機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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47.出港前夜

ジブラルタル攻防戦から、1日が過ぎていた。

 

港湾区画には、まだ戦闘の匂いが残っている。

焼けた舗装。砕けた防壁。折れたクレーン。海面に薄く広がる油膜。

消火作業は一段落していたが、いくつかの区画では白い蒸気がまだ上がっていた。

砲台の装甲覆いには仮設足場が組まれ、工兵たちが赤黒く焼けた外装板を取り外している。

格納庫の奥では、損傷したザクとグフが整備ベッドに固定され、切断された腕部や焼けた脚部の交換作業が続いていた。

 

勝った基地の音ではある。

だが、無傷で勝った基地の音ではなかった。

 

「その残骸、そっちへ寄せろ!」

「熱が残ってるぞ、素手で触るな!」

「コクピットブロックは封鎖区画へ回せ!」

「記録媒体、焼損確認!」

 

回収班の声が、港湾道路に響く。

 

ストラテゴスの残骸は、すでに重警備の下へ移されていた。

赤黒い大型機だったものは、胸部から先を大きく失い、メガバスターランチャーも原形を留めていない。

装甲板は引き剥がされ、内部フレームは捻じ切られ、関節部は潰れている。

それは撃破されたというより、巨大な何かに噛み砕かれた後のようだった。

 

No.3の素性を示すものは、ほとんど残らなかった。

胸部統制中枢とコクピット周辺は、レギナントの手で破壊されている。

回収班が到着した時には、内部構造は熱と圧壊で崩れ、個体識別につながる記録も失われていた。

 

全天候型ミュルミドンの残骸も同じだった。

ストラテゴスの統制信号が沈黙してから一定時間が経過した後、行動不能となっていた機体群は、統制喪失時の機密保持プロトコルへ移行していた。

コクピットブロック、神経接続系、記録媒体。

それらは内部から焼却され、回収班が装甲をこじ開けた時には、搭乗者の素性を確認できるものはほとんど残されていなかった。

 

残ったのは、焼けた黒い機体と、意図的に隠された空白だけだった。

 

誰が乗っていたのか。

どういう兵士だったのか。

ジブラルタルの一般兵に、それを知る術はなかった。

 

その一方で、ミネルバの修理は最終段階へ入っていた。

右舷装甲の仮復旧。

CIWS台座の交換。

断線した管制ケーブルの引き直し。

出撃シークエンスの再確認。

基地工廠の作業員とミネルバ整備班が入り混じり、艦の周囲を絶えず人と機材が行き来している。

 

その中で、大型ペネトレーター砲だけは別扱いになっていた。

 

ドック脇の工廠区画。

巨大な砲身は、仮設架台の上に横たえられていた。

発射時の反動で砲身軸は歪み、仮設反動制御フレームは割れ、スタビライザーも使用不能になっている。

再射撃可能状態へ戻すには、本格的な分解と再調整が必要だった。

ミネルバ出港までに間に合う作業ではない。

 

ヨウランは、その砲身を見下ろしていた。

隣にはヴィーノがいる。

2人とも、顔には疲れが残っている。

 

「……まあ、無理だな」

「無理だな」

 

ヴィーノが同じ言葉を返す。

 

「出港までに直すとか、そういう次元じゃない。砲身軸が逝ってる。保持フレームも死んでる。反動制御も、もう一発撃ったら今度こそ機体側を巻き込む」

「工廠の人、泣いてたぞ」

「あれは怒ってたんだよ。徹夜で組んだやつを一発で壊されたからな」

「ヨウランが死んだって言うからだろ」

「事実だろ。砲の方が死んだ」

 

少しだけ、いつもの調子が戻る。

だが、ヨウランの目は笑っていなかった。

 

「でも、あいつには合わない」

「レギナントに」

「ああ」

 

ヨウランは砲身を軽く叩いた。

鈍い金属音が返る。

 

「こいつは強い。敵戦艦を止めた。けど、あいつに持たせ続ける武器じゃない。レギナントは砲台じゃない。あいつは、もっと嫌な戦い方をする機体だ」

「嫌な戦い方って言い方」

「事実だろ。ドラグーンで追い込んで、逃げ道を塞いで、相手の動きを縛る。なら、次に考えるのは大砲じゃない。もっと小さくて、もっと嫌らしいやつだ」

 

