機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
月下の戦場を、白い翼が横切った。
フリーダムは、泊地上空の火線の中心へ入った。
背部の砲が開く。腰部レール砲が起きる。ビームライフルの銃口が、正面へ向く。
一瞬だけ、戦場の音が遠のいた。
次の瞬間、白い機体から何本もの光が放たれた。
フルバースト。
夜の海が、白く焼ける。
ムラサメの主翼が吹き飛び、ザクの肩部砲が根元から折れ、M1アストレイの脚部スラスターが破裂して黒煙を引いた。別のムラサメのミサイルポッドが空中で誘爆し、近くを飛んでいた機体が爆風に煽られて海面へ落ちる。
『うわああああっ!』
『右腕が――!』
『照準が死んだ! 撃てない!』
『脚が持たない、落ちる!』
『待て、こっちに来るな! 進路が――!』
オーブ軍の前線が割れた。
ザフトの押し込みも止まる。
武装を失った機体が進路を塞ぎ、姿勢を崩した機体が海面へ落ちる。避けようとした別の機体が高度を上げ、そこへ残っていた火線が交差した。
戦場の形が、一撃で崩れた。
ミネルバのブリッジで、アーサーが息を呑む。
「両軍前線、急速に混乱! ザフト側の押し上げが止まります!」
「オーブ軍も隊列を崩しています。ですが、外縁の増援反応は接近継続中!」
「フリーダム、再照準反応。もう一度撃つ気です!」
タリアは正面モニターを見据えた。
フリーダムの砲口が、再び開こうとしている。
次を撃たれれば、ミネルバの進路も、泊地の防衛線もまとめて崩れる。敵味方の通信が乱れる。止めに来たはずの機体が、戦場の流れそのものを切り裂いていく。
シンの視界に、その白い機体が入った。
ステラ。
胸の奥で、名前が燃えた。あの静かな水面の下へ沈んでいった少女の顔と、今まさに戦場へ割り込んできた白い翼が、ひとつの怒りになって喉元までせり上がる。
低い息が無線に漏れた。
「シン」
アスランの声が入る。
返事はなかった。インパルスの機首だけが、じり、と白い機体へ向く。
「シン、聞こえているか」
「……聞こえてます」
声は返った。だが、押さえ込んだ熱が滲んでいた。
ミネルバのブリッジで、タリアはその声を聞いていた。今のシンを止めるのは簡単ではない。だが、放っておけば戦場ごと噛み砕きに行く。
「インパルス、レギナントはフリーダムの再攻撃を阻止。抵抗する場合は撃墜を許可」
「了解!」
返答は速かった。
「セイバー、ザク各機はミネルバ直掩。本艦はアークエンジェル追跡を継続。周辺索敵を切らさないで」
「了解」
インパルスが月下の海を蹴った。レギナントも白いスカートを翻し、その横へ並ぶ。
フリーダムはすでに、2度目のフルバーストへ入ろうとしていた。背中の砲が開き、腰のレール砲が持ち上がり、ビームライフルの銃口が別の敵を捉える。もう一度、戦場を白く焼くつもりだった。
「撃たせるかよ!」
シンのサーベルが、その砲口の前へ飛び込んだ。
フリーダムが振り向く。ビームサーベルが閃き、2つの光が月下でぶつかった。衝撃で水面が揺れ、白い機体の照準がわずかに流れる。シンはそこで止まらなかった。盾ごと胸元へぶつかり、開きかけていた砲の向きを無理やり海へ押し下げる。
光が走った。
海面が爆ぜ、白い水柱が夜空へ跳ね上がる。
『インパルス!?』
「まだだ!」
フリーダムが離れようとする。だが、下がった先にはレギナントの光が回り込んでいた。ドラグーンが散り、白い機体の周りを狭く囲む。撃ち落とすための網ではない。逃がさないための光だった。
「捕捉継続」
セラの声は静かだった。
シンが正面から押し、セラが横と後ろを塞ぐ。フリーダムが上へ逃げようとすれば光が走り、下へ沈めばインパルスが追う。白い翼は盾でビームを散らし、身をひねって水煙の中へ滑り込んだが、その先にもレギナントの銃口が待っていた。
「セラ!」
「はい」
返事と同時に、ドラグーンの位置が変わる。シンが斬り込む。セラの光が逃げ道を消す。フリーダムは受け、かわし、押し返しながらも、フルバーストの姿勢を作れない。
シンのサーベルが振り下ろされた。
