機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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44.最後の札

港湾第6砲台が沈黙した。

 

その報告が司令部に落ちた瞬間、ジブラルタルの防衛図に細い空白が生まれた。

完全な崩壊ではない。

外周砲台はまだ応射している。防空火器も動いている。MS隊も戦線を支えている。

だが、ほんの一角。そこだけ、敵戦艦の射線がドック区画へ伸びようとしていた。

 

「敵戦艦、進路修正! ドック区画への射線に入りつつあります!」

「第4砲台、応射継続! 第5砲台、照準補正遅延!」

「東側防衛線、交戦継続! 未確認MS群、なお前進中!」

「大西洋側よりウィンダム部隊、低空侵入! ドック側面へ回り込んでいます!」

 

管制士たちの声が重なる。

アーサーは端末を覗き込み、顔を強張らせた。

 

「艦長、ミネルバの右舷修理区画が射線に入ります!」

「分かっているわ」

 

タリアは大型スクリーンを見つめた。

ドック内のミネルバは、まだ動けない。

右舷装甲は外され、内部フレームには足場が組まれている。主機系統も、出撃シークエンスも、完全ではない。

そこへ戦艦主砲級の砲撃を受ければ、艦が耐えられる保証はなかった。

 

基地司令が歯を噛む。

 

「残存砲台で敵戦艦を牽制しろ! 防空火器、低空のウィンダムを落とせ! MS隊はドック前面へ防衛線を維持!」

「了解!」

 

タリアは別画面へ目を移す。

レギナント隔離ハンガー。

白い大型機は、まだ片膝をついた姿勢で固定されている。

その前では、長大な砲身を持つ急造兵装の最終接続が続いていた。

 

だが、もう待つ余裕はない。

 

「メイリン、セラへ」

「はい!」

 

通信が繋がる。

画面に、白いノーマルスーツ姿のセラが映った。

ヘルメットのバイザー越しに見える目は、戦況表示を見上げたまま動かない。

 

『受信中』

「レギナント、出撃許可」

 

メイリンが息を呑む。

ハンガー側でヨウランとヴィーノが振り返った。

 

タリアは続けた。

 

「ただし、あの砲はまだ撃てません。戦場で時間を稼ぎなさい」

『了解』

「目的は敵の撃破ではありません。ドック区画への射線を塞ぐこと。ミネルバを守ること」

『時間稼ぎを実行します』

 

返答は短かった。

だが、その声に迷いはなかった。

 

ヨウランが通信に割り込む。

 

『セラ、砲はまだ繋ぎ切れてねえ! 持って出るのは無理だ!』

「了解」

『ドラグーンと本体機動だけで粘れ! こっちはこっちで死ぬ気で仕上げる!』

「死なないでください」

『そういう返しだけ人間っぽくなってきやがって……!』

 

ヴィーノが後ろで叫ぶ。

 

『固定アーム解除! ハンガー隔壁、開きます!』

 

赤い警告灯が回る。

隔離ハンガーの大型隔壁が、重い音を立てて左右へ開いた。

外の朝光が差し込み、白い装甲を照らす。

 

レギナントが動いた。

 

片膝をついていた巨体が、ゆっくりと立ち上がる。

純白のスカート装甲がわずかに開き、固定具が次々に外れていく。

脚部が床を踏んだ瞬間、ドックの床材が低く鳴った。

 

巨大だ。

だが、鈍重ではない。

 

レギナントは、まるで待機姿勢からそのまま戦場へ滑り出すように前へ出た。

背部からドラグーンが展開する。白い巨体の周囲に、鋭い光点が散った。

次の瞬間、機体はドック外縁へ向けて加速する。

 

港湾施設の足場が震え、作業灯が揺れる。

白い大型機が防壁を越えるように飛び出した時、ドック内の作業員たちは思わず顔を上げた。

 

「レギナント、出ます!」

 

メイリンの声が司令部に響く。

 

タリアは静かに頷いた。

 

「全周波へ通達。レギナントはドック防衛へ入ります。味方機は射線を開けて」

 

*****

 

大西洋側から低空で回り込んできたウィンダム2機が、港湾クレーンの影を縫ってドック側面へ迫っていた。

 