ヴィーノが眉をひそめる。

 

「嫌らしいやつ」

「逃げ道に仕込む。誘い込む。踏ませる。そういうやつ」

 

そこまで言って、ヨウランは一度口を閉じた。

具体案までは出さない。

まだ形にもなっていない。

ただ、考え始めてはいる。

 

それよりも、先にやらなければならないことがあった。

 

「それと、4号だ」

「……神経接続補助ユニットの」

「3号じゃ、セラを止められなかった」

 

ヴィーノも黙った。

 

3号は失敗作ではない。

あれがなければ、レギナントは今よりずっと早く限界を迎えていた。

空間支配(クイーンズ・ウェブ)も、大型ペネトレーター砲の運用も、あの補助なしでは成立しなかった。

 

だが、最後にセラは3号を外した。

必要だと判断したから。

3号では間に合わないと判断したから。

 

それが、ヨウランには重かった。

 

「あいつが外すって判断した時点で、俺たちの負けだ」

「負けって」

「負けだよ。守るためのもんを作ったのに、最後に外された。次は外させないものを作る」

 

ヨウランは端末を握り直した。

珍しく、真面目な顔をしていた。

いつもの軽口も、照れ隠しもない。

 

「データも取り直す。あいつの身体も、反応も、負荷も。今度は、こっちが追いつく番だ」

「……お前、たまに本気出すと怖いな」

「たまにじゃねえよ」

 

ヴィーノは少しだけ笑った。

それでも、その笑いはすぐに消えた。

 

「まあ、俺もやるけどな」

「あたりまえだ」

 

2人は、壊れた大型砲から離れた。

工廠の端末には、発射データと損傷データが保存されている。

砲そのものはジブラルタルへ残置。

ミネルバが持っていくのは、撃ったという事実と、壊れたという記録だけだった。

 

---

 

セラが目を覚ましたのは、その日の朝方だった。

 

医療区画の照明は柔らかく落とされている。

白い天井。

消毒液の匂い。

近くで、小さく一定の電子音が鳴っている。

 

セラは目を開けた。

しばらく天井を見ていた。

そこがレギナントのコクピットではないことを認識するまで、数秒かかった。

 

「覚醒確認」

 

自分の声は、少しかすれていた。

 

すぐ横で椅子が音を立てる。

 

「セラ!」

 

メイリンが立ち上がった。

その目元には、まだ疲れが残っている。

泣いた跡も、完全には消えていない。

 

セラは首を動かそうとして、背中に鈍い痛みを感じた。

直接神経接続部。

炎症止めの処置は済んでいる。

だが、動かすと熱のような痛みが走った。

 

「背部に痛覚反応」

「動かないで。医療班呼ぶから」

 

メイリンがすぐに端末を操作する。

その手つきは早い。

だが、どこか慎重でもあった。

 

数分後、医療班が来た。

生命反応は安定。

意識は明瞭。

主因は疲労の蓄積。

背部の炎症は継続観察。

しばらく安静。

 

セラはそれらを黙って聞いた。

診断としては合理的だった。

重篤な生命危機ではない。

ならば、問題は小さい。

 

そう判断しかけて、メイリンの顔を見た。

メイリンは、怒っているようにも見えた。

泣きそうにも見えた。

安心しているようにも見えた。

 

どの表情に分類すればいいのか、セラにはすぐに分からなかった。

 

「ミネルバは」

「無事だよ」

「ジブラルタル防衛線は」

「守ったよ」

「ストラテゴスは」

「撃破。もう動かない」

 

セラはゆっくり瞬きをした。

 

「戦果、良好」

「……そうだね」

 

メイリンの返事は、想定より重かった。

 

昼過ぎには、シンたちも顔を出した。

ルナマリアは開口一番、無茶をしないでと軽く叱った。

シンは何か言いかけ、結局「起きてよかった」とだけ言った。

レイは状態を確認し、無理な移動は控えるべきだと静かに告げた。

タリアからは、医療班の許可が出るまで艦務復帰は認めないと命じられた。

 

どの反応も、セラの予測と違っていた。

 

ストラテゴス撃破。

ミネルバ防衛。

ジブラルタル防衛線維持。

作戦結果は、良好。

セラは死亡していない。

レギナントも行動不能にはなっていない。

 

