機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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42.黒い小隊

東方迎撃隊の最後の識別信号が消えてから、まだ2分も経っていなかった。

 

ジブラルタル東側外縁防衛線。

海岸へ向いた砲台の上で、警戒灯が赤く回っている。

岩場の向こうでは、朝焼けの薄い光が海面に反射していた。

 

その光の中を、黒い機影が低く走る。

 

「来るぞ!」

 

基地所属のザクウォーリアが、岩陰から身を乗り出した。

照準枠が黒い機体を捉える。

 

捉えたはずだった。

 

トリガーを引く。

ビームが走り、岩を焼いた。

敵機はそこにいない。

 

『外した!?』

『いや、ずれた! ロックがずれたんだ!』

 

赤い光点が、ザクの視界を横切った。

一瞬、敵影が2つに見える。

片方は岩陰へ沈み、もう片方は真正面から迫ってくる。

 

『正面!』

『違う、下だ!』

 

叫びが重なった。

足元からアンカーが飛ぶ。

 

ザクの脚部にワイヤーが絡み、機体がつんのめった。

倒れまいとスラスターを吹かす。

その瞬間、岩場の影から別の黒い機体が跳び出した。

 

短槍状のビーム刃が伸びる。

 

『脚をやられた! 援護を!』

 

隣のグフイグナイテッドが前に出た。

ビームソードを抜き、倒れかけたザクの前に割り込む。

 

接近戦なら、グフは弱くない。

普通の敵なら、正面から受け止められる。

 

だが黒い機体は、正面にいなかった。

 

赤い光点が視界を塞ぐ。

センサーが白くちらつく。

グフのパイロットは舌打ちし、目視で機体を追った。

 

『くそ、どっちだ!』

 

右。

そう思った時には、左からワイヤーが来た。

 

腕を引かれる。

剣の軌道が外れる。

足元を滑る黒い機体が、スピアを突き上げる。

 

『近すぎる!』

 

グフは脚部スラスターを吹かし、紙一重で直撃を避けた。

膝装甲が焼け、機体が傾く。

そこへ正面の1機が、低い姿勢で体当たりのように押し込んできた。

 

『撃ってこないぞ、こいつら!』

『撃たないんじゃない! 撃つ必要がないんだ!』

『距離を取れ! 囲まれるな!』

 

距離を取れ。

その命令は正しい。

 

だが、できなかった。

 

下がろうとすれば、岩場の影からアンカーが飛ぶ。

上がろうとすれば、赤い光点が視界を塞ぐ。

正面の1機に気を取られた瞬間、側面から別の1機が滑り込む。

 

黒い機体は、1機で戦っていない。

だが、それを理解した時には遅い。

 

『2番機、後退しろ!』

『退路がない!』

『こっちに寄るな、射線が――』

『うわああっ!』

 

通信が爆発音に飲まれた。

 

外縁防衛線は、まだ崩壊していない。

砲台も沈黙していない。

基地所属のザクとグフが、必死に射界を保とうとしている。

 

だが、東方迎撃隊はすでに壊滅した。

その穴から、黒い小隊が入り込んでいる。

 

そして、その動きは速かった。

 

*****

 

ジブラルタル基地司令部では、東側防衛線の表示が乱れ続けていた。

 

大西洋側では敵戦艦の砲撃が続いている。

外周砲台は応射しているが、陸側と海側から重なるECMで管制の反応は遅れていた。

 

「東側外縁、防衛線交戦中!」

「第3迎撃隊との通信、回復しません!」

「敵未確認MS12、海岸線より基地外縁へ接近!」

「照準妨害、継続!」

 

基地司令は大型スクリーンを睨んだ。

 

「映像を回せ。ミネルバ側にもだ」

「了解!」

 

乱れた映像が、圧縮されて転送される。

黒い機体が、グフの剣をかわす。

赤い光点が散り、センサー表示が跳ねる。

アンカーが脚を取り、別の機体が死角へ入る。

 

メイリンは回線を繋ぎ直しながら、隔離ハンガーへ映像を送った。

 

「セラ、見えてる?」

『映像、受信』

 

