機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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45.捕食牙爪(クイーンズ・バイト)

レギナントの両手が、ゆっくりと開いた。

 

その動きは、戦場の激しさから切り離されているように見えた。

砲撃は続いている。

港湾施設の一部は燃え、砕けた舗装の隙間から白煙が上がっている。

東側防衛線では、シンたちがなお全天候型ミュルミドンを押し返していた。

大西洋側では、ジブラルタルの砲台が敵艦隊へ火線を返している。

 

それでも、その瞬間だけ、ミネルバ前面の空間は静かに沈んだ。

 

白い大型機が両手を開く。

武器を構えたわけではない。

剣を抜いたわけでもない。

ただ、手を開いた。

 

その前方で、赤黒い巨体が低く構える。

ストラテゴス。

メガバスターランチャーの砲身には、先ほど通常MSを薙ぎ払った巨大なビーム刃が残っている。

腰の高さで突き出されたその刃は、槍にも、処刑用の大鉈にも見えた。

 

『高脅威目標、排除』

『遮断、継続』

『統制、維持』

『任務、未達成』

 

No.3の声は、壊れた記録音声のように流れた。

怒りはない。

恐怖もない。

ただ、命令の破片だけが、まだコクピットの中で回り続けている。

 

ストラテゴスの脚部装甲が沈んだ。

黒い巨体が地面を噛む。

次の瞬間、港湾道路が割れた。

 

砂埃が爆ぜる。

赤黒い機体が低く滑る。

大型機の動きではなかった。

重装甲の塊が、砲身を突き出したまま、レギナントとの距離を一気に潰してくる。

 

通常(ただ)のMSなら、それで終わりだ。

ビーム刃の間合いに入った瞬間、盾も腕も胴もまとめて薙ぎ払われる。

避けようとしても間に合わない。

受けようとしても押し切られる。

距離を取れば砲撃が来る。

 

だから誰もが、レギナントも下がると思った。

だが、白い女王は下がらなかった。

 

捕食牙爪(クイーンズ・バイト)、始動』

 

セラの声は平坦だった。

その直後、レギナントの姿がぶれた。

メイリンには、何が起きたのか分からなかった。

戦況表示の白い識別枠が一瞬だけ乱れ、次の瞬間には、もうそこにいた。

 

ストラテゴスの懐。

巨大なビーム刃が振られる、その内側。

黒い刃が軌道を描くより早く、白い手が間合いを殺していた。

 

そのまま素早くストラゴスの背後に回る。

直後にレギナントの右手が、メガバスターランチャーの根元を掴む。

更に左手が、ストラテゴスの腕部装甲へかかる。

金属が軋んだ。

ランチャーの砲身が振られる前に止まる。

 

『高脅威目標、近接』

『排除、継続』

『腕部、負荷上昇』

 

ストラテゴスが押し返そうとした。

脚部ブースターが火を噴き、黒い巨体を振り回す。

だが、レギナントは離さない。

白い手は、ただ掴んでいるだけではなかった。

指が、黒い甲殻装甲の継ぎ目へ食い込んでいく。

 

次の瞬間、レギナントの指先が赤く灼けた。

ヒートクローによって掴まれ熱せられた装甲の隙間へ沈む。

ビームすら耐える冷却力を持った装甲も、その限界を超えて融解していく。

ストラテゴスの腕部装甲が内側から軋み、表面が歪んだ。

メガバスターランチャーの根元が、潰れる。

 

「な……」

 

シンの声が漏れた。

白い指が、黒い装甲を噛んでいた。

機械の手が、金属を掴み、熱で軟らかくし、力で裂く。

斬っているのではない。

押し返しているのでもない。

食い破っている。

 

レギナントが腕を引いた。

メガバスターランチャーの砲身が、ぐしゃりと拉げる。

長大な砲身が根元から歪み、ビーム刃が不安定に揺らいだ。

火花が噴き、黒い巨体の腕部が大きく跳ねる。

 

ストラテゴスが逃げようとする。

脚部が後退を選ぶ。

だがレギナントその動きに合わせて位置を変える。

逃げる距離を潰す。

逃げる余地を奪う。

掴んだまま、離さない。

 

白い女王が腕を振る。

装甲板が剥がれた。

フレームがねじ切れ、関節が潰れる。

メガバスターランチャーの砲身はさらに拉げ、黒い胴体からオイルがまき散らされた。

朝の光を受けた黒い液体が、空中で細く散る。

 

