機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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42.黒い小隊

黒い群れは、海岸線を低く走った。

 

夜明けの光はまだ弱い。

アルメリア方面の岩場には濃い影が残り、海から吹きつける風が、砂と潮の匂いを基地外縁へ運んでいる。

その中を、輸送艦から放たれた未確認MSが滑るように進んでいた。

 

12機。

 

だが、ただ横一列に押し寄せてくるわけではない。

散ったように見える。ばらばらに見える。だが、次の瞬間には、ひとつの小隊として噛み合っている。

 

正面に出る機体が、低い姿勢で距離を詰める。

別の機体が岩場へ沈み、側面へ回り込む。

背後に控えた機体の背部から、翼状のユニットが切り離された。

赤い光点が、朝の薄闇に散る。

ジブラルタル基地の迎撃隊は、その名を知らない。

 

スウォーム・ウィング。

 

それは背部ブースターであり、分離式の支援端末であり、短距離妨害波の発生源でもあった。

だが、初めて遭遇した基地側パイロットに分かることは少ない。

 

背中の何かが外れた。

照準がぶれる。

敵影が増えたように見える。

ロックが安定しない。

それだけだった。

 

『照準が合わない!』

『偽反応か!?』

『目視で撃て! 近づけるな!』

 

ザクウォーリアがビームライフルを連射する。

光条が海岸の岩を焼き、白い蒸気を巻き上げた。だが、黒い敵MSはその射線をすり抜ける。

正面の1機がわざと目を引き、側面の1機が低く滑り込む。

 

アンカーが飛んだ。

 

ワイヤーがザクの脚部に絡む。

重心が崩れた瞬間、岩場の影から別の機体が跳び出した。

手にしているのは短槍状のビーム刃。

射撃武器ではない。

近づき、拘束し、刺すための武器だった。

 

『脚をやられた!』

『2番機を援護!』

 

グフイグナイテッドが前へ出る。

ビームソードを抜き、倒れかけたザクの前に割り込んだ。

グフは接近戦に強い。少なくとも、通常の敵MSならば正面から受け止められる。

 

だが、黒い敵MSは正面から勝負をしなかった。

 

分離されたドラグーンが、グフの視界を横切る。

センサー表示が乱れた。

敵本体の輪郭が一瞬だけ二重に見える。

 

その半拍の遅れで十分だった。

 

側面からアンカー。

正面から圧力。

下方から刺突。

 

グフは腕を引かれ、剣の軌道を逸らされた。

咄嗟に脚部スラスターを吹かし、ビームスピアの直撃だけは避ける。

だが膝装甲が焼け、機体が傾いた。

 

『こいつら、撃ってこないぞ!』

『撃たないんじゃない、撃つ気がないんだ!』

『距離を取れ! 囲まれるな!』

 

通信は乱れていた。

それでも、現場のパイロットたちは理解し始めていた。

 

敵は撃ち合うつもりがない。

撃たせるつもりもない。

射撃武器を捨て、その代わりに距離を潰すための機能を詰め込んでいる。

 

ザクやグフの得意な間合いを奪い、照準を狂わせ、孤立した機体から絡め取る。

それが、この黒い敵MSの戦い方だった。

 

*****

 

ジブラルタル基地司令部では、東方防衛線の表示が乱れ続けていた。

 

大西洋側では敵戦艦の砲撃が続いている。

外周砲台は沈黙していない。装甲覆いを赤熱させながらも応射し、敵艦隊へ火線を返している。

だが、陸側からの電子戦と海上艦隊のECMが重なり、管制の反応は遅れていた。

 

「東方迎撃隊、後退遅延!」

「ザク1機中破、グフ1機損傷!」

「敵未確認MS、海岸線より基地外縁へ接近中!」

「照準妨害、継続!」

 

基地司令は大型スクリーンを睨む。

 

「連携しているな」

「はい。小隊単位で動いています。1機が妨害と支援、他の機体が突撃と拘束を担当しているように見えます」

 

管制士の声には焦りがあった。

映像は乱れ、反応は分裂し、実際の位置と表示がずれる。

その中でも、黒い敵MSが単独で動いていないことだけは分かった。

 

タリアはスクリーンを見つめたまま言った。

 

「小隊長機らしき機体がいるわね」

「分かりますか」

「全機が同じ動きではないわ。直接仕掛けず、背部のユニットで周囲を支えている機体がいる」

 

基地司令がタリアへ視線を向ける。

 

