機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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48.宇宙航路の測定

ジブラルタル基地を発ってから、数日が過ぎていた。

 

ミネルバはすでに地球重力圏を離れ、プラント本国方面へ向かう航路に入っている。

地球の青は、もう艦窓の外にはない。

あるのは黒い宇宙と、遠くに散る星の光だけだった。

 

プラントまでは、まだ10日以上。

敵襲はなく、艦内には久しぶりに戦闘警報のない時間が流れていた。

 

とはいえ、完全な平穏ではない。

ジブラルタル戦で受けた損傷の一部は、まだ応急修理のままだった。

右舷側の一部区画には仮設パネルが残り、整備班は通常点検に加えて、修理箇所の再確認にも追われている。

 

レギナントも再整備中だった。

 

捕食牙爪(クイーンズ・バイト)で酷使された腕部と手指。

直接神経接続による制御ログ。

神経接続補助ユニット3号の負荷記録。

 

どれも、放っておけるものではなかった。

 

「……出港前は無理だった。けど、今なら測れる」

 

レギナント隔離区画の前で、ヨウランが端末を抱えながら言った。

隣ではヴィーノが、別の端末に整備ログを並べている。

 

セラは白いノーマルスーツ姿で、いつものようにレギナントを見上げていた。

その近くにメイリンとルナマリアがいる。

シンはたまたま格納庫へ顔を出していて、そのまま話に巻き込まれていた。

 

「測るって、何を?」

 

ルナマリアが先に聞いた。

ヨウランは少しだけ言いにくそうに端末を持ち直す。

 

「セラの身体データです。4号を作るなら、3号のログだけじゃ足りません。セラ本人のデータを取り直す必要があります」

「身体測定ってこと?」

「身体測定じゃない。生体データ再取得です」

「言い方を変えても、やることは測定でしょ?」

「そこが大事なんですよ、ルナマリアさん」

「どこが?」

「響きが」

「そこかよ」

 

シンが横から突っ込む。

ヴィーノが頷いた。

 

「いや、でも大事だぞ。身体測定って言うと軽く聞こえるけど、今回は本当に設計データだから」

「なら最初からそう言いなさいよ」

 

ルナマリアの視線が、ヨウランとヴィーノをまとめて射抜く。

2人は同時に背筋を伸ばした。

 

「仕事です」

「仕事です」

「まだ何も言ってないでしょ?」

「先に言っておこうと思って」

「その時点で怪しいわよ」

 

メイリンはセラの顔を見た。

 

セラは、会話の意図を整理しているように、少しだけ瞬きをする。

 

「4号ユニット開発のための測定」

「うん。でも、セラが嫌なら嫌って言っていいんだよ」

 

メイリンの声は慎重だった。

 

ヨウランとヴィーノの言うことが必要なのは分かる。

ジブラルタルでセラが3号を外したことも、4号が必要なことも分かっている。

 

それでも、セラが「必要だから」とだけ判断して受け入れてしまうのではないかという不安があった。

 

セラはメイリンを見た。

 

「嫌ではありません」

「必要だから、じゃなくて?」

「必要です。嫌ではありません」

 

メイリンは少しだけ黙った。

その言い方なら、セラは少なくとも拒否してはいない。

ただ、嫌という感覚をどこまで自分の中で見つけられるのかは、まだ分からなかった。

 

その肩に、ルナマリアが軽く手を置く。

 

「メイリン、確認はしたでしょ。医療班に同席してもらえばいいわ」

「うん」

「それに、私も行くから」

 

ルナマリアはヨウランたちへ視線を戻した。

 

「当然、医務室でやるんでしょうね?」

「もちろんです」

「女性医療班にも入ってもらう」

「はい」

「数値の共有範囲も医療班が決める」

「はい」

「変な顔したら蹴る」

「はい」

「まだ早いだろ、その返事」

 

シンがまた突っ込んだ。

そのシンの脛に、ルナマリアの足が軽く入る。

 

「痛っ」

「予防」

「俺まだ何もしてないだろ?」

「顔に出てた」

「出てないって!」

 

セラはそのやり取りを見ていたが、特に表情を変えなかった。

 

「医務室へ移動します」

「そうね。セラ、ゆっくりでいいから」

 

