機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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54.仮ぐらしの生活

ここから先は、俺の話になる。

 

正直に言うと、戦闘より疲れた。

 

MSに乗って撃ち合いをしたわけじゃない。

敵が出たわけでもない。

ミネルバが揺れたわけでもない。

 

ただセラを連れて、俺の宿泊区画へ戻っただけだ。

本当に、それだけのはずだった。

 

俺の一時宿泊室は、ミネルバ艦内の部屋より少し広かった。

プラント本国軍施設の若年兵向け区画で、寝台が1つ、壁際に机、収納棚、端末台、折り畳み式の椅子がある。

 

男の部屋だからって、絶対に散らかってるわけじゃない。

一度宇宙に上がれば数カ月は帰ってこないのだから、最低限の整理はしてある。

余計なものは置いていないし、私物も少ない。

 

レイは部屋に入るなり、ぐるりと見渡した。

 

「問題はないな」

「だろ」

「意外だ」

「意外って何だよ」

 

レイは答えなかったが、絶対に楽しんでいる。

 

セラは、玄関で立ち止まっていた。

荷物は小さなスーツケースが1つ。ほとんど支給品だ。

本人はそれを持ったまま、特に困った様子もなく待っている。

 

「とりあえず、セラの部屋をどうするかだな」

 

俺は隣の小部屋を開ける。

 

そこは使っていない部屋だった。

正確には、使っていないから物置代わりにしていた部屋だ。

予備の折り畳み寝具、使っていないケース、整備班(ヴィーノたち)から預かった小物や備品がいくつか置いてある。

 

片付ければ寝られないことはない。

 

「ここ整理すれば、セラが使えるだろ」

「お前がここに寝ろ」

 

即答だった。

 

「は?」

「こんな物置に押し込めるな」

「押し込めるって言い方するなよ。整理すれば使えるだろ」

「なら、お前が使えばいい」

 

レイは本気で言っていた。

 

俺は少しむっとしたが、小部屋をもう一度見た。

確かに、寝られないことはない。

けど、寝るための部屋というより、余ったものを置いておく場所だ。

 

セラは黙って中を見ている。

 

「セラ、お前はここでもいいのか」

「使用可能です」

「ほら」

「それは判断基準にならない」

 

レイがすぐに切った。

 

「セラは、使用可能なら受け入れる。快適かどうか、ふさわしいかどうかを判断していない」

「……まあ、そうだけどよ」

 

セラは無表情だった。

嫌がっていない。たぶん本当に頓着していないだけだ。

 

だから余計に、レイの言い分が正しい気がした。

 

「分かったよ。俺がこっち使う」

 

そう言うと、レイは小さく頷いた。

 

「それでいい」

 

全然よくない気もしたが、言い返すほどの理由はなかった。

 

セラのスーツケースは、俺の部屋に置くことになった。

俺は収納棚の一段を空けようとしたが、またレイに止められた。

 

「滞在期間は限られている。そのままスーツケースを使えば足りる」

「棚くらい貸してもいいだろ」

「中途半端に移すと、何がどこにあるか分からなくなるぞ」

「お前、細かいな」

「お前が雑すぎるんだ」

 

反論できなかった。

 

レイはセラの方を見る。

 

「毎日使うものは、スーツケースの上段。使わないものは下段。

 医療記録と端末は机の右側。分かるか」

「はい」

 

セラはすぐに荷物を開け、言われた通りに分け始めた。

動きは正確だった。

 

ただ、スーツケースの中に、タオルも着替えも端末ケースも、きっちり直線で並べようとしている。

 

「そこまで揃えなくてもいいんじゃないか」

「取り出し位置を固定します」

「そういうもんなのか」

「まあ、最初はそれでいいだろう」

 

何なんだよ。

どっちなんだよ。

 

*****

 

次は買い物だ。

 

セラに必要な日用品は、メイリンがリストにしてレイへ送っていた。

なぜ俺ではなくレイなのかは、聞かなくても分かる。

 

「着替え、洗面用品、寝間着、室内靴、髪留め」

 

レイが端末を読み上げる。

 

「髪留め?」

 

俺はセラを見た。

 

セラの髪は、あの人(ラクス・クライン)のように長くない。

肩に届く程度しかない。

 

髪留めなんか要るのか。

 

「こんな短い髪に?」

「俺にも分からない」

 