1機がビームライフルを構える。

その先には、修理中のミネルバの右舷区画があった。

装甲の外された部分。足場。むき出しの管制ケーブル。

そこへ撃ち込まれれば、戦艦主砲でなくとも被害は大きい。

 

だが、ウィンダムが引き金を引くより早く、白い光点が上空を抜けた。

 

レギナントのドラグーンが、港湾施設の鉄骨の間を滑る。

細いビームが走り、先頭のウィンダムの翼を撃ち抜いた。

機体が横へ傾く。

姿勢制御を失ったウィンダムはクレーンの基部へ激突し、鉄骨をへし折りながら爆発した。

 

もう1機が慌てて上昇する。

その進路を、別のドラグーンが塞いだ。

ビームが胴体中央を貫く。

装甲が内側から赤く膨れ、次の瞬間、機体は港湾道路の向こうで火球になった。

爆風がコンテナを吹き飛ばし、黒煙が朝の空へ伸びる。

 

『ウィンダム2機、撃墜!』

『ドック側面、射線クリア!』

 

基地側の通信に、初めて明確な安堵が混じった。

 

レギナントは止まらない。

そのまま東側防衛線へ走る。

 

*****

 

東側防衛線では、シンたちが黒い小隊と交戦を続けていた。

 

全天候型ミュルミドンは、なおも速い。

背部から切り離された赤く光る飛行端末がセンサーを乱し、黒い機体が港湾構造物の影へ沈む。アンカーが飛び、ビームスピアが伸び、ザクやグフの得意な距離を潰してくる。

 

だが、押し込んでいるのはミュルミドンだけではなかった。

大西洋側から降ろされたダガーL部隊が、補給道路側からドックへ向けて進んでいる。

通常機だ。

だが今のジブラルタルには、その通常機を止める余裕すら削られていた。

 

シンはインパルスを低空でひねった。

アンカーが足元をかすめ、ワイヤーが空を切る。

 

「しつこいんだよ!」

 

ビームサーベルが赤い光点を斬る。

分離された妨害端末が爆ぜ、破片が舗装路へ降り注いだ。

パラパラと金属片が跳ね、そこへレイの射撃が重なる。

 

『シン、右の小隊長機』

「見えてる!」

 

インパルスが機体を沈め、黒い機体の進路を塞ぐ。

その横で、ルナマリアのオルトロスが火を噴いた。

直撃ではない。だが砲撃は敵の足元を抉り、港湾道路の舗装を砕いた。砂埃と黒煙が上がり、ミュルミドンの踏み込みが乱れる。

 

「今よ!」

 

基地ザクの射撃が重なった。

敵機が跳び退く。

だが、その退避先へグフ隊が割り込む。

 

イザークの声が通信を叩いた。

 

『背中の端末を潰せ! 正面の囮を見るな!』

『了解!』

 

ディアッカの支援射撃が、ミュルミドン小隊の後方を抑える。

岩場が砕け、破片が海側へ飛ぶ。

戦線は、まだ苦しい。

だが、防衛側は少しずつ敵の動きを読み始めていた。

 

その時、白い光が戦場の上を走った。

 

「何だ」

 

イザークが一瞬だけ視線を上げる。

港湾施設の上空を、白い大型機が横切った。

朝日に照らされた純白の装甲。スカートのように広がる下半身装甲。周囲を舞うドラグーン。

 

「レギナント……!」

 

シンが声を漏らす。

 

レギナントは敵小隊へ直接突っ込まなかった。

まず、味方の退避路へ入り込もうとしていた黒い機体の前へ、可視レーザーを走らせる。

細い光の線が地面を焼いた。

舗装が白く弾け、敵機の進路が分断される。

 

続けて、ドラグーンが別方向へ散った。

赤く光る飛行端末を撃ち抜く。

ひとつ、ふたつ。

小さな爆発が続き、空中に黒い破片がばらまかれる。

 

『照準が戻った!』

『敵位置、取れるぞ!』

 

基地側のザクが叫ぶ。

その声には、さっきまでの焦りとは違う色が混じっていた。

 

レギナントのドラグーンは敵を一掃しているわけではない。

だが、撃てなかった味方が撃てるようになる場所を作っていた。

退けなかった味方が退ける道を作っていた。

 

