機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
タマンラセット支部との戦闘から、数日が過ぎていた。
ミネルバは西へ進路を取り、モロッコ方面へ入っている。
応急修理は続いていたが、右舷に刻まれた傷はまだ深い。
格納庫ハッチ、前方CIWS、火器管制系の一部。
すべてが完全に戻ったわけではない。
それでも、艦は進んでいた。
ザフトの拠点、ジブラルタルへ。
そこまで辿り着けば、本格的な修理も補給も受けられる。
ブリッジには、久しぶりにわずかな安堵があった。
「現在位置を」
タリアが問う。
アーサーは地図表示を確認し、少しだけ表情を緩めた。
「現在、モロッコ、フェズ東方の山岳地帯を通過中です。ここまで来れば、ジブラルタルまであと少しですね」
その声には、ほんのわずかな希望が混じっていた。
だが、タリアは正面モニターから目を離さない。
「その“あと少し”が、一番危ないのよ」
「……はい」
アーサーの表情が引き締まる。
ミネルバは山岳地帯を抜けていた。
岩場と高原が連なり、谷筋が複雑に入り組んでいる。
市街地ではない。
民間人を巻き込む危険は低い。
だが、艦の進路は自然と限定される。
隠れる場所が多い。
狙う場所も多い。
「右舷の応急修理状況は」
「CIWSは復旧していません。格納庫ハッチも使用不能のままです。出撃シークエンスは左舷側へ集約しています」
「……まずいわね。今のままでは全力出撃までに時間が掛かる」
タリアは小さく呟いた。
その直後だった。
艦体が大きく揺れた。
「右上方より敵機接近! 数8!」
メイリンの声がブリッジに響く。
「第1戦闘配備! それと至急、ジブラルタル基地に救援要請!」
タリアの指示が続けざまに飛ぶ。
警報が鳴り、ブリッジの照明が戦闘色に切り替わった。
「識別は!」
「ウィンダムです! ジェットストライカー装備!」
「対空警戒、MS隊発進!」
*****
「シン・アスカ、インパルス、行きます!」
インパルスが発進した。
続いてガナーザクウォーリア、ブレイズザクファントム、セイバーが左舷から次々と飛び出す。
右舷側ハッチが使えない分、発進間隔はわずかに詰まっていた。
シンは山岳地帯の空へ出るなり、上空の敵影を見た。
「ウィンダム8機!」
『編隊を崩させる。シンは前へ出すぎるな』
「分かってますよ!」
ウィンダム隊は一斉に降下してこなかった。
山影を利用し、高度を変え、右舷側へ回り込もうとする。
撃破を狙うというより、ミネルバの火器とこちらの注意を散らしている。
ルナマリアが舌打ちした。
『こいつら、当てに来てるんじゃない。こっちを振り回してる!』
その言葉が終わるより早く、山岳の谷間から閃光が走る。
地上からの大型実弾砲撃。
山影に伏せていたダガーLたちが、背部のドッペルホルン連装無反動砲を展開していた。
2門の砲身が白煙を噴き、対艦弾がミネルバへ向かって飛翔する。
「左舷側、地上から砲撃です!」
メイリンが叫ぶ。
「回避!」
タリアが命じた瞬間、砲弾が左舷格納庫ハッチ付近へ命中した。
艦体が傾く。
警報がさらに強く鳴った感覚に陥る。
「左舷格納庫ハッチ、損傷! 開閉機構に異常!」
「発進シークエンスは!?」
「MS隊は発進済みです。しかし、レギナントの発進準備が中断されました!」
タリアは奥歯を噛んだ。
前回の戦闘で右舷格納庫ハッチは使用不能。
今回、左舷ハッチも損傷した。
大型機であるレギナントは、通常のMSより発進シークエンスに制限がある。
つまり、閉じ込められた。
「出撃シークエンスの制限が、ここで響くとはね」
タリアは低く言った。
格納庫から通信が入る。
『艦長。レギナント、発進不能』
セラの声だった。
いつもより硬い。
『ハッチ開閉機構、異常。強行発進は艦体損傷を拡大します』