白いノーマルスーツ姿のまま、セラはレギナントの足元に立っていた。

ヘルメットのバイザー越しに、その目が映像を追う。

 

数秒。

セラは黙っていた。

 

黒い機体が岩場を使い、ザクの背後へ回る。

背部から切り離された端末が、視界を乱す。

アンカー、刺突、押し込み。

 

その一連の動きを見て、セラは短く言った。

 

『ミュルミドン系列』

「前に戦ったやつね」

『一致しません。改良型です』

「弱点は」

 

タリアが割り込む。

セラは迷わなかった。

 

『背部ユニットが支点です』

「支点?」

『あれが残る限り、小隊は崩れません』

「本体より背部ユニットを狙うのね」

『有効です。支援機を潰せば、連携精度が低下します』

 

タリアは即座に判断した。

 

「全東側防衛隊へ送って。背部ユニット、分離端末、支援している機体を優先」

「了解!」

 

メイリンは情報を流す。

音声が乱れるなら文字で送る。

文字が欠けるなら、短く分けて何度も送る。

 

背部ユニットを狙え。

支援機を落とせ。

正面の囮に釣られるな。

 

届くまで、送るしかない。

 

画面の中で、セラがさらに言った。

 

『レギナント、出撃可能』

「待機」

 

タリアは即答した。

 

『東側防衛線、損耗拡大』

「分かっている。でも、あなたを出せば敵の狙いがドックに集中する」

『ドック区画は防衛対象』

「だから、まだ出さない。防衛対象の中心を敵の前に出すわけにはいかない」

 

セラは黙った。

反論ではない。

命令と戦況を組み替えている沈黙だった。

 

『了解。待機継続』

 

通信が切れる。

 

メイリンは小さく息を吐いた。

 

「我慢してますね」

「ええ」

 

タリアは東側表示から目を離さない。

 

「でも、我慢できるようになっただけ前よりいいわ」

 

その言葉に、安堵はなかった。

 

西では艦隊。

東では黒い小隊。

陸側では電子戦。

 

そしてミネルバは、まだドックの中にいる。

 

判断を先延ばしにできる時間は、もう長くなかった。

 

*****

 

基地格納区画では、ジュール隊の待機ランプが赤へ変わった。

 

ジュール隊中核3機と、ジブラルタル基地所属のグフ5機。

発進誘導灯が床を走り、整備員たちが一斉に退避する。

 

イザークはコクピットの中で、東側防衛線の映像を見ていた。

 

ザクが倒される。

グフが腕を引かれる。

赤い光点が視界を乱し、その隙に黒い機体が懐へ入る。

 

「陽動だと? なら、あの黒い連中は何だ!」

 

ディアッカの声が返る。

 

『陽動に積んでおくには、ずいぶん高そうな連中だな』

「冗談を言っている場合か」

『言ってねえよ。半分くらいは』

 

別回線からアスランが入る。

 

『敵はミュルミドン系列の改良型と推定されている。基地側は未確認MSとして扱っているが、背部ユニットが照準妨害を行う』

「名前などどうでもいい」

『背部ユニットと、支援している機体を優先して落とせ』

「最初からそれでいい!」

 

イザークは機体を発進ラインへ送る。

 

「全機、聞こえたな! 孤立するな! 正面の敵だけを見るな、背中から飛んでいるものを落とせ!」

『了解!』

 

ディアッカが照準系を確認する。

 

『ロックが乱れるなら、足元ごと崩す。射線には入るなよ』

「当てろ。外したら撃つな」

『無茶言うねえ』

 

イザークは返事をしなかった。

カタパルトの固定アームが外れる。

 

『ジュール隊、出撃許可! 東側防衛線へ急行、未確認MSのドック区画接近を阻止せよ!』

 

基地司令部からの命令が飛ぶ。

 

「ジュール隊、出るぞ!」

 

推進器が唸る。

イザーク機が朝の空へ飛び出し、続いてディアッカ、基地所属のグフ隊が発進していく。

 

別の発進ラインでは、シンのインパルス、レイ、ルナマリアのザクも出撃準備の最終段階に入っていた。

 

ミネルバ艦内からではない。

基地側格納庫の管制で機体を出すため、誘導灯の位置も、整備兵の声も、いつもと違っている。

 