メイリンが隣につく。

結局、ヨウラン、ヴィーノ、メイリン、ルナマリア、シン、そしてセラは、そのまま医務室へ向かった。

 

---

 

医務室では、女性医療班がすでに準備を進めていた。

 

測定室の一角には遮蔽カーテンが置かれ、ヨウランとヴィーノの端末には、設計に必要な項目だけが送られるよう設定されている。

 

セラは医療用の測定ウェアに着替えた。

露出を必要以上に増やさない、簡素な白いウェアだった。

背中の形状や炎症範囲を確認するため、背部だけはセンサーを当てられる構造になっている。

 

女性医療班の1人が、測定項目を読み上げた。

 

「基本測定から行います。身長、体重、座高、肩幅、背面長、肩甲骨周辺の可動域。胸囲、ウエスト、体幹寸法も測定します」

 

その瞬間、ヨウランとヴィーノとシンの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。

 

「……」

「……」

「胸囲……」

 

次の瞬間、ルナマリアの足がシンの脛を蹴った。

 

「そこは聞くな」

「まだ何も言ってないだろ!?」

「顔に出てる」

「出てないって!」

「ヨウランとヴィーノも」

「仕事です」

「仕事です」

「だから顔に出すなって言ってるの!」

 

女性医療班は、苦笑しながら端末を操作した。

 

「設計に必要な数値です。神経接続補助ウェアは身体に密着しますから、体幹寸法も含めて必要になります」

 

そこで、医療班の声が少しだけ硬くなる。

 

「ただし、絶対に開発以外の目的で使用しないこと。閲覧権限も、設計に必要な範囲だけに制限します」

「はい」

「もちろんです」

 

ヨウランとヴィーノの返事は早かった。

 

ルナマリアが、にっこり笑う。

 

「もし破ったら……」

「破りません」

「破りません」

「破ったら……」

「破りません」

 

その横で、メイリンは黙って端末を見ていた。

ヨウランとヴィーノに共有される項目を、ひとつずつ確認している。

 

「必要な項目だけだよね」

「はい」

「設計に使ったら、あとは医療班管理に戻すんだよね」

「はい」

「セラのデータだから」

 

その一言で、ヨウランとヴィーノは青ざめ、背筋を伸ばした。

 

「絶対に、開発以外には使いません」

「使いません」

 

シンが小声で呟く。

 

「メイリン、静かな方が怖……」

「シン」

「はい」

 

測定が始まった。

 

セラは指示通りに立ち、座り、腕を上げ、向きを変える。

 

身長。

体重。

座高。

肩幅。

背面長。

筋力測定。

短時間の持久力確認。

肺活量。

背中の形状。

肩甲骨周辺の動き。

背骨沿いの神経反応。

腰上部の負荷分布。

 

数値そのものは、医療班の端末に保存されていく。

ヨウランとヴィーノの端末へ送られるのは、設計に必要な補正値と寸法情報だけだった。

 

セラはほとんど抵抗を示さなかった。

ただ、途中で少し姿勢が崩れる。

 

宇宙空間で重力負荷は抑えられている。

それでも、連続測定は彼女の身体には十分な負荷だった。

 

医療班がすぐに止めた。

 

「いったん座りましょう」

「……はい」

 

セラは一拍置いてから、椅子に座った。

 

可能かどうかを聞かれたわけではない。

止める、と言われた。

なら、止める。

 

メイリンはその横顔を見て、小さく息をついた。

セラは反抗しているわけではない。

ただ、止められなければ止まらない。

そこがまだ、危うかった。

 

測定結果が揃うにつれて、室内の空気は少しずつ変わっていった。

 

最初に黙ったのはヴィーノだった。

次にヨウランが端末を見たまま眉をひそめる。

シンは横から覗き込もうとして、ルナマリアに止められた。

メイリンは医療班の表情を見て、胸の奥が冷えるのを感じた。

 

医療班は言葉を選んだ。

 

「同年代の平均値とは、少し比べにくいですね」

 

その一言で、室内の空気が変わった。

 

「筋力も、骨格数値もかなり低いです。14歳前後の基準で見ると、差が大きすぎる。11歳、あるいは12歳あたりまで基準を下げて、ようやく比較できます」

 

メイリンが息を呑む。

 

「そんなに……」

「はい。栄養状態、成長環境、長期的な運動負荷の不足。複数の要因が重なっている可能性があります。宇宙育ちであることを考慮しても、身体への余裕はかなり少ないです」

 

