機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
裂け目は、広がり始めていた。
ジブラルタル東側防衛線。
ジュール隊とミネルバ隊が戦線へ入ったことで、黒い小隊の突進は一度鈍った。
だが、止まったわけではない。
海岸線、岩場、補給道路。
3つに分かれた未確認MS群は、それぞれ別の角度から基地外縁へ圧力をかけ続けている。
正面から押す機体。
側面へ沈む機体。
赤く光る飛行端末で照準を乱す機体。
そして、死角からビームスピアを突き込む機体。
その背後では、通常部隊も動いていた。
大西洋側から降ろされたダガーLが、補給道路沿いに前進している。
ドッペルホルン連装無反動砲を装備した機体が、岩陰に膝をつき、基地外縁の防壁へ砲口を向けた。
低空ではウィンダムが2機、港湾施設のクレーン群を盾にして回り込もうとしている。
黒い小隊が防衛隊の目を奪い、通常MSが開いた隙間へ火力を通す。
それが敵の狙いだった。
基地側は、まだ黒い機体の名を知らない。
全天候型ミュルミドン。
タマンラセットで確認された地上仕様を、沿岸、岩場、舗装地、港湾施設、悪天候下での運用に合わせて再調整したネメアの改良機。
だが、ジブラルタル防衛隊にとって、その分類に意味はなかった。
目の前にある事実はただひとつ。
ザクの射撃が、当たらない。
『右、違う、下だ!』
『背中の端末を落とせ! そいつが照準を乱してる!』
『ダガーL、補給道路側から来るぞ!』
『近づけるな、距離を取れ!』
怒号が通信に飛ぶ。
その声にも、ノイズが混じっていた。
陸側に潜伏していた電子戦車両と、大西洋側艦隊からのECM。
その二重の妨害が、ジブラルタル基地の神経を噛み続けている。
抗ECMシーケンスは進んでいる。
地下有線リンクへの切替も始まっていた。
だが、敵はその「切替」にも手を伸ばしていた。
補給道路の先で、ダガーLのドッペルホルンが火を噴く。
実体弾が防壁へ叩き込まれ、コンクリートと装甲材が砕けて跳ねた。
爆風に煽られた基地ザクが膝をつき、肩装甲に破片を浴びる。
その横を、黒い未確認MSが低く抜けた。
ザクがビームライフルを向ける。
照準は一瞬だけ合った。
次の瞬間、赤い飛行端末が視界を横切り、ロック表示が白く乱れる。
『くそ、また外れた!』
アンカーが飛ぶ。
ザクの脚部に絡み、機体が前のめりに崩れた。
そこへビームスピアが迫る。
だが、横合いからグフのビームソードが割り込んだ。
スピアの穂先を弾き、火花が散る。
『引っ張れ! 倒れた機体を下げろ!』
『了解!』
グフ隊の1機が損傷したザクを引きずり下げる。
別のザクが牽制射撃を入れる。
だが、弾幕は黒い機体に届く前に、また照準を乱される。
戦線は裂け目を広げながら、ぎりぎりで繋がっていた。
*****
ジブラルタル基地司令部では、複数の警告表示が同時に点滅していた。
「東側第2外縁防衛線、交戦継続!」
「ジュール隊、ミネルバ隊、戦線到達!」
「大西洋側、敵戦艦2隻、砲撃継続!」
「敵ダガーL部隊、補給道路側へ進出! ドッペルホルン装備を確認!」
「第4、第6砲台、管制同期不安定。手動照準へ切替中!」
大型スクリーンには、ジブラルタル全域の防衛状況が映し出されている。
西側にはロゴス本隊。
大西洋から迫る大艦隊が、戦艦2隻を前に出し、外周砲台へ主砲を叩き込んでいた。
砲台は沈黙していない。
分厚い装甲覆いは赤熱し、岩盤ごと震えながらも砲身を旋回させている。
MSのビームライフル程度なら弾く要塞砲台は、容易には潰れない。
だが、戦艦主砲級の砲撃は別だった。
「港湾第3砲台、外装損傷! 射撃継続可能!」
「第5砲台、照準補正に遅延!」
「第6砲台、応射まで20秒!」
「大西洋側ウィンダム部隊、低空侵入! 防空火器が追尾中!」
外部映像に、低空を走るウィンダムが映る。
港湾クレーンの影をかすめ、ビームライフルを構えた機体へ、基地防空火器が火線を伸ばした。
1機の翼が焼かれ、機体が大きく傾く。
次の瞬間、ウィンダムは海面へ突っ込み、白い水柱と黒煙を上げた。
