機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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49.帰還までのタイムリミット

「レギナントが、発していたのよ」

 

タリア・グラディスの声が、艦長室に静かに落ちた。

 

アーサーはすぐには答えられなかった。

手元の端末には、ジブラルタル基地から送られてきた追加報告が表示されている。

戦闘被害。

砲台復旧状況。

敵残骸の処理。

そして、未確認パルス信号。

 

通常なら、戦闘後に集まる膨大な報告のひとつとして処理されるはずの項目だった。

だが、その発生時刻は見過ごせなかった。

 

レギナントの起動。

その直後、起動時診断か同期処理に紐づくように、短い低周波パルスが記録されている。

 

出撃後の戦闘記録には、同じ波形は残っていない。

空間支配(クイーンズ・ウェブ)の展開時にも、同種の再発信は確認されていない。

一度だけ。

起動時にだけ、ノイズの海から浮かび上がるように、その信号は現れていた。

 

だからこそ、それは通信というより、起動時だけに漏れる識別信号のように見えた。

 

「しかし、艦長……それは」

 

アーサーは言いかけて、言葉を止めた。

否定する材料がなかった。

 

敵ECMの中で、ほとんどの信号は潰れていた。

味方の管制も、敵の発信も、乱れ、歪み、欠けている。

その中で、レギナント起動時の短い波形だけが、比較的明瞭に残っていた。

 

ザフト標準の識別信号ではない。

ミネルバの通常通信記録とも一致しない。

基地側の初期分析では、敵側の誘導信号か、残存ECMの一部という扱いだった。

だが、発生時刻はレギナントの起動と重なっている。

 

「敵の信号として処理できれば、簡単だったわ」

「はい」

「けれど、この記録を見る限り、それはできない」

「……レギナント側の信号、と見た方が自然です」

 

アーサーの声は重かった。

自分で口にした言葉が、艦長室の空気をさらに沈ませる。

 

タリアは頷いた。

 

「問題は、そこから先よ」

 

アーサーは画面を見る。

未確認パルス信号。

発生源不明。

レギナント起動時に検知。

 

それだけなら、機体解析上の問題で済むかもしれない。

起動時診断に紛れた不要な反応。

敵側の古い識別機能。

研究所時代の残存システム。

そういう言い方もできる。

 

だが、レギナントには搭乗者がいる。

 

「セラ……ですか」

「ええ」

 

タリアは端末を閉じなかった。

閉じてしまえば、少しは楽になるかもしれない。

けれど、それで現実が消えるわけではない。

 

「このまま本国へ報告すれば、報告書にはこう並ぶわ。元敵性機体。元敵側搭乗者。未確認信号。位置情報漏洩の可能性」

「……並べると、最悪です」

「そうね」

 

アーサーは眉をひそめた。

 

「ですが、セラが意図的に何かしたとは」

「私もそうは思っていないわ」

「では」

「私たちがどう思うかと、本国がどう読むかは別よ」

 

そこで、アーサーは黙った。

その違いは、彼にも分かる。

 

ミネルバの乗員たちは、セラを見てきた。

レギナントのコクピットで眠る姿も、食堂で戸惑う姿も、ジブラルタルでミネルバを守るために直接神経接続へ踏み切った姿も。

メイリンが泣き、ルナマリアが怒り、シンが苛立ち、整備班が慌て、医療班が守ろうとした。

その積み重ねがある。

 

だが、本国に届くのはまず記録だ。

報告書だ。

波形だ。

経歴だ。

そして、疑う理由を並べる者にとって、感情は証拠にならない。

 

「起動時の一瞬だけ、というのが救いになるでしょうか」

 

アーサーが言った。

 

タリアは少しだけ考えた。

 

「常時発信ではない。戦闘中に位置を送り続けていたわけでもない。その点は重要ね」

「では」

「でも、逆に言えば、起動した場所は拾われる可能性がある。敵側が専用の受信手段を持っていたなら、レギナントがどこで動き出したかを知る手がかりにはなる」

「……十分に危険です」

「ええ」

 

タリアは航路表示へ視線を移した。

ミネルバの現在位置。

プラント本国へ向かう航路。

到着予定までの残り日数。

 

「報告しない、という選択肢はありませんね」

 

