機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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43.二重の主攻

裂け目は、広がり始めていた。

 

ジブラルタル東側外縁防衛線。

砲台の火線が岩場を削り、朝の薄い光の中で粉塵が舞う。

その粉塵の下を、黒い機体が低く走った。

 

『正面、3機!』

『違う、右にもいる!』

『背部ユニットを見失うな!』

 

基地所属のグフがビームソードを振るう。

黒い機体は受けない。

沈むように姿勢を落とし、刃の下を抜ける。

 

赤い光点が、グフの視界を横切った。

ロック表示が白く弾ける。

 

『またずれた!』

『目で追え、ロックに頼るな!』

 

グフのパイロットが叫ぶ。

だが次の瞬間、足元の岩陰からアンカーが飛んだ。

 

脚を引かれる。

機体が傾く。

倒れたところへ、別の黒い機体が滑り込む。

 

ビームスピアの穂先が、コクピットの真下を狙っていた。

 

『させるか!』

 

上空からイザーク機が突っ込んだ。

ビームソードが閃き、スピアの軌道を叩き落とす。

火花が散り、黒い機体が後退した。

 

「下がれ! 脚を取られた機体は前に出るな!」

 

『了解!』

 

損傷したグフが後退する。

別のザクが援護射撃を入れた。

 

だが、黒い小隊は止まらない。

 

1機が正面に立つ。

1機が岩場へ沈む。

背部ユニットを飛ばした錆赤の機体が、後方で赤い光点を散らす。

その光が走るたび、防衛隊の照準が一瞬だけ白く濁った。

 

「支援機はどこだ!」

 

イザークは舌打ちしながら機体を振る。

正面の黒い機体が、わざと目立つ位置へ出た。

誘っている。

 

「分かりやすい囮を!」

 

イザークは正面を斬らない。

視線を切り、斜め上へ抜ける赤い光点へ刃を叩き込んだ。

 

分離端末が裂ける。

小さな爆発が朝の空に散った。

 

その瞬間、白く濁っていた照準が戻る。

 

『今だ!』

 

ディアッカの砲撃が、黒い小隊の足元を砕いた。

岩場が崩れ、正面へ出ていた機体が跳び退く。

その着地点へ基地ザクのビームが重なる。

 

肩装甲が焼ける。

黒い機体がよろめいた。

 

『効いてる!』

『支援機を探せ! 小隊長機を落とせ!』

 

一瞬だけ、東側防衛線に呼吸が戻った。

 

その一瞬を、敵の通常部隊が狙った。

 

補給道路の奥。

黒煙と瓦礫の影から、ダガーLが膝をつく。

肩に担いだドッペルホルン連装無反動砲が、ドックへ続く隔壁制御施設へ向いた。

 

『補給道路側、ダガーL!』

『砲撃姿勢!』

『止めろ、そこを撃たせるな!』

 

ザクが振り向く。

だが、正面の黒い機体が低く飛び込んできた。

 

撃てない。

 

味方がいる。

敵が近すぎる。

照準が赤い光点に引っ張られる。

 

その迷いの間に、ドッペルホルンが火を噴いた。

 

実体弾が防壁へ叩き込まれる。

コンクリートと装甲材が砕け、破片が雨のように降った。

隔壁制御施設の外壁に、黒い亀裂が走る。

 

『隔壁施設、被弾!』

『ダガーLを止めろ!』

『黒い奴らが邪魔だ!』

 

イザークの怒声が飛ぶ。

 

「ミュルミドンだけを見るな! 後ろの砲持ちを撃て!」

 

それが敵の狙いだった。

 

黒い小隊が目を奪う。

照準を乱す。

防衛隊を近接戦に引きずり込む。

 

その隙間から、ダガーLとウィンダムが火力を通す。

 

東側だけではない。

西からは、戦艦の主砲がジブラルタルの砲台を削り続けている。

 

戦場は、1つではなかった。

 

*****

 

大西洋側、ロゴス艦隊旗艦。

 

揺れる艦橋の中で、海側部隊の指揮官は東側の戦況表示を見ていた。

本来なら、そこに目を向ける必要はほとんどないはずだった。

 

アルメリア方面から投入されたネメアの機体群。

赤黒い大型機と、黒い小型MS部隊。

 

それらは、ジブラルタルの目を東へ向けさせるための駒だった。

 

