機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
MS隊の通信回線に、アスランの声が入った。
「各機、目標は敵輸送艦群だ。撃墜数はいらない。ミネルバの進路を開く」
シンはコックピットの中で、前方だけを見ていた。
敵MSが来る。
多い。
1機を倒しても次が来る。そこを越えてもさらに次がいる。
だが今は数えない。
追うな。
道を開け。
言葉は単純だった。
だから迷う余地もなかった。
「だったら、開けるだけだ!」
インパルスが加速する。
敵前衛の一角にいたMSは、接近してくる機影を見た。
赤と白の機体。
インパルス。
『インパルスだ!』
『正面から来るぞ!』
正面から来た敵機がビームを撃つ。
シンは機体を斜めに滑らせて射線を外し、すれ違いざまにサーベルを振るった。
敵の腕部武装が弾け飛ぶ。
『腕が――』
声は途中で切れた。
爆発は追わない。
次を見る。
別の敵機がミサイルを放つ。
シンはシールドで1発を弾き、機体を反転させて残りを引きつけた。
ミサイルが背後へ抜けた瞬間、敵MSの隊列が乱れる。
そこへインパルスが入った。
敵の1機を蹴り飛ばし、もう1機の脚を撃ち抜く。
撃墜ではない。
だが、進路は開く。
「邪魔だ!」
インパルスが前へ抜ける。
『止めろ、抜けられる!』
その直後、シンの背後へ敵が群がった。
穴を閉じようとしている。
だが閉じきる前に、アスランの機体がその間へ滑り込んだ。
ビームサーベルが一閃し、敵機の武装だけを弾き飛ばす。
別の敵が射線を取ろうとした瞬間、アスランは盾を差し込み、その光を逸らした。
「シン、前を見ろ」
「見てます!」
「なら、そのまま行け」
「はい!」
命令ではなかった。
背中を押す声だった。
シンはさらに加速する。
敵を斬る。
押し退ける。
弾く。
止める。
逃げる敵は追わない。
立ち塞がる敵だけを斬る。
アスランはその後ろで広がった戦端を押し広げた。
シンがこじ開けた裂け目を、敵に縫い直させない。
『インパルスを止めろ!』
『もう1機が後ろにいる!』
『どっちを――』
迷った敵機の前に、セイバーの射線が重なる。
機体が反射的に退いた。
その空白を、インパルスが抜ける。
2機は敵MS群の中へ深く入り込んでいく。
そこでシンは違和感に気づいた。
やりやすい。
敵は多い。
それなのに前へ進める。
横から来るはずの攻撃が遅い。
閉じるはずの包囲が完成しない。
正面に集中しているはずの敵が、どこかで流れを曲げられている。
アスランも同じものを見ていた。
こちらが鋭いだけではない。
敵の動きが、必要な場所で止まっている。
理由は、さらに前方にいた。
「
セラの声が回線に流れた。
*****
レギナントは、シンたちよりも前にいた。
白い機体が敵MS群の中を滑るように駆ける。
その周囲に、ドラグーンから放たれる細い射線が広がっていく。
敵の正面を塞ぐ線。
逃げ道を切る線。
加速しようとした先に置かれる線。
それは網だった。
触れれば撃たれる。
避ければ止められる。
止まれば、シンかアスランの射線に入る。
『白い大型機、前方!』
『でかいぞ。的だ、撃て!』
敵MSが1機、レギナントを狙って突っ込む。
セラは正面から受けない。
機体をわずかに落とし、敵の射線を外す。
敵が追おうとした瞬間、その進路にドラグーンの光が走った。
『速い――』
敵機は急制動する。
後続がつかえる。
そこへインパルスの射撃が入り、隊列が崩れた。
別の敵が、ミネルバの前方へ回り込もうとする。
だが、その進路にも光が伸びる。
敵は撃たれていない。
それでも進めない。
「前方接近線、遮断」
セラは淡々と告げる。
敵戦艦の対空射撃が白い機体を追った。
セラはその火線を、敵MSの群れの上へ引きずる。
1機が慌てて回避し、別の敵が味方艦の弾道を避けようとして横へ流れた。
その横へ、ドラグーンの射線が置かれる。
『撃つな、味方がいる!』
敵はさらに逃げる。
逃げた先で、アスランの機体が待っている。
「そこだ!」
アスランの射撃が、敵機の脚部を撃ち抜いた。