白い大型機は、崩れた防衛線の裂け目を縫うように走る。

敵を倒すより、通さない。

それが、今のセラの役割だった。

 

空間支配(クイーンズ・ウェブ)、限定展開』

 

セラの声が管制に届く。

レギナントの周囲に散ったドラグーンが、可視レーザーの細い線を張り始めた。

光は敵を焼き払うためだけのものではない。

乱れた戦場に、格子を作る。

無線は妨害されている。レーダーは偽反応で濁っている。

それでも、光の格子の内側だけは、敵味方の位置が再び見えた。

 

『ドック周辺、敵位置再取得!』

『手動照準補正、可能!』

『第5砲台、射線修正!』

 

司令部でアーサーが声を上げる。

 

「ドック周辺の管制が戻り始めています! 限定的ですが、味方位置と敵位置の再同期が可能です!」

「範囲は」

「ドック前面から東側外縁の一部まで! 大西洋側全体には届きません!」

 

タリアは目を細める。

 

「それで十分よ。そこが持てば、ミネルバは撃たれない」

 

光の格子の内側で、反撃が始まった。

ルナマリアの照準が、補給道路を進むダガーL小隊を捉える。

さっきまで重なっていた偽反応が薄い。

敵の位置が見える。

味方の退避線も見える。

 

「そこ、通さない!」

 

オルトロスが吼えた。

太いビームが補給道路を斜めに焼き、先頭のダガーLを盾ごと呑み込む。

爆発。

続く2機が左右に散ろうとしたが、砕けた道路の段差に足を取られた。

その片方を基地ザクの集中射撃が貫き、もう片方へシンのインパルスが飛び込む。

 

「邪魔だ!」

 

ビームサーベルが振り抜かれ、ダガーLの胴体が斜めに裂けた。

上半身がずれ落ち、爆炎が背後のコンテナを照らす。

別方向では、レイが赤く光る飛行端末を撃ち落としていた。

支援を失ったミュルミドン小隊の動きが鈍る。

そこへイザークのグフが踏み込む。

 

『今だ! 押し返せ!』

 

基地グフ隊が前へ出た。

黒い機体そのものを撃破するには至らない。

だが、押し込まれていた防衛線が一歩戻る。

ドック前面へ向かっていた敵の流れが、初めて押し返された。

さらに上空では、低空侵入を続けていたウィンダムが1機、光の格子の中で位置を晒した。

ディアッカの砲撃が、その進路を読んで叩き込まれる。

 

『そこだろ!』

 

ビームがウィンダムの胴体を貫いた。

機体は空中で爆ぜ、燃えた残骸が海へ落ちる。

水柱が上がり、黒煙が波間へ広がった。

司令部に報告が重なる。

 

「敵ダガーL、補給道路側で3機撃破!」

「低空ウィンダム1機撃墜!」

「東側第2外縁、防衛線押し戻しています!」

 

アーサーが顔を上げた。

 

「艦長、押し返しています!」

「ええ」

 

タリアは短く答えた。

 

「でも、まだよ」

 

メイリンは別の数値を見ていた。

セラの神経負荷。

神経接続補助ユニット3号の信号遅延。

クイーンズ・ウェブの維持に伴う負荷が、じわじわと上がっている。

 

「セラ……無理しないで」

 

通信には乗せなかった。

乗せても、彼女はたぶん「無理ではありません」と返すだけだ。

 

*****

 

隔離ハンガーから移送された大型ペネトレーター砲は、ドック外縁の仮設射撃ポイントへ滑り込んでいた。

 

レギナントが戦場を駆ける間に、ヨウランたちは最後の接続を進めていた。

長大な砲身を支える仮設フレーム。

腕部保持用の接続架。

反動を逃がすためのスタビライザー。

どれも、本来なら試験場で何日もかけて調整するものだ。

 

今は、数分で戦場へ出している。

 

「保持フレーム、固定!」

「弾体装填、完了!」

「反動制御、許容値ギリギリだぞ!」

 

ヴィーノの声が裏返る。

ヨウランは端末を叩きながら怒鳴った。

 

