機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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※ この話は原作に対してかなり改変しております。
  改変OKな方のみ閲覧お願いします。



55.プラントの夜影(※)

セラが俺の部屋で生活するようになって、数日が経った。

 

最初の1日は、ただ振り回されただけだった気がする。

それでも数日経てば、色々と慣れてきた。

セラもたまに……いや、よくおかしな行動をすることがあるが、言えば素直に従ってくれる。

 

だから、初日のように疲れるようなことも少なくなってきた。

 

けれど、日が経つにつれて、別のものが気になり始める。

 

セラが歩く姿。

呼べば振り向くし、止まれと言えば止まる。

俺が歩けばついてくる。

 

そんな姿を隣で見ていると、胸の奥がざらつく。

 

小さな背中。

少し遅れてついてくる足音。

何かを言われるまで、黙って待っている横顔。

 

その横顔を見ていると、あの頃に戻ったような感覚に襲われる。

セラとは全然違うのに、時々、妹の影が映ってしまう。

 

「シン」

 

昼過ぎ、宿泊区画の廊下でセラが俺を呼んだ。

 

「何だよ」

「歩行速度が、昨日より遅いです」

「……そうかよ」

「私の速度に合わせていますか」

 

俺は答えなかった。

いや、答えられなかった。

 

合わせているつもりはなかった。

ただ、気づくとそうしていただけだ。

 

セラは半歩後ろで立っている。

俺が歩き出すのを待っている。

 

その姿を見た瞬間、息が少し詰まった。

 

「別に、後ろ歩かなくてもいいんだぞ」

「はい」

「横でいいだろ」

「横」

「ああ」

 

セラは考えるように黙ったあと、俺の隣に並んだ。

 

歩幅は小さい。

肩も細い。

横に並ぶと、余計にそれが分かった。

 

少し前まで、俺はセラを戦場の中で見ていた。

白い機体に乗り、見たことのない戦い方をする搭乗者(パイロット)として。

 

今は違う。

 

軍施設の廊下を、短い髪を揺らしながら歩く少女だった。

 

そのことに気づくたび、また胸の奥がざらつく。

 

「シン」

「今度は何だよ」

 

胸のざわめきのせいか、言葉がきつくなった。

 

「今日のシンは、いつもより静かです」

「そうかよ」

「はい」

 

駄目だ。

苛立ちが収まらない。

 

このままだと、セラにまで悪態をついてしまいそうだった。

だけど、セラは何も言わない。

何でもないという顔で前を見ている。

 

それが嫌だった。

 

---

 

夜になっても眠れなかった。

 

物置だった小部屋に敷いた簡易寝具の上で、何度も寝返りを打った。

天井を見ても、目を閉じても、昼間のセラの背中が浮かぶ。

 

大きく振られた小さな手。

元気に走り寄る足音。

明るく俺を呼ぶ声。

 

違う。

これはセラじゃない。

 

俺は寝具の上で、両手を握る。

 

ミネルバを降りる時、セラを放っておけないと思った。

それは嘘じゃない。

 

あいつをひとりで部屋に置いておけば、食事も、着替えも、寝ることも、全部どこかで止まる気がした。

誰かが決めるまで、ずっと一人で立ち尽くしている姿が見えた。

 

だから放っておけない。

 

そう思った。

本当に、そう思った。

 

でも、本当にそれだけなのか。

 

俺は、本当にセラを見ているのか。

 

セラが止まるから、手を引こうとしているのか。

セラが何も決められないから、何かを決めてやろうとしているのか。

 

それとも。

 

守れなかった妹への後悔を、セラで埋めようとしているだけなんじゃないのか。

 

そう思った瞬間、自分が嫌になった。

 

セラはマユじゃない。

そんなことは分かっている。

 

分かっているのに、放っておけないと思うたびに、胸の奥で何かが疼く。

 

セラのためだと言いながら、本当は自分が少しでも楽になりたいだけだという声が、頭の中で響く。

守れなかった後悔を、セラに何かすることで薄めようとしているだけだという声が。

 

そう考えたら、息が詰まった。

 

部屋にいられなくなって、俺は起き上がった。

 

静かな廊下に出て、共用リビングへ向かう。

軍施設の夜は、ミネルバの艦内よりも静かだった。

機関音も、整備区画の振動も遠い。

 