「ウィンダム1機撃墜!」
「残り、なお低空侵入!」
撃墜報告が入っても、司令部の空気は軽くならない。
敵は1機落ちた程度では止まらない。
アーサーが端末を見ながら声を上げる。
「砲台は生きています! ですが管制同期が不安定です!」
「撃てる砲が、撃つべき方向を失っている……」
タリアは低く言った。
ジブラルタルは無力ではない。
砲台も、MS隊も、司令部も動いている。
防空火器はウィンダムを落とし、ザクやグフはダガーLの進撃を止めようとしている。
だが、動きが噛み合わない。
撃てるはずの砲が遅れ、出せるはずの命令が届かず、見えているはずの敵影が一瞬遅れて表示される。
基地司令はスクリーンを睨んだ。
「敵は基地を丸ごと取るつもりではないな」
「ええ」
タリアは即座に答えた。
「司令部、ドック、防空管制、港湾砲台。そこを切り離す気です」
「基地の神経を切るか」
「そのために大西洋側の大艦隊で目を引き、アルメリア方面から少数精鋭を突っ込ませている」
アーサーが別表示を開く。
ドック区画、地下有線リンク、防空管制中継盤、ミネルバ修理区画の隔壁制御。
青で表示されていた線の一部が、黄色へ変わっていた。
「第3有線幹線、信号低下!」
「ドック区画の管制リンク、一部断線!」
「地下ケーブル区画で異常振動。爆破または物理切断の可能性!」
司令部の空気がさらに重くなる。
「敵、MS戦だけが目的ではありません!」
管制士の声に、タリアは短く頷いた。
「ドックを孤立させる気ね」
基地司令は即座に命じた。
「修理班と保安部隊を地下ケーブル区画へ回せ! 防空管制は予備回線へ。ドック隔壁制御はローカルへ切り替えろ!」
「了解!」
「東側へ出ている部隊に通達。未確認MSをドック外縁へ近づけるな。通路を切られれば、ミネルバは箱の中だ!」
命令は走る。
だが、その全てが即座に届くわけではなかった。
ジブラルタルは戦っている。
しかし敵は、戦いながら切っていた。
*****
東側防衛線へ、ルナマリアのガナーザクが滑り込む。
基地側格納庫からの発進は、ミネルバの発進とは勝手が違った。
誘導灯の位置も、カタパルトの押し出しも、通信管制の声も微妙に違う。
それでも彼女は機体を立て直し、オルトロスを構えた。
視界の先では、黒い敵MSがグフ隊を押し込んでいる。
赤く光る飛行端末が周囲を走り、ザクのロックを剥がす。
その隙に、別の機体がアンカーを撃ち込み、さらに別角度からビームスピアが突き出される。
そのさらに後ろ、補給道路へ向かうダガーLの姿が見えた。
ドッペルホルンを肩に担いだ機体が、瓦礫を盾にして砲撃姿勢を取っている。
狙いはドックへ続く隔壁制御施設だ。
「またこいつら……でも、前より速い!」
ルナマリアは照準を合わせる。
高火力のオルトロスなら、直撃さえすれば一撃で止められる。
だが、照準が安定しない。
背部から切り離された妨害端末が、ロックオン表示に偽反応を重ねてくる。
「邪魔なのよ!」
ルナマリアは一瞬だけロックを捨て、進路予測で撃った。
オルトロスの砲撃が岩場を抉り、黒い機体の退路を潰す。
敵MSは跳び退いた。
だが、その着地点にグフ隊の射撃が重なり、肩装甲を焼く。
撃破ではない。
だが、止めた。
続けてルナマリアは照準を補給道路へ振った。
ダガーLがドッペルホルンを構える。
砲口が隔壁制御施設へ向く。
「そっちは撃たせない!」
オルトロスが唸った。
太いビームが補給道路を斜めに焼き、ダガーLの胴体を砲ごと貫いた。
爆発。
機体の上半身が吹き飛び、ドッペルホルンの砲身が回転しながら宙を舞う。
落下した砲身が舗装路へ突き刺さり、赤熱した金属が白煙を上げた。
「1機撃破! 次!」
ルナマリアは息を吐く暇もなく、次の敵へ照準を向ける。
「当てられないんじゃない。撃つ場所を潰されてるだけよ!」
ルナマリアは歯を食いしばる。
遠距離火力が彼女の強みだ。
だが敵は、その距離を奪いに来ている。
正面から突っ込む黒い機体。
側面に沈む機体。
背後で支援端末を飛ばす、錆赤の機体。
「小隊長機……あいつね!」
照準を動かした瞬間、アンカーが飛んだ。