ヨウランは端末を見下ろしたまま、言葉を失っていた。

 

「……小さいな」

「ヨウラン?」

「いや、変な意味じゃない。設計値としてだ」

 

ヨウランは端末の背面図を拡大する。

 

「背中が想定よりずっと小さい。肩甲骨周りも、腰上も、固定に使える余裕がない。これ、普通の14歳基準で作ったら全然合わないぞ」

「4号、作れないの?」

 

メイリンが聞く。

ヨウランは首を横に振った。

 

「作れないんじゃない。普通に作ったら駄目だってこと。寸法も、固定点も、負荷の逃がし方も、全部セラ用にしないといけない」

「汎用品じゃ無理だな」

 

ヴィーノが低く言った。

 

「体格に合わせるだけじゃ足りない。負荷をかける場所を間違えたら、セラの方が先にやられる」

 

ルナマリアが、椅子に座るセラを見た。

 

医療ウェア姿のセラは、ノーマルスーツを着ている時よりもさらに小さく見えた。

白い肌、細い腕、小さな肩。

そこに、ジブラルタルであの白い大型機を動かしたパイロットの姿を重ねることは難しかった。

 

「こんな身体で、レギナントを動かしてたの……」

 

ルナマリアの声は、かすれていた。

 

シンも黙っていた。

彼は戦場でセラの動きを見ている。

レギナントがストラテゴスの懐に入り、黒い巨体を捕らえた瞬間を、通信越しに見た。

 

一瞬、映像が乱れたと錯覚させられたあの動きと、この小さな身体が繋がらない。

 

「お前、本当にあれを動かしてたんだよな?」

「はい」

「いや、分かってるけどさ……」

 

シンは言葉を探したが、うまく見つからなかった。

 

セラは淡々としている。

 

「レギナントでも近接戦闘は可能です」

「そういう話じゃないわよ」

 

ルナマリアが即座に言った。

 

「機体ができるかどうかじゃなくて、あなたの身体がそれに耐えられるかって話をしてるの」

「耐久限界は超過しました」

「だから、そういうことを平然と言わないの」

 

メイリンはセラの手を見た。

小さな手だった。

その手が、レギナントの巨大な指を動かし、ストラテゴスを掴み潰した。

 

その光景を思い出し、メイリンはゆっくりと息を吸う。

 

「セラ。どうやって倒したの?」

 

責める声ではなかった。

ただ、聞きたかった。

この小さな身体で、どうやってあの黒い将を倒したのか。

 

ヨウランも、ヴィーノも、シンも、ルナマリアも、自然と黙った。

医療班も、端末を操作する手を止める。

 

セラは少しだけ顔を上げた。

 

「ストラテゴスの装甲は、ビーム熱を拡散します」

「ビーム熱を?」

「表面への短時間照射では、有効損傷になりません。冷却能力と熱拡散で、損傷を逃がします」

「だから、ビームじゃ駄目だったのね」

 

ルナマリアが呟く。

セラは頷いた。

 

「そのため、冷却効率が低下する箇所を選択しました」

「どこ?」

「関節。装甲継ぎ目。熱拡散経路の境界。推進器周辺の構造負荷点」

「構造負荷点……」

「そこを掴むことで接触を維持し、局所温度を上昇させました。冷却能力を上回れば、装甲は軟化、溶解します」

 

ヨウランが低く言う。

 

「……装甲が溶けてたのは、そのせいか」

「はい」

「切ったんじゃなくて、焼いて、柔らかくして、潰した?」

「概ね一致します」

 

ヴィーノが顔をしかめる。

 

「言い方は淡々としてるのに、やってることが怖すぎるんだよな……」

「戦闘では有効です」

「それはそうなんだろうけど」

 

セラは続けた。

 

「敵機の姿勢、慣性、推進方向、次動作を予測しました」

「予測?」

「ストラテゴスはメガバスターランチャーの斬撃姿勢に入っていました。砲身を振るには、一定の間合いと回転軸が必要です」

「その内側に入ったのか?」

 

シンが口を挟んだ。

セラはシンを見る。

 

「はい。振られる前に内側へ入りました」

「速すぎて見えなかったぞ」

「最速機動で間合いを詰める必要があります」

「それで直接神経接続したってことかよ?」

「はい」

 

