機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ここから先は、俺の話になる。
正直に言うと、戦闘より調子が狂った。
MSに乗って撃ち合いをしたわけじゃない。
敵が出たわけでもない。
ミネルバが揺れたわけでもない。
ただセラを連れて、俺の宿泊区画へ戻っただけだ。
本当に、それだけのはずだった。
なのに、あいつは部屋に入るところから変だった。
荷物を持ったまま玄関で止まる。
言われるまで動かない。
何か聞けば、こっちが予想していない答えを真顔で返してくる。
前から変な奴だとは思っていた。
でも、近くで見ると、やっぱり変だった。
しかも、腹が立つ変さじゃない。
こっちが突っ込むと、セラは真面目に考えて、また少しずれた答えを返してくる。
それが妙に調子を狂わせる。
次は何を言うのか。
今度はどう返してくるのか。
そう思っている自分に気づいて、俺は少しだけ顔をしかめた。
何を期待してるんだ、俺は。
俺の一時宿泊室は、ミネルバ艦内の部屋より少し広かった。
プラント本国軍施設の若年兵向け区画で、寝台が1つ、壁際に机、収納棚、端末台、折り畳み式の椅子がある。
男の部屋だからって、絶対に散らかってるわけじゃない。
一度宇宙に上がれば数カ月は帰ってこないのだから、最低限の整理はしてある。
余計なものは置いていないし、私物も少ない。
レイは部屋に入るなり、ぐるりと見渡した。
「問題はないな」
「だろ」
「意外だ」
「意外って何だよ」
レイは答えなかったが、絶対に楽しんでいる。
セラは、玄関で立ち止まっていた。
荷物は小さなスーツケースが1つ。ほとんど支給品だ。
本人はそれを持ったまま、特に困った様子もなく待っている。
「とりあえず、セラの部屋をどうするかだな」
俺は隣の小部屋を開ける。
そこは使っていない部屋だった。
正確には、使っていないから物置代わりにしていた部屋だ。
予備の折り畳み寝具、使っていないケース、
片付ければ寝られないことはない。
「ここ整理すれば、セラが使えるだろ」
「お前がここに寝ろ」
即答だった。
「は?」
「こんな物置に押し込めるな」
「押し込めるって言い方するなよ。整理すれば使えるだろ」
「なら、お前が使えばいい」
レイは本気で言っていた。
俺は少しむっとしたが、小部屋をもう一度見た。
確かに、寝られないことはない。
けど、寝るための部屋というより、余ったものを置いておく場所だ。
セラは黙って中を見ている。
「セラ、お前はここでもいいのか」
「使用可能です」
「ほら」
「それは判断基準にならない」
レイがすぐに切った。
「セラは、使用可能なら受け入れる。快適かどうか、ふさわしいかどうかを判断していない」
「……まあ、そうだけどよ」
俺はセラを見た。
本人は本当に、何も気にしていない顔をしている。
物置でも、ベッドでも、床でも、指定されれば同じように受け入れそうだった。
「お前さ、もう少しこう……嫌そうな顔とかしろよ」
「嫌ではありません」
「そこを真顔で返すな」
「表情を変更しますか」
「そういう意味じゃねえよ」
思わず、苦笑が漏れた。
今のは、少し予想できなかった。
いや、予想できても困る。
「感情表現の調整は、必要に応じて訓練します」
「今すぐ訓練しなくていい」
「保留します」
「保留でいい」
レイが横から淡々と頷く。
「適切だ」
「お前まで乗るな」
全然よくない気もしたが、言い返すほどの理由はなかった。
結局、俺が小部屋を使うことになった。
セラのスーツケースは、俺の部屋に置くことになった。
俺は収納棚の一段を空けようとしたが、またレイに止められた。
「滞在期間は限られている。そのままスーツケースを使えば足りる」
「棚くらい貸してもいいだろ」
「中途半端に移すと、何がどこにあるか分からなくなるぞ」
「お前、細かいな」
「お前が雑すぎるんだ」
反論できなかった。
レイはセラの方を見る。
「毎日使うものは、スーツケースの上段。使わないものは下段。医療記録と端末は机の右側。分かるか」
「はい」
セラはすぐに荷物を開け、言われた通りに分け始めた。
動きは正確だった。
ただ、スーツケースの中に、タオルも着替えも端末ケースも、きっちり直線で並べようとしている。