ルナマリアは機体を横へ振る。
ワイヤーがガナーザクの肩先をかすめ、装甲を削った。
「近い!」
そこへ、レイの機体が割り込む。
冷静な射撃が、アンカーを放った敵機の足元を撃ち抜いた。
敵が姿勢を崩す。
『ルナマリア、支援機を狙え。錆赤の機体だ』
「分かってる!」
『背部の分離端末が妨害源だ。あれを落とせば、小隊の突撃精度は落ちる』
レイは言いながら、照準を本体ではなく空中の赤い光点へ合わせた。
ロックは揺れる。
ならば、揺れる前に撃つ。
分離されたドラグーンが進路を変える瞬間、その先へビームを置く。
赤い光点が弾けた。
瞬間、黒い小隊の動きがわずかに乱れる。
正面から詰めていた機体の踏み込みが半拍遅れ、側面の拘束が噛み合わない。
ルナマリアはその隙を逃さなかった。
「そこ!」
オルトロスが火を噴く。
直撃ではない。
だが、敵小隊長機の足元を砕き、機体を後退させた。
『有効だ』
レイの声は淡々としている。
『だが、完全には止まらない。次が来る』
「本当に嫌な敵ね!」
ルナマリアが叫ぶ。
その声に、苛立ちと集中が混じっていた。
*****
シンのインパルスは、低空から戦場へ入った。
空中から見れば、黒いMS群の配置は地上より分かりやすい。
射撃武器を持たない敵なら、上から叩けばいい。
普通なら、そうなる。
だが普通ではなかった。
インパルスがビームライフルを構える。
ロックオン表示が黒い敵MSへ重なる。
次の瞬間、赤く光る飛行端末が視界を横切り、照準が白く弾けた。
「くそっ、ロックが外れる!」
敵本体は港湾構造物の影へ滑り込む。
岩場、補給道路、コンテナ群、砲台の死角。
地上にいるくせに、動きが読みづらい。
いや、地上だからこそ、遮蔽物を使ってくる。
「地面にいるくせに、なんで当たらないんだよ!」
『シン、上から撃つだけでは駄目だ』
レイの通信が入る。
『妨害端末がロックを剥がす。本体は構造物に隠れる。目で追え』
「分かってる!」
シンは操縦桿を倒した。
インパルスが一気に高度を下げる。
港湾施設の屋根をかすめ、アンカーをかわし、黒い敵MSの頭上へ滑り込む。
『シン! 近づきすぎ!』
ルナマリアの声が飛ぶ。
「だったら、近づいて斬る!」
ビームサーベルが抜かれる。
赤い飛行端末がインパルスの前方へ回り込む。
シンはそれをロックしない。
目で追う。
光の軌跡を読み、機体をひねる。
サーベルが振り抜かれた。
切り離された妨害端末が、二つに裂けて爆発する。
その瞬間、地上の黒い小隊の動きが乱れた。
正面の1機が踏み込み損ね、側面のアンカーが空を切る。
イザークのグフがそこへ突っ込んだ。
『余計なところへ飛び込むな、インパルス!』
「助けたんだろ!」
『なら最後まで邪魔をするな!』
イザークの怒鳴り声が返る。
だが、その動きに迷いはない。
彼は敵の足が鈍った瞬間を見逃さず、ビームソードで黒い機体の腕を斬り飛ばした。
そこへ、別方向からダガーLが2機、ビームカービンを撃ちながら出てきた。
ミュルミドンの影に隠れ、補給道路の脇を抜けようとしていた機体だ。
「こっちにも!」
基地ザクの1機が反応する。
だが、ECMで射撃が遅れる。
ダガーLのビームがザクの肩装甲を焼き、機体がよろめいた。
シンが舌打ちする。
「邪魔するな!」
インパルスが地表すれすれを飛ぶ。
1機目のダガーLがビームを撃つ前に、サーベルが腕部を落とした。
返す刃で胴を裂く。
爆発。
もう1機が後退しようとしたところへ、ディアッカの支援射撃が突き刺さった。
『そっちは任せろ!』
ビームがダガーLの脚部を吹き飛ばし、倒れた機体へ基地ザクの追撃が入る。
爆炎が上がり、補給道路を覆っていた黒煙がさらに濃くなる。
『ダガーL2機撃破! 補給道路側、進行速度低下!』
通信に報告が入る。
小さな戦果だった。
だが、その小さな戦果が、裂け目を広げさせない。
ディアッカの支援射撃が続く。
『羽根付きから落とせばいいんだな! 了解了解!』
砲撃が敵小隊の後方を叩く。
基地所属グフが損傷機を引き下げ、ザクが射線を作る。
完全に押し返しているわけではない。