なのに、メイリンは泣いた。

ルナマリアは叱った。

シンは言葉を選んだ。

レイは沈黙が長かった。

タリアは、いつもより長くセラを見ていた。

 

評価軸が一致しない。

 

その不一致は、セラの中に残り続けた。

 

---

 

数日が過ぎた。

 

ジブラルタルの港湾区画から黒煙は消えた。

焼けた舗装は応急材で埋められ、防壁の亀裂には補強材が打ち込まれている。

砲台の完全修理にはまだ時間がかかるが、最低限の防衛機能は戻りつつあった。

敵機の残骸は封鎖区画へ運ばれ、調査可能な部品と、焼け落ちた空白とに分けられていく。

 

ミネルバも、出港準備へ入った。

右舷装甲の応急復旧は完了。

機関系統の再確認。

MS発進区画の調整。

補給物資の積み込み。

基地工廠とミネルバ整備班は、最後まで慌ただしく動いている。

 

レギナントは隔離ハンガーで整備を受けていた。

捕食牙爪(クイーンズ・バイト)で損耗した手指の外装は応急処理され、関節部の摩耗も確認されている。

だが、両腕そのものは生きていた。

大型ペネトレーター砲の反動で腕部を壊さなかったことが、今となっては救いだった。

 

セラは、医療区画から短時間の移動を許可されるようになっていた。

ただし、長時間の歩行は禁止。

背部接続痕の炎症はまだ残っている。

メイリンはそのたびに付き添おうとしたが、セラは必要性を理解しきれないまま、毎回「歩行可能です」と返した。

 

そのたびに、メイリンは困った顔をした。

 

困った顔。

怒った顔。

泣きそうな顔。

安心した顔。

 

どれも、戦果報告の中にはない情報だった。

 

出港前夜。

ジブラルタルの空は暗く、港湾灯だけが海面に長く伸びていた。

 

ミネルバは大型ドックに艦体を横たえている。

修理のために外されていた足場は大部分が撤去され、船体には出港前の静かな緊張が戻っていた。

作業灯の光が装甲を撫で、整備員たちが最後の確認を進めている。

 

そのドック格納庫前に、セラは立っていた。

 

白いノーマルスーツ。

ヘルメットは手に持っている。

医療班からは長く立たないよう言われていたが、セラは扉の前でじっとしていた。

中にはレギナントがいる。

整備灯に照らされた白い大型機は、今は沈黙していた。

 

「こんなところで何をしている」

 

低い声がした。

 

セラは振り向く。

そこにイザークがいた。

隣にはディアッカもいる。

2人とも、戦闘服の上着を引っかけただけの姿で、どうやら格納庫側の巡回か確認の途中らしかった。

 

セラは短く答えた。

 

「待機中です」

「待機中だと」

 

イザークの眉が寄る。

 

「貴様、医療区画に戻されたのではなかったのか」

「短時間の移動許可は受領済みです」

「だからといって、こんなところで立っていろとは言われていないだろう」

「言われていません」

 

ディアッカが小さく笑いかけ、途中で止めた。

笑っていい空気ではないと判断したらしい。

 

イザークは腕を組む。

 

「では何をしている」

「質問があります」

「俺にか」

「はい」

 

イザークは一瞬だけ面食らった。

ディアッカが横から覗き込む。

 

「へえ。珍しいな。イザークに質問だってよ」

「黙れ、ディアッカ」

 

いつものように返したが、声はそれほど荒くない。

 

「言ってみろ」

 

セラは少しだけ視線を下げた。

考えている。

言葉を選んでいるというより、並べる順序を確認しているようだった。

 

「先の戦闘で、ストラテゴスは撃破」

「ああ」

「ミネルバ防衛」

「ああ」

「ジブラルタル防衛線は維持」

「そうだな」

「私は死亡していません」

「……それも、そうだ」

 

イザークの声が少し低くなる。

 

セラは続けた。

 

「なのに、メイリンは泣いてしまった」

「……」

「ルナマリアは叱責。シンは沈黙。レイは状態確認を優先。タリア艦長も、反応が通常と異なりました」

「通常と異なる、か」

「はい」

 

セラはイザークを見る。

 

