機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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04.追跡と白影

『対象機、撤退を開始』

 

レイの声が、通信に入った。

 

白いMSは、デブリ帯の奥へ向けて後退している。

赤い線はもう消えていた。

ドラグーンも収納され、さっきまで戦場を縛っていた網は跡形もない。

 

だが、シンの中に残ったものは消えなかった。

 

前へ出られなかった。

見えている敵を止められなかった。

所属不明艦を、目の前で逃がした。

 

「……逃がすかよ!」

 

インパルスが急加速する。

 

『シン、待て! 戻れ!』

 

アスランの声が飛ぶ。

だが、シンは止まらなかった。

 

「あと少しなんだよ! ここまで好き勝手やっといて、逃げられてたまるか!」

 

インパルスは単独で白いMSを追った。

 

『なにがあと少しだ! このままでは――戻――』

 

通信にノイズが混じる。

デブリ帯が近い。

金属片と岩塊が散る宙域に入り、通信状態が一気に悪くなっていく。

 

『シン、聞こえますか。応答を――』

 

メイリンの声も、途中で途切れた。

 

「くそっ……!」

 

シンは舌打ちし、それでも前へ出る。

 

*****

 

暗いデブリの影。

その向こうに、白い機体が見えた。

 

逃げているようには見えなかった。

 

それは、静かに止まっていた。

まるで、追ってくると分かっていたかのように。

 

『接近継続を確認』

 

オープン回線に、あの少女の声が流れる。

 

幼い声。

だが、そこに焦りはなかった。

 

空間支配(クイーンズ・ウェブ)を再展開します』

 

次の瞬間、ドラグーンが散った。

 

赤い線が、デブリの間を縫うように走る。

まるで暗い宇宙に、見えない檻が組み上がっていくようだった。

 

だが、今度のシンは止まらない。

 

「もう見えんだよッ!」

 

インパルスが加速する。

赤い線と線の隙間へ、機体を滑り込ませる。

 

ビーム。

回避。

 

赤い線。

機体を倒す。

 

別方向から、またビーム。

 

シンはそれを読んで、強引に抜けた。

 

一度見せられた。

何度も動かされた。

だからこそ、分かる。

 

線に触れたら撃たれる。

避けた先に、次の線がある。

なら、その次まで読めばいい。

 

「そこじゃねえ!」

 

インパルスが機体を反転させる。

予想した射線の手前で急制動。

追ってきたビームが、機体の前を空振りする。

 

その隙に、シンはライフルを構えた。

 

白いドラグーンが、進路を変えようとした。

 

遅い。

 

「そこだぁッ!」

 

ビームライフルが火を噴く。

 

ドラグーンが一基、爆散した。

 

『ドラグーン損失を確認』

 

少女の声は、変わらなかった。

 

だが、赤い網に小さな穴が開いた。

 

「やれるじゃねえか!」

 

シンはさらに踏み込む。

 

赤い線が減ったわけではない。

だが、密度が変わった。

さっきまでなら塞がれていた隙間が、わずかに残っている。

 

インパルスはそこへ食い込んだ。

 

2基目を狙う。

 

ドラグーンが逃げる。

シンは追わない。

逃げた先を読んで、横から撃つ。

 

直撃はしなかった。

だが、端末の一部が弾け、姿勢が乱れる。

赤い線が揺れた。

 

『制圧率低下』

 

その短い報告が、通信に混じる。

 

白いMSが、初めて大きく動いた。

 

それまで静かに浮かんでいた機体が、わずかに姿勢を変える。

大型スカート装甲が広がり、残ったドラグーンが一斉に再配置された。

 

赤い線が増える。

だが、シンはもう止まらない。

 

「遅い!」

 

インパルスは、網が閉じきる前に飛び込んだ。

 

デブリの間をすり抜ける。

ビームが背後の岩塊を削る。

破片が弾け、視界に散った。

 

警告音。

機体損傷表示。

 

それでも、距離は詰まる。

 

白いMSが、目の前に近づいてくる。

 

『近接迎撃へ移行』

 

少女の声。

 

その直後、白いMSの指先が開いた。

 

刃ではなかった。

爪だった。

 

細い腕の先で、熱を帯びた爪が光る。

斬るためというより、掴むための形。

捕らえ、噛みつき、引き裂くための手。

 

「近接まであるのかよ!」

 

シンは叫び、ビームサーベルを抜く。

 

インパルスが踏み込む。

白いMSもまた、初めて真正面から動いた。

 

赤い線の網を抜けた先にあったのは、逃げ道ではなかった。

白い機体の腕だった。

 

爪が伸びる。

インパルスの腕ではなく、サーベルの柄を狙ってくる。

 

「させるか!」

 

シンは機体をひねり、サーベルを振り抜いた。

 

白い爪が、刃を受け流すように横へずれる。

次の瞬間、もう片方の手がインパルスの背へ回り込んでいた。

 

「っ!?」

 

爪が噛んだ。

 

背部ユニットに食い込み、装甲を裂く。

推進系の警告が一斉に鳴り響いた。

 

だが、シンも止まらない。

 

「うおおおおッ!!」

 

ビームサーベルが振り抜かれる。

 

閃光。

 

白いMSの左側スカート装甲が、弾け飛んだ。

 

同時に、インパルスの背部スラスターが火花を散らす。

両機が衝撃で弾き飛ばされた。

 

「っ……!」

 

シンは操縦桿を引き戻す。

だが、機体の反応が鈍い。

 

推力が足りない。

背部の制御が死んでいる。

 

インパルスは姿勢を保てず、デブリ帯の中へ流されかけた。

 

「止まれ……止まれって!」

 

スラスターを細かく吹かし、ようやく機体を立て直す。

 

その向こうで、白いMSも大きく姿勢を崩していた。

砕けた装甲片と、破損したドラグーンの残骸が周囲を漂っている。

 

だが、白いMSはまだこちらを向いていた。

 

残ったドラグーンが、ゆっくりと広がる。

赤い線が、再び形を作ろうとする。

 

シンの喉が鳴った。

 

「まだやるのかよ……!」

 

インパルスがビームライフルを構える。

だが、推力不足で照準が揺れる。

 

白いMSも動かない。

いや、動けないのかもしれない。

 

長い沈黙が流れた。

 

赤い線が一本、震える。

 

次に、ドラグーンの光が不安定に揺れた。

 

そして、ふっと消えた。

 

赤い線も消える。

ドラグーンが動きを止める。

白いMSの全身から、力が抜けたように見えた。

 

「……は?」

 

シンは眉をひそめる。

 

撃墜した。

そう判断するには、あまりにも静かだった。

 

機体は爆発していない。

コクピット反応も、微弱ながら残っている。

 

ただ、動かない。

 

「……なんなんだよ、お前」

 

シンはライフルを向けたまま、動けなかった。

 

今なら撃てる。

動かない敵機を撃つだけだ。

 

さっきまで自分たちを翻弄していた相手。

所属不明艦を逃がした敵。

このまま放っておけば、また動き出すかもしれない相手。

 

それなのに、引き金を引けない。

 

耳に残っていた。

 

『警告します』

 

あの幼い声。

震えも迷いもない、機械のような声。

 

だが、確かに子供の声だった。

 

シンは奥歯を噛む。

ライフルの照準が、わずかに揺れた。

 

白いMSは、何も言わない。

何もしてこない。

 

ただ、暗いデブリの中で、壊れかけた女王のように沈黙していた。

 

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