だが、ジブラルタル側は少しずつ戦い方を掴み始めていた。
黒い小隊は強い。
だが、見えない敵ではない。
支援端末を落とし、小隊長機を崩し、孤立しなければ、対処できる。
それを理解するまでに、すでに被害は出ていた。
それでも、理解した。
戦場では、それが生死を分ける。
*****
ドック区画の奥、レギナント隔離ハンガー。
そこだけは、外の戦場から切り離されたように見えた。
だが実際には、最も慌ただしい場所のひとつだった。
白い大型機は片膝をついたまま固定されている。
その手前では、長大な砲身が仮設レールの上に横たえられていた。
MS用の武装にしては、あまりにも長い。
本来なら巡洋艦の副砲として据え付けられていたものを、無理やり携行兵装へ転用している。
高密度合金芯の大型徹甲弾を撃ち出す、対艦用の実体弾砲。
ビームを弾く装甲にも、質量と速度で穴を開けるための兵器。
だが、MSに持たせるには重すぎた。
長すぎた。
危険すぎた。
レギナント級の大型MSでなければ、そもそも保持できない。
そしてレギナントであっても、姿勢固定なしでは撃てない。
「接続架、右に2ミリずれてる! そこじゃねえ、保持フレームの方だ!」
「分かってるよ! でも基部が歪んでるんだって!」
ヨウランとヴィーノが、基地工廠の技術者たちと一緒に怒鳴り合っていた。
急ごしらえの腕部保持フレーム。
反動を逃がすための接続架。
砲身の下へ追加された仮設スタビライザー。
どれも、本来の設計には存在しない。
「工廠側の仮称は大型ペネトレーター砲、だってよ!」
「名前だけ立派すぎるだろ!」
「名前に負けないように撃てれば勝ちだ!」
ヨウランの声に、ヴィーノが叫び返す。
「砲を無理やり持たせるだけだろ、これ!」
「だから無理やり持たせるんだよ! 敵戦艦を止める手段が他にあるか!」
ハンガーの床が、遠くの爆発でかすかに震えた。
吊り下げられた工具が揺れ、金属音を鳴らす。
外ではまた何かが撃たれ、何かが燃えている。
セラはその砲を見上げていた。
白いノーマルスーツのまま、ヘルメット越しに長大な砲身を追う。
レギナントの腕部に仮接続されようとしているそれは、武器というより、船の一部を切り取って持ってきたように見えた。
「新規武装」
「まだ“武装”って呼べるほど綺麗なもんじゃないけどな」
ヨウランは汗を拭う暇もなく端末を叩く。
「撃てれば勝ちだ。ただし、撃つ時は絶対に姿勢固定しろ。歩きながらなんて無理だ。撃った反動で腕ごと持っていかれる」
「腕部損傷リスク」
「かなり高い」
「砲身破損リスク」
「高い」
「搭乗者への反動負荷」
「それも高い」
セラは頷いた。
「危険兵装」
「そこだけ綺麗にまとめるなよ……」
ヴィーノが呻く。
その横で、メイリンが戦況端末を握りしめていた。
外ではシンたちが戦っている。
ドック管制線は不安定。
大西洋側の敵戦艦は、砲台を削り続けている。
ダガーLの砲撃で補給道路側の防壁が割れ、ウィンダムが低空から港湾施設を狙っている。
そしてここには、まだ撃てない砲がある。
セラはメイリンへ視線を向けた。
「レギナント、出撃許可を申請」
メイリンは返答に詰まった。
その言葉を止める理由は分かる。
だが、セラがそう言う理由も分かってしまう。
通信が繋がる。
タリアの声が返った。
『まだよ。あなたは、最後の札です』
「最後の札」
セラは反復した。
疑問ではない。
与えられた言葉を、意味ごと保存するような声だった。
『工廠から報告は受けています。あの砲はまだ撃てる状態ではないわ。今出れば、レギナントの機動を殺すだけになる』
「敵戦艦、ドック射線へ接近中」
『分かっている。だからこそ、まだ切らない』
セラは黙った。
その沈黙の横で、ヨウランが歯を食いしばるように言った。
「頼むから、あと少し待ってくれ。今出たら、こいつはただの重りだ」
「重り」
「そうだ。撃てない大砲なんて、ただ邪魔なだけだ」
セラはレギナントを見上げる。
「待機継続」
『そうして』
タリアの声は短かった。
だが、そこには命令以上の重さがあった。
*****
大西洋側の海が、再び白く裂けた。
