機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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07.メイリンとの出会い

ミネルバの会議室には、重い空気が満ちていた。

 

戦闘終了から半日。

艦内はすでに通常航行体勢へ戻りつつある。

だが、艦の上層部に流れる空気だけは違っていた。

 

タリアは、端末に映し出された白いMSの解析初期データを見つめていた。

 

会議室にいるのは、タリアとアーサー。

そして、医療、保安、整備に関わる必要最低限の上級士官たちだけだった。

誰も軽い口を開かない。

 

「まず確認しておくわ。今回の件は、現時点から機密扱いとします」

 

タリアの声は静かだった。

だが、その場にいる全員の表情が硬くなる。

 

「対象機は、未知のドラグーン搭載型MS。所属不明艦は逃走。パイロットは生存したまま保護」

「加えて、そのパイロットの容姿に問題があります」

 

問題。

 

その言葉に、室内の空気がわずかに揺れた。

 

ラクス・クラインに酷似した少女。

それだけで、政治的には十分すぎるほど危険だった。

 

アーサーが端末を操作しながら続ける。

 

「本国への報告は、予定通り最低限に制限します。詳細データ、映像、容姿情報については、帰投後の直接提出に限定」

「ええ。通信傍受のリスクがある以上、軽々しく外へ流せる情報ではないわ」

 

誰も異論を挟まなかった。

 

未知の新型機。

幼いパイロット。

ラクス・クラインに似た顔。

 

どれか一つだけでも厄介なのに、それが一つの機体にまとまっている。

 

「艦内情報統制も実施します」

 

アーサーが続ける。

 

「対象パイロットとの接触は制限。許可対象は、艦の上層部、医療班の一部、保安担当、そして任務上必要なミネルバ隊メンバーのみとします」

 

「整備班については?」

 

誰かが問う。

 

タリアは少しだけ考えた。

 

「現時点では、機体への作業のみ許可。パイロットとの接触は禁止。対象機そのものの処遇も、まだ決められないわ」

 

実際、それが最大の問題だった。

 

あの機体をミネルバで保有し続けるのか。

本国へ引き渡すのか。

あるいは、別の判断が必要になるのか。

 

今の段階では、誰にも答えは出せない。

 

「……厄介物ですね」

 

アーサーが、疲れたように漏らした。

 

タリアは苦く笑う。

 

「ええ。とびきり危険な厄介物よ」

 

*****

 

数日後。

 

ミネルバ医務室、ICU。

 

静かな機械音だけが、薄暗い室内に響いていた。

 

メイリンは、ベッド脇の記録端末を確認していた。

本来なら、長くいる場所ではない。

ただ、戦闘時の通信ログと、白いMSのパイロットの生体反応を照合する必要があり、医療班から確認を頼まれていた。

 

だから、ここにいる理由はあった。

 

それでも、視線は端末よりも、ベッドの上へ向いてしまう。

 

少女は静かに眠っていた。

 

薄桃色の髪。

幼い横顔。

白い肌。

 

あのMSのパイロット。

そう聞いても、今でもまだ現実感がない。

 

戦場で見た白い機体は、怖かった。

赤い線で宇宙を塞ぎ、シンたちを近づけさせなかった。

なのに、その中にいたのは、この小さな少女だった。

 

メイリンは小さく息を吐く。

 

その時だった。

 

少女の指先が、わずかに動いた。

 

「……っ」

 

メイリンの肩が跳ねる。

 

ゆっくりと、閉じられていた瞳が開いた。

少女はしばらく天井を見ていた。

 

ぼんやりしている、というよりは。

最初に天井を確認しているように見えた。

 

数秒後、少女の視線がメイリンへ向く。

 

そこに、驚きはなかった。

怯えも、警戒もない。

 

ただ、状況を確認している。

 

そんな目だった。

 

メイリンは一瞬迷ってから、静かに声をかけた。

 

「……目、覚ましたの?」

 

少女は数秒沈黙した。

そして、小さく口を開く。

 

「生存を確認」

 

メイリンは思わず瞬きをした。

 

返事。

のはずだった。

 

でも、それは会話というより、何かの報告みたいだった。

 

少女はゆっくりと周囲を見る。

 

医療機器。

白い天井。

自分の身体につながれたケーブル。

そして、拘束具。

 

そこまで確認してから、静かに言った。

 

「捕虜状態を確認」

 

メイリンは、言葉を失った。

 

怖い、とは少し違う。

でも、普通ではない。

 

目を覚まして最初に言う言葉が、それなのか。

自分が助かったかどうかではなく、ここがどこかでもなく、生存と捕虜状態の確認。

 

「えっと……」

 

メイリンは端末を持つ手に力を入れた。

 

本当は、余計な接触はしない方がいい。

そう言われている。

でも、今の言葉を聞いてしまったら、何も聞かずにいることもできなかった。

 

「ねえ。あなた、名前は?」

 

少女はすぐに答えた。

 

「L-31」

 

メイリンは、また瞬きをする。

 

名前を聞いたはずだった。

けれど、返ってきたのは番号だった。

 

「L……? それ、コードネーム?」

 

少女は少しだけ間を置く。

 

「識別番号です」

 

識別番号。

 

メイリンは、その言葉を胸の中で繰り返した。

 

名前ではない。

コードネームですらない。

 

何かを管理するための番号。

物を分けるための印。

 

そんな響きだった。

 

「……そっか」

 

それ以上、何を聞けばいいのか分からなかった。

 

ICUに、静かな機械音が戻る。

 

少女はもう喋らない。

ただ、天井を見つめている。

 

メイリンは、その横顔を見ていた。

 

本当に、この子が戦っていたのだろうか。

あの白いMSで。

シンたちを止めて、ミネルバの前に立ちはだかっていたのだろうか。

 

今は、どこにでもいそうな小さな女の子にしか見えない。

 

けれど、その口から出てくる言葉だけが、どうしようもなく違っていた。

 

生存を確認。

捕虜状態を確認。

識別番号。

 

人が、自分に向けて使う言葉には聞こえなかった。

 

メイリンは、端末をそっと閉じる。

 

このことは、軽く話していいことではない。

箝口令があるからだけではない。

 

この子の中にあるものを、まだ誰も知らない。

自分も、何も分かっていない。

 

だからメイリンは、その小さな違和感を胸の奥へしまい込んだ。

 

そして、静かなICUで、少女の傍にもう少しだけ座っていた。

 

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