ストラテゴスの胸部装甲へ、レギナントの左手が沈む。

指が赤く灼けたまま、装甲の継ぎ目をこじ開ける。

甲殻の下から内部フレームが露出し、ケーブルが引き千切られた。

 

『後退、不能』

『第1小隊、再接続』

『腕部、応答なし』

『統制、継続』

『任務、未達成』

 

No.3の声が乱れる。

だが、叫ばない。

助けを求めない。

恐怖を言葉にしない。

 

壊れた統制中枢は、最後まで命令を処理しようとしていた。

腕が千切れようと、砲身が潰れようと、胸部装甲が剥がされようと、まだ群れを動かそうとする。

 

『第2小隊、遮断』

『第2小隊、応答なし』

『第3小隊、再配置』

『制御、遅延』

『制御……不能』

 

東側防衛線の黒い小隊が乱れた。

スウォーム・ウィングの光点がばらつく。

錆赤の小隊長機が、遅れた反応で進路を変える。

その隙を、レイが見逃さなかった。

 

『統制が崩れた。今だ』

 

ビームが赤く光る飛行端末を撃ち抜く。

シンが低空へ飛び込む。

 

「行ける!」

 

インパルスのサーベルが黒い機体の脚部を斬り、ルナマリアのオルトロスが補給道路を塞ぐダガーLの残骸ごと敵の進路を吹き飛ばした。

イザーク隊が前へ出る。

ディアッカの砲撃が、後退しようとするウィンダムを海側へ追い込んだ。

 

だが、メイリンはそこを見ていなかった。

画面には、セラの生命反応が出ている。

心拍が跳ねる。

神経負荷が危険域を超える。

直接神経接続の警告が何重にも重なり、赤い表示が端末を埋めていく。

 

「セラ、もうやめて……」

 

声は届かない。

あるいは、届いていても止まらない。

レギナントは、ストラテゴスを離さない。

 

ストラテゴスが残った腕を振り上げようとした。

レギナントはその腕を取った。

白い手が黒い前腕を掴む。

指が沈む。

赤熱した爪先が、装甲の内側へ入る。

 

腕部フレームがねじ切れた。

黒い腕が、力を失って垂れる。

レギナントはそれを捨てない。

捨てずに、さらに引き寄せる。

もう片方の手が胸部へ食い込み、装甲板を剥がす。

内部から火花とオイルが噴いた。

 

ストラテゴスの巨体が、初めて膝をついた。

 

「……あれが、レギナントの近接戦闘」

 

ルナマリアが呟いた。

声には、驚きよりも寒気が混じっていた。

 

イザークは言葉を失っていた。

ディアッカも砲撃の手を止めかけ、すぐに我に返って別の敵機へ照準を戻す。

 

タリアは画面を見つめたまま、わずかに眉を寄せた。

 

「メイリン、セラの状態」

「危険域です! 神経負荷、上がり続けています!」

「ヨウラン、切断準備」

『無理です! 今切ったら、逆流でセラの方が持たない! レギナント側から段階的に落とすしかない!』

 

ヨウランの声は震えていた。

怒鳴っているのに、怯えている。

それはストラテゴスにではない。

セラが自分から外した3号に。

自分たちが止められなかった直接接続に。

 

レギナントが、ストラテゴスの胸部を掴み直した。

 

その手つきに、剣のような美しさはなかった。

英雄の一撃でもない。

白い指が沈むたび、黒い装甲が悲鳴のように裂ける。

剥がれた甲殻の下で、内部フレームが折れ、関節が潰れる。

メガバスターランチャーの砲身は握り潰され、拉げた金属の隙間から火花を噴いた。

胴体から吹き出したオイルが、朝の光を受けて黒く散る。

 

レギナントが腕を動かすたび、ストラテゴスの巨体は少しずつ形を失っていった。

切断ではない。

撃破でもない。

砕かれていた。

噛み潰されていた。

 

それはもはや戦闘ではない。捕食行為だ。

 

逃げることも、抗うことも許されない。

捕らえられた獲物は、ただ死を待つだけだった。

 

『統制……継続』

『任務……未達成』

『帰投、地点……不明』

『制御……不能』

 

