機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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62.楔打ち(ウェッジ・ラン)

MS隊の通信回線に、アスランの声が入った。

 

『各機、目標は敵輸送艦群だ。撃墜数はいらない。ミネルバの進路を開く』

 

シンはコクピットの中で、前方だけを見ていた。

 

敵MSが来る。1機、また1機と倒しても次から次へ。そこを越えてもさらに次がある。だからもう数えない。

 

追うな。道を開け。

 

言葉は単純だった。だから迷う余地もなかった。

 

「だったら、開けるだけだ!」

 

インパルスが加速する。

 

正面から来た敵機がビームを撃つ。機体を斜めに滑らせて射線を外し、すれ違いざまにサーベルを振るった。敵の腕部武装が弾け飛ぶ。

 

爆発は追わない。次を見る。

別の敵機がミサイルを放つ。シールドで1発を弾き、機体を反転させて残りを引きつけた。ミサイルが背後へ抜けた瞬間、敵MSの隊列が乱れる。

 

敵の1機を蹴り飛ばし、もう1機の脚を撃ち抜く。撃墜ではない。だが、進路は開く。

 

「邪魔だ!」

 

インパルスが前へ抜ける。

 

その直後、シンの背後へ多数の敵が群がってきた。シンが開けた穴を閉じようとしている。

 

だが閉じきる前に、アスランのセイバーがその間へ滑り込んだ。ビームサーベルが一閃し、敵機の武装だけを弾き飛ばす。別の敵が射線を取ろうとした瞬間、盾を差し込み、その光を逸らした。

 

『シン、前を見ろ』

「見てます!」

『なら、そのまま行け』

「はい!」

 

命令ではなかった。背中を押す声だった。

 

シンはさらに加速する。敵を斬る。押し退ける。弾く。止める。逃げる敵は追わない。立ち塞がる敵だけを斬る。

 

アスランはその後ろで広がった戦端を押し広げた。シンがこじ開けた裂け目を、敵に縫い直させない。

 

2機は敵MS群の中へ深く入り込んでいく。

 

そこでシンは違和感に気づいた。

 

やりやすい。

 

敵は多い。それなのに前へ進める。いつもなら来るはずの横撃が間に合ってない。閉じるはずの包囲が完成しない。正面に集中しているはずの敵が、どこかで流れを曲げられている。

 

アスランも同じものを見ていた。こちらが鋭いだけではない。敵の動きが必要な場所で止まっている。

 

その理由は、2人のさらに前方にいる。

 

空間支配(クイーンズ・ウェブ)、展開継続中」

 

セラの声が回線に流れた。

 

*****

 

レギナントは、シンたちよりも前にいた。

白い機体が敵MS群の中を滑るように駆ける。その周囲に、ドラグーンから放たれる細い射線が広がっていく。

敵の正面を塞ぐ線。逃げ道を切る線。加速しようとした先に置かれる線。それは網だった。

触れれば撃たれる。避ければ止められる。止まればシンかアスランの射線に入る。

 

敵MSが1機、レギナントを狙って突っ込む。セラは正面から受けない。機体をわずかに落とし、敵の射線を外す。

敵が追おうとした瞬間、その進路にドラグーンの光が走った。

敵機は急制動する。後続がつかえる。そこへインパルスの射撃が入り、隊列が崩れた。

別の敵が、ミネルバの前方へ回り込もうとする。だが、その進路にも光が伸びる。

敵は撃たれていない。それでも進めない。

 

「前方接近線、遮断」

 

セラは淡々と告げる。

敵戦艦の対空射撃が白い機体を追った。セラはその火線を、敵MSの群れの上へ引きずる。1機が慌てて回避し、別の敵が味方艦の弾道を避けようとして横へ流れた。その横へ、ドラグーンの射線が置かれる。

敵はさらに逃げる。逃げた先で、アスランの機体が待っている。

 

「そこだ!」

 

アスランの射撃が、敵機の脚部を撃ち抜いた。

シンがその横を抜ける。

 

「セラ、助かる!」

『支援継続します』

 

