機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
タンホイザーの光が、敵艦隊の奥へ突き刺さった。
白い奔流は、前方に並んでいた大型輸送艦をまとめて呑み込む。1隻目の船体が中央から割れ、内部に詰め込まれていた推進剤と弾薬が連鎖して燃え上がった。
すぐ隣の輸送艦も逃げきれなかった。光に船体を抉られ、装甲が赤熱し、開いた発進デッキから炎が噴き出す。その爆発はさらに周囲へ飛び散り、後続の輸送艦へ破片と熱を叩きつけた。
「直撃確認!」
メイリンの声がブリッジに響いた。
「敵大型輸送艦2隻、撃沈級! 周辺2隻にも被害拡大。1隻は推進部損傷、もう1隻は艦内誘爆の可能性あり!」
アーサーが息を呑む。
「輸送艦群、混乱しています!」
「止まらないわ」
タリアは前方を見据えたまま言った。
敵の奥に届いた。だが、届いただけでは足りない。今、敵は自分たちの腹を撃たれた。なら次の一手を迷っている間に、さらに抉る。
「このまま輸送艦群を突っ切る!」
タリアの声が鋭く飛んだ。
「ナイトハルト発射! トリスタンで両舷の輸送艦を撃ち払え!」
「ナイトハルト発射! トリスタン、目標両舷輸送艦!」
ミネルバの艦体が震えた。
ミサイルが一斉に放たれ、崩れた輸送艦列へ吸い込まれていく。トリスタンの砲撃が左右へ走り、後退しようとしていた輸送艦の外装を焼いた。
戦艦ほどの装甲はない。戦うための艦ではない。だが中には、MSと補給物資と制圧用の装備が満載されている。一度火が入れば、被害は艦の内側から膨れ上がる。
「敵輸送艦、さらに損傷!」
「後方艦列、散開開始!」
「損傷艦を切り離しています!」
メイリンの報告が続く。
正面モニターの中で、輸送艦群が乱れていた。後退する艦。進路を変える艦。損傷艦を避けようとして、互いに軌道を縛り合う艦。そこへミネルバが突っ込んでいく。
アーサーは戦術表示を見ながら声を上げた。
「敵巡洋艦、輸送艦群の前へ出ます!」
「盾になるつもりね」
タリアは即座に命じた。
「取り舵180度。同時にタンホイザー照射準備。トリスタンは回頭中も攻撃を維持」
「取り舵180度、タンホイザー照射準備! トリスタン攻撃継続!」
「射線上の各機は退避してください! 繰り返します、タンホイザー射線上の味方は直ちに退避!」
メイリンの警告がミネルバ隊と友軍回線へ飛ぶ。
ミネルバの巨体が、火線の中で大きく向きを変え始めた。それは敵の真ん中で行うにはあまりにも危険な動きだった。だが、敵艦隊の動きはすでに乱れている。輸送艦を守るために巡洋艦が割り込み、前線MSは後方へ戻り、コロニー正面へかけていた圧力が薄くなっている。
ミネルバは、その乱れの中で回る。赤と灰白の艦体が向きを変えながら撃つ。トリスタンの光が左右へ流れ、接近しようとした敵MSごと火線を切った。
「敵輸送艦、後退!」
「前線MSの一部がこちらへ向かってきます!」
「敵、ミネルバ排除を優先し始めました!」
タリアは頷いた。
「当然よ。ようやくこちらを見た」
*****
敵MSが、ミネルバへ殺到し始めた。
これまでコロニー外縁を押していた機体が、次々と引き剥がされる。輸送艦を守るため、ミネルバを止めるため、赤い識別表示が一気にこちらへ流れ込んでくる。
アスランはその動きを見た。ここから先は、突き抜けるだけでは足りない。ミネルバの周囲に敵を寄せないことが必要になる。
「シン!」
アスランが叫ぶ。
「ここから先はミネルバの直掩に回る。俺たちで敵の勢いをそぐぞ」
『了解! 任せてくださいよ!』
シンの返答は早かった。迷いも、反発もない。インパルスが向きを変える。ミネルバへ群がろうとする敵MSの前に、シンが飛び込んだ。
こうなった時のシンは強い。守る対象が明確で、敵も目の前にいる。追う必要もない。ミネルバへ近づく敵だけを叩けばいい。
「そこ、行かせるか!」
インパルスのサーベルが閃く。敵機の腕が飛ぶ。別の機体が射線を取る前に、シンはシールドでその身体を弾き飛ばした。敵を完全に落とす必要はない。ミネルバへ届かせなければいい。
アスランはその外側を押さえた。シンが弾いた敵を逃がさない。横へ回り込もうとする機体を止める。ミネルバの進路へ再び戻ろうとする機体を、先回りして押し返す。
「シン、上」
「はい!」
