機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

71 / 71
71.黄昏の営倉

夕焼けが、ミネルバの艦体を赤く染めていた。

 

マナド泊地の沖合に停泊する白い艦は、昼の戦闘で浴びた熱をまだ残している。甲板では整備員が動き、格納庫ではMSの再点検が続いていた。港では仮設された管制設備と補給線が、急ぎ足で橋頭堡としての形を整えつつある。

 

その喧騒から少し離れた艦長室で、タリアは1人の小隊長と、1人の少年を迎えていた。

 

カーペンタリア基地所属、MS部隊第3中隊第2小隊長、エルザ・ヴァルナー。

 

その隣で、予備兵のユアン・レッセルが青白い顔をして立っている。背筋は伸ばしているつもりなのだろう。だが肩はこわばり、視線は床に落ちていた。

 

「この度は、大変厚かましい要請を受けていただき、感謝いたします」

 

エルザは深く頭を下げた。

 

タリアは端末から目を上げる。

 

「あなたが、任務を放棄して艦に潜り込んだ予備兵ね」

 

その声は静かだった。

 

けれど、ユアンは身を竦ませた。

 

叱責というより、事実の確認だった。だからこそ逃げ場がない。

 

「報告上は、任務放棄および無断乗艦。状況次第では脱走兵として扱われる。意味は分かっているわね」

 

ユアンの喉が動いた。

 

「……はい」

 

かすれた声だった。

 

タリアはそれ以上、すぐには責めなかった。端末に表示された資料へ視線を落とす。

 

ユアン・レッセル。15歳。フェブラリウス市第2区出身。C.E.72、志願入隊。C.E.73、部隊研修のためカーペンタリア基地配属。

 

経歴だけを見れば、特別なものはない。むしろありふれている。戦争を遠くから見て、英雄の姿を追い、自分もその列に加われると信じた少年。

 

典型的な英雄思考ね。

 

タリアは内心でそう呟いた。そして、そういう少年ほど戦場で死にやすいことも知っていた。

 

「話は聞いているわ」

 

タリアは端末を閉じる。

 

「うちの営倉を貸してほしいなんて、大胆なことを考えるわね」

「はっ。こちらの監督不行き届きです。ですが――」

「言い訳はいいわ」

 

タリアはエルザの言葉を遮った。エルザは口を閉じる。

 

「あなたがこの子を現地で切り捨てず、手続きを踏んで処分を待たせたいと思ったことは分かっている。だから受けたの」

 

タリアの視線がユアンへ向く。

 

「けれど、勘違いしないこと」

 

ユアンは顔を上げられなかった。

 

「あなたは勇敢だったわけではない。命令を破り、部隊を乱し、他人に後始末を押しつけただけよ」

 

言葉は鋭かった。

 

ユアンの肩が小さく震える。

 

「自分だけならいいと思った?」

「……いえ」

「あなたが艦内で見つからなければ、あなたの小隊は捜索に人を割かれる。見つかれば、あなたを乗せた艦にも責任が発生する。戦闘中なら、あなたの処理に誰かの手が塞がる」

 

タリアは少しだけ間を置いた。

 

「戦場で、そういう一手が人を死なせるの」

 

艦長室に沈黙が落ちた。

 

エルザは何も言わない。ユアンも答えられない。

 

「本作戦が終了するまで、あなたはミネルバの営倉で反省していなさい。その後、正式にカーペンタリア基地へ引き渡す。処分はそちらで受けることになるわ」

「……はい」

 

ユアンはようやく声を出した。

 

エルザが敬礼する。

 

「ご配慮、感謝いたします」

「配慮ではないわ。手続きよ」

 

タリアは淡々と返す。

 

「ただし、次はないと思いなさい」

「はっ」

 

エルザの返答に続き、ユアンも慌てて敬礼した。形だけは整っている。だが、その手はまだ震えていた。

 

*****

 

*

 

営倉の隅で、ユアンは膝を抱えて座り込んでいた。

 