メイリンの表情が曇る。

セラはそれに気づいたが、説明を止めなかった。

 

「背後に回った後は、ストラテゴスの離脱を防ぎました。逃げる方向を予測し、その位置を先に押さえました」

「だから、逃げられなかった」

「はい」

「そんなことを、あの時ずっと考えてたの?」

 

メイリンの声は小さかった。

 

セラは少しだけ考える。

 

「考える、というより、選択していました」

「選択?」

「敵機の動作から、次に必要な位置と手順を選択しました」

「……同じよ、そういうの」

 

ルナマリアが言った。

呆れているようで、そうではなかった。

 

測定結果を見た後では、その選択がどれほどの負荷だったのか想像できてしまう。

 

シンが腕を組んだ。

 

「じゃあ、あれはセラじゃなきゃ倒せなかったのか?」

「条件付きです」

「条件付き?」

「シンのインパルスなら、撃破できる可能性はあります」

「俺の?」

 

シンが目を見開く。

ルナマリアも驚いたようにシンを見た。

 

「ソードインパルスの対艦刀で関節構造を破壊できれば、機能停止に追い込めます」

「できればって……」

「ただし、接近前にメガバスターランチャーの射撃または斬撃を回避する必要があります」

「そこが無理だろ」

 

ヴィーノが思わず言った。

ヨウランも頷きかける。

 

シンは少しだけ黙った後、気まずそうに言った。

 

「……1回、躱したことはある」

「え?」

 

メイリンが声を漏らした。

ルナマリアも振り向く。

 

「何それ。聞いてないんだけど?」

「いや、前に。完全に同じじゃないけど、レギナントの近接の入り方を1回、避けたことがある」

「避けた?」

「避けたっていうか、死ぬ気で逃げたっていうか……」

「シンは、捕食牙爪(クイーンズ・バイト)の初動に対して反応しました」

 

セラが補足する。

 

「反応速度、機体制御、咄嗟の回避判断は高評価です」

「高評価って言われてもな……」

「つまり、シンなら可能だったはずです」

「やめろ、そういう言い方。次やれって言われそうで怖い」

 

ルナマリアは呆れたように息を吐いた。

 

「でも、シンがそうなら、セラが言ってることも完全な無茶ではないのね」

「無茶ではありません」

「いや、無茶ではあるだろ……」

 

シンがすぐに言った。

 

「あれ相手に接近して関節狙えって、普通に無茶だろ」

「同意します」

「そこで同意するのかよ」

 

少しだけ空気が緩む。

 

だが、測定結果の重さは消えない。

セラの身体は小さく、弱い。

その事実と、ストラテゴス撃破の説明は、同じ場所に並んでいた。

 

ヨウランが端末を閉じた。

 

「4号については、さっき言った通り俺に一案ある。技術班と整備班総出で設計中だ」

「詳細は」

 

セラが聞く。

 

「まだ言わない。半端なこと言っても混乱するだけだ」

「混乱」

「今は、直接繋がなくて済むようにする。そのために必要なデータを取る。そこまででいい」

「理解しました」

 

ヴィーノが横から手を挙げる。

 

「武器の方も、一応考えてる」

「武器」

「大型ペネトレーター砲はもうないだろ。レギナントにあんな大砲は合わないし」

「はい」

「だから別案だ。まだ形にはなってないけど」

 

ヨウランが横目で見る。

 

「ヴィーノが変な案を出してるよ」

「変なって言うなよ。レギナント向きだろ」

「向いてるけど、性格が悪い」

「性格が悪い武器って何よ?」

 

ルナマリアが眉をひそめる。

ヴィーノは少し得意そうに言いかけて、ヨウランに肘で止められた。

 

「まだ設計中。見せられる形になってからだな」

「隠すの?」

「隠すっていうか、今言ってもたぶん怒られる」

「怒られる兵器なの?」

「ほら、言い方」

 

シンが半眼になる。

メイリンも少しだけ怪訝な顔をした。

 

セラは端末を見て言った。

 

「ドラグーンで追い込んで、逃げ道に仕込む。そういう兵装」

「なんで分かるんだよ?」

「先日のヨウランの発言から推定」

「セラ、そういうところ本当によく覚えてるな……」

 

ヨウランは頭をかいた。

 

