機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
レギナントの両手が、ゆっくりと開いた。
その動きは、戦場の激しさから切り離されているように見えた。
砲撃は続いている。
港湾施設の一部は燃え、砕けた舗装の隙間から白煙が上がっている。
東側防衛線では、シンたちがなお全天候型ミュルミドンを押し返していた。
大西洋側では、ジブラルタルの砲台が敵艦隊へ火線を返している。
それでも、その瞬間だけ、ミネルバ前面の空間は静かに沈んだ。
白い大型機が両手を開く。
武器を構えたわけではない。
剣を抜いたわけでもない。
ただ、手を開いた。
その前方で、赤黒い巨体が低く構える。
ストラテゴス。
メガバスターランチャーの砲身には、先ほど通常MSを薙ぎ払った巨大なビーム刃が残っている。
腰の高さで突き出されたその刃は、槍にも、処刑用の大鉈にも見えた。
『高脅威目標、排除』
『遮断、継続』
『統制、維持』
『任務、未達成』
No.3の声は、壊れた記録音声のように流れた。
怒りはない。
恐怖もない。
ただ、命令の破片だけが、まだコクピットの中で回り続けている。
ストラテゴスの脚部装甲が沈んだ。
黒い巨体が地面を噛む。
次の瞬間、港湾道路が割れた。
砂埃が爆ぜる。
赤黒い機体が低く滑る。
大型機の動きではなかった。
重装甲の塊が、砲身を突き出したまま、レギナントとの距離を一気に潰してくる。
ビーム刃の間合いに入った瞬間、盾も腕も胴もまとめて薙ぎ払われる。
避けようとしても間に合わない。
受けようとしても押し切られる。
距離を取れば砲撃が来る。
だから誰もが、レギナントも下がると思った。
だが、白い女王は下がらなかった。
『
セラの声は平坦だった。
その直後、レギナントの姿がぶれた。
メイリンには、何が起きたのか分からなかった。
戦況表示の白い識別枠が一瞬だけ乱れ、次の瞬間には、もうそこにいた。
ストラテゴスの懐。
巨大なビーム刃が振られる、その内側。
黒い刃が軌道を描くより早く、白い手が間合いを殺していた。
そのまま素早くストラゴスの背後に回る。
直後にレギナントの右手が、メガバスターランチャーの根元を掴む。
更に左手が、ストラテゴスの腕部装甲へかかる。
金属が軋んだ。
ランチャーの砲身が振られる前に止まる。
『高脅威目標、近接』
『排除、継続』
『腕部、負荷上昇』
ストラテゴスが押し返そうとした。
脚部ブースターが火を噴き、黒い巨体を振り回す。
だが、レギナントは離さない。
白い手は、ただ掴んでいるだけではなかった。
指が、黒い甲殻装甲の継ぎ目へ食い込んでいく。
次の瞬間、レギナントの指先が赤く灼けた。
ヒートクローによって掴まれ熱せられた装甲の隙間へ沈む。
ビームすら耐える冷却力を持った装甲も、その限界を超えて融解していく。
ストラテゴスの腕部装甲が内側から軋み、表面が歪んだ。
メガバスターランチャーの根元が、潰れる。
「な……」
シンの声が漏れた。
白い指が、黒い装甲を噛んでいた。
機械の手が、金属を掴み、熱で軟らかくし、力で裂く。
斬っているのではない。
押し返しているのでもない。
食い破っている。
レギナントが腕を引いた。
メガバスターランチャーの砲身が、ぐしゃりと拉げる。
長大な砲身が根元から歪み、ビーム刃が不安定に揺らいだ。
火花が噴き、黒い巨体の腕部が大きく跳ねる。
ストラテゴスが逃げようとする。
脚部が後退を選ぶ。
だがレギナントその動きに合わせて位置を変える。
逃げる距離を潰す。
逃げる余地を奪う。
掴んだまま、離さない。
白い女王が腕を振る。
装甲板が剥がれた。
フレームがねじ切れ、関節が潰れる。
メガバスターランチャーの砲身はさらに拉げ、黒い胴体からオイルがまき散らされた。