シンがその横を抜ける。
「セラ、助かる!」
「支援継続」
短い返答。
それだけだった。
だがシンには分かった。
レギナントが前にいるだけで、敵の動きが違う。
敵はシンを止めに来られない。
アスランの後方も塞げない。
ミネルバの前方へ近寄ることすら難しくなっている。
いや、前方だけではなかった。
*****
メイリンの警告が飛ぶ。
「右舷後方、敵MS接近!」
「こっちで見る!」
ルナマリアが機体を反転させた。
ミネルバの右舷後方から敵MSが3機。
角度は悪くない。
本来なら、艦の死角へ入り込む動きだった。
だが単調だった。
まるで、そこへ行く以外の道を失っているように。
敵機の先頭は、ミネルバの艦底側へ潜り込もうとしていた。
レギナントのドラグーンが遠くで光る。
進路のひとつが消えた。
もうひとつの進路には、味方機の射線が重なっている。
『下へ抜ける』
『無理だ、塞がれてる!』
「何よ、分かりやすい!」
ルナマリアのザクが射撃する。
先頭の敵機が回避しようとした。
けれど、回避方向は限られている。
その先にも細い光が走っていた。
レギナントのドラグーンだ。
敵機は一瞬だけ止まる。
その一瞬で十分だった。
「そこ、通さない!」
ルナマリアの射撃が敵機を撃ち抜く。
後続の2機が散ろうとする。
だが、また進路が狭い。
『散れ!』
『どこへだ!』
「鴨撃ちじゃない、これ……!」
言いながらも、ルナマリアは撃った。
同時に左舷後方ではレイが敵機を迎えていた。
「敵機2、こちらへ接近。動きが直線的だ」
レイの声は冷静だった。
彼は撃つ前に、敵の逃げる先を見ていた。
敵は迂回しているのではない。
迂回させられている。
レギナントの2基のドラグーンが、遠い位置で牽制を続けていた。
目立つ攻撃ではない。
だが進路を奪っている。
敵は選んでいるつもりで、選ばされていた。
「処理する」
レイの射撃が先頭の敵機を止める。
もう1機が離脱しようとする。
その先にはミネルバの対空火器が待っていた。
短い爆発。
レイは次の表示へ視線を移した。
「後方接近機、排除。警戒継続」
派手さはなかった。
だがミネルバの背後に、敵は近づけない。
*****
レギナントは敵MS群の中を泳いでいた。
高機動で一気に抜ける。
急制動。
旋回。
敵の射線が集まった瞬間、白い機体はそこから消える。
残るのは敵同士の火線だった。
1機のビームが別の敵の肩を掠める。
巡洋艦の対空射撃が味方MSの進路を潰す。
ミサイルがレギナントを追いきれず、乱れた敵隊列の中で爆ぜた。
『何だ、どこへ――』
『味方だ、撃つな!』
セラはそれを喜ばない。
ただ次の位置へ移る。
「敵艦対空射撃、誘導可能」
レギナントが巡洋艦の射線へ入る。
敵艦の近接防御火器が白い機体を追った。
弾幕が広がる。
セラはその弾幕を斜めに抜けた。
背後にいた敵MSが慌てて散る。
散った先に、ルナマリアの照準が重なった。
「見えた!」
オルトロスが火を噴く。
狙いは艦ではない。
巡洋艦の外装に突き出た近接防御火器。
砲撃が基部を焼き、火線の一部が消えた。
艦は沈まない。
だが、ミネルバへ向く弾幕が薄くなる。
『右舷火器、沈黙!』
『白い機体を追うな、艦が抜ける!』
「沈められなくても、撃たせなきゃいい!」
ルナマリアは次の火器を探す。
レイもまた、別の巡洋艦を見ていた。
「左舷前方、対空火器。ミネルバ進路に干渉する」
「狙える?」
「狙える」
レイは短く答え、引き金を引いた。
直撃ではない。
だが火器の照準部を砕くには足りた。
敵艦の火線が乱れる。
その間をミネルバが進む。
「敵防空火線、前方に薄い箇所ができます!」
メイリンが叫ぶ。
「そこへ入るわ」
タリアは即答した。
「本艦、進路修正。前方3度、下方1度」
「前方3度、下方1度!」
アーサーが復唱する。
ミネルバがわずかに進路を変えた。
その角度が敵艦の砲撃を外す。
艦体が揺れる。
近くで爆発が起き、光がブリッジの窓を白く染めた。
それでもミネルバは止まらない。
「敵MS、なお前方に多数!」
「MS隊が開けます」