「ミネルバは、あの機体に見覚えがあるのか」

「同系列の機体と交戦経験があります。ただし、今の敵は以前見たものとは違う」

 

タリアは即座に判断した。

 

「映像をミネルバ隊とセラに回して。比較が必要です」

「了解!」

 

メイリンが通信を繋ぐ。

しかし、回線はひどく乱れていた。

映像が崩れ、音声が途切れる。それでも圧縮された戦闘映像は、隔離ハンガーへ送られていく。

 

『映像、受信』

 

セラの声が返った。

白いノーマルスーツ姿のまま、レギナントの足元に立っている。

ヘルメットのバイザー越しに見える目は、送られた映像を追っていた。

 

黒い敵MSがザクへ迫る。

翼状の支援端末が分離し、赤い光点が周囲へ散る。

アンカーが脚部を絡め、死角からビームスピアが入る。

 

セラは短く言った。

 

『ミュルミドン系列』

「やっぱり、前の」

 

メイリンの声が固くなる。

 

『一致しません。タマンラセットの地上仕様より適応範囲が広い』

「改良型なのね」

『全天候型ミュルミドンと推定』

「背部ユニットは」

『スウォーム・ウィング。分離式支援端末。ロック妨害、偽反応、観測、中継、突撃支援』

「弱点は」

『射撃武器を持ちません。距離を取れば脅威は低下します』

「それができないように動いている」

 

タリアの言葉に、セラはわずかに頷いた。

 

『背部ユニット破壊を優先。小隊の連携精度が低下します』

「本体より、背部ユニットと支援している機体を狙う」

『有効』

 

基地司令が即座に命じる。

 

「東方防衛隊へ送れ! 背部ユニットを優先破壊! 支援機を潰して連携を崩せ!」

「了解!」

 

メイリンは情報を転送する。

音声が通らなければ文字で送る。文字が乱れれば、同じ内容を短く分けて繰り返す。

届くまで送るしかなかった。

 

画面の中で、セラがさらに言う。

 

『レギナント、出撃可能』

「まだ待機」

 

タリアは即答した。

 

『東方防衛線、損耗拡大』

「分かっている。でも、あなたを出せば敵の狙いがドックに集中する」

『ドック区画は防衛対象』

「だからまだ出さない。防衛対象の中心を、敵の前に出すわけにはいかない」

 

セラは黙った。

反論ではない。

沈黙の奥で、命令と戦況を組み替えているように見えた。

 

『了解。待機継続』

 

通信が切れる。

 

メイリンは小さく息を吐いた。

 

「我慢してますね」

「ええ」

 

タリアは東方表示から目を離さない。

 

「でも、我慢できるようになっただけ前よりいいわ」

 

その言葉に、安堵はほとんどなかった。

 

西では艦隊。

東では未確認MS。

陸側では電子戦。

そしてミネルバは、まだドックの中にいる。

 

判断を先延ばしにできる時間は、もう長くなかった。

 

*****

 

基地格納区画では、ジュール隊の待機ランプが赤へ変わった。

 

8機の混成部隊。

ジュール隊中核3機と、ジブラルタル基地所属のグフ5機。

発進誘導灯が床を走り、整備員たちが退避していく。

 

イザークはコクピットの中で、東方防衛線の映像を見ていた。

 

ザクが倒される。

グフが腕を引かれる。

赤く光る飛行端末が敵機の周囲を飛び、照準表示を狂わせる。

 

「陽動だと? なら、あの黒い連中は何だ!」

 

ディアッカの声が返る。

 

『陽動に積んでおくには、ずいぶん高そうな連中だな』

「冗談を言っている場合か」

『言ってねえよ。半分くらいは』

 

別回線からアスランが入る。

 

『敵はミュルミドン系列の改良型と推定されている。

 基地側は未確認MSとして扱っているが、背部ユニットが照準妨害を行う。

 スウォーム・ウィングを優先して落とせ』

「名前などどうでもいい。背中の飛ぶやつを斬ればいいんだな」

『そうだ。支援している機体を潰せば、小隊の動きが鈍る』

「最初からそれでいい!」

 

イザークは機体を発進ラインへ送る。

 

「全機、聞こえたな! 孤立するな! 正面の敵だけを見るな、背中から飛んでいるものを落とせ!」

『了解!』

 

ディアッカが照準系を確認する。

 

『ロックが乱れるなら、足元ごと崩す。射線には入るなよ』

「当てろ。外したら撃つな」

『無茶言うねえ』

 

イザークは返事をしなかった。

カタパルトの固定アームが外れる。

 

『ジュール隊、出撃許可! 

