機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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39.ジブラルタル基地 1

ジュール隊の護衛を受け、ミネルバはジブラルタル基地へ到着した。

山岳地帯を抜けた先に見えたザフトの拠点は、艦内の誰にとっても久しぶりの安全圏に見えた。

もっとも、ミネルバの状態は安全とは程遠い。

右舷にはタマンラセットで受けた損傷が残り、左舷格納庫ハッチにも新たな被害が出ている。

トリスタン砲座は中破、右舷前方CIWSは全損。

応急処置を重ねてなお、艦は傷だらけだった。

 

誘導灯に従い、ミネルバは大型ドックへ入る。

艦体固定アームが伸び、損傷した右舷を支えるように接続された。

ドック内の整備員達が、艦の外壁を見上げて息を呑む。

戦闘記録を見ていた者でも、実際に穴の開いた装甲と焼け焦げた砲座を目にすれば、印象は違った。

 

「修理期間は?」

 

ブリッジでタリアが問う。

アーサーは基地側から送られてきた見積もりを確認した。

 

「最低でも10日。完全修復にはそれ以上かかるとのことです。

 ただ、航行と通常戦闘に必要な範囲なら、10日で戻せる見込みです」

 

「10日、ね」

 

タリアは小さく息を吐いた。

長い。

だが必要な時間だった。

 

「その間、ミネルバは身動きが取れません」

「分かっています」

 

タリアは正面モニターを見据える。

 

「だからこそ、ここで何が起きるかを知らなければならないわ」

 

*****

 

ジブラルタル基地司令部。

会議室には基地司令と参謀数名。

ミネルバ側からタリア、アーサー、アスランが出席していた。

卓上モニターには、ミネルバの航路と戦闘記録が表示されている。

ケープタウン西方から北上し、ラゴス、カノ、タマンラセット、フェズ東方山岳地帯を経て、ようやくジブラルタルへ辿り着いた航路だった。

 

「まず、こちらから報告します」

 

タリアが切り出した。

 

「ミネルバは現在、重要機密に相当する人物、および機体を収容しています」

 

基地司令の目が細くなる。

 

「その件は、本国への秘匿報告案件ですか」

 

「ええ。本来であれば、そのためにザフト本国へ向かう予定でした。

 しかし航行中、ロゴス側と思われる戦力の襲撃を受け、

 地球への降下を余儀なくされました」

 

モニターにタマンラセットの映像が映る。

砂漠。

半壊した地下施設。

鉛黒のミュルミドン。

そして、赤光りする黒い大型MSストラテゴス。

 

「タマンラセット方面で、ロゴスの秘密拠点と思われる施設を発見。

 限定攻撃により、外部電源区画および地表施設へ打撃を与えました。

 ただし完全破壊には至っていません」

「この正体不明機は?」

「恐らく、当該施設で独自開発されている企業型MSと推定しています。詳細は解析中です」

 

タリアは短く答えた。

基地司令は映像を見つめたまま、しばらく沈黙する。

 

「こちらの情報とも合致します」

 

彼は別の資料を呼び出した。

 

「デュランダル議長のロゴス討滅宣言以降、

 地球各地で戦闘が激化しています。

 連合正規軍だけでなく、ロゴスの私兵、企業型MS部隊、

 所属不明の機体の目撃情報も増えている」

「ジブラルタル周辺でも?」

「ええ。ここ数日、周辺地域で不審な部隊移動が複数確認されています。

 フェズ東方の伏撃も、その一部でしょう」

 

アーサーが眉をひそめる。

 

「では、あれは偶発的な襲撃ではなく……」

「ミネルバの進路情報が、どこかから流れたと見るべきでしょう」

 

会議室の空気が重くなる。

タリアは答えなかった。

答えなくても、全員が同じ可能性を考えていた。タマンラセットからだと。

基地司令は続ける。

 

「さらに、近くこの基地への大規模攻撃が予想されています。

 ジュール隊は、その防衛強化のため派遣されていました」

「イザーク・ジュール隊長の隊ですね」

 

アスランが言う。

 

「そうです。先ほどミネルバを救援したのも、その哨戒部隊です」

 

基地司令はタリアへ向き直った。

 

「ミネルバは修理中と承知しています。

 無理を強いるつもりはありません。

 ですが、可能な範囲で基地防衛に協力していただきたい」

 

タリアは一度、目を伏せた。

ミネルバは傷ついている。

乗員も疲弊している。

それでも、ここでジブラルタルが落ちれば、

ミネルバの修理も補給も、セラの扱いも、本国への報告も。

すべて崩れる。

 

「ミネルバ本艦の即時出撃は困難です」

 

タリアは静かに言った。

 

「ですが、可能な範囲で基地防衛には協力します」

 

「感謝します」

 

「こちらこそ。救援がなければ、あの山岳地帯で沈んでいたかもしれません」

 

アーサーが小さく頷く。

アスランは黙ったまま、卓上に映るストラテゴスを見ていた。

 

******

 

大型ドックでは、ミネルバ隊とジュール隊の機体が並んでいた。

ミネルバの周囲には整備班が殺到している。装甲板が外され、

焼けた配線が引き抜かれ、応急材で塞がれていた穴が正式な補修作業へ移されていく。

その横に、ジュール隊のグフイグナイテッドが並ぶ。

山岳地帯で救援に現れた8機だ。先頭の白い機体は、他とは違う存在感を放っていた。

 