レイは平然と言った。

 

「だが、メイリンが書いたなら必要なのだろう」

「お前、そこは信用するんだな」

「生活面では、俺たちより上だ」

 

それも反論できなかった。

 

セラは髪留めという単語に反応したのか、少しだけ自分の髪に触れた。

 

「用途は不明です」

「あとでメイリンに聞け」

「はい」

 

本国施設の外縁には、基地勤務者向けの店が並んでいた。

軍港近くの街区だから、日用品、簡易衣料、食堂、端末アクセサリの店がひと通り揃っている。

 

レイがリストを確認し、俺が荷物を持ち、セラがついてくる。

 

何だこの組み合わせ、と思った。

 

しかも、セラは買うものに文句を言わない。

自分から欲しいとも言わない。

必要と言われたものを、必要なものとして受け取るだけだ。

 

寝間着を選ぶ時もそうだった。

 

「これでいいだろ」

 

俺が適当に手に取ると、レイが横から別のものを取った。

 

「サイズが合わない」

「見ただけで分かるのかよ」

「分かる」

「何でだよ」

「見れば分かる」

 

腹立つ言い方だった。

 

セラはそれを受け取って、短く言う。

 

「サイズ、確認」

「いや、着るのはあとでいいからな」

「はい」

 

一通り買い終わる頃には、俺の方が疲れていた。

 

食事は、近くの食堂で済ませることにした。

基地向けに営業している店が何軒かあり、そのうちの1つに適当に入る。

幸い、ミネルバの食堂と同じ食券形式だった。

 

これならセラでも分かるだろう。

 

俺は迷わず、ミネルバでは出ないメニューを選んだ。

せっかく外にいるのに、いつもと同じものを食べる理由がない。

 

レイも淡々と選ぶ。

 

セラは券売機の前で、ほとんど迷わなかった。

 

カレーだった。

 

「何でカレーなんだよ。別の食えばいいだろ。ミネルバでも食ってるだろ、それ」

「曜日感覚がずれます」

「曜日感覚?」

 

セラは食券を持ったまま、こちらを見る。

 

「食事記録と曜日の対応が崩れます」

「もしかしてお前、金曜日以外がカレーだったのかよ」

「金曜日もカレーです」

 

返しが早かった。

 

聞き間違えたのだろうか。

俺は何も言えなくなった。

 

一体何なんだ。

曜日感覚を保つために毎日カレーを食っていたら、むしろ曜日が分からなくなるだろ。

 

だがレイは横で、妙に納得した顔をしている。

 

「恐らく、気に入ってるんじゃないか」

「カレーを?」

「無意識に選んでいるのだろう」

「お前よく分かるな」

「あくまで推測だ」

 

余計ややこしい。

 

席につくと、セラは普通にカレーを食べ始めた。

食べ方は丁寧だ。

けれど、うまそうとか楽しそうとか、そういう感じではない。

 

決められた基準を守っているように見える。

 

「うまいか?」

「悪くありません」

「またそれかよ」

 

そんなやり取りをする俺達を、レイは水を飲みながら眺めていた。

 

*****

 

夜になって、俺たちは宿泊区画へ戻った。

 

買ったものを部屋に置き、セラのスーツケースの上に寝間着と洗面用品を分けて置く。

髪留めは、用途が分からないのでメイリンに聞くことにした。

 

俺は端末を開き、今日のセラの行動を報告する。

 

まずタリア艦長。

次にアーサー副長。

それからルナマリア。

 

メイリンにも送るべきか迷ったが、ルナマリア経由でどうせ伝わる。

というか、送らなくても聞いてくるに決まっている。

 

報告内容は簡単だ。

 

『セラに俺の部屋を使ってもらってる』

『買い物は問題なく完了』

『食事ではカレーを選択。理由は曜日感覚とのこと』

『体調に目立った異常なし』

 

ルナマリアからはすぐ返信が来た。

 

『カレー?』

 

短い。

でも、たぶん顔は見なくても分かる。

 

俺は返した。

 

『俺にも分からん』

 

すぐにまた返ってくる。

 

『ちゃんと寝間着に着替えさせて。あと、着替え中は絶対に部屋から出ること』

 

当たり前だろ。

俺を何だと思ってるんだ。

 

そう思いながら、俺は端末を閉じた。

 