それなのに、耳の奥だけが妙にうるさい。

 

共用リビングの窓枠に手をついた。

 

窓の外には、プラントの夜が広がっていた。

人工の光が街区の線を描き、その向こうに暗い宇宙がある。

 

本物の夜空とは少し違う。

けれど、遠くに星は見えた。

 

夜を見れば落ち着くと思った。

でも、そうでもなかった。

 

むしろ、余計なものまで思い出す。

 

海。

炎。

逃げる人の声。

砲撃の光。

 

手の中に残った、小さな携帯電話の重さ。

 

それから、別の記憶も混ざった。

 

冷たい水。

腕の中で軽くなっていく身体。

金色の髪。

守ると言ったのに、守れなかった彼女の声。

 

違う。

 

今、そこまで思い出すな。

 

そう思っても、記憶は勝手に繋がっていく。

 

だから、余計に息が詰まった。

 

「シン」

 

背後から声がした。

 

振り返ると、セラが立っていた。

寝間着姿で、髪は少し乱れている。

 

「何で起きてんだ」

「シンが部屋を出ました」

「寝てろよ」

「起きました」

 

答えになっていない。

 

セラは俺の隣まで来て、窓の外を見た。

何かを言うわけではない。

ただ、同じ方向を見る。

 

しばらくして、ぽつりと言った。

 

「シンの様子が、通常と違います」

「……別に」

「昼も違いました」

「気のせいだろ」

「歩行速度、声量、返答までの時間、通常値と違います。理由は不明です」

 

理由か。

 

そんなもの、俺だって言いたくなかった。

 

でも、夜の窓の前で、セラが隣に立っている。

何かを聞き出そうとしているわけでもない。

ただ、俺の様子がいつもと違うからと、そこにいる。

 

それが、ずるいと思った。

 

「妹がいたんだ」

 

気づいたら、口から出ていた。

 

セラは俺を見なかった。

窓の外を見たまま、静かに聞いている。

 

「マユって名前でさ。まだ小さくて、うるさくて、俺のことをすぐ呼んで……何でもないことで笑ってた」

 

言葉にすると、胸の奥が熱くなった。

 

「オーブにいた。父さんと母さんと、マユと、俺と。普通だったんだよ。

 学校行って、家に帰って、うるさい妹がいて、飯食って、寝て」

 

普通。

 

その言葉が、やけに遠く感じた。

 

「戦争で、全部なくなった」

 

セラは何も言わない。

こちらの顔を見るわけでもなく、窓の外を見たまま、俺の話を聞いている。

 

「逃げてる途中で、砲撃が来た。音がして、光って、地面が揺れて……気づいたら、みんないなかった。

 俺は、守れなかった。何もできなかった。何かの間違いだって思った。

 でも声を出したって、誰も戻ってこなかった」

 

喉の奥が痛い。

 

「だから、多分、俺はずっと怒ってるんだと思う」

 

初めて、そう言った気がした。

 

「オーブにも、戦争にも、何もできなかった自分にも。

 誰かが守れなかったって言うたびに、何でだよって思う。全力で守れよって思う。

 俺だって守れなかったくせに」

 

一度、言葉を切った。

 

窓の外には、プラントの夜があった。

人工の光が静かで、戦場の火とはまるで違っている。

 

「戦争なんか、なくなればいいって思う」

 

その言葉は、自分でも驚くほど低かった。

 

「でも、なくなれって思ってるだけじゃ、何も終わらない。

 誰かが止めなきゃ終わらない。力がなきゃ何も守れない」

 

拳に力が入る。

 

「だから俺は戦ってる。

 戦えば、終わらせられるって思いたい。

 もう誰も失わなくて済むようにしたい」

 

そこまで言って、喉が詰まった。

 

「でも、戦うたびに思い出すんだ。

 俺は守りたいだけなのに、また誰かの何かを壊してるんじゃないかって」

 

そういえばいつか、アスランに言われたことがあった。

 

『力を持てば、それで誰かを泣かせる事になる』

 

今なら、その意味が分かる気がする。

 

あの時は、ただ腹が立った。

分かったようなことを言うなと思った。

守れなかったくせに、止められなかったくせに、何を偉そうにと。

 

でも、今は違う。

 