アーサーが言った。

 

タリアは短く頷く。

 

「隠すわけにはいかない」

「ですが、このまま未確認の状態で出せば、セラは……」

「疑われるでしょうね」

「スパイとして、ですか」

 

アーサーはその言葉を口にしてから、苦い顔をした。

言いたくなかった。

けれど、言わなければならない言葉だった。

 

タリアも、否定しなかった。

 

「そう読まれる可能性がある。少なくとも、特殊管理対象にはなるでしょう」

「レギナントだけでなく、セラも」

「搭乗者だから」

 

艦長室に低い機械音が響く。

空調の音。

端末の駆動音。

宇宙航行中の艦の、一定の脈動。

 

タリアは壁面の航路表示へ視線を戻した。

 

本国に戻るまでの時間。

それは補給や修理を待つための時間ではない。

未確認の疑惑を、未確認のまま差し出さないための時間だ。

 

「本国到着まで、どれくらい?」

「航路修正がなければ、およそ10日です」

「10日……」

 

タリアは小さく呟いた。

 

長いとは言えない。

だが、何もしない理由にはならない。

 

「アーサー」

「はい」

「技術班、整備班、通信担当、それから主要パイロットをミーティングルームへ集めて」

「今からですか?」

「今からよ」

「了解しました」

 

アーサーが敬礼する。

だが、部屋を出る前に、彼は一度だけ振り返った。

 

「艦長。これは、報告前の確認作業、という扱いでよろしいですね?」

「ええ」

「隠蔽ではなく」

「もちろん」

 

タリアは、そこだけははっきり言った。

 

「信号の存在は報告する。けれど、推測だけを本国へ投げるつもりはないわ。こちらで確認できる事実は確認する」

「事実を添えて報告するために」

「そして、それがセラを守る唯一の手段になるかもしれない」

 

アーサーは表情を引き締めた。

 

「すぐに集めます」

 

扉が閉じる。

タリアは、もう一度だけ波形を見た。

 

レギナント。

あの白い機体は、まだ何かを隠している。

それはセラの意思とは無関係かもしれない。

あるいは、彼女自身すら知らないまま、機体の奥に残されている仕組みなのかもしれない。

 

だが、どちらにせよ、放置はできない。

 

帰還まで、あと10日。

その日数が、タリアの中で意味を変えた。

 

ミネルバに残された、調査の猶予。

本国へ未確認の疑惑を持ち込むまでの期限。

 

それはもう、ただの帰還までの時間ではなかった。

タイムリミットだった。

 

ミーティングルームに集められた面々は、最初、何が始まるのか分からない顔をしていた。

 

ヨウランとヴィーノは、整備用端末を抱えたまま入ってきた。

レギナントの作業を中断して来たのだろう。袖口に薄い油汚れが残っている。

メイリンは通信記録用の端末を持ち、ルナマリアはその隣に座った。

シンは腕を組み、明らかに落ち着かない様子で椅子に腰を下ろしている。

レイは一番後ろに座り、静かに部屋全体を見ていた。

セラはメイリンの隣に立っている。

座るよう促されると、室内の配置を一度確認してから、椅子へ腰を下ろした。

 

最後にタリアとアーサーが入ってくる。

その時点で、空気が変わった。

 

軽い報告ではない。

雑談で済む話でもない。

誰もが、それを察した。

 

「急に集めて悪いわね」

 

タリアは前置きを短く済ませた。

アーサーが壁面モニターへデータを映す。

 

青白い波形。

ジブラルタル基地の観測ログ。

レギナント起動時のタイムスタンプ。

ECMによるノイズの分布。

 

ヨウランが眉をひそめた。

 

「何です、これ?」

「ジブラルタル基地で検知された未確認パルス信号よ」

 

タリアが答える。

 

「検知されたのは、レギナントの起動時。出撃後の戦闘中に同じ波形は確認されていない。空間支配(クイーンズ・ウェブ)の展開時にも再発信はない」

「起動時だけ、ですか」

 

ヴィーノが画面に身を乗り出す。

 

「ええ。だから、通常通信というより、起動時診断か識別同期に紐づく信号の可能性がある」

「レギナントから出たってことですか?」

「断定はまだできないわ」

「でも、そう見えるってことですよね?」

 

