機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
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セラが俺の部屋で生活するようになって、数日が経った。
最初の1日は、ただ振り回されただけだった気がする。
それでも数日経てば、色々と慣れてきた。
セラもたまに……いや、よくおかしな行動をすることがあるが、言えば素直に従ってくれる。
だから、初日のように疲れるようなことも少なくなってきた。
けれど、日が経つにつれて、別のものが気になり始める。
セラが歩く姿。
呼べば振り向くし、止まれと言えば止まる。
俺が歩けばついてくる。
そんな姿を隣で見ていると、胸の奥がざらつく。
小さな背中。
少し遅れてついてくる足音。
何かを言われるまで、黙って待っている横顔。
その横顔を見ていると、あの頃に戻ったような感覚に襲われる。
セラとは全然違うのに、時々、妹の影が映ってしまう。
「シン」
昼過ぎ、宿泊区画の廊下でセラが俺を呼んだ。
「何だよ」
「歩行速度が、昨日より遅いです」
「……そうかよ」
「私の速度に合わせていますか」
俺は答えなかった。
いや、答えられなかった。
合わせているつもりはなかった。
ただ、気づくとそうしていただけだ。
セラは半歩後ろで立っている。
俺が歩き出すのを待っている。
その姿を見た瞬間、息が少し詰まった。
「別に、後ろ歩かなくてもいいんだぞ」
「はい」
「横でいいだろ」
「横」
「ああ」
セラは考えるように黙ったあと、俺の隣に並んだ。
歩幅は小さい。
肩も細い。
横に並ぶと、余計にそれが分かった。
少し前まで、俺はセラを戦場の中で見ていた。
白い機体に乗り、見たことのない戦い方をする
今は違う。
軍施設の廊下を、短い髪を揺らしながら歩く少女だった。
そのことに気づくたび、また胸の奥がざらつく。
「シン」
「今度は何だよ」
胸のざわめきのせいか、言葉がきつくなった。
「今日のシンは、いつもより静かです」
「そうかよ」
「はい」
駄目だ。
苛立ちが収まらない。
このままだと、セラにまで悪態をついてしまいそうだった。
だけど、セラは何も言わない。
何でもないという顔で前を見ている。
それが嫌だった。
---
夜になっても眠れなかった。
物置だった小部屋に敷いた簡易寝具の上で、何度も寝返りを打った。
天井を見ても、目を閉じても、昼間のセラの背中が浮かぶ。
大きく振られた小さな手。
元気に走り寄る足音。
明るく俺を呼ぶ声。
違う。
これはセラじゃない。
俺は寝具の上で、両手を握る。
ミネルバを降りる時、セラを放っておけないと思った。
それは嘘じゃない。
あいつをひとりで部屋に置いておけば、食事も、着替えも、寝ることも、全部どこかで止まる気がした。
誰かが決めるまで、ずっと一人で立ち尽くしている姿が見えた。
だから放っておけない。
そう思った。
本当に、そう思った。
でも、本当にそれだけなのか。
俺は、本当にセラを見ているのか。
セラが止まるから、手を引こうとしているのか。
セラが何も決められないから、何かを決めてやろうとしているのか。
それとも。
守れなかった妹への後悔を、セラで埋めようとしているだけなんじゃないのか。
そう思った瞬間、自分が嫌になった。
セラはマユじゃない。
そんなことは分かっている。
分かっているのに、放っておけないと思うたびに、胸の奥で何かが疼く。
セラのためだと言いながら、本当は自分が少しでも楽になりたいだけだという声が、頭の中で響く。
守れなかった後悔を、セラに何かすることで薄めようとしているだけだという声が。
そう考えたら、息が詰まった。
部屋にいられなくなって、俺は起き上がった。
静かな廊下に出て、共用リビングへ向かう。
