機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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53.仮初めの平穏

ミネルバは、プラント本国の軍港に係留されていた。

 

ジブラルタル防衛戦で受けた損傷は軽くない。

船体外装、推進系、格納庫設備、火器管制、補給系統。

どれも完全な点検と修理を必要としていた。

 

レギナントも同じだった。

 

即戦力として解体されることはない。

だが、起動時に発生する低周波パルスの解析、発信源の特定、除去または遮断策の検討は、本国施設のラボで進められることになっている。

ミネルバ整備班も立ち会うが、機体は当面、通常整備とは別枠で扱われる。

 

修理、解析、補給、乗員の休養。

それらを並行して進めるには、少なくとも14日は必要と見込まれていた。

 

その段取り自体は、すでに乗員たちにも共有されている。

これを機に、リフレッシュを兼ねて休暇を申請する者も多い。

 

しかし問題は、もっと身近で、もっと厄介なことだった。

 

セラをどこに滞在させるのか、である。

 

「本国施設側からは、女性用臨時宿泊区画の個室が提示されています」

 

アーサーが端末を確認しながら言った。

 

ミネルバの臨時待機区画には、タリア、アーサー、アスラン、レイ、シン、ルナマリア、メイリン、そしてセラが集まっていた。

ヨウランとヴィーノも、レギナント整備班として連絡待機の名目で同席している。

 

一見すれば、施設側の案は妥当だった。

 

本国軍施設内。女性用区画。個室。

管理上の問題は少なく、外部との接触も制限しやすい。

 

だが、メイリンはすぐに首を横に振った。

 

「無理です」

 

即答だった。

 

アーサーが少し困った顔をする。

 

「無理、というのは」

「セラをひとりにするのは無理です」

 

メイリンの声は強かった。

タリアも、それを否定しなかった。

 

セラは戦える。

レギナントに乗れば、ミネルバを守ることすらできる。

だが、ひとりで14日間生活できるかと問われれば、答えは別だった。

 

食事の時間になっても、自分から食堂へ向かうとは限らない。

体調が悪くても、それを異常として報告できるか分からない。

部屋にいていいと言われれば、本当に何時間でも同じ場所に座っているかもしれない。

眠る場所を与えられても、そこを眠るための場所として扱うとは限らない。

 

「セラなら、部屋に置いたら本当にずっと部屋にいるかもしれないですね」

 

ヨウランが言う。

 

「それか、レギナントのところに行く」

「あり得る」

 

ヴィーノが頷いた。

 

「個室にいていいって言われたら、椅子に座ってずっと待ってそう」

「待つことは可能です」

 

セラが答えると、全員が一瞬黙った。

 

「ほら」

「ほらじゃないわよ……」

 

メイリンが小さく呟いた。

ルナマリアが額を押さえる。

 

アスランはセラを見る。

 

「セラ。もし個室に入ったとして、食事の時間になったらどうする」

「指定された予定表を確認します」

「予定表がなかったら」

「待ちます」

「誰かを呼ぶという判断は」

「判断……」

 

アスランはそれ以上聞かなかった。

 

シンが舌打ちする。

 

「だから無理なんだよ。そんなの部屋に置いただけじゃ放置と同じだろ」

「言い方」

 

ルナマリアが横から注意したが、否定はしなかった。

 

タリアは端末を閉じた。

 

「女性用個室での単独滞在は却下します」

「はい」

 

メイリンがすぐに頷く。

 

「だったら、私の部屋に連れていきます」

「メイリン」

 

ルナマリアが、少し低い声で妹の名を呼んだ。

 

「お姉ちゃん」

「気持ちは分かるけど無理よ」

「でも」

「あの部屋、私たち2人でもぎりぎりでしょ」

 

メイリンは言葉を止めた。

 

ルナマリアは続ける。

 

「着替え、荷物、端末、医療班から渡される記録用品、3号ユニットの管理ケース。

 セラの分まで入れたら、寝る場所も動く場所もなくなるわ」

「寝るだけなら」

「寝るだけじゃ済まないでしょ」

 

ルナマリアの声は強い。

けれど、突き放しているわけではなかった。

 

「セラは普通に暮らす練習も必要なの。荷物を置く場所も、着替える場所も、休む場所もいる。

 私たちの部屋に詰め込んだら、結局メイリンが全部抱え込むだけになる」

「……でも」

 

メイリンは視線を落とす。

 

「ひとりにはしたくない」

「それは私も同じ」

 

ルナマリアは少しだけ表情を和らげた。

 

「でも、場所がないのよ」

 

現実的な一言だった。

 

その沈黙を破ったのは、意外な声だった。

 

「じゃあ、俺の部屋でいいだろ」

 

シンだった。

 

一瞬、全員が止まる。

 

「はあ? ちょっと待ちなさいよ。あんた、自分が何言ってるか分かってる?」

「分かってるよ。寝る場所がないんだろ」

「そういう問題じゃないでしょ」

「じゃあ、どうすんだよ。セラ一人で部屋に置いとくのか」

 

