機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバは、プラント本国の軍港に係留されていた。
ジブラルタル防衛戦で受けた損傷は軽くない。
船体外装、推進系、格納庫設備、火器管制、補給系統。
どれも完全な点検と修理を必要としていた。
レギナントも同じだった。
即戦力として解体されることはない。
だが、起動時に発生する低周波パルスの解析、発信源の特定、除去または遮断策の検討は、本国施設のラボで進められることになっている。
ミネルバ整備班も立ち会うが、機体は当面、通常整備とは別枠で扱われる。
修理、解析、補給、乗員の休養。
それらを並行して進めるには、少なくとも14日は必要と見込まれていた。
その段取り自体は、すでに乗員たちにも共有されている。
これを機に、リフレッシュを兼ねて休暇を申請する者も多い。
しかし問題は、もっと身近で、もっと厄介なことだった。
セラをどこに滞在させるのか、である。
「本国施設側からは、女性用臨時宿泊区画の個室が提示されています」
アーサーが端末を確認しながら言った。
ミネルバの臨時待機区画には、タリア、アーサー、アスラン、レイ、シン、ルナマリア、メイリン、そしてセラが集まっていた。
ヨウランとヴィーノも、レギナント整備班として連絡待機の名目で同席している。
一見すれば、施設側の案は妥当だった。
本国軍施設内。女性用区画。個室。
管理上の問題は少なく、外部との接触も制限しやすい。
だが、メイリンはすぐに首を横に振った。
「無理です」
即答だった。
アーサーが少し困った顔をする。
「無理、というのは」
「セラをひとりにするのは無理です」
メイリンの声は強かった。
タリアも、それを否定しなかった。
セラは戦える。
レギナントに乗れば、ミネルバを守ることすらできる。
だが、ひとりで14日間生活できるかと問われれば、答えは別だった。
食事の時間になっても、自分から食堂へ向かうとは限らない。
体調が悪くても、それを異常として報告できるか分からない。
部屋にいていいと言われれば、本当に何時間でも同じ場所に座っているかもしれない。
眠る場所を与えられても、そこを眠るための場所として扱うとは限らない。
「セラなら、部屋に置いたら本当にずっと部屋にいるかもしれないですね」
ヨウランが言う。
「それか、レギナントのところに行く」
「あり得る」
ヴィーノが頷いた。
「個室にいていいって言われたら、椅子に座ってずっと待ってそう」
「待つことは可能です」
セラが答えると、全員が一瞬黙った。
「ほら」
「ほらじゃないわよ……」
メイリンが小さく呟いた。
ルナマリアが額を押さえる。
アスランはセラを見る。
「セラ。もし個室に入ったとして、食事の時間になったらどうする」
「指定された予定表を確認します」
「予定表がなかったら」
「待ちます」
「誰かを呼ぶという判断は」
「判断……」
アスランはそれ以上聞かなかった。
シンが舌打ちする。
「だから無理なんだよ。そんなの部屋に置いただけじゃ放置と同じだろ」
「言い方」
ルナマリアが横から注意したが、否定はしなかった。
タリアは端末を閉じた。
「女性用個室での単独滞在は却下します」
「はい」
メイリンがすぐに頷く。
「だったら、私の部屋に連れていきます」
「メイリン」
ルナマリアが、少し低い声で妹の名を呼んだ。
「お姉ちゃん」
「気持ちは分かるけど無理よ」
「でも」
「あの部屋、私たち2人でもぎりぎりでしょ」
メイリンは言葉を止めた。
ルナマリアは続ける。
「着替え、荷物、端末、医療班から渡される記録用品、3号ユニットの管理ケース。
セラの分まで入れたら、寝る場所も動く場所もなくなるわ」
「寝るだけなら」
「寝るだけじゃ済まないでしょ」
ルナマリアの声は強い。
けれど、突き放しているわけではなかった。
「セラは普通に暮らす練習も必要なの。荷物を置く場所も、着替える場所も、休む場所もいる。
私たちの部屋に詰め込んだら、結局メイリンが全部抱え込むだけになる」
「……でも」
メイリンは視線を落とす。
「ひとりにはしたくない」
「それは私も同じ」
ルナマリアは少しだけ表情を和らげた。
「でも、場所がないのよ」
現実的な一言だった。
その沈黙を破ったのは、意外な声だった。
「じゃあ、俺の部屋でいいだろ」
シンだった。
一瞬、全員が止まる。
「はあ? ちょっと待ちなさいよ。あんた、自分が何言ってるか分かってる?」
「分かってるよ。寝る場所がないんだろ」
「そういう問題じゃないでしょ」
