機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ロゴス討伐宣言後、世界各地で戦闘は連鎖していた。
地上では拠点制圧戦が続き、宇宙では補給路と降下ポイントを巡る小競り合いが繰り返されている。
その中のひとつ。
ある中継コロニー周辺宙域で起きた戦闘も、公式記録には数行で処理されることになる。
ロゴス残存戦力との交戦。
中継施設防衛。
敵艦隊を撃退。
それだけだ。
だが、その場にいた者たちは知っている。
あれは、ただの戦闘ではなかった。
戦役と呼ぶにふさわしい規模の戦いだった。
そして、その戦役は名を持たない。
ミネルバは、地球降下ポイントへ向かっていた。
アークエンジェルを追うためには、地球へ降りる必要がある。
確認されている介入記録は、地上戦域に集中していた。
少なくとも、今この時点で、あの艦が宇宙へ上がっているという情報はない。
だからミネルバはまず地球へ向かう。
そのための中継ポイントが、前方の宙域にあった。
大型艦の降下支援設備を持つ中継コロニー。
補給、整備、降下軌道の計算を行うための施設が集められた、ザフトにとって重要な拠点である。
ブリッジには、出航直後の落ち着かない緊張が残っていた。
「航路誤差、許容範囲内」
「推進系、異常なし」
「降下支援コロニーまで、予定航行時間あと2時間40分」
メイリンの声が、通信席から響く。
タリアは艦長席で前方モニターを見ていた。
その横で、アーサーが降下前補給の予定表に目を通している。
「中継コロニーからのビーコンは」
「受信しています。航路誘導信号、確認。ですが……少しノイズが多いです」
メイリンの指が端末の上を滑る。
「通信障害?」
「いえ、通信障害というより、広域帯が混雑しています。軍用回線だけではなく、民間帯域も混ざっているような……」
その瞬間、通信席の端末が鋭い警告音を鳴らした。
メイリンの表情が変わる。
「広域救援通信を傍受。優先度、高。発信元は前方中継コロニー外縁防衛隊です!」
「回して」
「はい!」
ノイズ混じりの音声が、ブリッジに流れた。
『こちら第3中継コロニー外縁防衛隊。敵艦隊の奇襲を受け、現在防衛戦闘中。繰り返す、敵艦隊の奇襲を受け、防衛戦闘中』
音声の向こうで、警報と爆発音が混じっている。
『敵戦力多数。防衛線は維持しているが、損害拡大中。近傍のザフト艦隊は至急救援されたし。こちらのMS隊、損耗率上昇。第2防衛ライン、突破されつつあり――』
通信が一瞬途切れた。
メイリンがすぐに回線を補正する。
『敵の目的はコロニー制圧と推定。外部ドックおよび通信施設に敵MS多数接近。繰り返す、近傍艦隊は至急救援を――』
音声は、そこで途切れた。
ブリッジに沈黙が落ちる。
アーサーが息を呑んだ。
「艦長……」
「距離は」
「現在位置から最大戦速で約40分圏内です」
「偵察データは取れる?」
「広域センサーを前方へ向けます」
メイリンが端末を操作した。
アーサーも戦術表示を切り替える。
メインモニターに、中継コロニー周辺宙域の簡易戦術図が浮かび上がった。
最初に表示されたのは、コロニー外縁に散らばる味方識別信号だった。
ザフト防衛隊。
MS部隊が、コロニー外周に薄い線を作っている。
「防衛隊MS、識別確認。ザクファントム、ザクウォーリア、合計52機」
メイリンが読み上げる。
「ただし、うち12機は信号消失、または戦闘不能判定。稼働中は40機前後です」
「40機で踏みとどまっているのか……」
アーサーの声は、すでに硬かった。
だが、次に表示された敵影を見て、ブリッジの空気はさらに冷えた。
赤い識別不明マーカーが、一気に増えていく。