「戦果は良好です。損耗はありましたが、ミネルバは残存。ジブラルタルも残存。評価と反応が一致しません」

 

ディアッカが黙った。

イザークも、すぐには答えなかった。

 

港湾の夜風が、格納庫前を抜ける。

遠くでクレーンが動き、金属音が小さく響いた。

 

イザークは、セラの顔を見た。

ラクスに似た少女。

白いノーマルスーツの中身は、今も細く、頼りなく見える。

初めて見た時、彼はこの少女を取り押さえた。

腕を取れば抵抗できず、鍛えた兵士なら制圧できる程度の身体だった。

 

その少女が、レギナントに乗り、ストラテゴスを破壊した。

破壊という言葉で足りるのか、いまだに分からない。

黒い巨体を捕らえ、逃がさず、噛み砕いた。

 

同じ存在だと、簡単には飲み込めない。

 

「戦果だけ見れば、貴様の言う通りだ」

 

イザークは低く言った。

 

「ストラテゴスは沈黙した。ミネルバも守られた。ジブラルタルも落ちなかった。軍の報告書なら、成功と書くだろう」

「成功」

「だが、あいつらが見ていたのは戦果だけではない」

 

セラは瞬きをする。

 

「戦果だけではない」

「ああ」

 

イザークは言葉を選ぶように、少し間を置いた。

 

「貴様が、自分を壊しかけてまでそれをやったことだ」

「自分を壊す」

 

セラは反復した。

疑問ではない。

ただ、その言葉を処理している。

 

「私は破壊されていません」

「そういう意味ではない」

 

イザークの声に、少しだけ苛立ちが混じる。

だが怒鳴りはしなかった。

 

「貴様は生きている。だが、危なかった。少なくとも、あいつらにはそう見えた。実際、医療区画に運ばれただろう」

「直接神経接続の反動。疲労蓄積。背部炎症」

「それを並べられるなら、自分が無事ではなかったことくらい分かるだろう」

「無事ではない」

「そうだ」

 

セラはしばらく黙った。

 

「メイリンに心配させないようにしたはずです」

「何だと」

「ミネルバを守れば、心配要因は減少すると判断しました」

「……」

「結果、心配されています」

 

ディアッカが額に手を当てた。

 

「こりゃまた、すごいところで詰まってんな」

「状況判断の上で取りうる合理的な手段をとりました」

「それは分かる」

 

イザークは答えた。

 

「貴様が遊びであれをやったとは思っていない。あの場では、レギナントが止めなければミネルバが危なかった。それも分かる」

「では」

「だがな」

 

イザークの声が少し強くなる。

それでも、感嘆符はつかない。

低く、押さえた声だった。

 

「守るためだからといって、貴様が壊れていい理由にはならん」

「壊れていい理由にはならない」

 

セラはまた反復した。

 

ディアッカが、少し柔らかく口を挟んだ。

 

「泣いたってことは、怒ってるだけじゃねえよ。無事でいてほしかったってことだろ」

「無事でいてほしかった」

「そうそう。メイリンは特にそうだろうな。あいつ、セラのことになると分かりやすいし」

「分かりやすい」

「まあ、本人に言うなよ。怒られるから」

 

ディアッカは軽く言ったが、その声も完全には軽くない。

 

「戦果が良いから安心するんじゃなくて、お前が無茶したから泣いたんだよ。ミネルバを守ったのは事実。でも、そのためにお前が倒れたのも事実。両方あるってことだ」

 

セラは視線を落とした。

 

格納庫の扉の隙間から、レギナントの白い装甲が見える。

戦闘後の洗浄を受け、黒いオイルはほとんど落とされていた。

それでも、手指の外装にはまだ小さな傷が残っている。

 

捕食牙爪(クイーンズ・バイト)は、状況判断上の近接戦闘手段です」

「……貴様にとっては、そうなのだろうな」

 

イザークは答えた。

 

「だが、見ている側にはそう見えなかった」

「そう見えない」

「あれは、普通の近接戦闘ではない。少なくとも、ザクやグフの格闘戦とは違う。あれを見た連中が、何も感じない方がおかしい」

 

セラは静かに聞いている。

 

「戦場では必要な手段だったのかもしれん。だが、それを使った貴様の身体がどうなるかを見ていた者もいる。メイリンは、そちらを見たんだろう」

 