「待機しなさい。無理に出す必要はありません」
『了解』
短い返答。
だが、その奥にあるものを、メイリンは聞き取ったような気がした。
焦りではない。
処理不能。
どうしたらいいのか分からない、不安のような沈黙だった。
*****
山岳地帯の岩陰で、ダガーLの隊長機が照準を修正していた。
ミネルバは落ちていない。
左舷ハッチ付近に命中したはずなのに、艦はまだ進んでいる。
装甲板が裂け、火花が散り、応急区画から白煙が流れている。
それでも足は止まらない。
『直撃したぞ! なんて硬さだ!』
『艦装甲を抜くな。CIWSとハッチを削れ。対艦弾を通す穴を作るんだ!』
『分かっている! だがザクの砲撃が正確すぎる! 撃つ前に岩場ごと持っていかれる!』
『護衛機、前に出ろ!』
『出てる! 出てるが、ミサイルが届かない。弾幕がきつい!』
谷間に伏せたダガーLの砲身が再び持ち上がる。
その瞬間、赤い照準警報が鳴った。
『来るぞ、ガナーザクだ!』
山肌の向こうから、オルトロスの光が走った。
大出力ビームが岩場を削り、砲撃位置ごと土砂を吹き飛ばす。
1機のダガーLが姿勢を崩した。
ドッペルホルンの砲身が岩に引っ掛かり、機体が横倒しになる。
『撃てない! 砲身がやられた!』
『後退するな、次弾装填!』
『無茶を言うな、あの赤いザクが見てる!』
その叫びを、別の爆発が呑み込んだ。
ブレイズザクファントムのミサイルが岩陰へ突き刺さり、護衛に出たダガーLを弾き飛ばす。
レイの声が通信に入る。
『砲撃点を確認。1つ目を制圧した』
『ナイス、レイ!』
ルナマリアが応じる。
だが、彼女の声にも余裕はなかった。
『まだいるわ。次を探す!』
*****
タリアはすぐに判断を切り替えた。
「面舵。谷筋から出ます」
「面舵!」
ミネルバが進路を変える。
左舷ハッチを撃たれた直後、艦は山岳の谷間を抜けるため、右へ艦首を振った。
だが、その動きを待っていたかのように、今度は右舷側の岩場から砲撃が走る。
「右舷砲撃!」
アーサーが叫ぶ。
複数の対艦弾が、損傷を抱えた右舷側へ飛び込んだ。
艦体が揺れる。
「右舷前方、被弾!」
「CIWS残存基、沈黙!」
「ミサイル射出機、損傷!」
「トリスタン砲座、旋回機構に異常! 中破!」
メイリンが報告を重ねる。
トリスタン砲座は厚い装甲に守られているため、完全破壊は免れた。
だが、ドッペルホルンの対艦弾が砲座基部近くで炸裂し、旋回機構に歪みを生じさせている。
即座の反撃はできない。
アーサーが青ざめる。
「右舷を狙われています!」
「……違うわ」
タリアはモニターを睨んだ。
上空のウィンダム。
谷間のダガーL。
岩場からの砲撃。
そして、前回から残る右舷の損傷。
「右舷……いえ、違うわ。右舷の対空網を削っている」
「艦の対空の穴を広げるつもりですか!」
「ええ。おそらく対艦砲撃を通すための射線を作っているのよ」
タリアは即座に声を上げた。
「ウィンダムに釣られないで! 対地警戒。ドッペルホルンの装備機を探しなさい!」
「了解!」
ブリッジの火器管制が切り替わる。
対空へ向いていたセンサーの一部が、山岳地帯の岩場へ走査を戻す。
地上反応、熱源、砲撃後の排煙。
岩陰に伏せたダガーLの姿が、わずかに表示される。
「いました! 右舷側岩場にダガーL小隊!」
「ルナマリア、レイ、聞こえる?」
『聞こえてます!』
「地上砲撃点を狙う。ウィンダムはセイバーとインパルスで抑えて。ガナーとブレイズは地上砲撃点を優先!」
『了解!』
シンは空中でウィンダムのビームを避けた。
「くそっ、こいつら!」
ウィンダムは強引に落としに来ない。
むしろ、シンの進路を邪魔し、ミネルバの左舷側へ意識を向けさせようとしている。
『インパルスが上がってくる!』
『近づきすぎるな、あいつら速いぞ!』
『分かってる、だが射線を切らないと――』
『セイバーだ! 右から来る!』