ひとつ、ふたつではない。
コロニーの外縁を覆うように、艦影とMS反応が広がっている。
「敵艦、確認します」
メイリンの声が低くなる。
「戦艦級6、巡洋艦級9、大型輸送艦12」
誰もすぐには返事をしなかった。
「大型輸送艦が12……?」
アーサーが、信じられないものを見るように呟く。
輸送艦は、後方に並んでいた。
だが、ただの後方ではない。
戦艦と巡洋艦の奥に守られるように配置され、前面には厚いMSの壁が築かれている。
「推定MS戦力は」
「戦艦、巡洋艦、輸送艦の搭載能力から概算します」
メイリンの指が止まらない。
「推定MS戦力200機以上。艦種ごとの搭載能力から見た最大値は……216機前後です」
アーサーが言葉を失った。
200機を超えるMS。
戦艦6隻。
巡洋艦9隻。
大型輸送艦12隻。
中継コロニーひとつを攻めるには十分すぎる戦力だ。
「艦長、この規模では……」
アーサーは、そこで言葉を切った。
救援は困難だ。
そう言いかけたのだと、誰もが分かった。
タリアは戦術図を見ていた。
敵艦隊の位置。
輸送艦群の配置。
コロニーへ伸びるMS前線。
そして、破壊されずに残されている外部ドックと通信施設。
「敵は、コロニーを壊すつもりではないわね」
「制圧、ですか」
「ええ」
タリアは短く頷いた。
「降下支援設備、補給設備、通信施設、外部ドック。
そのどれか、あるいは全てを使うつもりでしょう」
「だから無差別砲撃をしていない……」
アーサーが戦術図を見直す。
確かに、敵艦隊は圧倒的な火力を持っている。
だが、コロニーそのものを吹き飛ばす砲撃はしていない。
前に出ているのはMSだ。
艦砲は防衛隊の退路と外周を削るように撃たれている。
施設を使う気がある。
だから壊しすぎることができない。
それは、敵の制約だった。
タリアは輸送艦群の表示を指差した。
「目標は敵戦艦ではない。輸送艦群よ」
「輸送艦群を……?」
「敵の制圧作戦を支えているのは、あの艦隊の腹です。MSの追加投入、補給、収容、占領後の物資搬入。あれを脅かされれば、敵は前線を維持できない」
アーサーは息を呑んだ。
「しかし、戦艦隊と巡洋艦隊が守っています」
「正面から撃ち合う必要はないわ」
タリアの声は静かだった。
「本艦は敵左翼外縁より斜めに進入。戦艦隊の正面を避け、輸送艦群を艦砲射程に収める」
「輸送艦を撃沈するのですか」
「できればね。けれど、全滅させる必要はない」
タリアは戦術図を拡大した。
「輸送艦群が脅かされれば、敵は前線MSを戻さざるを得ない。
防衛隊にかかっている圧力が下がる。こちらの目的は、敵を殲滅することではなく、中継コロニーの陥落を防ぐことよ」
「救援艦隊到着まで、敵の制圧作戦を破綻させる……」
アーサーが呟く。
「そういうこと」
タリアは顔を上げた。
「第一級戦闘配備」
「第一級戦闘配備!」
アーサーが復唱した。
艦内に警報が鳴り響く。
『第一級戦闘配備。第一級戦闘配備。全乗員は戦闘配置へ。MS隊は発進準備』
赤い警告灯がブリッジを染めた。
「メイリン、周辺宙域へ敵戦力情報を送信。敵艦艇数、推定MS数、防衛隊の損耗状況、全て流して。救援要請も拡散」
「はい!」
「防衛隊へ通信。防衛線を維持、突出禁止、追撃禁止。敵を外縁に引きつけろと伝えて」
「了解しました!」
タリアは戦術図から目を離さずに続けた。
「アスラン」
『はい』
格納庫へ向かっていたアスランの声が、回線に入る。
「本艦は敵左翼外縁から進入し、輸送艦群を狙います。
MS隊の役割分担を任せるわ。ミネルバの進路を開けなさい」
『了解しました』
短い返答だった。
迷いはない。
今回の敵は、アークエンジェルではない。