セラはゆっくりと目を閉じ、また開いた。

 

「戦果と、感情は別の評価軸」

「そういう言い方をするなら、そうだ」

 

ディアッカが小さく笑う。

 

「相変わらず難しい言い方するな」

「難しい」

「いや、まあ、間違ってはいないけどな」

 

セラは少しだけ首を傾けた。

だが、疑問符はない。

 

「理解途中です」

「全部すぐ分かる必要はない」

 

イザークは言った。

 

「ただ、覚えておけ。あいつらが怒る時は、貴様を責めたいだけではない。失いたくないから怒ることもある」

「失いたくないから怒る」

「ああ」

 

セラは黙った。

その沈黙は長かった。

夜風がまた通る。

港湾灯の光が、白いノーマルスーツの肩に落ちる。

 

やがて、イザークが小さく息を吐いた。

 

「それと、最初に貴様を取り押さえた件だ」

「取り押さえ」

「あの時のことだ」

 

セラはイザークを見る。

 

「状況判断として間違いだったとは言わん。貴様の情報は限られていた。レギナントのことも、ミネルバ側の事情も、こちらには見えていなかった」

「はい」

「だが、乱暴に扱ったことは謝る」

 

ディアッカが目を丸くした。

 

「おお」

「何だ」

「いや、イザークがちゃんと謝ったなって」

「黙れ」

 

ディアッカは肩をすくめる。

少しだけ、空気が緩んだ。

 

セラは数秒だけイザークを見て、それから短く言った。

 

「謝罪を受領しました」

「……受領」

「はい」

「そうか」

 

イザークは少し困ったような顔をした。

ディアッカが横で笑いをこらえている。

 

「何だその返しは」

「謝罪を受領したため、受領と返答しました」

「分かった。もういい」

 

イザークは顔をそらした。

だが、その声に先ほどまでの硬さはなかった。

 

ディアッカが軽く手を振る。

 

「ま、そういうことだ。あんまり立ってると、今度はメイリンに俺らが怒られるぞ」

「メイリンが怒る」

「怒る。絶対怒る。俺は巻き込まれたくない」

「医療区画へ戻ります」

 

セラはそう言って、ヘルメットを持ち直した。

背中にまだ痛みがあるのか、動きはわずかに遅い。

それを見て、イザークは眉を寄せた。

 

「歩けるのか」

「歩行可能です」

「可能かどうかを聞いているんじゃない。無理をしていないかと聞いている」

「無理」

 

セラはその単語を反復した。

少しだけ考える。

 

「判定困難」

「なら付き添いを呼べ」

「メイリンは休息中」

「なら俺たちが送る」

 

セラは一瞬、動きを止めた。

 

「不要です」

「必要かどうかは、今はこちらが判断する」

 

イザークはきっぱりと言った。

 

「歩け。医療区画までだ」

「命令」

「命令ではない」

「命令ではない」

「ああ。……面倒なやつだな」

 

ディアッカが笑う。

 

「いいじゃねえか。エスコートってことで」

「黙れ、ディアッカ」

「はいはい」

 

3人は、格納庫前を離れた。

 

背後には、出港を待つミネルバがいる。

その奥には、静かに眠るレギナントがいる。

 

セラは歩きながら、イザークの言葉を反復していた。

 

失いたくないから怒る。

戦果と感情は別の評価軸。

自分を壊しかけた。

 

どれも、まだ完全には繋がらない。

だが、捨てるべき情報ではない。

メイリンが泣いた理由。

その答えは、戦果一覧の中にはなかった。

 

翌日、ミネルバはジブラルタルを出港する。

 

ここで得たものは多い。

レギナントの本質の一端。

捕食牙爪(クイーンズ・バイト)への戦慄。

3号ユニットの限界。

大型ペネトレーター砲の終わり。

次の補助兵装の種。

4号開発の必要性。

そして、セラ自身がまだ処理できない感情の問題。

 

夜のドックに、足音が響く。

遠くで波が防波堤に当たり、小さく砕けた。

 

セラはまだ、メイリンが泣いた理由を理解していない。

けれど、その理由を考え続けていた。

 

それは、命令ではなかった。

任務でもなかった。

 

それでも、捨ててはいけない情報だと、セラは判断していた。

 

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