「そこまで揃えなくてもいいんじゃないか」
「取り出し位置を固定します」
「そういうもんなのか」
「まあ、最初はそれでいいだろう」
何なんだよ。
どっちなんだよ。
「でも、そこまでまっすぐに並べなくてもいいだろ」
「直線の方が確認しやすいです」
「曲がってたら」
「修正します」
「修正するのかよ」
「はい」
セラは真面目な顔で、少しだけ傾いたタオルを直した。
俺はまた、口元が緩みそうになるのを誤魔化した。
本当に、いちいち変なところで真面目すぎる。
*****
次は買い物だ。
セラに必要な日用品は、メイリンがリストにしてレイへ送っていた。
なぜ俺ではなくレイなのかは、聞かなくても分かる。
「着替え、洗面用品、寝間着、室内靴、髪留め」
レイが端末を読み上げる。
「髪留め?」
俺はセラを見た。
セラの髪は、
肩に届く程度しかない。
髪留めなんか要るのか。
「こんな短い髪に?」
「俺にも分からない」
レイは平然と言った。
「だが、メイリンが書いたなら必要なのだろう」
「お前、そこは信用するんだな」
「生活面では、俺たちより上だ」
それも反論できなかった。
セラは髪留めという単語に反応したのか、少しだけ自分の髪に触れた。
「用途は不明です」
「あとでメイリンに聞け」
「はい」
「つければ分かるんじゃないか」
レイが店の棚から小さな髪留めを1つ取った。
「いや、今やるのかよ」
「試用は必要だ」
「必要か?」
「適合確認だ」
「整備部品みたいに言うな」
セラは渡された髪留めを受け取り、短い髪の横に当てた。
位置が明らかにおかしい。
「そこで留めるのかよ」
「固定位置が不明です」
「耳の上とかだろ、多分」
「耳の上」
セラは言われた通り、髪留めの位置を移動させた。
少しだけ、髪がまとまる。
「……まあ、悪くないんじゃないか」
「悪くない」
「今のは評価じゃなくて感想だ」
「感想」
「そうだよ」
セラは少し考えてから、髪留めを見た。
「感想は、購入判断に影響しますか」
「するだろ」
「では購入します」
「俺の感想で決めるな」
「シンの感想は、購入判断に影響すると言いました」
「そういう意味じゃねえ!」
レイが横で小さく息を吐いた。
笑ったのかどうかは分からない。
けれど、たぶん面白がっていた。
本国施設の外縁には、基地勤務者向けの店が並んでいた。
軍港近くの街区だから、日用品、簡易衣料、食堂、端末アクセサリの店がひと通り揃っている。
レイがリストを確認し、俺が荷物を持ち、セラがついてくる。
何だこの組み合わせ、と思った。
しかも、セラは買うものに文句を言わない。
自分から欲しいとも言わない。
必要と言われたものを、必要なものとして受け取るだけだ。
寝間着を選ぶ時もそうだった。
「これでいいだろ」
俺が適当に手に取ると、レイが横から別のものを取った。
「サイズが合わない」
「見ただけで分かるのかよ」
「分かる」
「何でだよ」
「見れば分かる」
腹立つ言い方だった。
セラはそれを受け取って、短く言う。
「サイズ、確認」
「いや、着るのはあとでいいからな」
「はい」
「今ここで確認しようとするなよ」
「ここでは不可ですか」
「不可に決まってるだろ」
「確認しました」
即答だった。
俺が言うたび、セラは真面目に受け取る。
そして、真面目に少しずれる。
さっきからその繰り返しだ。
なのに、不思議と嫌じゃない。
むしろ、次に何を言うのか少し気になっている。
一通り買い終わる頃には、俺の両手が荷物で埋まっていた。
「持ちます」
「いい」
「重量分散が可能です」
「お前は自分のスーツケースだけでいい」
「シンの負荷が増えます」
「このくらい負荷じゃねえよ」
「筋力訓練ですか」
「買い物だよ」
そう言うと、セラは短く頷いた。
「買い物による筋力訓練」
「まとめるな」
レイが端末に目を落としたまま言う。
「否定はできない」
「否定しろよ」
今度は、我慢できずに少し笑った。
*****
食事は、近くの食堂で済ませることにした。
基地向けに営業している店が何軒かあり、そのうちの1つに適当に入る。
幸い、ミネルバの食堂と同じ食券形式だった。
これならセラでも分かるだろう。
