機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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63.楔砕き(ウェッジ・ブレイク)

タンホイザーの光が、敵艦隊の奥へ突き刺さった。

 

白い奔流は、前方に並んでいた大型輸送艦をまとめて呑み込む。

1隻目の船体が中央から割れ、内部に詰め込まれていた推進剤と弾薬が連鎖して燃え上がった。

 

すぐ隣の輸送艦も逃げきれなかった。

光に船体を抉られ、装甲が赤熱し、開いた発進デッキから炎が噴き出す。

その爆発はさらに周囲へ飛び散り、後続の輸送艦へ破片と熱を叩きつけた。

 

『輸送艦が撃たれた!』

『2番艦、応答しろ!』

『駄目だ、船体中央から――』

 

声は、そこで途切れた。

 

「直撃確認!」

 

メイリンの声がブリッジに響いた。

 

「敵大型輸送艦2隻、撃沈級! 周辺2隻にも被害拡大。1隻は推進部損傷、もう1隻は艦内誘爆の可能性あり!」

「輸送艦群、混乱しています!」

 

アーサーが息を呑む。

 

「止まらないわ」

 

タリアは前方を見据えたまま言った。

 

敵の奥に届いた。

だが、届いただけでは足りない。

 

今、敵は自分たちの腹を撃たれた。

なら次の一手を迷っている間に、さらに抉る。

 

「このまま輸送艦群を突っ切る! ナイトハルト発射! トリスタンで両舷の輸送艦を撃ち払え!」

「ナイトハルト発射! トリスタン、目標両舷輸送艦!」

 

ミネルバの艦体が震えた。

 

ミサイルが一斉に放たれ、崩れた輸送艦列へ吸い込まれていく。

トリスタンの砲撃が左右へ走り、後退しようとしていた輸送艦の外装を焼いた。

 

戦艦ほどの装甲はない。

戦うための艦ではない。

だが中には、MSと補給物資と制圧用の装備が満載されている。

 

一度火が入れば、被害は艦の内側から膨れ上がる。

 

『損傷艦を切り離せ!』

『進路が塞がっている!』

『後退できない、後ろの艦が――』

 

輸送艦群は乱れていた。

 

後退する艦。

進路を変える艦。

損傷艦を避けようとして、互いに軌道を縛り合う艦。

 

そこへミネルバが突っ込んでいく。

 

「敵輸送艦、さらに損傷!」

「後方艦列、散開開始!」

「損傷艦を切り離しています!」

 

メイリンの報告が続く。

 

正面モニターの中で、輸送艦群が崩れていた。

その奥で、敵巡洋艦が艦首をこちらへ向ける。

 

アーサーは戦術表示を見ながら声を上げた。

 

「敵巡洋艦、輸送艦群の前へ出ます!」

「盾になるつもりね」

 

タリアは即座に命じた。

 

「取り舵180度。同時にタンホイザー照射準備。トリスタンは回頭中も攻撃を維持」

「取り舵180度、タンホイザー照射準備! トリスタン攻撃継続!」

「射線上の各機は退避してください! 繰り返します、タンホイザー射線上の味方は直ちに退避!」

 

メイリンの警告がミネルバ隊と友軍回線へ飛ぶ。

 

ミネルバの巨体が、火線の中で大きく向きを変え始めた。

それは敵の真ん中で行うには、あまりにも危険な動きだった。

 

だが、敵艦隊の動きはすでに乱れている。

輸送艦を守るために巡洋艦が割り込み、前線MSは後方へ戻り、コロニー正面へかけていた圧力が薄くなっている。

 

ミネルバは、その乱れの中で回る。

赤と灰白の艦体が向きを変えながら撃つ。

トリスタンの光が左右へ流れ、接近しようとした敵MSごと火線を切った。

 

『あの艦を止めろ!』

『輸送艦を守れ!』

『コロニー正面はどうする!』

 

命令が割れていく。

 

「敵輸送艦、後退!」

「前線MSの一部がこちらへ向かってきます!」

「敵、ミネルバ排除を優先し始めました!」

 

タリアは頷いた。

 

「当然よ。ようやくこちらを見た」

 

*****

 