俺は守りたい。

守るために戦っている。

 

それでも、俺の力で誰かが泣いているかもしれない。

俺が正しいと思って振るった力で、誰かの何かを壊しているかもしれない。

そう思った瞬間、胸の中の怒りが行き場をなくした。

 

「私は、シンの妹ですか」

 

セラがいつもの平坦な声で俺に聞く。

 

真正面から言われて、息が止まりかけた。

 

「違う」

 

すぐに言った。

 

「お前はマユじゃない。そんなこと分かってる」

「はい」

「分かってるんだよ……!」

 

声が少し荒くなった自覚がある。

 

本当に、分かっていた。

 

目の前にいるのはセラだ。

マユではない。

代わりでもない。

 

それなのに、俺はセラを見ながら、自分の傷ばかり見ている。

 

そう気づいた自分が、たまらなく嫌だった。

 

セラは、すぐには何も言わなかった。

窓の外を見て、それから俺を見る。

 

「私は、シンの妹ではありません」

「……分かってる」

「セラです」

「分かってるって」

 

セラは目を伏せた。

 

「シンは、今、私と話しています」

「……」

「シンは、まだ戦闘中ですか」

 

俺は眉を寄せた。

 

「何だよ、それ」

「戦争を終わらせるために戦う。でも戦うと壊す。壊すとまた苦しくなる」

 

セラは淡々と続けた。

 

「シンは今も戦っています。私と会う前から。今も」

 

そうだ。

 

マユを失った日から、何かが終わらないまま続いている。

あの冷たい水の中で、腕の中から命が消えていった時も、それは終わらなかった。

 

戦えば終わると思った。

力があれば守れると思った。

 

それでも、終わらない。

 

終わらないまま、次の戦場へ行く。

 

「……分かってるよ」

「私は、シンの妹ではありません」

「ああ」

「でも、私はシンの妹の話を聞きました」

「……」

「私は、シンの妹の話を記録します」

 

記録する。

 

セラが、マユの話を。

 

そう言われた時、セラに重なったマユの影が分かれていくのを感じた。

 

セラはマユじゃない。

そんなの、当たり前じゃないか。

 

そう考えると、さっきより少し息ができる気がした。

 

セラは、俺の手元を見た。

 

「苦しい時、メイリンは私の腕に触れました」

 

セラが静かに言った。

 

俺はセラを見る。

 

「理由は、まだ分かりません」

「分からないのかよ」

「はい。でも、その時、安定しました」

 

そう言って、セラはゆっくり手を伸ばした。

 

俺の腕に、軽く触れる。

 

それだけだった。

 

握るでもない。

抱きつくでもない。

何かを言うでもない。

 

ただ、細い指が、俺の腕に添えられている。

 

その手は軽かった。

驚くほど頼りない。

 

戦場であれだけの機体を動かすセラの手なのに、生身では本当に小さい。

 

なのに、振り払えなかった。

 

何も解決していない。

マユは戻らない。

家族も戻らない。

俺が守れなかった過去も消えない。

 

あの冷たい水の中で失ったものも戻らない。

守ると言ったのに守れなかった事実も、消えない。

 

俺は、マユの話をした。

たぶん、セラにではなく自分自身に向かって。

 

セラが何かを理解したわけでもない。

俺を助けようとしたわけでもない。

 

でも、胸の奥で荒れていたものが、形を変えた気がした。

 

「セラ」

「はい」

「お前は、マユじゃない」

「はい」

「でも……放っておけない」

「放っておけない」

「そうだよ」

 

セラは首を傾げた。

 

「理由は、不明です」

「……俺にも、まだ分からない」

 

分からないままでいい。

少なくとも今は、そう思えた。

 

「戻るぞ」

「はい」

 

セラは短く答えた。

 

廊下を戻る時、セラは俺の半歩後ろではなく、隣を歩いていた。

歩幅は合っていない。

 

それでも、俺は急がなかった。

 

その横顔に重なる影は、さっきより少しだけ薄くなっていた。

 




出来る限りストーリーの核心に触れないようにしてましたが、
本編中のキャラクターの変化や今後の展開の都合上、どうしてもその必要が出てきていることから、今後、ストーリー展開が原作と異なることがあります。

違和感を覚えることを強いてしまい、申し訳ございません。
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