厚い扉。簡素な寝台。壁に埋め込まれた監視端末。艦内の音は遠く、ここだけが別の場所のように静かだった。

 

脱走兵。

 

タリアに言われた言葉が、頭から離れない。

 

自分は何をしたのだろう。

 

あの女の子がやるなら、自分だってやれる。そんなことを考えていた。けれど今になると、それがどうでもいいことに思えた。

 

自分より1つ下の子供が戦場に出ている。ミネルバの連中に普通に受け入れられている。それが羨ましくて、悔しくて、だから無理をした。

 

その結果がこれだ。

 

ユアンは両手で顔を覆った。

 

「……馬鹿だ」

 

声に出してみると、余計に惨めだった。

 

通路側から足音が近づいてくる。

 

ユアンは顔を上げる。営倉の前に立ったのは、シンとルナマリアだった。そしてその後ろに、セラがいる。

 

ユアンは反射的に背筋を伸ばした。

 

「まさか、こっそりついてくるなんてな。すごい度胸だ」

「そこ、褒めていいところじゃないわよ」

「命令違反は非推奨です」

「非推奨どころか厳禁だからね」

「厳禁」

 

セラは短く繰り返した。そのやり取りを、ユアンは気まずそうに見ていた。

 

港湾ドックで見た時と同じだ。シンも、ルナマリアも、セラを特別扱いしているように見える。けれど今は少し違って見えた。守っているというより、同じ場所に立っている者として扱っている。

 

ユアンは鉄格子越しに立ち上がった。

 

「あの」

 

3人の視線が向く。

 

ユアンはセラを見た。

 

小さい。やはり小さい。14歳だと分かっていても、同年代には見えなかった。どう見ても、もっと幼い。

 

けれど、そのことを笑う気にはもうなれなかった。

 

「この間は悪かった」

 

シンとルナマリアが、少しだけ目を丸くした。セラだけは表情を変えない。

 

「謝罪ですか」

「ああ。謝罪だ」

 

ユアンは頷く。

 

「俺より年下で、ミネルバみたいなすごい艦に乗ってて、そのパイロットたちに普通に受け入れられてて……羨ましかったんだと思う」

 

言葉にすると、情けなかった。けれど止めなかった。

 

「小さいとか、子供だとか、そんなことを言ったけど、本当は俺が勝手に腹を立ててただけだ。みんなにも迷惑をかけた」

 

ユアンは深く頭を下げる。

 

「すみませんでした」

 

セラは数秒、ユアンを見ていた。

 

「謝罪を確認しました」

「……それだけかよ」

 

思わず言ってから、ユアンは慌てて口を閉じた。

 

ルナマリアが小さく笑う。

 

「反省してるんだ」

「してます。そのせいで、みんなに迷惑をかけたから」

 

ユアンは真剣に答えた。

 

ルナマリアの表情が少し柔らかくなる。シンも腕を組んだまま視線を逸らした。怒っていないわけではない。だが、さっきより険は薄れていた。

 

「そっか」

 

ルナマリアはそう言って、監視端末の前に立った。

 

「じゃあ、これ貸したげる」

「あの……これは?」

 

営倉の壁面端末に、ミネルバの格納庫映像が表示された。続いて、ルナマリアのザクの機体番号と、外部カメラ系統の接続表示が出る。

 

「私のザクのメインカメラにつながってるわ。出撃したら、この端末に映るようにしてある」

「お、おいおいおい、駄目だろそれ」

 

シンが即座に言った。

 

「ルナ、その行為は厳禁です」

「分かってるわよ。本当は駄目。でも艦長には報告してあるわ。今回だけ」

「艦長に?」

 

ユアンが驚いて聞き返す。

 

「そう。メイリンに頼んだら、すごく渋い顔されたけどね。記録用の映像を、監視端末に限定して回してもらったの。勝手に通信したり、外に流したりはできないから安心しなさい」

 

シンはまだ納得していない顔だった。

 

「それでも普通は駄目だろ」

「だから、今回だけって言ってるでしょ」

 

