機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ジブラルタル攻防戦から、1日が過ぎていた。
港湾区画には、まだ戦闘の匂いが残っている。
焼けた舗装。砕けた防壁。折れたクレーン。海面に薄く広がる油膜。
消火作業は一段落していたが、いくつかの区画では白い蒸気がまだ上がっていた。
砲台の装甲覆いには仮設足場が組まれ、工兵たちが赤黒く焼けた外装板を取り外している。
格納庫の奥では、損傷したザクとグフが整備ベッドに固定され、切断された腕部や焼けた脚部の交換作業が続いていた。
勝った基地の音ではある。
だが、無傷で勝った基地の音ではなかった。
「その残骸、そっちへ寄せろ!」
「熱が残ってるぞ、素手で触るな!」
「コクピットブロックは封鎖区画へ回せ!」
「記録媒体、焼損確認!」
回収班の声が、港湾道路に響く。
ストラテゴスの残骸は、すでに重警備の下へ移されていた。
赤黒い大型機だったものは、胸部から先を大きく失い、メガバスターランチャーも原形を留めていない。
装甲板は引き剥がされ、内部フレームは捻じ切られ、関節部は潰れている。
それは撃破されたというより、巨大な何かに噛み砕かれた後のようだった。
No.3の素性を示すものは、ほとんど残らなかった。
胸部統制中枢とコクピット周辺は、レギナントの手で破壊されている。
回収班が到着した時には、内部構造は熱と圧壊で崩れ、個体識別につながる記録も失われていた。
全天候型ミュルミドンの残骸も同じだった。
ストラテゴスの統制信号が沈黙してから一定時間が経過した後、行動不能となっていた機体群は、統制喪失時の機密保持プロトコルへ移行していた。
コクピットブロック、神経接続系、記録媒体。
それらは内部から焼却され、回収班が装甲をこじ開けた時には、搭乗者の素性を確認できるものはほとんど残されていなかった。
残ったのは、焼けた黒い機体と、意図的に隠された空白だけだった。
誰が乗っていたのか。
どういう兵士だったのか。
ジブラルタルの一般兵に、それを知る術はなかった。
その一方で、ミネルバの修理は最終段階へ入っていた。
右舷装甲の仮復旧。
CIWS台座の交換。
断線した管制ケーブルの引き直し。
出撃シークエンスの再確認。
基地工廠の作業員とミネルバ整備班が入り混じり、艦の周囲を絶えず人と機材が行き来している。
その中で、大型ペネトレーター砲だけは別扱いになっていた。
ドック脇の工廠区画。
巨大な砲身は、仮設架台の上に横たえられていた。
発射時の反動で砲身軸は歪み、仮設反動制御フレームは割れ、スタビライザーも使用不能になっている。
再射撃可能状態へ戻すには、本格的な分解と再調整が必要だった。
ミネルバ出港までに間に合う作業ではない。
ヨウランは、その砲身を見下ろしていた。
隣にはヴィーノがいる。
2人とも、顔には疲れが残っている。
「……まあ、無理だな」
「無理だな」
ヴィーノが同じ言葉を返す。
「出港までに直すとか、そういう次元じゃない。砲身軸が逝ってる。保持フレームも死んでる。反動制御も、もう一発撃ったら今度こそ機体側を巻き込む」
「工廠の人、泣いてたぞ」
「あれは怒ってたんだよ。徹夜で組んだやつを一発で壊されたからな」
「ヨウランが死んだって言うからだろ」
「事実だろ。砲の方が死んだ」
少しだけ、いつもの調子が戻る。
だが、ヨウランの目は笑っていなかった。
「でも、あいつには合わない」
「レギナントに」
「ああ」
ヨウランは砲身を軽く叩いた。
鈍い金属音が返る。
「こいつは強い。敵戦艦を止めた。けど、あいつに持たせ続ける武器じゃない。レギナントは砲台じゃない。あいつは、もっと嫌な戦い方をする機体だ」
「嫌な戦い方って言い方」