「じゃあ、どうすんだよ。セラ一人で部屋に置いとくのか」
シンの声は荒かった。
だが、怒っている相手はルナマリアではなかった。
「シン、気持ちは分かるけど」
メイリンも困った顔をする。
「俺の部屋、一応予備寝台あるし、荷物も少ない。俺は別に——」
「床で寝るとか言わないわよね」
ルナマリアが先に遮った。
シンは一瞬黙る。
「……言ってねえだろ」
「今、言いかけたでしょ」
「言ってねえ」
「顔に出てる」
ルナマリアは深くため息をついた。
「軍施設の宿泊区画で、あんたが床で寝てセラを置くって、それだけ聞いたら完全に問題行動よ」
「じゃあどうすんだよ」
「それを今考えてるんでしょ!」
シンは言い返そうとして、セラを見た。
セラは黙って立っている。
話の中心にいるのに、自分から居場所を主張しない。
誰かが決めるまで、ただ待っている。
小さな身体。細い肩。
何も持っていない背中。
シンの胸の奥が、ざらついた。
理由は分かっている。
だが、名前をつけたくはなかった。
「一人にしとく方がまずいだろ」
シンは低く言った。
「飯も食わないかもしれない。寝ろって言わないと寝ないかもしれない。
部屋にいていいって言ったら、ずっと同じ場所にいるかもしれない。そんなの、放っておけるかよ」
メイリンが黙る。
ルナマリアも、すぐには返せなかった。
レイは、そんなシンを横から見ていた。
セラの小さな背中。
自分を守る判断が遅く、必要と判断されれば痛みにも応じてしまう少女。
その姿を見た時、シンが何を思い出したのか。
レイには、だいたい分かった。
「俺は、シンの案に反対しない」
静かに言う。
「レイ?」
ルナマリアが、信じられないという目をレイに向けた。
「ちょっと待って。あんたまで何言ってるの」
「シン一人に任せるわけではない。俺も同じ区画にいる。問題があればすぐ報告する」
「そういう問題じゃないでしょ」
「セラを単独で置くよりは、監督と支援がしやすい」
レイはそこで一度だけシンを見た。
「それに、シンは放っておけないだろう」
シンは一瞬、言葉を詰まらせた。
「……別に、そういうんじゃ」
「そういうことにしておけばいい」
レイは淡々と言った。
アスランは腕を組んだまま、しばらく考えていた。
「条件付きなら、検討はできる」
「アスランまで」
ルナマリアの声が少し弱くなる。
「賛成しているわけじゃない。ただ、他の案より現実的ではある。
シンの宿泊区画に置くとしても、完全に2人だけにはしない。
レイが同区画で待機。メイリンとルナマリアが日中の確認に入る」
「……それなら」
メイリンはまだ不安そうだった。
「私も、毎日見に行きます」
「私も行くわよ」
ルナマリアがすぐに言った。
「シンだけに任せたら、絶対雑になる」
「何だよ、それ」
「事実でしょ」
タリアは全員の顔を順に見た。
「まあ……問題がないわけじゃないけど、暫定措置としてなら許可します」
シンが顔を上げる。
「ただし、これはあなたが勝手に面倒を見るという意味ではありません。ミネルバとしての保護措置です」
「分かってます」
「本当に?」
「……分かってます」
タリアは次にレイを見る。
「レイ。同区画で監督。問題があればすぐ報告」
「了解しました」
「メイリン、ルナマリア。日中の生活確認と必要物資の管理」
「はい」
「分かりました」
「アスラン、施設側との手続き確認をお願い」
「了解しました」
最後に、タリアはセラを見た。
「セラ。しばらくの間、あなたはシンの宿泊区画を生活拠点にします。
ただし、困った時はシンだけではなく、レイ、メイリン、ルナマリアにも連絡すること」
「はい」
セラはごく普通に頷いた。
「シンの区画で生活します」
「嫌なら、嫌と言っていいんだよ」
メイリンがすぐに言う。
セラはメイリンを見る。
「嫌ではありません」
「本当に」
「シンは、食事と睡眠を見ます。レイは問題を報告します。メイリンとルナは日中確認。運用は成立します」
「運用って言わないで……」
メイリンが小さく呻いた。
シンは少し不満そうに言う。
「何だよ、俺は食事と睡眠係かよ」
「違うの?」
「いや、間違ってねえけど」
ルナマリアがため息をついた。
「本当に大丈夫なの? これ」
「大丈夫にするのよ」
タリアは言った。
「この14日間は、レギナントだけでなく、セラ自身を整える時間でもあります。
戦闘ではなく、日常に慣らすための時間でもあるのよ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
本国での滞在は、こうして始まった。