機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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38.届かぬあと一歩

タマンラセット支部との戦闘から、数日が過ぎていた。

 

ミネルバは西へ進路を取り、モロッコ方面へ入っている。

応急修理は続いていたが、右舷に刻まれた傷はまだ深い。

 

格納庫ハッチ、前方CIWS、火器管制系の一部。

すべてが完全に戻ったわけではない。

 

それでも、艦は進んでいた。

ザフトの拠点、ジブラルタルへ。

 

そこまで辿り着けば、本格的な修理も補給も受けられる。

ブリッジには、久しぶりにわずかな安堵があった。

 

「現在位置を」

 

タリアが問う。

アーサーは地図表示を確認し、少しだけ表情を緩めた。

 

「現在、モロッコ、フェズ東方の山岳地帯を通過中です。ここまで来れば、ジブラルタルまであと少しですね」

 

その声には、ほんのわずかな希望が混じっていた。

だが、タリアは正面モニターから目を離さない。

 

「その“あと少し”が、一番危ないのよ」

「……はい」

 

アーサーの表情が引き締まる。

 

ミネルバは山岳地帯を抜けていた。

岩場と高原が連なり、谷筋が複雑に入り組んでいる。

 

市街地ではない。

民間人を巻き込む危険は低い。

 

だが、艦の進路は自然と限定される。

隠れる場所が多い。

狙う場所も多い。

 

「右舷の応急修理状況は」

「CIWSは復旧していません。格納庫ハッチも使用不能のままです。出撃シークエンスは左舷側へ集約しています」

「……まずいわね。今のままでは全力出撃までに時間が掛かる」

 

タリアは小さく呟いた。

 

その直後だった。

艦体が大きく揺れた。

 

「右上方より敵機接近! 数8!」

 

メイリンの声がブリッジに響く。

 

「第1戦闘配備! それと至急、ジブラルタル基地に救援要請!」

 

タリアの指示が続けざまに飛ぶ。

警報が鳴り、ブリッジの照明が戦闘色に切り替わった。

 

「識別は!」

「ウィンダムです! ジェットストライカー装備!」

「対空警戒、MS隊発進!」

 

*****

 

「シン・アスカ、インパルス、行きます!」

 

インパルスが発進した。

続いてガナーザクウォーリア、ブレイズザクファントム、セイバーが左舷から次々と飛び出す。

 

右舷側ハッチが使えない分、発進間隔はわずかに詰まっていた。

シンは山岳地帯の空へ出るなり、上空の敵影を見た。

 

「ウィンダム8機!」

 

『編隊を崩させる。シンは前へ出すぎるな』

「分かってますよ!」

 

ウィンダム隊は一斉に降下してこなかった。

山影を利用し、高度を変え、右舷側へ回り込もうとする。

 

撃破を狙うというより、ミネルバの火器とこちらの注意を散らしている。

 

ルナマリアが舌打ちした。

 

『こいつら、当てに来てるんじゃない。こっちを振り回してる!』

 

その言葉が終わるより早く、山岳の谷間から閃光が走る。

地上からの大型実弾砲撃。

 

山影に伏せていたダガーLたちが、背部のドッペルホルン連装無反動砲を展開していた。

2門の砲身が白煙を噴き、対艦弾がミネルバへ向かって飛翔する。

 

「左舷側、地上から砲撃です!」

 

メイリンが叫ぶ。

 

「回避!」

 

タリアが命じた瞬間、砲弾が左舷格納庫ハッチ付近へ命中した。

艦体が傾く。

警報がさらに強く鳴った感覚に陥る。

 

「左舷格納庫ハッチ、損傷! 開閉機構に異常!」

「発進シークエンスは!?」

「MS隊は発進済みです。しかし、レギナントの発進準備が中断されました!」

 

タリアは奥歯を噛んだ。

 

前回の戦闘で右舷格納庫ハッチは使用不能。

今回、左舷ハッチも損傷した。

 

大型機であるレギナントは、通常のMSより発進シークエンスに制限がある。

つまり、閉じ込められた。

 

「出撃シークエンスの制限が、ここで響くとはね」

 

タリアは低く言った。

 

格納庫から通信が入る。

 

『艦長。レギナント、発進不能』

 

セラの声だった。

いつもより硬い。

 

『ハッチ開閉機構、異常。強行発進は艦体損傷を拡大します』

「待機しなさい。無理に出す必要はありません」

『了解』

 

短い返答。

だが、その奥にあるものを、メイリンは聞き取ったような気がした。

 

