機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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05.白い残骸、白い搭乗者

今なら撃てる。

 

ライフルの照準は、白いMSの胴体を捉えていた。

敵機は動かない。

ドラグーンも沈黙している。

 

撃つだけなら、今が一番確実だった。

 

それでも、シンは引き金を引けなかった。

 

あの無機質な声。

幼い声。

そして、最後までこちらを落としに来なかった戦い方。

 

赤い線で進路を塞ぎ、ビームで押し返し、近づけば爪で噛みついてきた。

けれど、最初から最後まで、狙いは所属不明艦を逃がすことだった。

 

撃墜するための攻撃ではない。

止めるための攻撃。

 

その違和感が、シンの中に残っていた。

 

『シン!』

 

突然、通信が戻った。

 

『シン、応答してください!』

 

メイリンの声だった。

ノイズ混じりの通信に、焦りが滲んでいる。

 

続いて、ルナマリアの声が入る。

 

『シン、聞こえる!?』

「……聞こえてる」

 

シンは、ようやく息を吐いた。

 

『熱源反応を確認した。位置を固定しろ』

 

レイの声が続く。

 

『シン、勝手に動くな。こちらもすぐに追いつく』

 

アスランの声は低かった。

怒っている。

それは、通信越しでも分かった。

 

シンは視線を白いMSへ向けたまま、小さく呟く。

 

「……遅いんだよ」

 

---

 

インパルスの周囲へ、ブレイズザクファントム、ガナーザクウォーリア、セイバーが慎重に集まってくる。

 

誰も、不用意には近づかなかった。

 

白いMSは、デブリ帯の中で静かに漂っている。

左側の大型スカート装甲は大きく破損し、周囲には砕けた装甲片とドラグーンの残骸が浮かんでいた。

各部スラスターの光も弱い。

 

それでも、完全に死んだ機体には見えなかった。

 

頭部カメラが、微かに光っている。

 

「……動かないな」

 

シンは低く言った。

だが、ライフルは下ろさない。

 

あの赤い線を見た後では。

あの静かな白い機体に、何度も進路を奪われた後では。

 

停止しているから安全だ、とは思えなかった。

 

『まだ油断はできない』

 

レイが言った。

その声は、いつも通り冷静だった。

 

『対象機の性能は未知数だ。今のうちに撃破を確認すべきだと思う』

 

ルナマリアが息を呑む音が聞こえた。

 

『……でも』

 

言いかけて、続きが出てこない。

 

シンには、その沈黙の意味が分かった。

動かない相手へ止めを刺すことに抵抗がある。

けれど、レイの判断を間違いだとも言えない。

 

もし再起動したら。

またドラグーンが広がったら。

あの赤い線が、もう一度この宙域を埋めたら。

 

今度こそ、誰かが落とされるかもしれない。

 

『対象は依然として脅威だ』

 

レイが続ける。

 

『完全に無力化したとは言えない』

「じゃあ、動けない相手を撃つのかよ!」

 

シンの声が荒くなる。

 

「今さら撃って、何になるんだよ!」

『それは感情論だ』

 

レイは揺れない。

 

『敵機を無力化するのは当然の判断だ』

「だからって――!」

 

言い返そうとしたシンの声を、アスランが遮った。

 

『やめろ』

 

短い一言だった。

それだけで、通信が静かになる。

 

『今は勝手な判断をするな。敵機の状態も、パイロットの状態も分かっていない』

「パイロット……」

 

シンは、白いMSを見た。

 

あの声。

機械みたいな警告。

それでも、どう聞いても子供の声だった。

 

『ここで破壊すれば、俺たちは何も分からなくなる』

 

アスランは続ける。

 

『まずミネルバへ連絡する。艦長の指示を仰ぐ』

『その間に再起動する可能性があります』

 

レイが即座に返す。

 

『対象は危険です』

『分かっている。だから包囲を維持する。だが、勝手に撃つな』

 

数秒の沈黙。

 

やがて、レイが短く答えた。

 

『……了解した』

 

通信回線が開かれる。

 

『こちらミネルバ。応答を確認』

 

タリアの声が入った。

その背後で、誰かが小さく息を吐く気配もある。

ブリッジ側も、ずっと通信の回復を待っていたのだろう。

 

アスランが状況を簡潔に報告した。

 

『対象艦はロスト。所属不明MSと交戦後、対象機の戦闘停止を確認。機体は中破程度。現在、こちらで包囲中です』

 

短い沈黙。

 

タリアが問い返す。

 

『パイロット反応は?』

 

レイがセンサーを確認する。

 

『……微弱反応あり。生存している可能性が高い』

 

通信の向こうで、空気が変わった。

 

シンは無意識に奥歯を噛む。

やっぱり、中にいる。

 

あの声の主が。

 

タリアの判断は早かった。

 

『対象機は拿捕します』

『可能であれば、先にパイロットの身柄を拘束しなさい。機体の完全破壊は禁止』

『了解』

 

アスランが答える。

 

レイはまだ照準を下ろさない。

ルナマリアも砲口を向けたまま、白いMSの動きを見ている。

 

『ドラグーン反応は消失。機体出力も大きく低下している』

 

レイが告げる。

 

『だが、完全停止ではない』

『分かっている。距離を保て』

 

アスランのセイバーが、白いMSの背後側へ回る。

レイは右側。

ルナマリアは左側で射線を取る。

シンのインパルスは、正面に残った。

 

包囲はできている。

 

それでも、誰も安心していなかった。

 

単機で4機を足止めした白いMS。

赤い線で、宇宙そのものを狭くした機体。

ほとんど動かずに、こちらの進路だけを奪い続けた相手。

 

沈黙している今でさえ、不気味だった。

 

『……なんか、まだこっち見てるみたい』

 

ルナマリアが、小さく言った。

 

誰も否定しなかった。

 

実際、頭部カメラの微かな光は、まだインパルスたちを見ているように見えた。

生きている。

あるいは、まだ戦闘が終わっていない。

 

そんな錯覚すら覚えさせる。

 

だが、それ以上は何も起きなかった。

 

赤い線は出ない。

ドラグーンも動かない。

白いMSは、ただ静かに漂っている。

 

シンはライフルを構えたまま、その姿を見つめていた。

 

さっきまで、あれほど憎らしかった相手。

逃がしたくなくて、追いかけた相手。

この手で斬りつけて、傷を負わせた相手。

 

それなのに今は、ただ壊れかけた白い機体に見える。

 

戦いの果てに眠りについた、女王のように。

 

「……なんなんだよ、本当に」

 

シンの声は、誰に届くでもなく、通信の中へ小さく消えていった。

 

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