迎撃隊を引き出す。

基地司令部に判断を迷わせる。

大西洋側の艦隊主攻へ、砲台とMS隊の反応を遅らせる。

 

それで十分だった。

 

ドックを落とすのは、こちらの艦隊と通常MS部隊の役目。

戦艦主砲で砲台を黙らせ、ウィンダムを低空で回り込ませ、ダガーLのドッペルホルンで隔壁と管制施設を割る。

 

計画はそうなっていた。

 

「東側、まだ前進しています」

 

管制士の声に、指揮官は眉をひそめた。

 

「ネメア機がか」

「はい。第3迎撃隊を排除後、基地外縁へ侵入。現在、ザフトMS隊と交戦中」

「囮のはずだろうが……」

 

誰かが低く呟いた。

指揮官は否定しなかった。

 

画面の中で、黒い小隊がザクとグフの間合いを潰している。

別の表示では、補給道路側のダガーLが砲撃姿勢に入っていた。

ネメア機が防衛隊を引きつけ、その隙間へ通常部隊が火力を通す。

 

理屈としては、都合がいい。

だが、都合がよすぎた。

 

あれは、ただの囮ではない。

少なくとも、囮として使い潰すには惜しい戦果を出している。

 

「ネメア側から通信は」

「ありません。統制波形、乱れていますが継続中」

「乱れている」

「はい。ですが、小隊行動は維持されています」

 

指揮官は短く息を吐いた。

 

ネメアの機体は信用できない。

搭乗者も、指揮系統も、運用思想も、こちらの通常部隊とは違いすぎる。

だからこそ、囮として使うには都合がよかった。

 

だが今、その囮が、本命と同じ重さで戦線を押している。

 

「構わん」

 

指揮官は言った。

 

「東が食い込むなら利用する。こちらは予定通り砲台を潰せ。戦艦2番、射線をドックへ寄せろ」

「了解!」

 

命令が飛ぶ。

 

大西洋側の艦隊は、なお前へ出る。

東の黒い小隊が予想以上に食い込むなら、それでいい。

囮が主攻になろうと、主攻が囮になろうと、ドックを潰せば同じだ。

 

ただひとつ、指揮官の胸に引っかかりが残った。

 

あの黒い大型機は、本当にこちらの意図通りに止まるのか。

 

その疑問を口にする前に、次の砲撃命令が艦橋を満たした。

 

*****

 

ジブラルタル基地司令部では、警告表示が重なり続けていた。

 

「東側第2外縁、防壁損傷!」

「隔壁制御施設、外装被弾!」

「ジュール隊、ミネルバ隊、交戦継続!」

「大西洋側、敵戦艦2隻、砲撃継続!」

「港湾第5砲台、照準補正遅延!」

「第6砲台、応射まで20秒!」

 

大型スクリーンの西側では、敵艦隊が砲撃を続けていた。

戦艦2隻が前へ出て、外周砲台へ光条を叩き込む。

 

ジブラルタルの砲台も応射している。

分厚い装甲覆いは赤熱し、岩盤ごと震えながらも、まだ砲身を旋回させていた。

 

「第4砲台、応射!」

「敵護衛艦、回避行動!」

「大西洋側ウィンダム部隊、低空侵入!」

 

外部映像に、ウィンダムが映る。

港湾クレーンの影をかすめ、低空で回り込もうとする2機。

基地防空火器が火線を伸ばした。

 

1機の翼が焼ける。

機体が大きく傾き、海面へ落ちた。

白い水柱が立ち、黒煙が広がる。

 

「ウィンダム1機撃墜!」

「残り、港湾施設側へ侵入継続!」

 

撃墜報告が入っても、司令部の空気は軽くならない。

 

敵は止まらない。

ひとつ落ちても、別の1機が隙間を進む。

東側で黒い小隊が押し込み、西側で艦隊が砲台を削り、通常MSが防空の穴を探す。

 

アーサーが端末を覗き込み、顔色を変えた。

 

「第3有線幹線、信号低下!」

「場所は」

「ドック区画近くです! 地下ケーブル区画で異常振動。爆破、または物理切断の可能性!」

 

基地司令が短く舌打ちした。

 

「敵はケーブルまで狙っているのか」

「MS戦だけが目的ではありません」

 

タリアはスクリーンを見据える。

 

「ドックを孤立させる気です」

 

基地司令が即座に命じた。

 