「助かりました」

 

ルナマリアが、ジュール隊のパイロットへ頭を下げる。

 

「いや、こちらも基地から命令を受けただけだ」

 

若いパイロットが肩をすくめた。

 

「それでも、来てもらえなかったら危なかったです」

 

メイリンが言うと、別の隊員が笑った。

 

「ミネルバが危ないって聞いて出たら、

 想像以上にひどい状態だったからな。よく飛んでたよ、あれで」

「……それは否定できません」

 

レイが淡々と返す。

シンは少し離れた場所で、ジュール隊のグフを見上げていた。

 

「グフイグナイテッド……」

「興味あるのか?」

 

ジュール隊員のひとりが声をかける。

 

「別に。ただ、あの数のウィンダムを一気に崩したのはすごかったなって」

「褒め言葉として受け取っておく」

「褒めてますよ」

 

シンが少しだけむっとする。

その横で、ルナマリアが小さく笑った。

 

戦闘直後のぎこちなさはある。

だが同じザフトの部隊であり、互いに命を預けた直後でもある。

会話は少しずつ増えていった。

 

夕暮れ時のドック奥。

イザーク・ジュールは、ディアッカ・エルスマンと並んでミネルバを見上げていた。

 

「ひどい有様だな」

「助けに来た甲斐はあったってことだろ」

 

ディアッカが軽く返す。

イザークは鼻を鳴らした。

 

「ジブラルタルの目前で落ちかけるとはな」

「相変わらず言い方きついな、お前」

「事実だ」

 

そこへアスランが歩いてきた。

3人の間に、少しだけ沈黙が落ちる。

かつて同じ部隊にいた。

敵味方に分かれた時期もあった。

そして今、また同じザフトの制服を着て、同じ基地に立っている。

 

「先の戦闘では助かった」

 

アスランが言った。

イザークは一瞬、目を細める。

 

「礼を言われる筋合いはない。任務だ」

「それでも、助かったのは事実だ」

「……ふん」

 

ディアッカが肩をすくめる。

 

「素直に受け取っとけよ、イザーク」

「うるさい」

 

イザークはアスランを見る。

 

「それより、お前だ。相変わらず厄介事の中心にいるな、アスラン」

「望んでそうしているわけじゃない」

「どうだかな」

「まあまあ」

 

ディアッカが間に入る。

 

「けど、本当に何があったんだ?

 ミネルバがあの状態になるなんて、普通じゃないだろ」

 

アスランの表情が少し硬くなる。

 

「いろいろあった。ロゴスの新型、正体不明の部隊、それに……」

 

そこで、イザークの視界の端で何かが動いた。

ノーマルスーツ姿のパイロットがひとり、ミネルバの格納区画の近くを歩いている。

ヘルメットを被ったまま。

所属章は見えない。

ミネルバ隊の挨拶の時にもいなかった。

 

「おい、貴様」

 

声をかける。

ノーマルスーツの人物が立ち止まった。

 

「所属を言え」

 

数秒の沈黙。

 

「回答権限を確認中です」

「ふざけるな!」

 

その声にアスランが反応した。

 

「イザーク、待て!」

 

イザークは一歩で距離を詰め相手の腕を取った。

壁際へ押さえ込む。その動きは速く無駄がない。

 

ノーマルスーツの人物は抵抗しなかった。

いや、抵抗できなかった。

レギナントの中では戦場を支配できる彼女も、生身では驚くほど非力だった。

宇宙育ちの身体は、地球の重力に慣れ、鍛えられた人間の力に抗えるほど強くない。

イザークは眉をひそめた。

 

「軽い……?」

 

押さえた相手は、拍子抜けするほど軽かった。

訓練された人間の身体ではない。

少なくとも、ザフトのパイロットとして見慣れた感触ではなかった。

 

「イザーク、やめろ!」

 

アスランが駆け寄る。

メイリンも遠くから気づき、顔色を変えた。

 

「セラ!」

「セラ?」

 

イザークが反応する。

メイリンの手から書類が滑り落ちる。

その隙に、ヘルメットのロックが外れた。

落ちたヘルメットの下から、淡い髪がこぼれる。

イザークの動きが止まった。

ディアッカも目を見開く。

アスランは額に手を当て言葉を失った。

 

そこにいたのは、ラクス・クラインによく似た少女だった。

ただし、その目は違う。

歌姫のものではない。

冷たく感情のない、静かな目だった。

 

「……ラクス・クライン?」

 

イザークの声が、低く漏れる。

セラは押さえ込まれたまま、彼を見上げた。

 

「違います」

 

短い返答。

だが、その場の混乱を収めるには、あまりにも足りなかった。

イザークは腕を放さない。

 

「ならば何だ、貴様は」

 

セラは数秒、沈黙する。

そして、いつものように答えた。

 

「私はラクス・クラインではありませんが――」

 

ドック内の喧騒が、遠くなった。

ジブラルタルに着いたはずのミネルバは、また新しい火種の前に立っていた。

 




ジュール隊は元々、イザーク、ディアッカ、シホの3名ですが、
本作はジブラルタルに臨時で派遣されているため、当該基地所属の部隊との混成部隊という設定です。
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