朝の光を受けた黒い液体が、空中で細く散る。
ストラテゴスの胸部装甲へ、レギナントの左手が沈む。
指が赤く灼けたまま、装甲の継ぎ目をこじ開ける。
甲殻の下から内部フレームが露出し、ケーブルが引き千切られた。
『後退、不能』
『第1小隊、再接続』
『腕部、応答なし』
『統制、継続』
『任務、未達成』
No.3の声が乱れる。
だが、叫ばない。
助けを求めない。
恐怖を言葉にしない。
壊れた統制中枢は、最後まで命令を処理しようとしていた。
腕が千切れようと、砲身が潰れようと、胸部装甲が剥がされようと、まだ群れを動かそうとする。
『第2小隊、遮断』
『第2小隊、応答なし』
『第3小隊、再配置』
『制御、遅延』
『制御……不能』
東側防衛線の黒い小隊が乱れた。
スウォーム・ウィングの光点がばらつく。
錆赤の小隊長機が、遅れた反応で進路を変える。
その隙を、レイが見逃さなかった。
『統制が崩れた。今だ』
ビームが赤く光る飛行端末を撃ち抜く。
シンが低空へ飛び込む。
「行ける!」
インパルスのサーベルが黒い機体の脚部を斬り、ルナマリアのオルトロスが補給道路を塞ぐダガーLの残骸ごと敵の進路を吹き飛ばした。
イザーク隊が前へ出る。
ディアッカの砲撃が、後退しようとするウィンダムを海側へ追い込んだ。
だが、メイリンはそこを見ていなかった。
画面には、セラの生命反応が出ている。
心拍が跳ねる。
神経負荷が危険域を超える。
直接神経接続の警告が何重にも重なり、赤い表示が端末を埋めていく。
「セラ、もうやめて……」
声は届かない。
あるいは、届いていても止まらない。
レギナントは、ストラテゴスを離さない。
ストラテゴスが残った腕を振り上げようとした。
レギナントはその腕を取った。
白い手が黒い前腕を掴む。
指が沈む。
赤熱した爪先が、装甲の内側へ入る。
腕部フレームがねじ切れた。
黒い腕が、力を失って垂れる。
レギナントはそれを捨てない。
捨てずに、さらに引き寄せる。
もう片方の手が胸部へ食い込み、装甲板を剥がす。
内部から火花とオイルが噴いた。
ストラテゴスの巨体が、初めて膝をついた。
「……あれが、レギナントの近接戦闘」
ルナマリアが呟いた。
声には、驚きよりも寒気が混じっていた。
イザークは言葉を失っていた。
ディアッカも砲撃の手を止めかけ、すぐに我に返って別の敵機へ照準を戻す。
タリアは画面を見つめたまま、わずかに眉を寄せた。
「メイリン、セラの状態」
「危険域です! 神経負荷、上がり続けています!」
「ヨウラン、切断準備」
『無理です! 今切ったら、逆流でセラの方が持たない! レギナント側から段階的に落とすしかない!』
ヨウランの声は震えていた。
怒鳴っているのに、怯えている。
それはストラテゴスにではない。
セラが自分から外した3号に。
自分たちが止められなかった直接接続に。
レギナントが、ストラテゴスの胸部を掴み直した。
その手つきに、剣のような美しさはなかった。
英雄の一撃でもない。
白い指が沈むたび、黒い装甲が悲鳴のように裂ける。
剥がれた甲殻の下で、内部フレームが折れ、関節が潰れる。
メガバスターランチャーの砲身は握り潰され、拉げた金属の隙間から火花を噴いた。
胴体から吹き出したオイルが、朝の光を受けて黒く散る。
レギナントが腕を動かすたび、ストラテゴスの巨体は少しずつ形を失っていった。
切断ではない。
撃破でもない。
砕かれていた。
噛み潰されていた。
それはもはや戦闘ではない。捕食行為だ。
逃げることも、抗うことも許されない。
捕らえられた獲物は、ただ死を待つだけだった。
『統制……継続』
『任務……未達成』
『帰投、地点……不明』
『制御……不能』
No.3の声が途切れていく。
最後まで、誰かの名は呼ばなかった。