「修理班と保安部隊を地下ケーブル区画へ回せ! 防空管制は予備回線へ。ドック隔壁制御はローカルへ切り替えろ!」

「了解!」

「東側へ出ている部隊に通達。未確認MSをドック外縁へ近づけるな。通路を切られれば、ミネルバは箱の中だ!」

 

命令が走る。

だが、すべてがすぐに届くわけではない。

 

通信は乱れている。

地下有線リンクは切られかけている。

防空管制は遅れ、砲台は手動で食い下がっている。

 

ジブラルタルは戦っている。

だが敵は、戦いながら切っていた。

 

司令部。

ドック。

防空管制。

港湾砲台。

 

基地の神経を、1本ずつ。

 

タリアは大西洋側の艦隊表示と、東側の黒い小隊の進路を同時に見た。

 

「西の艦隊だけが本命じゃない。東の黒い小隊も本命よ。片方に目を奪われれば、もう片方がドックへ届く」

 

タリアは通信を開いた。

 

「ミネルバ隊へ。東側防衛線を維持。ダガーLの砲撃機を優先して潰して」

『了解!』

 

メイリンの声が返る。

 

「ジュール隊にも同じ内容を。黒い小隊だけを追わないで。敵の火力を通させないこと」

「はい!」

 

メイリンは乱れる回線へ、短い文を何度も流した。

 

黒い小隊を止めろ。

砲撃機を通すな。

ドック外縁を守れ。

 

*****

 

東側防衛線へ、ルナマリアのガナーザクが滑り込んだ。

 

基地側格納庫からの発進は、ミネルバとは勝手が違う。

誘導灯の位置も、カタパルトの押し出しも、通信管制の声も微妙に違っていた。

 

それでも、機体は動く。

オルトロスは構えられる。

 

視界の先で、黒い機体がグフ隊を押し込んでいた。

赤い光点が走り、ザクのロックを剥がす。

別の機体がアンカーを撃ち込み、さらに別角度からビームスピアが突き出される。

 

その後ろ。

補給道路の瓦礫の影に、ダガーLが見えた。

ドッペルホルンを肩に担ぎ、砲撃姿勢を取っている。

 

狙いはドックへ続く隔壁制御施設。

 

「そっちは撃たせない!」

 

ルナマリアは照準を合わせる。

ロック表示が揺れる。

赤い分離端末が視界の端をかすめ、照準枠に偽反応が重なる。

 

「邪魔なのよ!」

 

一瞬だけ、ロックを捨てた。

敵機ではなく、敵が撃つために止まる場所を見る。

 

オルトロスが唸る。

 

太いビームが補給道路を斜めに焼き、ダガーLの胴体を砲ごと貫いた。

爆発。

上半身が吹き飛び、ドッペルホルンの砲身が回転しながら宙を舞う。

 

落下した砲身が舗装路へ突き刺さり、赤熱した金属が白煙を上げた。

 

「1機撃破! 次!」

 

息を吐く暇はない。

別のダガーLが、黒煙の向こうで膝をつく。

 

ルナマリアは砲口を振った。

だが、その前へ黒い機体が割り込む。

 

「どいて!」

 

アンカーが飛ぶ。

ガナーザクの肩先をかすめ、装甲を削った。

 

「近い!」

 

そこへ、レイの機体が横から入る。

ビームが敵の足元を撃ち抜き、黒い機体が姿勢を崩した。

 

『ルナマリア、錆赤の機体を見ろ』

「小隊長機」

『背部ユニットを飛ばしている。あれが妨害源だ』

 

レイは本体を撃たなかった。

空中の赤い光点を見る。

ロックは揺れる。

なら、揺れる前に撃つ。

 

分離端末が進路を変える瞬間、その先へビームを置いた。

 

赤い光点が弾ける。

 

黒い小隊の動きが、わずかに乱れた。

正面から詰めていた機体の踏み込みが半拍遅れ、側面のアンカーが空を切る。

 

「そこ!」

 

ルナマリアのオルトロスが火を噴く。

直撃ではない。

だが、錆赤の機体の足元を砕き、後退させた。

 

『有効だ』

 

レイの声は淡々としている。

 

『だが、完全には止まらない。次が来る』

「本当に嫌な敵ね!」

 

ルナマリアが叫ぶ。

苛立ちと集中が、声に混じっていた。

 