俺は迷わず、ミネルバでは出ないメニューを選んだ。
せっかく外にいるのに、いつもと同じものを食べる理由がない。
レイも淡々と選ぶ。
セラは券売機の前で、ほとんど迷わなかった。
カレーだった。
「何でカレーなんだよ。別の食えばいいだろ。ミネルバでも食ってるだろ、それ」
「曜日感覚がずれます」
「曜日感覚?」
セラは食券を持ったまま、こちらを見る。
「食事記録と曜日の対応が崩れます」
「もしかしてお前、金曜以外もカレー食ってたのか」
「金曜もカレーです」
返しが早かった。
「そう来るか!」
思わず声が出た。
「それ、曜日感覚じゃなくて、ただ毎日カレー食ってるだけじゃないか」
「違います」
「違わねえよ」
「食事記録上は対応しています」
「対応してるだけで、曜日の区別はできてねえだろ」
そこでレイが、横から静かに口を挟んだ。
「いや、完全に無意味とは言い切れない」
「お前まで何言ってんだよ」
「同一メニューを固定点として扱えば、食事記録の連続性は保てる」
「曜日感覚は」
「保てない」
「じゃあ駄目じゃねえか!」
レイは水を一口飲んでから、平然と続けた。
「ただし、セラがカレーを選ぶ傾向は確認できた」
「それは確認しなくても分かるだろ」
「本人は曜日感覚の維持と認識している。だが実際には、嗜好による選択の可能性が高い」
「つまり、好きなんじゃないかってことか」
「その可能性がある」
「最初からそう言えよ」
セラは、自分の食券を見下ろしていた。
「私は、カレーを好んでいますか」
「俺に聞くな」
「レイ」
「可能性は高い」
「可能性」
「嫌いなら、毎回選ばない」
「それはそうだな」
セラは少し考えたあと、短く頷いた。
「では、カレーは継続選択候補に入れます」
「結局また食うのかよ」
俺はそう言ってから、少しだけ笑ってしまった。
何なんだ、この会話。
曜日感覚の話をしていたはずなのに、いつの間にかセラがカレーを好きかどうかの検証になっている。
しかもレイまで真面目に乗ってくるから、余計におかしい。
セラは何もおかしなことを言ったつもりがない顔で、食券を握っている。
レイもレイで、分析結果を出しただけという顔をしている。
俺だけが、間に挟まれて突っ込んでいる。
なのに、不思議と嫌じゃなかった。
「……まあ、食いたいなら食えよ」
「食べます」
「そこは即答なんだな」
「はい」
セラは真面目な顔で頷いた。
俺はまた、少し笑ってしまった。
席につくと、セラは普通にカレーを食べ始めた。
食べ方は丁寧だ。
けれど、うまそうとか楽しそうとか、そういう感じではない。
決められた基準を守っているように見える。
「うまいか?」
「悪くありません」
「またそれかよ」
「評価を変更しますか」
「変更じゃなくて、お前がどう思ったかだよ」
「悪くない、は私の評価です」
「……まあ、そうか」
今のは負けた気がした。
レイは水を飲みながら、少しだけ目を細めていた。
たぶん、笑っている。
*****
夜になって、俺たちは宿泊区画へ戻った。
買ったものを部屋に置き、セラのスーツケースの上に寝間着と洗面用品を分けて置く。
髪留めは、位置が少し変だったので、あとでメイリンに確認することにした。
俺は端末を開き、今日のセラの行動を報告する。
まずタリア艦長。
次にアーサー副長。
それからルナマリア。
メイリンにも送るべきか迷ったが、ルナマリア経由でどうせ伝わる。
というか、送らなくても聞いてくるに決まっている。
報告内容は簡単だ。
『セラに俺の部屋を使ってもらってる』
『買い物は問題なく完了』
『食事ではカレーを選択。理由は曜日感覚とのこと』
『体調に目立った異常なし』
少し考えてから、もう一文足した。
『本人はカレーを好んでいる可能性あり』
送った直後、ルナマリアからすぐ返信が来た。
『カレー?』
短い。
でも、たぶん顔は見なくても分かる。
俺は返した。
『俺にも分からん。レイは可能性が高いって言ってる』
すぐにまた返ってくる。
『何その解析結果』
俺は思わず笑いそうになった。
その次に、また返信が来る。
『ちゃんと寝間着に着替えさせて。あと、着替え中は絶対に部屋から出ること』
当たり前だろ。
俺を何だと思ってるんだ。
そう思いながら、俺は端末を閉じた。