『シン、突出するな』

 

レイの声が落ち着いていた。

 

『敵は単機を孤立させて狩る。囲まれれば厄介だ』

「分かってる」

『今の返事は、分かっている時のものではない』

「じゃあどう返事すればいいんだよ」

『無駄口を減らせばいい』

 

ルナマリアが割り込む。

 

『2人とも、発進前からやり合わないで。こっちはオルトロスの接続確認中なんだから』

「してないって!」

『してるように聞こえるの!』

 

いつものやり取りだった。

だが、空気は軽くない。

 

流れてくる映像の敵は、ただ速いだけではなかった。

防衛線を裂き、味方を分断し、得意な間合いを奪ってくる。

 

シンは操縦桿を握り直した。

 

「射撃武器がないなら、近づかれる前にやる」

『その近づかれる前を潰してくる相手だ』

 

レイが言う。

 

『背部ユニットと支援機を見失うな。目の前の1機だけを追うな』

「分かってる。今度は本当に分かってる」

 

その声には、苛立ちよりも集中が混じっていた。

 

発進管制のランプが変わる。

ミネルバ隊にも、出撃許可が下りようとしていた。

 

*****

 

東側防衛線は、削られていた。

 

海岸線沿いを走る黒い小隊が、外縁砲台の射界に入る。

砲台が火を噴く。

岩場が砕け、黒い機体の進路が塞がれた。

 

だが、止まらない。

 

1機が正面から圧力をかける。

別の1機が岩場へ沈む。

背部ユニットを飛ばした機体が、後ろから赤い光点を散らす。

 

『右から来る!』

『違う、正面だ!』

『偽反応に釣られるな! 目で追え!』

 

グフが斬りかかる。

黒い機体が沈む。

横合いからアンカーが飛び、背後の岩場から別の機体が跳ぶ。

 

その瞬間、上空からビームが降った。

 

岩場が砕け、アンカーを放った機体が跳び退く。

続けて別方向からの射撃が、赤い光点の進路を塞いだ。

 

『ジュール隊、戦線に入る! 損傷機は下がれ! 動ける機体は射線を開けろ!』

 

イザークの声が、ノイズを割って響く。

 

『助かった!』

『礼は後だ! 背中の飛ぶやつを狙え! 正面の囮に釣られるな!』

 

イザーク機が高度を取る。

正面の黒い小隊がすぐに反応した。

支援機が背部ユニットを展開し、通常機が進路を塞ぐ。

側面と岩場の影にも、別の気配が動く。

 

「同じ手を何度も見せるな!」

 

イザークはロックに頼らなかった。

正面の敵ではなく、斜め上を走る赤い光点を見る。

 

グフのビームソードが振り抜かれる。

赤い光点が裂け、爆発した。

 

その瞬間、照準を乱していた白い靄が薄くなる。

 

「今だ、撃て!」

 

ディアッカの砲撃が飛ぶ。

 

本体への直撃ではない。

敵の足元。

岩場。

逃げ道。

 

黒い機体が跳び退く。

その先へ、基地ザクのビームが重なった。

 

肩装甲が焼ける。

敵機がよろめく。

 

撃破ではない。

だが、初めて流れが止まった。

 

『効いてるぞ!』

『支援機を探せ! 背部ユニットを飛ばしてる奴だ!』

 

防衛線に、わずかな手応えが戻る。

 

だが、その手応えを踏み潰すように、東の海岸で赤黒い巨体が動いた。

 

ストラテゴスが一歩前へ出る。

 

その手には、長大なメガバスターランチャーが保持されていた。

肩には担がない。

砲身を腰の高さで構え、両腕で抱え込む。

 

巨大な脚部装甲が地面を噛む。

機体全体が、重く沈んだ。

 

まるで、その巨体そのものを砲架にするような姿勢だった。

槍を水平に突き出すようにも、攻城砲を岩盤へ据えるようにも見える。

 

まだ撃ってはいない。

だが、その低く重い構えだけで、防衛線の空気が変わった。

 

「大型機、砲撃姿勢!」

『散れ! 射線を切れ!』

『どこを狙ってる!?』

『外縁砲台か、ドックか!』

 