メイリンが小さく言った。

タリアは頷く。

 

「そう見える。そして、それが問題なの」

 

シンが身を乗り出した。

 

「問題って、信号が出てたってだけですよね? レギナントは元々敵の機体だったんだし、何か変なものが残っててもおかしくないじゃないですか」

「ええ。ミネルバの中では、そう考えることもできる」

 

タリアの声は静かだった。

 

「でも、本国が同じように見るとは限らない」

「本国が?」

「報告書に並ぶのは、状況と事実よ。元敵性機体。元敵側搭乗者。レギナント起動時の未確認信号。位置情報漏洩の可能性」

 

レイがそこで口を開いた。

 

「並べれば、疑う理由にはなる」

 

シンが振り向く。

 

「レイ、お前まで」

「疑っているわけじゃない」

「じゃあ何だよ?」

「疑う側の理屈だ。俺たちがどう思うかとは別に、本国がどう判断するかを考える必要がある」

 

シンは言い返そうとして、言葉を詰まらせた。

感情では違うと言える。

セラがそんなことをするわけがないと叫ぶことはできる。

だが、報告書を読む者は、ジブラルタルでの食堂も、格納庫も、メイリンの涙も知らない。

セラがどんな顔でミネルバを守ったかも知らない。

 

情報だけを見る。

 

それが、怖かった。

 

ルナマリアが低く言う。

 

「つまり、セラがスパイ扱いされるかもしれないってことですか?」

「可能性としては、あるわ」

 

タリアは誤魔化さなかった。

 

メイリンの手が、膝の上でぎゅっと握られる。

彼女はすぐに何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。

怒ることはできる。

否定することもできる。

でも、それだけでは足りない。

 

セラは、ただモニターを見ていた。

波形を。

時刻を。

レギナント起動と重なる短い信号を。

 

タリアは彼女を見る。

 

「セラ。あなたに確認します」

「はい」

「レギナントに、こちらが把握していない起動時診断信号、識別信号、あるいは位置情報を送る機能がある可能性は?」

「可能性はあります」

 

即答だった。

そのあまりの速さに、メイリンが顔を上げる。

シンも椅子から半分立ち上がりかけた。

 

「セラ!」

「レギナントには、私に開示されていない区画があります。起動診断系、機体識別系にも未確認領域があります」

「でも、セラは知らなかったんでしょ?」

 

メイリンが言う。

声が震えていた。

 

セラはメイリンを見た。

 

「該当機能の存在は把握していません」

「なら」

「ただし、把握していないことは、存在しないことを意味しません」

「そうじゃなくて……」

 

メイリンの声が詰まる。

 

セラは淡々と続けた。

 

「私の意思で信号を送った記録はありません。通信操作も実行していません。ただし、レギナント側の起動時自動処理による発信は否定できません」

「それを聞いたら、疑う方は喜ぶだけじゃないか!」

 

シンが言った。

声が荒い。

だが、怒りの向きはセラではなかった。

そんな言い方をしてしまうセラ自身へ、そしてそれを必要とする状況へ向いていた。

 

「なんで自分からそんなふうに言うんだよ!」

「事実です」

「事実でも、言い方があるだろ!」

「不正確な否定は、後に不利になります」

「だからって……!」

 

シンが言葉を探していると、レイが静かに言った。

 

「セラの言い方は、報告としては正しい」

「レイ!」

「だが、それだけでは足りない」

 

レイはモニターを見る。

 

「彼女が知らなかった。彼女が操作していない。それを示す材料が必要だ」

「証拠……」

 

メイリンが小さく繰り返す。

 

タリアは頷いた。

 

「その通りよ。だから、今から調べる」

 

ヨウランが顔を上げた。

 

「今から、って……レギナントをですか?」

「ええ。通信系、起動診断系、識別同期系、神経接続系。見られるところは全て」

「でも、あれはブラックボックスだらけです。通常のザフト機みたいにはいきません」

「分かっているわ」

「本国設備でもないと、分解できない区画もあります」

「それでも、ミネルバで確認できる範囲はあるはずよ」

 

タリアの視線が、ヨウランとヴィーノをまっすぐ捉える。

 

