機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
今なら撃てる。
だが引き金を引く気にはなれない。
あの無機質な声。
幼い声。
そして、最後まで「最低限の攻撃」しかしてこなかった戦い方。
それらがシンの中で妙な違和感として残っていた。
『シン!』
その時、突然通信が回復する。
『応答してシン!』
ルナマリアの声。
『熱源反応を確認した!』
『位置を固定しろ!』
続いてレイとアスランの声。
シンはようやく息を吐いた。
「……遅ぇよ」
*****
その周囲を、インパルス、ブレイズザクファントム、ガナーザクウォーリア、セイバーが慎重に取り囲む。
誰も不用意に近づかない。
「……動かねぇな」
シンが低く呟く。
だがライフルは下ろしていない。
あの戦闘を経験した今、この白い機体が完全停止しているとは、とても信じ切れなかった。
『まだ油断はできない。それに対象機の性能は未知数だ。今のうちに撃破を確認するべきだと思う』
静かな声だった。
感情ではない。
純粋な軍事判断。
その言葉にルナマリアの喉が小さく鳴る音が聞こえてくる。
『……』
彼女自身、シンの気持ちは分かっていた。
もう動いていない相手へ止めを刺すことへの抵抗感もある。
だが同時に、あの空間支配の恐怖も忘れられなかった。
もし再起動したら。
またあの赤い線が空間を埋めたら。
今度こそ誰かが落とされるかもしれない。
だから否定できない。
レイの意見が、あまりにも合理的だった。
『でも……』
ルナマリアが言葉を探す。
その横で、アスランは白いMSをじっと見つめていた。
『待て』
短い一言で全員が静かになる。
『この機体は異常だ。ドラグーンの制御精度、空間封鎖能力、戦術思考……どれも通常のMSじゃない』
アスランは視線を逸らさないまま続けた。
『ここで破壊すれば、俺達は何も分からなくなる。まずはミネルバへ連絡して指示を仰ぐべきだ』
『その間に再起動する可能性があります』
レイが即座に反論する。
『対象は依然として脅威です』
「なら、お前は動かねぇ相手を撃つのかよ!」
シンが食って掛かった。
「今さら撃ってどうすんだよ!」
『それは感情論だ』
レイは冷静だった。
『敵機を無力化するのは当然の判断だ』
「だからって――!」
『やめろ』
今度はアスランの声が割って入る。
低いが、有無を言わせない声音だった。
『今は勝手な判断をするな。――ミネルバへコンタクトを取る』
数秒の沈黙の後、レイは僅かに視線を伏せ、やがて小さく頷いた。
『……了解しました』
通信回線が開かれる。
『こちらミネルバ。応答を確認』
タリアの声が入り、その背後から安堵の声も聞こえてきた。
アスランが状況を簡潔に報告する。
『対象艦はロスト。所属不明MSと交戦後、戦闘停止状態を確認。対象機は中破程度。現在包囲中です』
短い沈黙の後、タリアが問い返す。
『パイロット反応は?』
レイがセンサーを確認する。
『……微弱反応あり。生存している可能性が高い』
ブリッジ側の空気が変わった。だがタリアは即断する。
『対象機は拿捕します。可能であれば、先にパイロットの身柄を拘束しなさい。機体の完全破壊は禁止』
『了解』
白いMSは依然として沈黙したまま。
ゆっくりとデブリ帯を漂っている。
左側スカート装甲は大きく破損し、各部スラスターも沈黙していた。
レイは照準を下ろさない。
『油断はするな』
『ドラグーン反応は消失している。だが、機体出力は完全停止していない』
アスランも慎重に機体を見据えていた。
あの空間支配。
未来を見ているようなドラグーンの照準制度。
単機で四機を封殺した異常な戦術。
それらを見せつけられた後では、静止しているだけでなお不気味だった。
ルナマリアがまた小さく息を飲む。
『……なんか、まだこっち見てるみたい』
その言葉に誰も否定できなかった。
実際、頭部カメラはまだ微弱に発光している。
生きている。
あるいは。
まだ戦闘が終わっていない。
そんな錯覚すら覚えさせた。
だがこれ以上、何も起きない。
赤線も、ドラグーンも、白い機体も。
静かに沈黙する。
その姿はまるで、戦いの果てに眠りについた女王のようだ。