「撃てる! けど1発だ!」

『1発』

 

通信越しにセラが反復する。

 

「そうだ、1発! 2発目は考えるな、砲身が持たない!」

『了解』

 

レギナントがドック前面を離れ、仮設射撃ポイントへ向かう。

その移動を援護するように、シンがミュルミドン小隊の前へ飛び込んだ。

 

「行かせるか!」

 

インパルスのサーベルが黒い機体を弾き、火花が散る。

ルナマリアの砲撃が別の進路を潰す。

レイは赤く光る飛行端末を撃ち落とし、イザーク隊が損傷機の退避路を開いた。

 

白い大型機が、巨大砲の前に膝を沈める。

腕部保持フレームが接続される。

砲身が持ち上がる。

長すぎる砲が、レギナントの両腕に支えられた。

 

「姿勢固定」

「脚部固定確認!」

「スカート装甲、反動受け位置へ!」

「砲身軸、許容範囲!」

 

セラの声が平坦に流れる。

 

『射線、確保』

 

大型スクリーンに、敵戦艦の艦影が映る。

ドック区画への射線に入りつつあった1隻。

主砲を再びジブラルタルへ向けようとしている。

タリアが短く言った。

 

「撃ちなさい」

『撃ちます』

 

一瞬、戦場の音が遠くなった。

次の瞬間、低い轟音がドックを揺らした。

火薬ではない。

ビームでもない。

質量そのものが空気を裂く音だった。

大型徹甲弾が砲身を抜け、白い衝撃波を引いて海上へ走る。

砲口の周囲に白煙が噴き、レギナントの脚下の舗装が砕けた。仮設フレームが悲鳴のような金属音を立て、周囲の足場がまとめて揺れる。

 

弾体は敵戦艦の正面装甲を貫いた。

一拍遅れて、艦中央部が膨れ上がる。

内部から爆炎が噴き出し、主砲区画が赤く弾けた。

海面に巨大な水柱が立ち、船体が横へ傾く。

 

「敵戦艦1、主砲区画大破!」

「推進低下! 射線外れます!」

「ドックへの砲撃圧、低下!」

 

司令部に歓声に近い声が上がる。

だが、ハンガー側はそれどころではなかった。

 

「砲身軸、歪み!」

「接続フレーム破損!」

「スタビライザー、応答なし!」

「再射撃精度、計算不能!」

 

ヨウランが叫ぶ。

 

「腕は無事だ! 砲の方が死んだ!」

『死んだって言うな!』

 

基地工廠の技術者が即座に怒鳴り返した。

 

『こっちは徹夜で組んだんだぞ!』

「徹夜で組んだから今撃てたんだろ! 感謝してる!」

『感謝するなら殺すな!』

「だから死んだって言ったんだよ!」

 

ヴィーノが二人の間で悲鳴を上げる。

 

「今それで喧嘩してる場合じゃないって!」

 

セラは機体状態を確認した。

 

『砲身軸湾曲。接続フレーム破損。再射撃精度低下。大型ペネトレーター砲、継続使用困難』

「そういうことだ! もう撃つな!」

『了解』

 

ヨウランの声に、セラは短く返す。

大型砲を切り離し、レギナントが再び立ち上がる。

その足元では、砕けた舗装から煙が上がっていた。

 

戦況は、確かに変わった。

ドック周辺の光学リンクで、味方は敵を見失いにくくなっている。

大型ペネトレーター砲で敵戦艦1隻は大破した。

東側では、シンたちがミュルミドンの一部を押し返し始めている。

ダガーLの進撃は止まり、低空のウィンダムも次々に落とされている。

陸側ECM車両のひとつが基地保安部隊に発見され、制圧に向かう報告も入っていた。

地下有線リンクの復旧も進んでいる。

 

そして、ジブラルタルの砲台が息を吹き返した。

 

「第5砲台、管制同期回復!」

「射線、取れます!」

「敵戦艦2、ドック射線へ再突入!」

 

基地司令が叫んだ。

 

「撃て! ドックへ向けさせるな!」

「第5砲台、発射!」

 

要塞の砲身が唸った。

岩盤に固定された巨大砲が火を噴き、重い光条が海面を裂く。

敵戦艦2の側面装甲に直撃。

装甲が赤熱し、船体が大きく揺れた。

 