「見つけなさい」

「……」

「信号源そのものが見つからなくてもいい。通常通信系ではないのか、起動診断系なのか、機体側の自動処理なのか。搭乗者の操作と無関係に起動時だけ出ていると言える材料を集める」

「セラがやったんじゃないって、証明するために」

 

ヴィーノが言った。

 

タリアは少しだけ間を置いた。

 

「セラを庇うためだけではないわ」

「……」

「事実を報告するためよ。けれど、その事実が、彼女を守る唯一の手段になるかもしれない」

 

ヨウランは唇を噛んだ。

ヴィーノも視線を落とす。

 

レギナントを整備してきた。

3号ユニットを作り、4号のためのデータを取り始めた。

それでも、まだ機体の奥に何かがある。

自分たちが触れなかった場所、知らなかった場所から、セラを疑わせるものが出てきた。

 

「……やります」

 

ヨウランが言った。

 

「通常通信系から順に洗います。外部診断ポート、電源ライン、起動診断系、神経接続系。見られるところは全部見る」

「俺もやります」

 

ヴィーノも続ける。

 

「発信機があるなら探します。なくても、起動時に何が鳴ってるのかは絶対に掴みます」

 

タリアは頷いた。

 

「メイリン」

「はい」

「あなたは通信ログと管制記録を見て。ジブラルタル基地の受信ログ、ミネルバ側のレギナント起動ログ、過去の起動記録。敵に位置を掴まれた可能性のある時刻と照合して」

「分かりました」

 

メイリンの返答は早かった。

顔色は悪い。

だが、目は逸らしていない。

 

「ルナマリア、シン、レイ」

「はい」

「パイロット側から見た過去戦闘の不自然な点を洗い出して。敵がこちらの位置を掴んでいたと思われる場面、その前にレギナントを起動していたかどうか、記録と照合する」

「分かりました」

「了解です」

「了解しました」

 

シンはまだ納得しきれていない顔だったが、何もできないよりは良い。

怒りを向ける先が、少なくとも作業へ変わった。

 

タリアは最後にセラを見た。

 

「セラ。あなたにも協力してもらいます」

「はい」

「レギナントの限定起動、通常コクピット接続、3号ユニット使用時の起動反応確認。ただし、直接神経接続は禁止」

「直接神経接続、禁止」

「そうよ」

「了解しました」

 

メイリンがわずかに息を吐く。

ルナマリアも、横目でセラを見る。

シンは小さく「当たり前だろ」と呟いた。

 

セラは、それらの反応を処理していた。

直接神経接続は有効だ。

それは事実だ。

だが、今それを行えば、また別の問題を増やす。

少なくとも、メイリンが泣く可能性は高い。

 

それは、捨ててはいけない情報だった。

 

「確認します」

 

セラはタリアを見る。

 

「この調査は、レギナント内の未知機能特定、起動時パルス発生条件の確認、搭乗者意思による発信ではない可能性の検証を目的とします」

「ええ」

「私は、把握している情報を全て提供します。ただし、把握していない区画については説明不能です」

「それでいいわ。分からないことを、分かると言わないことも重要よ」

 

セラは頷いた。

 

「了解しました」

 

会議室に、少しだけ沈黙が落ちる。

 

誰も、この調査で全てが解決するとは思っていなかった。

レギナントは巨大なブラックボックスだ。

ミネルバの設備だけで、すべてを暴くことはできない。

本国に着けば、より大きな設備、より多くの技術者、より高い権限を持つ者たちが待っている。

その中で、セラがどう扱われるかは分からない。

 

だが、何もせずに帰ることだけはできなかった。

 

情報はない。

確たる証拠もない。

だが、やらなければ、未確認の疑惑をそのまま差し出すことになる。

 

それは、セラを差し出すことと同じだった。

 

「艦長」

 

アーサーが、少しだけ声を落として言った。

 

「この件、本国への第一報はどうしますか?」

「追加解析中、として一時保留。信号の存在そのものは伏せない。ただし、詳細報告はミネルバ側の確認結果を添えて送る」

「了解しました」

「隠蔽はしないわ。けれど、未確認の疑惑だけを先に走らせるつもりもありません」

 