黒い小隊は止まらない。

止まりかける。

崩れかける。

それでも、すぐに別の機体が穴を埋める。

 

小隊として、まだ死んでいない。

 

*****

 

シンのインパルスは、低空から戦場へ入った。

 

空中から見れば、黒い機体の配置は地上より分かりやすい。

射撃武器を持たない敵なら、上から叩けばいい。

 

普通なら、そうだ。

 

ビームライフルを構える。

ロックオン表示が黒い機体へ重なる。

 

次の瞬間、赤い光点が視界を横切った。

照準が白く弾ける。

 

「くそっ、ロックが外れる!」

 

敵本体は港湾構造物の影へ滑り込む。

岩場。

補給道路。

コンテナ群。

砲台の死角。

 

地上にいるくせに、動きが読みづらい。

いや、地上だからこそ、遮蔽物を使ってくる。

 

「地面にいるくせに、なんで当たらないんだよ!」

 

『シン、上から撃つだけでは駄目だ』

 

レイの声が入る。

 

『妨害端末がロックを剥がす。本体は構造物に隠れる。目で追え』

「分かってる!」

 

シンは操縦桿を倒した。

インパルスが一気に高度を下げる。

 

港湾施設の屋根をかすめる。

アンカーを横へかわす。

黒い機体の頭上へ滑り込む。

 

『シン! 近づきすぎ!』

 

ルナマリアの声が飛ぶ。

 

「だったら、近づいて斬る!」

 

ビームサーベルが抜かれる。

 

赤い分離端末が、インパルスの前方へ回り込んだ。

シンはロックしない。

目で追う。

光の軌跡を読み、機体をひねる。

 

サーベルが振り抜かれた。

分離端末が2つに裂けて爆発する。

 

その瞬間、地上の黒い小隊の動きが乱れた。

正面の1機が踏み込み損ね、側面のアンカーが空を切る。

 

イザークのグフがそこへ突っ込んだ。

 

『余計なところへ飛び込むな、インパルス!』

「助けたんだろ!」

『なら最後まで邪魔をするな!』

 

怒鳴り声が返る。

だが、その動きに迷いはない。

 

イザークは敵の足が鈍った瞬間を見逃さず、ビームソードで黒い機体の腕を斬り飛ばした。

 

その横で、瓦礫の影からダガーLが2機飛び出す。

ミュルミドンの影に隠れ、補給道路脇を抜けようとしていた機体だ。

 

「こっちにも!」

 

基地ザクが反応する。

だが、ECMで射撃が遅れる。

ダガーLのビームがザクの肩装甲を焼き、機体がよろめいた。

 

シンが舌打ちする。

 

「邪魔するな!」

 

インパルスが地表すれすれを飛ぶ。

1機目のダガーLがビームを撃つ前に、サーベルが腕を落とした。

返す刃で胴を裂く。

 

爆発。

 

もう1機が後退しようとしたところへ、ディアッカの支援射撃が突き刺さった。

 

『そっちは任せろ!』

 

ビームがダガーLの脚部を吹き飛ばす。

倒れた機体へ基地ザクの追撃が入った。

 

爆炎が上がり、補給道路を覆っていた黒煙がさらに濃くなる。

 

『ダガーL2機撃破! 補給道路側、進行速度低下!』

 

通信に報告が入る。

小さな戦果だった。

 

だが、その小さな戦果が、裂け目を広げさせない。

 

ディアッカの支援射撃が続く。

 

『羽根付きから落とせばいいんだな! 了解了解!』

 

砲撃が敵小隊の後方を叩く。

基地所属グフが損傷機を引き下げ、ザクが射線を作る。

 

完全に押し返しているわけではない。

だが、ジブラルタル側は少しずつ戦い方を掴み始めていた。

 

支援端末を落とす。

小隊長機を崩す。

孤立しない。

砲撃機を通さない。

 

理解するまでに、すでに被害は出ていた。

それでも、理解した。

 

戦場では、それが生死を分ける。

 

*****

 

ドック区画の奥、レギナント隔離ハンガー。

 

そこだけは、外の戦場から切り離されたように見えた。

だが実際には、最も慌ただしい場所のひとつだった。

 

白い大型機は、片膝をついたまま固定されている。

その手前では、長大な砲身が仮設レールの上に横たえられていた。

 