「まあでも、4号の方が先だし、武器はその後。今はまず、セラが無理しないでレギナントを動かせるようにする」

「同意します」

 

セラの返答は早かった。

その早さに、メイリンが一瞬だけ驚く。

 

以前なら、セラは「必要なら直接接続します」と返していたかもしれない。

今も、必要になればそう判断するのかもしれない。

 

それでも、今はそう言わなかった。

 

医療班が測定終了を告げる。

 

「今日はここまでにしましょう。セラさんは、医療区画で少し休んでください」

「了解」

 

セラは立ち上がろうとして、ほんのわずかに動きを止めた。

背中の痛みか、疲労か。

小さな遅れだったが、メイリンは気づいた。

 

「手、貸すよ」

 

セラは差し出された手を見る。

 

支えがなければ歩けないわけではない。

けれど、メイリンがそう言うなら、拒む理由も見つからなかった。

 

「……はい」

 

セラは、メイリンの手を取った。

 

ルナマリアが少しだけ笑う。

シンも肩の力を抜いた。

メイリンは力を入れすぎないように、そっとその手を握った。

 

そのまま医療区画へ戻ると思われたが、その日の夜、セラは珍しく格納庫にいなかった。

 

---

 

艦内の談話室は、夜間照明に切り替わっている。

 

当直ではない乗員が数人、飲み物を片手に短い休憩を取っていた。

大型モニターには航路図が表示され、プラントまでの予定航路が青い線で示されている。

 

その片隅に、セラがいた。

白いノーマルスーツではない。

医療区画で貸し出された簡素な艦内着の上に、薄い上着を羽織っている。

椅子に座っているわけでもなく、窓際に立ち、星を見ていた。

 

「セラ」

 

メイリンが声をかける。

隣にはルナマリアもいた。

 

「珍しいね。格納庫じゃないんだ」

 

セラは振り返った。

その表情はいつも通り乏しい。

だが、メイリンには少しだけ違って見えた。

 

何かを探しているような、まだ置き場所のないものを抱えているような、そんな静けさだった。

 

「待機場所を変更しました」

「変更?」

「レギナント周辺待機は、医療班から制限されています」

「それで談話室に?」

「はい」

 

ルナマリアが少しだけ笑う。

 

「いいんじゃない? たまには」

「たまには」

「そう。格納庫以外にも居場所を増やしなさい」

 

セラはその言葉をしばらく考えていた。

 

メイリンが隣に立つ。

星が流れているわけではない。

ミネルバが進んでいるだけだ。

それでも、窓の外の光は少しずつ位置を変えているように見えた。

 

「今日、疲れた?」

「疲労はあります」

「そっか」

 

短い会話の後、沈黙が落ちる。

その沈黙を破ったのはセラだった。

 

「メイリン」

「うん」

「ジブラルタル出撃後の、メイリンの反応について、まだ完全には理解していません」

「……うん」

 

メイリンは驚かなかった。

むしろ、セラがそれを口にしたことに、少しだけ胸が締めつけられた。

 

「戦果は良好でした。ストラテゴス撃破。ミネルバ防衛。ジブラルタル防衛線維持。私は死亡していません」

「そうだね」

「ですが、メイリンは泣いていました。怒ってもいました」

「うん」

「ずっと考えましたが、理解できませんでした」

 

セラは窓の外を見た。

 

「出港前、イザークに確認しました」

「イザーク隊長に?」

「はい」

「何を?」

「なぜメイリンが泣いたのか」

 

ルナマリアが少しだけ目を丸くした。

だが、茶化さなかった。

 

「イザーク隊長は何て?」

「戦果だけを見ていたのではない、と」

「……」

「私が、自分を壊しかけてまでそれを行ったことを見ていた、と」

「そっか」

 

メイリンの声は小さかった。

セラは続ける。

 

「全部は理解していません」

「うん」

「ですが、メイリンが泣いた理由は、戦果一覧にはありませんでした」

「うん」

「捨ててはいけない情報だと判断しています」

 

メイリンは、困ったように笑った。

泣きそうにも見えたが、泣かなかった。

 

「セラらしいね」

「セラらしい」

「うん。すごく」

 

セラはメイリンを見る。

 