フリーダムはそれを盾で受け、火花を散らしながら腰のレール砲を開く。弾丸が夜を裂き、ドラグーンの1基を弾き飛ばした。網に穴が開く。白い翼がそこへ滑り込もうとする。
「行かせるか!」
インパルスが前へ出た。
その瞬間、フリーダムのライフルはもうシンを向いていた。ビームが盾の縁を焼き、衝撃でインパルスの腕が跳ね上がる。それでもシンは退かない。機体を半身に流されながら、残った勢いでサーベルを振り抜いた。
刃は届かなかった。
だが、白い翼の先をかすめ、装甲片が月明かりの中へ散った。
レギナントが横から詰める。ビームスプレーガンが逃げ道を押さえ、ドラグーンがさっき開いた穴を埋め直す。フリーダムはすぐにライフルを振った。ビームがレギナントのスカート装甲をかすめ、白い破片が弾ける。
「セラ!」
レギナントの機体がわずかに流れた。だが、崩れた分だけドラグーンが動き、空いた場所を光で塞ぐ。その前に、またインパルスが飛び込んだ。
『くっ……!』
フリーダムは盾で受け、肩で押し返しながらライフルを上げる。狙いはインパルスの足だった。
撃たせる前に、レギナントのビームが割り込んだ。
フリーダムのビームとレギナントのビームが交差し、海面が白く弾ける。水煙が2機を飲み込み、シンはその中へサーベルを叩き込んだ。
「このっ!」
光の刃が水煙を裂く。
だが、そこにフリーダムはいなかった。
白い翼は、水柱の裏から縦に抜けていた。盾を焦がし、翼を削られながら、それでも包囲の外へ身を滑らせている。
「今のを、抜けた……」
メイリンの声が、ブリッジでこぼれた。
直掩に回っていたルナマリアも、息を呑む。
「セラの網を……」
レギナントのコクピットで、セラは表示を見つめていた。
「回避不能と判定した進路を、回避されました」
「だったら、もう一回塞ぐ!」
シンが追う。レギナントが海面すれすれを滑り、フリーダムの前へ出た。インパルスが後ろから食らいつき、左右にはドラグーンが走る。白い機体の周囲が、一瞬だけ狭く閉じた。
フリーダムは上へ逃げなかった。
海面ぎりぎりまで落ち、盾で飛び込んでくる光を受け流す。白い飛沫が月明かりを弾き、その裏からライフルだけが伸びた。狙いは、サーベルを握るインパルスの右手。
シンは腕を引いた。ビームが指先をかすめ、マニピュレーターの装甲が焼ける。
それでも、サーベルは離さない。
「まだだ!」
インパルスが再び斬り込む。レギナントのドラグーンがそれに合わせて光を閉じる。
フリーダムは抜けきれない。だが、落ちもしない。盾を焦がし、翼を削られ、何度も水煙に呑まれながら、それでも白い機体は止まらなかった。
2度目のフルバーストは撃てない。
けれど、フリーダムもまだ止まっていない。
シンとセラは離れなかった。インパルスの剣とレギナントの光が、白い翼の次の砲撃だけを、必死に封じ込めていた。
*****
ミネルバは、アークエンジェルの死角へ艦首を滑り込ませていた。
白い艦の注意は、前方の戦場とフリーダムのいる空域へ向いている。通信の乱れ、熱源の重なり、海面反射。夜戦そのものが、ミネルバの接近を覆い隠していた。
「敵艦、本艦への照準反応なし」
「こちらを優先目標としては認識していないようです」
「そのまま死角を維持。無理に撃たせる必要はないわ」
タリアは正面の戦術表示を見つめた。
本来の目標はアークエンジェルだ。だが、接近するにつれて、戦場の外縁に散らばる反応が増え始めていた。ミネルバのセンサーだけでは、まだ艦種までは絞れない。月明かり、海面の反射、戦闘熱源。すべてが混ざっている。
「直掩各機、配置を維持。セイバーは右舷前方、ザク2機は左舷側の警戒を厚く」
セイバーとザクが、ミネルバの輪郭を隠すように距離を取る。敵から見れば、前線の熱源と区別しにくい位置。こちらからは、アークエンジェルの死角を保ったまま動くための細い隙間が見えている。
「アークエンジェルよりMS1機発進」
「機種照合。ストライクルージュです」
「進路は」
「本艦ではありません。戦場外縁、マナド泊地と外洋の中間へ向かっています」
アーサーはルージュではなく、その進路の先に表示された反応へ目を向けた。
