機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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41.払暁の警報

ジブラルタルの夜明けは、海から来る。

東の空がわずかに白み、岩山の輪郭が黒い影として浮かび上がる。

海峡を渡る風はまだ冷たく、港湾施設の照明は夜間管制の色を残していた。

大型ドックの奥では、ミネルバが眠るように艦体を横たえている。

 

眠っているわけではない。

右舷区画の装甲は一部が外され、内部フレームには仮設足場が組まれていた。

焼けたCIWSの台座、交換中の外装板、断線した管制ケーブル。

入渠から6日目になっても、損傷の跡は消えていない。

 

そのさらに奥、通常MS格納庫とは隔離された仮設ハンガーに、白い大型機が片膝をついて固定されていた。

レギナント、純白のスカート装甲は、遮蔽シートと簡易隔壁の奥で静かに光を返している。

基地工廠の作業員でさえ、許可なく近づくことはできない。

周囲にはミネルバ整備班と一部の基地技術者、警備兵だけが配置されていた。

その入口付近に、白いノーマルスーツ姿の少女が立っている。

 

ヘルメットは外していない。

顔を隠すためでもあり、外してよいという指示をまだ受けていないためでもあった。

 

「セラ、まだそこにいたの」

 

メイリンが小走りで近づいてきた。夜勤明けなのか、目元に疲れが残っている。

セラは振り向く。

 

「待機中です」

「待機中って……ちゃんと休むように言われてたでしょ」

「休息指示は受領済み」

「じゃあ、どうしてここにいるの」

「レギナント周辺待機指示も受領済み」

 

メイリンは額に手を当てた。

 

「それ、どっちも同時にやろうとしないの」

「同時実行は困難」

「分かってるなら戻ろうよ……」

 

メイリンがそう言いかけた時だった。

基地全体の照明が、一段階赤く切り替わった。

 

短い警報音が鳴る。

次の瞬間、ドック内の作業員たちが一斉に顔を上げた。

 

『第2警戒配備。地中海東方に敵性反応。繰り返す。第2警戒配備』

 

メイリンの表情が変わる。

 

「敵……」

 

セラは警報を聞いたまま、わずかに首を動かした。

 

「戦闘警報」

「まだ第2よ。出撃命令じゃない」

「出撃命令ではない」

「そう。だから、勝手にレギナントに乗らない」

 

メイリンが先回りして言う。

セラは数秒だけ黙った。

 

「了解」

 

だがその声は、警報の次の段階を待っているようでもあった。

 

*****

 

ジブラルタル基地司令部。

払暁の静けさは、管制室の中にはなかった。

大型スクリーンに海峡周辺の広域図が表示される。

東方、地中海側の端に、複数の敵性反応が点滅していた。

 

「地中海東方、アルメリア沖方面に敵性船団。巡洋艦1、護衛艦2、輸送艦2と推定!」

「進路は」

「ジブラルタル方面へ西進中。針路維持」

 

基地司令はスクリーンを見上げたまま、短く息を吐いた。

 

「このタイミングで来るか」

 

そばにいたタリアが、視線だけを動かす。

 

「予想より早いですね」

「ロゴスの動きが活発化していた。来るとは思っていたが、小規模すぎる」

 

司令の言葉に、アーサーが端末を覗き込む。

 

「輸送艦2隻……。搭載MSは、多く見積もっても十数機でしょうか」

「だからといって放置はできん」

 

基地司令は判断を下した。

 

「第3迎撃隊を出せ。ザク2小隊、グフ2小隊。東方海域で接触、針路を変えさせろ」

「ジュール隊は」

「温存だ。敵がこれで終わるとは思えん。ジュール隊は即応遊撃として待機。

 ミネルバ隊にも準備を通達しろ。ただし、ミネルバ本艦はまだ動かせん」

「了解!」

 

管制士が命令を飛ばしていく。

 

タリアは表示された敵船団を見つめていた。

 

巡洋艦1。護衛艦2。輸送艦2。

ジブラルタルを本気で落とすには少なすぎる。だが、ただの威力偵察にしては輸送艦が重い。

 

「艦長」

 

アーサーが低く声をかける。

 

「陽動でしょうか」

「まだ断定はできないわ」

 

タリアは答えた。

 

「でも、これが本命なら雑すぎる」

 

その言葉に、基地司令もわずかに頷いた。

 

「同感だ。だからこそ、こちらも主力は動かさん」

 

タリアはモニターの別表示を見る。

ミネルバの修理進捗、出撃可能MS、ドック区画の閉鎖状況、レギナント隔離ハンガーの警備状態。

 

入渠6日目。

まだ、艦は完全ではない。

そしてロゴスは、その完全ではない時間を狙ってきた。

 

*****

 

基地格納区画では、ザクとグフが次々に起動していた。

ジブラルタル基地所属の機体群だ。整備ベッドから立ち上がったザクウォーリアのモノアイが赤く灯り、グフイグナイテッドの翼が折り畳まれたまま固定解除される。

 