MS用の武装にしては、あまりにも長い。

本来なら巡洋艦の副砲として据え付けられていたものを、無理やり携行兵装へ転用している。

 

高密度合金芯の大型徹甲弾を撃ち出す、対艦用の実体弾砲。

ビームを弾く装甲にも、質量と速度で穴を開けるための兵器。

 

だが、MSに持たせるには重すぎた。

長すぎた。

危険すぎた。

 

レギナント級の大型MSでなければ、そもそも保持できない。

そしてレギナントであっても、姿勢固定なしでは撃てない。

 

「接続架、右に2ミリずれてる! そこじゃねえ、保持フレームの方だ!」

「分かってるよ! でも基部が歪んでるんだって!」

 

ヨウランとヴィーノが、基地工廠の技術者たちと一緒に怒鳴り合っていた。

 

急ごしらえの腕部保持フレーム。

反動を逃がすための接続架。

砲身の下へ追加された仮設スタビライザー。

 

どれも、本来の設計には存在しない。

 

「工廠側の仮称は大型ペネトレーター砲、だってよ!」

「名前だけ立派すぎるだろ!」

「名前に負けないように撃てれば勝ちだ!」

 

ヨウランの声に、ヴィーノが叫び返す。

 

「砲を無理やり持たせるだけだろ、これ!」

「だから無理やり持たせるんだよ! 敵戦艦を止める手段が他にあるか!」

 

ハンガーの床が、遠くの爆発でかすかに震えた。

吊り下げられた工具が揺れ、金属音を鳴らす。

 

外ではまた何かが撃たれ、何かが燃えている。

 

セラはその砲を見上げていた。

白いノーマルスーツのまま、ヘルメット越しに長大な砲身を追う。

 

レギナントの腕部に仮接続されようとしているそれは、武器というより、船の一部を切り取って持ってきたように見えた。

 

「新規武装」

「まだ“武装”って呼べるほど綺麗なもんじゃないけどな」

 

ヨウランは汗を拭う暇もなく端末を叩く。

 

「撃てれば勝ちだ。ただし、撃つ時は絶対に姿勢固定しろ。歩きながらなんて無理だ。撃った反動で腕ごと持っていかれる」

「腕部損傷リスク」

「かなり高い」

「砲身破損リスク」

「高い」

「搭乗者への反動負荷」

「それも高い」

 

セラは頷いた。

 

「危険兵装」

「そこだけ綺麗にまとめるなよ……」

 

ヴィーノが呻く。

その横で、メイリンが戦況端末を握りしめていた。

 

外ではシンたちが戦っている。

ドック管制線は不安定。

大西洋側の敵戦艦は、砲台を削り続けている。

補給道路側ではダガーLの砲撃で防壁が割れ、ウィンダムが低空から港湾施設を狙っている。

 

そしてここには、まだ撃てない砲がある。

 

セラはメイリンへ視線を向けた。

 

「レギナント、出撃許可を申請」

 

メイリンは返答に詰まった。

 

止める理由は分かる。

だが、セラがそう言う理由も分かってしまう。

 

通信が繋がる。

タリアの声が返った。

 

『まだよ。あなたは、最後の札です』

「最後の札」

 

セラは反復した。

疑問ではない。

与えられた言葉を、意味ごと保存するような声だった。

 

『工廠から報告は受けています。あの砲はまだ撃てる状態ではないわ。今出れば、レギナントの機動を殺すだけになる』

「敵戦艦、ドック射線へ接近中」

『分かっている。だからこそ、まだ切らない』

 

セラは黙った。

 

その横で、ヨウランが歯を食いしばるように言った。

 

「頼むから、あと少し待ってくれ。今出たら、こいつはただの重りだ」

「重り」

「そうだ。撃てない大砲なんて、ただ邪魔なだけだ」

 

セラはレギナントを見上げる。

 

「待機継続」

『そうして』

 

タリアの声は短かった。

だが、そこには命令以上の重さがあった。

 

*****

 

大西洋側の海が、再び白く裂けた。

 

敵戦艦2隻が、外周砲台へ砲撃を集中させる。

ジブラルタルの砲台も応射する。

光と煙が海峡を満たし、岩山が震えた。

 

戦艦主砲の光条が、第6砲台の装甲覆いへ直撃する。

 

一撃目で外装が赤く膨れ、二撃目で継ぎ目が裂けた。

岩盤ごと砲台が揺れ、固定ボルトが何本も弾け飛ぶ。

破片が防壁へ突き刺さり、周囲の作業灯がまとめて消えた。

 