軍施設の夜は、ミネルバの艦内よりも静かだった。
機関音も、整備区画の振動も遠い。
それなのに、耳の奥だけが妙にうるさい。
共用リビングの窓枠に手をついた。
窓の外には、プラントの夜が広がっていた。
人工の光が街区の線を描き、その向こうに暗い宇宙がある。
本物の夜空とは少し違う。
けれど、遠くに星は見えた。
夜を見れば落ち着くと思った。
でも、そうでもなかった。
むしろ、余計なものまで思い出す。
海。
炎。
逃げる人の声。
砲撃の光。
手の中に残った、小さな携帯電話の重さ。
それから、別の記憶も混ざった。
冷たい水。
腕の中で軽くなっていく身体。
金色の髪。
守ると言ったのに、守れなかった彼女の声。
違う。
今、そこまで思い出すな。
そう思っても、記憶は勝手に繋がっていく。
だから、余計に息が詰まった。
「シン」
背後から声がした。
振り返ると、セラが立っていた。
寝間着姿で、髪は少し乱れている。
「何で起きてんだ」
「シンが部屋を出ました」
「寝てろよ」
「起きました」
答えになっていない。
セラは俺の隣まで来て、窓の外を見た。
何かを言うわけではない。
ただ、同じ方向を見る。
しばらくして、ぽつりと言った。
「シンの様子が、通常と違います」
「……別に」
「昼も違いました」
「気のせいだろ」
「歩行速度、声量、返答までの時間、通常値と違います。理由は不明です」
理由か。
そんなもの、俺だって言いたくなかった。
でも、夜の窓の前で、セラが隣に立っている。
何かを聞き出そうとしているわけでもない。
ただ、俺の様子がいつもと違うからと、そこにいる。
それが、ずるいと思った。
「妹がいたんだ」
気づいたら、口から出ていた。
セラは俺を見なかった。
窓の外を見たまま、静かに聞いている。
「マユって名前でさ。まだ小さくて、うるさくて、俺のことをすぐ呼んで……何でもないことで笑ってた」
言葉にすると、胸の奥が熱くなった。
「オーブにいた。父さんと母さんと、マユと、俺と。普通だったんだよ。
学校行って、家に帰って、うるさい妹がいて、飯食って、寝て」
普通。
その言葉が、やけに遠く感じた。
「戦争で、全部なくなった」
セラは何も言わない。
こちらの顔を見るわけでもなく、窓の外を見たまま、俺の話を聞いている。
「逃げてる途中で、砲撃が来た。音がして、光って、地面が揺れて……気づいたら、みんないなかった。
俺は、守れなかった。何もできなかった。何かの間違いだって思った。
でも声を出したって、誰も戻ってこなかった」
喉の奥が痛い。
「だから、多分、俺はずっと怒ってるんだと思う」
初めて、そう言った気がした。
「オーブにも、戦争にも、何もできなかった自分にも。
誰かが守れなかったって言うたびに、何でだよって思う。全力で守れよって思う。
俺だって守れなかったくせに」
一度、言葉を切った。
窓の外には、プラントの夜があった。
人工の光が静かで、戦場の火とはまるで違っている。
「戦争なんか、なくなればいいって思う」
その言葉は、自分でも驚くほど低かった。
「でも、なくなれって思ってるだけじゃ、何も終わらない。
誰かが止めなきゃ終わらない。力がなきゃ何も守れない」
拳に力が入る。
「だから俺は戦ってる。
戦えば、終わらせられるって思いたい。
もう誰も失わなくて済むようにしたい」
そこまで言って、喉が詰まった。
「でも、戦うたびに思い出すんだ。
俺は守りたいだけなのに、また誰かの何かを壊してるんじゃないかって」
そういえばいつか、アスランに言われたことがあった。
『力を持てば、それで誰かを泣かせる事になる』
今なら、その意味が分かる気がする。
あの時は、ただ腹が立った。
分かったようなことを言うなと思った。
守れなかったくせに、止められなかったくせに、何を偉そうにと。
でも、今は違う。
俺は守りたい。
守るために戦っている。