『第3迎撃隊、発進準備完了』

『ザク第2小隊、全機起動確認』

『グフ第1、第2小隊、発進ラインへ』

 

発進誘導灯が順に点灯する。

その様子を、別の格納ブロックからイザークが見ていた。

 

「俺たちは待機だと?」

 

声が不機嫌そのものだった。

ディアッカ・エルスマンが肩をすくめる。

 

「まあ、敵があれだけなら基地部隊で十分って判断だろ」

「敵があれだけなら、な」

「そういう言い方するから、部下が胃を痛めるんだぜ」

「黙れ、ディアッカ」

 

イザークはモニターを睨みつけたまま言う。

 

「小規模船団に輸送艦2隻。露骨すぎる」

「罠か」

「罠か囮か、あるいは囮に見せかけた何かだ」

「全部じゃねえか」

「だから気に食わん」

 

ディアッカは苦笑しかけたが、すぐに表情を引き締めた。

別ラインでは、シンのインパルス、レイ、ルナマリアのザクも出撃準備に入っていた。

ミネルバ艦内からではない。基地側格納庫へ移された機体を、ジブラルタルの発進管制で動かす形だ。

勝手が違う。

発進シークエンスも、誘導員の声もミネルバの格納庫とは微妙に違っている。

 

「基地から出るって変な感じだな」

 

シンがコクピット内で呟く。

 

『文句を言うな、シン』

 

レイの声が返る。

 

『発進管制が違うだけだ。機体の動作に問題はない』

「分かってるよ」

『分かっているなら、出撃前に無駄口を減らせ』

「レイってそういうとこ本当さ……」

 

通信にルナマリアが割り込む。

 

『2人とも、始まる前から喧嘩しないで。こっちはオルトロスの接続確認で忙しいの』

「してないって!」

 

そのやり取りを聞きながら、アスランは別席で各部隊の配置を確認していた。

彼の機体も待機状態にある。だが今は、ミネルバ側とジュール隊、基地司令部の間をつなぐ役割も担っていた。

 

『アスラン』

 

イザークの声が入る。

 

「何だ」

 

『この敵、どう見る』

「少なすぎる」

『だろうな』

 

短い会話だった。

それだけで十分だった。

 

2人は、同じ違和感を見ている。

 

*****

 

東方迎撃隊が発進した。

ザク2小隊、グフ2小隊。朝焼けの空へ上がり、地中海側へ向かっていく。

海面はまだ暗く、機体のスラスター光が細く尾を引いた。

管制室の大型モニターには、迎撃隊の軌跡と敵小規模船団の進路が表示されている。

 

「接触まで、推定4分」

「敵船団、針路変更なし」

「護衛艦、対空レーダー照射開始」

「輸送艦2隻、速度維持」

 

基地司令は腕を組む。

 

「迎撃隊に通達。深追いはするな。輸送艦の中身を確認次第、距離を取れ」

 

「了解」

 

タリアは黙っていた。

違和感が消えない。

小規模船団が露骨すぎる。だが、ロゴスがこちらを過小評価しているとも思えない。

 

敵は何をさせたいのか。

迎撃隊を引き出す。

基地司令部の目を東へ向けさせる。

なら、本命は別方向。

 

そこまでなら単純だ。

問題は、どこから来るか。

 

「西方監視網は」

 

タリアが問う。

 

「通常値です。大西洋側に大型反応なし」

「低高度、海面反射、偽装航跡は」

「解析中。現時点では――」

 

管制士の声がそこで止まった。

スクリーンの西端、大西洋側に、点が現れる。

1つ。

2つ。

数秒遅れて、さらに多数。

 

「大西洋側、複数反応!」

 

管制室の空気が変わった。

 

「数を出せ!」

 

「待ってください、ノイズが……反応が重なっています!」

「識別急げ!」

「大型艦影……大型輸送艦6、通常輸送艦4……戦艦級2!」

 

アーサーが息を呑む。

 

「戦艦2隻……!」

「護衛反応も複数! 支援艦、管制艦らしき反応あり!」

 

基地司令は机を叩いた。

 

「アルメリア方面は陽動だ! 全防衛隊に通達、主攻は大西洋側!」

「東方迎撃隊は」

「接敵前に後退。基地外縁防衛線へ再配置させろ」

「了解!」

 

命令が飛ぶ。

タリアは歯を噛みしめた。

 

「やはり……」

「艦長!」

 

アーサーが声を上げる。

 

「ミネルバ隊、出撃待機命令を出しますか」

「出して。ルナマリア、レイ、シンは基地管制で発進準備。アスランにも連絡。ジュール隊と連携を」

「了解!」

 

基地司令が別回線へ怒鳴る。

 

「全砲台、対艦戦闘準備! 港湾防衛線を上げろ! 大西洋側の艦隊を射程に入れるな!」

 

その時だった。

通信が白く潰れた。

低いノイズが、管制室の音声を塗りつぶす。

大型モニターの西方反応が増殖した。艦影の数が一瞬で膨れ上がり、偽反応と実反応の区別がつかなくなる。

 