ウィンダムの編隊が乱れる。
その隙を、アスランは逃さなかった。
セイバーがMA形態で山肌すれすれを抜け、急上昇する。
赤い機体が変形し、ビームライフルを連射した。
1機のウィンダムが翼部を撃ち抜かれ、姿勢制御を失う。
『被弾した! 高度が――』
通信が途切れる。
ウィンダムは山肌へ接触し、爆炎を上げた。
「アスラン、1機!」
『数えるな。次が来る』
シンは歯を食いしばり、別のウィンダムへ機体を向けた。
『シン、深追いするな』
アスランがセイバーで1機を牽制しながら言った。
『こいつらは誘っている』
「分かってる! でも放っておくわけにもいかないだろ!」
『だから抑える。落とすことにこだわるな』
分かっている。
だが、目の前の敵はミネルバへ向かっている。
ウィンダムの1機が山影から抜けた。
右舷の死角へ回り込むつもりだ。
その瞬間、シンは加速した。
「行かせるかよ!」
インパルスが空を裂く。
ビームサーベルが白い軌跡を描き、ウィンダムの翼とバックパックをまとめて斬り飛ばした。
『やばい、追いつかれ――』
爆発。
ウィンダムは回転しながら山肌へ落ちていく。
『2機目!』
「だから数えるなって!」
シンは叫び返し、次のビームをかわした。
一方、ルナマリアはガナーザクウォーリアで地上へ照準を合わせていた。
岩場の影に、ダガーLがいる。
その背部には、2門の大型無反動砲。
ドッペルホルン。
砲身が再びミネルバへ向こうとしている。
「見えた!」
敵の通信が割り込む。
『赤いザクがこっちを見てる!』
『撃て、先に撃て!』
『無理だ、照準が合わない! あいつ、岩陰ごと狙ってくる!』
「撃たせない!」
オルトロスが火を噴いた。
大出力ビームが岩場を削り、ダガーLの足元を吹き飛ばす。
ドッペルホルン装備機は姿勢を崩し、砲撃角を失った。
『ルナマリア、右の護衛機』
レイの声が入る。
「分かってる!」
別のダガーLが援護射撃を放つ。
その瞬間、ブレイズザクファントムのミサイルが岩陰へ突き刺さった。
爆発が重なり、護衛機が後退する。
『砲撃機を優先する。通常装備機は牽制でいい』
「了解!」
ルナマリアは再度オルトロスを構える。
ドッペルホルンを装備したダガーLは、岩場ごと吹き飛んだ。
『2つ目、沈黙!』
メイリンの声がブリッジに響く。
だが、タリアの表情は緩まない。
「まだよ。敵は、次の射線を作ってくる」
*****
ミネルバは山岳地帯を抜けようとしていた。
だが、速度は落ちている。
左舷ハッチ損傷。
右舷防空網の追加被害。
トリスタン砲座中破。
そして、地上の3つ目のダガーL部隊。
高原側に潜んでいた砲撃部隊が、最後の砲撃点を形成しつつあった。
『第3砲撃隊、配置についた!』
『ミネルバはまだ動いている。次で推進系を狙え!』
『無茶を言うな、角度が足りない!』
『右舷の穴を使え。CIWSは削ったはずだ!』
『だったら空の連中をどけろ! インパルスとセイバーが邪魔で照準が安定しない!』
敵の焦りが、戦場の通信の端々に滲んでいた。
ミネルバは傷ついている。
だが沈まない。
MS隊は数で劣っている。
だが崩れない。
砲撃部隊はそこへ弾を通そうとしているのに、ザクの砲撃とミサイルが岩場を削り、インパルスとセイバーが空の射線を切ってくる。
狙いは間違っていない。
だが、その狙いを最後まで通せない。
「前方高原に熱源反応!」
メイリンが叫ぶ。
「ドッペルホルン装備機、複数!」
「やはり本命はそこね」
タリアの声は冷静だった。
だが、ブリッジの誰もが理解していた。
次を通せば危ない。
右舷側の防空網はすでに薄い。
そこへ対艦弾を集中されれば、機関部か推進系をやられる可能性がある。
「上昇して。右舷を晒さない角度で抜けます」
「了解!」
「ルナマリア、レイ、高原側の砲撃点を潰して。シン、アスラン、上空の敵をこちらへ寄せないで」