シンは即座に反応した。上方から降りてきた敵機を、インパルスが正面で受ける。アスランはその背後の敵を撃ち、2機目を近づかせなかった。
扱い方が少し分かった気がした。シンは抑え込むより、役割を与えた方がいい。前に出るなと言うより、どこへ出るべきかを示した方が速い。そして、その役割が誰かを守るためなら、彼は迷わない。
「このままミネルバから離れるな」
『分かってます!』
インパルスが敵を薙ぎ払う。
その動きのさらに外側で、レギナントのドラグーンが光を走らせていた。そのおかげか、2人が攻撃に晒されることはほとんどない。
敵の進路が絞られる。避けた先にシンがいる。逃げた先にアスランがいる。女王の網にかかった敵機は、そのまま身動きが取れず喰い尽くされた。
*****
敵戦艦と巡洋艦が、輸送艦群の前へ割り込んでくる。
分厚い艦影が、後方の輸送艦を隠すように並ぶ。その中の1隻が、まだ回頭を終えきらないミネルバへ主砲を向けた。
「敵戦艦、砲撃姿勢!」
「回避、間に合いません!」
アーサーの声が跳ねた。
次の瞬間、敵戦艦の主砲が放たれた。光がミネルバの腹を掠める。艦体が大きく揺れた。警報が鳴り、ブリッジの照明が一瞬落ちる。
「被害状況!」
「左舷下部装甲に損傷! 推進系、致命傷なし!」
「なら進むわ」
タリアの声は揺れなかった。
その隙を、ルナマリアは見逃さない。
「見えた!」
ザクの砲口が、敵戦艦の右舷外装へ向く。狙うのは主砲ではない。その周囲に並ぶ近接防御火器と照準器。ミネルバへ続く火線を作る部分。
「撃たせないって言ったでしょ!」
オルトロスが光を放つ。敵戦艦の右舷外装で、小さな爆発が連続した。艦を沈めるには遠い。だが、火線が乱れる。
レイも同時に動いていた。
「右舷火器、残り2。照準部を潰す」
冷静な声と共に、レイの射撃が走る。敵戦艦の防御火器がまたひとつ沈黙する。そこへミネルバのトリスタンが重なり、敵の右舷をさらに削った。
「敵戦艦、右舷火線低下!」
「そのまま抑えて!」
メイリンの声が重なる。
その時、別方向から砲撃が走った。敵戦艦の艦首を掠め、光が装甲を削る。ブリッジに新たな識別反応が浮かんだ。
「味方識別! 右舷後方より艦隊接近!」
「数は」
「戦艦2、巡洋艦3、大型輸送艦2! 搭載MS推定48機前後!」
アーサーの顔に、驚きと安堵が同時に浮かぶ。
「味方艦隊です!」
「広域通信を拾ったのね」
タリアは短く息を吐いた。
間に合った。ミネルバが敵の後方を乱し、防衛隊が持ちこたえ、その時間で救援が届いた。
敵艦隊の動きがさらに崩れる。輸送艦を守る。ミネルバを止める。新たに現れた味方艦隊へ対応する。敵の選択肢が増えすぎていた。
「敵前線、混乱!」
「コロニー外縁の圧力、さらに低下します!」
メイリンが叫ぶ。
防衛隊からの通信が入る。
『こちら防衛隊! 敵が引いた! 戦線を立て直せる!』
「そのまま維持して」
タリアが返す。
「味方艦隊が到着する。こちらもすぐに――」
その言葉の途中で、レイの声が割り込んだ。
『レギナントの動きが遅れている』
ブリッジの空気が変わった。
*****
レイは戦場の外縁を見ていた。
敵の動き。ミネルバの進路。味方艦隊の射線。その中で、レギナントの動きだけがわずかに変わっていた。
動いている。高機動も維持している。ドラグーンも展開している。だが、先ほどまでのように敵の進路を先に奪ってはいない。
網を張るのではなく、穴を塞いでいる。敵が動く前に道を消すのではなく、動いた後に押し戻している。
小さな違和感だが、無視はできない。その違和感が後になって、不測の事態を招くこともある。
ミネルバへ向かう敵機。輸送艦群を守ろうと戻る敵機。防衛隊正面から引き剥がされた敵機。それらが一度に流れ込んだことで、戦場全体が広がりすぎていた。
レギナントは、まだ支えている。だが、支える範囲が広すぎる。
「セラ」
レイが呼びかけた。返答は、すぐには返ってこなかった。一拍置いて、通信にセラの声が乗る。
『……はい』
声はいつも通りに近い。だが、その後ろに短い呼吸が混じっていた。
『……はっ……ミネルバ進路、維持可能』
メイリンの手が止まった。個別回線を開く。
「セラ。今、息が上がってた?」
『問題ありません』
返事は早かった。けれど、その直後にまた、細く息を吸う音が入った。