「第6砲台、被弾!」

「外装破断! 砲身角、固定不能!」

「予備駆動系へ――」

「駄目です! 第6砲台、沈黙!」

 

司令部の大型スクリーンで、ひとつの砲台表示が赤から黒へ落ちた。

 

完全な防衛崩壊ではない。

ジブラルタルはまだ戦っている。

他の砲台は応射を続け、防空火器も海上低空のウィンダム部隊を追っている。

 

だが、ひとつの穴が開いた。

 

「敵戦艦、進路変更!」

「ドック区画への射線に入りつつあります!」

「港湾管制、射線遮断が間に合いません!」

「補給道路側、ダガーL残存機が再前進! 隔壁制御施設へ向かっています!」

 

アーサーが顔色を変える。

 

「艦長……!」

「分かっているわ」

 

タリアはスクリーンを見つめる。

 

その線の先には、修理中のミネルバがいる。

右舷区画を開かれ、ドックに固定され、まだ自力で満足に動けない艦。

そしてその奥には、レギナントの隔離ハンガーがある。

 

基地司令が怒鳴った。

 

「残存砲台で敵戦艦を牽制しろ! MS隊、ドック前面へ防衛線を下げるな!」

「了解!」

「地下リンクの復旧は」

「第3幹線、断線箇所特定中! 修理班が向かっていますが、敵性反応接近!」

 

タリアは端末を見た。

 

東側防衛線。

シン、レイ、ルナマリア、ジュール隊は押しとどめている。

ダガーLやウィンダムの通常部隊は少しずつ削っている。

だが、黒い小隊そのものは完全には止められていない。

 

黒い機体群が、ドック区画へ通じる防衛線の薄い箇所へ収束していく。

 

ストラテゴスのコクピットで、No.3が呟いた。

 

『統制継続』

『第1小隊、前進』

『第2小隊、遮断』

『第3小隊、迂回』

『制御、再接続』

 

声に熱はない。

怒りもない。

 

壊れた統制中枢が、断片化した命令を吐き出し続けているだけだった。

 

だが、その命令で黒い小隊は動く。

ザクの射線を切り、グフの前進を止め、ジュール隊の支援射撃をずらし、ミネルバ隊の突入角度を狭めていく。

 

残ったダガーLが、その隙間へ入ろうとする。

ドッペルホルンが再び火を噴いた。

 

砲弾が防壁を叩き、隔壁制御施設の外壁に亀裂が走る。

破片が舞い、作業員が伏せた。

 

ルナマリアが照準を向けるが、黒い機体がその前へ割り込む。

レイが支援端末を狙い、シンが低空へ入る。

それでも、敵の圧は消えない。

 

レイが低く言った。

 

『大型機の統制が強まった。全機、警戒』

「見えてる!」

 

シンがインパルスを上昇させる。

ルナマリアはオルトロスを構え直し、ディアッカは射線を変える。

 

イザークの怒声が通信を叩いた。

 

『ドックへ行かせるな! ミネルバごと潰されるぞ!』

 

その声は戦場を押し戻そうとする。

だが、黒い群れはまだ止まらない。

 

*****

 

隔離ハンガーで、セラが顔を上げた。

 

戦況表示の中で、赤黒い大型機の識別枠が強調される。

ノイズ混じりの映像。

その周囲で、黒い小隊が1つの群れとして再編されていく。

 

セラは、平坦な声で言った。

 

「ストラテゴス」

 

メイリンが息を呑む。

 

「セラ」

「No.3専用機。Lシリーズ統制源機体。脅威度、大」

 

セラの声は、報告の形をしていた。

だが、メイリンには分かった。

 

それはただの識別ではない。

 

警戒だった。

 

港湾の砲台が、ひとつ沈黙した。

ドックへ向かう射線が、細く開く。

隔壁制御施設の外壁は砕け、補給道路にはダガーLの残骸と黒煙が積み重なっている。

 

海側では、撃墜されたウィンダムの残骸がまだ燃えていた。

 

それでも敵は止まらない。

 

その線の先には、修理中のミネルバがいた。

ドックに固定されたまま修理中の艦は、逃げることも、身をかわすこともできない。

 

敵戦艦の砲口が、そこへ向こうとしていた。

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