「事実だろ。ドラグーンで追い込んで、逃げ道を塞いで、相手の動きを縛る。なら、次に考えるのは大砲じゃない。もっと小さくて、もっと嫌らしいやつだ」
ヴィーノが眉をひそめる。
「嫌らしいやつ」
「逃げ道に仕込む。誘い込む。踏ませる。そういうやつ」
そこまで言って、ヨウランは一度口を閉じた。
具体案までは出さない。
まだ形にもなっていない。
ただ、考え始めてはいる。
それよりも、先にやらなければならないことがあった。
「それと、4号だ」
「……神経接続補助ユニットの」
「3号じゃ、セラを止められなかった」
ヴィーノも黙った。
3号は失敗作ではない。
あれがなければ、レギナントは今よりずっと早く限界を迎えていた。
だが、最後にセラは3号を外した。
必要だと判断したから。
3号では間に合わないと判断したから。
それが、ヨウランには重かった。
「あいつが外すって判断した時点で、俺たちの負けだ」
「負けって」
「負けだよ。守るためのもんを作ったのに、最後に外された。次は外させないものを作る」
ヨウランは端末を握り直した。
珍しく、真面目な顔をしていた。
いつもの軽口も、照れ隠しもない。
「データも取り直す。あいつの身体も、反応も、負荷も。今度は、こっちが追いつく番だ」
「……お前、たまに本気出すと怖いな」
「たまにじゃねえよ」
ヴィーノは少しだけ笑った。
それでも、その笑いはすぐに消えた。
「まあ、俺もやるけどな」
「あたりまえだ」
2人は、壊れた大型砲から離れた。
工廠の端末には、発射データと損傷データが保存されている。
砲そのものはジブラルタルへ残置。
ミネルバが持っていくのは、撃ったという事実と、壊れたという記録だけだった。
---
セラが目を覚ましたのは、その日の朝方だった。
医療区画の照明は柔らかく落とされている。
白い天井。
消毒液の匂い。
近くで、小さく一定の電子音が鳴っている。
セラは目を開けた。
しばらく天井を見ていた。
そこがレギナントのコクピットではないことを認識するまで、数秒かかった。
「覚醒確認」
自分の声は、少しかすれていた。
すぐ横で椅子が音を立てる。
「セラ!」
メイリンが立ち上がった。
その目元には、まだ疲れが残っている。
泣いた跡も、完全には消えていない。
セラは首を動かそうとして、背中に鈍い痛みを感じた。
直接神経接続部。
炎症止めの処置は済んでいる。
だが、動かすと熱のような痛みが走った。
「背部に痛覚反応」
「動かないで。医療班呼ぶから」
メイリンがすぐに端末を操作する。
その手つきは早い。
だが、どこか慎重でもあった。
数分後、医療班が来た。
生命反応は安定。
意識は明瞭。
主因は疲労の蓄積。
背部の炎症は継続観察。
しばらく安静。
セラはそれらを黙って聞いた。
診断としては合理的だった。
重篤な生命危機ではない。
ならば、問題は小さい。
そう判断しかけて、メイリンの顔を見た。
メイリンは、怒っているようにも見えた。
泣きそうにも見えた。
安心しているようにも見えた。
どの表情に分類すればいいのか、セラにはすぐに分からなかった。
「ミネルバは」
「無事だよ」
「ジブラルタル防衛線は」
「守ったよ」
「ストラテゴスは」
「撃破。もう動かない」
セラはゆっくり瞬きをした。
「戦果、良好」
「……そうだね」
メイリンの返事は、想定より重かった。
昼過ぎには、シンたちも顔を出した。
ルナマリアは開口一番、無茶をしないでと軽く叱った。
シンは何か言いかけ、結局「起きてよかった」とだけ言った。
レイは状態を確認し、無理な移動は控えるべきだと静かに告げた。
タリアからは、医療班の許可が出るまで艦務復帰は認めないと命じられた。
どの反応も、セラの予測と違っていた。
ストラテゴス撃破。
ミネルバ防衛。
ジブラルタル防衛線維持。
作戦結果は、良好。
セラは死亡していない。