ルナマリアはユアンを見る。

 

「見てなさい」

「何を」

「この子の戦い」

 

ユアンの視線が、セラへ移る。セラは静かに見返している。

 

「俺が見ても、いいんですか」

「いいんじゃない。見なさい」

 

ルナマリアの声は、少しだけ強くなった。

 

「あなたはまだ、セラのこと何も知らないでしょ」

 

ユアンは何も言えなかった。

 

その通りだった。

 

謝ることはできた。自分が馬鹿なことをしたのも分かった。けれど、セラが本当は何者なのかまでは、まだ分かっていない。

 

ユアンはこの夜、それを目の当たりにすることになる。

 

「行くわよ、シン」

「ああ」

 

ルナマリアが監視区域を出ていく。シンは一度だけユアンを見た。

 

「次やったら、俺でも庇わないからな」

「……はい」

 

ユアンは素直に答えた。

 

シンはそれ以上言わず、ルナマリアを追って出ていった。

 

取り残されたセラは、しばらくユアンの顔を見ていた。

 

「出撃待機に戻ります」

「ああ。……見てる」

 

セラは短く頷いた。

 

「はい」

 

そして、営倉の前から離れていった。

 

ユアンは端末に映る格納庫を見た。白い機体が、静かに出撃準備を進めている。

 

レギナント。

 

その名を、ユアンは初めてちゃんと意識した。

 

*****

 

陽が落ちた。

 

海の果てには、まだ少しだけ明るさが残っている。紫がかった空の下で、マナド泊地の輪郭が黒く沈み始めていた。

 

代わりに、月が昇っていた。明るい満月だった。

 

雲の縁が淡く照らされ、海面には銀色の筋が伸びている。昼の煙は薄れたが、焦げた港湾施設と仮設された防衛線が、戦闘の痕を残したまま夜の中に浮かんでいた。

 

マナド泊地の仮設指揮所では、まだ作業が続いている。

 

応急管制設備。臨時の通信回線。仮設対空陣地。MS待機区域。

 

完全ではない。だが、使えるところまで持ってきた。

 

作戦本部長の男は、端末の前で各部隊の配置を確認していた。航空MS、汎用MS、陸戦部隊。主攻部隊とカーペンタリアからの増援を合わせ、泊地周辺には9個中隊規模のMS部隊が展開している。

 

それでも、不安は消えない。

 

敵が夜を待っている可能性は、最初から想定されていた。だからこそ、警戒線を広げていた。

 

「外縁監視、第3区画から反応」

 

オペレーターの声が上がる。

 

本部長が顔を上げた。

 

「数は」

「まだ確定できません。低空です。海面反射に紛れています」

 

表示が揺れる。

 

ひとつ。ふたつ。

 

黒い影が、月明かりの下に浮かび上がる。そして、数が増えていく。

 

「光学補足。シルエット照合」

 

別のオペレーターが息を呑んだ。

 

「ムラサメです。オーブ軍主力MS、ムラサメ」

 

IFF照合の必要はなかった。あの可変翼の影は、見間違えようがない。

 

「敵機数、24。2個中隊規模です!」

 

本部長は端末を叩くように操作し、全周波数へ警報を流した。

 

「総員、戦闘態勢!」

 

指令所に警報が鳴り響く。

 

マナド泊地の仮設照明が切り替わり、夜の海に赤い警告灯が走った。MS待機区域でエンジンが起動する。パイロットたちが走る。誘導員が退避し、整備員がケーブルを外す。昼間に築いたばかりの橋頭堡が、一気に戦場へ変わっていく。

 

ミネルバのブリッジにも、警報が届いた。

 

「マナド泊地外縁に敵影。ムラサメ2個中隊規模」

 

メイリンの声が硬くなる。

 

タリアは正面モニターを見た。月明かりの下、黒い機影が海上を滑ってくる。

 

「各機、発進準備」

「了解」

 

アーサーが即座に指示を飛ばす。

 

「インパルス、セイバー、ザク、レギナント、発進待機!」

 