 東側防衛線へ急行、未確認MSのドック区画接近を阻止せよ!』

 

基地司令部からの命令が飛ぶ。

 

「ジュール隊、出るぞ!」

 

推進器が唸る。

イザーク機が朝の空へ飛び出し、続いてディアッカ、基地所属のグフ隊が発進していく。

 

別の発進ラインでは、シンのインパルス、レイ、ルナマリアの機体も出撃準備の最終段階に入っていた。

ミネルバ艦内からではない。

基地側格納庫の管制で機体を出すため、誘導灯の位置も、整備兵の声も、いつもと違っている。

 

『シン、突出するな』

 

レイの声が落ち着いていた。

 

『敵は単機を孤立させて狩る。囲まれれば厄介だ』

「分かってる」

『今の返事は、分かっている時のものではない』

「じゃあどう返事すればいいんだよ」

『無駄口を減らせばいい』

 

ルナマリアが割り込む。

 

『2人とも、発進前からやり合わないで。こっちはオルトロスの接続確認中なんだから』

「してないって!」

『してるように聞こえるの!』

 

いつものやり取りだった。

だが、空気は軽くない。

流れてくる映像の敵は、ただ速いだけではなかった。

防衛線を裂き、味方を分断し、得意な間合いを奪ってくる。

 

シンは操縦桿を握り直した。

 

「射撃武器がないなら、近づかれる前にやる」

『その近づかれる前を潰してくる相手だ』

 

レイが言う。

 

『背部ユニットと支援機を見失うな。目の前の1機だけを追うな』

「分かってる。今度は本当に分かってる」

 

その声には、苛立ちよりも集中が混じっていた。

 

発進管制のランプが変わる。

ミネルバ隊にも、出撃許可が下りようとしていた。

 

---

 

東方防衛線は、崩壊してはいなかった。

 

だが、形は削られている。

第3迎撃隊は損傷機を下げ、外縁砲台の射界へ敵を引き込もうとしていた。

それでも黒い小隊は止まらない。

 

海岸線沿いに進むもの。

岩場の稜線下を走るもの。

補給道路と遮蔽物を使い、基地外縁へ向かうもの。

 

それぞれの小隊に、流れの中心となる機体がいた。

背部のユニットを放ち、周囲の動きを支える。その機体が動くたび、正面の圧力、側面の拘束、死角からの刺突が噛み合う。

 

『右から来る!』

『違う、正面だ!』

『偽反応に釣られるな! 目で追え!』

 

グフが斬りかかる。

黒い機体が刃を受けずに沈む。

横合いからアンカーが飛び、背後の岩場から別の機体が跳ぶ。

 

その瞬間、上空からビームが降った。

 

岩場が砕け、アンカーを放った機体が跳び退く。

続けて別方向からの射撃が、赤く光る飛行端末の進路を塞いだ。

 

『ジュール隊、戦線に入る! 損傷機は下がれ! 動ける機体は射線を開けろ!』

 

イザークの声が、ノイズを割って響く。

 

『助かった!』

『礼は後だ! 背中の飛ぶやつを狙え! 正面の囮に釣られるな!』

 

イザーク機が高度を取る。

正面の黒い小隊がすぐに反応した。

支援機が背部のユニットを展開し、通常機が進路を塞ぐ。

側面と岩場の影にも、別の気配が動く。

 

「同じ手を何度も見せるな!」

 

イザークはロックに頼らなかった。

正面の敵ではなく、斜め上を走る赤い光点を見る。

 

切り離された妨害端末。

 

グフのビームソードが振り抜かれる。

赤い光点が裂け、爆発した。

その瞬間、照準を乱していた白い靄が薄くなる。

 

「今だ、撃て!」

 

ディアッカの砲撃が飛ぶ。

本体への直撃ではない。

敵の足元、岩場、逃げ道。

 

黒い機体が跳び退いた先へ、基地ザクのビームが重なった。

肩装甲が焼ける。

敵機がよろめく。

 

撃破ではない。

だが、初めて流れが止まった。

 

『効いてるぞ!』

『支援機を探せ! 背部ユニットを飛ばしてる奴だ!』

 

防衛線に、わずかな手応えが戻る。

 

しかし、それを押し潰すように、東の海岸で赤黒い巨体が動いた。

 