焦りではない。

処理不能。

どうしたらいいのか分からない、不安のような沈黙だった。

 

*****

 

山岳地帯の岩陰で、ダガーLの隊長機が照準を修正していた。

 

ミネルバは落ちていない。

左舷ハッチ付近に命中したはずなのに、艦はまだ進んでいる。

装甲板が裂け、火花が散り、応急区画から白煙が流れている。

それでも足は止まらない。

 

『直撃したぞ! なんて硬さだ!』

『艦装甲を抜くな。CIWSとハッチを削れ。対艦弾を通す穴を作るんだ!』

『分かっている! だがザクの砲撃が正確すぎる! 撃つ前に岩場ごと持っていかれる!』

『護衛機、前に出ろ!』

『出てる! 出てるが、ミサイルが届かない。弾幕がきつい!』

 

谷間に伏せたダガーLの砲身が再び持ち上がる。

その瞬間、赤い照準警報が鳴った。

 

『来るぞ、ガナーザクだ!』

 

山肌の向こうから、オルトロスの光が走った。

大出力ビームが岩場を削り、砲撃位置ごと土砂を吹き飛ばす。

 

1機のダガーLが姿勢を崩した。

ドッペルホルンの砲身が岩に引っ掛かり、機体が横倒しになる。

 

『撃てない! 砲身がやられた!』

『後退するな、次弾装填!』

『無茶を言うな、あの赤いザクが見てる!』

 

その叫びを、別の爆発が呑み込んだ。

ブレイズザクファントムのミサイルが岩陰へ突き刺さり、護衛に出たダガーLを弾き飛ばす。

 

レイの声が通信に入る。

 

『砲撃点を確認。1つ目を制圧した』

『ナイス、レイ!』

 

ルナマリアが応じる。

だが、彼女の声にも余裕はなかった。

 

『まだいるわ。次を探す!』

 

*****

 

タリアはすぐに判断を切り替えた。

 

「面舵。谷筋から出ます」

「面舵!」

 

ミネルバが進路を変える。

左舷ハッチを撃たれた直後、艦は山岳の谷間を抜けるため、右へ艦首を振った。

 

だが、その動きを待っていたかのように、今度は右舷側の岩場から砲撃が走る。

 

「右舷砲撃!」

 

アーサーが叫ぶ。

複数の対艦弾が、損傷を抱えた右舷側へ飛び込んだ。

 

艦体が揺れる。

 

「右舷前方、被弾!」

「CIWS残存基、沈黙!」

「ミサイル射出機、損傷!」

「トリスタン砲座、旋回機構に異常! 中破!」

 

メイリンが報告を重ねる。

 

トリスタン砲座は厚い装甲に守られているため、完全破壊は免れた。

だが、ドッペルホルンの対艦弾が砲座基部近くで炸裂し、旋回機構に歪みを生じさせている。

 

即座の反撃はできない。

 

アーサーが青ざめる。

 

「右舷を狙われています!」

「……違うわ」

 

タリアはモニターを睨んだ。

上空のウィンダム。

谷間のダガーL。

岩場からの砲撃。

そして、前回から残る右舷の損傷。

 

「右舷……いえ、違うわ。右舷の対空網を削っている」

「艦の対空の穴を広げるつもりですか!」

「ええ。おそらく対艦砲撃を通すための射線を作っているのよ」

 

タリアは即座に声を上げた。

 

「ウィンダムに釣られないで! 対地警戒。ドッペルホルンの装備機を探しなさい!」

「了解!」

 

ブリッジの火器管制が切り替わる。

対空へ向いていたセンサーの一部が、山岳地帯の岩場へ走査を戻す。

 

地上反応、熱源、砲撃後の排煙。

岩陰に伏せたダガーLの姿が、わずかに表示される。

 

「いました! 右舷側岩場にダガーL小隊!」

「ルナマリア、レイ、聞こえる?」

 

『聞こえてます!』

 

「地上砲撃点を狙う。ウィンダムはセイバーとインパルスで抑えて。ガナーとブレイズは地上砲撃点を優先!」

『了解!』

 

シンは空中でウィンダムのビームを避けた。

 

「くそっ、こいつら!」

 

ウィンダムは強引に落としに来ない。

むしろ、シンの進路を邪魔し、ミネルバの左舷側へ意識を向けさせようとしている。

 

『インパルスが上がってくる!』

『近づきすぎるな、あいつら速いぞ!』

『分かってる、だが射線を切らないと――』

『セイバーだ! 右から来る!』

 

ウィンダムの編隊が乱れる。

その隙を、アスランは逃さなかった。

 

