが、浅い』

 

レイは冷静に分析した。

その間にも、ミュルミドン達は動き続けている。

最大統制下の群れは、まるで迷いがなかった。

背部ユニットを失った機体でさえ、別の機体の死角を埋めるように配置される。

 

シンは叫んだ。

 

「どいつもこいつも、止まれってんだよ!」

 

インパルスが斬り込む。

だが、シンの視線はストラテゴスへ向いていた。

あいつを止めなければ、ミネルバがもう一発食らう。

それだけは分かっていた。

 

*****

 

レギナントが再び格納庫から出た。

白い巨体が砂漠の上へ浮かぶ。

セラの呼吸は浅い。

新しい神経接続補助ユニット3号は初期値に近い数値を示している。

だが、身体の疲労そのものが消えたわけではない。

メイリンの声が入る。

 

『セラ、無茶しないで! 補助ユニットはまだ再補正したばかりなんだから!』

「無茶の定義が曖昧です」

『そういう返しをする時点で無茶してるの!』

 

セラは少しだけ黙った。

 

「了解。短時間で行動します」

 

レギナントのドラグーンが展開する。

しかし、ストラテゴスへ向けられたビームは意味を持たなかった。

細い射線が赤黒い装甲に触れる。

だが表面で弾かれ、流れ消えていく。

 

「ビーム無効装甲」

 

セラの声が硬くなる。

 

「レギナントの射撃戦術、効果低下」

 

『つまり、効かないってことかよ!』

 

シンが叫ぶ。

 

「はい」

 

セラは短く答えた。

その事実は重かった。

レギナントのドラグーンが通じない。

 

空間支配(クイーンズ・ウェブ)の光も、

恐怖を知らない群れとビーム無効装甲の前では決定打にならない。

白い女王の糸が、黒い将には届かなかった。

ストラテゴスのランチャーが、再充電を終えつつある。

 

『再充電率、82%』

 

No.3の声が響く。

 

『第2射、準備継続』

 

タリアはモニターを睨む。

ミネルバの右舷は損傷している。

もう一発受ければ、航行能力に関わる。

 

「上昇準備。全機、ミネルバ周辺へ」

「しかし、敵が――」

「このままでは撃たれます。離脱します」

 

その時だった。

メイリンが声を上げた。

 

「敵機反応に乱れ!」

 

戦場が、止まった。

最初に停止したのは、前線のミュルミドンだった。

ビームスピアを構えたまま、鉛黒の機体が砂の上で硬直する。

次に地中反応が途切れた。

空中のドラグーンが制御を失い、いくつかが砂地へ落ちる。

そして、ストラテゴスも動きを止めた。

 

ランチャーはミネルバを捉えたまま。

だが、撃たない。

 

『……神経負荷、限界超過』

 

No.3の声が、途切れ途切れに響く。

 

『統制……維持、不能』

 

ストラテゴスの単眼が揺らいだ。

ミュルミドン全機が、糸を切られたように動きを失っていく。

セラが呟いた。

 

「No.3、限界超過。神経統制、断絶

 最大統制運用の継続による、機能停止と推定」

「つまり自滅……したのか?」

 

シンの声が低くなる。

勝ったのではない。敵が壊れたのだ。

タリアはその一瞬を逃さなかった。

 

「ミネルバ、上昇!全機収容準備。離脱します!」

「了解!」

 

ミネルバが艦首を上げる。

損傷した右舷をかばいながら、砂漠の上空へ上がっていく。

タリアは最後に一度、地表の施設を見た。

まだ完全には壊れていない。

だが、外部電源区画、出撃口、地表設備は露出している。

 

「タンホイザー、目標、地表施設および外部電源区画」

「艦長…」

 

タリアの短い言葉にアーサーが息を呑む。

 

タンホイザーが唸る。

ミネルバの陽電子砲が、半壊した研究所外殻へ向けられる。

 

「撃て!」

 

光が砂漠を焼いた。

外部電源区画が吹き飛び、地下搬入口が崩落する。

ストラテゴスも瓦礫に塗れ、姿が見えなくなった。

爆炎が岩場を包む。

 

ミネルバはその上を離脱していく。

シンも、ルナマリアも、レイも、アスランも、まだ動かない敵影を警戒しながら後退した。

 

「No.3、生存不明」

 

セラは報告した。

誰も、すぐには返事をしなかった。

砂漠の奥で、黒い群れは沈黙していた。

 

ミネルバは損傷を抱えたまま、ジブラルタルへ向かって離脱する。

その背後では、煙と砂の中に沈んでいった。

 

ネメア・インダストリアル、タマンラセット支部。

LシリーズおよびNo.3を擁した軍事研究所。

そこはロゴスが世界の裏側に張り巡らせた軍需網の一角に過ぎなかった。

 

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