ストラテゴスが一歩前へ出る。

その手には、長大なメガバスターランチャーが保持されていた。

肩には担がない。

黒い大型機は、砲身を腰の高さで構え、両腕で抱え込む。

巨大な脚部装甲が地面を噛み、機体全体が沈み込んだ。

まるで、その巨体そのものを砲架にするような姿勢だった。

槍を水平に突き出すようにも、攻城砲を岩盤へ据えるようにも見える。

 

まだ撃ってはいない。

だが、その低く重い構えだけで、防衛線の空気が変わった。

 

ストラテゴスの頭部センサーが赤く光る。

黒い小隊の動きが変わった。

ただの突撃ではなくなる。

海岸線、岩場、補給道路。

それぞれの進路が、基地外縁の一点へ収束していく。

 

イザークは舌打ちした。

 

「大型機が動かしているのか」

『指揮というより、群れの中枢だな』

 

ディアッカの声が低くなる。

その表現は、近かった。

 

ストラテゴスのコクピットで、No.3は前を見ていない。

目は開いている。

だが、焦点は合っていなかった。

 

外の景色ではなく、接続された機体群の情報が流れ込んでいる。

損傷。

位置。

妨害波。

再配置。

突撃経路。

帰投命令。

対象不明。

任務未達成。

 

断片だけが、壊れかけた意識の中で擦れ合う。

 

『統制継続』

『群れ、前進』

『制御、再接続』

『損耗、許容内』

『任務、未達成』

 

それは、誰かへ向けた言葉ではなかった。

特定の個体への執着でもない。

壊れた統制中枢が、まだ命令の残骸を処理し続けている。

 

群れを進める。

群れを維持する。

群れを失ってはならない。

任務を完了せよ。

 

ただそれだけが、No.3の中に残っていた。

そして戦場では、その「ただそれだけ」が十分に恐ろしかった。

 

---

 

ジブラルタル司令部のスクリーンで、東側防衛線の表示が押し込まれていく。

 

「ジュール隊、接敵!」

「敵未確認MS、進路変更! 基地外縁の一点へ集中しています!」

「東側第2外縁防衛線、突破される可能性!」

「大西洋側、敵戦艦砲撃継続! 第6砲台、応射遅延!」

 

基地司令が声を張る。

 

「東だけを見るな! 西の艦隊を止めろ! ドック区画へ射線を通すな!」

「了解!」

 

アーサーが別端末を見て報告する。

 

「ミネルバ隊、出撃準備完了。基地管制から発進許可待ちです」

「出すわ」

 

タリアは即断した。

 

「シン、レイ、ルナマリアを東側防衛線へ。アスランはジュール隊との連携を」

「了解!」

 

メイリンが通信を開く。

 

「シン、レイ、ルナマリア、発進許可出ました! 東側防衛線へ向かってください!」

『待ってました!』

 

シンの声が返る。

 

『シン、先行しすぎるな』

『分かってる!』

『その返事が一番信用できないのよ!』

 

ルナマリアの声が重なる。

 

発進誘導灯が流れる。

インパルスがカタパルトへ滑り込み、続いてレイ、ルナマリアの機体が動き出す。

ミネルバのパイロットたちが、基地の空へ上がる。

 

その一方で、隔離ハンガーの映像は静かだった。

レギナントはまだ、片膝をついたまま固定されている。

その足元で、セラは戦況表示を見上げていた。

 

メイリンの端末に、短い通信が入る。

 

『出撃申請』

 

予想していた言葉だった。

メイリンはタリアを見る。

タリアは首を横に振った。

 

「却下。待機継続」

 

メイリンがそのまま伝える。

 

「セラ、まだ待機。艦長命令」

『了解』

 

返答は短い。

だが、セラは続けた。

 

『ストラテゴス、前進中』

「分かってる。でも、まだだよ」

『まだ』

 

セラはその言葉を繰り返した。

問いではない。

不満でもない。

与えられた条件を、内側に固定するような声だった。

 

『待機継続』

 

通信が切れる。

メイリンは唇を引き結んだ。

ドックの奥で、白い女王はまだ動かない。

だが、黒い群れは確実に近づいている。

 

朝日が、ジブラルタルの岩山を照らし始める。

大西洋側では砲撃が続き、陸側では電子戦のノイズが防衛網を噛み続けている。

そして東方から、黒い小隊が赤い光を散らしながら迫っていた。

 

ジブラルタルはまだ折れていない。

だが、ドック区画へ続く防衛線に、最初の裂け目が生まれようとしていた。

 




ミュルミドンは蟻、ストラテゴスは甲虫をイメージしているので、
ミュルミドンもストラテゴスも黒が基調なので、
全部「黒いMS」になってしまった・・・
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