タリアは言った。
その声は信じていた。
シンを。
アスランを。
ルナマリアを。
レイを。
そしてレギナントを。
*****
敵艦隊は、ようやく気づき始めていた。
ミネルバは防衛線へ向かっていない。
戦艦を正面から相手にする気もない。
狙いは後方。
大型輸送艦群。
敵後方の輸送艦群周辺で、護衛MSが向きを変え始める。
前線に出していた機体の一部が、呼び戻されていく。
『前衛を戻せ』
『輸送艦群の前を塞げ!』
命令は飛ぶ。
だが、戻る道にも機体が詰まっていた。
レギナントの網。
インパルスの突破。
セイバーの維持。
ルナマリアとレイの射線。
ミネルバの進路。
それらが、艦隊の中でいくつもの流れをぶつけている。
「敵前衛、一部後退!」
「後方の大型艦周辺へ再配置されます!」
ブリッジにメイリンの声が響く。
戦術図の赤い線が歪んだ。
コロニー外縁にかかっていた圧力が、一部だけ剥がれる。
その変化は小さい。
だが防衛隊には大きかった。
「敵の押しが鈍った!」
「戦線を維持しろ! 前に出るな、持ち場を守れ!」
「ミネルバが奥へ入ったぞ!」
味方側の通信が重なる。
アーサーが目を見開く。
「効いています。敵が迷い始めています」
「まだよ」
タリアは前を見ていた。
「迷わせるだけでは足りない。撃って、こちらの狙いを理解させる」
前方に輸送艦群が見え始めていた。
巨大な船体。
MS収容用のハッチ。
外部に並ぶ補給コンテナ。
艦隊の奥で守られていたはずの敵の腹。
「タンホイザー有効射程まで、あと20秒!」
「敵巡洋艦、艦首をこちらへ!」
「敵MS、正面に再密集!」
アーサーの声が重なる。
タリアは立ち上がった。
「進路維持」
「進路維持!」
「ナイトハルト牽制発射。対空火器、正面を掃射。タンホイザー展開」
「タンホイザー、展開!」
ミネルバの艦首が開く。
巨大な砲口が、ゆっくりと前を向いた。
その前に敵MSの壁が残っている。
敵側も、それを見た。
『艦首砲、展開!』
『射線を塞げ!』
「シン!」
アスランの声が飛ぶ。
「分かってる!」
インパルスが最後の壁へ突っ込む。
敵機が3機、横並びで立ち塞がる。
シンは1機目を斬らない。
シールドで弾き、進路から叩き出す。
2機目の脚を撃つ。
3機目の射線を抜ける。
「開ける!」
インパルスが壁を抜いた。
『抜かれ――』
通信が途切れる。
だが、その穴を敵が閉じようとする。
そこへアスランが入った。
「閉じさせない!」
ビームサーベルが光り、敵の再接近を押し返す。
同時にレギナントのドラグーンが光を走らせた。
正面に残った敵機が散る。
ミネルバの前に、一瞬だけ空白ができた。
「ミネルバ前方、射線確保」
「今なら撃てます」
セラの声が静かに響く。
ルナマリアの砲撃が、最後に残った近接防御火器を焼いた。
「撃たせないって、言ったでしょ!」
レイの声が重なる。
「敵巡洋艦、次弾装填中。間もなく撃ってくる」
「十分よ」
タリアは言った。
メイリンが叫ぶ。
「タンホイザー、有効射程内! 照準、敵大型輸送艦群中央!」
「射線上の味方機は退避してください。インパルス、セイバー、レギナント、至急退避してください!」
艦内に低い振動が走る。
ミネルバは止まっていない。
進みながら砲を向けている。
航行しながらの砲撃。
艦体の揺れ。
敵の火線。
前方の残存MS。
そのすべてを抱えたまま、ザフトの新鋭艦は撃つ。
敵輸送艦群の前で、護衛機が散る。
逃げる機体もあった。
なお前に出ようとする機体もあった。
だが、どちらも間に合わない。
『輸送艦群が射線上だ!』
「艦長!」
アーサーが振り返る。
タリアは前方を見据えていた。
この一撃で、敵は選ばされる。
コロニーを攻め続けるか。
ミネルバを止めるか。
輸送艦を守るか。
その選択を迫られる。
「タンホイザー」
タリアの声がブリッジを貫いた。
「撃て!」
ミネルバの艦首から、巨大な光が放たれた。
赤と灰白の艦体が戦火の中を突き進み、速度を殺さぬまま放った一撃。
それは戦火の嵐を突き抜け、敵艦隊の奥に並ぶ大型輸送艦群へ向かって走った。