「レーダーノイズ増大!」

「海側だけではありません! 陸側からも妨害波!」

「陸側だと!」

「基地北東外縁、複数発信源! 移動車両と思われます!」

 

タリアの目が細くなる。

 

「陽動の陽動……」

 

アーサーが振り向く。

 

「え」

「アルメリア方面で迎撃隊を引き出し、大西洋側で主攻を見せる。その上で、陸側に電子戦ユニットを置いていたのよ」

 

タリアはモニターを見る。

 

「敵は基地を黙らせる気ではないわ。連携を切る気よ」

 

基地司令が即座に命じる。

 

「抗ECMシーケンス開始! 地下有線リンクへ切り替えろ!」

「抗ECM開始! 安定化まで――300秒!」

 

管制士が数値を読む。

その数字が、管制室に重く落ちた。

 

「300秒……」

 

アーサーが呟く。

タリアは静かに言った。

 

「その間に、ドックへ穴を開けるつもりね」

 

西方の大西洋側では、敵戦艦2隻が前に出始めていた。

電子妨害に覆われた海上で、その砲身がジブラルタルの外周砲台へ向く。

 

「敵戦艦、主砲照準!」

「砲台群、管制同期不安定!」

「手動照準へ移行中!」

 

基地司令が叫ぶ。

 

「撃たせるな! 対艦砲台、手動でいい、応射しろ!」

 

直後、夜明けの海が光った。

敵戦艦の主砲が火を噴く。

重い光条が海面を裂き、ジブラルタル外周の砲台装甲に叩き込まれた。

 

砲台は沈黙しない。

装甲覆いが赤熱し、岩盤ごと震える。だが次の瞬間、砲塔が旋回し、反撃の火線を放った。

 

「第4砲台、損傷軽微! 応射開始!」

「第6砲台、管制リンク不安定! 手動照準に切替!」

「敵ウィンダム部隊、海上低空より接近!」

 

大西洋側の空が、次々に赤く染まる。

ジブラルタルが、目を覚ました。

だが、その目はまだ霞んでいる。

 

*****

 

アルメリア方面。

ジブラルタル基地の東方迎撃隊は、後退命令を受けていた。

 

『全機、針路変更! 基地外縁防衛線へ戻る!』

『敵輸送艦はどうする』

『本命は西だ! 深追いするな!』

 

ザクとグフが旋回する。

敵小規模船団との距離は、接敵寸前だった。

巡洋艦と護衛艦は砲撃姿勢を取りながらも、積極的に追ってこない。

やはり陽動だった。

誰もがそう判断しかけた。

 

その時、輸送艦2隻のうち1隻が、船体下部の大型ハッチを開いた。

『輸送艦に動き!』

『MS発進か』

『数は少ない、構うな! 主攻へ戻――』

 

通信がそこで途切れた。

ハッチから落ちるように現れた影が、通常MSの大きさではなかったからだ。

 

赤黒い甲殻装甲。

巨大な頭部。

細い骨格を覆う、異様な重装。

 

ストラテゴス。

 

拘束フレームが海上低空で展開し、機体を解放する。

スラスター光が鈍く灯り、黒い大型機がゆっくりと姿勢を起こした。

 

もう1隻の輸送艦からは、赤と黒のMS群が放たれる。

12機。

ミュルミドン。

それらは空から地上へと滑るように降下し、岩場と海岸線へ向かって沈むように進む。

背部のドラグーンが展開し、赤い光点が機体の周囲へ散った。

 

『何だ、あれは……!』

『敵MS、低空侵攻! 数12!』

『後退中止、迎撃――』

 

ザクの1機がビームライフルを構える。

ロックオン表示が一瞬だけ重なった。

次の瞬間、照準が白く乱れる。

 

『ロックが外れた!?』

 

岩場の影から、ミュルミドンが跳んだ。

射撃武器はない。

だが、その距離はもう射撃戦ではなかった。

 

ビームスピアが伸びる。

アンカーがザクの脚部へ絡む。

引き倒された機体へ、別の1機が低く突き込んだ。

 

グフがヒートロッドを振るう。

しかし背部ユニットが視界を横切り、センサー表示に偽反応が走る。

半拍遅れた瞬間、側面から3機目が食いついた。

 

迎撃隊の隊列が、崩れる。

艦隊規模では、アルメリア方面は陽動だった。

だが、その腹に積まれていたものは、陽動と呼ぶにはあまりに重すぎた。

 

ストラテゴスの胸部奥で、No.3が目を開いている。

浅い呼吸。

不安定な神経波形。

それでも、12機のミュルミドンは1つの群れとして動き始めていた。

 

『L-31』

 

誰にも届かないはずの声が、コクピットの中で低く漏れる。

夜明けの光が、ジブラルタルの岩山を照らし始める。

海側では大艦隊が砲撃を開始し、陸側では電子戦のノイズが防衛網を噛み砕く。

そして東方からは、陽動のはずだった黒い群れが、ドック区画へ向けて走り出していた。

 

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