敵戦艦2隻が、外周砲台へ砲撃を集中させる。
ジブラルタルの砲台も応射する。
光と煙が海峡を満たし、岩山が震えた。
戦艦主砲の光条が、第6砲台の装甲覆いへ直撃する。
一撃目で外装が赤く膨れ、二撃目で継ぎ目が裂けた。
岩盤ごと砲台が揺れ、固定ボルトが何本も弾け飛ぶ。
破片が防壁へ突き刺さり、周囲の作業灯がまとめて消えた。
「第6砲台、被弾!」
「外装破断! 砲身角、固定不能!」
「予備駆動系へ――」
「駄目です! 第6砲台、沈黙!」
司令部の大型スクリーンで、ひとつの砲台表示が赤から黒へ落ちた。
完全な防衛崩壊ではない。
ジブラルタルはまだ戦っている。
他の砲台は応射を続け、防空火器も海上低空のウィンダム部隊を追っている。
だが、ひとつの穴が開いた。
「敵戦艦、進路変更!」
「ドック区画への射線に入りつつあります!」
「港湾管制、射線遮断が間に合いません!」
「補給道路側、ダガーL残存機が再前進! 隔壁制御施設へ向かっています!」
アーサーが顔色を変える。
「艦長……!」
「分かっているわ」
タリアはスクリーンを見つめる。
その線の先には、修理中のミネルバがいる。
右舷区画を開かれ、ドックに固定され、まだ自力で満足に動けない艦。
そしてその奥には、レギナントの隔離ハンガーがある。
基地司令が怒鳴った。
「残存砲台で敵戦艦を牽制しろ! MS隊、ドック前面へ防衛線を下げるな!」
「了解!」
「地下リンクの復旧は」
「第3幹線、断線箇所特定中! 修理班が向かっていますが、敵性反応接近!」
タリアは端末を見た。
東側防衛線。
シン、レイ、ルナマリア、ジュール隊は押しとどめている。
ダガーLやウィンダムの通常部隊は少しずつ削っている。
だが、黒い小隊そのものは完全には止められていない。
黒い小隊は、ストラテゴスの統制圧を受けてなお動いている。
押し込むだけではない。
遮断する。
分断する。
ドック区画へ通じる防衛線の薄い箇所へ、黒い機体群が収束していく。
ストラテゴスのコクピットで、No.3が呟いた。
『統制継続』
『第1小隊、前進』
『第2小隊、遮断』
『第3小隊、迂回』
『制御、再接続』
声に熱はない。
怒りもない。
壊れた統制中枢が、断片化した命令を吐き出し続けているだけだった。
だが、その命令で黒い小隊は動く。
ザクの射線を切り、グフの前進を止め、ジュール隊の支援射撃をずらし、ミネルバ隊の突入角度を狭めていく。
残ったダガーLが、その隙間へ入ろうとする。
ドッペルホルンが再び火を噴いた。
砲弾が防壁を叩き、隔壁制御施設の外壁に亀裂が走る。
破片が舞い、作業員が伏せた。
ルナマリアが照準を向けるが、黒い機体がその前へ割り込む。
レイが支援端末を狙い、シンが低空へ入る。
それでも、敵の圧は消えない。
レイが低く言った。
『大型機の統制が強まった。全機、警戒』
「見えてる!」
シンがインパルスを上昇させる。
ルナマリアはオルトロスを構え直し、ディアッカは射線を変える。
イザークの怒声が通信を叩いた。
『ドックへ行かせるな! ミネルバごと潰されるぞ!』
その声は戦場を押し戻そうとする。
だが、黒い群れはまだ止まらない。
*****
隔離ハンガーで、セラが顔を上げた。
戦況表示の中で、赤黒い大型機の識別枠が強調される。
ノイズ混じりの映像。
その周囲で、黒い小隊が1つの群れとして再編されていく。
セラは、平坦な声で言った。
「ストラテゴス」
メイリンが息を呑む。
「セラ」
「No.3専用機。Lシリーズ統制源機体。脅威度、大」
セラの声は、報告の形をしていた。
だが、メイリンには分かった。
それはただの識別ではない。
警戒だった。
港湾の砲台が、ひとつ沈黙した。
ドックへ向かう射線が、細く開く。
隔壁制御施設の外壁は砕け、補給道路にはダガーLの残骸と黒煙が積み重なっている。
海側では、撃墜されたウィンダムの残骸がまだ燃えていた。
それでも敵は止まらない。
その線の先には、修理中のミネルバがいた。
ドックに固定されたまま修理中の艦は、逃げることも、身をかわすこともできない。
敵戦艦の砲口が、そこへ向こうとしていた。