帰りたいとも言わなかった。
ただ、壊れた命令の残骸だけを抱えたまま、黒い将の中で消えていく。
レギナントの指が、胸部奥の統制ユニットへ達した。
白い手が、それを握りつぶす。
ストラテゴスの全身が大きく痙攣した。
赤黒い装甲の隙間から火花が噴き、背部の冷却口が爆ぜる。
頭部センサーの赤い光が一瞬だけ強く光り、次の瞬間、消えた。
黒い巨体が崩れ落ちる。
レギナントは、それを最後まで掴んでいた。
倒れることすら許さないように。
完全に沈黙するまで、白い手は離れなかった。
やがて、ストラテゴスは動かなくなった。
『ストラテゴス、反応消失……!』
『統制源、沈黙!』
『未確認MS群、動きが乱れています!』
司令部に報告が飛ぶ。
タリアは一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。
「全隊、反撃を継続。残存敵をドックから引き剥がして」
「了解!」
ジブラルタルが息を吹き返す。
空間支配
東側防衛線で、シンがミュルミドンの進路を切る。
レイが支援端末を落とし、ルナマリアがオルトロスで退路を焼く。
イザーク隊が残存機を押し戻し、ディアッカの砲撃が敵の後方を叩く。
統制を失った黒い小隊は、もう先ほどまでの群れではなかった。
基地砲台が火を噴く。
第4砲台と第5砲台が、後退する敵艦隊へ射線を重ねる。
大破した敵戦艦は黒煙を噴き、もう1隻も推進区画を焼かれて後退していた。
低空のウィンダムは防空火器に追われ、ダガーL部隊は補給道路から押し戻される。
『陸側ECM車両、1両制圧!』
『第3有線幹線、復旧進行中!』
『敵艦隊、後退を開始!』
『ロゴス部隊、撤退信号を確認!』
アーサーが声を上げた。
「敵、後退します!」
基地司令が拳を握る。
「追撃は深追いするな! 防衛線を維持! ドックを守り切れ!」
戦闘は終わりへ向かっていた。
ジブラルタルは守られた。
ミネルバも、まだそこにある。
だが、メイリンは歓声を上げられなかった。
レギナントが動かない。
白い大型機は、沈黙したストラテゴスの残骸の前で膝をついたまま、わずかに俯いていた。
開かれていた両手は、黒い装甲片とオイルに汚れている。
指先の熱は収まりつつあるが、掌部の外装は焼け、関節部には細かな損傷が走っていた。
「セラ、応答して! セラ!」
返事はない。
*****
レギナントのコクピットが開いたのは、戦闘終了宣言の少し後だった。
港湾施設にはまだ煙が漂っている。
海面には敵艦の残骸とオイルの筋が浮かび、空には黒い煙が何本も伸びていた。
それでも砲声は止みつつある。
警報は戦闘配備から救護・復旧指示へ切り替わり、ドックの作業員たちは負傷者の搬送と火災の消火に走っていた。
レギナントの足元へ、メイリンが駆け込んでくる。
ルナマリアも続いた。
ヨウランとヴィーノ、医療班が後ろから走る。
「セラ!」
コクピットの中で、セラはシートに沈んでいた。
ヘルメットはまだ外れていない。
バイザーの奥で、目は開いている。
だが、焦点が合っていなかった。
直接神経接続の端子が、赤い警告表示を出している。
神経接続補助ユニット3号は外され、脇の固定具に投げ出されるように残っていた。
小さなユニットの表面には異常熱の跡があり、ログ表示は赤い文字で埋まっている。
ヨウランが歯を食いしばった。
「段階切断する。無理に引き抜くな!」
「分かってる!」
ヴィーノが医療班へ指示を飛ばす。
メイリンはコクピットの縁に手をかけ、セラの顔を覗き込んだ。
「セラ、聞こえる」
セラの唇がわずかに動く。
「ミネルバ……防衛成功」
「そんなこと聞いてない!」
メイリンの声が跳ねた。
セラはゆっくりと瞬きをする。
「任務、完了」
「違う! そういう話じゃない!」
メイリンの目に涙が浮かんだ。