レギナントも行動不能にはなっていない。
なのに、メイリンは泣いた。
ルナマリアは叱った。
シンは言葉を選んだ。
レイは沈黙が長かった。
タリアは、いつもより長くセラを見ていた。
評価軸が一致しない。
その不一致は、セラの中に残り続けた。
---
数日が過ぎた。
ジブラルタルの港湾区画から黒煙は消えた。
焼けた舗装は応急材で埋められ、防壁の亀裂には補強材が打ち込まれている。
砲台の完全修理にはまだ時間がかかるが、最低限の防衛機能は戻りつつあった。
敵機の残骸は封鎖区画へ運ばれ、調査可能な部品と、焼け落ちた空白とに分けられていく。
ミネルバも、出港準備へ入った。
右舷装甲の応急復旧は完了。
機関系統の再確認。
MS発進区画の調整。
補給物資の積み込み。
基地工廠とミネルバ整備班は、最後まで慌ただしく動いている。
レギナントは隔離ハンガーで整備を受けていた。
だが、両腕そのものは生きていた。
大型ペネトレーター砲の反動で腕部を壊さなかったことが、今となっては救いだった。
セラは、医療区画から短時間の移動を許可されるようになっていた。
ただし、長時間の歩行は禁止。
背部接続痕の炎症はまだ残っている。
メイリンはそのたびに付き添おうとしたが、セラは必要性を理解しきれないまま、毎回「歩行可能です」と返した。
そのたびに、メイリンは困った顔をした。
困った顔。
怒った顔。
泣きそうな顔。
安心した顔。
どれも、戦果報告の中にはない情報だった。
出港前夜。
ジブラルタルの空は暗く、港湾灯だけが海面に長く伸びていた。
ミネルバは大型ドックに艦体を横たえている。
修理のために外されていた足場は大部分が撤去され、船体には出港前の静かな緊張が戻っていた。
作業灯の光が装甲を撫で、整備員たちが最後の確認を進めている。
そのドック格納庫前に、セラは立っていた。
白いノーマルスーツ。
ヘルメットは手に持っている。
医療班からは長く立たないよう言われていたが、セラは扉の前でじっとしていた。
中にはレギナントがいる。
整備灯に照らされた白い大型機は、今は沈黙していた。
「こんなところで何をしている」
低い声がした。
セラは振り向く。
そこにイザークがいた。
隣にはディアッカもいる。
2人とも、戦闘服の上着を引っかけただけの姿で、どうやら格納庫側の巡回か確認の途中らしかった。
セラは短く答えた。
「待機中です」
「待機中だと」
イザークの眉が寄る。
「貴様、医療区画に戻されたのではなかったのか」
「短時間の移動許可は受領済みです」
「だからといって、こんなところで立っていろとは言われていないだろう」
「言われていません」
ディアッカが小さく笑いかけ、途中で止めた。
笑っていい空気ではないと判断したらしい。
イザークは腕を組む。
「では何をしている」
「質問があります」
「俺にか」
「はい」
イザークは一瞬だけ面食らった。
ディアッカが横から覗き込む。
「へえ。珍しいな。イザークに質問だってよ」
「黙れ、ディアッカ」
いつものように返したが、声はそれほど荒くない。
「言ってみろ」
セラは少しだけ視線を下げた。
考えている。
言葉を選んでいるというより、並べる順序を確認しているようだった。
「先の戦闘で、ストラテゴスは撃破」
「ああ」
「ミネルバ防衛」
「ああ」
「ジブラルタル防衛線は維持」
「そうだな」
「私は死亡していません」
「……それも、そうだ」
イザークの声が少し低くなる。
セラは続けた。
「なのに、メイリンは泣いてしまった」
「……」
「ルナマリアは叱責。シンは沈黙。レイは状態確認を優先。タリア艦長も、反応が通常と異なりました」
「通常と異なる、か」
「はい」
セラはイザークを見る。
「戦果は良好です。損耗はありましたが、ミネルバは残存。ジブラルタルも残存。評価と反応が一致しません」