「命中! 敵戦艦2、側面装甲損傷!」

「第4砲台、追撃入ります!」

 

続けて、第4砲台が撃った。

こちらは艦尾寄り、推進区画を狙った砲撃だった。

光が海面を白く焼き、敵戦艦の後部へ突き刺さる。

 

一瞬遅れて、艦尾が爆ぜた。

推進器の一部が吹き飛び、黒煙と火柱が上がる。

船体が進路を失い、ドックへ向いていた砲身が大きく逸れた。

 

「敵戦艦2、推進区画大破!」

「艦首下がります! 射線外れます!」

「敵戦艦2、戦闘継続困難!」

 

司令部に、今度こそ明確な歓声が上がった。

基地司令は拳を握りしめる。

 

「よし……! 残存艦を押し返せ! 防空隊、低空MSを掃討!」

「了解!」

 

勝ったわけではない。

だが、勝てるかもしれないところまで戻した。

 

その空気を、黒い巨体が踏み潰した。

 

*****

 

ストラテゴスが進路を変えた。

 

赤黒い甲殻装甲に、ザク隊のビームが集中する。

火花が散る。

黒い装甲表面が赤く焼ける。

だが、貫通しない。

 

「効いてないだと!」

『下がれ! 正面から撃つな!』

 

基地グフが接近戦で止めようとする。

ヒートロッドが伸び、ビームソードが構えられる。

だが、その前にストラテゴスの巨体が低く沈んだ。

 

地面が割れるように砂埃が跳ねた。

次の瞬間、赤黒い大型機が滑った。

 

大型機の動きではなかった。

重い甲殻が、港湾道路を削りながら一気に間合いを潰す。

メガバスターランチャーの砲身から、巨大なビーム刃が伸びた。

 

「砲じゃないのかよ!」

 

誰かの叫びが通信に混じる。

黒い巨体は答えない。

 

低い位置に構えたランチャーが、横へ薙がれた。

グフの盾が溶断される。

腕が飛ぶ。

切断された装甲が赤く灼けたまま舗装へ落ち、ジュッと白い煙を上げた。

続けてザクの脚部が裂かれ、機体が倒れ込む。港湾施設の外壁には赤い斬線が走り、コンクリート片が雨のように降った。

 

『後退しろ! 距離を取れ!』

『距離を取っても撃たれる!』

 

イザークが舌打ちした。

 

『くそっ、これじゃ止まらん!』

『隊長、射線が通りません!』

『分かっている! 無駄に突っ込むな!』

 

ディアッカが砲撃を入れる。

着弾がストラテゴスの足元を砕く。

だが黒い巨体は、わずかに揺れただけだった。

 

『硬すぎるだろ、あれ……!』

 

シンがインパルスを向けようとする。

だが、その前にミュルミドン小隊が進路へ割り込んだ。

レイが冷静に制止する。

 

『シン、そちらへ行くな。今抜ければ、こちらの防衛線が崩れる』

「でも!」

『ストラテゴスはレギナントに任せるしかない』

 

その言葉は、戦場の現実だった。

 

ルナマリアはオルトロスを構え直したが、射線上には味方機と港湾施設が重なっている。

基地砲台は誤射の危険で撃てない。

イザーク隊は損傷機を抱え、ミュルミドンを抑え込むだけで限界だった。

クイーンズ・ウェブは、ドック周辺の連携を維持するために張られている。レギナントがそれを崩せば、再び味方の目が曇る。

 

助けたいが、撃てない。

近づきたいが、止められる。

撃てたとしても、効かない。

 

ストラテゴスだけは、レギナントが止めるしかなかった。

 

*****

 

ストラテゴスがドック区画へ向かう。

 

その先にはミネルバがいる。

まだ右舷を開かれたまま、傷の塞がらない艦体を横たえている。

逃げられない。

動けない。

 

その間を割り込むように、レギナントが横切る。

ドラグーンが味方の射線を一瞬だけ整え、敵の妨害端末を追い払う。

 