『了解!』
その時、上空のウィンダム隊が一斉に散開した。
さらに後方から、新たな機影が現れる。
「敵増援!」
メイリンの声が震えた。
「ウィンダム、さらに12機!」
アーサーが立ち上がりかける。
「12機!?」
山岳の向こうから、ウィンダム隊が姿を見せた。
先遣隊のような攪乱ではない。
明らかに、ミネルバの速度低下を確認したうえで投入された本隊だった。
『増援が来たぞ! 押し込め!』
『無理だ、先遣の半数が崩れてる!』
『それでも行け! ジブラルタルに入られたら終わりだ!』
ブリッジに緊張が走る。
タリアは正面を見た。
「間に合わないわね」
「艦長……!」
「泣き言は後。全対空火器、残存基で応戦。右舷を庇いながら――」
その時、通信が割り込んだ。
『こちらジブラルタル基地所属、ジュール隊! ミネルバ、聞こえているか!』
荒い声。
だが、力強い声だった。
メイリンが反応する。
「ザフト識別信号! ジブラルタル方面より高速接近!」
モニターに新たな機影が映る。
グフイグナイテッド。
8機。
その先頭に、白を基調とした機体がいた。
『何を手間取っているミネルバ! 右舷を晒すな、艦を上げろ! 空の連中は俺たちが引き受ける!』
「ジュール隊……イザーク・ジュールです!」
アーサーが目を見開く。
タリアの表情が、ほんのわずかに緩んだ。
「援軍としては、少々口が悪いわね」
『聞こえているぞ、ミネルバ艦長!』
「なら話が早いわ。上空のウィンダムを任せます」
『最初からそのつもりだ!』
白いグフイグナイテッドが加速した。
グフ隊8機が、山岳上空へ一気に突入する。
ヒートロッドが閃き、ウィンダムの編隊を切り裂くように乱した。
後続機がビーム突撃銃を連射し、ミネルバへ向かう空路を塞いでいたウィンダムを押し返す。
敵の通信が一気に乱れた。
『新手だ! ザフトのグフ!』
『ジブラルタルからか!? 早すぎる!』
『空の押さえが崩れる! 砲撃隊、急げ!』
『無理だ、インパルスが降りてくる!』
シンが思わず声を上げる。
「ジュール隊……!」
『シン、ぼうっとするな』
アスランの声が入る。
『地上の砲撃点を潰すぞ。空は任せる』
「分かってる!」
インパルスが高原へ向けて降下する。
ルナマリアのオルトロスが、ドッペルホルン装備機のひとつを撃ち抜く。
レイのミサイルが岩場を制圧し、シンが残る砲撃機へ斬り込んだ。
ダガーLが砲身を向ける。
だが、遅い。
『来る、来るぞ!』
『砲身を向けろ!』
『間に合わな――』
インパルスのビームサーベルが、ドッペルホルンごと機体を両断した。
*****
戦況は一気に変わった。
ウィンダム隊は、ジブラルタルから現れたグフ隊に対応を強いられた。
ミネルバへ集中していた空中圧力が分散する。
地上のダガーL部隊も、砲撃点を次々と潰されていく。
敵はなお粘ったが、目的はすでに失われていた。
ミネルバを撃沈するための射線。
右舷防空網の穴。
それらは作りかけたまま、ザフト救援部隊によって塞がれつつあった。
「敵ウィンダム、後退!」
「地上砲撃点、沈黙!」
メイリンの報告に、ブリッジの空気が少しだけ戻る。
タリアは短く命じた。
「ミネルバ、ジブラルタルへ向かいます。全機、帰投準備」
『こちらジュール隊。護衛に入る』
イザークの声が入る。
『落とされるなよ、ミネルバ。ここまで来て沈まれたら、目も当てられん』
「ご心配なく」
タリアは静かに返す。
「こちらも、沈むつもりはありません」
通信の向こうで、イザークが鼻を鳴らしたようだった。
『なら、さっさと来い。ジブラルタルは目前だ』
ミネルバは進む。
左舷ハッチを損傷し、右舷防空網をさらに削られ、それでもなお艦首を西へ向けて。
山岳地帯の向こうに、ジブラルタルがある。
そこへ辿り着くまで、あと少し。
今度こそ、その“あと少し”を越えるために。