レイは既に隣の部屋へ戻っている。

正確には、俺が寝ることになった物置部屋のさらに隣だ。

何かあれば呼べる距離にいる。

 

俺も今日早めに寝よう。

 

その前に、セラの様子だけ確認しておく。

 

自分の部屋だった場所の扉を開けると、セラはベッドの横に立っていた。

 

着替えていない。

 

買ってきた寝間着も、スーツケースの上に畳まれたままだ。

セラ本人は、昼間の服のまま、ベッドの横でただ立っている。

 

「何してんだ」

「ここにいます」

「見りゃ分かる」

 

俺はため息をついた。

 

「もう今日は着替えて寝ろよ。寝間着、そこにあるだろ」

 

スーツケースの上を指差す。

 

セラは頷き、寝間着に手を伸ばした。

それから、自分の服に手をかけようとして、ふとこちらを見た。

 

数秒、沈黙。

 

「何だよ」

 

セラは俺を見たまま、平坦な声で言った。

 

「えっち、へんたい、でていけ」

 

俺は固まった。

 

「……は?」

「ルナから、着替える時にシンが視界にいたら、こう言えばいいと言われました」

「アイツ……!」

 

思わず声が出た。

 

いや、間違ってはいない。

間違ってはいないが、何か腑に落ちない。

 

セラは何の感情も乗せずに、もう一度こちらを見る。

 

「出ていきますか」

「出ていくよ! 出ていけばいいんだろ!」

 

俺は扉の外へ出た。

 

閉める直前、セラが短く言う。

 

「はい」

 

腹が立つほど素直だった。

 

廊下に出ると、どっと疲れが来た。

戦闘でもないのに、肩が重い。

 

少し離れたところで、レイの部屋の扉が開く。

 

「どうした」

「ルナのせいで追い出された」

「適切な処置だな」

「お前まで言うな」

 

レイは少しだけ俺を見た。

笑ったのかどうかは分からない。

でも、たぶん少し面白がっていた。

 

「初日にしては、大きな問題はない」

「これでかよ」

「セラは着替える前にお前を追い出した。進歩だ」

「それ、進歩なのか?」

「少なくとも、間違ってはいないな」

 

またそれだ。

 

*****

 

物置だった場所は、レイがいつの間にか最低限片付けていた。

折り畳み寝具が置かれ、余計なケースは壁際に寄せられている。

 

狭い。

けど、寝られないことはない。

 

俺は寝具に腰を下ろし、天井を見た。

 

今日は、ただセラを部屋に連れてきただけ。

買い物をして、食事をして、報告して、寝かせようとしただけだ。

 

それだけで、こんなに疲れる。

 

でも、あいつをひとりで女性用個室に入れていたら、多分もっとひどいことになっていただろう。

食事も、着替えも、寝ることも、全部どこかで止まっていた気がする。

 

そう思ったところで、昼間のセラの背中が頭に浮かんだ。

何も言わず、誰かが決めるまでただ待っていた小さな背中。

 

日常生活において、セラは何も決められない。

自分がしたいことすらも。

 

ずっと一人で、立ち尽くしている背中が見えた気がした。

 

こんなの、放っておけるはずがない。

 

端末が鳴った。

ルナからだった。

 

『ちゃんと出ていった?』

 

俺は少し迷ってから、短く返した。

 

『追い出された』

 

すぐに返事が来る。

 

『よし』

 

よしじゃねえ。

俺は端末を伏せた。

 

仮の部屋。

仮の生活。

仮の14日間。

 

明日からどうなるのかは、正直分からない。

ただ、ひとつだけ分かったことがある。

 

セラと同じ区画で過ごすのは、戦闘とは別の意味で、かなり手強い。

だけど、連れてきたことに後悔はしていない。

少なくとも今日は。

 

それに、多分。

俺は、あいつのために何かをしてやりたいと思っている。

 

何をすればいいのかは、まだ分からない。

メイリンみたいにうまく言葉を教えられるわけじゃない。

レイみたいに冷静に順序立てられるわけでもない。

ルナみたいに、生活のことを当たり前に押し切れるわけでもない。

 

でも、あいつが何も分からないまま立ち止まっているのを、ただ見ているだけではいたくなかった。

 

セラと暮らすのは、戦闘とは別の意味で、かなり手強い。

だけど、連れてきたことに後悔はしていない。

少なくとも今日は。

 

 

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