機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバの格納庫には、重い空気が流れていた。
戦闘直後の慌ただしさは、まだ収まっていない。
損傷したインパルスが搬入され、整備アームが火花を散らす。
整備員たちの怒号と、各部チェックの声が飛び交っていた。
だが、その中心で誰よりも視線を集めているのは、インパルスではなかった。
白いMS。
つい先ほどまで、ミネルバ隊4機を足止めした所属不明機。
左側の大型スカート装甲は大きく破損し、外装のあちこちに焼け焦げた跡が走っている。
それでも、機体の存在感は薄れない。
沈黙した王。
あるいは、眠る貴婦人。
そんな言葉が浮かぶほど、白い機体は静かに、異様だった。
格納庫要員たちは、自然と距離を取っている。
胸部コクピット周辺では、武装した保安要員が銃を構えたまま警戒を続けていた。
「装甲ロック、解除します!」
「生命維持ライン、確認!」
「待て、ケーブルが多いぞ。無理に引くな!」
整備員の声が重なる。
シンは少し離れた場所で、その様子を見ていた。
インパルスの修理状況を確認するために戻ってきたはずなのに、視線はどうしても白いMSへ向いてしまう。
動かない。
もう、赤い線も出ない。
それでも、あの機体の前に立つと、さっきの戦場を思い出す。
進めなかった。
止められた。
そして、最後には爪で背中を噛まれた。
「……ほんとに止まってるんだろうな」
シンが小さく呟いた。
隣にいたルナマリアも、白い機体から目を離せない。
「分かんないわよ。あれ見た後じゃ、何が起きても驚けないっていうか……」
その少し後ろでは、メイリンが両手を胸元で握っていた。
通信席にいた時とは違う。
今はただ、何かを見届けようとしている少女の顔だった。
「パイロット搬出します! 担架、こっちへ!」
声が上がった。
格納庫の空気が、一気に張り詰める。
胸部コクピットのハッチが開く。
内部の暗がりから、医療班と整備員が慎重に何かを引き出していく。
生命維持ケーブル。
固定ベルト。
白いパイロットスーツ。
担架がゆっくりと姿を現した。
その上に乗っていたものを見た瞬間、格納庫の音が遠のいた。
「……え?」
誰かが、声を漏らした。
白いパイロットスーツに包まれた身体は、小さかった。
肩は細く、腕も脚も、戦場に立つ兵士のものには見えない。
酸素マスクが顔の下半分を覆い、身体にはいくつものケーブルがつながれていた。
少女だった。
まだ、少女と呼ぶしかない年齢の子供だった。
「うそ……でしょ……」
ルナマリアの顔から、血の気が引いていく。
シンも言葉が出なかった。
あれが。
あの白いMSを動かしていたのが。
自分たち4機を止めた相手が。
こんな小さな子供だったのか。
「ヘルメットを外します! 生命維持装置、準備!」
医療班が声を張る。
固定具が解除され、白いヘルメットがゆっくりと持ち上げられた。
その瞬間、空気がもう一度止まった。
薄い桃色の髪がこぼれる。
まだ幼さを残す顔。
血の気の薄い白い肌。
閉じられたままの瞳。
そして、誰もが知っている面影。
ルナマリアが目を見開いた。
シンも、ただ固まるしかなかった。
似ている。
年齢は違う。
髪の長さも違う。
表情もない。
けれど、その顔立ちには、否定しようのない面影があった。
「……ラクス、様……?」
メイリンの声が震えた。
医療班の手も、一瞬だけ止まる。
格納庫にいた誰もが、その名前を知っていた。
ザフトにとって、ただの歌姫ではない。
プラントにとって、特別な意味を持つ名前。
その面影を持つ少女が、所属不明機のコクピットから運び出されている。
あまりにも現実感がなかった。
「生命反応、かなり低いです!」
「循環器系、不安定! 急いでメディカルへ!」
医療班が我に返り、担架が動き出す。
シンは道を空けながら、すれ違う少女を見た。
眠っている。
いや、眠っているというには、あまりにも静かだった。
人形みたいだ。
そんな言葉が頭に浮かび、シンはすぐに奥歯を噛んだ。
違う。
人形じゃない。
中にいた。
生きていた。
あの声の主が。
担架は格納庫を抜け、メディカルルームへ運ばれていく。
誰もすぐには動けなかった。
白いMSだけが、格納庫の中央で沈黙している。
中身を失った女王のように。
*****
ミネルバ艦長室。
タリアは、アーサーから上がってきた報告書を無言で読み終えた。
部屋の空気は重い。
普段なら何かしら言葉を挟むアーサーも、この時ばかりは黙っている。
「……年齢は、14歳前後と推定されています」
アーサーが、ようやく口を開いた。
「かなり衰弱しているそうです。外傷もありますが、それ以上に身体そのものが弱っています」
タリアは短く息を吐いた。
「最悪ね」
「ええ……」
沈黙が落ちる。
未知の新型MS。
単機でミネルバ隊を足止めした異常な戦闘能力。
そのパイロットが、衰弱した幼い少女。
それだけでも十分すぎるほど厄介だった。
だが、問題はそれだけではない。
アーサーが、言いにくそうに視線を落とす。
「それと……容姿の件ですが」
タリアの目が上がった。
「報告を」
「ラクス・クラインに酷似しています」
数秒、完全な沈黙が流れた。
タリアの表情が、初めて強張る。
「……何ですって?」
「髪型や年齢差はあります。ですが、面影は否定できません。医療班、格納庫要員、パイロットたちも確認しています」
アーサー自身も、まだ混乱しているのだろう。
声がわずかに硬い。
タリアは椅子へ背を預け、目を伏せた。
ただの所属不明艦事件ではない。
そう考えるには、材料が揃いすぎていた。
未知の機体。
幼いパイロット。
異常な衰弱。
そして、ラクス・クラインに似た顔。
偶然で片づけるには、あまりにも悪い組み合わせだった。
「本国への報告内容は制限します」
タリアは低く言った。
アーサーが顔を上げる。
「所属不明艦との交戦。新型MS一機を鹵獲。パイロット一名を保護」
「詳細は、帰投後に直接報告。現時点ではそれ以上を流さないで」
「……よろしいのですか?」
「よくはないわ」
タリアは即答した。
「でも、この情報が外へ漏れれば、間違いなく各勢力が動く。ザフト内部でさえ、誰がどう使うか分からない」
アーサーは何も言えなかった。
タリアは窓の外へ視線を向ける。
そこには、何事もなかったように星が瞬いていた。
その美しさが、今はひどく遠く見える。
「私たちは、とんでもないものを拾ったのかもしれないわね」
艦長としての警戒。
そして、それとは別の嫌な予感。
戦争の表側ではなく、もっと深く、暗い場所。
そこへ足を踏み入れてしまったような感覚が、タリアの胸に残っていた。