「艦長、ルージュの進路先に艦影多数。戦闘艦と……空母らしき反応があります」
「空母?」
「はい。護衛艦を伴っています。マニラ方面からの主力増援と思われます」
タリアの視線が鋭くなる。
ルージュは、その敵船団の前へ出ようとしていた。直掩ではない。停戦のために、両軍の間へ機体を置くつもりだ。
アークエンジェルを追う。その判断は変わらない。だが、今この瞬間、前方には空母がいる。そこからMSが上がれば、マナド泊地の防衛線はさらに押し潰される。
アークエンジェル1隻と、空母1隻。その空母から出るはずのMS部隊。
空母を1隻でも沈めれば、甲板と格納庫に積まれたMS36機が丸ごと消える。3個中隊分だ。
比べるまでもなかった。
「照射軸、敵船団へ合わせて」
「了解。照射軸、敵船団」
アーサーの復唱が少しだけ硬い。
「まだ気づかれていない今が、一番近いわ。照準を急いで」
メイリンが端末を叩く。
「敵船団、距離縮小。護衛艦が前に出ています」
「空母を優先。護衛艦に吸われない角度を探して」
「はい」
タリアはマナド仮設指揮所への回線を開いた。
「こちらミネルバ。外洋側に敵主力を確認。戦闘艦および空母らしき艦影多数。注意されたし」
『了解した、ミネルバ。今主力が来れば戦闘激化は免れない。できれば、いくつか引き受けてほしいところだ』
「高くつきますよ」
『ありがたい』
タリアは返答しながら、戦術表示を確認する。
アークエンジェルは、まだこちらに決定的な反応を返していない。白い艦を撃つ機会はある。だが、敵船団はもう戦場の縁に届きかけていた。
ここで空母を逃せば、マナド泊地の防衛線はさらに薄くなる。
タリアは迷わなかった。
「艦首、敵船団」
「艦首、敵船団!」
アーサーが復唱する。
「タンホイザー照射用意」
「タンホイザー、照射用意!」
ミネルバの艦体が、わずかに向きを変えた。
その前方で、ストライクルージュが敵船団の進路上へ飛び出す。
『私はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ! オーブ軍およびザフト軍、双方ただちに戦闘を停止しろ!』
声がオープンチャンネルで戦場へ広がる。
最初に反応したのは、アスランだった。
「カガリ……何をやっている!」
セイバーが一瞬、進路を変えかける。
「セイバー、持ち場を離れるな」
タリアの声が飛んだ。
「タンホイザー照射用意、継続」
『艦長、しかし!』
「あなたは今、ザフト軍の兵士よ。そう言ったはずでしょう」
アスランは息を詰まらせた。
カガリの声はなお続く。
『オーブ軍! 我が国の理念にそぐわぬ戦闘を停止し、ただちに帰還せよ!』
オーブ軍は止まらない。
彼女の声に従いたい者はいるのかもしれない。だが、今その声は、彼らの命令系統には入っていない。戦場にいる彼らを止める命令としては届かない。
『オーブ軍! 私の声を聞け! 戦闘を停止しろ!』
ミネルバはまだ、敵船団に正確な位置を捉えられていなかった。護衛艦の警戒線は広がっているが、月明かりと海面の反射、戦場の熱源に紛れて、艦は照射位置へ入りつつある。
『ザフト軍! まだ貴国に平和を願う理念があるのなら、マナド地域を解放し、退去せよ!』
ルージュが旋回する。
その機体が、こちらを向いた。
数秒、カガリの声が途切れる。
『……ミネルバ!?』
その声は、オープンチャンネルに乗っていた。
ミネルバの名が、夜の海へ流れる。
敵船団の動きが変わった。
「敵船団、こちらに反応!」
「護衛艦、散開開始!」
「空母、回頭!」
気づかれた。
タリアは奥歯を噛む。
「照射角まで」
「およそ15秒!」
敵船団が散る。照射線上から空母が逃げようとし、護衛艦が割り込むように進路を変える。ストライクルージュはなお、両軍の間に立とうとしていた。
間に合わないかもしれない。
それでも、今しかない。
「タンホイザー充填、最終段階!」
「3……2……1……照射可能!」
タリアは命じた。
「タンホイザー、撃て!」
ミネルバの艦首から、夜を焼き裂く光が放たれた。
戦闘シーンが分かりにくいので書き直しました・・・