ディアッカが黙った。
イザークも、すぐには答えなかった。
港湾の夜風が、格納庫前を抜ける。
遠くでクレーンが動き、金属音が小さく響いた。
イザークは、セラの顔を見た。
ラクスに似た少女。
白いノーマルスーツの中身は、今も細く、頼りなく見える。
初めて見た時、彼はこの少女を取り押さえた。
腕を取れば抵抗できず、鍛えた兵士なら制圧できる程度の身体だった。
その少女が、レギナントに乗り、ストラテゴスを破壊した。
破壊という言葉で足りるのか、いまだに分からない。
黒い巨体を捕らえ、逃がさず、噛み砕いた。
同じ存在だと、簡単には飲み込めない。
「戦果だけ見れば、貴様の言う通りだ」
イザークは低く言った。
「ストラテゴスは沈黙した。ミネルバも守られた。ジブラルタルも落ちなかった。軍の報告書なら、成功と書くだろう」
「成功」
「だが、あいつらが見ていたのは戦果だけではない」
セラは瞬きをする。
「戦果だけではない」
「ああ」
イザークは言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「貴様が、自分を壊しかけてまでそれをやったことだ」
「自分を壊す」
セラは反復した。
疑問ではない。
ただ、その言葉を処理している。
「私は破壊されていません」
「そういう意味ではない」
イザークの声に、少しだけ苛立ちが混じる。
だが怒鳴りはしなかった。
「貴様は生きている。だが、危なかった。少なくとも、あいつらにはそう見えた。実際、医療区画に運ばれただろう」
「直接神経接続の反動。疲労蓄積。背部炎症」
「それを並べられるなら、自分が無事ではなかったことくらい分かるだろう」
「無事ではない」
「そうだ」
セラはしばらく黙った。
「メイリンに心配させないようにしたはずです」
「何だと」
「ミネルバを守れば、心配要因は減少すると判断しました」
「……」
「結果、心配されています」
ディアッカが額に手を当てた。
「こりゃまた、すごいところで詰まってんな」
「状況判断の上で取りうる合理的な手段をとりました」
「それは分かる」
イザークは答えた。
「貴様が遊びであれをやったとは思っていない。あの場では、レギナントが止めなければミネルバが危なかった。それも分かる」
「では」
「だがな」
イザークの声が少し強くなる。
それでも、感嘆符はつかない。
低く、押さえた声だった。
「守るためだからといって、貴様が壊れていい理由にはならん」
「壊れていい理由にはならない」
セラはまた反復した。
ディアッカが、少し柔らかく口を挟んだ。
「泣いたってことは、怒ってるだけじゃねえよ。無事でいてほしかったってことだろ」
「無事でいてほしかった」
「そうそう。メイリンは特にそうだろうな。あいつ、セラのことになると分かりやすいし」
「分かりやすい」
「まあ、本人に言うなよ。怒られるから」
ディアッカは軽く言ったが、その声も完全には軽くない。
「戦果が良いから安心するんじゃなくて、お前が無茶したから泣いたんだよ。ミネルバを守ったのは事実。でも、そのためにお前が倒れたのも事実。両方あるってことだ」
セラは視線を落とした。
格納庫の扉の隙間から、レギナントの白い装甲が見える。
戦闘後の洗浄を受け、黒いオイルはほとんど落とされていた。
それでも、手指の外装にはまだ小さな傷が残っている。
「
「……貴様にとっては、そうなのだろうな」
イザークは答えた。
「だが、見ている側にはそう見えなかった」
「そう見えない」
「あれは、普通の近接戦闘ではない。少なくとも、ザクやグフの格闘戦とは違う。あれを見た連中が、何も感じない方がおかしい」
セラは静かに聞いている。
「戦場では必要な手段だったのかもしれん。だが、それを使った貴様の身体がどうなるかを見ていた者もいる。メイリンは、そちらを見たんだろう」