その言葉に、メイリンが小さく顔を上げた。

シンも、ルナマリアも、ヨウランもヴィーノも、同じようにタリアを見る。

 

タリアは、全員を見渡した。

 

「本国まで、あと10日。長いようで短いわ」

「10日で、どこまで分かるか……」

 

ヨウランが呟く。

 

「分かるところまで、です」

 

アーサーが言った。

いつもの少し頼りない響きではなく、艦の副長としての声だった。

 

「何も分からないままより、ひとつでも事実を積むべきです」

 

レイが静かに頷く。

 

「疑いを消すには、感情では足りない」

「分かってるよ」

 

シンが低く言った。

 

「だったら、証拠を見つければいいんだろ」

「そういうことよ」

 

ルナマリアが続ける。

その声には、怒りと不安と、はっきりした決意が混じっていた。

 

「セラが何も知らなかったって、機体が勝手に出していたんだって、言えるものを探す」

「探す、ではなく確認する」

 

セラが訂正する。

 

「事実確認」

「今はどっちでもいいの」

 

ルナマリアが即座に返した。

それから少しだけ表情を緩める。

 

「でも、そうね。確認するのよ。あなたのためにも、私たちのためにも」

 

セラはその言葉をしばらく処理していた。

 

「私のため」

「そう」

 

メイリンが言った。

 

「セラのため」

 

セラはメイリンを見る。

メイリンの表情は不安げだった。

だが、逃げてはいなかった。

 

会議室の空気が、少しずつ変わっていく。

疑惑を共有した重さは消えない。

けれど、ただ重いだけではなくなった。

誰が何をするかが決まり、動く方向ができた。

 

タリアは端末を閉じた。

 

「各班、すぐに準備に入って。レギナントの起動テストは、医療班の確認を取った上で行います。セラの負荷を最優先にすること」

「はい」

「了解」

「分かりました」

 

椅子が引かれる音が、次々と会議室に響いた。

ヨウランとヴィーノは端末を抱えて立ち上がる。

メイリンは通信ログの取得手順を確認し始めた。

ルナマリアはシンに何か言いかけ、彼の固い表情を見て、少しだけ言葉を飲み込む。

レイは静かに立ち、セラの横を通る時に一度だけ足を止めた。

 

「セラ」

「はい」

「お前が知らないことを、こちらが知らないままにしておくわけにはいかない」

「同意します」

「だから調べる」

「はい」

 

それだけだった。

だが、以前のレイなら言わなかったかもしれない言葉だった。

 

シンが少し乱暴に椅子を戻す。

 

「行くぞ、レイ」

「ああ」

「セラ」

「はい」

「直接繋ぐなよ」

「命令は受領済みです」

「念押しだよ、念押し」

「念押し」

「そうだ」

 

シンはそれだけ言って、会議室を出ていった。

 

メイリンはまだ座っていた。

端末を握る手に力が入っている。

セラはその手を見る。

 

「メイリン」

「うん」

「作業負荷が高い場合、交代を申請してください」

「……そういう心配はできるようになったんだ」

「前回、心配をかけないよう善処すると言いました」

「うん。言ったね」

 

メイリンは少しだけ笑った。

困ったような、でも少しだけ嬉しそうな笑みだった。

 

「じゃあ、私も善処する」

「善処」

「そう。セラのこと、ちゃんと調べて、ちゃんと守れるように」

 

セラは瞬きをした。

 

「守る」

「うん」

 

メイリンは立ち上がった。

 

「証拠、見つけよう」

 

セラはすぐには答えなかった。

証拠。

それは自分が疑われないためのもの。

同時に、レギナントに何があるのかを明らかにするもの。

そして、ミネルバが本国へ持ち込むためのもの。

 

「了解しました」

 

セラはそう答えた。

 

ミーティングルームの扉が開き、ひとり、またひとりと艦内へ散っていく。

廊下の先では、いつものミネルバの音がしていた。

整備員の足音。

通信機の呼び出し。

空調の低い唸り。

宇宙航行中の艦が、変わらず前へ進む音。

 

本国まで、あと10日。

 

それは帰還までの時間だった。

同時に、ミネルバがセラとレギナントの真実を掴むために残された時間でもあった。

 

 

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