機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ジュール隊の護衛を受け、ミネルバはジブラルタル基地へ到着した。
山岳地帯を抜けた先に見えたザフトの拠点は、艦内の誰にとっても久しぶりの安全圏に見えた。
もっとも、ミネルバの状態は安全とは程遠い。
右舷にはタマンラセットで受けた損傷が残り、左舷格納庫ハッチにも新たな被害が出ている。
トリスタン砲座は中破、右舷前方CIWSは全損。
応急処置を重ねてなお、艦は傷だらけだった。
誘導灯に従い、ミネルバは大型ドックへ入る。
艦体固定アームが伸び、損傷した右舷を支えるように接続された。
ドック内の整備員達が、艦の外壁を見上げて息を呑む。
戦闘記録を見ていた者でも、実際に穴の開いた装甲と焼け焦げた砲座を目にすれば、印象は違った。
「修理期間は?」
ブリッジでタリアが問う。
アーサーは基地側から送られてきた見積もりを確認した。
「最低でも10日。完全修復にはそれ以上かかるとのことです。
ただ、航行と通常戦闘に必要な範囲なら、10日で戻せる見込みです」
「10日、ね」
タリアは小さく息を吐いた。
長い。
だが必要な時間だった。
「その間、ミネルバは身動きが取れません」
「分かっています」
タリアは正面モニターを見据える。
「だからこそ、ここで何が起きるかを知らなければならないわ」
*****
ジブラルタル基地司令部。
会議室には基地司令と参謀数名。
ミネルバ側からタリア、アーサー、アスランが出席していた。
卓上モニターには、ミネルバの航路と戦闘記録が表示されている。
ケープタウン西方から北上し、ラゴス、カノ、タマンラセット、フェズ東方山岳地帯を経て、ようやくジブラルタルへ辿り着いた航路だった。
「まず、こちらから報告します」
タリアが切り出した。
「ミネルバは現在、重要機密に相当する人物、および機体を収容しています」
基地司令の目が細くなる。
「その件は、本国への秘匿報告案件ですか」
「ええ。本来であれば、そのためにザフト本国へ向かう予定でした。
しかし航行中、ロゴス側と思われる戦力の襲撃を受け、
地球への降下を余儀なくされました」
モニターにタマンラセットの映像が映る。
砂漠。
半壊した地下施設。
鉛黒のミュルミドン。
そして、赤光りする黒い大型MSストラテゴス。
「タマンラセット方面で、ロゴスの秘密拠点と思われる施設を発見。
限定攻撃により、外部電源区画および地表施設へ打撃を与えました。
ただし完全破壊には至っていません」
「この正体不明機は?」
「恐らく、当該施設で独自開発されている企業型MSと推定しています。詳細は解析中です」
タリアは短く答えた。
基地司令は映像を見つめたまま、しばらく沈黙する。
「こちらの情報とも合致します」
彼は別の資料を呼び出した。
「デュランダル議長のロゴス討滅宣言以降、
地球各地で戦闘が激化しています。
連合正規軍だけでなく、ロゴスの私兵、企業型MS部隊、
所属不明の機体の目撃情報も増えている」
「ジブラルタル周辺でも?」
「ええ。ここ数日、周辺地域で不審な部隊移動が複数確認されています。
フェズ東方の伏撃も、その一部でしょう」
アーサーが眉をひそめる。
「では、あれは偶発的な襲撃ではなく……」
「ミネルバの進路情報が、どこかから流れたと見るべきでしょう」
会議室の空気が重くなる。
タリアは答えなかった。
答えなくても、全員が同じ可能性を考えていた。タマンラセットからだと。
基地司令は続ける。
「さらに、近くこの基地への大規模攻撃が予想されています。
ジュール隊は、その防衛強化のため派遣されていました」
「イザーク・ジュール隊長の隊ですね」
アスランが言う。
「そうです。先ほどミネルバを救援したのも、その哨戒部隊です」
基地司令はタリアへ向き直った。
「ミネルバは修理中と承知しています。
無理を強いるつもりはありません。
ですが、可能な範囲で基地防衛に協力していただきたい」
タリアは一度、目を伏せた。
ミネルバは傷ついている。
乗員も疲弊している。
それでも、ここでジブラルタルが落ちれば、
ミネルバの修理も補給も、セラの扱いも、本国への報告も。
すべて崩れる。
「ミネルバ本艦の即時出撃は困難です」
タリアは静かに言った。
「ですが、可能な範囲で基地防衛には協力します」
「感謝します」
「こちらこそ。救援がなければ、あの山岳地帯で沈んでいたかもしれません」
アーサーが小さく頷く。
アスランは黙ったまま、卓上に映るストラテゴスを見ていた。
******
大型ドックでは、ミネルバ隊とジュール隊の機体が並んでいた。
ミネルバの周囲には整備班が殺到している。装甲板が外され、
焼けた配線が引き抜かれ、応急材で塞がれていた穴が正式な補修作業へ移されていく。
