機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ミネルバ格納庫には、重苦しい空気が流れていた。
戦闘終了直後の慌ただしさはまだ消えていない。
損傷したインパルスの搬入。
火花を散らす整備アーム。
怒号混じりの整備指示。
その中心で異様な存在感を放っているのが、今しがた鹵獲してきた白いMSだ。
左側スカート装甲は大きく破損し、外装各所には焼損痕が走っている。
それでもなお、その機体からは威圧感が放たれていた。
まるで沈黙した王。
あるいは眠る貴婦人。
格納庫要員達も自然と距離を取っている。
その胸部コクピット周辺では、武装した兵士達が緊張した様子で警戒を続けていた。
「なんだこりゃ!?」
整備員達から叫び声が聞こえてきた。
だが、シン達の方からは何も見えない。
「パイロット搬出します! 担架たのむ!」
整備員の声が響く。
周囲の視線が一斉に集まった。
コクピット内部から、ゆっくりと担架が引き出される。
そしてその姿を見た瞬間。
格納庫の空気が凍り付いた。
「……え?」
誰かが呟いた。
白いパイロットスーツ。
細い肩。
華奢な身体。
小さい。
あまりにも。
担架へ固定されているのは、まだ少女と呼ぶべき年齢の人間だった。
酸素マスクと生命維持ケーブルが接続されている。
まるで戦場にいるべき存在ではなかった。
「うそ……でしょ……」
ルナマリアの顔から血の気が引く。
その隣で、メイリンも完全に言葉を失っていた。
つい数時間前まで、自分達4機を圧倒していた存在。
空間そのものを封鎖し、誰一人近付けさせなかった白い女王。
その正体がこんな小さな少女だったなど、誰も想像していなかった。
だが、衝撃はそれだけでは終わらない。
「ヘルメット外します! 生命維持装置の準備!」
医療班が固定具を解除する。
ゆっくりと、ヘルメットが持ち上げられた。
その瞬間、格納庫の空気が完全に止まった。
薄桃色の髪。
まだ幼さを残す顔立ち。
そして、誰もが知っている面影。
ルナマリアも目を見開いたまま動けない。
シンですら言葉を失っていた。
似ている。
あまりにも。
もちろん年齢も違う。
髪の長さも違う。
だが、その面影は否定しようがなかった。
「……ラクス、様……?」
メイリンが震える声を漏らす。
医療班ですら一瞬手を止める。
その異様な沈黙の中、少女だけが静かに眠っている。
瞳は閉じたまま。
表情もなく、人形のように。
「生命反応、かなり低いです!」
ようやく医療班が我に返る。
「循環器系不安定! 急いでメディカルへ!」
担架が運ばれていくのを見送るシン達。
誰もすぐには動けなかった。
先ほどまで自分達を圧倒していた敵。
その正体が、ラクス・クラインによく似た幼い少女。
あまりにも現実感がなかった。
*******
ミネルバ艦長室。
タリアは、アーサーから上がってきた報告書を無言で読み終えていた。
部屋の空気が重い。
アーサーも珍しく軽口を叩かない。
「……14、5歳くらいかもしれません」
彼が絞り出すように言う。
「しかも、かなり衰弱しています」
タリアは短く息を吐いた。
「最悪ね」
「ええ……」
しばらくの沈黙。
やがてアーサーが小声で続ける。
「それと……容姿の件ですが」
タリアの視線が上がる。
アーサーは言い淀んだ。
「……ラクス・クライン議長に酷似しています」
数秒。
完全な沈黙が流れた。
タリアの表情が初めて強張る。
「……何ですって?」
「髪型や年齢差はあります。ですが、面影は否定できません」
アーサー自身も混乱しているのが分かった。
タリアはゆっくりと椅子へ背を預ける。
暫らくの沈黙、そしてようやく今回の件が、単なる所属不明艦事件では済まないことを理解した。
未知の新型MS。
強化された幼年パイロット。
そして、ラクス・クラインによく似た少女。
それらが偶然などあるはずがない。
「……本国への報告内容は制限します」
タリアは低く言った。
「所属不明艦との交戦、新型MS一機を鹵獲、パイロット1名を保護
詳細は帰投後、直接報告とだけ伝えておいて」
タリアは窓の外を見る。
その先には無数の星空が美しく瞬いていた。
「この情報が外へ漏れれば、間違いなく各勢力が動くわ」
その声には、艦長としての警戒だけではないものが混じっていた。
嫌な予感、あるいは戦争の裏側へ足を踏み入れてしまった感覚。
ミネルバは今、とんでもないものを拾ってしまったのかもしれなかった。