次の瞬間、レギナントはミネルバの前へ降り立った。

ドン、と地面が鳴る。

砕けた舗装が跳ね、白いスカート装甲の裾を砂埃が撫でた。

背後には、まだ修理中のミネルバがあった。

前方には、赤黒いストラテゴスがいる。

 

セラの声が通信に流れた。

 

『防衛位置、確保』

 

メイリンは画面越しに、その背中を見た。

以前、セラは言った。

自分は艦に守られていた、と。

今、その白い機体はミネルバの前に立っている。

 

守られていた少女が、艦を守る位置にいた。

 

「セラ、何をするつもり」

 

タリアの声は低かった。

問いではあったが、そこに迷いはない。

残された選択肢が、もう多くないことを彼女自身が分かっている声だった。

ビームスプレーガンもドラグーンも効かない。

レギナントにとって最悪の相手。

それでもここで止めないと、ミネルバは堕ちる。

 

通常MSを薙ぎ払い、グフの盾を溶かし、ザクの腕を飛ばした黒い刃。

あれを相手に距離を取れば撃たれる。

近づけば斬られる。

そして背後には、ミネルバがある。

 

数秒だけ、通信が沈んだ。

 

『近接戦闘に持ち込みます』

 

セラの声は平坦だった。

 

管制室の空気が止まる。

メイリンが目を見開いた。

ヨウランは言葉を失い、ヴィーノの手が端末の上で固まる。

 

近接戦闘。

 

誰もが一瞬、その言葉を飲み込めなかった。

レギナントはドラグーンで空間を支配する機体だ。

レーザーを張り、敵を近づけず、射線を支配する白い女王だった。

つい先ほどまで、大型ペネトレーター砲を構え、敵戦艦を撃ち抜いたばかりでもある。

 

「そんな…。でも近づいたら――」

 

メイリンの声が漏れる。

それ以上の言葉は続かなかった。

ストラテゴスが、もう目の前まで来ていた。

体当たりでも何でも、もう止めるしかないのだ。

 

タリアは画面を見つめたまま、短く息を吐いた。

 

「勝算はあるの」

 

セラは即答した。

 

『レギナントも近接戦闘は可能です』

 

それは強がりではなかった。

説明でもない。

セラにとっては、ただの機能報告だった。

 

だが、その直後、メイリンの端末に警告が走った。

神経接続補助ユニット3号。

接続解除準備。

 

「え……」

 

メイリンの顔から血の気が引く。

 

「セラ、何してるの」

『小判ちゃん3号では間に合いません』

「駄目! 直接接続なんて――!」

 

ヨウランの声が割り込む。

 

『待て、セラ! 3号を外すな! 今の負荷で直結なんかしたら――』

『レギナントの最大反応を使用します』

 

セラは淡々と言った。

まるで、手順を読み上げるように。

だが、その意味を知る者たちにとっては、冷たい刃のような言葉だった。

 

神経接続補助ユニット3号は、セラを守るためのものだった。

直接神経接続を避けるために作られた、苦肉の装置だった。

不完全でも、負荷が残っても、それでも身体と機体の間に挟まる緩衝材だった。

それを外す。

 

メイリンが叫ぶ。

 

「セラ、やめて!」

『ミネルバが背後にあります』

「そういうことじゃない!」

 

返答はない。

代わりに、接続値が跳ね上がった。

 

セラの呼吸が乱れる。

心拍が上がる。

神経負荷の警告が、赤く点滅する。

レギナントのドラグーンが、一瞬で再配置された。

白い巨体の重心が変わる。

先ほどまでの大型機らしい重さが、消えたわけではない。

だが、動きの芯が別物になった。

 

ストラテゴスへ、まっすぐ向く。

 

戦場の誰もが、何かが変わったと感じた。

 

イザークが低く呻く。

 

『何だ、あの白い機体は……』

 

メイリンは端末を握りしめた。

ヨウランは言葉を失った。

タリアは画面を見つめたまま、唇を引き結んだ。

 

ストラテゴスのメガバスターランチャーに、再び巨大なビーム刃が伸びる。

黒い巨体が、低く構えた。

白い女王は逃げない。

下がらない。

ミネルバの前に立ったまま、静かに両腕を下げている。

そして。

 

その両手をゆっくりと開いた。

 

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