かつての仲間でもない。
目の前の中継コロニーを制圧しようとしている艦隊だ。
ならば、やるべきことは明確だった。
*****
格納庫では、警報音と整備員たちの声が重なっていた。
「インパルス、発進準備!」
「ザク隊、推進剤確認急げ!」
「レギナント、接続系統起動!」
シンはヘルメットを抱え、インパルスの前で足を止めた。
回線には、アスランの声が入っている。
『各機、作戦を確認する。ミネルバは敵輸送艦群を狙う。俺たちの役目は、敵を倒し尽くすことじゃない。ミネルバの進路を開けることだ』
ルナマリアが自機へ向かいながら言う。
「敵MS200機以上って、本気なの」
『本気だ。だから、正面で相手をするな』
アスランの声は落ち着いていた。
『シン、お前が先行しろ』
「俺が、ですか」
『ああ。敵の前衛を割るには、お前の突破力が必要だ』
シンは、少しだけ黙った。
以前なら、そこで噛みついていたかもしれない。
命令するな、と。
分かっている、と。
けれど今は、違った。
アスランは自分を止めようとしているのではない。
前に出すために、必要な線を引いている。
『ただし、敵を追うな。撃墜数はいらない。ミネルバの進路を切り開け』
「……了解。道を作ればいいんですね」
『そうだ』
アスランの返答は短かった。
『お前なら開けられる』
シンはヘルメットを握る手に、少しだけ力を込めた。
「分かりました。前を開けます」
その声に、無駄な反発はなかった。
レイは一度だけ、シンとアスランを見た。
だが、何も言わず、すぐに戦術表示へ視線を戻した。
『俺はシンの後ろにつく。開けた穴を維持する。敵が再封鎖しようとしたら、こちらで抑える』
アスランは続ける。
『セラ』
「はい」
『レギナントは先鋒に出る必要はない。ミネルバ周辺の包囲形成を阻止してくれ。敵MS群を再集合させるな』
「了解しました。先鋒2機の突破軌道を確保します。ミネルバ周辺、包囲形成を阻止」
『頼む』
セラはレギナントの昇降リフト前に立っていた。
黒い補助ウェアの上にノーマルスーツを着込み、ヘルメットを脇に抱えている。
背面の神経接続補助ユニットは、すでに起動していた。
ヴィーノが端末を見ながら叫ぶ。
「小判ちゃん4号、基準信号取得準備完了!」
「だから名前を戦闘中に叫ぶなっての!」
ヨウランが隣で別の端末を叩く。
「信号漏洩値、許容範囲内。接続安定。いけるぞ、セラ」
「はい」
セラは短く答えた。
メイリンの声が、個別回線に入る。
『セラ』
「はい」
『帰ってきてね』
「帰投します」
メイリンは一瞬だけ黙った。
それは、セラにとっての答えだった。
約束というより、任務応答に近い。
でも、それでもいい。
『うん。待ってる』
セラは頷き、レギナントのコックピットへ上がっていった。
『ルナマリア』
「はい!」
『敵艦は沈めようとするな。機銃、対空火器、センサー、照準器。露出した火器を狙って、防空火線に穴を開けろ』
「要するに、撃たせなきゃいいんでしょ」
『そうだ』
「了解。沈められなくても、撃たせなきゃいい!」
ルナマリアの声には、いつもの強さが戻っていた。
『レイ』
「聞いている」
『敵は必ずミネルバを止めに来る。狙撃機、長距離砲撃、誘導兵器。兆候を見つけたら即座に知らせてくれ』
「了解した。ミネルバを撃たせない」
レイの返答は静かだった。
『全機、目的を間違えるな。敵を追うな。ミネルバを輸送艦群へ届ける。これが最優先だ』
シンはインパルスのコックピットに乗り込んだ。
敵を倒す。
それだけではない。
道を作る。
その言葉が、妙に頭に残った。
前に出ることを止められたのではない。
前に出ることを任された。