敵MSが、ミネルバへ殺到し始めた。

 

これまでコロニー外縁を押していた機体が、次々と引き剥がされる。

輸送艦を守るため。

ミネルバを止めるため。

 

赤い識別表示が一気にこちらへ流れ込んでくる。

 

アスランはその動きを見た。

ここから先は、突き抜けるだけでは足りない。

ミネルバの周囲に敵を寄せないことが必要になる。

 

「シン! ここから先はミネルバの直掩に回る。俺たちで敵の勢いをそぐぞ」

「了解! 任せてくださいよ!」

 

シンの返答は早かった。

迷いも、反発もない。

 

インパルスが向きを変える。

ミネルバへ群がろうとする敵MSの前に、シンが飛び込んだ。

 

こうなった時のシンは強い。

守る対象が明確で、敵も目の前にいる。

追う必要もない。

ミネルバへ近づく敵だけを叩けばいい。

 

『インパルス、戻ってきた!』

『進路を変えろ、艦へ向かえ!』

 

「そこ、行かせるか!」

 

インパルスのサーベルが閃く。

敵機の腕が飛ぶ。

別の機体が射線を取る前に、シンはシールドでその身体を弾き飛ばした。

 

敵を完全に落とす必要はない。

ミネルバへ届かせなければいい。

 

『どけ、艦を――』

 

その声は、シールドの衝撃と共に途切れた。

 

アスランはその外側を押さえた。

シンが弾いた敵を逃がさない。

横へ回り込もうとする機体を止める。

ミネルバの進路へ再び戻ろうとする機体を、先回りして押し返す。

 

「シン、上」

「はい!」

 

シンは即座に反応した。

上方から降りてきた敵機を、インパルスが正面で受ける。

アスランはその背後の敵を撃ち、2機目を近づかせなかった。

 

扱い方が少し分かった気がした。

 

シンは抑え込むより、役割を与えた方がいい。

前に出るなと言うより、どこへ出るべきかを示した方が速い。

そして、その役割が誰かを守るためなら、彼は迷わない。

 

「このままミネルバから離れるな」

「分かってます!」

 

インパルスが敵を薙ぎ払う。

 

その動きのさらに外側で、レギナントのドラグーンが光を走らせていた。

そのおかげか、2人が攻撃に晒されることはほとんどない。

 

敵の進路が絞られる。

避けた先にシンがいる。

逃げた先にアスランがいる。

 

女王の網にかかった敵機は、そのまま身動きが取れず喰い尽くされた。

 

*****

 

敵戦艦と巡洋艦が、輸送艦群の前へ割り込んでくる。

 

分厚い艦影が、後方の輸送艦を隠すように並ぶ。

その中の1隻が、まだ回頭を終えきらないミネルバへ主砲を向けた。

 

「敵戦艦、砲撃姿勢!」

「回避、間に合いません!」

 

アーサーの声が跳ねた。

 

次の瞬間、敵戦艦の主砲が放たれた。

光がミネルバの腹を掠める。

艦体が大きく揺れた。

警報が鳴り、ブリッジの照明が一瞬落ちる。

 

「被害状況!」

「左舷下部装甲に損傷! 推進系、致命傷なし!」

「なら進むわ」

 

タリアの声は揺れなかった。

 

その隙を、ルナマリアは見逃さない。

 

「見えた!」

 

ザクの砲口が、敵戦艦の右舷外装へ向く。

狙うのは主砲ではない。

その周囲に並ぶ近接防御火器と照準器。

ミネルバへ続く火線を作る部分。

 

『対空、右舷へ回せ!』

『ザクが照準を――』

 

「撃たせないって言ったでしょ!」

 

オルトロスが光を放つ。

 

敵戦艦の右舷外装で、小さな爆発が連続した。

艦を沈めるには遠い。

だが、火線が乱れる。

 

レイも同時に動いていた。

 

「右舷火器、残り2。照準部を潰す」

 

冷静な声と共に、レイの射撃が走る。

敵戦艦の防御火器がまたひとつ沈黙する。

 

そこへミネルバのトリスタンが重なり、敵の右舷をさらに削った。

 