怒っている。
泣きそうになっている。
自分でもどちらか分からないまま、言葉だけが溢れた。
「なんでそんなことするの! 直接接続なんて、あんな数値で、セラがどうなるか分からなかったんだよ!」
「死亡していません」
「だから、そういう話じゃない!」
メイリンの声が震える。
セラは、それでも淡々と返そうとした。
「ミネルバが落ちたら、守ることもできなくなる」
「セラ……?」
「ミネルバがあるから、守ることができる。」
その言葉に、メイリンは息を詰まらせた。
怒りは消えなかった。
けれど、その言葉の意味が分かってしまった。
セラにとって、ミネルバはただの艦ではなくなっている。
守られる場所であり、帰る場所であり、誰かを守るための前提になっている。
そして、帰る場所がなくなってしまえば、何をしても意味はない。
だから、危険を選んだ。
だから、自分を繋いだ。
だから、平然と「死亡していません」と言う。
それが、たまらなく悔しかった。
「それでも……自分を壊していい理由にはならないよ」
メイリンの声は、もう怒鳴り声ではなかった。
泣き声に近かった。
「守るって、そういうことじゃないでしょ……」
セラは答えなかった。
答えられなかったのかもしれない。
呼吸が浅く、目の焦点がまた薄れる。
その肩に、ルナマリアの手が置かれた。
「メイリン、そこまで」
「でも、お姉ちゃん……!」
「分かる。分かるけど、今は休ませてあげよ」
ルナマリアの声は強くなかった。
けれど、姉の声だった。
前へ出すぎた妹を、少しだけ引き戻す声。
「怒るのは後。ちゃんと目が覚めてから、ね」
「……うん」
メイリンは唇を噛み、涙を拭わなかった。
そのままセラの手を握る。
白いノーマルスーツの手袋越しに、セラの指は冷たかった。
ヨウランが3号ユニットを拾い上げる。
端末に繋ぎ、ログを確認した瞬間、表情が沈んだ。
「3号じゃ、足りなかったんだ」
ヴィーノが黙って隣を見る。
「ヨウラン」
「あいつが外すって判断した時点で、俺たちの負けだ」
ヨウランの声は低い。
怒っているのではない。
悔しがっていた。
「このままじゃ駄目だ。3号のままじゃ、また同じことになる」
「でも、これ以上どうするんだよ」
「考える」
ヨウランは3号ユニットを握りしめた。
「次は、外させないものを作る」
タリアが少し離れた位置から、その様子を見ていた。
彼女の表情は厳しい。
だが、責めるためのものではなかった。
「責任を、セラだけに押し付けないことね」
メイリンが顔を上げる。
タリアは静かに続けた。
「あの場で彼女にそれを選ばせたのは、私たち全員よ。艦を守るために、最後の札を切った。その代償を、セラ一人のものにしてはいけない」
誰もすぐには答えなかった。
戦闘の余熱が、まだ周囲に残っている。
白煙。
油の匂い。
焼けた金属の熱。
遠くで鳴る消火用の放水音。
メイリンは、セラの手を握ったまま俯いた。
「それでも、怒ります」
「ええ」
タリアは頷いた。
「それは、あなたの役目かもしれないわ」
ルナマリアがメイリンの肩を抱く。
ヨウランは3号ユニットを見つめたまま、何かを考えている。
ヴィーノは工具箱を握り、何も言わずに隣に立った。
ジブラルタルは守られた。
ミネルバも、レギナントも、まだそこにある。
だが、白い女王の中から降ろされた少女は、深い疲労の底へ沈んでいた。
守られたのは、自分たちだけだったのだろうか。
メイリンは答えを出せないまま、セラの手を握り続けた。
今度は、離さないために。
かなりチート感高い攻撃かもしれませんが、
実は、シンとセラとの戦闘で一度見せており躱されてます。
なので、セラは無意識ながらシンを意識してます。
演出を一部変更しました。
正面切っての戦闘から、背後に回っての攻撃を行うようにしました。