セイバーがMA形態で山肌すれすれを抜け、急上昇する。

赤い機体が変形し、ビームライフルを連射した。

1機のウィンダムが翼部を撃ち抜かれ、姿勢制御を失う。

 

『被弾した! 高度が――』

 

通信が途切れる。

ウィンダムは山肌へ接触し、爆炎を上げた。

 

「アスラン、1機!」

『数えるな。次が来る』

 

シンは歯を食いしばり、別のウィンダムへ機体を向けた。

 

『シン、深追いするな』

 

アスランがセイバーで1機を牽制しながら言った。

 

『こいつらは誘っている』

「分かってる! でも放っておくわけにもいかないだろ!」

『だから抑える。落とすことにこだわるな』

 

分かっている。

だが、目の前の敵はミネルバへ向かっている。

 

ウィンダムの1機が山影から抜けた。

右舷の死角へ回り込むつもりだ。

 

その瞬間、シンは加速した。

 

「行かせるかよ!」

 

インパルスが空を裂く。

ビームサーベルが白い軌跡を描き、ウィンダムの翼とバックパックをまとめて斬り飛ばした。

 

『やばい、追いつかれ――』

 

爆発。

ウィンダムは回転しながら山肌へ落ちていく。

 

『2機目!』

「だから数えるなって!」

 

シンは叫び返し、次のビームをかわした。

 

一方、ルナマリアはガナーザクウォーリアで地上へ照準を合わせていた。

岩場の影に、ダガーLがいる。

その背部には、2門の大型無反動砲。

 

ドッペルホルン。

砲身が再びミネルバへ向こうとしている。

 

「見えた!」

 

敵の通信が割り込む。

 

『赤いザクがこっちを見てる!』

『撃て、先に撃て!』

『無理だ、照準が合わない! あいつ、岩陰ごと狙ってくる!』

 

「撃たせない!」

 

オルトロスが火を噴いた。

大出力ビームが岩場を削り、ダガーLの足元を吹き飛ばす。

ドッペルホルン装備機は姿勢を崩し、砲撃角を失った。

 

『ルナマリア、右の護衛機』

 

レイの声が入る。

 

「分かってる!」

 

別のダガーLが援護射撃を放つ。

その瞬間、ブレイズザクファントムのミサイルが岩陰へ突き刺さった。

爆発が重なり、護衛機が後退する。

 

『砲撃機を優先する。通常装備機は牽制でいい』

「了解!」

 

ルナマリアは再度オルトロスを構える。

ドッペルホルンを装備したダガーLは、岩場ごと吹き飛んだ。

 

『2つ目、沈黙!』

 

メイリンの声がブリッジに響く。

だが、タリアの表情は緩まない。

 

「まだよ。敵は、次の射線を作ってくる」

 

*****

 

ミネルバは山岳地帯を抜けようとしていた。

だが、速度は落ちている。

 

左舷ハッチ損傷。

右舷防空網の追加被害。

トリスタン砲座中破。

 

そして、地上の3つ目のダガーL部隊。

 

高原側に潜んでいた砲撃部隊が、最後の砲撃点を形成しつつあった。

 

『第3砲撃隊、配置についた!』

『ミネルバはまだ動いている。次で推進系を狙え!』

『無茶を言うな、角度が足りない!』

『右舷の穴を使え。CIWSは削ったはずだ!』

『だったら空の連中をどけろ! インパルスとセイバーが邪魔で照準が安定しない!』

 

敵の焦りが、戦場の通信の端々に滲んでいた。

 

ミネルバは傷ついている。

だが沈まない。

 

MS隊は数で劣っている。

だが崩れない。

 

砲撃部隊はそこへ弾を通そうとしているのに、ザクの砲撃とミサイルが岩場を削り、インパルスとセイバーが空の射線を切ってくる。

 

狙いは間違っていない。

だが、その狙いを最後まで通せない。

 

「前方高原に熱源反応!」

 

メイリンが叫ぶ。

 

「ドッペルホルン装備機、複数!」

「やはり本命はそこね」

 

タリアの声は冷静だった。

だが、ブリッジの誰もが理解していた。

 

次を通せば危ない。

右舷側の防空網はすでに薄い。

 

そこへ対艦弾を集中されれば、機関部か推進系をやられる可能性がある。

 

「上昇して。右舷を晒さない角度で抜けます」

「了解!」

「ルナマリア、レイ、高原側の砲撃点を潰して。シン、アスラン、上空の敵をこちらへ寄せないで」

『了解!』

 