短い返答。それだけだった。

だがシンには分かった。レギナントが前にいるだけで、敵の動きが違う。敵はシンを止めに来られない。アスランの後方も塞げない。ミネルバの前方へ近寄ることすら難しくなっている。

いや、前方だけではない。

 

*****

 

メイリンの警告が飛ぶ。

 

「右舷後方、敵MS接近!」

「こっちで見る!」

 

ルナマリアが機体を反転させた。

ミネルバの右舷後方から敵MSが3機。角度は悪くない。本来なら、艦の死角へ入り込む動きだった。

だが単調だった。まるで、そこへ行く以外の道を失っているように。

 

「何よ、分かりやすい!」

 

ルナマリアのザクが射撃する。

先頭の敵機が回避しようとした。けれど、回避方向は限られている。その先にも細い光が走っていた。

レギナントのドラグーンだ。

 

敵機は一瞬だけ止まる。その一瞬で十分だった。

 

「そこ、通さない!」

 

ルナマリアの射撃が敵機を撃ち抜く。

後続の2機が散ろうとする。だが、また進路が狭い。

 

「鴨撃ちじゃないの、これ……!」

 

言いながらも、ルナマリアは撃った。

同時に左舷後方ではレイが敵機を迎えていた。

 

「敵機2、こちらへ接近。動きが直線的だ」

 

レイの声は冷静だった。

彼は撃つ前に、敵の逃げる先を見ていた。敵は迂回しているのではない。迂回させられている。

レギナントの2基のドラグーンが、遠い位置で牽制を続けていた。目立つ攻撃ではない。だが進路を奪っている。

敵は選んでいるつもりで、選ばされていた。

 

「処理する」

 

レイの射撃が先頭の敵機を止める。

もう1機が離脱しようとする。その先にはミネルバの対空火器が待っていた。

短い爆発。

レイは次の表示へ視線を移した。

 

「後方接近機、排除。警戒継続」

 

派手さはなかった。だがミネルバの背後に、敵は近づけない。

 

*****

 

レギナントは敵MS群の中を泳いでいた。

高機動で一気に抜ける。急制動。急旋回。敵の射線が集まった瞬間、白い機体はそこから消える。

残るのは敵同士の火線だった。

1機のビームが別の敵の肩を掠める。巡洋艦の対空射撃が味方MSの進路を潰す。ミサイルがレギナントを追いきれず、乱れた敵隊列の中で爆ぜた。

セラはそれを喜ばない。ただ次の位置へ移る。

 

「敵艦対空射撃、誘導可能」

 

レギナントが巡洋艦の射線へ入る。

敵艦の近接防御火器が白い機体を追った。弾幕が広がる。セラはその弾幕を斜めに抜けた。

背後にいた敵MSが慌てて散る。散った先に、ルナマリアの照準が重なった。

 

「見えた!」

 

オルトロスが火を噴く。

狙いは艦ではない。巡洋艦の外装に突き出た近接防御火器。砲撃が基部を焼き、火線の一部が消えた。

艦は沈まない。だが、ミネルバへ向く弾幕が薄くなる。

 

「沈められなくても、撃たせなきゃいい!」

 

ルナマリアは次の火器を探す。

レイもまた、別の巡洋艦を見ていた。

 

「左舷前方、対空火器。ミネルバ進路に干渉する」

『狙える?』

「狙える」

 

レイは短く答え、引き金を引いた。

直撃ではない。だが火器の照準部を砕くには足りた。

敵艦の火線が乱れる。その間をミネルバが進む。

 

「敵防空火線、前方に薄い箇所ができます!」

 

メイリンが叫ぶ。

 

「そこへ入るわ」

 

タリアは即答した。

 

「本艦、進路修正。前方3度、下方1度」

「前方3度、下方1度!」

 

アーサーが復唱する。

ミネルバがわずかに進路を変えた。その角度が敵艦の砲撃を外す。

艦体が揺れる。近くで爆発が起き、光がブリッジの窓を白く染めた。

それでもミネルバは止まらない。

 