レイは既に隣の部屋へ戻っている。
正確には、俺が寝ることになった物置部屋のさらに隣だ。
何かあれば呼べる距離にいる。
俺も今日早めに寝よう。
その前に、セラの様子だけ確認しておく。
自分の部屋だった場所の扉を開けると、セラはベッドの横に立っていた。
着替えていない。
買ってきた寝間着も、スーツケースの上に畳まれたままだ。
セラ本人は、昼間の服のまま、ベッドの横でただ立っている。
「何してんだ」
「ここにいます」
「見りゃ分かる」
俺はため息をついた。
「もう今日は着替えて寝ろよ。寝間着、そこにあるだろ」
スーツケースの上を指差す。
セラは頷き、寝間着に手を伸ばした。
それから、自分の服に手をかけようとして、ふとこちらを見た。
数秒、沈黙。
「何だよ」
セラは俺を見たまま、平坦な声で言った。
「えっち、へんたい、でていけ」
俺は固まった。
「……は?」
「ルナから、着替える時にシンが視界にいたら、こう言えばいいと言われました」
「アイツ……!」
思わず声が出た。
いや、間違ってはいない。
間違ってはいないが、何か腑に落ちない。
セラは何の感情も乗せずに、もう一度こちらを見る。
「出ていきますか」
「出ていくよ! 出ていけばいいんだろ!」
俺は扉の外へ出た。
閉める直前、セラが短く言う。
「はい」
腹が立つほど素直だった。
扉が閉まってから、俺は廊下で一度だけ息を吐いた。
それから、少しだけ笑ってしまった。
何なんだよ、本当に。
言わされてる台詞まで、真面目に言うな。
少し離れたところで、レイの部屋の扉が開く。
「どうした」
「ルナのせいで追い出された」
「適切な処置だな」
「お前まで言うな」
「着替え前にお前を退室させた。初日にしては大きな進歩だ」
「それ、進歩なのか?」
「少なくとも、間違ってはいないな」
「またそれかよ」
レイは少しだけ俺を見た。
笑ったのかどうかは分からない。
でも、たぶん少し面白がっていた。
「セラは言われた通りにできた。お前も言われた通りに出た」
「俺まで訓練対象みたいに言うな」
「共同生活には訓練が必要だ」
「そこを真面目に返すな」
今日は、こんなのばかりだ。
セラがずれる。
俺が突っ込む。
レイが真面目に乗る。
それで、余計に話が変な方向へ転がっていく。
なのに、なぜか嫌じゃない。
*****
物置だった場所は、レイがいつの間にか最低限片付けていた。
折り畳み寝具が置かれ、余計なケースは壁際に寄せられている。
狭い。
けど、寝られないことはない。
俺は寝具に腰を下ろし、天井を見た。
今日は、ただセラを部屋に連れてきただけ。
買い物をして、食事をして、報告して、寝かせようとしただけだ。
それだけなのに、いつもの一日とは全然違った。
セラは変だ。
分からないことは分からないまま止まるし、言われたことは妙なところまで正確に守る。
カレーで曜日感覚を保とうとするし、着替える前には真顔で俺を追い出す。
前から変な奴だとは思っていた。
でも、今日一日でよく分かった。
やっぱり、変だ。
俺は寝具の上で、ひとり苦笑した。
けれど、嫌じゃなかった。
むしろ次は何を言うのか、少し気になっている自分がいる。
それに気づいて、また少し顔をしかめた。
セラは飯を食った。
必要なものを買った。
寝間着に着替えた。
多分、今頃はちゃんと寝ている。
普通なら、何でもないことだ。
でも、あいつにとっては違う。
そう思うと、胸の奥に少しだけ、妙な手応えが残った。
端末が鳴った。
ルナからだった。
『ちゃんと出ていった?』
俺は少し迷ってから、短く返した。
『追い出された』
すぐに返事が来る。
『よし』
よしじゃねえ。
俺は端末を伏せた。
仮の部屋。
仮の生活。
仮の14日間。
明日からどうなるのかは、正直分からない。
メイリンみたいにうまく言葉を教えられるわけじゃない。
レイみたいに冷静に順序立てられるわけでもない。
ルナみたいに、生活のことを当たり前に押し切れるわけでもない。
でも、あいつが何も分からないまま立ち止まっているのを、ただ見ているだけではいたくなかった。
セラと暮らすのは、戦闘とは別の意味で、かなり手強い。
だけど、連れてきたことに後悔はしていない。
少なくとも今日は。