格納庫に警報が響く。

 

シンがコクピットで目を開く。ルナマリアは端末に映る映像接続を確認し、短く息を吐いた。レイは静かに機体を起動させる。アスランはモニターに映るムラサメの影を見つめていた。

 

そして、レギナントのコクピットで、セラは淡々とシステムを起動する。

 

「レギナント、起動確認」

 

営倉の端末にも、その映像が映った。

 

ユアンは息を呑む。

 

白い機体が、格納庫の中で静かに目を開く。

 

月明かりの下、セレベス海南西に位置するマナド泊地で、ザフト軍主力部隊とオーブ軍先遣隊の戦闘が始まろうとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

続・魔改造ダガーでC.E世界を駆け抜けたい(作者:萩月輝夜)(原作:機動戦士ガンダムSEED)

C.E70…地球連合が”プラント”の農業コロニーである”ユニウスセブン”へ核を放った【血のバレンタイン】を発端として開戦した【連合・プラント大戦】は甚大な被害と損失を生み出しながら両者の垣根を越えて平和を望む者達の活躍によってその争いは漸くの終結を見せるがそこに至るまでの道筋は険しく戦火の傷跡は両陣営、そして第三国に深く刻まれるものとなる。▼C.E73年地球…


総合評価:1084/評価:8.81/連載:11話/更新日時:2026年04月14日(火) 20:26 小説情報

幼女戦記 〜旗を高く掲げよ〜(作者:猫敷)(原作:幼女戦記)

二者択一。▼ 人生というものは、しばしば「AかBか」という単純な構造に落とし込まれる。▼ 誰かがそう言っていた。選択は慎重に、決断は迅速に――これが人生のコツだと。▼ では、問おう。▼ その二択が、どちらも崖に続いているとしたら?▼ 喜ぶか?▼ 怒るか?▼ 絶望するか?▼ それとも、笑うか?▼ ああ、できることなら笑いながらこう呟いてやりたい。▼ 「このクソ…


総合評価:1952/評価:8.57/連載:115話/更新日時:2026年06月15日(月) 23:03 小説情報

コズミックイラのマチュ ~ロリニュータイプの日本再興記~(作者:アキ山)(原作:ガンダム)

拙作、『ダイクン家の二女はアホの子』に載せていたコズミック・イラの話を独立させました。▼ マチュことマリ・ヤマトはハルマ・ヤマトとカリダ・ヤマトの間に生まれた一粒種。▼ 兄のキラと仲良く暮らす元気いっぱいのゲーマー小学生だ。▼ しかし、彼女には兄には話せないもう一つの顔があった。▼ その身に流れる高貴な血の運命と祖国再興という命題。▼ コズミック・イラという…


総合評価:1287/評価:7.86/連載:7話/更新日時:2026年04月13日(月) 13:52 小説情報

はーい、マユで~す! でもごめんなさい、いまマユは生体CPUになってるのでお話しできません(作者:何を書けばいいんだ)(原作:ガンダム)

CE71年、大西洋連合が実施したオーブ解放作戦によって発生した激しい戦闘の最中、マユ・アスカは流れ弾によって吹き飛ばされ絶命したかに思えた。▼だが彼女は死んでいなかった、瀕死の重傷を負いつつも生き残った彼女はブルーコスモスによって加工され、生体CPUメリー・ゴーランドとして生まれ変わったのだ▼しかし、過去の記憶を抹消された彼女の脳内にはなぜかガンダムSEED…


総合評価:4455/評価:8.78/連載:12話/更新日時:2026年06月17日(水) 12:17 小説情報

鋼鉄艦船のヒーローアカデミア(作者:花咲 凛香)(原作:僕のヒーローアカデミア)

ヒロアカ×戦艦(主にアズレンや艦これ風)のオリキャラがヒーローを目指す物語ですが▼基本的に現在に沿って書きますがオリジナル回を多く書くことが多いかもです▼


総合評価:140/評価:6.67/連載:21話/更新日時:2026年06月16日(火) 22:17 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>