「敵MS、なお前方に多数!」

「MS隊が開けます」

 

タリアは言った。その声は信じていた。

シンを。アスランを。ルナマリアを。レイを。そしてレギナントを。

 

*****

 

敵艦隊は、ようやく気づき始めていた。

ミネルバは防衛線へ向かっていない。戦艦を正面から相手にする気もない。狙いは後方。大型輸送艦群。

 

「敵前衛、一部後退!」

「後方の大型艦周辺へ再配置されます!」

 

ブリッジにメイリンの声が響く。

戦術図の赤い線が歪んだ。コロニー外縁にかかっていた圧力が、一部だけ剥がれる。その変化は小さい。だが防衛隊には大きかった。

 

『敵の押しが鈍った!』

『戦線を維持しろ! 前に出るな、持ち場を守れ!』

『ミネルバが奥へ入ったぞ!』

 

断片的な通信が流れる。

アーサーが目を見開く。

 

「効いています。敵が迷い始めています」

「まだよ」

 

タリアは前を見ていた。

 

「迷わせるだけでは足りない。撃って、こちらの狙いを理解させる」

 

前方に輸送艦群が見え始めていた。

巨大な船体。MS収容用のハッチ。外部に並ぶ補給コンテナ。艦隊の奥で守られていたはずの敵の腹。

 

「タンホイザー有効射程まで、あと20秒!」

「敵巡洋艦、艦首をこちらへ!」

「敵MS、正面に再密集!」

 

アーサーの声が重なる。

タリアは立ち上がった。

 

「進路維持」

「進路維持!」

「ナイトハルト牽制発射。CIWSで正面を掃射。タンホイザー展開」

「タンホイザー、展開!」

 

ミネルバの艦首が開く。

巨大な砲口が、ゆっくりと前を向いた。その前に敵MSの壁が残っている。

 

「シン!」

 

アスランの声が飛ぶ。

 

「分かってる!」

 

インパルスが最後の壁へ突っ込む。

敵機が3機、横並びで立ち塞がる。シンは1機目を斬らない。シールドで弾き、進路から叩き出す。2機目の脚を撃つ。3機目の射線を抜ける。

 

「開ける!」

 

インパルスが壁を抜いた。

だが、その穴を敵が閉じようとする。そこへアスランが入った。

 

「閉じさせない!」

 

ビームサーベルが光り、敵の再接近を押し返す。

同時にレギナントのドラグーンが光を走らせた。正面に残った敵機が散る。ミネルバの前に、一瞬だけ空白ができた。

 

「ミネルバ前方、射線確保」

「今なら撃てます」

 

セラの声が静かに響く。

ルナマリアの砲撃が、最後に残った近接防御火器を焼いた。

 

「撃たせないって、言ったでしょ!」

 

レイの声が重なる。

 

「敵巡洋艦、次弾装填中。間もなく撃ってくる」

「十分よ」

 

タリアは言った。

メイリンが叫ぶ。

 

「タンホイザー、有効射程内! 照準、敵大型輸送艦群中央!」

「射線上の味方機は退避してください。インパルス、セイバー、レギナントは至急退避してください!」

 

艦内に低い振動が走る。

 

ミネルバは止まっていない。進みながら砲を向けている。航行しながらの砲撃。艦体の揺れ、敵の火線、前方の残存MS。その全てを抱えたまま、ザフトの新鋭艦は撃つ。

 

「艦長!」

 

アーサーが振り返る。

タリアは前方を見据えていた。

 

この一撃で、敵は選ばされる。コロニーを攻め続けるか、ミネルバを止めるか、輸送艦を守るか、その選択を迫られる。

 

「タンホイザー」

 

タリアの声がブリッジを貫いた。

 

「撃て!」

 

ミネルバの艦首から、巨大な光が放たれた。

赤と灰白の艦体が戦火の中を突き進み、速度を殺さぬまま放った一撃。それは戦火の嵐を突き抜け、敵艦隊の奥に並ぶ大型輸送艦群へ向かって走った。

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