「直接神経接続は、戦術的には有効です」

「うん」

「ですが、実行後にメイリンが泣きました。ルナ、シン、ヨウラン、ヴィーノにも負担が発生しました」

「負担って……」

 

ルナマリアが苦笑する。

 

「誰に教わったの、その言い方?」

「イザークの説明と、メイリンの反応から推定しました」

「イザーク隊長、案外ちゃんと話したのね」

 

メイリンは少しだけ笑って、それからセラの手を取った。

 

「セラ。全部分からなくてもいいよ」

「全部分からなくてもいい」

「うん。でも、分かろうとしてくれてるなら、それでいい」

「理解途中です」

「それでいい」

 

セラは目を伏せた。

 

「これからは、メイリンに心配をかけないよう、善処します」

 

その言葉は不器用だった。

約束します、ではない。

必ず守ります、でもない。

セラは保証できないことを言わない。

だから、善処。

 

メイリンはまた困ったように笑った。

 

「うん」

「肯定」

「肯定だよ」

「現在の反応は、良好」

「何の判定?」

「メイリンの表情」

「もう……」

 

メイリンは笑った。

ルナマリアも、少しだけ肩の力を抜いた。

 

「じゃあ、善処だけじゃ足りない時は、こっちで止めるからね」

「ルナも止める」

「もちろん。メイリンだけに任せるつもりはないわよ」

「了解」

 

セラは短く答えた。

 

その夜の談話室には、戦闘音はなかった。

砲撃も、警報も、焼けた金属の匂いもない。

あるのは、静かな航行音と、窓の外の星だけだった。

 

その静けさの中で、セラはまだ完全には理解していないものを、手の中に持ち続けていた。

 

---

 

同じ頃。

艦長室の照明は、ブリッジよりも少し暗かった。

 

タリアは端末に向かい、ジブラルタルから送られてきた追加報告を読んでいた。

戦闘被害、敵残骸の処理、砲台修理状況。

その中に、基地側の観測班から上がってきた補足データがあった。

 

アーサーが別端末を持って入ってくる。

 

「艦長。ジブラルタル基地から、至急扱いの追加報告です」

「見ています」

「レギナント関連の信号について、基地側で再確認が取れたそうです」

「タイミングは」

「レギナント隔離ハンガー開放前後。正確には、起動シークエンスと重なっています」

 

タリアは波形表示を開いた。

細い線が、規則的な山を描いている。

ノイズの海の中で、その信号だけが妙にはっきりと残っていた。

 

基地側の最初の報告では、レギナント出撃中に確認された信号としてまとめられていた。

だが、時刻を細かく照合すると違う。

信号が明瞭に立ち上がっているのは、出撃そのものではない。

 

起動時だ。

 

レギナントが隔離ハンガー内でシステムを立ち上げた、その短い時間。

診断同期らしき低周波パルスが、ECMの混乱の中でも奇妙に鮮明な形で残っていた。

 

「敵ECMの中で?」

「はい。通信妨害がかなり強かったにもかかわらず、この信号だけは妙に明瞭だったと。基地側は、敵の何らかの信号ではないかと疑っています」

「敵の信号ではないわ」

 

アーサーが目を瞬かせる。

 

「では、味方の?」

「少なくとも、通常のザフト識別信号ではありません」

 

タリアは波形から目を離さない。

 

思い出す。

レギナントを拿捕し、セラを保護してから、すぐに再捕捉された時の違和感。

敵が、こちらの位置を正確に掴んだ理由。

ジブラルタルで、ECMの中でも消えなかった明瞭なパルス。

 

「このタイミング……」

 

アーサーが端末を覗き込む。

 

「レギナントの起動と重なっていますね」

「ええ」

 

タリアは静かに言った。

 

「やはり、レギナントには何かがある」

 

アーサーの表情が強張る。

 

「艦長、それは?」

「この信号が敵のものではないなら、発信源は限られるわ」

「まさか」

「レギナントが、起動時に発していた」

 

艦長室に沈黙が落ちた。

 

宇宙は静かだった。

ミネルバはプラントへ向かっている。

艦内では、セラの測定データが保存され、4号ユニットの設計が始まり、乗員たちが少しずつ日常を取り戻そうとしている。

 

その中心にいる白い機体が、まだ誰も知らない信号を発していた。

 

タリアは波形を見つめ続けた。

次の問題は、もう航路上に現れ始めていた。

 




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