その時、上空のウィンダム隊が一斉に散開した。

さらに後方から、新たな機影が現れる。

 

「敵増援!」

 

メイリンの声が震えた。

 

「ウィンダム、さらに12機!」

 

アーサーが立ち上がりかける。

 

「12機!?」

 

山岳の向こうから、ウィンダム隊が姿を見せた。

先遣隊のような攪乱ではない。

明らかに、ミネルバの速度低下を確認したうえで投入された本隊だった。

 

『増援が来たぞ! 押し込め!』

『無理だ、先遣の半数が崩れてる!』

『それでも行け! ジブラルタルに入られたら終わりだ!』

 

ブリッジに緊張が走る。

タリアは正面を見た。

 

「間に合わないわね」

「艦長……!」

「泣き言は後。全対空火器、残存基で応戦。右舷を庇いながら――」

 

その時、通信が割り込んだ。

 

『こちらジブラルタル基地所属、ジュール隊! ミネルバ、聞こえているか!』

 

荒い声。

だが、力強い声だった。

 

メイリンが反応する。

 

「ザフト識別信号! ジブラルタル方面より高速接近!」

 

モニターに新たな機影が映る。

グフイグナイテッド。

8機。

 

その先頭に、白を基調とした機体がいた。

 

『何を手間取っているミネルバ! 右舷を晒すな、艦を上げろ! 空の連中は俺たちが引き受ける!』

「ジュール隊……イザーク・ジュールです!」

 

アーサーが目を見開く。

タリアの表情が、ほんのわずかに緩んだ。

 

「援軍としては、少々口が悪いわね」

『聞こえているぞ、ミネルバ艦長!』

「なら話が早いわ。上空のウィンダムを任せます」

『最初からそのつもりだ!』

 

白いグフイグナイテッドが加速した。

グフ隊8機が、山岳上空へ一気に突入する。

 

ヒートロッドが閃き、ウィンダムの編隊を切り裂くように乱した。

後続機がビーム突撃銃を連射し、ミネルバへ向かう空路を塞いでいたウィンダムを押し返す。

 

敵の通信が一気に乱れた。

 

『新手だ! ザフトのグフ!』

『ジブラルタルからか!? 早すぎる!』

『空の押さえが崩れる! 砲撃隊、急げ!』

『無理だ、インパルスが降りてくる!』

 

シンが思わず声を上げる。

 

「ジュール隊……!」

『シン、ぼうっとするな』

 

アスランの声が入る。

 

『地上の砲撃点を潰すぞ。空は任せる』

「分かってる!」

 

インパルスが高原へ向けて降下する。

ルナマリアのオルトロスが、ドッペルホルン装備機のひとつを撃ち抜く。

レイのミサイルが岩場を制圧し、シンが残る砲撃機へ斬り込んだ。

 

ダガーLが砲身を向ける。

だが、遅い。

 

『来る、来るぞ!』

『砲身を向けろ!』

『間に合わな――』

 

インパルスのビームサーベルが、ドッペルホルンごと機体を両断した。

 

*****

 

戦況は一気に変わった。

 

ウィンダム隊は、ジブラルタルから現れたグフ隊に対応を強いられた。

ミネルバへ集中していた空中圧力が分散する。

 

地上のダガーL部隊も、砲撃点を次々と潰されていく。

敵はなお粘ったが、目的はすでに失われていた。

 

ミネルバを撃沈するための射線。

右舷防空網の穴。

 

それらは作りかけたまま、ザフト救援部隊によって塞がれつつあった。

 

「敵ウィンダム、後退!」

「地上砲撃点、沈黙!」

 

メイリンの報告に、ブリッジの空気が少しだけ戻る。

 

タリアは短く命じた。

 

「ミネルバ、ジブラルタルへ向かいます。全機、帰投準備」

『こちらジュール隊。護衛に入る』

 

イザークの声が入る。

 

『落とされるなよ、ミネルバ。ここまで来て沈まれたら、目も当てられん』

「ご心配なく」

 

タリアは静かに返す。

 

「こちらも、沈むつもりはありません」

 

通信の向こうで、イザークが鼻を鳴らしたようだった。

 

『なら、さっさと来い。ジブラルタルは目前だ』

 

ミネルバは進む。

左舷ハッチを損傷し、右舷防空網をさらに削られ、それでもなお艦首を西へ向けて。

 

山岳地帯の向こうに、ジブラルタルがある。

 

そこへ辿り着くまで、あと少し。

今度こそ、その“あと少し”を越えるために。

 

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