『戦闘継続、可能……敵輸送艦、後退。右舷下方、敵機2』
ルナマリアが眉を寄せる。
『セラ、本当に大丈夫なの?』
『はい』
セラは答える。
『小判ちゃん4号は接続安定。レギナントの応答は正常』
「聞いてるのは装備の話じゃないわよ!」
ルナマリアの声が少し荒くなる。セラは一瞬黙った。
『身体機能に、重大な異常はありません』
その返答にも、呼吸が混じる。
『ただし……情報更新量が、想定より多いです』
レイは表示を見た。レギナントの周囲で、敵機の識別表示が増えている。それでも、セラはすべてを追おうとしている。
ミネルバの進路。シンとアスランの位置。ルナマリアとレイの射線。防衛隊の崩れかけた穴。味方艦隊が入ってくるための空間。その全てを、手放していない。
「セラ、制御範囲をミネルバ周辺へ限定しろ」
『レイ、限定解除を申請。理由、防衛隊7番機、被弾予測。味方艦隊左翼、射線干渉。10秒必要』
淡々とした申請。だが、また息が切れる。
『……はっ……迎撃点、再設定』
「10秒だけ許可する。その後はミネルバ周辺へ限定しろ」
『了解』
アスランが通信に入った。
『セラ、全部を抱えるな。こちらで見る。セイバーは左翼外周へ回る。インパルスはミネルバ正面だ』
『分かってる!』
シンの声が飛ぶ。
『セラ、こっちは俺が見る! お前はミネルバの近くを見てろ!』
約束の10秒が過ぎる。
レギナントのドラグーンが、広げていた網をわずかに縮めた。戦場全体に散っていた光が、ミネルバ周辺へ戻り始める。
敵機が一部、外側へ抜ける。だが、そこにはアスランが入った。さらにレイの射線が重なり、ルナマリアの砲撃が敵艦の火線を潰す。
シンは正面にいた。
「そこは行かせない!」
インパルスが、ミネルバへ迫る敵機を押し返す。
セラの呼吸は、まだ整っていない。
『ミネルバ進路、確保……右舷、敵機1。シン機前方、射線開放』
「助かる!」
シンが叫ぶ。
それでも、メイリンには分かった。セラは無理をしている。倒れているわけではない。壊れかけているわけでもない。ただ、疲れている。それなのに、疲れていると言わない。
「艦長」
メイリンが振り向く。
タリアはすでに、戦術表示を見ていた。敵輸送艦群は崩れている。損傷艦は切り離され、後続は散開し、前線の圧力も弱まった。味方艦隊も到着している。
さらに押せば、もっと削れるかもしれない。だが、それはもう目的ではない。
中継コロニーは持ちこたえた。防衛隊は立て直せる。敵の制圧作戦は崩れた。ここから先は欲に手を出す行動だ。
「追撃はここまで」
タリアの声が、ブリッジを切った。
「本艦は防衛線側へ後退。全機、再編しながら帰投準備。それと救援に来た味方艦隊へ通信を」
タリアは前を見たまま続ける。
「こちらミネルバ。敵輸送艦群への打撃を完了。本艦は弾薬残量および損傷確認のため、一時後退する。防衛線の維持を要請」
『了解した。ミネルバは後退せよ。こちらで引き継ぐ』
味方艦隊からの返答が来る。タリアはすぐにMS隊へ繋いだ。
「各機、帰投準備。レギナントの負担を増やさないよう、周囲を固めなさい」
『了解!』
シンの声が返った。インパルスが、レギナントの前へ出る。
「セラ、戻るぞ」
『戦闘継続は可能です』
「可能でも戻るんだよ」
シンは言い切った。
「ここからは俺たちが見る」
レギナントの動きが、わずかに止まる。通信に、短い息が混じった。
『……了解。帰投します』
メイリンは胸を押さえた。
「セラ」
『はい』
「帰ってきて」
『帰投します』
今度の返事は、少しだけ早かった。
アスランが外周を押さえ、レイが後退路の危険を潰す。ルナマリアは敵艦の火器を撃ち、ミネルバへ向かう火線を断った。
レギナントは、広げていた網を畳むようにして後退する。もう戦場全体を支えようとはしていない。ミネルバの周囲だけを見ている。
それでも、十分だった。
ミネルバは速度を落とさず、防衛線側へ離脱を開始した。味方艦隊の砲撃が、入れ替わるように敵艦隊へ向かっていく。
敵はもう追えなかった。
輸送艦群は炎を上げている。損傷艦は切り離され、後続は散開し、前線MSは戻されている。そこへ味方艦隊が到着した。コロニーを押し潰すはずだった流れは、もう戻らない。
たった1隻の艦が打ち込んだ楔は、200機を超える敵MSと大艦隊の制圧作戦を止めた。
後の記録に名を残さない戦役は、その瞬間、決した。