それでも、俺の力で誰かが泣いているかもしれない。
俺が正しいと思って振るった力で、誰かの何かを壊しているかもしれない。
そう思った瞬間、胸の中の怒りが行き場をなくした。
「私は、シンの妹ですか」
セラがいつもの平坦な声で俺に聞く。
真正面から言われて、息が止まりかけた。
「違う」
すぐに言った。
「お前はマユじゃない。そんなこと分かってる」
「はい」
「分かってるんだよ……!」
声が少し荒くなった自覚がある。
本当に、分かっていた。
目の前にいるのはセラだ。
マユではない。
代わりでもない。
それなのに、俺はセラを見ながら、自分の傷ばかり見ている。
そう気づいた自分が、たまらなく嫌だった。
セラは、すぐには何も言わなかった。
窓の外を見て、それから俺を見る。
「私は、シンの妹ではありません」
「……分かってる」
「セラです」
「分かってるって」
セラは目を伏せた。
「シンは、今、私と話しています」
「……」
「シンは、まだ戦闘中ですか」
俺は眉を寄せた。
「何だよ、それ」
「戦争を終わらせるために戦う。でも戦うと壊す。壊すとまた苦しくなる」
セラは淡々と続けた。
「シンは今も戦っています。私と会う前から。今も」
そうだ。
マユを失った日から、何かが終わらないまま続いている。
あの冷たい水の中で、腕の中から命が消えていった時も、それは終わらなかった。
戦えば終わると思った。
力があれば守れると思った。
それでも、終わらない。
終わらないまま、次の戦場へ行く。
「……分かってるよ」
「私は、シンの妹ではありません」
「ああ」
「でも、私はシンの妹の話を聞きました」
「……」
「私は、シンの妹の話を記録します」
記録する。
セラが、マユの話を。
そう言われた時、セラに重なったマユの影が分かれていくのを感じた。
セラはマユじゃない。
そんなの、当たり前じゃないか。
そう考えると、さっきより少し息ができる気がした。
セラは、俺の手元を見た。
「苦しい時、メイリンは私の腕に触れました」
セラが静かに言った。
俺はセラを見る。
「理由は、まだ分かりません」
「分からないのかよ」
「はい。でも、その時、安定しました」
そう言って、セラはゆっくり手を伸ばした。
俺の腕に、軽く触れる。
それだけだった。
握るでもない。
抱きつくでもない。
何かを言うでもない。
ただ、細い指が、俺の腕に添えられている。
その手は軽かった。
驚くほど頼りない。
戦場であれだけの機体を動かすセラの手なのに、生身では本当に小さい。
なのに、振り払えなかった。
何も解決していない。
マユは戻らない。
家族も戻らない。
俺が守れなかった過去も消えない。
あの冷たい水の中で失ったものも戻らない。
守ると言ったのに守れなかった事実も、消えない。
俺は、マユの話をした。
たぶん、セラにではなく自分自身に向かって。
セラが何かを理解したわけでもない。
俺を助けようとしたわけでもない。
でも、胸の奥で荒れていたものが、形を変えた気がした。
「セラ」
「はい」
「お前は、マユじゃない」
「はい」
「でも……放っておけない」
「放っておけない」
「そうだよ」
セラは首を傾げた。
「理由は、不明です」
「……俺にも、まだ分からない」
分からないままでいい。
少なくとも今は、そう思えた。
「戻るぞ」
「はい」
セラは短く答えた。
廊下を戻る時、セラは俺の半歩後ろではなく、隣を歩いていた。
歩幅は合っていない。
それでも、俺は急がなかった。
その横顔に重なる影は、さっきより少しだけ薄くなっていた。
出来る限りストーリーの核心に触れないようにしてましたが、
本編中のキャラクターの変化や今後の展開の都合上、どうしてもその必要が出てきていることから、今後、ストーリー展開が原作と異なることがあります。
違和感を覚えることを強いてしまい、申し訳ございません。