No.3の声が途切れていく。

最後まで、誰かの名は呼ばなかった。

帰りたいとも言わなかった。

ただ、壊れた命令の残骸だけを抱えたまま、黒い将の中で消えていく。

 

レギナントの指が、胸部奥の統制ユニットへ達した。

白い手が、それを握りつぶす。

 

ストラテゴスの全身が大きく痙攣した。

赤黒い装甲の隙間から火花が噴き、背部の冷却口が爆ぜる。

頭部センサーの赤い光が一瞬だけ強く光り、次の瞬間、消えた。

 

黒い巨体が崩れ落ちる。

レギナントは、それを最後まで掴んでいた。

倒れることすら許さないように。

完全に沈黙するまで、白い手は離れなかった。

 

やがて、ストラテゴスは動かなくなった。

 

『ストラテゴス、反応消失……!』

『統制源、沈黙!』

『未確認MS群、動きが乱れています!』

 

司令部に報告が飛ぶ。

タリアは一瞬だけ目を閉じ、すぐに開いた。

 

「全隊、反撃を継続。残存敵をドックから引き剥がして」

「了解!」

 

ジブラルタルが息を吹き返す。

 

空間支配(クイーンズ・ウェブ)の光格子はまだ残っている。

東側防衛線で、シンがミュルミドンの進路を切る。

レイが支援端末を落とし、ルナマリアがオルトロスで退路を焼く。

イザーク隊が残存機を押し戻し、ディアッカの砲撃が敵の後方を叩く。

統制を失った黒い小隊は、もう先ほどまでの群れではなかった。

 

基地砲台が火を噴く。

第4砲台と第5砲台が、後退する敵艦隊へ射線を重ねる。

大破した敵戦艦は黒煙を噴き、もう1隻も推進区画を焼かれて後退していた。

低空のウィンダムは防空火器に追われ、ダガーL部隊は補給道路から押し戻される。

 

『陸側ECM車両、1両制圧!』

『第3有線幹線、復旧進行中!』

『敵艦隊、後退を開始!』

『ロゴス部隊、撤退信号を確認!』

 

アーサーが声を上げた。

 

「敵、後退します!」

基地司令が拳を握る。

「追撃は深追いするな! 防衛線を維持! ドックを守り切れ!」

 

戦闘は終わりへ向かっていた。

ジブラルタルは守られた。

ミネルバも、まだそこにある。

 

だが、メイリンは歓声を上げられなかった。

レギナントが動かない。

 

白い大型機は、沈黙したストラテゴスの残骸の前で膝をついたまま、わずかに俯いていた。

開かれていた両手は、黒い装甲片とオイルに汚れている。

指先の熱は収まりつつあるが、掌部の外装は焼け、関節部には細かな損傷が走っていた。

 

「セラ、応答して! セラ!」

 

返事はない。

 

*****

 

レギナントのコクピットが開いたのは、戦闘終了宣言の少し後だった。

 

港湾施設にはまだ煙が漂っている。

海面には敵艦の残骸とオイルの筋が浮かび、空には黒い煙が何本も伸びていた。

それでも砲声は止みつつある。

警報は戦闘配備から救護・復旧指示へ切り替わり、ドックの作業員たちは負傷者の搬送と火災の消火に走っていた。

 

レギナントの足元へ、メイリンが駆け込んでくる。

ルナマリアも続いた。

ヨウランとヴィーノ、医療班が後ろから走る。

 

「セラ!」

 

コクピットの中で、セラはシートに沈んでいた。

ヘルメットはまだ外れていない。

バイザーの奥で、目は開いている。

だが、焦点が合っていなかった。

 

直接神経接続の端子が、赤い警告表示を出している。

神経接続補助ユニット3号は外され、脇の固定具に投げ出されるように残っていた。

小さなユニットの表面には異常熱の跡があり、ログ表示は赤い文字で埋まっている。

 

ヨウランが歯を食いしばった。

 

「段階切断する。無理に引き抜くな!」

「分かってる!」

 

ヴィーノが医療班へ指示を飛ばす。

メイリンはコクピットの縁に手をかけ、セラの顔を覗き込んだ。

 

「セラ、聞こえる」

 

セラの唇がわずかに動く。

 

「ミネルバ……防衛成功」

「そんなこと聞いてない!」

 

メイリンの声が跳ねた。

セラはゆっくりと瞬きをする。

 