その横に、ジュール隊のグフイグナイテッドが並ぶ。
山岳地帯で救援に現れた8機だ。先頭の白い機体は、他とは違う存在感を放っていた。
「助かりました」
ルナマリアが、ジュール隊のパイロットへ頭を下げる。
「いや、こちらも基地から命令を受けただけだ」
若いパイロットが肩をすくめた。
「それでも、来てもらえなかったら危なかったです」
メイリンが言うと、別の隊員が笑った。
「ミネルバが危ないって聞いて出たら、
想像以上にひどい状態だったからな。よく飛んでたよ、あれで」
「……それは否定できません」
レイが淡々と返す。
シンは少し離れた場所で、ジュール隊のグフを見上げていた。
「グフイグナイテッド……」
「興味あるのか?」
ジュール隊員のひとりが声をかける。
「別に。ただ、あの数のウィンダムを一気に崩したのはすごかったなって」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてますよ」
シンが少しだけむっとする。
その横で、ルナマリアが小さく笑った。
戦闘直後のぎこちなさはある。
だが同じザフトの部隊であり、互いに命を預けた直後でもある。
会話は少しずつ増えていった。
◇
夕暮れ時のドック奥。
イザーク・ジュールは、ディアッカ・エルスマンと並んでミネルバを見上げていた。
「ひどい有様だな」
「助けに来た甲斐はあったってことだろ」
ディアッカが軽く返す。
イザークは鼻を鳴らした。
「ジブラルタルの目前で落ちかけるとはな」
「相変わらず言い方きついな、お前」
「事実だ」
そこへアスランが歩いてきた。
3人の間に、少しだけ沈黙が落ちる。
かつて同じ部隊にいた。
敵味方に分かれた時期もあった。
そして今、また同じザフトの制服を着て、同じ基地に立っている。
「先の戦闘では助かった」
アスランが言った。
イザークは一瞬、目を細める。
「礼を言われる筋合いはない。任務だ」
「それでも、助かったのは事実だ」
「……ふん」
ディアッカが肩をすくめる。
「素直に受け取っとけよ、イザーク」
「うるさい」
イザークはアスランを見る。
「それより、お前だ。相変わらず厄介事の中心にいるな、アスラン」
「望んでそうしているわけじゃない」
「どうだかな」
「まあまあ」
ディアッカが間に入る。
「けど、本当に何があったんだ?
ミネルバがあの状態になるなんて、普通じゃないだろ」
アスランの表情が少し硬くなる。
「いろいろあった。ロゴスの新型、正体不明の部隊、それに……」
そこで、イザークの視界の端で何かが動いた。
ノーマルスーツ姿のパイロットがひとり、ミネルバの格納区画の近くを歩いている。
ヘルメットを被ったまま。
所属章は見えない。
ミネルバ隊の挨拶の時にもいなかった。
「おい、貴様」
声をかける。
ノーマルスーツの人物が立ち止まった。
「所属を言え」
数秒の沈黙。
「回答権限を確認中です」
「ふざけるな!」
その声にアスランが反応した。
「イザーク、待て!」
イザークは一歩で距離を詰め相手の腕を取った。
壁際へ押さえ込む。その動きは速く無駄がない。
ノーマルスーツの人物は抵抗しなかった。
いや、抵抗できなかった。
レギナントの中では戦場を支配できる彼女も、生身では驚くほど非力だった。
宇宙育ちの身体は、地球の重力に慣れ、鍛えられた人間の力に抗えるほど強くない。
イザークは眉をひそめた。
「軽い……?」
押さえた相手は、拍子抜けするほど軽かった。
訓練された人間の身体ではない。
少なくとも、ザフトのパイロットとして見慣れた感触ではなかった。
「イザーク、やめろ!」
アスランが駆け寄る。
メイリンも遠くから気づき、顔色を変えた。
「セラ!」
「セラ?」
イザークが反応する。
メイリンの手から書類が滑り落ちる。
その隙に、ヘルメットのロックが外れた。
落ちたヘルメットの下から、淡い髪がこぼれる。
イザークの動きが止まった。
ディアッカも目を見開く。
アスランは額に手を当て言葉を失った。
そこにいたのは、ラクス・クラインによく似た少女だった。
ただし、その目は違う。
歌姫のものではない。
冷たく感情のない、静かな目だった。
「……ラクス・クライン?」
イザークの声が、低く漏れる。
セラは押さえ込まれたまま、彼を見上げた。
「違います」
短い返答。
だが、その場の混乱を収めるには、あまりにも足りなかった。
イザークは腕を放さない。
「ならば何だ、貴様は」
セラは数秒、沈黙する。
そして、いつものように答えた。
「私はラクス・クラインではありませんが――」
ドック内の喧騒が、遠くなった。
ジブラルタルに着いたはずのミネルバは、また新しい火種の前に立っていた。
ジュール隊は元々、イザーク、ディアッカ、シホの3名ですが、
本作はジブラルタルに臨時で派遣されているため、当該基地所属の部隊との混成部隊という設定です。