ストラテゴスの頭部センサーが赤く光る。

黒い小隊の動きが変わった。

 

ただの突撃ではなくなる。

海岸線。

岩場。

補給道路。

 

それぞれの進路が、基地外縁の一点へ収束していく。

 

イザークは舌打ちした。

 

「大型機が動かしているのか」

『指揮というより、群れの中枢だな』

 

ディアッカの声が低くなる。

その表現は、近かった。

 

ストラテゴスのコクピットで、No.3は前を見ていない。

 

目は開いている。

だが、焦点は合っていない。

 

外の景色ではなく、接続された機体群の情報が流れ込んでいる。

 

損傷。

位置。

妨害波。

再配置。

突撃経路。

 

そして、その奥に焼き付いた命令。

 

L-31。

帰投。

回収。

拘束。

 

『統制継続』

『群れ、前進』

『制御、再接続』

『損耗、許容内』

『任務、未達成』

 

それは、誰かへ向けた言葉ではなかった。

壊れた統制中枢が、まだ命令の残骸を処理し続けているだけだった。

 

群れを進める。

群れを維持する。

障害を排除する。

 

その奥で、帰投命令だけが消えない。

 

「L-31」

 

No.3の唇が、かすかに動いた。

 

「回収する」

 

戦場では、その「ただそれだけ」が十分に恐ろしかった。

 

*****

 

ジブラルタル司令部のスクリーンで、東側防衛線の表示が押し込まれていく。

 

「ジュール隊、接敵!」

「敵未確認MS、進路変更! 基地外縁の一点へ集中しています!」

「東側第2外縁防衛線、突破される可能性!」

「大西洋側、敵戦艦砲撃継続! 第6砲台、応射遅延!」

 

基地司令が声を張る。

 

「東だけを見るな! 西の艦隊を止めろ! ドック区画へ射線を通すな!」

「了解!」

 

アーサーが別端末を見て報告する。

 

「ミネルバ隊、出撃準備完了。基地管制から発進許可待ちです」

「出すわ」

 

タリアは即断した。

 

「シン、レイ、ルナマリアを東側防衛線へ。アスランはジュール隊との連携を」

「了解!」

 

メイリンが通信を開く。

 

「シン、レイ、ルナマリア、発進許可出ました! 東側防衛線へ向かってください!」

『待ってました!』

 

シンの声が返る。

 

『シン、先行しすぎるな』

『分かってる!』

『その返事が一番信用できないのよ!』

 

ルナマリアの声が重なる。

 

発進誘導灯が流れる。

インパルスがカタパルトへ滑り込み、続いてレイ、ルナマリアの機体が動き出す。

 

ミネルバのパイロットたちが、基地の空へ上がる。

 

その一方で、隔離ハンガーの映像は静かだった。

 

レギナントはまだ、片膝をついたまま固定されている。

その足元で、セラは戦況表示を見上げていた。

 

メイリンの端末に、短い通信が入る。

 

『出撃申請』

 

予想していた言葉だった。

メイリンはタリアを見る。

 

タリアは首を横に振った。

 

「却下。待機継続」

 

メイリンがそのまま伝える。

 

「セラ、まだ待機。艦長命令」

『了解』

 

返答は短い。

だが、セラは続けた。

 

『ストラテゴス、前進中』

「分かってる。でも、まだだよ」

『まだ』

 

セラはその言葉を繰り返した。

問いではない。

不満でもない。

 

与えられた条件を、内側に固定するような声だった。

 

『待機継続』

 

通信が切れる。

メイリンは唇を引き結んだ。

 

ドックの奥で、白い女王はまだ動かない。

だが、黒い群れは確実に近づいている。

 

朝日が、ジブラルタルの岩山を照らし始める。

大西洋側では砲撃が続き、陸側では電子戦のノイズが防衛網を噛み続けている。

 

そして東方から、黒い小隊が赤い光を散らしながら迫っていた。

 




ミュルミドンは蟻、ストラテゴスは甲虫をイメージしているので、
ミュルミドンもストラテゴスも黒が基調なので、
全部「黒いMS」になってしまった・・・
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