シンの声は荒かった。

だが、怒っている相手はルナマリアではなかった。

 

「シン、気持ちは分かるけど」

 

メイリンも困った顔をする。

 

「俺の部屋、一応予備寝台あるし、荷物も少ない。俺は別に——」

「床で寝るとか言わないわよね」

 

ルナマリアが先に遮った。

 

シンは一瞬黙る。

 

「……言ってねえだろ」

「今、言いかけたでしょ」

「言ってねえ」

「顔に出てる」

 

ルナマリアは深くため息をついた。

 

「軍施設の宿泊区画で、あんたが床で寝てセラを置くって、それだけ聞いたら完全に問題行動よ」

「じゃあどうすんだよ」

「それを今考えてるんでしょ!」

 

シンは言い返そうとして、セラを見た。

 

セラは黙って立っている。

話の中心にいるのに、自分から居場所を主張しない。

誰かが決めるまで、ただ待っている。

 

小さな身体。細い肩。

何も持っていない背中。

 

シンの胸の奥が、ざらついた。

 

理由は分かっている。

だが、名前をつけたくはなかった。

 

「一人にしとく方がまずいだろ」

 

シンは低く言った。

 

「飯も食わないかもしれない。寝ろって言わないと寝ないかもしれない。

 部屋にいていいって言ったら、ずっと同じ場所にいるかもしれない。そんなの、放っておけるかよ」

 

メイリンが黙る。

ルナマリアも、すぐには返せなかった。

 

レイは、そんなシンを横から見ていた。

 

セラの小さな背中。

自分を守る判断が遅く、必要と判断されれば痛みにも応じてしまう少女。

 

その姿を見た時、シンが何を思い出したのか。

レイには、だいたい分かった。

 

「俺は、シンの案に反対しない」

 

静かに言う。

 

「レイ?」

 

ルナマリアが、信じられないという目をレイに向けた。

 

「ちょっと待って。あんたまで何言ってるの」

「シン一人に任せるわけではない。俺も同じ区画にいる。問題があればすぐ報告する」

「そういう問題じゃないでしょ」

「セラを単独で置くよりは、監督と支援がしやすい」

 

レイはそこで一度だけシンを見た。

 

「それに、シンは放っておけないだろう」

 

シンは一瞬、言葉を詰まらせた。

 

「……別に、そういうんじゃ」

「そういうことにしておけばいい」

 

レイは淡々と言った。

 

アスランは腕を組んだまま、しばらく考えていた。

 

「条件付きなら、検討はできる」

「アスランまで」

 

ルナマリアの声が少し弱くなる。

 

「賛成しているわけじゃない。ただ、他の案より現実的ではある。

 シンの宿泊区画に置くとしても、完全に2人だけにはしない。

 レイが同区画で待機。メイリンとルナマリアが日中の確認に入る」

「……それなら」

 

メイリンはまだ不安そうだった。

 

「私も、毎日見に行きます」

「私も行くわよ」

 

ルナマリアがすぐに言った。

 

「シンだけに任せたら、絶対雑になる」

「何だよ、それ」

「事実でしょ」

 

タリアは全員の顔を順に見た。

 

「まあ……問題がないわけじゃないけど、暫定措置としてなら許可します」

 

シンが顔を上げる。

 

「ただし、これはあなたが勝手に面倒を見るという意味ではありません。ミネルバとしての保護措置です」

「分かってます」

「本当に?」

「……分かってます」

 

タリアは次にレイを見る。

 

「レイ。同区画で監督。問題があればすぐ報告」

「了解しました」

「メイリン、ルナマリア。日中の生活確認と必要物資の管理」

「はい」

「分かりました」

「アスラン、施設側との手続き確認をお願い」

「了解しました」

 

最後に、タリアはセラを見た。

 

「セラ。しばらくの間、あなたはシンの宿泊区画を生活拠点にします。

 ただし、困った時はシンだけではなく、レイ、メイリン、ルナマリアにも連絡すること」

「はい」

 

セラはごく普通に頷いた。

 

「シンの区画で生活します」

「嫌なら、嫌と言っていいんだよ」

 

メイリンがすぐに言う。

 

セラはメイリンを見る。

 

「嫌ではありません」

「本当に」

「シンは、食事と睡眠を見ます。レイは問題を報告します。メイリンとルナは日中確認。運用は成立します」

「運用って言わないで……」

 

メイリンが小さく呻いた。

 

シンは少し不満そうに言う。

 

「何だよ、俺は食事と睡眠係かよ」

「違うの?」

「いや、間違ってねえけど」

 

ルナマリアがため息をついた。

 

「本当に大丈夫なの? これ」

「大丈夫にするのよ」

 

タリアは言った。

 

「この14日間は、レギナントだけでなく、セラ自身を整える時間でもあります。

 戦闘ではなく、日常に慣らすための時間でもあるのよ」

 

その言葉に、誰も反論しなかった。

 

本国での滞在は、こうして始まった。

 

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