セラはゆっくりと目を閉じ、また開いた。
「戦果と、感情は別の評価軸」
「そういう言い方をするなら、そうだ」
ディアッカが小さく笑う。
「相変わらず難しい言い方するな」
「難しい」
「いや、まあ、間違ってはいないけどな」
セラは少しだけ首を傾けた。
だが、疑問符はない。
「理解途中です」
「全部すぐ分かる必要はない」
イザークは言った。
「ただ、覚えておけ。あいつらが怒る時は、貴様を責めたいだけではない。失いたくないから怒ることもある」
「失いたくないから怒る」
「ああ」
セラは黙った。
その沈黙は長かった。
夜風がまた通る。
港湾灯の光が、白いノーマルスーツの肩に落ちる。
やがて、イザークが小さく息を吐いた。
「それと、最初に貴様を取り押さえた件だ」
「取り押さえ」
「あの時のことだ」
セラはイザークを見る。
「状況判断として間違いだったとは言わん。貴様の情報は限られていた。レギナントのことも、ミネルバ側の事情も、こちらには見えていなかった」
「はい」
「だが、乱暴に扱ったことは謝る」
ディアッカが目を丸くした。
「おお」
「何だ」
「いや、イザークがちゃんと謝ったなって」
「黙れ」
ディアッカは肩をすくめる。
少しだけ、空気が緩んだ。
セラは数秒だけイザークを見て、それから短く言った。
「謝罪を受領しました」
「……受領」
「はい」
「そうか」
イザークは少し困ったような顔をした。
ディアッカが横で笑いをこらえている。
「何だその返しは」
「謝罪を受領したため、受領と返答しました」
「分かった。もういい」
イザークは顔をそらした。
だが、その声に先ほどまでの硬さはなかった。
ディアッカが軽く手を振る。
「ま、そういうことだ。あんまり立ってると、今度はメイリンに俺らが怒られるぞ」
「メイリンが怒る」
「怒る。絶対怒る。俺は巻き込まれたくない」
「医療区画へ戻ります」
セラはそう言って、ヘルメットを持ち直した。
背中にまだ痛みがあるのか、動きはわずかに遅い。
それを見て、イザークは眉を寄せた。
「歩けるのか」
「歩行可能です」
「可能かどうかを聞いているんじゃない。無理をしていないかと聞いている」
「無理」
セラはその単語を反復した。
少しだけ考える。
「判定困難」
「なら付き添いを呼べ」
「メイリンは休息中」
「なら俺たちが送る」
セラは一瞬、動きを止めた。
「不要です」
「必要かどうかは、今はこちらが判断する」
イザークはきっぱりと言った。
「歩け。医療区画までだ」
「命令」
「命令ではない」
「命令ではない」
「ああ。……面倒なやつだな」
ディアッカが笑う。
「いいじゃねえか。エスコートってことで」
「黙れ、ディアッカ」
「はいはい」
3人は、格納庫前を離れた。
背後には、出港を待つミネルバがいる。
その奥には、静かに眠るレギナントがいる。
セラは歩きながら、イザークの言葉を反復していた。
失いたくないから怒る。
戦果と感情は別の評価軸。
自分を壊しかけた。
どれも、まだ完全には繋がらない。
だが、捨てるべき情報ではない。
メイリンが泣いた理由。
その答えは、戦果一覧の中にはなかった。
翌日、ミネルバはジブラルタルを出港する。
ここで得たものは多い。
レギナントの本質の一端。
3号ユニットの限界。
大型ペネトレーター砲の終わり。
次の補助兵装の種。
4号開発の必要性。
そして、セラ自身がまだ処理できない感情の問題。
夜のドックに、足音が響く。
遠くで波が防波堤に当たり、小さく砕けた。
セラはまだ、メイリンが泣いた理由を理解していない。
けれど、その理由を考え続けていた。
それは、命令ではなかった。
任務でもなかった。
それでも、捨ててはいけない情報だと、セラは判断していた。