「敵戦艦、右舷火線低下!」

「そのまま抑えて!」

 

メイリンの声が重なる。

 

その時、別方向から砲撃が走った。

敵戦艦の艦首を掠め、光が装甲を削る。

ブリッジに新たな識別反応が浮かんだ。

 

「味方識別! 右舷後方より艦隊接近!」

「数は」

「戦艦2、巡洋艦3、大型輸送艦2! 搭載MS推定48機前後!」

 

アーサーの顔に、驚きと安堵が同時に浮かぶ。

 

「味方艦隊です!」

「広域通信を拾ったのね」

 

タリアは短く息を吐いた。

 

間に合った。

ミネルバが敵の後方を乱し、防衛隊が持ちこたえ、その時間で救援が届いた。

 

敵艦隊の動きがさらに崩れる。

 

輸送艦を守る。

ミネルバを止める。

新たに現れた味方艦隊へ対応する。

 

敵の選択肢が増えすぎていた。

 

『新手だ!』

『右舷後方、ザフト艦隊!』

『前線を維持しろ!』

『無理だ、輸送艦が動けない!』

 

「敵前線、混乱!」

「コロニー外縁の圧力、さらに低下します!」

 

メイリンが叫ぶ。

 

防衛隊からの通信が入る。

 

「こちら防衛隊! 敵が引いた! 戦線を立て直せる!」

「そのまま維持して」

 

タリアが返す。

 

「味方艦隊が到着する。こちらもすぐに――」

 

その言葉の途中で、レイの声が割り込んだ。

 

「レギナントの動きが遅れている」

 

ブリッジの空気が変わった。

 

*****

 

レイは戦場の外縁を見ていた。

 

敵の動き。

ミネルバの進路。

味方艦隊の射線。

 

その中で、レギナントの動きだけがわずかに変わっていた。

 

動いている。

高機動も維持している。

ドラグーンも展開している。

 

だが、先ほどまでのように敵の進路を先に奪ってはいない。

 

網を張るのではなく、穴を塞いでいる。

敵が動く前に道を消すのではなく、動いた後に押し戻している。

 

小さな違和感だが、無視はできない。

その違和感が後になって、不測の事態を招くこともある。

 

ミネルバへ向かう敵機。

輸送艦群を守ろうと戻る敵機。

防衛隊正面から引き剥がされた敵機。

 

それらが一度に流れ込んだことで、戦場全体が広がりすぎていた。

 

レギナントは、まだ支えている。

だが、支える範囲が広すぎる。

 

「セラ」

 

レイが呼びかけた。

 

返答は、すぐには返ってこなかった。

一拍置いて、通信にセラの声が乗る。

 

「……はい」

 

声はいつも通りに近い。

だが、その後ろに短い呼吸が混じっていた。

 

「……はっ……ミネルバ進路、維持可能」

 

メイリンの手が止まった。

個別回線を開く。

 

「セラ。今、息が上がってた?」

「問題ありません」

 

返事は早かった。

けれど、その直後にまた、細く息を吸う音が入った。

 

「戦闘継続、可能……敵輸送艦、後退。右舷下方、敵機2」

 

ルナマリアが眉を寄せる。

 

「セラ、本当に大丈夫なの?」

「はい」

 

セラは答える。

 

「小判ちゃん4号は接続安定。レギナントの応答は正常」

「聞いてるのは装備の話じゃないわよ!」

 

ルナマリアの声が少し荒くなる。

セラは一瞬黙った。

 

「身体機能に、重大な異常はありません」

 

その返答にも、呼吸が混じる。

 

「ただし……情報更新量が、想定より多いです」

 

レイは表示を見た。

 

レギナントの周囲で、敵機の識別表示が増えている。

それでも、セラはすべてを追おうとしている。

 

ミネルバの進路。

シンとアスランの位置。

ルナマリアとレイの射線。

防衛隊の崩れかけた穴。

味方艦隊が入ってくるための空間。

 

そのすべてを、手放していない。

 

「セラ、制御範囲をミネルバ周辺へ限定しろ」

「レイ、限定解除を申請。理由、防衛隊7番機、被弾予測。味方艦隊左翼、射線干渉。10秒必要」

 