だから、進む。
「シン・アスカ、インパルス、行きます!」
カタパルトが光を走らせる。
インパルスが、宇宙へ飛び出した。
続いて、アスラン、ルナマリア、レイの機体がカタパルトへ移動する。
『アスラン・ザラ、出る』
「ルナマリア・ホーク、ザク、出るわよ!」
「レイ・ザ・バレル、発進する」
最後に、白い大型機が固定アームを外された。
レギナントの白い装甲が、格納庫の照明を受けて淡く光る。
「セラ。レギナント、出ます」
レギナントが、ミネルバから放たれた。
*****
ブリッジの正面モニターに、前方宙域が映る。
中継コロニーの外周では、無数の光が瞬いていた。
爆発光。
ビームの軌跡。
推進剤の尾。
途切れかけた防衛線。
防衛隊は、まだ踏みとどまっている。
だが薄い。あまりにも薄い防衛線。
敵MSの群れが、幾重にも外縁を押している。
その後方には、巨大な艦隊の影。
戦艦6に巡洋艦9、大型輸送艦12。
数字で聞いた時よりも、実際に見る方がずっと重い。
アーサーが小さく息を呑む。
「敵MS群、こちらに反応。外縁部から迎撃隊が分離します」
「予想通りよ」
タリアは前方を見据えた。
「本艦、最大戦速。進路維持。敵左翼外縁より進入」
「最大戦速、進路維持!」
「タンホイザー、発射準備。ミサイル管、対艦装填。ただし、主目標は輸送艦群。敵戦艦との砲戦に付き合わないで」
「了解!」
メイリンが防衛隊への通信を開いた。
「こちらミネルバ。貴隊の救援に向かっています。防衛線を維持してください。突出や追撃は禁止、敵を外縁に引きつけてください」
ノイズ混じりの返答が返る。
『ミネルバ……? 本当に来たのか……!』
「繰り返します。防衛線を維持。こちらが敵後方を突きます」
通信の向こうで、誰かが息を吐いた。
『了解した。防衛隊、現戦線を維持する。持たせるぞ!』
タリアは静かに頷いた。
「持たせなさい。こちらもこじ開ける」
ミネルバの艦体が加速する。
敵前衛の一部が、こちらへ向きを変えた。
だが、その動きは遅い。
大きすぎる艦隊は、急には曲がれない。
多すぎるMSは、全てを同時に動かせない。
そこに、隙間がある。
前方で、インパルスが敵MS群へ突入した。
「敵左翼外縁、迎撃MS接近! インパルス、接敵します!」
光が走る。
敵の隊列が、割れる。
その後ろに、アスラン機が続く。
開いた穴を塞ごうとした敵機が、次々と押し返された。
ルナマリアの長距離射撃が、敵巡洋艦の外装火器を叩く。
爆発は小さい。
艦を沈めるには遠い。
それでも、防空火線の一部が途切れた。
「そこ、通さない!」
レイの声が回線に入る。
『右舷上方、狙撃機。ミネルバの推進部を狙っています』
「対空、右舷上方!」
『こちらで処理する』
レイの射撃が、遠方の敵機を牽制した。
そして、レギナントが動く。
白い機体の周囲から、ドラグーンが展開された。
以前よりも、わずかに速い。
ためらいのような遅れがない。
セラの声が淡々と響く。
「
放たれたドラグーンの赤い光線が、網のように構築されていく。
その光線に触れた敵MS達は、ドラグーンから威嚇のような射撃を受け、動きを止める。
撃墜ではない。
だが、敵は進めない。
包囲の線が、形成される前に断たれていく。
タリアは立ち上がった。
「ミネルバ、突入。敵の腹へ楔を打ち込む」
ミネルバの艦首が、赤い識別表示の群れへ突き進む。
敵艦隊は、まだ気づききっていない。
ミネルバの狙いが戦艦ではなく、後方の輸送艦群であることに。
だが、次の瞬間には気づくだろう。
気づいた時には、もう遅い。
ミネルバは敵艦隊の外縁を裂き、中央へ向かっていた。
後の歴史に名を残さない戦役が、ここに始まった。