「任務、完了」

「違う! そういう話じゃない!」

 

メイリンの目に涙が浮かんだ。

怒っている。

泣きそうになっている。

自分でもどちらか分からないまま、言葉だけが溢れた。

 

「なんでそんなことするの! 直接接続なんて、あんな数値で、セラがどうなるか分からなかったんだよ!」

「死亡していません」

「だから、そういう話じゃない!」

 

メイリンの声が震える。

セラは、それでも淡々と返そうとした。

 

「ミネルバが落ちたら、守ることもできなくなる」

「セラ……?」

「ミネルバがあるから、守ることができる。」

 

その言葉に、メイリンは息を詰まらせた。

 

怒りは消えなかった。

けれど、その言葉の意味が分かってしまった。

セラにとって、ミネルバはただの艦ではなくなっている。

守られる場所であり、帰る場所であり、誰かを守るための前提になっている。

そして、帰る場所がなくなってしまえば、何をしても意味はない。

 

だから、危険を選んだ。

だから、自分を繋いだ。

だから、平然と「死亡していません」と言う。

それが、たまらなく悔しかった。

 

「それでも……自分を壊していい理由にはならないよ」

 

メイリンの声は、もう怒鳴り声ではなかった。

泣き声に近かった。

 

「守るって、そういうことじゃないでしょ……」

 

セラは答えなかった。

答えられなかったのかもしれない。

呼吸が浅く、目の焦点がまた薄れる。

 

その肩に、ルナマリアの手が置かれた。

 

「メイリン、そこまで」

「でも、お姉ちゃん……!」

「分かる。分かるけど、今は休ませてあげよ」

 

ルナマリアの声は強くなかった。

けれど、姉の声だった。

前へ出すぎた妹を、少しだけ引き戻す声。

 

「怒るのは後。ちゃんと目が覚めてから、ね」

「……うん」

 

メイリンは唇を噛み、涙を拭わなかった。

そのままセラの手を握る。

白いノーマルスーツの手袋越しに、セラの指は冷たかった。

 

ヨウランが3号ユニットを拾い上げる。

端末に繋ぎ、ログを確認した瞬間、表情が沈んだ。

 

「3号じゃ、足りなかったんだ」

ヴィーノが黙って隣を見る。

 

「ヨウラン」

「あいつが外すって判断した時点で、俺たちの負けだ」

 

ヨウランの声は低い。

怒っているのではない。

悔しがっていた。

 

「このままじゃ駄目だ。3号のままじゃ、また同じことになる」

「でも、これ以上どうするんだよ」

「考える」

 

ヨウランは3号ユニットを握りしめた。

 

「次は、外させないものを作る」

 

タリアが少し離れた位置から、その様子を見ていた。

彼女の表情は厳しい。

だが、責めるためのものではなかった。

 

「責任を、セラだけに押し付けないことね」

メイリンが顔を上げる。

タリアは静かに続けた。

 

「あの場で彼女にそれを選ばせたのは、私たち全員よ。艦を守るために、最後の札を切った。その代償を、セラ一人のものにしてはいけない」

 

誰もすぐには答えなかった。

戦闘の余熱が、まだ周囲に残っている。

白煙。

油の匂い。

焼けた金属の熱。

遠くで鳴る消火用の放水音。

 

メイリンは、セラの手を握ったまま俯いた。

 

「それでも、怒ります」

「ええ」

 

タリアは頷いた。

 

「それは、あなたの役目かもしれないわ」

 

ルナマリアがメイリンの肩を抱く。

ヨウランは3号ユニットを見つめたまま、何かを考えている。

ヴィーノは工具箱を握り、何も言わずに隣に立った。

 

ジブラルタルは守られた。

ミネルバも、レギナントも、まだそこにある。

だが、白い女王の中から降ろされた少女は、深い疲労の底へ沈んでいた。

 

守られたのは、自分たちだけだったのだろうか。

 

メイリンは答えを出せないまま、セラの手を握り続けた。

 

今度は、離さないために。

 




捕食牙爪(クイーンズ・バイト)
かなりチート感高い攻撃かもしれませんが、
実は、シンとセラとの戦闘で一度見せており躱されてます。
なので、セラは無意識ながらシンを意識してます。


演出を一部変更しました。
正面切っての戦闘から、背後に回っての攻撃を行うようにしました。
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