淡々とした申請。

だが、また息が切れる。

 

「……はっ……迎撃点、再設定」

「10秒だけ許可する。その後はミネルバ周辺へ限定しろ」

「了解」

 

アスランが通信に入った。

 

「セラ、全部を抱えるな。こちらで見る。セイバーは左翼外周へ回る。インパルスはミネルバ正面だ」

「分かってる!」

 

シンの声が飛ぶ。

 

「セラ、こっちは俺が見る! お前はミネルバの近くを見てろ!」

 

約束の10秒が過ぎる。

 

レギナントのドラグーンが、広げていた網をわずかに縮めた。

戦場全体に散っていた光が、ミネルバ周辺へ戻り始める。

 

敵機が一部、外側へ抜ける。

だが、そこにはアスランが入った。

さらにレイの射線が重なり、ルナマリアの砲撃が敵艦の火線を潰す。

 

シンは正面にいた。

 

「そこは行かせない!」

 

インパルスが、ミネルバへ迫る敵機を押し返す。

 

セラの呼吸は、まだ整っていない。

 

「ミネルバ進路、確保……右舷、敵機1。シン機前方、射線開放」

「助かる!」

 

シンが叫ぶ。

 

それでも、メイリンには分かった。

セラは無理をしている。

 

倒れているわけではない。

壊れかけているわけでもない。

 

ただ、疲れている。

それなのに、疲れていると言わない。

 

「艦長」

 

メイリンが振り向く。

 

タリアはすでに、戦術表示を見ていた。

 

敵輸送艦群は崩れている。

損傷艦は切り離され、後続は散開し、前線の圧力も弱まった。

味方艦隊も到着している。

 

さらに押せば、もっと削れるかもしれない。

だが、それはもう目的ではない。

 

中継コロニーは持ちこたえた。

防衛隊は立て直せる。

敵の制圧作戦は崩れた。

 

ここから先は、欲に手を出す行動だ。

 

「追撃はここまで」

 

タリアの声が、ブリッジを切った。

 

「本艦は防衛線側へ後退。全機、再編しながら帰投準備。それと救援に来た味方艦隊へ通信を」

 

タリアは前を見たまま続ける。

 

「こちらミネルバ。敵輸送艦群への打撃を完了。本艦は弾薬残量および損傷確認のため、一時後退する。防衛線の維持を要請」

「了解した。ミネルバは後退せよ。こちらで引き継ぐ」

 

味方艦隊からの返答が来る。

タリアはすぐにMS隊へ繋いだ。

 

「各機、帰投準備。レギナントの負担を増やさないよう、周囲を固めなさい」

「了解!」

 

シンの声が返った。

インパルスが、レギナントの前へ出る。

 

「セラ、戻るぞ」

「戦闘継続は可能です」

「可能でも戻るんだよ」

 

シンは言い切った。

 

「ここからは俺たちが見る」

 

レギナントの動きが、わずかに止まる。

通信に、短い息が混じった。

 

「……了解。帰投します」

 

メイリンは胸を押さえた。

 

「セラ」

「はい」

「帰ってきて」

「帰投します」

 

今度の返事は、少しだけ早かった。

 

アスランが外周を押さえ、レイが後退路の危険を潰す。

ルナマリアは敵艦の火器を撃ち、ミネルバへ向かう火線を断った。

 

レギナントは、広げていた網を畳むようにして後退する。

もう戦場全体を支えようとはしていない。

ミネルバの周囲だけを見ている。

 

それでも、十分だった。

 

ミネルバは速度を落とさず、防衛線側へ離脱を開始した。

味方艦隊の砲撃が、入れ替わるように敵艦隊へ向かっていく。

 

敵はもう追えなかった。

 

輸送艦群は炎を上げている。

損傷艦は切り離され、後続は散開し、前線MSは戻されている。

そこへ味方艦隊が到着した。

 

コロニーを押し潰すはずだった流れは、もう戻らない。

 

たった1隻の艦が打ち込んだ楔は、200機を超える敵MSと大艦隊の制圧作戦を止めた。

 

後の記録に名を残さない戦役は、その瞬間、決した。

 

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